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第3幕 ―― 白撃


 稲妻が駆け抜けるような轟音/空気を震わす衝撃が雪山を跳ね回る。

 懐の画面上――数を揃えても固まったままのSSCN機×九――一機のSSCN機が木っ端微塵に爆散/腕・脚・ライフル・頭部・胴部の破片=炎を吐きながら雪中へ沈没/直前に吹き荒れた暴風――炎から尾を引く黒煙・蒸発した雪の白煙――全てが薙ぎ払われて霧散。

「狙撃手だと!?」――ドグジンの瞠目=狙撃の圧倒的な威力よりも、そんな敵がいたことへの驚愕「何故SSCNの連中、事前に片付けないんだ!?」

 とっくのとうにそんなものを排除していると思い込んでいたドグジンたち……狙撃手=山岳地帯において、それぞれの山を跨いで攻撃できる敵という時点で圧倒的有利を約束されている――襲撃する側のアルセナルからすれば是が非でも確保するべき位置(ポジション)/同じくSSCN側は事前に対処するべき場所(ポジション)

 狙撃がSSCNの機体を破壊した=SSCN陣営の狙撃手ではない/自分たちの部隊へ周知されていない=自分たち技仙のものでもない――残された選択肢――二日以上前から潜伏していたアルセナル陣営の狙撃手/あるいはいずれでもない第四の勢力。

 視界の隅――SSCNの部隊たちがひたすらに展開していく/やたらめったらに距離を開けている様子/まともな陣形を形成するつおりなし――狙撃手がいたことに対する混乱の証左――また一機が盛大な火球と破片を散らして爆散。

 頭を巡らせるドグジン……SSCNのマゲイア×九が残されている=攻撃してくるリスクを鑑みているはず……しかし三機全てで自分たちを包囲しようという思い切りの良さ――その根拠をどこに求めるか?

 狙撃手がいるから? ……では根拠が足りない。

 距離があるからこそ優位である狙撃手に守ってもらうという発想である場合――最初に自分たちが襲撃を仕掛ける際に、輸送機ごと撃ち抜くことこそが最善だったはず――だがあの狙撃手はそうしなかった=SSCNを敵と見なした/アルセナルへは不明/しかし自分たちを敵と見なしていない可能性が高い。

 ドグジン=必死に考えを巡らせる/戦場を把握するべく視線をひっきりなしに動かす――改めて自分たちを包囲する敵=アルセナルのマゲイア×三を睥睨=お前らは何を考えている? と尋ねられるならそうしたい。

 思索を張り巡らせる/包囲網を敷くアルセナルの機体へ機関砲を撃ちっぱなし――轟く咆哮/吐き出される幾多もの弾丸/敵の装甲をぐちゃぐちゃにかき乱す横殴りの雨となって敵を削る。

 直後――最もSSCN側に居た一機が、SSCN側から離れるように動き始めるのを確認/(ハイ)の砲撃がすかさず追いかける。

 ドグジンの疑念が確信へ/バラバラだったパズルのピースが綺麗にはめ込まれたような快感が訪れた。

 最もSSCN側に近いアルセナル陣営の機体=最も狙撃の次なる標的になりやすい位置。

「包囲網を崩しやがった?」――(ドン)が疑問符をそのまま声にする=思ったことがそのまま口に出る考えなしタイプであることを露呈。

「そうまでして逃げたい(・・・・)ってことだろう」=すかさず返答/したり顔。

 ドグジンの確信――SSCN機を屠った狙撃手=第四の勢力である可能性が高い。

 正体の掴めない謎の勢力が関わっていることに対する不安――額に浮かぶ脂汗/乾いた唇を舐める/その勢力の目的が不明――ただですらアルセナルのマゲイア×三に敷かれた包囲網に死すら予感した。

 だが今はそれが崩された――またとない機会が転がり込んできたことへの期待に高揚。

「だが数ばかりなSSCNの連中を減らしてくれていることは何より有り難い」

 しかし直後――すぐ近くで巻き起こる爆轟/耳から脳味噌を叩き潰さんばかりに莫大な爆発音が襲撃/揺さぶる機体=コクピットの表示枠に映し出される警告を逐一確認=目立った被弾箇所なし。

「畜生がァ!」――すぐさま通信で飛び込んでくる罵声=董/同時に割り込んできた警告音(アラート)に状況を把握――包囲網を敷かれて固まらざるを得なくなった至近距離で、董と懐の二人が被弾した。

「動けるか?」――確認に発したつもりが思わぬ即答「こんな程度で!」=怒りに絶叫する董/「些か稼働に支障が生じる」=依然変わらず太い声の懐。

「だったら、俺はSSCNの機体を片付けるついでに、アルセナルの気を引いておく。お前さんたちはアルセナルの包囲網を突破できるはずだ」――とうとうと説明/スラスターの燃焼準備「董、くれぐれも突っ込みすぎないようにしてくれよ。先立たれちゃ困る」

「ハッ」=笑声を吐き出す余裕を垣間見せる董=威勢の良さと共にドグジンの心配(・・)を一蹴「早々簡単に、この私が死ぬかよ!」

「なら良かった」

 安堵に一息つく/スラスターの噴射と共に大きく前進=腹をぐっと押し付けられるように座席に体が食い込んでいくのを知覚。

 僅かな間だけ画面を埋めた白煙――それを突き破り開けた視界=見る見る近づくSSCNたちの機体=例え複数いようとも混乱している真っ最中ならば生き残れる目算/狙撃手がこちらを狙ってこないという確信に等しい自信=ならば尚更自分が生存できる可能性が高まる。

 残された董+懐=ドグジンの出した白煙に紛れて沈黙=衝動に任せて前進しかける足を止める/唾を飲み込む。

 包囲網を形成していたアルセナル機の位置を思い返す――綺麗な正三角形だったものが、一機のみ他方へ近づいた/対して懐が稼働に支障が出ると報告=背中を向け合う位置の関係上、どの程までかは推測できず。

 移動していた敵を追いかけていた懐=その方角に二機が並んでいることを警戒/董が向いている方角には依然一機のはず。

 ……敵から砲声が聞こえていこないことに気づく――ドグジンが気を惹きつけると言った/しかし叶わなかったと悟る。

 懐の置かれた状況を察する=稼働に支障あり+二機もの敵が懐を向いている。

 思わず一歩、懐の〈33式小機〉の背中に隠れるように準備――怯えを隠すような薄ら笑いを浮かべる/頬をなぞる冷や汗に気づけないまま、白煙をじっと望む/通信に拾われない程度の小さな声「恨むなよ。食らっちまうお前が悪ィんだ」

「董よ。今、何か――」

 直後:大気を揺さぶって砲声が響く/白煙を突き破って飛来する砲弾の数々=董の〈33式小機〉には一度の被弾もなし。

 通信に紛れたノイズ/直後に途絶――すぐ背中で巻き起こる爆発音の数々/直近での高熱発生に鳴り響く警告音。

 懐が砕け散ったと悟るまで、時間は必要ない/むしろわかりきっていたこと。

 自機に寄りかかってくる懐の機体=もはや死骸同然のそれを纏う――炎が撒き散らす高熱/周囲の白煙が一瞬に霧散。

 視界に映った一機=真正面に居座る一機=愚かにも自分へた砲弾を当てられなかった一機――炎を吐き出すしかできなくなった懐の死骸を蹴散らす/スラスターを一気に燃焼=急加速による突進・猛進。

「行くぞオラァ!」

 董がするべき行動は、すでに決まっていた。

 アルセナルの三機を打倒・圧倒する――SSCN側へ言ったドグジン抜きで/たった一人=たった一機で。

 見るからに鈍重そうな眼前の一機へ機関砲の掃射=轟然とした唸りと共に吐き出される鉛の雨/敵機の表面に飛び散る火花/溶けるようにたわんでいく装甲/腕・脚が衝撃に痙攣するようにぶるぶる震えた。

 一瞬の逡巡もない肉薄・切迫――距離を取らんと蛇行による後退を開始した敵機――しかし照準に縫い付けたまま外さない=吐き出される夥しい量の弾丸が雪原に形成するミシン目=数秒と離れず敵機へ接敵・接近/機関砲が赤熱するのも構わず連射――辺り一面に撒き散らされる空薬莢の数々=雪中へ小さな湯気を立てて埋没。

 ……スラスターの燃焼率をさらに上げる=機体へ降りかかる負荷も無視した過度の加速――一瞬に近づく敵機への激突/衝突に甲高く・重鈍な金属音が鳴り響く――コクピットの中で急加速と急停止の連続/生じる慣性の連撃に投げ出さんばかりの勢いで揺さぶられる董=ベルトのせいで体が座席に縫いつけられる/締めつけられた肺腑から絞り出される空気=咳き込むように吐き出される酸素。

 乱れる呼吸/上下する肩を抑えつけて、董は画面にそれを見下ろす。

 ……ようやく、足元に敵の一機を地面へ縫い止めた。

「これで……やっと一かァ」

 機関砲を、再度構え直す。
最終更新:2018年06月09日 19:30