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第5話:マス・カレイド・スコーピオン ――ページ3


「一体、どういうことだ?」

 語調は荒くなっていた。苛立たしげに靴音を立てて、宙に浮かぶ表示枠を覗く。
 コアントローは確かに、普段から言葉遣いが丁寧であるとは言えない。しかし皮肉を込めていない限り、耳に障らず、むしろ懐へ近づける話術を使える人間だ。

 それが剥がれてでも、コアントローはその光景を疑わずにはいられなかった。
 容赦ない悪意を織り込んだ、刃物のような鋭い言葉を吐いた。

しくじった(・・・・・)?」
『ディサローノに限って、それはありえん』

 その対応に慣れているつもりであったが、ヘンドリクスよりも先に言葉を突き返したのはストリチナヤの方であった。
 コアントローと同じか、あるいは熱情が見え隠れした檄である分だけ、それよりも手がつけられないか……。

『私も確認している』

 証拠を突きつけるためだろうか、すぐさまコアントローの前に新しい表示枠が浮かび、その映像が流される。

 先日にディサローノが出撃した時の映像――その最後だ。
 こじ開けられたコクピットの奥。驚愕に顔を歪めている男。巨大な刃が、その身体を真っ二つに切り裂いた。

『ダガーで確かに切り潰したのだ』

 テウルギア――高さだけでも人間の十倍に及ぶ、巨体が振るったダガーだ。
 あまりに大きく、長く、分厚い、鋼鉄による攻撃はそれこそ、単純な切断ではなく、切り潰すと表現するに相応しい。

 そこに写っていた顔を、見間違えようはずもない。
 つい昨日、カジノに忍び込んでいた男と、全く同じであるということを除けば。

「だったら、なんで生きてるのさ」苦虫を噛み潰したような顔で、髪を掻き毟った「というか十年ほど前に死んでいたんだろ?」
「そうであるはずだ……記録上では」

 コアントローの視線がやってきてすぐに、ヘンドリクスも応じる。
 本来ならば……あるいは少し前ならば、そうだ、と短く切り上げていただろうが、今はその確証も自信も、持てないでいる。

 十年ほど前に、東西戦争と呼ばれる戦いがあった。カジノ・ヴェンデッタとはほぼ無縁のことだ。そこで、写真の男――ボラッド・マイケーエフは自爆テロも叶わず射殺され、当時の企業の名を借り、“ドレイクの不発弾”という蔑称までつけられた。

 ヘンドリクスが元より知っていた情報では、そこで終わっていた。
 状況が一変して、生きていた、と――記録が間違っていたと判断したとしても、不可解なところが多すぎる。

「だが昨日、カジノにまで忍び込んでいた。記録を疑ったところでどうしようもない」
「そもそも、なんで忍び込まれているのさ? 誰も気づかなかったの?」

 コアントローの足が、苛立ちに揺れる。その靴音がだんだん早くなっている。
 責任の追求をしたい気持ちは、確かにヘンドリクスにもある。だが自分に多大な非があることさえわかりきっている。話題を切り替えるべく、歩き出した。

「奴が死んだという前提を、確かに取り違えていた……だが問題は変わらない。ドローンでの襲撃を受けた。そのことが最優先だ」
「……ドローン、ね」

 立ち位置を変えたヘンドリクスの視線に気づいてか、コアントローは腕を組み、あぐらをかいて座った。

「ここ最近、そればっかりだ」

 吐き捨てるような言葉に、思わず首肯してしまう。
 前回にディサローノが、そして前々回ではドランブイが。それぞれマゲイアとの戦いに、ドローンを持ち出されている。

 マゲイアのみならば、取るに足らない標的だ。数も多くない。乗り手の質や技量が低いことも明らかだ。
 しかし無数の爆弾が、常に頭の上を彷徨き、あるいは追い回してくるとなれば、容易とは言えない。戦闘を組み立て、思い通りに運ぶためには、あまりにも大きすぎる障害だ。

「仕掛けるだけの爆弾ではない。自在に空を飛んで、まず見られない排気ダクトを通ることまでも、できる……」

 ボラッド・マイケーエフの顔写真を睨みながら、言葉でなぞる。そのプロフィールと、今までの二回に及ぶ戦闘の記憶を、反芻するように。
 コアントローも思い返しているのだろう。ため息が、間延びした憂いを帯びる。

「あんなに数があれば、ねえ」

 カジノだけならば五十五。
 前々回であるドランブイの時も、前回であるディサローノのときも、それ以上の数が確実に空を飛んでいた。

 ドランブイとの――〈ラスティネイル〉との戦いでは、彼を追い回し、そして仲間であるはずのマゲイアを破壊して、自爆を欺瞞した。
 ディサローノとの――〈ゴッドマザー〉との戦いでは、圧倒的な数で天蓋を作り、どこからでも不意を打てる……と見せかけた、彼自身を守るための壁を構築していた。

 どちらとも、テウルギアを相手取るためは必要だったのだろう。あまりにも堅牢な装甲を纏っている敵を相手にして、ドローン一機程度の大きさでは、まともな攻撃にさえ至らない。

 尋常ではない数を用いて、そして扱えるからこその戦い方だ。
 どちらとも動き方こそ違えど、大量のドローンによる連携が不可欠である。

 ――あまりにも唐突すぎる疑問が、そのまま口から漏れ出た。

どうやって(・・・・・)操縦しているんだ(・・・・・・・・)?」
「それは……」

 きょとんと口を開いたコアントローが、視線を右へ左へさまよわせた。
 ――しかし明確な答えは出ないまま、閉口することとなる。

 あまりにも大量のドローンによる高度な連携。
 単にドローンを操縦するための人間を揃えるだけで、夥しい数となる。

 しかし大量の人間を揃えたところで、次の問題が浮上してしまう。
 それまでの戦いで、ドローンの行動原理や意思は、既に浮き彫りになっているのだから。

「過去二回の戦いで、ドローンは、ボラッドを守るため(・・・・・・・・・)に使われている」
「だから二回とも、ボラッドが操縦(・・・・・・・)しなければ辻褄が合わなくなる」

 同じ疑問を見つけたのだろう。コアントローと合わせた視線に、火花のような明滅がほとばしる。

 その奥にある思考が、手に取るようにわかって、頷いた。思考が視線を伝ってきたようなものだ。
 思考を読み上げるように、口を開く。

「だが三回目は――ボラッドは、ここにいた。数以前の問題だ。そもそも操縦できるはずがない」

 お互いの思考は、そのままであれば矛盾した結果へ辿ることとなる。
 ボラッドが操縦している/ボラッドは操縦できない。

 異常な数のドローンを操縦していたことも矛盾へ拍車をかける。連携さえ取れるほど高度な操縦技術を持っていなければならないことまで加わる。

「およそ、人間ができるものではない」
『……なるほど。そういうことか』

 二人を交互に見つめてから、ストリチナヤが言葉を挟んだ。
 冷ややかなままである表情はむしろ、冷静さの裏返しだ。

『こいつは自分を守っているのではない……守らせている(・・・・・・)のだな? 全く同じ利害関係の者に』
「そうだ。全く同じである別の存在(・・・・・・・・・・・)がいなければ、成立しない」

 ヘンドリクスが頷き、続ける。
 声からは、戸惑いの淀みなどかき消えていた。

「ディサローノの時に、奴はFRAMEの機体に乗っていた」

 自分でありながら自分ではない――さながら鏡に映されたもう一人の姿を覗くようなものだと、自嘲気味に笑ってしまう。

 同じ巨大な人型の機械であっても、マゲイアとテウルギアは明確な線引きが成されている。
 一介のOSでありながら、高度な知性と人格を兼ね備える存在――その有無だ。

 一つの肉体に、一人しか人格を持つものが入れないというわけではない。
 ストリチナヤ自身がそうであるように、バランタインやカルヴァドスという他の人格までもを同居させている。

 人間が不可能なことがあるならば、人間ではない者がそれを成立させればいい。
 それが、全く同じ肉体――機体に共生するならば、尚更だ。

「――奴は、テウルゴスだ」
最終更新:2019年04月02日 13:51