| + | はじめに [こちらを読んでいただけると幸いです] |
中学に上がる少し前。
私は、進路について考えていた。
船橋のトレセン学園に進むか。
それとも、中央のトレセン学園を目指すか。
船橋のトレセンを志望する子には、昔から知っている子たちがたくさんいた。
もちろん、フリオーソもその一人だった。
ある日の放課後、私たち二人はいつものように集まっていた。
フリ「……トキ。本当に中央へ行くつもりなの?」
トキ「うん。」
フリ「考え直さない?」
トキ「……どうして?」
フリ「船橋にいればいいじゃん。私たちで船橋をもっと強くしようよ。」
トキ「……。」
「私だって、船橋で走りたいよ。」
「ここが私の故郷だもん。」
「でも――。」
私は一度、言葉を止めた。
「私、小さい頃に中山レース場で皐月賞を見たんだ。」
「それからずっと、あそこで走りたいって思ってる。」
フリ「中山なら、船橋からだって行けるじゃん。」
トキ「そうじゃない。」
「中央の舞台で走りたいの。」
フリ「……じゃあ、船橋は?」
トキ「好きだよ。」
「大好き。」
「だからこそ――。」
「私は、船橋の外へ行きたい。」
フリ「……意味が分からないよ。」
トキ「え?」
フリ「船橋が大好きなら、船橋にいればいいじゃん。」
「中央へ行ったら……船橋の仲間じゃなくなるじゃん。」
トキ「そんなことないよ!」
フリ「でも、船橋から一人いなくなるんだよ。」
あの時のフリオーソは、本気で怒っていた。
私も負けずに言い返した。
トキ「じゃあ、私が中央で勝ったら?」
「私が日本一になったら?」
「そのときに『船橋出身です』って言ったら?」
「船橋の名前を知らない人にも、知ってもらえるよ。」
フリ「……。」
トキ「海外で走って勝ったら?」
「『Funabashi』っていう名前を、世界中に届けられる。」
「それだって、船橋を強くする方法じゃない?」
フリ「……私は嫌だ。」
トキ「……。」
フリ「トキには、船橋にいてほしい。」
「一緒に走ってほしい。」
「船橋の仲間として、一緒に強くなってほしい。」
「世界に名前を知られることより、今ここにいる仲間と一緒に勝つことの方が大事だよ。」
私も、フリオーソの言っていることが分からなかったわけじゃない。
私だって、みんなと離れたくなかった。
船橋を裏切りたいわけじゃなかった。
だけど……。
それでも、あの時の私は行きたかった。
船橋の外へ。
もっと遠くへ。
もっとたくさんの人に、私の故郷を知ってもらうために。
フリ「……じゃあ、もう決めたの?」
トキ「うん。」
「中央へ行く。」
フリ「……そっか。」
「じゃあ、もう何も言わない。」
トキ「フリちゃん……。」
フリ「ただし。」
「中央に行って、船橋より弱い走りをしたら許さないから。」
トキ「……!」
フリ「船橋から逃げたんじゃないっていうなら。」
「ちゃんと証明してよ。」
あれが、最後の言葉だった。
その後もしばらく、フリオーソとは気まずかった。
何度か顔を合わせても、以前みたいには話せなかった。
でも、私は中央へ行った。
そして、そこでトレーニングをして力をつけた。
高校に進学して、しばらく経った頃。
私は校舎を歩いていた。
すると、向こうから見覚えのあるウマ娘が歩いてくる。
トキ「……フリちゃん?」
フリ「……トキちゃん。」
二人とも、その場で立ち止まった。
小学生の頃、進路のことであれだけ言い争った。
最後に話した時から、少し時間が空いていた。
私は何を言えばいいのか分からなかった。
トキ「……久しぶり。」
フリ「うん。久しぶり。」
「……元気だった?」
トキ「うん。」
「そっちは?」
フリ「私も。」
「……。」
「……。」
トキ「……なんか、変な感じだね。」
フリ「……そうだね。」
トキ「ねえ、フリちゃん。」
「また、一緒に走らない?」
フリ「……え?」
トキ「昔みたいに。」
「船橋の友達として。」
フリオーソは少し黙って、それから笑った。
フリ「……うん。」
「走ろう。」
「私も、またトキと走りたかった。」
その日の放課後。
二人でグラウンドの隅に座っていた。
フリ「……あのさ。」
トキ「うん?」
フリ「中学の進路の時、ごめん。」
「私、トキちゃんのこと責めすぎた。」
トキ「……私もごめん。」
「フリちゃんが船橋のことを大切にしてるって分かってたのに、自分の考えを押し付けちゃった。」
フリ「……でも、トキちゃんの気持ちも今なら少し分かるよ。」
「船橋から出て、中央で走る。」
「その先で、船橋の名前を広める。」
「そういう考えだったんだよね。」
トキ「うん。」
フリ「私も、あれから考えたんだ。」
「私はやっぱり、船橋を強くしたい。」
「地元のウマ娘たちが、『ここで走りたい』って思えるような場所にしたい。」
「レースがもっと盛り上がって。」
「強いウマ娘がどんどん出てきて。」
「『船橋は強い』って言われるようにしたい。」
「そして船橋所属のまま、トゥインクルシリーズのトップに立ちたい。」
トキ「うん。」
「それがフリちゃんの夢なんだね。」
フリ「うん。」
「だから私は、船橋を離れるつもりはない。」
私は考えるように、少し上を見上げた。
トキ「じゃあ、私は――。」
「船橋を世界に持っていく。」
フリ「……世界に?」
トキ「うん。」
「日本の中央で勝って。」
「いつか海外のレースにも出て。」
「そこで船橋っていう名前を言う。」
「『私は日本の船橋から来ました』って。」
「世界中の人に、船橋っていう街を知ってもらう。」
フリ「……なるほど。」
トキ「だから、私たちは別々の道を走ろう。」
「フリちゃんは、船橋そのものを強くして船橋所属のままトゥインクルシリーズの頂点に立つ。」
「私は、船橋の名前を世界へ持っていく。」
「そしていつか――。」
フリ「故郷に錦を飾ろう。」
トキ「うん。」
私は右手を差し出した。
トキ「約束。」
フリ「……約束。」
ぱしん、と手を合わせる。
フリ「でも、トキちゃん。」
トキ「なに?」
フリ「世界に船橋の名前を広めるなら――。」
「中途半端な結果じゃ許さないから。」
トキ「……ふふっ。」
「そっちこそ。」
「船橋所属を貫くんでしょ?」
「だったら、私が会う度に、『やっぱり船橋に籍を置くべきだったかな』って思わせてよ。」
フリ「もちろん。」
それが、私たちが仲直りした日の約束。
小学生の頃は、「どちらが正しいか」で喧嘩した。
でも、高校になってからは違った。
船橋そのものを強くするフリオーソ。
船橋の名前を世界へ届ける私。
別々の場所を走っても、愛している場所は同じ。
故郷、船橋。
そして――。
二人「「打倒中央、船橋最強!!」」
| + | あとがき |