第5幕 ―― 強撃
立ち込める爆煙――先程にアルセナルのマゲイアを二機ごと吹き飛ばした、次弾=空より落下した増援=漆黒のテウルギア〈Ω ZERO〉の被弾。
「おい! 生きているのか!? 応答を……クソッ」=ドグジンの喚呼/しかし沈黙を貫く通信に、呆れるよりも早く苛立ちが先行。
ドグジンの知らない機体……広大極まりない技仙公司の領土内をカバーする膨大な軍……その末端も末端でしかない/だが始めて見る奇怪な容貌であることに相違なし――機体を駆け巡る金色の線。
本当に技仙公司が開発した機体なのか/また別の企業が作った機体を使う傭兵なのか……ドグジンには判別する余裕すらない。
眼前に広がる光景――圧倒的な攻撃力で全てを葬った鈍色のテウルギア/今も細々とした黒煙を吹き上げる〈33式小機〉だった残骸=部下の一人だった董芽衣が死んだ場所。
第四の勢力と思しき狙撃手――今の今までこちらへの攻撃なし=味方だと信じたいが、いつ弾が飛んでくるかわからず/今も、遠くから眺めているに違いない。
始めから戦場にいたアルセナルのマゲイア=鈍色のテウルギアへ向けて疾駆の真っ最中――あまりにも無謀としか思えない所業。
だが――ドグジンの舌なめずり――未だ功績を作っていないドグジンが、テウルギアの跋扈する戦場から逃げ出す手土産には格好の標的。
幸いにもいずれの機体とも等しく離れた位置/鈍色のテウルギアに至っては武装なし=丸腰の極み=こちらをすぐに殺せるはずもない。
ただ単に仲間を失っただけで終わるわけにはいかない/せめて部隊を収める者としての功罪を糧に……帰還後に下される無能の烙印から逃げなければならない。
位置取りは上々/武装=機関砲も未だ健在……狙うべき目標は、こちらに背を向けている。
ああ、そうだ=内側からささめく声が聞こえる/部隊の連中が死のうが、自分が生きているならまだやり直せる――だから生きろ/だから帰れ/だから殺せ。
握りしめた操縦桿/覗き見る画面の向こう――たった一機=暴虐の化身じみた鈍色のテウルギアへ、果敢にして無謀にも突撃するアルセナルの勇敢なパイロットへ、照準を定める/引き金へ伸びる指――口の端をなぞる汗を拭う余裕もなく。
「どのみち死ぬなら、せめて俺の役に立ってくれよ」
刹那=駆け抜けた閃光/一瞬で染まる画面……それが光学兵器でもない、単なるレールガンの砲弾だとすら気づく間もなく……たった一機となった〈33式小機〉が、ドグジンごと消滅した。
周囲を黒鉛に埋め尽くされる中……ユージン・馬が冷や汗を浮かべる。
「まだか……」
……輸送機の腹を引き裂き/空中を落下し/直近にいたSSCNのマゲイアを切り捨て/飛来したミサイルを撃ち抜いた……はずだった。
凄まじき炸裂=一体どれほどの爆薬が詰め込まれていたのか想像も難しく――迎撃に使ったはずの小銃+それを握りしめていたはずの左腕の肘から先が、バラバラに砕け散った。
度重なる超負荷稼働によるエネルギーの一時的枯渇――レメゲトン:ジェットバッシャーの独断により強制的に待機状態へ移行。
いきなりとなる機体の損傷――けたたましく鳴り響く警告音に耐える。
「まだなのか……!」
画面を凝視/時間稼ぎ/表示枠に浮かぶエネルギーが再起可能となるまで/依然として沈黙を貫くジェットバッシャー=必要最低限以下となる頻度でしか彼女の発語を聞くことはない……逸る気持ちを、なだめてくれるはずもなく。
幸いにも黒煙に身を紛らわしているせいか、次なる攻撃が飛んでくることはない。
その間にも味方がどうなっているかの判断さえ許されない/下手に動けば再び敵の攻撃を招きかねない。
……滲む尚早の汗に塗れた手が、操縦桿を握り直す。
ようやく機体に動力が供給される=機体の表面を、黄金の輝きが這い回る/頭部に真っ赤な光が灯る。
吹き荒れる爆轟=周囲に立ち込める黒煙を吹き飛ばし、煽りを受けた機体がよろめく/一歩足を開いて立て直す。
眼前にマゲイア=雪原に突っ込まれた四本脚=高そうな安定度/小型な機体に携えたライフルを掃射――〈Ω ZERO〉の表面を撫でるに終始=従来のテウルギアと比類なき頑強さを誇る漆黒の装甲の本領。
構わず前進=雪に引っ張られた脚部がもたつく/驚くほど上昇を見せない速度計/即座にスラスターを噴出――眼前のマゲイアとの距離を詰める。
変わらず機体表面にチラつく火花/あまりにもささやかな抵抗/無駄だとわかって尚、それしか手段を持たない哀れさ――ユージンの眉根にシワを寄せる/にわかに生じる逡巡/抱き始める憐憫=姿はおろか会話すらしたことのない敵へさえ……およそ兵器=人殺しの道具を扱う者とは思えない甘えに満ちた思考。
だが始めた行動を止められない……技仙公司からの信用を果たす上では必ずしも通らなければならない/果たさなければならない任務。
一度吸った息を止めると同時に距離を詰める/敵=四本脚ゆえに、移動の際に雪から受ける負荷も増えて速度が上がらず――わずか数秒に詰まる距離。
残された右腕=握り拳に設えられた小さな箱――金色=全身の光が、波を打つように集中――右腕と小さな箱へ。
一瞬に屈んだ〈Ω ZERO〉=急速落下する重心/脚部に伸びの余裕+スラスターの噴出を合わせた急加速=敵のライフルを跳ね除ける装甲/超近接戦。
振り放たれた拳――マゲイアの土手っ腹へ/一瞬に放たれる輝き=爆発にも似た刹那の光――敵を打ち貫く強力な炸裂。
「この力は、強すぎる」
眼前――マゲイアだったはずの機体が粉々に爆散/巻き上がる爆焔・鉄片――ガラクタと貸した残骸の四散/全てが雪中へ埋没=黒煙すら白に飲み込まれる。
眼下に広がる白雪/上空を満たす灰色の空。
立ちすくむ漆黒/全身を駆け巡る金色――世界に溶け込めないまま強烈な個を主張する違和感そのものとして顕現。
周囲を見渡し……最後となった一機を見つめる。
鈍色のテウルギア=マゲイアと思しき残骸をひたすらに踏みつけていた/単なる機体の膂力で敵を葬った――暴虐の集合体。
脳裏を掠める違和感――眼前にいるテウルギア=ただの兵器らしからぬ暴力性。
丸腰であるはずの機体……だが逃げる素振りなし/むしろこちらを見つめて立ち尽くす――明確な敵意を感知。
思わず、機体を身構えさせた……何が出てくるかわからない/先程のミサイルを飛ばした機体かもしれないと奥歯を噛み締めながら。
「やるしかないのか、俺は」
最終更新:2018年07月22日 19:56