幕間5.5 ―― 砲撃
散らばる瓦礫=吹き飛ばされた山の残骸=岩石の群々/雪に覆われた他の斜面と違い、黒と紺の岩石が散らばっている。
その一つにかかる腕部――這いつくばるテウルギア=〈モルニーイェトヴォート〉が、山の斜面を登っていた。
「クソッタレめ」=モールニヤの唾棄/頭から垂れる血を拭う余裕もないまま/コクピットの至る箇所へぶつけた全身の痛みに堪えながら「撃つならちゃんと当てろクソガキ」
『そうじゃないだろ!?』咄嗟に割って入るレメゲトン:シチーリの罵倒『外れたんだから喜ぶべきじゃ――』
「なってねえ砲撃ごときで死んでたまるか!!」――一喝=自分が生き残れたことへの喜色など一切なし/それどころか弾を外した敵の未熟さに憤りを隠せない。
胴部を擦りつけながら斜面を登った〈モルニーイェトヴォート〉……ある程度の高度を確保/瓦礫の上に屹立。
白と灰の迷彩柄=いたる所がボコボコに凹んだ装甲/駆動部との干渉に金切り音を散らしながら武装の確認。
握りしめられた電磁加速砲〈スヴェルカーニェ〉……榴弾を食らった時か/斜面を転げ落ちる時か/よじ登るステッキ代わりに使ったからか……横に並んだ二本のレールがひしゃげて使い物にならず。
二本のレール式=電磁力による力場の構築には最適な形状/速射に適した軽量なフレーム――しかし通常に見られるような一つの円筒形ではない故の脆弱さ。
それを見越して〈モルニーイェトヴォート〉の腰部に括りつけられた横長の箱=予備の砲身との自動装填装置。
『待ってろ爺さん。すぐに次の砲を……あれ?』
「なんだ坊主。動かせねえってか」
『……』=黙り込むシチーリ――その通り、と素直に返せないプライドの高さ。
だが鷹揚に意図を読み取るモールニヤ=背中に括りつけた〈テウルギア用スコップ〉を取り出す=先程まで胡座をかいていた位置を舗装したもの。
無言のまま――スコップの先端が自動装填装置を括りつけるハードポイントを向く。
『おい爺さん。まさか』
「やるしかねぇだろ」=あっけらかんとした返答/しかし一瞬の困惑すらない、淡々と状況を受け入れた決断。
『……』再びの沈黙=人間ならば唾を飲み込んでいるだろう、逡巡を振り払うための/覚悟を固めるための、空白。
がつん、と腰部にめり込むスコップ/一瞬だけ鳴った損傷の警告音をシチーリが抑制……数秒後には地面に転げ落ちる箱。
箱を前に座りこむ〈モルニーイェトヴォート〉=さながら砂場で遊ぶ子供じみた姿勢/巨大過ぎる鋼鉄の身体と表情が一切ない鉄面=滑稽と笑うことすら難しい。
『通信士。他の連中は?』
「だから俺はレメゲトンだ! って……そりゃ、決まってんだろ」
箱=傷どころかひしゃげて変形――開かないのも当然だな、と独りごちる/蓋との隙間へスコップを差し込む/メキメキ音を立てて内部機械が破損/梃子の原理でこじ開ける――残りの蓋を引っ剥がしてそのまま投棄。
試験投入とはえ、試作兵器という機密の塊を敵地に放り込む諸行――しかし咎める者はなし。
「誰も残ってねえ……俺たちだけか」
作業に集中するモールニヤの声――先程までの怒気がかき消える/いつにない穏やかさ/いっそ感傷に浸るようなか細ささえ感じる。
『そうさ。だから別に、このまま逃げても』
「馬鹿言ってんじゃあねえ」
――かと思えばすぐさま放たれる一喝=すぐさま声音に溢れ返る熱気・血気・活気――年齢からは信じられないほど元気に満ち足りたダミ声=まるで稲光をチラつかせて威嚇する暗雲。
「逃げるのは操舵手の役目だ。俺の知ったことじゃねえ」
『爺さん。だからこれは戦車じゃない! テウルギアで……』
「俺は砲兵だ!」=突然に炸裂した絶叫――単なる砲撃バカだけではない、もう一つの感情が介在する声音。
『……っ』=愕然に声を止めるシチーリ――唐突な叫び声に当惑。
「撃つことだけ考えりゃいい。それしか知らねえ」――滔々と語るモールニヤ「他の奴らは撃たれた。部隊は俺たちだけだ」――だんだんもう一つの感情が浮き彫りに「撃たれた分を撃ち返せるのは、俺だけだ」――単純な怒気が鳴りを潜める「いいか坊主。俺は撃つ」――ひたすらに喚き散らしていた雷雲が、一極へ力を集中させる「俺たちが部隊だ。敵はたったの二つだ」――次第に灼熱と化すだろう真っ赤な感情が表情に満ちていく「撃ち方のなってねえクソガキと。撃ち方すら知らなそうな黒い木偶の坊だ」
……気づけば交換を終えた砲身=その手に握られた真っ直ぐな二本のレール/まだ機体に貼りついている弾倉を装填。
再び地面へ座りこむ〈モルニーイェトボート〉=砲撃に適しているとは思えそうにない胡座――寝そべるより射角を取りやすく/直立より被写面積を下げ/一定の高度を保持し/巨大な人型故に前傾姿勢による反動抑制を効かせやすい……下半身の関節部にかかる負荷が大きすぎてマニュアルに載せられない、狙撃にはもってこいの姿勢。
モールニヤ――〈スヴィルカーニェ〉に搭載されたカメラ映像を凝視=スコープを覗きこむ/手早く目盛を合わせる砲撃手の基本/そこからややズラす経験による機転。
射撃管制ソフトとは全く違う照準を定めるモールニヤ。
しかしシチーリに返す言葉を見つけることはできず……黙って操作をアシスト。
「俺は今までずっと撃ってきた。だから今も撃つ。それしか知らねえんだ」
最終更新:2018年07月22日 20:03