小説 > 在田 > 流転と疑惑のミス・フォーチュン > 02

プロローグ:ジャックナイフ ――ページ2


「チィッ」

 外野の声を聞くまでもなく、すでに動き始めていた。
 地面を切り刻み、土を巻き上げて、加速していく鋼鉄の巨体。
 未だ藻掻き続ける二つの標的を見据えつつも、再びの急制動に内臓が揺さぶられる嗚咽を噛み締める。

 ドローンが宙を疾走し、〈ラスティネイル〉との距離を詰めていく。いくら高速機動が可能といえど、テウルギアという巨大な鋼鉄の塊の中では、という話に過ぎない。

 足元のどこに地雷が仕込まれているのか、わからないままに疾駆する他ない。幸いなのは接地面積が細い車輪だからこそ、地雷に巻き込まれる可能性が少ないことだろう。

 急角度で繰り返される方向転換の連続。時には直角さえ刻み、全身を放り投げてしまいそうな慣性に耐える。すれ違いざまにライフルを撃ち放ち、一つのドローンから周囲を巻き込んで連鎖的に膨れ上がるいくつもの火球を背に、疾走を再開。

 いつ追い着かれるかわからないほどの高機動で動き回るドローンと、どこで炸裂するともわからない足元の地雷。一度でも爆発に巻き込まれれば、そのまま殺到するドローン全ての爆発を一挙に受けてしまいかねない。小さなドローンであれば一つひとつの爆発力は大したことがないとわかっていても、複数に群がられても平気でいられるほど〈ラスティネイル〉の装甲は堅牢ではない。

 手にびっしりと浮かぶ冷や汗で、操縦桿から手を滑らせかける。

「ク、ソっ……があ!」

 肺腑さえベルトに潰されかけ、目眩に黒くグラつく意識を握りしめ、ライフルを撃つ。
 あっという間に広がる爆炎。その周囲で、巻き込まれないよう散開するドローンが見える。レーダー上では、その奥に標的がいることがわかっても、カメラ上では白い爆炎に阻まれて見えない。

 ――だが、標的は未だに藻掻き続けていることはわかりきっている。

 ぜえぜえと荒く歪めていたはずの表情が、その瞬間だけ緩み、それを見逃さなかったバランタインは悟る……何か思いついたな(・・・・・・・・)、と。

「一瞬なら我慢できるだろ?」

 操縦桿を握り直し、一呼吸を挟んだドランブイの発言に、バランタインも、外野も、口を挟まなかった。
 急速旋回と加速……未だ燃える炎へ目掛けて直進する。熱量計が警告音を吐き出し、カメラは高温の余りに白で埋め尽くされる。

 ドランブイの発想は愚直すぎる故に、一つの隙を突くこととなった。
 誘爆を恐れて退避したドローンの群れ。つまりは爆炎そのものこそが、ドローンが確実にない場所とさえ呼べる。

 速度に優れたドローンと言えど、一度辿ったルートを、同じ速度で逆進できるわけではない。
 炎に阻まれてカメラが真っ白に染まるほどの高熱ならば、ドローンであれ標的のカメラであれ〈ラスティネイル〉を見定めることなどできないだろう、と。

 ……そして、画面は暗転する。

 爆炎を突き破り、機体の到るところから火焔の尾を引き、標的の前へ姿を表した。

 取り出した武器はライフルではない。腰に引っ提げた、図太い鞘とは見合わないほど、針のように細い刀身だ。
 刺突剣(レイピア)。最も近しい形状ではそれであろう。ただ一つ、鞘の中で生成された灼熱を纏い、白熱していることを除けば。

 今度こそドローンの追随を許さない速度で、肉薄する。脚の両輪だけでなく、機体の各部に設えたスラスターの噴出が、より前へ前へと機体を押し出す。息さえ飲み込むに一苦労するほどの重さが、体をぐっと押さえつける。

 トリモチに動けないままでいる標的……コクピット位置は、覚えている。速度に任せ、一気に刺突剣を突き出す。
 頑強であるはずの装甲が一瞬に溶解し、入りこんだ刀身がコクピットの内部を紅蓮に焼け焦がす。

 衝突で火花が散り、がくんと前へ投げ飛ばされる衝動を、再びベルトに押さえつけられた。
 その瞬間に、ドランブイは敵の肩部を見ていた。カメラアイの真向かいにあるから、というのもそうだろう。黄土色をしている装甲に描かれた唯一の模様が、そこには描かれている。

 ……それまでじたばたと足掻き続けていたはずの機体が、途端に動きを止めるのを見届ける。

 中身がどうなっているかなど考える余裕などない。今ドランブイの意識にこみ上げるものは、ようやく二体目を打破したという疲弊まみれの達成感と、遅れて頭を覗かせる、三体目が残っているという事実だ。
 それを自覚し、ようやく、詰まっていた息を吐くことができる。

「よっしゃ。最後の敵を……」
『離脱しろドランブイ!』『ドローンがまだ動いている』
「なぁ……にっ?」

 甲高い警告音が耳に突き刺さると同じくして、レーダーを一瞥したドランブイはすぐさま動き始めていた。
 二度目の跳躍……それも先程のような余裕のあるものではない。スラスターを急速に吹かせて、爆発の如き勢いと慣性がコクピットを暴れ回ることさえ厭わない。

 大地との衝突が三半規管を襲い、上下左右をかき混ぜられる。激しい嗚咽を漏らしながら、今しがたまで居た場所を見上げ――真っ白に染まる画面に、絶句した。

 羽虫の如く群がるドローンは、標的から放たれたはずだ。ドランブイを――〈ラスティネイル〉を屠り、その間に時間を稼いでトリモチから離脱するため……そう思っていた。

 だからこそ信じられない光景だ。
 数多ある空飛ぶ爆弾の全てが、残された最後の標的へ殺到している。度重なる炸裂に、いくつもの火球が標的のシルエットさえ喰らい尽くし、粉々に砕け散る。

 ……やっとドランブイが、開いたままの口から言葉らしい言葉を吐けるようになったのは、画面から熱反応が消えて、夜闇の黒に埋め尽くされてからだった。

「自、爆……なのか?」
『そうとしか考えようがないだろう』『敵性勢力は、もう残っていないでしょうね』

 冷静にドランブイへ返答する外野の男女――ヘンドリクスとシャトーの二人もどこか、戸惑いを隠しきれないままでいる。
 いくつも放ったドローンの群れで、標的たちは自分もろとも〈ラスティネイル〉を撃破するつもりだったのか、それとも、勝てないと自らを見切り、死を選んだのか……。

『……これは、一杯喰わされたなドランブイ』
「畜生。これじゃ使える部品なんてねぇだろ」

 フォローを入れようと語りかけるバランタインにさえ、愚痴じみた返答をしてしまう。

 ……黄土色だったはずの標的たちは、土ごと焼け焦げて真っ黒なガラクタへ姿を変えてしまった。
 中に居る人間も同様だろう。少なからず一人はドランブイが刺突剣で貫いたにしても……他は、自らを焼き尽くしたのだと悟る。

 その肩にあったはずの模様……一対のハサミを掲げるサソリのエンブレムさえも灰と化した。

『不思議ね。ドローンは、機能停止した機体からも出ていた……自律していたのかしら?』
『後に回そう。今回は、生きていたことが最大の儲けだ』

 改めて疑問を口にしたシャトーと、淡々と告げるヘンドリクスの声。

『撤収するぞドランブイ。じきに日が出る』
「ぁ……ああ」

 視線を下げたままの返答は力なく、どこか上の空だ。
 未だ真っ黒なガラクタを見下ろし続けるドランブイにとって、二人の会話がどこか遠くのぼんやりした物音ぐらいにしか、聞き取れなかった。

 催促ではなく、顔色を伺うような穏やかさでバランタインが語る。

『どうした。帰りたかったんじゃないのか』
「こいつら、なんで、自爆なんて――」

『急げドランブイ! お前が一番荷物としてデカいんだ』
「――っだあ! わあってる!!」

 遮るヘンドリクスに叫び返し、よろめきながらも機体を起き上がらせ、ドランブイは帰路につく。

 新しく生まれた黒焦げのガラクタを、振り返ることもなく。
最終更新:2018年12月07日 13:19