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幕間3.5 ―― 白銀


 坑道――上下左右に広がる薄暗い坑道=地図があっても頼りにならないほど入り組んだ複雑な迷路。

 鳴り響くいくつもの地響き(・・・)/パラパラと土くれが降り注ぐ=ヘルメット・肩に何度か当たる。

「またか」「気にすんな」すでに飽き飽きした嘆息と共に歩き始める男×二――戦闘が展開しているとわかっていながらも、他人事極まりない安穏さ。

 強いて、台車を転がせる程度に整った足場が安心の材料――ただ歩くだけで躓くことがないという極めて消極的な安心感をも足らす。

 だからこそ、彼らはだらだらと緩慢な足取りで台車を押しているのだろうが。

「緊急事態なんだろ?」――一人の言葉=もう片方へ問いかけたはずが、答えたのは頭上の地響き――再び肩に落ちてきた土を払い、ヘルメットを被り直す「社長が言うんだ」

 彼らのすぐ近く=分厚い地盤を挟んだ地上で行われている戦闘を、彼ら含め誰一人、直視すら許されていない。

 採掘作業員……社長の辞令により、緊急事態(・・・・)の最中で作業に従事させられる――脱力しきった大股の歩調×二。

「なーんでこんなことさせられているんだか」「社長が考えることなんてわかるか」覇気のない会話を繰り返す二人――台車に載せられた箱を二人がかりで押す。

「北部生まれだからな。南部の俺たちには理解できねぇだろうよ」――自分たちの境遇/SSCN領内に蔓延る南北の差別「演説ばかりでうるせぇし、こっち側に来たこともない」「そりゃあんな細い体じゃあな」歩調に対して口調のみがどんどん饒舌に……緊急事態故に現場作業員の全員は社内で待機=洞窟の中には自分たちしかいないとわかりきっている自意識が、だんだん語調を強めさせる。

「なんでこんな場所に工場なんて作ろうとするんだか」「まともに帰れねぇし」「寮はハリボテで寒いし」「社長はいちいちうるせぇ」……積み重なった不満のがボロボロ溢れる/留まるところを知らない勢い――ぽろりとこぼれた言葉「社長、追い出せねぇかな」

「襲ってみるか?」浮かぶ下卑た笑み「どうせ泣いて逃げ出すだろ。何人かに声をかければ……」

「バカ」相方の脇を肘で突っつく「あんな傷だらけ、萎えすぎて襲う気にもならねえ」

「違いない」ゲラゲラ笑い始める男=坑道に反響する笑い声×二。

 しかしすぐに腕時計を確認/胸ポケットより高度計を確認――「このあたりか」

 高度=5,300m――採掘工場の中でも特に高い位置/箱の内容物を確認……100kg余りの爆薬/安全のために抜いていた信管を設置/台車ごと放置――社長へ連絡=コール音が鳴るかならないかという信じがたい速度で通話『――私だ』

「社長。予定位置に置きました。これでいいんです?」『予定を七分過ぎている』――変わらず低い声音のまま、何よりも先に諫言を並べられる――また始まった、とばかりに肩をすくめる/察した相方が皮肉げな笑顔を作って肩を叩く……声に出さずとも唇の動きだけでさらりと愚痴=これは長くなるな(・・・・・・・・)/思わず同意に首を振る。

 告げられていた辞令=特に貴重な資源を敵企業へ奪われる前に、自分たちの手で発破して封鎖せよ、というもの。

 また頭上の地響き――戦闘が展開している=奪われたと決まったわけではない=間に合った。と言い訳しようかと思案。

『まあいい。爆薬の設置は完了したんだな?』

 ……かと思えば予想を裏切って、説教ではなく単なる質問――思わず二人して顔を見合わせる。長い長い説教がこれから続くとばかり勘違い=拍子抜けで目を点にする……どういう風の吹き回しだ? と首を傾げる。

「え、ええ。そりゃもちろん」

『そうか。ご苦労』

 早々に切り上げられた言葉……今までの態度からは想像もつかないほど短い言葉=語調こそいつもの冷淡そのもののくせに大した言及がないことに驚きを隠せない二人。

 通信越しに聞こえてきた、とある音=カチリ――何かのボタンを押した音だと気づく/しかし構わず、切電ボタンへ指を伸ばす。

 ――その指がボタンに触れる前に、二人は坑道と共に爆炎に飲み込まれた。

――

 雪山を機械が登る/足に纏わりつく雪を蹴飛ばし/静かな斜面に足をかけて、一歩一歩を刻む。

 テウルギア=人型の機械兵器――しかし武装らしい武装が見当たらない/単なる人型の巨大な機械。

 空の灰色と似た、光を反射しない鈍色の機体=〈フィローソフ〉――他に誰も見当たらない斜面を悠然と歩き進む……機械でなければハイキングとさえ感じてしまうほどの穏やかさ。

 その内部――フェオドラ・ジノーヴィエヴナ・シャムシュロファが、画面越しに真っ白な景色を望む=雪以外の何もない斜面。

 程なくして頂上へ到達=真っ白な雪と灰色の空だけの視界が、一転。

 雪原に展開された戦場――SSCNの〈Mg-33〉/アルセナルの〈プリテンデーント〉/技仙の〈33式子機〉……様々な機体が右往左往して・入り乱れている/到る所から爆炎の赤と爆煙の黒が目にちらつく。

 幾多もの砲撃・爆発・衝撃――装甲を通じて聞こえる、ありとあらゆる騒音。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどのけたたましさ――それを生み出した機械共の群雄割拠……もはや百鬼夜行を、一つの音が制圧する。

 巨大な地響き……兵器たちの音も/機械たちの動きも、全てを静止させる、巨大な山そのもの揺らぎ。

 単なる爆薬の炸裂だけでそうなるはずなどない――雪山の斜面そのものが動く=滑り落ちるように。その部分だけをトリミングしているかのように、大きく、下へズレていく。

 生じた巨大の波――アルセナルも技仙もSSCNも関係なく、そこにある全てを巻き込む……圧倒的な暴力。

 大地の揺動/白雪の波濤……全てをもう一度白へ染め上げていく光景に、フェオドラは思わず、溜息を漏らす。

「いい眺めだ」

 誰も見たことのないほどの綺麗な表情――純然たる喜びに満ちた笑みが、傷だらけの横顔に浮かんでいた。
最終更新:2018年06月08日 06:00