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第2幕 ―― 悲観


 前方――離れた距離に、人型機動兵器×三の落下を確認/濛々と立ち込める雪塵に敵の姿を見失うユーリーたち。

「モールニヤ。SSCNの部隊に動きは?」

 依然まくしたてるようなままの揺らがない口調=新たな敵勢力の出現に対する別勢力の対応という判断材料を求める/人員を名指しすることで素早いレスポンスを期待。

「ああ。今までの出入り口からわらわら出てきたぜ」

 迷いなく、今注目するべきSSCNの三機とは別の視点を報告――遠い距離から傍観していた者特有の俯瞰/二日という時間で敵部隊の交代する場所まで既に把握済み/その場所をも報告することでどのあたりに敵がいるのかまで連携可能――単に遊んでばかりいるオッサンではなく仕事を的確にこなす老兵の洗練された思考。

「んで、撃っていいですかい隊長さんよ」

 相も変わらず盛大なダミ声――暗雲の中で今か今かと待ち構える稲妻(モールニヤ)のような音となってコクピットに反響。

「駄目だ」

 ユーリーの即答/続けて理由の説明「まだあの新手が、SSCNの敵なのか味方なのか判断がつかん。加えてお前は俺たち部隊の隠し玉だ。目標が定まるまで許可できん」=懇切丁寧な上司としての役目。

 テウルギアが自陣にいることがわかっていて尚、自分たちの置かれている場所と環境そのものは変化しないことを再認識。

 モールニヤの駆る機体=〈モルニーイェトヴォート〉=現状で確認できるテウルギア……SSCN+新手の勢力含め、単機での最強戦力に相違なし/唯一の遠距離に居座る機体=一方的な攻撃が可能――もしなければすぐさま部隊に砲撃を命じていただろう、余裕を見せた判断。

「隊長。自分たちはどうすれば?」――オドオドと雷鳴から逃れるように体を縮こませるリンマ=新手に対する初動を見誤ってはいけないと密かに発起。

「リンマ。新手はどこを向いていた?」

「こっちです……新手の三機とも、こっちを見ていました」――モールニヤと違いまだ趣旨の説明に無駄が生じているのを自覚して是正する。

 未だ眼前で広がっている真っ白な景色――雪原だけでなく立ち込める真っ白な煙に視界を埋め尽くされる=何も見えていないという悪辣極まりない状況。

 白い靄を凝視するユーリーの思考=妙な違和感――記憶を巡らせる――生まれ育った故郷=大陸北部=万年積雪地帯――超重量となる機械の塊といえど、単なる落下で積雪がこんなにも巻き上がらないはず。

「俺の合図で、最大速度で散開だ。盛大に噴かしてやれ(・・・・・・・・・)
 どちらにせよ落下してきた以上、立て直すには時間が……」

 刹那――コクピットにまで轟く砲声/画面上の白い靄に生じる真ん丸の穴――その奥に垣間見えるマズルフラッシュ=足元の雪にボコボコ量産される穴/鉄塊の数々が〈プリテンデーント〉の表面装甲で弾ける=着弾に鳴り響くアラート/機体のコンディションが表示枠に――あらゆる箇所を殴打されて赤と黄が明滅。

「こんなにも速いか!」――ユーリーの驚嘆=新手勢力が落下から射撃体勢まで整えるまでかなりの時間を要すると信じきっていた=一種の甘えにも似た着想が招いた被弾――装甲が禿げ上がる前に指示「今だ! 各機散開!」

 スラスターの点火/推進剤の消費を制限するOSの指示を無視=最大出力――加速に必要な量以上の噴出/機体の各部から吐き出される噴射炎が豪快に周囲の雪を蹴散らす/一瞬で蒸発=揮発した水蒸気が辺り一面に四散――片っ端から冷却されて白い氷の結晶に=雲の発生原理に似た擬似的な煙幕を展開。

 平地ならば決して在りえない高度がもたらす沸点・融点/気圧の相違――新手勢力が落下の直前にスラスターを噴射しただろうというユーリーの推察=見事的中。

 一瞬に形成された煙幕に紛れる三機=方々へ展開――脚部にまとわりつく雪を蹴散らし/スラスターに蒸発させ/白煙を突き破り猛進。

 落下地点はすでに目測済み/異様に早い立て直し=移動する時間などありえないはず――その地点へ照準を定めるユーリーたち。

 ……遥か遠方=巻き上がる白煙/砲撃を開始した新手勢力/合計九機になったSSCN機を一望。

「隊長さんよ。SSCNの方は全く動いてねぇ。新手さんたちとはどういう関係だと思う?」先程命じられた報告の追加――戦闘に参加していない者ならではの余裕を称えて頬杖をつく/心底つまらなさそう。

「構うものか」――戦闘を開始させられた緊迫にまみれた怒声/どうでもいいと言わんばかりに罵声じみた返答。

 対してイサイに反応「自分たちの土地なのに動かないの!?」――通信に乗せるつもりのなかった愕然/むしろ慈愛にさえ満ちているだろう喫驚。

「だが奴等に戦う気がないなら、勝機は見込める!」=数が増えただけというSSCN機の対応に瞠目する隊員たちの意識を一気に牽引する号令/意識が逸れ掛けていたリンマ+イサイが唾を飲んで唇を引き締める音まで聞こえてきそうなほど。

 三機=三方向で包囲網の形成を完了――中心点=すでに鎮まった最初の白煙――機関砲を構えたままの三機が頭部のみでユーリーっちを認識/機関砲を構え直す。

「雪原での戦いに、俺たちアルセナル社ほど鍛錬を積んできた軍隊などあってなるものか!」

 砲撃を開始するリンマ+イサイ――吐き出された榴弾が積雪にめり込んで炸裂=再び立ち込める白煙/しかし新手勢力に命中は見られず。

 ――何故だ(・・・)? 何故動かない目標に初撃を外した? ――二人へ怒声を散らせる前に状況を思い返すユーリー……深く考えるまでもなく解答が浮かぶ。

 疲労――この場所に来るまでの時間=三週間に及ぶ長旅+隠密行動で、燃料も食料も体力も消耗しきっている状態。

 状況を再確認=長期戦に持ち込まれると一瞬で底が尽きるのが自分たちであると自覚。

 戦闘の時間を長引かせるわけにいかないと判断=既に始まった戦闘――短期決戦でケリをつける必要があると判断――動きが見られないSSCN機を相手取るのを後回しにはできない=相手取るべき数があまりにも多すぎる。

 ユーリー=自身が疲弊を忘却/砲撃を繰り返しつつも思考に耽る――現状のリンマ+イサイの摩耗した精神をすくい上げるべく再び号令を通信に乗せる/自身の焦りに気づけないまま。

「さっさと帰って、美味い飯にありつくぞ!」

「「了解!」」――意気揚々と返答×二。

「それはいいんですがね隊長さんよ。俺はいつ撃てば良いんですかね?」

 通信に割り込んできた声=モールニヤ――先程からずっと撃つことしか考えていない砲撃馬鹿の、心底つまらなさそうな声。

 隠し玉としてしばらく黙らせていようと思っていたユーリー……しかし短期戦を仕掛けるには好機と判断/動かないままのSSCN機へ不意を突くには最適極まりない位置のモールニヤ――使わない手はない(・・・・・・・・)とばかりに返答。

「わかった。撃て! 敵を蹴散らせ!」

「あいよ」――喜色を覗かせるモールニヤの返答。

 着実であり/堅実とは言い難い判断=状況を再認識するための堅苦しさ/疲労に気づけないユーリー自身の若さ……戦闘に際して胸の奥で沸き立つ衝動を自覚しながら、その内側に混濁している焦燥を見落とした。
最終更新:2018年06月08日 05:36