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第5幕 ―― 狂撃


 濛々と立ち込める黒煙――ただの榴弾とは思えないほどの莫大な爆発範囲/テウルギア一機をすっぽり覆ってもまだ膨らみ続ける黒煙。

 その内側に居ただろう、新たな一機――空から落ちてきた……漆黒に金色の光を走らせるテウルギア。

 着地と同時に味方・部下の4番を一瞬に切り裂いた光の刃(レーザーブレード)……武装なし=搭載ができない奇異な〈フィローソフ〉にとって接近戦こそ最も不得手な戦法――それを阻止するべく一瞬の判断を下した……。

 黒煙を一瞥するフェオドラ……無意識に浮かぶ笑顔に気づかないまま、安堵の一言「これで妙な外野はなくなったな」

 空飛ぶコンテナ〈リリズム〉=ほぼ間違いない命中へ至る軌道/内包された500mmという超巨大榴弾=二機ものマゲイアを一発で粉砕した爆発力=まともなテウルギアであれば原型を留めているはずがないと判断。

 直後に思考を切り替え――周囲を見渡す/どれだけ残っているかを確認=部下の8番など眼中になし/遠くに陣取る技仙のマゲイア/こちらに猛接近するアルセナルのマゲイア。

 残された獲物たち=〈フィローソフ〉と比べて明らかに小さな機体ばかり――余裕に貪れると認識=にい、と釣り上がる口の端=獰猛/残忍/嗜虐に満ちた笑み。

 同時に自覚――この雪原だけではない場所に、もう一人いる=恐らくはアルセナル社の所属「あとは狙撃手か」

 輸送機をぶち抜いた一条の煌めき/部下たちを悉く貫いた閃光――異様な遠方であれば〈フィローソフ〉が手出しなどできない。

 近づくマゲイア=アルセナル社のもの……懸念:連携を組まれては不利に回る……その前に、居場所を割り出さなければならない/叩き潰さなければならない――第一攻撃目標。

「方角は割り出せているな?」

『概ねであるが。南方。隣の峰である』=響く重苦しい低音=レメゲトン:V・S・ソロヴィヨフの声――更に言葉を続けた『熱源を検知。先程の……』

「まさか」レメゲトンの言葉を鼻で嘲笑う/先程=漆黒のテウルギア――黒煙に包まれているはずのそれが、見えた。

「なっ……!」黒煙を透過する金色の輝き/頭部の真っ赤な光……まだ起動している証左/思わず息を飲むフェオドラ=額に冷や汗が浮かぶ「500mmだぞ。何故生きれる!?」

 一番恐れるべき敵がまだ生き残っている/それだけでなく見る見る近づくアルセナルのマゲイアに意識を奪われかける/〈フィローソフ〉単機では攻撃の届かぬ狙撃手も残っている。

 今しがたの余裕を突き崩された=寒気がフェオドラを取り囲む……振り払うように全身に力を漲らせる/獰猛な目つきが俄然鋭くなる/汗の滲む手で操縦桿を握り直す。

 直後――画面上の最奥に明滅/陣取っていた技仙のマゲイアが閃光に貫かれた――例の狙撃手。推測が確信に=狙撃手はアルセナルに与している。

『地形に変化を検知……敵の攻撃によるものであろう』

「さっさと〈リリズム〉を飛ばせ! 線を引け。延長線にいるはずだ。今死んだ奴と変わった地形に。こちらにも一つ呼べ」――散漫な思考=文章としてまとまらない言葉/辛うじて意味を汲み取らせるように後付けされる言葉の断続――切迫に思わず早口・回りきらない呂律……駆け巡る思考と殺意に肉体が付随せず。

 覆された自分の想定/甘んじていた余裕を踏み躙られた=プライドごと自分自身を否定された――湧き上がる憤り/燃え上がる衝動/鳴り響く真っ赤な焦燥――より攻撃性へ駆り立てられるフェオドラの意識。

『だが主よ。精確な場所までは……』

「さっさとやれえ!」――逸る衝動に耐えかねた怒号=有無も予断も許さないと言わんばかり/散らされた口角泡/がつん=内壁をぶん殴る/強行姿勢「位置など知るか! 全て焼き払えばいい!!」

 ギリギリと食いしばった歯が音を立てる/内壁をぶん殴って痛む手で唾を拭う……傷と火傷に塗れた顔で間近にいる漆黒のテウルギア+遠方に潜むだろう狙撃手を睥睨。

「8番! そこのテウルギアを足止めしておけ!」

 応答など耳に入らないまま……空を飛ぶ三本の〈リリズム〉を視認/足元に突き刺さったもう一本を拾い上げる。

 空を走る煌めき=〈リリズム〉の一本を貫いた/広がる爆風=他の二本をも吹き飛ばした。

 見えた、煌めきの位置……爆炎の向こう=狙撃手がいるだろう山へ、馬鹿でかい大砲を向ける。

 砲撃=吹き荒れるバックブラスト=白煙と化して吹き飛ぶ周囲の雪/直後に見えた紫電が駆け抜ける。

 同じ射線上を交差する砲弾×二――一つは異常に速く/一つは異常に大きい。

 被弾=がつんと重苦しい音と共に警告――肩部の装甲がめくれ上がった/後ろの地面が爆ぜる音――狙撃手の弾が掠めただけ=武装の積載を放棄したからこそ堅固なはずの装甲が打ち破られた――更なる焦燥が湧き上がる……寸前だった。

 吹き荒れる爆轟=立ち籠めていた黒煙が吹き飛ぶ――姿を表した漆黒のテウルギア=片腕だけが消滅。

 対する8番=〈Mg-33〉では二回り以上も図体に差がある/再確認=あと何秒、8番=ユーサフが生きるのかわからない。

 500mm榴弾の圧倒的な爆発力=地形すら変えかねない炸裂……今度こそ(・・・・)驚異となる一人=狙撃手を撃破できたと判断。

 そしてもう一機へ……尚もフェオドラの理想を阻む敵へ、振り向いた。

 爆轟に立ちすくむ、アルセナルの最後の一機だろうマゲイア。

 浴びせられた砲撃――鼓膜をつんざく爆音/機体を揺さぶる衝撃。だが〈フィローソフ〉の装甲を剥ぐには至らない程度でしかない威力。

 だからこそ苛立たしい――自分の想定を踏み潰して嘲笑う現実そのものとして映る。本来なら自分よりも矮小なはずの存在=自分に勝てるはずのない敵=たかだかマゲイア一機が、フェオドラの前に立っている=自分を挑発しているという現実そのものが。

「貴様らは……」爆煙をかき分けて踏み出した一歩=明確な敵意と殺意に塗れた意志「そこまでして愚弄するか! この私を!!」

 本来ならば歩けなくなるはずの超重量=巨大な大砲を持ったまま故に機体の駆動部・関節部が悲鳴のように軋む=内部に響く甲高い音が、フェオドラをキリキリと締めつける。

 巨大な砲を力任せに投擲=単なる質量の攻撃――榴弾や馬上槍ほどの攻撃力が見込めるはずもない。

 だがそれで充分のはずだ……雑多な障害の一つを潰すに、わざわざ砲弾など使うにすら値しないと。

 敵のマゲイア=障害の一つが、投擲された砲身をモロに受けて仰け反る/倒れ込む。

 フェオドラ=〈フィローソフ〉が、疾駆する――一刻も早く障害を排除しなければならない/自分の理想たる現実を踏み躙る存在を、この世界から消さなければならない/でなければ再び(・・)自分が脅かされる……過去から手を拱く恐怖と凶荒を、拭い去るために。

 敵のマゲイア=中空へ伸ばされた腕部……さながら、フェオドラを蝕まんとするドス黒い悪意そのもの。

 疾走した勢いと、〈フィローソフ〉による力任せに蹴り飛ばす――もげた腕部が放物線を描いてすっ飛んでいく。

 見下ろす――気づけば呼吸が荒くなっている/冷や汗で長い髪とシャツが嫌らしく身体に纏わりつく/全身に漲る力が行き場を失って蟠っている。

「あぁ――――――――――ッ!!」

 叫んだ――自分の嘲笑い立ちはだかる全てを吹き飛ばさんと/耳鳴りを起こしながら……それでも力を誇示しなければならないと強迫されるように。

 足元で、マゲイアだったものが形を変えていく――図太い人型だったシルエットが、どんどん平たく扁平に広がっていく/表面の装甲・内部機材・パイロットだった赤……何度となく踏みつけられ・ひしゃげ・潰れる。

 ……8番の信号が消滅したと警告音が響いてようやく、フェオドラの意識が現実へ引き戻された。

 肩で呼吸する自分に/憔悴しきっている自分に……ようやく気づく。

 視線を移す――鉄屑と化した足元のガラクタから、視界にちらつく赤い炎へ/漆黒のテウルギアへ/黄金の輝きへ。

 ……雪原に残されたのは、フェオドラと、そいつだけ。他は全ていなくなった。

 視界を遮る髪をかき分ける余裕すらないままに、そいつを望む……残された敵を/自分を邪魔する、世界からの悪意を。
最終更新:2018年07月22日 19:44