第3幕 ―― 白煙
紫電が通り抜ける=光にも似た速さ/雪原に響き渡る雷轟の嘶き。
光の明滅の前後――一機のSSCN機が木っ端微塵に爆散/腕・脚・ライフル・頭部・胴部の破片=炎を吐きながら雪中へ沈没/直前に吹き荒れた暴風――炎から尾を引く黒煙・蒸発した雪の白煙――全てが薙ぎ払われて霧散。
思わず瞼だけでなく瞳孔までも見開くユーリー……味方=モールニヤの砲撃――跡形もなくなるほどの絶大な一撃に愕然。
「あれが、本社の試作兵装か……」試作125mm電磁狙撃砲=音速×数倍で空中を突き抜けるワインボトル大の鉄杭。引き連れてきた風圧と速度による貫通力の圧倒的威力……だけではない。
ユーリーの呼吸が、言葉の後に一往復する前に放たれる次弾=またも、宙を迸る稲光/砕け散ったSSCN機/吹き荒れる白と黒の爆風/ぽっかり開く雪の穴=影すら雪の白に吸収――まるでクレバス。
……戦車の砲では考えられないほどの速射/ようやく理解が追いついたSSCN機=七機に激減したカマキリたちの行動――ひたすらな散開/とにかく間隔を開けることに躍起……まともな陣形すら考えられる余地なし――そう、ユーリーには見えた。
改めて画面内を見渡すユーリー――SSCN機×七の位置/一箇所にまとまった、技仙公司のマゲイア×三/それを囲う自分たち=すでにリンマ機がSSCN機たちに横っ腹を向けている状態。
「リンマ。砲撃を継続しつつ一定距離を保ちながらこっちに寄せろ」
「いいんですか?」素っ頓狂に裏返った驚声=せっかく作った包囲陣を崩せという命令への異議/SSCNのマゲイア
が何も抵抗しない置物だったならユーリーも考えなかっただろう命令――だが当然の如くSSCNたちの抵抗も視野に入れなければならない。
「技仙の部隊を誘導する」=リンマの現在地が邪魔だと言外に追求。
「わかりました」――状況を察したリンマの律儀な応答。
その間にも技仙機×三が砲撃を再開=機関砲の呻り/ユーリー・リンマ・イサイそれぞれへ、三又へ分裂した火線が雪景色を切り裂いて肉薄/装甲の至るところから鳴り響く衝突音/コクピット内にに響き渡るアラートの連続。
凹んだ傾斜を描く地形=遮蔽物なし。即座に回避行動=8を描いて後退と前進を繰り返す/合間合間に砲撃を挟み込む=反動と積雪で危うくひっくり返りそうな機体を制御=足をすくわれかねない雪の中でも本来と遜色ない行動――万年積雪地帯の極北で積み上げた経験の賜物。
同様にS字を描きながらユーリーへ近づくリンマ=機体の表面で飛び散る火花の数々/装甲板がひしゃげる・割れる・欠落――鉄片となって撒き散らす/いつ凶弾が装甲の隙間をくぐり抜けるかわからない恐怖の渦中――にも関わらず命令通りに遂行する忠実さ/あるいは忠義――さながら口を開いたまま嬉々として獲物を追う猟犬にも似た可愛げすら覚える。
リンマを追いかけていた火線が止まる=技仙機が隣の機体と干渉/一瞬の間を突くユーリーの砲撃=リンマを追いかけていた機体へ/リンマ=ユーリーを狙っていた機体へ=射線の交差――ユーリーの砲弾が命中/生じる火球と灼熱=周囲の雪を白煙へ還元/装甲を吹き飛ばす。
同時に技仙機×三の足元に噴射炎/靄の拡散/またもや白に塗り潰される視界。
「一機! 隊長と真反対に走ってます!」イサイの迅速な報告/驚きと切迫さがないまぜになった早口。
すかさず位置関係を再確認するユーリー……一機の進行方向=リンマの移動により開いた空間――ユーリーの計算通り/思わずこぼれかける笑みを噛み殺す。
「よし、ならば最低一機は移動していないはずだ!」
ユーリーの先見――技仙からして、敵がせっかく作った包囲網をむざむざ手放した理由を鑑みるはず――SSCN機へ誘導する挟撃・SSCN機を脅威と捉えた退避・勃発した雷鳴の如き砲撃の雨を全く異なる勢力だとアルセナル側が認識したと判断したか……しかしいずれにせよ、優位に立てる包囲網を崩すとはいえ、すぐにでも取り戻せるように完全に崩しきらないはず……それを完全に崩して主導権を技仙側が取るべき行動――誘導に乗せられたフリをして囮を撒くはず――ならばその囮こそ、SSCN側へ飛び込んでいった一気に違いない/こちらの意表を突く機体がまだ白煙に残り、攻撃の機会を虎視眈々と伺っているはず。
間断なく告げるユーリーの号令「変わらず撃て!」
すぐさま再開される砲撃=〈プリテンデーント〉×三の放つ砲弾=SSCN側へ突っ込んだ一機を無視/白煙へ一目散に飛び込む。
金属同士の衝突に生じる鈍重な音+榴弾が炸裂する爆発音がほぼ同時に去来――立ち籠めていた白煙が、膨れ上がる爆炎に渦を巻いて一掃される=確かな手応え/敵を屠ったという確信がユーリーだけでなく班全体へ伝播。
「さっ……さすがです隊長!」――半信半疑のまま命令にだけ従っていましたと告白するようなリンマの喜声/命令されている内容への理解がないままでもとにかく取り組める忠義の塊ですというアピールに聞き取れなくもない――が、リンマがそこまで頭を回しているはずもないだろうと思い素直に聞き受けるユーリー「油断するな。まだ敵が残っているのは変わらん」
――とはいえ=ユーリーの一息――心なしか安堵を覚えた穏やかな一呼吸。
モールニヤによりSSCNの機体は次々と砕け散っている/たった今技仙の機体を行き葬った――対して自分たちに戦員の消失はなし=明確な有利として戦場を支配できている証左。
「SSCNの部隊はモールニヤに任せる! まず部外者にはお帰り願おう!」
画面のど真ん中にいる、敵機だったもの=人を象っていたはずだが面影すら残さず/単なるガラクタの塊となって巨大な炎を噴出――空へ真っ黒な柱を立てるかの如く黒煙が立ち上っていくのを見つめる――泡立つ自分の心をたしなめるような一言「恨むなよ。お互い仕事なんだ」
直後:敵の残骸がバラバラの破片となって炸裂――内部動力との干渉による爆発ではない/新しい爆炎は生じていない……では何だ? と疑問が生じる前に視界へ飛び込んできた一つのシルエット――残骸を蹴散らして現れたもう一機=炎に機体を包まれ/黒煙の尾を棚引かせ/スラスターによる力任せな驀進=機関砲の絶叫が轟く/イサイ機の表面に飛び散る火花/溶けるようにひしゃげ・歪んで・形を変えていく装甲/腕・脚が衝撃に痙攣するようにぶるぶる震える。
「ま、まずいです隊長!」――焦燥に満ちたイサイの叫び声/通信と共に飛び込む致命的警告音=このままではイサイ機が行動不能に。
苛立ちにも似た泡立つ真っ赤な衝動を抑える/代わりに叩きつけるような大声の指示「距離を取れ! 援護する!」
「了解!」返答と同じタイミングでイサイ機がスラスターを噴射――S字を描きながら近づく敵機を振り払うべく後退。
しかし紐で繋いだかのようにぴったり貼り付かれる=あまりにも近すぎてユーリーも迂闊に攻撃できず「クソっ」――思わず吐き出される罵声。
次の瞬間には接触=力任せの突撃にバランスを崩して転倒するイサイ機――もはや雪に埋もれて姿が確認できず。
白煙の中心で敵機がイサイ機へ照準を定める――コクピットがあるだろうその位置へ。
ユーリーだけでなくリンマの背筋を駆け上る悪寒/背筋を鷲掴みにしてくる不可視の冷たい手=焦燥を通り越した戦慄が襲い来るのを我慢できない。
「脱出しろ! このままでは!」――ユーリーの絶叫/間に合うかどうか/脱出ができるかどうかすら不明――せめてもの望みにかけるしかなかった。
最終更新:2018年06月08日 05:52