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第1話:女王と女王 ――ページ5


 ……警備員へ向けて五指を開いた掌をかざし……来るなと言外に告げたディサローノは、素知らぬ顔でフェオドラを見つめる。
 たたらを踏む警備役を横目に見つけたフェオドラが、口元を釣り上げた。

「撃つ気はないさ」
「でしょうね。理由が見当たらないわ」

 緑色のマットが敷かれたテーブルに、似つかわしくないほど光沢する黒く重い金属が置かれた。

受付(シャトー)は何をやっていた!?』『政治的重鎮よ? 場内で撃つなんてありえない』『鍍金の女王だぞ。何をしでかすかわからん』

「……失礼」

 尚もインカムで叫び合う二人を聞きながら、ディサローノが一瞬で取り上げた。安全装置を確認し、マガジンを抜き出し、コッキングで薬室内の銃弾も取り出す。
 そして銃と一発の弾だけフェオドラの前に差し出して、マガジンはスラックスのポケットへ仕舞う。これで警戒としては充分だろう。

 知ってか知らずか、フェオドラの指は置かれたばかりの拳銃を小突く。

「我がSSCNならば、一枚でこの銃をフル装填で二十丁は揃えられる」

 SSCNは、EAAの中でもその軍事力の大半を占める超・巨大企業だ。カジノの警備員が使っている装備でさえ、SSCNの製品は当然のようにある。

 その複合企業(アライアンス)の一部で社長職を務める身ならば、多少なりとも詳しいのは必然だ。
 SSCNの領内でなら、流通コストや関税も鑑みれば確かに値を抑えて製品を手に入れられる。

「……それを教えたくて見せびらかしたの? それともセールスかしら?」
「そんなものではない。私用で来たと言った」

 白球の音は、すでに止まっていた。
 三七分の一という確率を、いきなり当てられるはずもない。

 だが、進行役(ディーラー)としての務めを果たしていない。

「……『ここまで(ノー・モア・ベット)』の宣言を忘れたわ。無効にしますね」
「構わん。そうさせたのは私だ」

 ディサローノが差し戻そうとしたチップの塔を、フェオドラは押し返した。

 再びチップが置かれる。今度は塔の高さが半分であるものの、一目にしか賭けていないことに変わらない。
 腕を組み直したフェオドラが、ルーレットを指差した。

「……」

 決して合わない視線と、全くゲームを楽しむ素振りを見せないまま次のゲームを催促されることに、違和感が拭えない。
 私用と言っておきながら、何を目的にこんな場所まで来たのか……理解が及ばない。

 いや、厳密には一つだけあるが、しかしそれを、武力を担う企業の重鎮がわざわざこんなところまで来て行う理由が見えない。

「私の会社で、先日、他グループからの襲撃を受け、多くの部下が殉した」
「ご愁傷様」

 唐突に紡がれる声音に、感情はかき消えている。事実を淡々と読み上げているかのようだ。悲しさを堪えている……とは思い難い。
 だからこそディサローノの言葉も、言葉だけの返答だ。

「痛ましい限りだ。だが元より危険のつきまとう業務。医療費も遺族補償も十全に、福利厚生に含めてある。
 ……そして今回は、合計十一人の部下が殉職した」――11のマス目に、一発の銃弾が載せられるのを見つめる。

「とある部下には妻がいた」――フェオドラの手が、銃弾を12のマスへ動かす。

「とある部下は独身だった」――薬莢の尻が、再び12の数字を叩く。

「三人兄弟の長男だという者もいた」――13を一度叩いて、14に銃弾が収まる。

 フェオドラは、淡々と人を読み上げていた。その度に、まるでボードゲームのコマを進めていくように、トントンとリズム良く、銃弾を進めていく。

「――ここまで(ノー・モア・ベット)

「両親が健在の者。第二子が生まれたばかりの者。祖父母と兄弟の誕生日を祝った者。愛人が五人いると自慢していた者もいた……」

 見る見る、数字を大きくしていき……最終的には、フェオドラの指先と銃弾は、最大の36に収まる。

「……だが不思議だ。何故か、遺族たちは皆こぞって、行方不明になるか、事故に遭うか、自殺をしてしまった。
 これでは私の会社は、遺族補償を支払いたくとも払えない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 36をトントンと叩いてから、フェオドラは銃弾を仕舞う。

 白球がポケットに収まった。
 回収されていくチップに何の未練も感じていないのか……フェオドラは目もくれないままに、次のゲームのためのチップを準備し始める。

「……へえ、そうなの」

 ふつふつと熱く沸き上がっていく感情を、必死に鎮める。もはや声や表情に、業務用の笑顔を貼りつける余裕さえなかった。
 円盤を回して、白球を放つ。

 またフェオドラは一目のみにチップを賭けて、腕を組む。
 もはやゲームを楽しんでいる様子はない。ただ淡々と、必要なことを揃えているだけだ。それでもフェオドラが浮かべている意味の理由など、想像さえしたくもない。

「そして私の会社は、余った遺族補償の何割かを、戦闘の事後処理をした私にボーナスとして配当した」
「――いい加減にして(ノー・モア・ベット)

 フェオドラの手が、ゲームと関係なくチップへ伸びる。最初に行ったように顔の前でひらひらと揺らす。ニヤけて釣り上がった口元の笑みから、憎々しく視線を反らす。

 その時、ディサローノは「羽振りが良い」とフェオドラに訪ねた。
 それを無視して、フェオドラは言いたいことを言っているのだと、ディサローノは勝手に決めつけていた。

 ……だが、違った。フェオドラはただひたすら、羽振りが良いと言われた理由を並べていたのだ。
 薄ら寒い微笑みさえ浮かべて、フェオドラは言い放つ。

ああ(・・)実に嘆かわしい(・・・・・・・)
「……」

 チップ一枚分の金額さえあれば、拳銃を二十丁は揃えられると言っていた。そのために拳銃を見せびらかし、ディサローノに銃弾さえ取り出させた。

 死人を利用しただけではない。死人の周りの人間さえ、銃弾で撃ち抜いたのだろう……述べ、二十五人を。それでさえチップ一枚には遠く及ばない。
 にわかには信じられない、強引すぎるマネーロンダリングで巨額の資金を得て、彼女はここに来ている。

 鍍金の女王……そう呼ばれる根幹を、ディサローノは見つけた。
 他人と目を合わせないのは彼女の図太さだろうと勘ぐっていたが、違う。

 その微笑みの裏で蠢く、泥よりも醜い本性を、強固に塗り固めている。一瞬たりとも誰かを目を合わせることを――誰かと向き合うことを、自分で許すことができないのだ。

 だからこそ常に傲岸不遜でいられる。自分以外の誰をも認めない、凝固されたエゴを貫くための分厚く硬い表面……それこそが、フェオドラの鍍金(・・)だと。

 滾る感情が、一つの衝動となってディサローノの背中を押す。
 ――そこの拳銃を取り、マガジンを入れて、安全装置まで外して……そんなことさえできれば、どれほど気持ち良いかと考えてしまう。

「――次の、ゲームね」

 とっくに止まっていた円盤から白球を取り出した。無造作にチップを回収して、力任せに円盤を回す。
最終更新:2018年12月12日 10:04