小説 > 霧月 > フルメイル・ダンス > 05

chapter4 澱抗切火

「逃すものかよ!」

黒銀の騎士が吠える。見据える先には跳躍する白紅の騎士。

「しつこいな…愚民風情が」

黒銀が脇に抱えた銃のトリガーを引く。男の叫びと共に。
直後、黒銀と白紅が崖上で対面する。

「貴様にわかるかッ!ただ、子が美しくなかったからと捨てられる気持ちが!病に伏してなお、ただ美しくないからと救われないものの気持ちが!貴様などに!貴様なんぞにッ!」

怨嗟の声と共に砲弾が駆け巡る。まるで、怒りと言わんばかりに黒銀は白紅へと大きく踏み込みをかけながら、発砲を続ける。
だが──白紅も、ただものではなかった。

「解せぬな。下民如きの苦悩など、我ら貴族を濁らせるだけ。劣等種風情が粋がるなよ…!」
「高いところから偉そうにッ…!!」

言葉と言葉が交差せず、ぶつかり合う。
紡ぐ言の葉を弾丸に込め、放つ黒銀をまるで赤子の泣き言とばかりに軽やかに白紅がいなす。
白紅めがけ飛ぶ凶弾は、しかし白紅に当たる事は無く弾かれていた。
否、受け流されていた。
白紅はさも当然のように、盾をまるで己が性格のように斜に構え、最低限の動きで凶弾を逸らす。
それを見た黒銀は、己が激昂を示すように脇の刀剣へと伸ばし…振りぬいた。
重く、鈍い不協和音が響き渡る。
帳迫る崖上で、火花と茜が二機を照らし出す。
互いに交錯する想いを、ただ剣に乗せて、騎士らは交わった剣を振り払った。
しかし、振り払われたのは黒銀の刃。
それはいとも簡単に、まるで手を払い除けるが如く弾かれた。

「踏み込みが甘いなぁ!」

間髪なく白紅が腰に捻りを加える。
踏み込んだ足を軸に、振り払う剣の勢いを動きに乗せ──黒銀に、盾が襲い来る。狙いは腹部。
あまりの速度から放たれた突撃に、黒銀は体勢を崩す。

「ぐっ…貴様…!」
「クク…遅いぞ、俗物!」

続けざまに白紅が腰脇から黒鉄の筒を向ける。

「これにて終幕…灰は灰に、塵は塵に。塵に過ぎん貴様らは、灰塵と化せ」

咆哮がいざ響かんとした刹那、黒銀のコンソールへと通信が響き渡る。

『おい黒いの、そのまま倒れろ!』
「ッ…!」
『今度は外さない…!』

岩陰から茜を背にシールカが白紅へと砲口を向ける。
しかし、テウルゴスがトリガーを引こうとした直後、その砲身は爆炎と共に吹き飛んだ。

『おいおい、冗談だろ…あの距離からノールックで!?しかも完全な不意打ちだったはず…クソッ!』
『マロースリーダーより交戦中の両機に次ぐ!至急戦域から離脱せよ。繰り返す、戦域から離脱せよ!敵熱源体と思わしきものが複数接近中だ!急げ!』
「潮時か…だが次こそは!」

ミラージュナイトが盾裏から筒を投擲する。それと同時にシールカの弾が黒銀を追う道を塞ぐように幕を張った。

「…逃したか。まぁ、いい。じきに奴らも来るだろうさ」
『よろしいのですか?亡霊をみすみす逃すなど…』
「これでよい。獲物は、追い詰めるほどに味が出るものだ…それは、人も、獣も変わらんよ」

そう、口の端を愉悦に歪めながらもイエローサインを冷静に見つめる。

「それよりも補給に戻るぞ。このままでは追撃すらままならん。」
『ふふ、では仰せのままに──ああ、楽しみですわ。蛆虫をどうするのか胸が躍って仕方がありません』






勢力解説「レナードの亡霊」
かつて、リュミエール・クロノワール内で横行していた腐敗の象徴であり、先の内乱でレイチェル=エリザベート・クロノワールに打倒された先代当主候補であるレナード=アルベール・クロノワールの派閥に属した、あるいはそのシンパなどの総称。
現在でも貴族という特権階級への憧れが消えぬもの、また、リュミエールそのものに恨みを持つ者などで構成されている。現在当主を退いたレイチェルが残党狩りに執心であり、また、クロノワール家に属するものは憎悪と侮蔑の対象としている。
最終更新:2019年02月01日 20:54