第4幕 ―― 爆煙
生じた轟音/大地を揺るがす衝撃=本来ならば気づけないほど極小――常に駆動する動力と二脚という不安定な機体に乗っていれば尚更。
しかし今――敵のマゲイアに足を載せて砲口を振り下ろした〈33式小機〉を駆る董が、すぐに悟る。
「なんだ今の? 地震か?」
敵を足元にしながら、周囲を見渡すべく頭部を動かす――山の上部で起こり始めている異変=広大な雪が大きくズレ始めているのを発見。
下方へズレた雪がさらに下の雪を押し出す/押し出された雪がさらに下を……その速度と範囲が見る見る広がる/微細だったはずの音がどんどん大きく近くなる/動き出した雪が斜面の凹凸に巻き上がる/水蒸気どころではない白煙へ変貌=景色全てを飲み込む。
巨大な雪の波――堆積していた雪=尋常ではない重量=ただ単に流れ落ちるだけが、その重量により全てを潰すほどの災害そのものとなって接近――下=自分たちへ、降りかかる。
「やべぇ!」
咄嗟に上昇するべくスラスターを点火/跳躍に大地を踏み込む――一度屈んだその瞬間に、足をすくわれて転倒=一斉に揺れるコクピット内――まるで子供に振り回される玩具の如く縦横無尽に内壁のあちこちへ全身をぶつける。
目に見えるよりも早く……既に到達していた雪崩の流動が、足元の雪を崩していたことに気づけないまま、猛烈な勢いのまま去来する白の暴力に飲み込まれる全て=機体・視界・制御……全長十メートルはあろうはずの鋼鉄の巨体=今となっては為す術なく転がるしかできない鉄くずの塊。
内壁を幾度となく叩く雪の轟音――いつ突き破って自分の体を食い破らん化物へ変貌するかわからない/すぐ外から自分を虎視眈々と狙う死神のノック音が内壁から董の心臓にまで狙いを定めている。
上下・左右・前後――その全てをしっちゃかめっちゃかにかき乱される/座席に固定するべきベルトが意味を成さず/全身に襲い来る鈍痛=ひたすら耐える/歯を食いしばる/三半規管の悲鳴を堪え/頭を打った鈍痛に遠のく意識を、レバーごと握りしめる。
「董! 生きてるか?」――遠くから薄ぼんやりと聞こえるドグジンの声=どこか安穏としている声音が、脳内に煩わしく響く。
どこか微睡みに似たぼんやりした意識/体中のあちこちが痛いはず=しかし痛い箇所がなんとなくわかるが大して痛みを感じず――それよりも先行して全身を包み込む気怠さ=脳から吹き出されたアドレナリンの作用――重たい瞼を開く=画面を埋め尽くす真っ白=カメラアイに付着した雪――それですら妙に眩しく感じる……目元を覆い隠そうとした右手に違和感=妙な生暖かさ。
眼前にかざし、指先を真っ赤に染める液体を視認=思わず嘆息「ふ、ざ、けんなよ」――舌に痛み=いつの間にか噛んで切っていた。
「おお、生きてたか董。すぐに動け、今見たこともない機体が……」
「うっさいなァ」――ドグジンの喚声=内容を聞き取れる余裕なし/だが頭蓋をけたたましく反響する声が妙に煩わしい。
まだ自分が〈33式小機〉を駆っている自覚あり/自分が飲み込まれて雪崩に飲まれていない奴などいないだろうと憶測――どうにか機体を立ち上がらせるべく操縦/機体がまだ動くと理解――表示枠を確認/ほぼ全身に警告表示=損傷していない箇所を探すのが億劫なほど/左腕部を埋め尽くす赤=雪崩に紛れてもげたと判断。
「さっすが、技仙だなァ……機体の質が違う」「当たり前だ。雪崩程度でぶっ壊れる機体じゃねぇ」
起き上がった機体=衝撃にふらつくのを自動制御装置がアシスト=関節部が不器用な振動と駆動音を上げながら静止――衝撃にカメラアイの雪が落ちる/景色が一変。
すぐ眼前=馬鹿デカい馬上槍を振り絞る鈍色の巨人。
「ァ?」
対処の暇なし/対応しようと頭が働く余地なし/えっ、ていうか、こいつ誰? ――まで頭が巡った次の瞬間=画面を突き破ってコクピット内へ侵入した巨大な銀色の円錐――擦れる金属の悲鳴/轢き潰される内部電子機器の数々/飛び散る火花――顔の真横数センチを通り抜けて座席を貫通――金属がひしめく内壁を容易く引き裂く尋常ではない膂力――驚いている余地なし/目の前の景色がまた一変したことにただただ瞠目。
また衝撃音と共に宙を舞う感覚/状況を表示するべき画面=尽く壊滅――だが感覚で察知=機体ごと、宙に投げ出されている。
「ハッ!」――ようやっと理解を取り戻した董=鼻で笑う/まだ自分が死んでいない自覚=まだ痛みを感じれるだけの余裕がある認識……まだ自分が戦えると過信/眉間から口の端まで垂れた自分の血を舐める=鉄の味に目を覚ます。
画面が潰れた――槍さえ抜き取れれば、空間が新たな視界となる確信=ようやく、ドグジンの通信へ返答「まだ死んじゃいねェからよォ! すぐにこの野郎を――」
爆発音=ドグジンへ届いていた董の声が途中で断絶。
雪崩から逃げ切ったドグジンの画面上――董の駆る〈33式小機〉に突き立てられた槍そのものの炸裂/ひび割れた装甲の隙間から噴出される火焔/濛々と立ち上る黒煙。
「董!」――ドグジンの絶叫=もはや董の安否を確認するまでもない=内部での爆発に巻き込まれて生き残れるはずもない。
さほど大きくない爆発=〈33式小機〉の原型らしきものだけ残されている/胴部だけ妙に膨れ上がった黒焦げ/地面に叩きつけられる=両足が容易く潰れてぺしゃんこに……黒煙を吹くだけのガラクタとなって横たわる。
視線を移す――董の機体を一撃に屠った、鈍色の人型兵器。
今まで戦場にあったどの兵器よりも巨大――テウルギアだと推察。
それが何なのか……出撃前に情報は入っていなかった=本社が未然に予知できなかった、異質な存在。
むしろそれ以前の問題=アルセナルとSSCNのマゲイアのみと知らされていた/ドグジンの推測で浮上した、第四の勢力たる狙撃手など聞かされていない。
さらに増えたテウルギア――どの勢力かも不明/見たこともない=聞かされていないことばかり「ここで何が起こっている?」
鈍色の巨人がこちらを向く――極めて無機的な頭部/ひしめき合う装甲の連なり/屈強な筋肉を思わせる太い手足――何より武装の類が一切見えない、ただの人型だという異質さ。
作戦として上々であったはず=睨み合う二勢力へ介入――混戦を誘い出して双方を叩き潰せる絶好の機会だったはず。
現状――三機のうち二機が消滅=ドグジン一人のみ=いつの間にか圧倒的な劣勢となっていたことに今更気づく。
浮かぶ脂汗。
董が一撃に死んだ/同じ〈33式小機〉に乗る自分では同じ末路を辿るだろう未来しか見えない=思わず唾棄「クソッ。これはもう撤退しか……」
――唐突に、コクピット内に訪れるアラート=仲間からの新たな通信「増援だと?」更なる状況に変化にまたも置いてけぼりにされていることを思い知る/ニヤリと笑う「聞いてねぇが……まだマシだな」
レーダー上に表示される緑色のアイコン=灰色の雲を突き破る巨大な輸送機を知覚。
舌なめずり/じりじりとテウルギアから距離を置く=いつでも逃げ出せる体勢に。
「頼むぞぉ……俺は、まだ死にたくねぇからな」
最終更新:2018年06月24日 09:09