エニグマ・インサイドの華麗なる食卓
三食目 ~蛇牙刺~
「ダガシ?」
どこからともなく嗚咽と悲鳴が聞こえてくる、不思議な不思議なエニグマ・インサイド社、そこに所属する高級再現料理開発実験室第三班。
通称、テウルゴス殺しの第三班は今日も今日とて性懲りもなく、悍ましい未来への片道切符を大量発行するであろう会議を続けていた。
「そ、貸してもらってる技仙の人らから聞いたんだけどさ。」
逆立てた金髪を撫でながら、班員の一人が議題を叩き切って提供した情報について述べ始める。
彼が言うには、かつてあった東の島国では‘ダガシ’なるジャンクフードが存在し、色とりどりの外見と遊び心に富んだ仕組みで子供たちの心をつかんで離さなかったのだと言う。
「我々の目的は完全なる美食を再現し、人々の食卓に笑顔をもたらすこと。このダガシの作りを研究し、解明することができれば、我々は笑顔と言う点で他の班たちよりも一歩先のステージへ進めるのではないか、と思ったんだ。」
「ふむ……。」
「子供は純粋で素直だ、気を遣って嘘の感想を言う下請け共や、こっちからの連絡用アドレスやナンバーを軒並みブロックリストにぶち込んでる基幹企業の連中を相手にするよりは、有意義だと思いませんか?」
正直、班員たちの内心の五割ほどは「また変なこと言いだしたよこの金髪野郎。」と言った具合だった。
それもそのはず、この班員、時折正道から外れて飛躍的な成果を上げようとし奇抜なアイデアに傾倒する悪癖があり、班員たちは度々その愚行の尻拭いをする羽目になることが多々あったのである。
今回の主張、ダガシなる情報も間違いなくその類。
班員たちは顔を見合わせて、この突拍子のない発想の根元をどう叩き折るか考え始めていた。
ただ一人、班長を除けば。
「面白そうじゃないか、やってみよう。」
遅かったか、発案者と班長を除く班員たちの心は一つになった、悲しいことに。
この男、情報収集と班長の気を引く話術だけは一級品なのだ。
その技術の何十分の一でもいいから、調理スキルに割り振ってほしいと思う班員たちだったが、それを口に出して言うことは決してなかった。
自分ら全員に似たような文句が言えてしまうことを知っているからである。
自覚がある分なおたちが悪いとはマネジメント部門の言。
とにかく、班長が興味を持ってしまった以上、副長と他二人で今回の企画となるであろうダガシの再現による被害を最小限に食い止めなければならない。
黙り込む者たちをよそに盛り上がっているバカ二人の会話を聞き逃さないよう警戒しつつ、水面下でハンドサインなどを用いて役割を分担していく。
正しいダガシの情報を一刻も早く収集できるようと腰を浮かせたストッパーたちは、果たしてこの先に待つ惨劇を止められるのだろうか……。
結論から言うと、無理だった。
と言うのも、正確な資料集めの際に発見した過去の広告映像を見た班員たちが、見事にその造形と楽しさに魅入られてしまったからである。
木乃伊取りが木乃伊になるとは、まさにこのことを言うのだろう。
色とりどりのパッケージに印刷された愛らしいキャラクター、エニグマの実験を彷彿とさせるお菓子作り体験キット、伸びる果汁の塊、さらにはおまけ付きの菓子、いわゆる食玩の類など。
第三班の総意は固まった、後は予算を取るだけだ。
そこまで進んだ段階で、班員たちの動きは一斉に止まってしまう。
あくまでもこれは実験である、単に自分たちが遊びたいだけでは予算は降りない。
むしろ今までの第三班の失敗から考えると、ついに解散通告まで受けそうなくらいの横道に逸れた申請を、あの毒舌が擬人化されたかのようなマネジメント部門に届け出なければならない。
班員たちは先ほどとは逆回しのような動きで一斉に班長を見やる。
行き場のなくなった視線を右往左往させながら、班長は後ずさりして班員たちの圧力から逃れようとするが、悲しいかな、班長席のすぐ後ろは壁である。
逃げ場のなくなった班長はガリガリとペンキで塗られたような白髪を掻き乱すと、深く深くため息をついて何枚かの資料を持つと退室していった。
哀れ班長、あなたの犠牲は忘れない。
涙さえ滲ませて白い後ろ姿を見送った班員たちだが、責任者であることを理由に申請を押し付けたのは彼らである、そして彼らに共通する得意技は棚上げである。
それからしばらく経った後、第三班の実験室は人の群れに飲み込まれようとしていた。
マネジメント部門に消えて心を失っているはずの班長を伴い、最初に現れたのは軍用ダミー開発部門の人間たちだった。
脱力しきった班長の小枝のような体が屈強な男の集団に抱えられ、投げるようにして班長席に叩き込まれる姿を見て、まず班員たちは「今日のゴミ処理(試食品処分)当番ってこいつらだっけ?」と疑っていたが、ソレにしては様子がおかしい。
その後に現れたのはなんと広告部門の者たち、自身の傑作広告を詐欺扱いされたり、事実と言う名の風評被害に仕事の成果をかき消されてしまう不遇な広告部門が、高級再現料理開発実験室の、よりにもよって、よりにもよって第三班の実験室に集まるなど尋常な事態ではない。
これならまだテウルゴスが入室してきた方が安心できる、班員たちはそんなことを考えつつも全員に椅子を出したり茶を淹れたりと動き回る、やっていることが完全に雑用のそれであった。
そして人の出入りが落ち着いて、班長の意識が回復したころを見計らって会議が再開される運びとなった。
緊張した面持ちで班長が切り出したところによると、ダガシを使った低年齢層の顧客獲得と広告戦略について、上層部が大いに興味を持っていただけたのだという。
最初こそマネジメント部門にボロクソに言われ戦意喪失していたらしいのだが、偶然その場にいた重役の一人が話を大きくしてくれやがったのだそうだ。
経緯を語り終えた班長は、滝のような汗を流しながら他部門のそれぞれの担当について説明していく。
まず軍用ダミー開発部門は、ダガシではなく食玩のおまけの作成を行う、完成度の高い兵器や武器のおもちゃを投入して、身近に戦争を感じられるようにするのだとか。
そして広告部門は各ダガシのパッケージに描かれるキャラクターイラスト等のデザインを行う。
また、並行して進められていたマスコットキャラクターを起用することで、企業全体のイメージアップ戦略を敢行していくつもりらしい。
なんか大変なことになってきちゃったぞ。
班員たちは心中に浮かびまくってくるその一言を今この場で発しないようにと必死だった。
ちょっとした思い付きのはずが、いつの間にか企業を巻き込んだ一大キャンペーンの発端となって、影響がそこら中に波及し始めている。
上の空の第三班たちをよそに会議は日没とともに終了し、第三班の実験室にはつかの間の平和が訪れた。
しかし、明日はまた会議の続きを行い、方針が固まったら今度は実際のダガシ精製とキャラクター案の打ち合わせ等々……やることは山積みだ。
班員たちは自分たちのキャパシティを容易く超える現状と、同じように膨れ上がった今回の予算の使い道をどうするかについて、一同が実験室にこもりきりで一晩中悩み続けたと言う。
そして、数週間の時が過ぎ……審判の日はやってくる。
つづく
最終更新:2018年08月18日 15:50