第6幕 ―― 紫電
画面の向こう――向かい合うテウルギア×二=鈍色+漆黒。
覗いた画面=乗機〈モルニーイェトヴォート〉のカメラ+電磁加速砲〈スヴィルカーニェ〉に設えたカメラ――複合視による立体感を補助/複数のセンサーが複層式に展開……シチーリによる情報の取捨選択で見やすくバックアップ……たった一人の砲手による砲撃が万全・万端に。
〈モルニーイェトヴォート〉=瓦礫の山に胡座をかく/狙撃砲を構える――部隊の班だった三人を全て葬った敵=鈍色のテウルギアを撃ち貫く砲撃の調整へ。
『爺さん、さっきのミサイルが!』
「あ?」
シチーリによる画面の切り替え/より広範囲な画面へ――別の山よりせり上がる白煙=急角度での滑空――二機のテウルギアの元へ。
「これから鈍色は駄目なんだ。あんなどデカい弾を近距離で撃てるわけが――」画面を見つめながら罵倒するモールニヤ……ミサイルが雪原へ突き刺さる/内側より現出した円錐状の物体を視認――ビキビキ音を立てて額に青筋が浮かぶ/しわと傷が入り混じった顔が、激昂でさらにしわくちゃに「――ふざけやがって!」
即座に切り替わる画面/狙いを定めようとした瞬間――急加速/円錐を拾い上げた鈍色=漆黒との間に詰まる距離/漆黒=身構えたまま、肉薄する鈍色を待つ姿勢。
突き出された巨大な槍/応じた漆黒の拳による衝突……膨れ上がった火球/取り巻く黒煙/塗り潰されたように見えなくなる二機のシルエット。
ただでさえ光を乱反射する真っ白な景色――膨れ上がった炎で瞳を焼かれる前に、一度画面から目を離す。
『……な、なんだよ爺さん。敵同士が勝手に戦ってくれてるだけだろ?』
「野郎、俺を殺した気でいやがる!」=鈍色が砲撃を命中させたと思い込み、確認すら行わない粗末さ・未熟さに対する憤怒。
『……』=もはや撒き散らされる激憤の対象が読めず/驚くべき沸点の低さに言葉を挟めない。
画面の奥――光を放つ紅蓮が収まるのを見届け、再び注視。
黒煙をかき分けて出現した鈍色の姿を確認/手に持っていたはずの馬上槍が爆砕に消滅/半壊した頭部から散らばる火花/先ほど掠めた一撃に禿げ上がった左肩の装甲――次こそ、その胸部・ど真ん中へ照準を定め……引き金を絞る。
射出された超音速の弾丸=紫電を引き連れて大気を貫く。
カメラの暗転=紫電の光を制御すべくレンズを絞った/一瞬の光の明滅に反射しきれず、瞼の瞬きほど器用で俊敏に対応しきれず、緩慢に光を取り戻す。
遥か遠く――鈍色のテウルギアに、目新しい損傷がない/狙ってもいなかった漆黒……その背中に、大きな凹みを作ったことだけを確認。
「……どういうこった?」
辟易=マゲイアを一撃に粉砕した砲撃/最も脆いはずの背中に受けて、凹む程度で済ませる異常な強度――それ以上に、狙っていたヶ所に命中しなかったことを信じられないとばかりに。
『さっきの爆発だ』=シチーリが冷静に返答――鈍色のテウルギアが山の一部分ごと吹き飛ばさんとした、巨大な爆発を『……あれで、機体の衝撃吸収機能が落ちてるんだ。これじゃ、さっきほど反動の抑制が効かない』
「ったく、めんどくせえ戦車だ!」照準/弾道の確認=一瞬で済ませた後――続けざまの砲撃/再び暗転する画面……写り込んだ景色=漆黒と鈍色の、ちょうど中間――鈍色へ近づいた/しかし届かない。
『駄目だ爺さん!』遮りながらも隠しきれない驚嘆――一度大きめに外して夾叉を図らない=自信に満ちた砲撃にたいして『フォローしきれない。反動の抑制が狂ってるんだぞ!? まともに当てられない!』
砲弾を狙った場所へ当てるための計算=距離・角度/砲弾の重量・砲身の歪曲・射出時の力・空気抵抗による減衰率/風速・温度・湿度・高度――それだけではない、テウルギアの姿勢・接地面積・機内温度・関節の可動域・衝撃吸収材・温度によるフレームの歪曲まで含め……膨大にして緻密な計算が必要不可欠/途方もない作業/砲撃手=最もその苦労を知っている者。
「うるせえ!」言い放たれた罵声=現実離れしすぎた根性論「当たるように撃ちゃいいんだ!!」
『馬鹿言うな爺! 残り二十発切ってるんだぞ!』
割り込んだシチーリの抗言=届かず/再開されるモールニヤの砲撃=紫電が爆ぜる/瞬時に排莢と装填/再び砲撃――もはや狙う間もなし。
〈スヴィルカーニェ〉=電磁加速式が誇る圧倒的な弾速/故に必要となる莫大な電力+充電の時間間隔を、薬莢たる部分に大出力のバッテリを付加することで補填――ほぼ連射を実現した代物=性能を遺憾なく性能を発揮――二点=しっかり狙う暇すらない乱射+テウルギアの反動制御が効かない、ということを除いて。
五発分しかない弾倉=すぐさま空に/連射のあまりに並列したレールが熱を帯びる/四角みを帯びたテウルギアのシルエット――全身にあったはずの弾倉=一つを引き剥がして再装填……構える・砲撃・排莢・装填×五……あっという間に空になる弾倉=一分としない間に残弾が五×二=十発に。
シチーリ=黙って挙動をアシスト/画面を凝視・掃射するモールニヤをじっと見つめる……かつて見たことがないほどに没入しきった表情=他の何者をも寄せつけないと言外に主張。
密かにこれまでの弾道をリストアップ/集計――現れた事実=砲撃が後になるほど、目標:鈍色のテウルギアへ弾道が近づいている/まともに狙っている暇などなかったはず/機体の反動制御機構が潰れているはず/射撃管制ソフトの結論とは全く別を狙っているはず――砲撃というただ一点のために重ねられた微調整=反動制御機能の不全が起因する大幅なブレを抑制し始めている――驚愕するべき事態=もはや人間業とさえ思えず……一分に満たない間に/十発に満たない回数に、モールニヤという人間はテウルギアにまで神経を研ぎ澄ませた=手足の延長線の如く、自らの統御下に置いた。
密かに生じる覚悟=モールニヤは、本気で当てようとしている。
弾倉を探すべく解かれた構え……その瞬間に、シチーリが画面を切り替えた。
『爺さん。またミサイルだ。今度こそ俺たちを狙ってくる』――気づけば声に滲んでしまう気遣いに等しい優しさ。
「気にすんな。センスがねえクソガキの弾だ」=シチーリの感情を感じ取る余裕もなく一蹴/確たる根拠なしに決まりきっているかのように放言「どうせ俺たちには当たらねえ」
その間にも装填された弾倉=五発/再び構えた=画面の向こうにいる鈍色と漆黒。
漆黒=表面を駆け巡る黄金の輝き――右腕/掲げられた、何かへ収束=だんだん眩く視界を埋め尽くし始める輝き。
鈍色=足元に落下したミサイル/拾い上げた大砲を抱え持つ/こちらを向く砲口――発砲/周囲の雪を蹴散らす衝撃/下方から飛来する、人間サイズの砲弾が見えてしまうかのような刹那。
「見てろ坊主。次こそ当てる」
シチーリが返答する間もなく打ち出された紫電=並列した弾体加速用レールから溢れ出た余剰電力/その煽りを受けた弾体に纏わりついたもの/超音速ゆえに電気を引き連れながら突き進み、周囲の雪へ拡散した光。
巨大な金属構造物であるテウルギア・マゲイアにはほぼ無意味の放電――だが超音速の弾頭そのものが誇る威力は、脅威となる。
暗転したカメラ/寸前=周囲に溢れんばかりの黄金の輝き――レンズを絞ったカメラが再度開く隙きを見せない/着弾の瞬間を確認できていない。
直後に機体へ襲いかかる爆轟=吹き飛ばされる機体/雪山を転げ落ちる/足元に置いた予備の砲身を箱ごと喪失/機体に一つだけ残された予備の弾倉も消失――衝撃波と化した爆音が鼓膜を揺さぶる/上下左右前後全てを混ぜこぜにされる/全身の至る箇所をコクピット内に乱打。
『爺さん、大丈夫か?』=平静を装いきれず、震えた調子のシチーリが語りかける。
「うう、ああ」痛みに呻きながら顔を上げたモールニヤ=痛みを堪えつつ、自信満々にして鷹揚な声「……見たか坊主。あれは、当たったぞ」
『見えてないけど……』=確たる根拠もなし/確信だけを感じる/論理的でなく、不可思議極まりないことに……だが爽やかな心地良さを悪く思えず『爺さんがそこまで言うなら、当たったんだろ』
「当たり前だ。何十年現役やってると思ってんだ」雲霞でごろごろ唸る稲妻のような声で、モールニヤが笑う。
最終更新:2018年08月01日 18:05