第6幕 ―― 紅蓮
前方――漆黒のテウルギア=フェオドラの企業の領有地の侵略者/自分の居場所に我が物顔で居座る他所者/〈リリズム〉による爆撃に耐えた者=失せろという勧告を退けた者=残された一人。
足元に転がるガラクタ=抵抗する者の一人であった残骸を蹴飛ばす/再び雪中へ足を突っ込む〈フィローソフ〉……漆黒のテウルギアを睥睨――片腕を消失/全身を駆け巡る黄金の線/頭部に鎮座する真紅。
鈍色のテウルギア/漆黒のテウルギアの間に横たわる、距離・雪・沈黙……最初に一蹴した、鈍色。
「〈リリズム〉だ! 槍を寄越せ!」――燃え上がる感情が怒号と化す/衝動のままに前進=纏わりつく雪を豪然と蹴飛ばす/前へ突き出される足――雪など障害とさえ思わぬ圧倒的な馬力を発揮。
『良いのであるか?』――V・S・ソロヴィヨフの鈍重な返答/レーダーに映し出される光点=〈リリズム〉の位置『彼の者は、遠くへ攻撃できない可能性が高い』
「私の500mmを耐えたのだ! 風穴を開けねば殺せん!」
視線の先――真正面に落下=巻き上がる雪塵/バラバラに破片を散らす〈リリズム〉の外装……内部より出現する長大な円錐=超・巨大な馬上槍。
何かを身構えていた漆黒のテウルギア――その状態で静止=武器を使わない/ただ待っている=まるで嘲るよう=「お前ごときでは俺を倒せない」とでも言いたげ……より細く・鋭敏に歪められる瞼/瞳に宿る殺意/ギリギリと音を立てる奥歯――存在そのものが憎い・許せない・恨めしい――撒き散らされる怨嗟「私の前に立つことを、誰が許した!!」
スラスターを燃焼/急な加速による肉薄/背後より機体を押し出される/座席にぐっと押しつけられる体……速度を殺さないままに馬上槍を拾い上げる/あまりの長大さ=一振りする度によろめく機体を統御/足を屈めて姿勢を落とす/腰だめに構えて重心を集中――いつでも突き出せるよう腰部をひねって構える。
漆黒のテウルギア=僅かに挙動――何かを構えている/全身を駆け巡る黄金の輝き……脈のように光が集中=残された片腕へ。
「はっ!」=思わず嘲笑に息を吐く「拳一つで何ができる?」――尚も縮まる距離=槍の最有効射程に入った瞬間。
槍を打ち放つ――脚部の蹴り上げ+腰部の回転+肩のひねり+腕部のしなり=〈フィローソフ〉が誇る膂力=全身の稼働部で以て、槍の一点へ結集/敵のコクピットがあるだろう位置=背中へ至る、胸のど真ん中へ。
漆黒のテウルギア=構えた拳を同じく振りかざす――強大な力で放った馬上槍の尖端へ……それぞれがぶつかった瞬間=炸裂する閃光が周囲に拡散。
生じた爆発=衝撃に揺さぶられる機体/画面を埋め尽くす紅蓮――眉根に寄せたしわ=腕部で庇っただけならば、これほどに大きな爆発などありえないはず/鳴り響く警告音――頭部が吹き飛ぶ=画面にチラつくノイズ/馬上槍がひとりでに炸裂して消失。
「何だ?」――馬上槍=埋め込まれた炸薬が起爆するための条件設定=柄を折ってからのはず/マゲイアに突き刺した直後にも、爆発などなかった。だが、漆黒のテウルギアが拳を放った瞬間に、槍は爆発した。
燃え広がる炎の向こう――垣間見える漆黒/何物にも侵されない純黒+黄金が靡く。
推察=あの腕に何かがある/単にぶん殴るだけではない、強大な爆発を引き起こす何かが、腕に。
尚も嘲るように距離を開く漆黒のテウルギア……ほぼ完全状態の〈フィローソフ〉+長大な馬上槍+全身全霊を捧げた一撃=それを、たった一本しかない腕で容易くいなされた。
フェオドラの前で戯けるように立ち尽くす漆黒の機体……迫りくる槍を殴れたのならば、回避+〈フィローソフ〉を殴れば良かったはず/だがそうしなかった――フェオドラをいなせる実力を持っているはず/だが駆使しない=遊んでいる。
殺されるかもしれないという寒気/凍えるような恐怖……それ以上に遊ばれているという事実に憤りを隠せない。
「私を弄ぶだと?」荒く乱れる吐息/呼吸の度に揺れる肩。心臓の鼓動=真っ赤に沸騰する激憤が、全身へ漲る「ふざけた真似を! 万死に値すると知っての愚行か!!」
直進――怒りのままに機体を突き動かす/漆黒のテウルギア……その腕を引き千切るべく/抵抗の手段を奪うべく/必ず殺すべく。
刹那=画面上に煌めく紫電/揺らめく漆黒のテウルギア。
「なっ」
思わず踏み留めた足/再び駆け抜ける紫電/目の前が炸裂=漆黒のテウルギアとの間/雪に突如として開く穴・底の黒々した岩肌が露出。
幾分か前に見たのと全く同じ狙撃……堅牢たる〈フィローソフ〉の装甲=左肩を、掠めただけで剥いだ/まともに受ければ甚大な損傷は確実……そのために前もって潰したはずの邪魔者。
「まだ、生きているというのか?」=隣の山を見やる/フェオドラが焼き払ったはずの場所……遥か遠方=アルセナルの陣営であろう狙撃手が、まだ撃っている。
泡立つ皮膚/這い上がる寒気――咄嗟に、自らの太腿へ渾身の拳を叩き落とした=意識を恐怖から逃がすための痛みを得た/奥歯を噛みしめる余りに歯肉が潰れる/口内に滲む血=鉄の味。
「海豚よ〈リリズム〉だ! 一刻も早く寄越せ!」
V・S・ソロヴィヨフの適切な即断=再び落着したコンテナ/飛び散った外装の中が露出――中身を確認するよりも早く、それを拾い上げる。
巨大な大砲=500mm榴弾……本来ならば、並のテウルギアを優に消し飛ばせるはずの弾頭/だが狙撃手も漆黒も潜り抜けた――しかし、フェオドラにはこれしかない/強大な膂力のために制限された〈フィローソフ〉の兵装は二種類しかない/最強であるはずの武装を、ひたすらに連発する他ない。
「この私に歯向かうなら、何度だろうと!」
降り注ぐ雨/駆け抜ける横殴りの砲弾/紫電の煌めきに明滅する画面……周囲の雪が炸裂する嵐。
その渦中=大砲から放たれた巨大な榴弾/反動の相殺に大砲の後部から吐き出されたカウンターマス=爆風の如き衝撃波/周囲の積雪がまとめて消し飛ぶ。
眼前――漆黒のテウルギアが動いた/何かを振り被った。
……そのことに、遅れて気づいた/何かしらの攻撃だとわかった/まだ〈フィローソフ〉の手には大砲がある/捨てなければ回避に入れない/動けない――回避が、間に合わない……思わず、輝きに瞼を閉じるフェオドラ。
突如として激突音がコクピット内を反響/衝撃で、後ろへ倒れゆく機体/姿勢制御が間に合わない。
瞬く閃光=降り注ぐ紫電とは比べ物にならない、周囲に漲る黄金の輝き――大気を切り裂き/雪原をかち割り/岩肌を抉り取る……その軌道にある物体全てを、黄金の輝きが破断した。
黄金に触れた雪が、たちまち蒸発して吹き荒れる/標高故に一瞬で白く凍りつく/画面を埋め尽くす白一色。
……一瞬遅れて、追いつく認識=〈フィローソフ〉が倒れ込んでいる/コクピット内に鳴り響く警告音=ヒビ割れた表示枠に報告された損傷――胸部装甲ど真ん中に、穴が空いている。
胸部へ受けた一撃=狙撃手の放っただろうそれが、〈フィローソフ〉を後ろへ倒した/回避できないはずだった黄金の割断を、潜り抜けさせた。
画面の向こう/白煙の奥/切り裂いたはずの地平――鳴り響く爆轟が白煙を蹴散らして、その姿を表す……立ち尽くす漆黒が。
眼前の漆黒/遥か遠方の狙撃手……どちらとも、まだ生きている/それだけで身体中に熱が滾る/必ず殺してやるという衝動が、フェオドラに満ちる。
「まだ、終わってはないぞ! まだ動かせるだろう海豚よ!! まだ……!」
頭部を失い/片腕が黄金の光に蒸発し/全身の装甲へヒビが駆け巡り/至る箇所から火花を散らし/駆動系が激しい損耗を訴え/関節部が悲鳴を軋ませ/胸に巨大な穴を開けられ……奇跡に等しい状態で〈フィローソフ〉は、まだ動いている。
よろめきながらも、どうにか立ち上がる。
『主宛に、電話がかかっている』
「馬鹿言え! こんな時に……」
口内に溜まった血を吐き捨てた/画面の表示=その名前を見つめて……フェオドラの時間が、停まる。
“ジノーヴィ・ウラジーミロヴィチ・シャムシュロフ”
最終更新:2018年08月01日 17:58