第4幕 ―― 爆風
眼前に突きつけられた砲口/その奥で発射を今か今かと待ち続ける砲弾――次に掃射されてしまえば、瞬く間に装甲・内部機材・コクピット内殻・イサイ自身までもを立て続けに木っ端微塵にできるだろう砲弾たちの群が奥底で控えている。
イサイ=襲い来る絶望に息を飲もうとする/緊張に凍りついた喉がちゃんと動かず/唾すら乾燥しきって擦れる喉が痛みさえ訴える「こんなところで……!」
刹那――雪に埋もれた〈プリテンデーント〉=背中越しに伝わる、揺れ――機体の駆動系・動力部の呻り・敵機による振動のどれとも違う/もっと大きな何か=自分たちだけでなく大地そのものが振動していると言わんばかり――咄嗟に思い出すイサイ/喚呼を告げるユーリー。
「雪崩だ! 総員備えろ! イサイは早く立ち上がれ! でなければ……」
言葉の途中/眼前の技仙機が動き始める/滑るように動き始める機体/カメラが雪に覆われる=画面が白に埋め尽くされる/何も見えない/しかし莫大な雪崩の力に機体が動かされていることだけわかる――それがどこへ向かっているかもわからぬまま。
画面内=表示系に警告――雪下の岩肌を擦れ続ける機体+上から押し潰さん雪の重量+機体を軽々と弄ぶ雪崩の力――機体の各部に損傷報告/同時に動力部・コクピット外殻に尋常ではない重圧がかかっていると示唆=このままではコクピットごと機体が圧壊する。
「まずい!」――姿勢を立て直すべく動かした左腕+右脚=雪と岩肌がもたらす斥力に一瞬でもげる=消滅/警告で真っ赤に染め上がるコクピット内+イサイ……雪崩の中、何もできない事実=沸き上がる焦燥/冷厳な輪郭を伴って肌を泡立たせる。
岩肌に擦れた背中の装甲がついに剥がれる/耳をつんざく警告音……押し寄せる力に頭部が潰れる/コクピット内の照明が真っ赤に輝く……再び起き上がろうとした脚部=足首・膝・股間=関節部に侵入した雪/丁寧に一つ一つを本来とは別の方向へ捻じ曲げる=千切れて雪中へ消失。
為す術を蹂躙し尽くす暴虐=体温すら抜き取られかねない絶望/ただコクピットに寝そべる/内壁が潰されるその瞬間を待つしかない虚無が訪れる……そのまま魂すら抜き取らん冷酷さが真っ白な画面からイサイを覗き見る。
「イサイ! 腕を伸ばせ!」――飛び込んできた声=ユーリー/無心で言われるがまま=何かを考える余地すらなくただ腕を伸ばす――〈プリテンデーント〉に残された最後の四肢=右腕も微かな希望さえも雪に打ち砕かれるだろうとまで頭が回らないまま。
追って襲い来る衝撃――腕部の警告さえも光明に聞こえる/機体ごと引っ張り上げられたのだと悟るまで時間がかかった。
カメラアイから滑落する雪=眼前に同じく〈プリテンデーント〉の姿……スラスターを全力で噴射/巨大な重量を強引に持ち上げる。
「大丈夫かイサイ! 返事しろ!」=鬼気迫るユーリーの怒号=何よりも頼もしい力強さに満ちた声。
「……聞こえてます隊長。大丈夫です」思わずこぼした言葉――滑稽に思えるほど弱々しい安堵。
「なら良い。雪崩が収まるまでは離さんからな」……ユーリー=イサイの安堵を一蹴/再びスラスターの燃焼=雪崩の白煙を突き破ってひたすらな上昇。
先程まで見えていた戦場――その全てが雪崩と白雪に塗り潰されている/どこが地表か/どこが安全か……判別をつけることがかなわないほどに白のみの景色。
「すみません、隊長」またも弱々しいイサイ……雪崩をかき分けて驀進しただろう勇気+決断/雪崩に流されずに自分へ辿り着ける技量に驚愕しながら「俺なんかのために」
「言ったはずだ! 俺たちは生きて帰る」――再び頭を殴りつけるようなユーリーの怒声=弛まぬ意志と決意に溢れた情熱さ=雪を解かさんばかりの熱気。
「不味い飯を食いながら、こんな所まで死にに来たなど、俺の部下に言わせん!」
「た……」=あまりにも熱い叫びに思わずこぼれた声/それを遮って放たれたリンマの感嘆「隊長!」
リンマ機=白煙の向こう=視認できず/しかし感動できる暇がある余裕こそ安全である証左。
「とにかくだ」感情に揺れ動きすぎた部下をなだめる真摯さ「この雪崩でSSCNも技仙もまともに戦えんだろう。それぞれの状況を先に読み取った者が勝てる」状況を逐一部下に通達/立ち込める白煙を睥睨/その奥で、どこにどの機体がいるかをいち早く確認するため「先に状況を把握した者が勝てる。この位置ならば、俺たちの勝利は――」
爆音=他の全てを凌駕する圧倒的な爆轟/立ち籠めた白煙が衝撃派にまとめて消し飛ぶ/吹きすさぶ暴風が装甲を叩く。
唐突に途絶えたユーリーの声。
雪崩をかいくぐり、山の上部に立ち尽くすリンマ/通信機の電波状況を確認/良好=本来ならば決して途絶えることなどありえないはず。
「隊長? 今の音は……?」――晴れた上空を見上げ、目を見開く。
上空に立ち上る黒煙=何もないはずの上空に丸く広がっていく、明らかに爆発のあったであろう中心点。
足元から冷気が駆け上る/宙に投げ出されたような無力感が背中を襲う/早鐘を打つ鼓動=耳元まで駆け上った血流が、重く低い音となってリンマの意識を支配する。
「隊長!? どこにいますか? 隊長! イサイ!」――慌てて通信機へ=怒鳴るように・縋りつくように……声を散らすリンマ。
しかし返答なし……かくれんぼでもしているのかと思案/そんなことをしている余裕はないのに/ならばどこへ? ……とある一点を避けて頭を巡らせる=その一点こそが事実だと後ろから告げてくる声を無視/聞かないフリ・聞いていないフリ・聞こえていないフリ「隊長! 答えてくださいよ!!」……しかし見る見る薄くなる黒煙から目を背けられない。
「無駄だ嬢ちゃん。諦めな」――唐突に訪れた、老虎が喉を鳴らすようなダミ声=ユーリーでもイサイでもない声/首元までせり上がった冷気から逃げようと喘ぐリンマを嗜める、どこまでも落ち着き払った……現実を見届けて冷気そのものと化した、モールニヤの声「あの二人は死んだ」
「……そ、そんなわけ」
「ガタガタ抜かすな死にたくねぇならさっさと動け!」=リンマを鞭打つ雷鳴のような怒気が光の速さで降りかかる。
見下ろした雪原の向こう――再び爆発音に、視線を落とす。
黒煙を噴いて地面に叩きつけられる、巨大な槍が生えた技仙のマゲイア。
その真正面――武装と呼べるものを一つたりとも装備していない鈍色の人型が、屹立……強靭さをこれでもかとより集めたシルエット/無骨極まりない機械の集合体/暴虐が姿を得て顕現……かつて見たことのない機体。
「テウル、ギア……?」「だろうな」――モールニヤの的確な応答/味方が二人死んだことを既に忘れ去ったような冷徹さ=努めて機械的な声が、リンマの体へ飛来する「あいつだ。あのテウルギアが、二人をやった」
「あ、いつが……」雷槌の如く体に叩き込まれる/電流となって全身を駆け巡る/胸中に一つの炎を宿す「あいつが! 隊長を!!」
憤怒が溢れかえらんばかりに満ちた絶叫/すでに誰の静止をも振り払わん勢いで加速する〈プリテンデーント〉=最後の一機=リンマ。
……それを遠くで眺めるモールニヤ=鈍色のテウルギアを狙うべく照準を定める。
鈍色のテウルギア=攻撃の範囲が不明/何の武器を使っていたかも不明/手元にそれがない以上、何をどうして攻撃しているのかすら不明。
だが何も持っていない今なら撃ち抜ける――そのための陽動=そのためのリンマ=そのための発破。
しかしレーダー上に警告……遠方から飛来してくる新たな勢力の知らせ。
「畜生。間合いの悪いことばかりしやがる」罵声と共に照準を切り替え=レーダーの告げる方角へ。
いくらリンマでも、テウルギア相手とはいえ、丸腰ならばすぐにやられるはずもないだろう――そう打算しながら。
最終更新:2018年06月24日 09:05