人間は人生で二度生まれると言われている。一度目は誕生した時、すなわち生存の為である。二度目は人間が人生に対して生まれる時、すなわち生きる為である。
あの春の日を私は覚えている。私がまだ小学6年生だった時のことだ。学校の方針で一年間、下級生とペアを組んでイベントなどの際は一緒に参加するというものがあった。私は6年生だったので一番差のある一年生と組むことになった。そこで私は一人のウマ娘と出会うことになる。彼女は灰色の髪に天色の瞳をしていた。そのウマ娘の名前はトキヲコエテ、のちに私の運命を揺るがす者だ。しかしそんなことを当時の私たちは知る由もなかった。
出会った当初の彼女は大人しく、どちらかと言うと一人でいるほうが好きな感じの子だった。最初は私に対して心を閉ざしていたが、少しずつ接していくうちに徐々に心を開いてくれた。根は優しく、感情も豊かなのがわかってきた。そのうち、彼女のご両親ともに家族ぐるみで仲良くなり、私のことを「お姉さん」と呼んで慕ってくれる彼女とは遊ぶ機会が増えてきた。
出会った当初の彼女は大人しく、どちらかと言うと一人でいるほうが好きな感じの子だった。最初は私に対して心を閉ざしていたが、少しずつ接していくうちに徐々に心を開いてくれた。根は優しく、感情も豊かなのがわかってきた。そのうち、彼女のご両親ともに家族ぐるみで仲良くなり、私のことを「お姉さん」と呼んで慕ってくれる彼女とは遊ぶ機会が増えてきた。
転機が訪れたのは、私が高校一年生、トキヲコエテが小学五年生になり、将来について考え始めた頃のことだった。
ある日、彼女は少し照れくさそうに、しかしどこか誇らしげな表情で私に言った。
ある日、彼女は少し照れくさそうに、しかしどこか誇らしげな表情で私に言った。
「中学校からはトレセン学園に行こうと思ってるんです。」
トレセン学園。東京都府中市にある、日本最高峰のウマ娘養成機関。私たちの住む千葉県船橋市からも通えない距離ではない。彼女の成績は申し分なく、走りも同年代のウマ娘の中では頭一つ抜けていた。受験を決めたと聞いても、不思議とは思わなかった。一方で、私はというと、高校生になっても将来の進路は何一つ決まっていなかった。何がしたいのかも、何になりたいのかも分からない。そんな私に向かって、彼女は静かに切り出した。
「お姉さんって、まだ進路決まっていませんでしたよね?」
「……うん。」
「だったら、私のトレーナーになってくれませんか?」
思わず聞き返した。
「……え?」
彼女は少し笑って続けた。
「無理を言ってるのは分かっています。トレーナーになるのがどれだけ大変かも聞いています。でも、私がデビューするなら、やっぱりお姉さんじゃないと嫌なんです。」
「信用できる人がいいなって。」
その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐだった。
私は戸惑った。
トレーナーライセンスは非常に難関で、毎年多くの受験者が挑戦するにもかかわらず、一人も合格者が出ない年があるほど難しい資格だ。
「確かに進路は決まってないけど……。」
「私がライセンスを取れるとは限らないよ? もし取れなかったら……。」
すると彼女は、迷いなく微笑んだ。
「大丈夫です。」
「お姉さんは必ず私のトレーナーになれます。」
「私には分かるんです。」
「それに、私も必ずトレセン学園に入学できます。」
「私たちなら、絶対にできますよ。」
その時の笑顔を、私は今でも忘れられない。
一年後。
彼女は宣言どおり、トレセン学園に合格した。中学生になってからは以前ほど頻繁には会えなくなったが、交流は変わらず続いた。そして今度は、彼女が私を支えてくれた。ライセンス試験に必要な資料を集めてくれたり、実際に走った時の感覚を細かく教えてくれたり。私が少しでも合格に近づけるよう、自分にできることは何でもしてくれた。
ある日、私は彼女に尋ねた。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
すると彼女は少し照れくさそうに笑って言った。
「昔、お姉さんはずっと私の隣にいてくれました。」
「人と話すのが苦手だった私に、何度も声を掛けてくれて、一緒に笑ってくれて。」
「だから今度は私の番なんです。」
「恩返しというより……お姉さんの夢を、私も一緒に叶えたいんです。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。私はずっと、私が彼女を支えてきたのだと思っていた。でも違った。あの子はずっと、私のことも支えてくれていた。だからこそ、私は諦められなかった。浪人も覚悟した。
何度心が折れそうになっても、
「私たちなら絶対にできますよ。」
あの言葉だけは、一度も疑わなかった。両親も、ようやく私に夢が見つかったことを心から喜び、背中を押してくれた。
そして高校卒業後、二年間の浪人生活を経て、私は中央トレセン学園のトレーナーライセンスを取得した。
合格を知らせた日の電話口で、誰よりも先に泣き出したのはトキヲコエテだった。その涙声を聞きながら、私は心の中で静かに誓った。
──今度は、私が君の夢を最後まで支え続けよう。
その約束は、幼い頃に交わした「私たちなら絶対にできますよ」という言葉の、続きだった。
20■■年4月■■日。
私は、トレセン学園の正門で、高校生になったばかりのトキヲコエテと再会した。制服姿の彼女は、あの日と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。私の姿を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
「ね、お姉さん。」
「私の言った通りでしたよね?」
「私はトレセン学園に入学して、お姉さんはトレーナーになった。」
そう言って、いたずらっぽく笑う。私は思わず吹き出した。
「ほんとだ。」
「全部、現実になっちゃったね。」
「まさか本当に、私がトキのトレーナーになるなんて。」
私は右手を差し出す。
「これからよろしくね、トキ。」
彼女はその手を優しく握り返し、少しだけ照れたように笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「……お姉さん。」
そして、少しだけ真面目な表情になって言い直す。
「ううん。」
「これからよろしくお願いします、トレーナー!」
その瞬間、私はようやく実感した。五年前、まだ小学生だった彼女と交わした約束は、夢物語なんかじゃなかった。十年前のあの日、小学校で出会った少女は、私に二度目の人生を与えてくれた。
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