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第7幕 ―― 獅子


 放ったはずの膨大な出力=〈ジャッジメント〉による一閃……本来の出力ではないにしろ、たかが一機のテウルギアを蒸発させるには十分すぎるはずの出力。

 ……だが眼前=鈍色のテウルギアは動き続ける――消失した頭部+片腕/胸部=大きな穴から覗く内部機構/全身へ走るヒビ……もはや中の人間ごと潰れてしまってもおかしくない状況……それでも動き続ける鈍色。

 バランスを崩しながらも前へ進んだ一歩=雪に沈む/硬い岩肌が直に衝撃を伝達――その揺れを、ユージンが感じられるほどに近い距離。

「まずい」……思わずこぼれた一言。

 一方で〈Ω ZERO〉=放ったジャッジメントに動力源を切らす――一時的な休止状態/歩くことすら困難/再びエネルギーが全身を駆け巡るまでに有り余った膨大な時間。

 その間=隙だらけ/頑強な装甲に守られているはず……だが最初=自身の片腕を吹き飛ばしたミサイルの大規模な爆発=その前提さえ覆された/背中を穿った紫電の煌めき=狙撃――それが積み重なれば、いつ漆黒の装甲(ブラックアーマー)が無と帰すかも不明。

 対して遠距離へ対策できる武器もなし/動けない時間を稼ぐ手段もなし――次の攻撃が来た瞬間こそ、分厚い装甲だけの木偶の坊とかしていることが露呈してしまう。

 額に浮かんでいた汗が垂れる/鈍色のテウルギア=その一挙手一投足を見極めるべく注視。

 かと思えば、鈍色のテウルギア=腰部装甲板が動き始める――コクピットハッチの展開。

「あれが……? テウルゴス……」=驚嘆のあまりに出た一声。

 鈍色のテウルギア――銀髪の女性=褐色・傷だらけの顔/分厚いコート/目に映る全てを憎まんばかりに歪められた表情――目を合わせればすぐにでも殺意を込めて攻めかかられかねない危なげを振りまきながら、コクピットの上に屹立。

 自分=〈Ω ZERO〉へ差し迫った鈍色のテウルギア――信じがたいほどに繰り返されていた猛攻=勝手にユージンの中で形成されていたイメージ――きっと無骨で野蛮な男なのだろう……だが見事に裏切った/だが凄まじい勢いで振りまかれる殺意にむしろ納得。

 唾を飲みこむ間もなく瞬いた閃光――飛来=自分の背中を穿った狙撃……鈍色でも・自分でもない=雪原をくり抜いて炸裂する烈火。

 タイミングからして、明らかに銀髪の女性を狙ったもの/あるいは生身であることに対する牽制。

 ユージンの視線=炸裂した位置から戻す間に、視界に入るいくつものガラクタたち=先程まで戦っていただろうマゲイアの群れ――大半=原型を留めず/所属がわからず……ただ雪中に埋没する黒々とした瓦礫と化している。

「……」=瓦礫の一つに、視線が引き込まれる……内側から膨れて歪んだ装甲=しかし辛うじて見慣れていたものだから想起してしまう――〈33式小機〉=他の瓦礫同様に、二度と動くことのないだろう残骸。

 息が詰まりそうになる光景=パイロットスーツの襟を引っ張って呼吸を整えようとする……自分が来た時すでに死んでいた機体=来る前ならば動いていたはずの機体=パイロットも同様に。

 改めて思い知る――すでにこの戦場で動いている者は三人=三機のみ――自分/銀髪の女性/狙撃手……それ以外は皆、焼け焦げた瓦礫になって転がっている。

「――――!」=銀髪の女性の絶叫……しかし堅固なコクピットに届かず/代わりにマイクが音声を拾う/画面に表示=『あなたに正義はありますか?』

「正義? 何を今更――」言い返そうとした口=停止。一瞬の思考に遮られた――今更なのは、誰だ? =ユージンが戦闘へ投入されたキッカケ=ユージンが抱くべき正義――ほど近くに住んでいるだろう技仙公司領・住民への被害阻止。今しがた視界に収めた〈33式小機〉=敵性勢力に奪われたと思しきモノ……だがその大半が沈黙している現状=すでに、近隣住民への被害を考えるには足らない数となっている――あるいは、ユージンがこの地に辿り着いた瞬間から「――なら俺は、何のために出撃した(・・・・・・・・・)?」

 ユージンの意識を食い繋げようとするかのように放たれた紫電=雷鳴の如き轟音が耳をつんざく。

 すぐ近く……爆轟にコートをはためかせ/女性が立ったまま、負けじと言葉を紡ぐ。

『この場所へ、私の仲間が来ています』

 追って流れる翻訳の字幕――最も恐れていた状況=元より遠距離用の兵装に乏しい〈Ω ZERO〉――少数を相手取るならばともかく、遠距離から多数で攻撃されてしまえば歯が立たない――背筋を駆け上る、氷のような戦慄/力を込めすぎた操縦桿とグローブが摩擦に音を立てる/食いしばった奥歯がギリギリと音を上げる。

『私は仲間が来ることを望んでいません…………仲間たちが来た後……宣言が……』=矢継早に並べられる女性の言葉――最早視界に収めるまでもなく、ユージンの思考が巡る。

 技仙公司が、この辺境へ出撃させた目的は? ――混戦を収拾させるための出撃だったはず/戦闘を長引かせているのは紛れもなく自分たち(・・・・・・・・・)

 彼女は何者か? ――鈍色のテウルギア=土地からしてSSCNの人間であることは推測可能/わざわざ仲間が向かっていることを、敵へ告げる理由が不明/そのメリットが見えない。

 狙撃手は何者か? ――SSCN所属だろう彼女と戦っていたならアルセナルの陣営だと推測可能/だがそこから先の詳細が不明……その戦いの意義すら/本当に、近隣への被害を、狙撃という戦闘を行う存在が行うのか?

 女性の仲間とやらが招く戦闘――それこそ、より大規模な戦闘を引き起こしてしまうのではないか?

 再びとなる女性の台詞――先程も告げられた言葉『あなたの戦闘に、正義はありますか?』

 はっと顔をあげるユージン――正義=自らの頭から、すっぽりと忘れ去られていた言葉/復讐に手を染め、それを遂げて、既に意義など失われてしまったはずの言葉。

『あなたたちの戦いに、今より激しい混乱を望んでいない想いがあると思われます』

 ――奇しくもユージンと合致した、女性の言葉/これ以上の戦闘を望めない・望まない意志――ユージンの胸中に渦巻く思惑/加えて、戦闘を長引かせるわけにはいかない事情(・・)が〈Ω ZERO〉にはある……。

 本来の技仙製テウルギアとは根本の設計思想が違う機体――万能にして質実剛健を標榜する技仙公司が、その趣旨を違えて生み出した超・近接戦闘へ特化した機体……まだユージンが見たことのない、もう一機(・・・・)の存在/対抗するための残された手段。

 課せられた役目――全てを失ったはずの自分に与えられた、数少ない役割/だが企業のためだけに、ユージンは生きてきたわけではない――自らの思惑・意志・目的のため……。

「ああ……」=溜息のごとく吐き出された、自らへの呆れ/諦め――一瞬でも、それを忘れてしまっていた自分への叱咤。

 気づけばエネルギーが復旧済み――再び〈ジャッジメント〉を放つことも可能/だがその意志など微塵もなし――スラスターを噴出させるべく、機体を動かし始める。

「まだ俺には、やらなきゃいけないことがあるんだったな……」

 〈ジャッジメント〉を放出するためのエネルギー供給を遮断/〈ジャッジメント〉を背部へ格納/全身を巡っていたエネルギー供給を削減。

『テウルゴス。未だ敵の殲滅を果たしていない。戦闘を放棄するか?』

 突然に語りかける女性の声=ジェットバッシャー――感情のない無機的な音声/聞き入れてしかし、ユージンは首を横に振る=穏やかな笑みさえ称えて。

「違う。初めからあれは、俺の敵なんかじゃなかった

 ――ジェットバッシャーの返答は、ない。

 スラスターの噴出と共に、雪山を去る……ただ、無駄で無益な戦闘をしてしまった自分の悔恨を捨て去るように。

 鈍色のテウルギア=銀髪の女性の視線――背中を向けた自分を射抜かれるような錯覚さえ覚える……しかし攻撃が飛んでこない=本当に、戦闘を止めたいという意志から放った言葉だろうことを悟る。

 しばらくスラスターを噴射し続ける/雪山の斜面を降りる/鈍色のテウルギアが見えなくなる……不意に、砲声・轟音が耳へ飛び込む。

 おそらくは狙撃手の一撃――先程の雪山に埋没したものと違い、爆発音まで伴っていた=命中したのだと悟る……銀髪の女性に。

 一瞬、瞼を閉じるユージン=名残惜しそうに――開いた=決意を伴って。

「俺が戦うべき場所は……こんな辺境じゃ、ないんだ」
最終更新:2018年08月29日 11:55