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小説 > 在田 > 久遠な(か)れコキュートス > 09

コキュートス:1


 ボレロが鳴り止まない。

 ――また、死んだ。
 ――また、生まれた。
 また一つ――これで二つ目の命が失われた。
 また一つ――これで幾つかの命が生まれた。

 どこにでもありふれている、ごく当たり前の出来事。
 生まれて、失われて、生まれて、失われる。
 最初は知らない誰かの姿だった。どこかの誰かの、生まれて、泣いて笑って、育って老いて、死ぬまで。
 生命は生まれた(とき)から時という導きによって終わりの(とき)へ近づき出す。当たり前のこと。
 ――4回、8回、16回、32回、64回、128回、256回、512回――

 ボレロが終わらない。
 いつからか、その姿は、とある一人の姿になった。
 初めて、知らない世界を見せてくれた人。その人の、一生に――かわった。
 ――1024、2048、4096、8192――

 ボレロが幾度となく続く。
 生まれて、幼少を愛でられ、思春を馳せ、青年を駆け、壮年を過ぎり、老年を迎え、そして死ぬ。
 無限にも等しいその人が繰り返される。でも同じ人生など一つとして存在しない。恋することもあった。明るいことも暗いことも、富めたことも貧しかったこともあった。でも終わりはない。ずっと続く。
 ――16384、32768、65536――

 彼ら(・・)は確か、この人数で構成されていた。
 このあたりから、一生の出来事はだんだんと薄らいでいた。
 ――131072、262144、524288、1048576――

 ボレロが何度も回る。
 さらには、生まれた瞬間もなくなった。
 まざまざと見せつけられる瞬間は、たった一つの瞬間だけが回っている。
 ――2097152、4194304、8388608、16777216――

 ボレロはまだ廻っている。33554432
 死。その瞬間。67108864
 何度も何度も何度も何度も何度も何度もその瞬間だけが、ずっと廻っている。134217728

 ボレロは終わらない。268435456
 痛み。悲しみ。嘆き。叫び。恨み。辛み。妬み。嫉み。536870912
 ……それをずっと浴び続けていた。1073741824 シャワーのように、止めどなく流れてくるその一つ一つを、躰のないからだに染み込んでいくのを、ずっと、ずっと。2147483648 受け止めていた。4294967296

 ボレロが離れない8589934592 ずっと響き渡り続ける17179869184
 いつまでもいつまでもその瞬間だけを34359738368逃げる術もなく、彼女(・・)は追体験し続けた68719476736
 逃げることはなかった137438953472その発想さえ持つことは適わなかった274877906944
 そんな隙間などなかった549755813888封印されて外から完全に隔絶された中で1099511627776彼女はひたすら受け続けるしかなかった2199023255552

 ボレロが4398046511104終わってくれない8796093022208
 もう数え切れないほどの17592186044416死の瞬間を体感(シミュレート)してきた35184372088832
 とっくのとうに70368744177664人類の歴史が辿ってきた数を超えて尚140737488355328まだ繰り返され続けている281474976710656
 死の体験が562949953421312彼女の自我も1125899906842624人格も2251799813685248意識も4503599627370496魂さえ9007199254740992すり減らして18014398509481984
 36028797018963968その瞬間だけで72057594037927936埋め尽くされていく144115188075855872
 288230376151711744逃げたかった576460752303423488こんなの見たくなかった1152921504606846976ただの一度でさえ2305843009213693952でも終わらない4611686018427387904終わってくれない9223372036854775808
 何度も泣いた18446744073709551616何度も叫んだ36893488147419103232何度も助けを呼んだ73786976294838206464でも届かない147573952589676412928

 ……ボレロだ

 埋め尽くされる295147905179352825856塗り潰される590295810358705651712死の景色に1180591620717411303424死の思いに2361183241434822606848

 じぶんのすべてが4722366482869645213696しはいされる9444732965739290427392死だけのけしきに18889465931478580854784ぜんぶぜんぶ37778931862957161709568ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ75557863725914323419136

 ……何度も繰り返される、ボレロだ

 海に沈むように151115727451828646838272凍りつくように302231454903657293676544暗闇に呑まれるように604462909807314587353088
 じぶん1208925819614629174706176“死そのもの”に2417851639229258349412352なっていく

 ……終わりを知らない、ボレロだ

 もう自分には4835703278458516698824704おさまらないほどの9671406556917033397649408死のかたちが19342813113834066795298816あふれていく38685626227668133590597632――

 ようやく、至った77371252455336267181195264
 これがドミネーション(・・・・・・・)だと154742504910672534362390528

 無限を超える“死”の共有による暴力309485009821345068724781056による圧倒618970019642690137449562112による支配1237940039285380274899124224それがドミネーションだと2475880078570760549798248448

 ……新たな楽器を増やしながら強くなり続け、
 しかし同じ演奏を繰り返し続ける、ボレロだ

 その時に4951760157141521099596496896ようやく9903520314283042199192993792どこから声が聞こえた19807040628566084398385987584
 自分を封印措置した者の声が39614081257132168796771975168無限を超える死の残響の中から79228162514264337593543950336
 明確な輪郭を伴って158456325028528675187087900672彼女の前に現れた316912650057057350374175801344
 その瞬間の、刹那で、彼女は選んだ633825300114114700748351602688

 “死そのもの”に成る(・・)ことを1267650600228229401496703205376
 全てを飲み込む海のように2535301200456458802993406410752
 全てを止める氷のように5070602400912917605986812821504
 “死そのもの”を受け入れて10141204801825835211973625643008
 理解(・・)して、超越して、飲み込むことを20282409603651670423947251286016

 ……ボレロを、彼女(クレイオーン)が執った40564819207303340847894502572032
 どこかの妄想に現れた少年のように81129638414606681695789005144064
 いつかの記憶に現れたイサークが、〈ヴォジャノーイ〉の操縦桿を握るように162259276829213363391578010288128
 無限に広がり続けた可能性を、一つの(レメゲトン)の中に束ねた324518553658426726783156020576256

「死ぬのは嫌」

 残響が、飽和した感情が――ようやく、一つの言葉になった649037107316853453566312041152512

「……――違うよね?」

 しかし声は、塗り潰されなかった1298074214633706907132624082305024
 なぜか、彼女自身がよくわかっていた2596148429267413814265248164610048

「死ぬのは嫌? 違うよね。嫌なんかじゃない」

 自分が、そうなったから5192296858534827628530496329220096
 封印状態の中で無限以上を繰り返してきた死の反芻(ボレロ)が10384593717069655257060992658440192
 たった一度のきっかけで、たった一度の選択で、収束した20769187434139310514121985316880384

「ご主人。やっと、一つになれたね……」

 いや、終息した。

 ――レメゲトン:クレイオーンが、封印状態から解放された。
 たった一人の人間が経験できるたった一回の死を、無限以上に重ねて。
 流氷の天使を象った死そのものが、還ってきた――。

 夜明けの日差しが、泥のようだった水面を照らした。
 しかし、真っ白な氷が、氷河と化した海中は、それを阻む。

 海中へ没していた〈ヴォジャノーイ〉が、力を取り戻す。
 真っ白な塊となって、命が止まったイサークをコクピット内へ再び飲み込んで(・・・・・)……。
 浮上する。

「……これが、ドミネーション(・・・・・・・)なんだね」
最終更新:2026年06月09日 16:00