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第2幕 ―― 傍観


 輸送機から飛び降りた〈33式小機〉×三。

 瞬く間に近づく地表=真っ白すぎて目視では距離感が掴めない/高度計とカメラアイが地表との彼我距離を計測――ぐんぐん下降するゲージ=機械の塊が誇る超重量による急速落下――座席から引き剥がされそうな浮遊感=落下の慣性/背筋が冷め縮こまる恐怖感=風もないのに外の冷気が舞いこんだよう。

「ヒュウゥ――――ッ!」=心底楽しそうな絶叫――底冷えする恐怖感をスリルと解釈した(ドン)

 顔をしかめるドグジン=耳を塞ぎたくなる頭痛/カメラアイを動かして目標の居場所を確認。

 依然黙ったままの(ハイ)=距離を確認――落下時に味方との激突というみっともない末路を懸念。

「着地体勢! スラスター噴射は一瞬でだ」――ドグジンの素早い警告。

 人型の機械は、緩衝材について注目しなければならない。

 戦車や戦闘機との差異――あまりにも多い駆動箇所/不安定な重心/重量を脚部で支えきれる剛性が必要/歩くという機動を滑らかに行えるだけの柔軟性も必要――それほどまで神経質にこだわらないといけない機械=至極面倒な技術の結晶。

 その最たる稼働=空中からの落下/着地――異様に多い関節=緩衝材があちこちに点在=落下の衝撃でそのまま潰れるという剛性一点張りの他兵器にはできない荒業。

 燃焼=機体各部から噴出した炎――刹那に等しい一瞬=衝撃に座席へ叩きつける肉体/爆発にも似た推進剤が燃焼/地面に叩きつけられ機体が甲高い悲鳴をあげる――膨大な熱量が直下の雪を蹴散らす/白煙と化して周囲に霧散。

「よぉし。俺たちは運が良いな。アルセナルの部隊は真正面だ」

 未だ残る分厚い雪に脚部を突っ込んだ〈33式小機〉×三。

 落下=本来ならば全く推奨されない行動/だが迷いなく行った三人――それを可能にできる自信=機体はいくらでも無茶を効かせられると知っている安心感。

 束の間の静寂=霧散した雪に一切合切の音まで吸収されたかのような、数秒間――立ち上がる・体勢を整える・機関砲を構える――を一呼吸の間に済ませた。

 外界とは隔絶されたコクピット内/白煙の向こうに敵部隊×二がいることすら忘れそう――画面を埋め尽くす白/奥行きの読めなさに吸いこまれてしまいそう――返って自己主張し始める心臓の鼓動/胸・耳の裏・首と顎の間それぞれで微かに脈動する血流に、時間すらかき消えそう。

 振り切るように・振り絞るように・振り被るように――脱力しかけた腕に力をこめる/レバーを握り締める。

「さ、攻撃開始だ」――気軽・余裕・泰然を称えたドグジンの号令。

 鳴り響く機関砲×三=轟音がコクピットの外殻を貫通して脳味噌に突き刺さる/反動が腕の関節に相殺しきれず機体ごと振動――画面に瞬く砲火の明滅に眼を焼かす。

 放たれた火線×三=雪原にミシン目の如き穴を作りながら直進――白煙をボコボコ突き破って丸い空洞を量産/銃弾が引き連れた温度差/排莢・排熱・排気が合わさり瞬く間に周囲の白煙が四散・鎮静=周囲の状況が露顕。

 遥か前方=火花+鉄片を撒き散らすアルセナルの機体――徐ろにスラスターの噴出=盛大に吹き出される白煙=ドグジンたちの着地時よりも大きく撹拌=一呼吸もない間に全容(シルエット)を消失。

「流石に読みが良いな」――さらりと吐き出されたドグジンの愚痴。

「北国の人間らしい」――声を震わせる素振りすらない懐の図太い声。

「チッ。んで次は」――舌打ちと共にガムを吐き出す董の苛立った要請。

 依然、辞めることのない砲撃――朦々と立ち込める煙へ飛び入る弾の数々=虚無に飲まれているような手応えのなさ。

「どうしたものかね」

 飄々とした態度を崩さない/表情に出さず、董と同種の苛立ちを自覚するドグジン=即座に周囲へ視線を張り巡らせる/カメラを右往左往。

 呆然と立ち尽くしたままのSSCNの部隊=気づけば三倍ぐらいに数が増えている/しかし微動だにせず呆然と屹立=さながら銅像。

「ドグジン氏。SSCNの機体へはどう対処を?」――同じものを見つけていた懐の穏やかな質問。

「てっきり、焦って戦ってくれる(・・・・・・・・・)かと思ってたが、違うらしい」=しかし答えない/答えられないドグジン。

 頭数だけ増やす=それだけで威圧として成立/自分たちの土地で繰り広げた戦闘へ踏み入らない覚悟を決める冷静さ/だけでなく参戦しないという選択肢を見つけられる判断力。

 SSCNのマゲイア=小型過ぎる/数の利しか作れない――〈33式小機〉×三(ドグジンたち)とは二回りほど違う/アルセナルの機体=太い見た目から類推できる装甲=持久戦に耐えうるだろう機体。

 戦いに参加する――三つ巴の消耗戦――二方の攻撃に耐えきれない――SSCNの敗北。

 片方に協力する――体の良い盾扱い――損耗した後に背後から挟撃――SSCNの敗北。

 だが、そうしなかった=参戦しないという選択肢が最も戦力温存に相応しい/すでに戦闘を始めているアルセナルと技仙が摩耗しきってから叩ける計略。

「頭の良い奴が頭をしているらしいな。しかも我慢強い」――分析/計算/思索の結果=敵を称賛するかのようなドグジンの独り言。

「おい! 包囲網敷かれたらどーすんだよ?」

(やっこ)さんも、俺たちだけと戦うなんて思わんさ。敵地で敵に背中を向ける馬鹿なぞ――」

 刹那――白煙を突き破って現れたアルセナルの機体×三=散開済み――これでもかというほど綺麗な正三角形を描いた包囲陣形(・・・・)

 思わず瞠目「正気か!?」――ドグジンの理想が悉くベキベキへし折られていく失望/背筋が凍るような恐怖。

 先手を取るために棒立ちを決めたドグジン――多少の被弾こそ覚悟していた/本来なら三つ巴となるはず=一勢力に包囲されるほど戦闘が単純化するなど思っていなかった。

 慌てた董と懐がアルセナル機×三の場所を再確認――再度機関砲を構え直そうと試みる=準備する時間を敵へ与えているも同義。

 勃発する敵の砲撃……しかし最初の一発=一番狙いを定める時間があったはずの砲撃が、雪中へ没する=一気に吹き上がる白雪/赤火。

 外した。いや、外された(・・・・)? ――何か裏があるはずだと思索を張り巡らせるドグジン/額に浮かぶ冷や汗を拭う暇なし/急いで体勢を立て直すべく指示「応戦しかない。固まりながら北方向へ動く」――発言する自分でも情けなく思えてしまうほど震えきった声。

 真っ先に返ってきた董の舌打ち/懐は黙り込んだまま――しかし従うしかなく機関砲を構え直した。

 通信を切って、独りごちるドグジン――理想を折られただけでなく劣悪な状況へ部隊を誘った自分への叱責を後回しに。

「これは、長い戦いになりそうだなぁ……」
最終更新:2018年06月09日 19:28