幕間2.5 ―― 遠景
「わかった。撃て! 敵を蹴散らせ!」――ようやく下された隊長の命令=ずっと変わらない早口/先程よりも焦りに声が上擦っている様子。
「あいよ」=モールニヤ――極めて短い返答/隊長さんが自ら招いた戦闘だからイチイチ文句を言う資格なしと沈黙/待ってましたと息巻く/両手で膝を叩く/シートで脱力しきっていた自身の姿勢を正す。
すでに始まっている戦闘――二度も勃発した白煙/飛び交う砲火と火線――視界の隅から消え去る輸送機を意識の外へ押しやる。
ユーリーたちより高所から俯瞰――戦場とは一km弱も離れた場所=隣接した別の峰――むしろkm単位ではない間隔=山脈としては異様に近い。
画面を睥睨/アタリをつける――数だけやたら増えた四脚の小型マゲイアの群/すでに始まっている戦闘をただぼうっと眺めているだけの虫みたいな機体×九――うっかり一言「何やってんだあいつら。撃たねぇのか?」
「爺さんと一緒だろ」=唐突に差し込まれる声――今回派遣されている班=四人には含まれていない、幼さがまだ残された青年の声=妙に高いトーン/モールニヤへ話しかけたのは自分のくせに、怯えるような若干震えた声「撃っちゃ駄目だって言われているんだ。どうせ」
「ほぉ。俺の戦車の車長はそんなコトまで頭を回すのか」――機体を本気で戦車だと誤解したままのさりげない一言。
「だから車長じゃないって!」シチーリ=軍に属しているより学校にでも通っているのが相応しく感じられる年齢の振る舞い「俺はレメゲトンだ!」=電子的な人格故に生まれた瞬間から軍属が確定しているような存在。
「爺さん。本当に撃つのか?」――モールニヤには信じがたい言葉=隠しきれない不安を懸命に隠そうとする素振りまで丸見えな躊躇の言葉。
「当たり前だ小僧。他に何がある?」――つい先程の呼称=車長が一転/今度は小僧。
「何も、ないけどさ」「じゃあ撃つぞ。装填手を起こせ。次も要る」「いねぇよ! 自分でやるんだよ!」――自分が乗り込んでいる機体を本当に戦車だと信じて疑わないモールニヤ/間違いの是正が罵声に変貌。
「んだと? なんでそんなめんどくせぇんだこの戦車は」
「違うって! これはテウルギアだ! 全部爺さんがやるんだよ!」
テウルギア――ユーリーたちの駆る〈プリテンデーント〉と同じく人型兵器=しかし単純な大きさだけでも二回り以上の図体/何よりも差異=レメゲトンと呼ばれる疑似人格がシステムのOSを司る。
白をベースにした雪原迷彩――周囲の切り立った岩肌と同化/対比した雪の如く偽装。
腕に構えた長砲=円筒の砲身ですらない=横並びした二本の細いレール。
しかし何よりも奇異な姿勢=岩肌に屹立でなく・うつ伏せでなく――足を組んで座禅=胡座そのもの。
雪山の高所=ほぼ鋭角の崖――寝そべる場所なし/棒立ちでは砲撃の反動を抑制しきれない――という理屈をぶち抜いて、モールニヤが勝手に座り込んだ姿勢――コクピット内=同じように胡座をかくモールニヤ。
〈モルニーイェトヴォート〉が長砲を覗きこむ――コクピット内=同じくモールニヤが画面を睨みつける。
目的を定める――依然背中を向けて棒立ち=SSCNの機体。
やや右上へ照準をずらす――遠くで揺らめく白煙から風を識別/あまりにも白い景色ばかり=光の反射・屈折に遠景では景色の歪みを判別――しかし少し下へ=戦車と違って関節まみれの機体が反動を殺しきれるはずもないと分別。
「爺さん。射撃管制ソフトだと。あと少し――」
「いらねぇよそんなん。俺たち人間が機械に頼ってばっかでどうする?」
「……」――じゃあ俺は何なんだ=シチーリのぼやき/黙殺。
「小僧。砲撃ってのはセンスだ。覚えとけ」
ぐっと温度の下がった声音/閉口するモールニヤ――遥か遠方へ意識を集中/脳内に浮かぶ弾道/命中と爆発――全てのイメージが完了=照準に狂いなし。
引き絞られたトリガー=二本のレールに迸る電光/かと思えば閃光が瞬く。
空中を一閃するかのように突っ走っていく煌めき――大気を駆け抜ける閃光が、SSCNの機体へ飛び込んだ。
最終更新:2018年06月24日 08:52