――最初に興味を持った理由は何故だったか。長身痩躯、濡羽長髪……私が切り捨てた物を持って其処にいたから? それとも、絢爛な蜃気楼ではなく色無の名を呼んだから?
今となっては思い出せない。だって、蒙昧な空想に囚われていた私は既に引き摺り出され……どうしようもないほど、彼女に惹かれてしまったのだから。
今となっては思い出せない。だって、蒙昧な空想に囚われていた私は既に引き摺り出され……どうしようもないほど、彼女に惹かれてしまったのだから。
「エノラちゃん……えへへへっ♪」
すっ転ばされたせいで汗と土まみれになった身体を流し、夕食に舌鼓を打ってからベッドに座り込む。主の片割れを持たぬ、広い広い部屋。無意識のうちに境界線を守り、何時か誰かが訪れるかもしれない領域は手付かずにしている。時々掃除はしているけど。
それにしても。エノラという少女のことを思い出す。クラスでも一二を争うくらい背が高く、それでいていつもクールな子。最初は『明るい私』として話し掛けたくらいの関係だったけど、気付けば何故か放っておけない存在になった。
まず、人の名前を憶えてくれない。まあ明るいだけの私はキャラが薄いから仕方ないとして。次に、いつも眠たそう。それでいて授業はちゃんと聞いているのだから不思議だ。そして…、どこか行動がちぐはぐな気がした。私も他人のこと言えないけど……いや、これ以上は邪推か。
薄っすら目を閉じて、思い出すのは昼間の並走……とも模擬レースとも言い難い、バッチバチの勝負風景。
「おーい!」
「なんの用?」
「並走しない!?」
「脚質は手広い方がいいぞ」って言われて続けていた差し切りの練習、エノラさんが追込型っていうのはどこかで見た覚えがあったから……いや本音はエノラさんと走ってみたかったからだけどね! うん!
顔を上げた私の視界に飛び込んでくる、鏡写しの虚像。にへらとだらしなく歪んだ口元に……濁り切った瞳。そういえば、これも悟られちゃったみたいなんだよね。やらかしちゃったなぁ……
正確には覚えていないけど、たしか2000mのコースを選んだはず。私が前に出て、エノラちゃんが後ろに控える形。他に誰もいない2人っきりのレース場、周りを使った駆け引きなんて出来るはずもなく迎えた第4コーナー。
普段は外側ブチ抜いて強引に勝つのがセオリーだったから、新鮮味を感じつつ振り返れば、必死に追い縋ろうと何バ身か開いた後ろを掛けるエノラちゃん。でも。
すっ転ばされたせいで汗と土まみれになった身体を流し、夕食に舌鼓を打ってからベッドに座り込む。主の片割れを持たぬ、広い広い部屋。無意識のうちに境界線を守り、何時か誰かが訪れるかもしれない領域は手付かずにしている。時々掃除はしているけど。
それにしても。エノラという少女のことを思い出す。クラスでも一二を争うくらい背が高く、それでいていつもクールな子。最初は『明るい私』として話し掛けたくらいの関係だったけど、気付けば何故か放っておけない存在になった。
まず、人の名前を憶えてくれない。まあ明るいだけの私はキャラが薄いから仕方ないとして。次に、いつも眠たそう。それでいて授業はちゃんと聞いているのだから不思議だ。そして…、どこか行動がちぐはぐな気がした。私も他人のこと言えないけど……いや、これ以上は邪推か。
薄っすら目を閉じて、思い出すのは昼間の並走……とも模擬レースとも言い難い、バッチバチの勝負風景。
「おーい!」
「なんの用?」
「並走しない!?」
「脚質は手広い方がいいぞ」って言われて続けていた差し切りの練習、エノラさんが追込型っていうのはどこかで見た覚えがあったから……いや本音はエノラさんと走ってみたかったからだけどね! うん!
顔を上げた私の視界に飛び込んでくる、鏡写しの虚像。にへらとだらしなく歪んだ口元に……濁り切った瞳。そういえば、これも悟られちゃったみたいなんだよね。やらかしちゃったなぁ……
正確には覚えていないけど、たしか2000mのコースを選んだはず。私が前に出て、エノラちゃんが後ろに控える形。他に誰もいない2人っきりのレース場、周りを使った駆け引きなんて出来るはずもなく迎えた第4コーナー。
普段は外側ブチ抜いて強引に勝つのがセオリーだったから、新鮮味を感じつつ振り返れば、必死に追い縋ろうと何バ身か開いた後ろを掛けるエノラちゃん。でも。
『エノラちゃんの脚は、そんなものじゃないでしょう?』
「…!!」
聞こえないくらいの声とともに、ニヤリ。微笑みかけた瞬間、彼女の纏う空気が変わったのが分かった。
「やあああァァァ!!」
余裕めいた煽りを後悔するくらい、勝つって意志を漲らせて追い上げてくる長髪の少女。追われることに慣れていないとはいえ、少しずつ迫ってくる重圧。3バ身、2バ身半、2バ身……嗚呼――
「ッぐぅぅ…! まだまだァ!!」
「――負けたくないなぁ……」
自分の唇から零れ落ちた一言、同時に『何か』が剥がれ落ちる感覚。追い縋っていた彼女を千切り伏せ、ふと振り返った瞬間……目に入ったのは、瞳に無数のノイズを走らせ、白んだモザイクに視界を遮られた少女の姿。
視られてない。そう結論付けて、一応ゴールは踏んだ後に彼女へ飛び込んでいく。4cm近い体格差とはいえ、軸を失ってふらふらの彼女に押し負ける道理はないだろうと。とりあえず呼吸が落ち着くまでは側で観察、落ち着いたら気を和らげるように……
「楽しかったね!」
オイ待て私は何を言った? 仮にも勝者の発言か!?
「カ、ラレス……あれは」
「しーっ」
本当にちょっと待って貴女は何を言いかけた!? あれってどれだ聞くまでも無いでしょ!?
そんなことで動転しているうちに脚をひっ掴まれて押し倒されて。間近に迫る彼女の顔。
「あなたの全てを教えて」
「記憶を1滴残らず、私に頂戴」
「あなたは私の存在証明になる」
滔々と、それこそ自分の中身を溢れさせるように語り続けるエノラちゃん。この時初めて、私は彼女の『欠落』を垣間見たんだと思う。
「そして…君の本当の中身も、暴かせてもらうわ」
……それと、私の『欠落』も。
「…!!」
聞こえないくらいの声とともに、ニヤリ。微笑みかけた瞬間、彼女の纏う空気が変わったのが分かった。
「やあああァァァ!!」
余裕めいた煽りを後悔するくらい、勝つって意志を漲らせて追い上げてくる長髪の少女。追われることに慣れていないとはいえ、少しずつ迫ってくる重圧。3バ身、2バ身半、2バ身……嗚呼――
「ッぐぅぅ…! まだまだァ!!」
「――負けたくないなぁ……」
自分の唇から零れ落ちた一言、同時に『何か』が剥がれ落ちる感覚。追い縋っていた彼女を千切り伏せ、ふと振り返った瞬間……目に入ったのは、瞳に無数のノイズを走らせ、白んだモザイクに視界を遮られた少女の姿。
視られてない。そう結論付けて、一応ゴールは踏んだ後に彼女へ飛び込んでいく。4cm近い体格差とはいえ、軸を失ってふらふらの彼女に押し負ける道理はないだろうと。とりあえず呼吸が落ち着くまでは側で観察、落ち着いたら気を和らげるように……
「楽しかったね!」
オイ待て私は何を言った? 仮にも勝者の発言か!?
「カ、ラレス……あれは」
「しーっ」
本当にちょっと待って貴女は何を言いかけた!? あれってどれだ聞くまでも無いでしょ!?
そんなことで動転しているうちに脚をひっ掴まれて押し倒されて。間近に迫る彼女の顔。
「あなたの全てを教えて」
「記憶を1滴残らず、私に頂戴」
「あなたは私の存在証明になる」
滔々と、それこそ自分の中身を溢れさせるように語り続けるエノラちゃん。この時初めて、私は彼女の『欠落』を垣間見たんだと思う。
「そして…君の本当の中身も、暴かせてもらうわ」
……それと、私の『欠落』も。
楽しかった、そう言い残してレース場を去る彼女。私の一面を見たのに、恐れもせず気味悪がりもせず……何というか。
「ゾクゾクするなぁ……」
久々に作った物じゃない、胸の奥から湧き上がってくる笑みを浮かべながら呟く。破れ鍋に綴じ蓋って言ったら彼女に失礼なんだろうけど。正直に言って――
「――私も貴女が欲しいよ、エノラちゃん」
世間の皆が考えるそれとは違うだろうけど、きっと私は彼女に乞い焦がれてしまったんだろうから。
この大体15時間後くらいに、名前を覚えてもらえていただけで飛んで喜ぶあたり……ね?
「ゾクゾクするなぁ……」
久々に作った物じゃない、胸の奥から湧き上がってくる笑みを浮かべながら呟く。破れ鍋に綴じ蓋って言ったら彼女に失礼なんだろうけど。正直に言って――
「――私も貴女が欲しいよ、エノラちゃん」
世間の皆が考えるそれとは違うだろうけど、きっと私は彼女に乞い焦がれてしまったんだろうから。
この大体15時間後くらいに、名前を覚えてもらえていただけで飛んで喜ぶあたり……ね?
~~~
「おっはよー!」
「……おはよう。確か……カラレス?」
「うん、カラレスだよ! おはようエノラちゃん!」
始業時間の20分前、普段『作っている』ノリより1割か2割くらい高いテンションで目の前の彼女に笑い掛ける。彼女に対しては、他の娘以上に「バレちゃダメ」って意識が働くからか、振る舞いが妙なことになる。まあそれだけじゃないんだろうけど。
ちなみに、後で聞いた話だけど。割と背の高めな私達が会話しているところって『様になる』らしい。エノラちゃんは綺麗だし、私も一応可愛く見えるようには振る舞ってるつもりだからね!
「というか、名前呼ばれただけでそんなに反応するもの……?」
「大体みなさんミラージュって呼んでくれるから……カラレス呼びなの、今のところエノラちゃんだけだよ?」
「そう……」
「誰? って聞かれて返すのも悪くはなかったけど、やっぱりこっちの方が嬉しいなって!」
「…………」
そこまで興味がなかったのか、眠たそうな表情になって机に伏せるエノラちゃん。まあ彼女らしいと言えば彼女らしいけど、本題を伝え忘れるわけにもいかないから。寝ている彼女の耳元に顔を寄せて。
「1限の国語と3限の数学、名前と順番的に私達が当たると思うから。準備しておいた方がいいかも」
それだけ言い残して、自分の席に着く。本当に寝るにしろ起きてるにしろ、始業前の時間ってどこか落ち着かない気持ちになるし。自分の時間は自分の物、ってね。
今度お昼誘ってみようかな……なんて考えつつ、チャイムが鳴るまでの時間をのんびり過ごすのでした。
「……おはよう。確か……カラレス?」
「うん、カラレスだよ! おはようエノラちゃん!」
始業時間の20分前、普段『作っている』ノリより1割か2割くらい高いテンションで目の前の彼女に笑い掛ける。彼女に対しては、他の娘以上に「バレちゃダメ」って意識が働くからか、振る舞いが妙なことになる。まあそれだけじゃないんだろうけど。
ちなみに、後で聞いた話だけど。割と背の高めな私達が会話しているところって『様になる』らしい。エノラちゃんは綺麗だし、私も一応可愛く見えるようには振る舞ってるつもりだからね!
「というか、名前呼ばれただけでそんなに反応するもの……?」
「大体みなさんミラージュって呼んでくれるから……カラレス呼びなの、今のところエノラちゃんだけだよ?」
「そう……」
「誰? って聞かれて返すのも悪くはなかったけど、やっぱりこっちの方が嬉しいなって!」
「…………」
そこまで興味がなかったのか、眠たそうな表情になって机に伏せるエノラちゃん。まあ彼女らしいと言えば彼女らしいけど、本題を伝え忘れるわけにもいかないから。寝ている彼女の耳元に顔を寄せて。
「1限の国語と3限の数学、名前と順番的に私達が当たると思うから。準備しておいた方がいいかも」
それだけ言い残して、自分の席に着く。本当に寝るにしろ起きてるにしろ、始業前の時間ってどこか落ち着かない気持ちになるし。自分の時間は自分の物、ってね。
今度お昼誘ってみようかな……なんて考えつつ、チャイムが鳴るまでの時間をのんびり過ごすのでした。