小説 > もやし > 戦場の霧を晴らすのは > 03

3話:一撃


 白いテウルギア、ヴィルトゥスが、白地に赤い斑の色をした倉庫に埋もれるようにして佇んでいる。背の高い建物の隙間に嵌まるようにして座り込むその姿は、まるで海底の石の間に挟まるグソクムシか貝のよう。とはいえ勿論、本人たちは大真面目だった。
 時間は0115。ロットバルトの予想では、敵の機体はそろそろ近づいてきている筈だった。

「さて、おさらいは必要ですかね」

 ロットバルトは嘲るような口調で訊ねた。オディリアは鼻で笑って無視したが、ロットバルトは堪えた様子もなく勝手に語り始める。

「そもそも今回の敵の来襲は、恐らく生存者の回収でしょう。テウルギアで防衛部隊を鎮圧し、街に残された生存者を回収して帰還するのが敵の任務のはずです。そこにお嬢様がいたものですから、きっと今頃慌てふためいて接近している筈ですよぉ?街中に生き残っているかもしれない味方部隊が、再び脅威に晒されているのですからねぇ」
「ま、もうそんなんは居らへんのやけどな」

 そう言って、オディリアはヴィルトゥスの足元を見た。挽肉になってなお制服がエクステック社の所属であったことを証明しているその遺体は、腕だったと思しき箇所で無線機を掻き抱いている。

「隊長殿もお人が悪いですねぇ、死体からの救難信号とは」
「人も悪けりゃ趣味も悪いお前よりはマシや、ったく」

 そう言って、オディリアは辺りを見渡した。
 陥没した道路、擱座したマゲイア、黒焦げたカエルのようなIFV。僅かに開いた後部ハッチから覗く焼け焦げた下半身は、まるで巨大なガマガエルにでも丸呑みにされたように見えてシュールな笑いを誘っている。その隣には爆発して吹き飛んだのであろう戦車の砲塔が、まるでフライパンのように転がっている。

「さっきの戦闘の鏖殺の跡地で待ち伏せとか、よっぽどやで。ほんま。だからこそ可能性を求めたくなる。そうさせようってのはわかるけどさ」
「受け入れているあたり同類だと……」

 ロットバルトは言いかけ、中断した。目を閉じて何かに集中しているようだ。音だろうか。オディリアも注意深く、耳を研ぎ澄ませる。

 そして、殆ど同じタイミングで二人は目を見開いた。

「右から接近中の機体、1。推進音に混じってブロー音や。ブロー音まで聞こえるってことは、推進力は微小やな。となると推力で浮いてるわけじゃない。黒曜石(オブシディアン)系列やな」
「あれほどの威力のあるレーザーを持った黒曜石(オブシディアン)系列の機体は、1つしか無いですねぇ」

 両者は頷いて、理解を共有した。

「ブリリアントや。コクピットは胴体やったな?補正は頼む」
「了解しましたよ、お嬢様……あと3秒。2、1──」



 ブリリアント。
 ラインフレームの開発した黒曜石(オブシディアン)の改造型のテウルギアだ。ランカーでこそないが、ここ1年の間にSSCN北部境界での戦闘でよく観測されている。高速で現れては通常兵器を破壊して逃げていく姿しか確認できておらず、テウルギア同士の戦闘は記録されていない。武装も正確には観測はできておらず、撃たれた側がこぞって言うのは、見えないレーザーについてだけ。
 そう。最大の特徴は、大出力かつ不可視のレーザーだ。戦車の側面装甲がたった2秒の照射で溶断されるほどの高出力を実現した、胴体と同じくらい大きい球体の肩部レーザー砲がどうなっているかについては、オディリアがシャムシュロフ設計局へ報告書を提出しに行ったときに聞き及んでいた。

『我々の得ている情報が正しかったら、ラインフレームはあんな大出力のレーザー兵器が作れるはずがない。そもそもの励起源についての研究が進んでないからね。にもかかわらずカルタガリアの重レーザーと同レベルの出力を達成してる。なぜか。簡単なことなんだよね、収束しているんだ』

 詰まる所。あの不気味な、まるで眼球のような球体の中には、外殻に張り付くようにして無数のレーザー発振器がついているらしい。ウニを裏返したような姿だ、とも言われていたが、オディリアはウニが何なのかが分からなかった。

 ともかく、オディリアが理解したことは一つ。
 ブリリアントのレーザー砲は精密にできていて、故に、脆いのだ。



「そりゃあッ!」

 ヴィルトゥスは倉庫の間から勢いよく立ち上がり、右脚を大きく踏み出した。脚は片側3車線道路の手前、直進車線を叩き割って大きく沈むが、しかしそれすらも利用する。固定された右脚を軸にして左脚をしならせ、ブリリアントの直進に合わせて爪先を胴体に叩き込もうと試みた。
 遠心力に振られて耐Gジェルが腹に押し寄せる。一瞬強く圧迫されて嘔吐感を覚えつつも、オディリアはブリリアントを確認した。肥大化した肩には目玉のような構造物があり、その瞳孔のような箇所からレーザー口が覗いている。しかし、その構造物の下には予想外にも、小さなアクチュエータが付属していた。そこらに散らばっているマゲイアに用いられているような簡素な腕にPDWを装備したものだ。面倒な、と思いつつ目を滑らせる。左腕は純正の黒曜石と変わらない様子だ。手には大きなバズーカが握られている。そして、全体的に爆発反応装甲が取り付けられていた。予想通りではあったが、120mmはやはり通じないか。苛立ちのままにブリリアントを睨みつけ、脚を振り抜く。直撃すれば120mmが通じないことなんてどうでも良いのだ、とでも言わんばかりだ。
 とはいえ、ブリリアントも然る者。オディリアが遅れると確信していた防御は、しかし前転受け身を取るように、右肩を入れ込むように倒れ込んだことによって間に合った。ありえないと一瞬瞠目するも、ブリリアントの背部から聞こえた推進音に納得する。過剰に吹かすことでバランスをわざと狂わせ、間に合わせたのだろう。
 それならば、とロットバルトはヴィルトゥスの脚を伸長した。ヴィルトゥスの特殊な脚部は膝関節を2つ持つ。そのうちの1つ、普段折り畳まれてる側を伸ばし、上半身を外側に偏らせることで、遠心力の強化を図ったのだ。防がれるのであれば、その上から通せばいい。そうした所謂脳筋な結論が許される程度には、ヴィルトゥスは高性能な機体であった。

 そして、接触。何があっても防御ごと抜いてやるという強い意志を以て振り抜かれたその脚は、しかし、肩部のレーザー砲と繋がっていた簡易腕を根本からもぎ取っただけに終わる。ブリリアントのとっさの判断の賜物だった。バズーカを持った左腕を大きく後ろに振りぬき左脚を勢いよく右後ろに引いたことにより、機体が大きく仰け反って、その脚は胴を抉らずに空を切ったのだ。オディリアは驚愕に目を見開いた。
 しかし。しかしだ。いくら何でも、腕をもぎ取ったのだ。繋がっているあの繊細なレーザー砲の何処かに異常を来たしていてもおかしくない。そんな希望は、右肩に煌いた瞳孔によって否定された。まさか、と振り抜いた脚に絡みつく腕を見る。
 綺麗な断面だ。まるで、自切したように。

 歯を食いしばったオディリアは、レーザーから身を守るべく、跳んだ。ヴィルトゥスは埋まった右脚を伸ばし、不格好に、倒れ込むように跳躍する。わずかに遅れて、ヴィルトゥスの爆発反応装甲の爆発音が聞こえた。あのレーザーは不運にも盾には命中したらしい。
 残っていた遠心力を使って空中で1回転し、脚を格納してヴィルトゥスはブリリアントに向き直った。オディリアはほとんど祈るように、ブリリアントがコケていることを願う。しかしながら往々にしてマーフィーの法則は働くもので、ホバーで走行する黒曜石は、通常であればまず体制を崩す回避方法を取ったにも関わらず、滑るように半回転してヴィルトゥスと相対した。陥没している地面に引っかかることなく体勢を立て直したことに、オディリアは思わず舌打ちを零してしまう。

「不本意やけど、しゃあないか」

 オディリアは不機嫌そうに言った。

「ですねぇ」

 テウルゴスとは対照的に、ロットバルトは上機嫌で同意した。
 オディリアはヴィルトゥスに次の行動を取らせるべく、電力の供給を増加させた。脚部に勢いよくエネルギーが集中し、インバーターが甲高く鳴き叫ぶ。

「行くで」
「行きましょうか」

 再び煌めく右肩、剥き出しの眼球のように不気味なレーザー砲を前に、2人は決心した。

「「戦術的後退!」」

 大跳躍。地面を大きく凹ませ、叩き割って、ヴィルトゥスは倉庫群の向こう側へと跳躍する。そしてその機体を追うように、超紫外線レーザーが空気を焼いたのだった。
最終更新:2019年04月23日 02:17