第3幕 ―― 白光
燦然とした輝き――画面を通してコクピットを埋め尽くす=眼前に広がる雪景色よりも眩く全てを塗り潰す白――あまりの眩しさに目を瞑り/機体を震わせる衝撃=脳漿をかき乱さんばかりの轟音。
訪れた空白のような静寂――数秒・数分とも勘違いしてしまいかねないほどに意識を染め上げていく鼓膜が破けてしまったのではないかと勘違いする寸前に明滅した機械音=あまりにも淡白・単調=雪に溶けかけた意識をコクピットの中に引き連れられる。
機械音=信号消失=味方が消滅したと警告。
意識で理解した直後に全身を駆け上っていく戦慄=雪中へ飲み込まれるような冷厳さ/泡立つ肌から凍氷していく恐怖。
「狙撃だ!」――部隊の誰か=自分ではない八人のうち一人の切迫した叫び。
……ようやく追いついた認識にサバシュが口を開く「おいイズメール! 指示を!」
しかし返答なし/誰もが同様に叫ぶ中で、一人=イズメールからのみ発言が聞こえない。
背骨を冷たい指がなぞるような悪寒/目を見開く――画面を注視=イズメールの機体があった場所。
そこだけぽっかりと穴にえぐられている=周囲の雪を巻き込んで蒸発した――雪の中からちょろちょろと噴き出る黒煙/辛うじて沈まなかったバラバラの鉄塊たち――〈Mg-33〉だと把握/イズメールの乗り込んでいたものだと理解……いずれもかなりの時間を要した。
また画面を迸る燦光/大気をぶち抜く衝撃。
機械音=信号消失=味方が消滅したと警告。
「散れ! とにかく逃げろ!」――また誰かの絶叫/反論する者なし――四本の足を稼働=積もった雪を蹴散らし・まとわりつかれ・スラスターの噴出に頼り……どうにか移動を開始=蜘蛛の子を散らすような、考えなしの散開――もはや眼前にいたアルセナル+技仙の部隊など眼中になし「何でだ!? 何で気づかなかった!!」
『技仙共の仕業ではない』――通信に割り込んできた声=依然として平静・冷徹な女性『おそらくはアルセナルの連中だろう』低温にして低音の声=感情が揺れる様子は一切なく、飄然と語り続ける『この施設を奪う気に違いない。奴らを一刻も早く殲滅せよ!』
その声がフェオドラのものだと悟る以前に、誰もが耳を傾ける余裕などなかった。
誰かがライフルの弾を放つ=視界の外へ――アルセナルの部隊でもない/技仙の部隊でもない/何処か遠くへ/まだ何処に潜むとも知れぬ狙撃手へ……しかし弾は虚空へ消える。
次の瞬間にはまた別の誰かが嘶く閃光に砕け散った。
機械音=信号消失=味方が消滅したと警告。
再び誰かの咆哮が通信を介して伝染「どこだ! どこにいやがる!?」――再びライフルの射撃=狙撃手に当たることを祈って――照準も定めていないのに/何処にいるかもわからないのに/その手がかりすらわからないのに。
間断なく繰り返される狙撃の連続=圧倒的すぎる速射――もはや何機が自分たちを囲っているのかすら判別できない。
雪山の峰=緩やかな斜面/なだらかな谷間=遮蔽物なし――外へ逃げ出そうにも切り立った崖=逃げ場なし。
雪原を飛び越えた谷間へ放物線を描いて落下した砲弾/あちこちを動き回る〈Mg-33〉×六たち――もはや陣形などなし/とにかく動き回る/生存を図る/逃げ惑う。
荒くなる一方の呼吸/意識せず上下してしまう肩/ガタガタ震える指先で懸命に機体を動かす――焦燥に駆られた腕でまともに機体が答えてくれるはずもなし/思い通りに動かない自分への苛立ちが更なる動揺の呼び水となる/体中の血脈が本来とは真逆の方向へ走り始めたとさえ思えるほどの激しい動悸に胸が痛む。
画面を埋め尽くす煌輝/純然たる白――息を呑んだ時には誰かが機体と共にバラバラになっている。
機械音=信号消失=味方が消滅したと警告。
何度となく繰り返される機械音。
部隊に伝播していく恐怖・悪寒・怖気/次の瞬間には誰かが死んでいる/次に弾が飛んでくるのは自分かもしれない。
先程まで背筋をなぞっていた冷たい手――キリキリと気管を絞る/肺腑を握り潰す/心臓を鷲掴む――全身から体温という体温を抜き取られる/代わりに並々と注ぎ込まれる冷たい何か=凍りつく体/真っ白に染まっていく意識。
僅か数分足らずに醸造された恐慌状態――自分の意識を雪の白へ還元される前に、コクピット内へ縫い留めなければいけない。
辛うじて意識を保っていると確認するため=生きていると自分に言い聞かせるため=冷たい手から逃れるため――喚声=掠れた喉からひり出す=酸欠にあえぐ胸の痛苦/切れかけた喉の惨苦/血走った眼球が飛び出てしまいそうな嗚咽/平衡感覚を失いつつある頭蓋が訴える鈍痛――その全てですら自分が生きている証だと証明する喜びすらもたらす。
機械音=信号消失=味方が消滅したと警告。
……気がつけば自分含め九機いたはずの味方が残り四機に=あとの五人は全て光と共に砕け散った。
ただの一度も外れ弾なし=命中率百%=死亡率百%=白い光が見えた・砲声が聞こえたと思えば誰かが死んでいる=むしろ見えない・聞こえない瞬間こそ自分の死を悟る瞬間とさえ錯覚してしまう。
「他所者があ!」=名も知れぬ狙撃手へ向けたサバシュの呼号/放ったライフルの弾――同様にどこかへすっ飛んだ。
画面内――ふと意識を寄せられる一つの異変=技仙たちの居た場所で巻き起こった白煙。
突き破って現れたシルエット=技仙のマゲイア――その一機=猛烈な加速/追随して雪原を切り裂かれて立ち上る白い煙の尾/急激な肉薄。
狙撃手という存在に、これ以上ないほど理想的に制圧された状況――新たな敵勢力が自分たちを死地へ追い込まんと接近してくる。
「クソったれ!」「どういうことだ!?」――口角泡を散らしたサバシュの喚呼/だけではなく追随したユーサフの疾呼。
まだ顔見知りの中に生き残っている奴がいたことに雄叫びすら上げてしまいそうになる――ライフルが敷いた火線×二=初めて明確に居場所がわかる敵へ向かっているだけで一種の喜びすら感じる。
衝撃音――技仙のマゲイア=胸部装甲に大きな凹み/腕部が破断――しかし次の瞬間にはスラスターの噴出に大きく横へ反れる=射線から外れる/依然速度も姿勢も維持したまま=雪に足元をかき乱されているはずだが動きに淀みなし――どうにかマゲイアを扱える程度の技量しか持たないサバシュからすれば悪魔じみた技量の芸当。
そうしている間にも狙撃手が自分目掛けて狙いを定めている真っ最中かもしれない――いつ自分が他の五人たちと同じ末路を辿るかの予測すら不能/もはやあちこちに散在されたゴミクズ・ガラクタに変わることから逃れられないとさえ。
しかし受け入れがたい事実から逃げるべく足掻く/藻掻く/喘ぐ……ただ死にたくないという一心でのみ動いている。
眼前に迫りくる技仙のマゲイア=機関砲の掃射が雪上を駆け抜ける――自分目掛けて=迫りくる死線そのもの/雪に形成されるミシン目の一つ一つが死へ誘うカウントダウンであるとでも告げるように穴を覗かせる。
真っ白であるはずの穴の奥に深淵すら見出してしまう――全てを錯覚だと一蹴する余地すらない戦々恐々に、ひたすら叫ぶしかなかった。
最終更新:2018年06月08日 05:46