第5幕 ―― 衝撃
濛々と立ち込める黒煙――ただの榴弾とは思えないほどの莫大な爆発範囲/テウルギア一機をすっぽり覆ってもまだ膨らみ続ける黒煙。
モールニヤ=黒煙を睨む/細める瞼=岩肌じみた顔に亀裂のようなシワが走る。
「野郎、エラくでけえ弾を使いやがる」
ぶわりと〈モルニーイェトヴォート〉を揺さぶる熱風=爆発の余波たる熱風/表面の雪が瞬時に揮発=白波の如く大気を漂う――数百メートルと離れているはずの距離にまで熱波が届くという圧倒的な爆発力『うわっ温度計が!』――レメゲトン:シチーリが驚嘆。
『なあ爺、撃ち合いじゃ勝ち目が見えないよ』しゃくりあげたような声=おずおずとした逃げ腰『ここは撤退を――』
「アホ晒すんじゃねえ!」「ひぃっ」=鳴り響くモールニヤの怒声/雷鳴に怯えるようなシチーリの短い悲鳴。
「あれはただのデカい弾だ。そりゃ当たれば隊長さんたちだってぶっ飛ぶ。だがあんなでけえ弾を上手に飛ばせるわけじゃねえだろ」
視線を動かしてもう一方へ――鈍色のテウルギア=暴力的な筋肉を思わせるシルエット/武装らしきものが見当たらない/至る箇所からミサイルのように飛ばしている――奇天烈極まりない機体。
「だが見ただろ? あの鉛クサい野郎は、手前の砲を手前で撃たなかった。ミサイルだかなんだかに頼りやがって、自分の腕を信じなかった! そんなクソガキに、俺が撃ち負ける訳ぁねえ!」
『……アホはそっちだ爺! 根性論じゃどうにも……あれ……?』
モールニヤにキレ返しかけたシチーリ=途中で別の何かへ意識が吸われる/即断して画面を切り替え=クローズアップ『爺さん、見てくれ』
立ち籠めていたはずの、黒煙の中心点――浮かび上がる金の線/大きく赤い球体が埋まっているような頭部――モールニヤがぶち抜いたはずの輸送機を切り開いて落下した、漆黒のテウルギア『あいつ、まだ生きている!』
シチーリの声に慌ててカメラを凝視=黒煙の中からも伺える金色の光――マゲイア二機を木っ端微塵にした砲弾を受けて未だ健在という装甲強度に瞠目「なんだあいつは? 化物か?」
照準を漆黒のテウルギアへ向けようとして……モールニヤは思い出す。
部隊はまだ生き残っている――一人ずつ死んだ隊長+隊員。だがモールニヤと、もう一人=リンマがいる。
金色を内包した黒煙の、更に向こう……〈プリテンデーント〉=リンマ――鈍色のテウルギアへ向けて疾駆/雪原に足を取られて速度が上がらず/それでもテウルギアへ向けて一直線に雪を蹴散らす姿。
「嬢ちゃん。お前にゃ無理だ! 距離を取れ!!」
「駄目です! 隊長が……イサイも、あの機体にやられたんでしょう!?」=成立しない反論=とことん感情でのみ語られた言葉/仲間を奪われた怒りに我を忘れているとさえ聞き取れるほどの愚かしさに満ちた声「モールニヤさんがやらないなら、私が!!」
「おい! 人の話を――!」反論しかけたところで一方的に切り上げられる通信/思わず内壁をぶん殴る「ガキが!」
急いで画面を覗きこむ=照準を定める――機体のカメラアイ+狙撃砲〈スヴィルカーニェ〉の搭載されたスコープと連携。
一瞬に雪原を睥睨――立ち尽くす鈍色のテウルギア/黒煙に紛れた漆黒のテウルギア/SSCNのマゲイア×一/技仙のマゲイア×一――気づけばたった四機しか残されていない。
技仙のマゲイア=リンマへ狙いを定めていると視認――即座に砲撃=轟く紫電――射線上にあった枯れ木を屠る/瞬く間に開かれた風穴/火焔を吹き出して倒れ込む。
居場所を隠して一方的に攻撃する優位性を捨てる/枯れ木が砕けたことが気づかれれば位置を割り出されかねないリスクを度外視/それでもたった四機が相手ならば、〈モルニーイェトヴォート〉の速射力+モールニヤの精確な砲撃ならば制圧可能……と打算。
リンマを守るために狙うべき次の標的=鈍色のテウルギアへスコープを動かす……目を見開いて止まる。
鈍色のテウルギア=こちらを向いている――たかだか数百メートルしか離れていない位置/気づかれたと瞬時に把握/急速に冷え込う背中を無理に動かして叫ぶ「車長、逃げるぞ!」
鳴り響く警告音=空に走る白煙×四――内一つが鈍色のテウルギアの元へ/後の三つが白煙を散らしながらこちらへ……空を駆けるミサイルのようなコンテナが、モールニヤへ接近している。
瞬時に〈スヴィルカーニェ〉を持ち上げる――試算を張り巡らせる。
翼も目立たないコンテナを強引に推進させる推進力=尋常ではない速度のそれ目掛けて、刹那に照準/砲撃/命中――近距離で飛来するミサイルを迎撃という人間離れした荒業。
盛大な爆炎と共に四散する黒煙/熱波が機体を叩きつける/=生身なら焼け焦げていただろう爆熱/周囲の積雪が衝撃と灼熱に消し飛ぶ。
こちらへ飛来していた他二つもまとめて吹き飛んだだろう推測――乾ききった唇を舐める/冷えに固まりきった背中を鞭打つ/画面へ=鈍色のテウルギアを一瞥。
巨大な砲がこちらを見つめている――息を呑む。
モールニヤの誤算――巨大過ぎる弾を内包した計四本のミサイル=三本がこちらなら、一本をより近い距離であるリンマへ向けるはず=こちらを狙える自信があると思えない/速射と弾速でなら劣るはずはない=こちらへ向かう三本さえいなせば、リンマを狙う隙を狙える。
だがこちらを向いた砲口=最もモールニヤが撃ち抜き難い角度/それどころか想像を超えて、鈍色のテウルギアを駆るテウルゴスは、巨大な砲弾を遠距離へ飛ばせる自信があったからこそ、四本全てをモールニヤへ向けたこととなる。
凝視――胸部=コクピットがあるだろう位置を撃ち抜けないかと画策――引き金を引く。
紫電が駆け抜ける寸前/鈍色のテウルギアも同じく砲撃=吹き荒れるバックブラスト=白煙と化して吹き飛ぶ周囲の雪。
同じ射線上を交差する砲弾×二――一つは異常に速く/一つは異常に大きい。
鈍色のテウルギア――肩の装甲だけがめくれる/背後の雪が巻き上がった=外した。
「チクショウめ」
吹き荒れる爆轟=リンマはあえなく、機体ごと吹き飛ばされるところだった。
「……っ!」=自動制御装置の稼働――雪を蹴散らして走っていた機体が急停止――だが顔を上げて、気づく。
爆炎が広がっている場所=隣の山の峰=リンマの記憶が正しければ、モールニヤが居座っているだろう場所。
自分で切り上げた通信を再び開通「モールニヤさん!」状態=通信途絶――戦慄に凍りつく/開かれたままの瞳孔で、すぐ眼前にいた機体を睨みつける……鈍色のテウルギアを。
「また……また!」=自分が最後の一人になったと悟った絶叫――掠れる喉/一気に熱くなる身体の熱/操縦桿を握る手に満ちる力/眉根を歪めてでも睨めつける/目尻に浮かぶ涙の粒――瞬きで潰して……〈プリテンデーント〉を走らせる/感情の赴くがまま=怒りに流されるがまま。
自身よりも二回りは大きさの違う敵――〈プリテンデーント〉よりも図太く猛々しい力に満ちたシルエットのテウルギア。
走りざまに砲撃/命中/炸裂した黒煙と火球――だがそれを突き破って表れた鈍色の姿――汚れて表面に傷がちらついた装甲/しかし損壊している部分など見当たらず。
次弾を撃つべく睥睨――警告音=飛来してくる真っ黒な物体=鈍色のテウルギアが放り投げた、馬鹿デカい大砲。
避ける暇も挙動も取れないまま――迸る衝撃/顔面ごと前に叩きつけられる/身体を引き締めるシートベルト/前進していた機体の前面装甲がまとめて潰れる/ただの武装がぶつかっただけの衝撃で、後ろへ吹き飛ばされる――そのまま雪中へ倒れ込んで、再び頭を打つ。
「……う」=痛みに漏れ出る呻き/画面に走る砂嵐とヒビ――まともに前が見えないとわかっても、起き上がろうとギチギチ軋む機体を動かす。
起き上がろうと伸ばした腕――突然の警告音=腕全てが消失したと信号/暗転する画面……その向こうに、鈍色のテウルギアがいると悟る。
「なんで、モールニヤさんが、イサイが……隊長が、お前なんかに――!」
しかし怨嗟の声は届かない/続かない。
装甲/コクピット内殻/リンマ自身――それだけではない全てを、鈍色のテウルギアが踏み潰した。
最終更新:2018年07月22日 19:51