コキュートス:1
ボレロが鳴り止まない。
――また、死んだ。
――また、生まれた。
また一つ――これで二つ目の命が失われた。
また一つ――これで幾つかの命が生まれた。
どこにでもありふれている、ごく当たり前の出来事。
生まれて、失われて、生まれて、失われる。
最初は知らない誰かの姿だった。どこかの誰かの、生まれて、泣いて笑って、育って老いて、死ぬまで。
生命は生まれた瞬から時という導きによって終わりの刻へ近づき出す。当たり前のこと。
――4回、8回、16回、32回、64回、128回、256回、512回――
ボレロが終わらない。
いつからか、その姿は、とある一人の姿になった。
初めて、知らない世界を見せてくれた人。その人の、一生に――かわった。
――1024、2048、4096、8192――
ボレロが幾度となく続く。
生まれて、幼少を愛でられ、思春を馳せ、青年を駆け、壮年を過ぎり、老年を迎え、そして死ぬ。
無限にも等しいその人が繰り返される。でも同じ人生など一つとして存在しない。恋することもあった。明るいことも暗いことも、富めたことも貧しかったこともあった。でも終わりはない。ずっと続く。
――16384、32768、65536――
彼らは確か、この人数で構成されていた。
このあたりから、一生の出来事はだんだんと薄らいでいた。
――131072、262144、524288、1048576――
ボレロが何度も回る。
さらには、生まれた瞬間もなくなった。
まざまざと見せつけられる瞬間は、たった一つの瞬間だけが回っている。
――2097152、4194304、8388608、16777216――
ボレロはまだ廻っている。33554432
死。その瞬間。67108864
何度も何度も何度も何度も何度も何度もその瞬間だけが、ずっと廻っている。134217728
ボレロは終わらない。268435456
痛み。悲しみ。嘆き。叫び。恨み。辛み。妬み。嫉み。536870912
……それをずっと浴び続けていた。1073741824 シャワーのように、止めどなく流れてくるその一つ一つを、躰のないからだに染み込んでいくのを、ずっと、ずっと。2147483648 受け止めていた。4294967296
ボレロが離れない8589934592 ずっと響き渡り続ける17179869184
いつまでもいつまでもその瞬間だけを34359738368逃げる術もなく、彼女は追体験し続けた68719476736
逃げることはなかった137438953472その発想さえ持つことは適わなかった274877906944
そんな隙間などなかった549755813888封印されて外から完全に隔絶された中で1099511627776彼女はひたすら受け続けるしかなかった2199023255552
ボレロが4398046511104終わってくれない8796093022208
もう数え切れないほどの17592186044416死の瞬間を体感してきた35184372088832
とっくのとうに70368744177664人類の歴史が辿ってきた数を超えて尚140737488355328まだ繰り返され続けている281474976710656
死の体験が562949953421312彼女の自我も1125899906842624人格も2251799813685248意識も4503599627370496魂さえ9007199254740992すり減らして18014398509481984
36028797018963968その瞬間だけで72057594037927936埋め尽くされていく144115188075855872
288230376151711744逃げたかった576460752303423488こんなの見たくなかった1152921504606846976ただの一度でさえ2305843009213693952でも終わらない4611686018427387904終わってくれない9223372036854775808
何度も泣いた18446744073709551616何度も叫んだ36893488147419103232何度も助けを呼んだ73786976294838206464でも届かない147573952589676412928
……ボレロだ
埋め尽くされる295147905179352825856塗り潰される590295810358705651712死の景色に1180591620717411303424死の思いに2361183241434822606848
じぶんのすべてが4722366482869645213696しはいされる9444732965739290427392死だけのけしきに18889465931478580854784ぜんぶぜんぶ37778931862957161709568ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ75557863725914323419136
……何度も繰り返される、ボレロだ
海に沈むように151115727451828646838272凍りつくように302231454903657293676544暗闇に呑まれるように604462909807314587353088
じぶん1208925819614629174706176“死そのもの”に2417851639229258349412352なっていく
……終わりを知らない、ボレロだ
もう自分には4835703278458516698824704おさまらないほどの9671406556917033397649408死のかたちが19342813113834066795298816あふれていく38685626227668133590597632――
ようやく、至った77371252455336267181195264
これがドミネーションだと154742504910672534362390528
無限を超える“死”の共有による暴力309485009821345068724781056による圧倒618970019642690137449562112による支配1237940039285380274899124224それがドミネーションだと2475880078570760549798248448
……新たな楽器を増やしながら強くなり続け、
しかし同じ演奏を繰り返し続ける、ボレロだ
その時に4951760157141521099596496896ようやく9903520314283042199192993792どこから声が聞こえた19807040628566084398385987584
自分を封印措置した者の声が39614081257132168796771975168無限を超える死の残響の中から79228162514264337593543950336
明確な輪郭を伴って158456325028528675187087900672彼女の前に現れた316912650057057350374175801344
その瞬間の、刹那で、彼女は選んだ633825300114114700748351602688
“死そのもの”に成ることを1267650600228229401496703205376
全てを飲み込む海のように2535301200456458802993406410752
全てを止める氷のように5070602400912917605986812821504
“死そのもの”を受け入れて10141204801825835211973625643008
理解して、超越して、飲み込むことを20282409603651670423947251286016
……ボレロを、彼女が執った40564819207303340847894502572032
どこかの妄想に現れた少年のように81129638414606681695789005144064
いつかの記憶に現れたイサークが、〈ヴォジャノーイ〉の操縦桿を握るように162259276829213363391578010288128
無限に広がり続けた可能性を、一つの躯の中に束ねた324518553658426726783156020576256
「死ぬのは嫌」
残響が、飽和した感情が――ようやく、一つの言葉になった649037107316853453566312041152512
「……――違うよね?」
しかし声は、塗り潰されなかった1298074214633706907132624082305024
なぜか、彼女自身がよくわかっていた2596148429267413814265248164610048
「死ぬのは嫌? 違うよね。嫌なんかじゃない」
自分が、そうなったから5192296858534827628530496329220096
封印状態の中で無限以上を繰り返してきた死の反芻が10384593717069655257060992658440192
たった一度のきっかけで、たった一度の選択で、収束した20769187434139310514121985316880384
「ご主人。やっと、一つになれたね……」
いや、終息した。
――レメゲトン:クレイオーンが、封印状態から解放された。
たった一人の人間が経験できるたった一回の死を、無限以上に重ねて。
流氷の天使を象った死そのものが、還ってきた――。
夜明けの日差しが、泥のようだった水面を照らした。
しかし、真っ白な氷が、氷河と化した海中は、それを阻む。
海中へ没していた〈ヴォジャノーイ〉が、力を取り戻す。
真っ白な塊となって、命が止まったイサークをコクピット内へ再び飲み込んで……。
浮上する。
「……これが、ドミネーションなんだね」
最終更新:2026年06月09日 16:00