第4幕 ―― 爆轟
眼下――濛々と立ち上る白/大きく形を崩す雪の大地/そこらじゅうのマゲイアたちが軒並み飲み込まれていく。
アルセナルの機体が雪に埋もれた/技仙の機体が転倒してゴロゴロ転がっていく/部下の〈Mg-33〉でさえ雪に飲まれた。
「ぎゃぁぁああ!」=コクピットに響き渡る悲鳴/思わず眉をしかめるフェオドラ「……5番か」サバシュ・クマールという個人名すら記憶に留めていないとばかりに一瞥=雪に飲まれた四本脚――次に姿を見せたかと思えば腕も脚もバラバラ=胴部だけを残したかと思えば小さな火球へ変貌――炎の赤も煙の黒もまとめて雪に塗り潰された/続けざまに信号=4番・8番を残し、さらにもう1機=合計2機の信号まで消滅。
自分が起こした雪崩に味方が巻き込まれ、残る味方がたった一機となり――尚、至極面白くなさそうに細められた瞼/ぼそりと一言「南部生まれ共は相変わらずだな」
『人は生まれながらにして無垢な白紙である』=徐ろにコクピットに充満した低い声――フェオドラの乗るテウルギア〈フィローソフ〉に搭載されたレメゲトンの一言。
「白紙でいられるほど人間は白くない」――手袋に包まれた右手の人差し指が、右頬=横一文字に伸びる切傷痕をゆったりなぞる――浅黒い肌/生々しいピンク色の傷跡。
離れた右手を再び操縦桿へ/徐々に力が籠もる――「〈リリズム〉を呼べ」=淡白な命令。
『承った』
刹那=眼下に巻き起こる雪崩を取り囲む山々――その一つから雪とは別の白煙が噴出=灰色の空へ、真っ白な尾を引き連れた物体が飛翔=一見してミサイルの発射と酷似した光景……しかし白煙の動きが妙に遅い/敵ではなく〈フィローソフ〉の元へ肉薄――足元に突き刺さる/物体=細長い長方形が落下の衝撃で破砕=中身を露出――〈リリズム〉=異様に強引な運搬方法の空飛ぶコンテナ。
内部から出現した馬鹿げた長大さを誇る大砲=人間がすっぱり中に収まりそうな太さ・マゲイアである〈Mg-33〉よりも長い砲身・妙に膨らんだ後部――見るからに鈍重そうなそれを、事も無げに軽々と拾い上げる〈フィローソフ〉=脇に抱え持つ――白煙のみ映る画面=まだ何も見えない場所へ砲口を差し向けた。
フェオドラ=白煙の奥=雪崩をかき分けて猛進する熱源反応を一瞥/上唇を唾で潤す。
「さて海豚よ。お前の待ち望んでいた機会だ。たっぷり動かしてやる」
『ウラジミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフである……熱源、二つが接近している』――フェオドラ以上に感情の起伏を見せない低い声=しかし明確に海豚呼ばわりされていることへの異議申し立て/だがどこか嬉しそうに状況を報告。
画面内――アイコンが出現=熱源を中心に輪郭線のみを描き出す――敵を狙いやすくするために組まれた射撃管制ソフトの発展系。
見えたシルエット=計二機――中空に浮揚し始めた一機/すでに他の脚部と腕部が消滅しつつ引っ張り上げられるもう一機。
「ほお」=瞳に灯る好奇心の光/口の端を吊り上げる――明るい笑顔=さながら新しい玩具を見つけた子供/嗜虐でなく残虐に歪んだ左頬=火傷痕に頬杖をつく「仲間を助けるか」
熱源の位置を確認=スラスターの燃焼炎がこちらを向いている=やや遠ざかりつつ・背中を見せていると判断――直後には白煙を突き破って表出……画面の表示枠と変わらない、アルセナルの二機。
「つくづく、見上げた精神だ」=見下していることを隠すつもりすら見せない鷹揚さ。
照準を改めた数瞬後……砲撃/轟く砲声=山々を駆け抜けてこだました/異様に太い後部から反動緩和のための圧縮空気が噴出=〈フィローソフ〉の周囲にあった積雪が全て一瞬に蒸発・消滅――たかが砲弾一発を撃っただけで周りを一掃する莫大な熱波。
それほどの斥力で射出された、榴弾=500mm=人と遜色ない巨大さ=大艦巨砲主義時代でも例の少ない大口径。
着弾/広がる爆炎/画面を覆い尽くす紅蓮の輝き/鼓膜だけでなく全身を揺さぶる衝撃波と化した爆発音/鋼鉄の塊である〈フィローソフ〉ですら吹き飛びかねない爆轟/生身だったなら骨まで消し炭になるだろう灼熱――度し難い爆発の広がりに、立ち籠めていた白煙すらもまとめて一掃。
その中心点に、僅かな黒煙を残すばかり――アルセナル社のマゲイア=破片すら直下に見当たらない=部品までも灰燼と帰した証左。
周囲に満ちた静寂=すでに収まった雪崩/未だ雪崩の動乱を引きずる機械の群れたち――自分たちの安全確保を最優先=もはや戦っている場合ではないと言わんばかり。
「やはりマゲイアならこの程度か……」先程まで浮かべていた笑顔――砲撃と共に消し飛んだ様子=再びつまらさそうな閉口。
直後……とあるものが視界へ入り込むのを確認――ちょうど真下=雪崩の行き止まり=〈フィローソフ〉が屹立する峰の下……雪中から立ち上がろうとする人型を視認。
再び釣り上がる口の端=覗く白い犬歯「流石は技仙だ」=雪崩で破砕した部下〈Mg-33〉を躊躇なく罵倒/ウキウキ踊りだす心を隠しきれない子供のような笑み「〈リリズム〉を下に寄越せ」
深く屈んでからの〈フィローソフ〉による跳躍/蹴飛ばされて巻き上がる瓦礫――峰の頂点から直下の谷底=〈フィローソフ〉でも縦に三、四機分ほどにもなる高度/急勾配とはいえそう易易と渡れるはずのない距離を、軽々と落下。
座席から浮き上がる背中/ふわりと浮かぶ銀髪――しかしその中央で爛々と灯る笑顔だけは揺るがないまま――着地。
衝撃が再び大地を揺るがす/敷かれていた雪が舞い上がった――コクピット内に襲い来る落下の慣性=フェオドラの浮いていた体が座席へ叩き込まれる/頭が下へ引っ張られる=危うくコンソールに顔面を叩きつけかねない勢い。
直後に顔を上げるフェオドラ=依然絶えない笑み+混じり始める獰猛さ=落下と着地をスリルとでも判別していそうな狂喜。
〈フィローソフ〉=他の追随を許さぬ驚異的な馬力による力技――スラスターの噴出もなしに、単なる跳躍のみで崖下まで一気に飛び落ちて+即座に体勢を立て直す、化物じみた膂力。
すぐ眼前――技仙のマゲイア=起き上がる姿勢を整える真っ最中/あまりにも緩慢な動きに、フェオドラからは見えた。
ニイ、と更に開かれた口の笑み/獲物を前にした鋭い眼光=さながら虎視眈々と狙う雪豹。
再び飛来したコンテナ――眼前を通過する直前=伸ばした手に触れた先からボロボロに崩れる外装/内側から露出した長大な柄/もう片方の手で握り込む――もはや秒単位ですらないほどの数瞬=飛来しているコンテナが落下する前に、内容物を掴み上げるという瞬間的な曲芸。
しかし推進してきた勢いは相殺しきれず=片足を軸に回転――半回転したタイミングで一歩分遠ざかる/新たな得物を最大限に活かせる距離へ――もう半回転で振り絞る=脇を締めた腕/力強くひねってタメを作る腰。
馬鹿でかい円錐――持ち主=〈フィローソフ〉の全長を優に上回る巨大な馬上槍。
ようやく立ち上がったばかりの敵の胴体ど真ん中へ刺突――回転の勢いを遠心力へ転換/〈フィローソフ〉が誇る馬力が外側へ引っ張られるはずの力を強引に前の一点へ矯正――最も分厚いはずの胸部装甲を軽々と貫通=機械の塊であるマゲイアへ見る見る侵入する円錐=内部の部品+機材+動力+人員がどうなっているかなど想像に難くない。
直後=〈フィローソフ〉の握る柄がポッキリと破断/円錐部分が敵のマゲイアに突き刺さったまま――かと思えば円錐の側面から噴射炎/突き刺された衝撃も相俟って軽々と宙に放物線を描く敵のマゲイア……数秒後には内側から煙と炎を吹き出しながら地面に叩きつけられる。
「これで二、いや三機か……海豚。次はどれが良い?」
画面内を睥睨――アルセナルのが一機/技仙のが一機/部下の4番・8番もどこかにいるだろうが眼中になし――どちらにせよマゲイアしか見えないとわかった途端=とろんと落ちる瞼「海豚よ。お前が思っているより、遊ぶ時間は少なく済みそうだ」
『案ずるな主よ』――変わらず感情の読み取れない機械的な音声/フェオドラに見る画面内に青いイルカが出現……背びれでレーダー部分を指し示す『また別の勢力が近づいている』
一瞥=瞬時に浮かぶ笑み――心底楽しそうな嗜虐の悦楽に浸るフェオドラ/対して本人の言葉は正反対「まさか長引くのか。困ったことだ」
意図的ではない=自分が笑っていることに気づかない……戦いを楽しんでいることに/敵を蹂躙することに/力を誇示することに――無自覚な喜びを味わっていることに気づかないまま、残念そうな語句を並べる/心底嬉しそうな語調で。
「ああ……思っているより長引きそうだ」
最終更新:2018年06月24日 08:58