「俺っちはもう走らないんだ」
目の前の先輩がそうこぼしたのを、ナースアサルトはただ聞いていた。
先輩は人間だ、ウマ娘と違って走らなくともきっと別の道がすぐに見つかるだろう。けれど、ナースアサルトは先輩の走ることへの情熱を知っていた。
「……あたしが、ウマ娘だから?」
目頭に力が入る。耐えきれず聞いてしまった。
ナースアサルトにはこの種族の違いがもどかしかった。
目の前の先輩がそうこぼしたのを、ナースアサルトはただ聞いていた。
先輩は人間だ、ウマ娘と違って走らなくともきっと別の道がすぐに見つかるだろう。けれど、ナースアサルトは先輩の走ることへの情熱を知っていた。
「……あたしが、ウマ娘だから?」
目頭に力が入る。耐えきれず聞いてしまった。
ナースアサルトにはこの種族の違いがもどかしかった。
ジュニア陸上クラブの顧問は、小学生の中でもひとつ頭の飛び抜けた体格のウマ娘であるナースアサルトに「走らないか」と声をかけた。
のんびりとした性格の彼女は勝負というものに興味がなかったが、あり大抵に言うなら恋をしたことで変わった。
一人の人間の走りに恋をしたのだ。
先輩の走りに勇気付けられ、必ず先輩の走りを応援し、先輩の走りを尊敬してた。
それが一人の人間にとってどれだけ苦しいものかを、ナースアサルトはいつもじわりじわりと察していた。
背中にかけられる言葉が察しろと、そう言っていた。
のんびりとした性格の彼女は勝負というものに興味がなかったが、あり大抵に言うなら恋をしたことで変わった。
一人の人間の走りに恋をしたのだ。
先輩の走りに勇気付けられ、必ず先輩の走りを応援し、先輩の走りを尊敬してた。
それが一人の人間にとってどれだけ苦しいものかを、ナースアサルトはいつもじわりじわりと察していた。
背中にかけられる言葉が察しろと、そう言っていた。
「ウマ娘に応援されても……」
「……あの子が走った方が速いでしょう?」
「しっ、聞こえるよ」
「……あの子が走った方が速いでしょう?」
「しっ、聞こえるよ」
「ねえ、なんであの子は走らないの?」
先輩の走りを応援すればするほどナースアサルトも、先輩も疲弊していった。
では実際に走ってみたらどうなのか、ナースアサルトはためしにジュニアクラスのダートに出てみることにした。
ダート1000m。
「先輩と同じ、1000m」
結果から言えば惨敗だった。しかもあまり息を切らすことなくゴールを迎えてしまった。これには先輩ともども唖然とした。
じゃあこの反省を生かして次も、その次も、と1000mを走れども走れどもどうにも一着を取れない。ラストの加速が間に合わなかった。早め早めに仕掛けても他の子の切れる末脚には敵わない。
ついにはレース最後の仕掛けで転倒して競走中止になった。
では実際に走ってみたらどうなのか、ナースアサルトはためしにジュニアクラスのダートに出てみることにした。
ダート1000m。
「先輩と同じ、1000m」
結果から言えば惨敗だった。しかもあまり息を切らすことなくゴールを迎えてしまった。これには先輩ともども唖然とした。
じゃあこの反省を生かして次も、その次も、と1000mを走れども走れどもどうにも一着を取れない。ラストの加速が間に合わなかった。早め早めに仕掛けても他の子の切れる末脚には敵わない。
ついにはレース最後の仕掛けで転倒して競走中止になった。
「明らかに距離が足りてないんだよ、ナースアサルトには」
転倒したせいでできた擦り傷に絆創膏を貼ってくれる先輩の言葉にクラブ顧問も黙って頷いた。
「ナースアサルトには、君には君の適正距離がある。俺っちと同じじゃなくていいよ」
先輩はそう笑った。安心したような顔で笑っていた。
ナースアサルトは、自分がまた失敗したことを悟った。
先輩と同じ距離、けれど走り始めたばかりのナースアサルトの方が圧倒的に早かった。残酷に、努力をしてきた子どもの心にその事実が突き刺さっていたのを、ナースアサルトはびりびりと肌で理解した。
転倒したせいでできた擦り傷に絆創膏を貼ってくれる先輩の言葉にクラブ顧問も黙って頷いた。
「ナースアサルトには、君には君の適正距離がある。俺っちと同じじゃなくていいよ」
先輩はそう笑った。安心したような顔で笑っていた。
ナースアサルトは、自分がまた失敗したことを悟った。
先輩と同じ距離、けれど走り始めたばかりのナースアサルトの方が圧倒的に早かった。残酷に、努力をしてきた子どもの心にその事実が突き刺さっていたのを、ナースアサルトはびりびりと肌で理解した。
「違う、走りのせいじゃない、ウマ娘とかじゃない。俺っちは遠くに行くんだ」
先輩が頭を振る。
「どこまで遠く?」
「……分からない」
「先輩、どこにいくの? あたしが行けるところ?」
「……わからない」
いつしか先輩は走るのをやめていた。その理由だって教えてもらえていない。
先輩が頭を振る。
「どこまで遠く?」
「……分からない」
「先輩、どこにいくの? あたしが行けるところ?」
「……わからない」
いつしか先輩は走るのをやめていた。その理由だって教えてもらえていない。
「嘘つき、わかってるくせに教えてくれないんだ」
「本当に分かんないよ!」
「日本の中なら、あたし、どこでも行くよ」
「本当に分かんないよ!」
「日本の中なら、あたし、どこでも行くよ」
すがるような声であたしは言った。
ナースアサルトはウマ娘だ。
ナースアサルトはウマ娘だ。
「でも君は1000mだって走れないじゃないか」
「あたしの適正はもっと長いんだよ、先輩だって言ったじゃん」
「あたしの適正はもっと長いんだよ、先輩だって言ったじゃん」
ナースアサルトはウマ娘だ、人間よりもずっとずっと早く走れる。ずっとずっと長く走れる。
「これからのレースは倍の距離を走るよ、んで、練習にその1000倍の距離を走る。だったらどこへでも行けるようになるでしょ。
あたしはどこへでも、アンタのところへならどこへでも走るよ」
あたしはどこへでも、アンタのところへならどこへでも走るよ」
ナースアサルトは、あたしは精一杯の笑顔で先輩を送った。
それ以来先輩を見かけなくなった。
誰に聞いてもそっぽを向かれる。
のちに先輩は肺癌を患ったのだと、この町の医者である両親から聞いた。
おれっちは、走るのをやめた。
どれだけ走っても、先輩はおれっちの中にしかいないのだと気づいてしまった。
あの美しい走りは、もうおれっちの中しかいない。
人間でありながらあれほどゆったりと走る姿を、おれっちはあんた以外知らない。
誰に聞いてもそっぽを向かれる。
のちに先輩は肺癌を患ったのだと、この町の医者である両親から聞いた。
おれっちは、走るのをやめた。
どれだけ走っても、先輩はおれっちの中にしかいないのだと気づいてしまった。
あの美しい走りは、もうおれっちの中しかいない。
人間でありながらあれほどゆったりと走る姿を、おれっちはあんた以外知らない。
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その走りに恋に落ちるのは運命だったのかもしれない。
トレセン学園の選抜レースで見たそのウマ娘の走りはどこかで見ただれかのものに似ていた。
柔らかな足の運び、優雅で鋭い踏み込み、そしてウマ娘特有でありながら彼女独特の、まるで飛んでいるように優美でゆったりとした前傾姿勢。
トレセン学園の選抜レースで見たそのウマ娘の走りはどこかで見ただれかのものに似ていた。
柔らかな足の運び、優雅で鋭い踏み込み、そしてウマ娘特有でありながら彼女独特の、まるで飛んでいるように優美でゆったりとした前傾姿勢。
理想だと思った。
「キミ! 名前は!」
茶髪の少女の背中に、自分は声をかける。いや、鹿毛というのか、そんなことはどうでもいい。
少女が振り返る。独特な二つ結びの端から涼やかな緑色の瞳が見返る。
「おれっち? おれっちはー、ナースアサぁールト。アンタ……、トレーナー?」
少女が振り返る。独特な二つ結びの端から涼やかな緑色の瞳が見返る。
「おれっち? おれっちはー、ナースアサぁールト。アンタ……、トレーナー?」
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「ナースアサルト、影を踏ませぬ脚、異常なし!」
先輩が走らなくなったから。
先輩が走れなくなった、けど。
あたし、いやおれっち、ちゃんと走るの楽しいよ。
先輩が走らなくなったから。
先輩が走れなくなった、けど。
あたし、いやおれっち、ちゃんと走るの楽しいよ。
だから心配しないでね。