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第2話:真珠色の泡沫 ――ページ5


 ……ドランブイが行っていた戦闘に、それは写りこんでいた。

 夜間の赤外線で緑色に映されていたが、黄土色のマゲイア……彼らがつけていたモノと、全く同じエンブレムだ。
 地面に仕掛けられていた地雷……その戦法というのも、爆弾魔という経緯ならば納得がいく。

「〈マス・カレイド・スコーピオン〉……CD領で最近成り上がった組織らしい。今ボラッドはその組織を率いていると、聞いた」
「あいつが見つかった場所は? ドランブイは前回北上したのよね?」

 ディサローノの声に、焦りが滲む。死んだとされていた人物が生きているなど、フィクションではあまりにありふれすぎていて、むしろ現実味のない話でしかない。

「概ね一致している。ドランブイが戦闘を行った場所から100kmも離れていない。そして先の写真も、その時に撮られたものらしい」
「なるほど、ね……」

 気ばかり逸ったことを自覚したのか、額の冷や汗を拭うことすら忘れて腕を組み、二の句が継げないまま改めてエンブレムを睨みつける。
 先程まで、死人を利用していた下衆に激憤さえしていたディサローノだ。死んだはずの男が生きていたということを受け止めきれないでいる。

「でも……」

 その時に、口を挟んだのはシャトーだった。立てた人差し指の先で、くるくると宙を彷徨わせる。視線さえもエンブレムではなく、どこか別のところを見上げていた。

「なんで、SSCNなんて軍事企業の幹部がそんな依頼を? それこそ自分たちの部隊を使えばいいだけじゃ……」
「嗅ぎ回るのは僕たちの仕事じゃない。依頼されたもんを殺るだけだろ?」

 つまらなさそうにコアントローが口を挟む。一種の苛立ちさえ垣間見せるのは、依頼に疑ってばかりいるディサローノとシャトーの姿勢に対してだろう。

「おそらくは、SSCNだからこそだ」
「――カルヴァドス、前回のドランブイの戦闘の映像(ログ)、出せる?」
『ヒト使いの粗いことで』

 ディサローノの行動は、的確かつ迅速だ。いち早く知っている限りで最も状況を判断しやすい証拠を引っ張り出す。力の抜けた文句を吐かれながらも、赤外線で黒と緑に染まった映像を注視する。

 全員が見つめるのは、標的だった機体だ。
 カジノとしてではないヴェンデッタの業務では、敵の部品を奪取して売却することまで含まれる。だからこそどの部品を優先的に確保するかを考えながら戦闘をすることも多いため、市場に出回る機体の大半は、頭の中に叩き込んである。

「……これ、エクステックのガワ(フレーム)じゃないの?」
「そうだ。〈FRAME(フレーム)システム〉の、それも初期のモデルのはずだ」

 エクステック・フェデレーションという企業が、CDグループに属している。
 画一された〈FRAME〉という規格に基づいてテウルギア・マゲイアの部品構成を行い、生産性と整備性を高めることで軍事力の大幅な増強を実現した企業だ。

 ヘンドリクスの告げた理由には、この企業が関係する。
 EAAグループのSSCNと、CDグループのエクステック……別グループであるがゆえに敵対関係であり、お互いに軍事産業を主とする企業。加えて確保している領土が隣接しているとなれば、その境界線では一触触発の緊張の糸が張り巡らされていることなど、想像に難くはない。

「なら、その仮面舞踏会(マスカレード)ナントカはエクステックの息がかかっているって?」
「初期ともなれば東西戦争に投入されたモデルだ。中古品(おさがり)をかき集めるのも難しくないが……そう見ておくのが妥当だろう」

「んじゃあ決まりだね。案外、鍍金の女王さんも、大きな戦争になるのは望んでいないのか」

 コアントローの言葉は短絡的だが、同時にわかりやすくもある。何よりも、いち早く話題を切り上げようとする意志の方が強く言葉尻に表出していたが。

 SSCNという看板を背負った部隊がエクステックの領土へ踏み込むならば、緊張に満たされた境界線を狂乱の坩堝へ変貌するだろう。だからこそフェオドラというSSCNの人間は、別の看板を求めた……。

「まだ、鍍金の女王の本音が見えないけどね」

 ディサローノにとって、最も不透明に見える部分はそこだ。

 東西戦争という十年以上も前の背景……フェオドラという女性と何が関係して、ボラッドという男を狙う必要があるのか? さらには、死んだはずの男が生きているという情報をどこから仕入れてきたのか? 意図の読めない依頼の条件と内容でなければならない理由とはどこにあるのか?

 ……ただ単に戦闘をするだけならば、ディサローノはいくらでもできるだろう。勝ち星さえ見つけてもぎ取る……三十七分の一を的確に当て続けることが可能であるように。
 だが、依頼人を信じ切ることができないともなれば状況が変わる。その裏の意図を読み切らなければ、足元を掬われてしまいかねない。

「だーかーらー。僕たちは嗅ぎ回るのは仕事じゃ――」
「――後で調べておこう。確かにこの依頼にはきな臭い。幸いにも成果報告が不要なんだ。受けるデメリットは見えないがメリットは大きい。受けないデメリットとメリットはわかりきっているが……どうする?」

 コアントローを手で制し、値踏みするように眉を潜めるヘンドリクス。
 ディサローノのそれまでの口ぶりから推測して、次の案を考えていた。

「ドランブイにやらせるか?」
『坊っちゃんには荷が重そうだと思うんだがね』

 幸いにもテウルゴスは二人いる……ディサローノが受けなかったとしても、不透明な部分さえ見えれば、万端のバックアップも取れる。不可能ではないだろう。
 この一連の会話の中で、最も依頼人を疑っていたのはディサローノだ。依頼を受けないと口にするのも彼女だろうと……シャトーだけではない、誰もが思っていた。

 だが、ディサローノの返答はあまりにもあっけらかんとしていた。

「私、やるわ」
「本当?」

 シャトーの視線が、ディサローノとヘンドリクスとを往復してしまう。

「後ろ盾がどうだろうと、最近成り上がった組織ってことはトカゲの尻尾みたいなものでしょ」
「本当にトカゲならいいけどね」コアントローの視線は既に、蠍のエンブレムへ向かっていた「尻尾が一番怖いかもよ?」
「どっちにしろ叩き潰せばいいのよ」
『……サボるつもりもない、か』

「金が絡むなら仕事だし、責任を背負う必要があるの。それを跳ね除けたら、それこそ鍍金の女王がやってきたことと同じになるわ」

 ディサローノは頑として揺るがない。普段ゲームで見せているような、決して大きくはないが通りの良い独特のハリを、声音に取り戻している。
 端的だが鋭く、淡白だが力強い意志が、声だけでなく、顔にも背筋にも、漲っていた。

 ヘンドリクスがそれを捉えて、深く頷く。

「わかった。なら早速、準備に取り掛かろう」
最終更新:2018年12月28日 12:34