※精神的暴力表現があります。人によってはしんどいです。★☆★までならコメディです。
夏合宿である。
チームカオスが夏合宿に使っている海は日本でもトップクラスの透明度を誇る場所であり、メジロ家の私有地でもある。
そのため、メジロのウマ娘が所属しているチームシリウスなどの他のチームも同じ場所でのトレーニングであったり、メジロ家関連施設への立ち入りを禁止されている一部トレーナーが参加できなかったりはしたものの、高い水準での合宿を実現できていた。
チームカオスが夏合宿に使っている海は日本でもトップクラスの透明度を誇る場所であり、メジロ家の私有地でもある。
そのため、メジロのウマ娘が所属しているチームシリウスなどの他のチームも同じ場所でのトレーニングであったり、メジロ家関連施設への立ち入りを禁止されている一部トレーナーが参加できなかったりはしたものの、高い水準での合宿を実現できていた。
カラレスミラージュは水泳を好んでいる。正確には道具を使わない運動全般が得意であると同時に好みなのだ。春の天皇賞を狙っていることもあって、トレセン学園でもプールトレーニングをすることは多かった。
そして目の前には大海原である。これはもう泳ぐしかあるまい。砂浜の向こうの方ではチームカオスのメンバーがビーチバレーを嗜んでいるが、道具を使うスポーツであるビーチバレーにカラレスミラージュが参加しようものなら、スパイクが真後ろに飛んでいく可能性すらあるので参加を固辞した。
不明な手段で海上を走るカンパナーレボバーを視界に収めないよう努めながら、カラレスミラージュは海へと足を踏み入れた。シュノーケリングも好むところではあるが、今回はあくまでトレーニングを兼ねた遠泳であるため、ゴーグルを着けての素潜りだ。
そして目の前には大海原である。これはもう泳ぐしかあるまい。砂浜の向こうの方ではチームカオスのメンバーがビーチバレーを嗜んでいるが、道具を使うスポーツであるビーチバレーにカラレスミラージュが参加しようものなら、スパイクが真後ろに飛んでいく可能性すらあるので参加を固辞した。
不明な手段で海上を走るカンパナーレボバーを視界に収めないよう努めながら、カラレスミラージュは海へと足を踏み入れた。シュノーケリングも好むところではあるが、今回はあくまでトレーニングを兼ねた遠泳であるため、ゴーグルを着けての素潜りだ。
海水はひんやりとしてしかし冷たすぎない、海水浴をするには適温だろうと言えた。高い太陽から降り注ぐ光は遮蔽のない海中を存分に照らし、海底まで明瞭に見ることができる。
泳ぐ小魚の群れと戯れながら水中を進む。ウマ娘の肺活量であれば、人間よりも遥かに長い時間を潜っていられる。長距離路線を目指すカラレスミラージュならなおさらのことであった。
サンゴ礁こそないものの、水面の波紋の影を映す海底の模様は十二分に自然の芸術と呼ぶことができるもので、そんな海底に視線を向けたカラレスミラージュは海底で仰向けに寝転がっているスリーピースピネルと目があった。
泳ぐ小魚の群れと戯れながら水中を進む。ウマ娘の肺活量であれば、人間よりも遥かに長い時間を潜っていられる。長距離路線を目指すカラレスミラージュならなおさらのことであった。
サンゴ礁こそないものの、水面の波紋の影を映す海底の模様は十二分に自然の芸術と呼ぶことができるもので、そんな海底に視線を向けたカラレスミラージュは海底で仰向けに寝転がっているスリーピースピネルと目があった。
(いや、プールとかでやる奴いたけど……)
海でやる奴は初めて見た。思わずチベスナ顔をしてスリーピースピネルを見ていると、スリーピースピネルはちょいちょいとカラレスミラージュに向かって手招きをした。
しばし逡巡したものの、ここで断るのもらしくないと考えたカラレスミラージュは、一度海上で呼吸を整えてから、一気に海底まで潜っていく。とはいえ、水深はそれほど深いわけでもなく、精々が4m弱程度である。
スリーピースピネルの横に並んで仰向けになる。浮きそうになる体は海底を掴むことでなんとかなった。
揺らめく水面に光が乱反射し、魚の影が横切ったり自分の吐く泡が昇っていく。さながら万華鏡のような光景を水中の音の中で見るのが、スリーピースピネルはことさらに好きだった。
スリーピースピネルとしては、それこそ感動の共有を目的としてカラレスミラージュを誘ったわけで、その反応を見ようとカラレスミラージュの方を向く。果たして、そこにカラレスミラージュはいなかった。
しばし逡巡したものの、ここで断るのもらしくないと考えたカラレスミラージュは、一度海上で呼吸を整えてから、一気に海底まで潜っていく。とはいえ、水深はそれほど深いわけでもなく、精々が4m弱程度である。
スリーピースピネルの横に並んで仰向けになる。浮きそうになる体は海底を掴むことでなんとかなった。
揺らめく水面に光が乱反射し、魚の影が横切ったり自分の吐く泡が昇っていく。さながら万華鏡のような光景を水中の音の中で見るのが、スリーピースピネルはことさらに好きだった。
スリーピースピネルとしては、それこそ感動の共有を目的としてカラレスミラージュを誘ったわけで、その反応を見ようとカラレスミラージュの方を向く。果たして、そこにカラレスミラージュはいなかった。
カラレスミラージュは仰向けになった直後に鼻から海水が入り、溺れかけながら向岸流に流され砂浜へと打ち上げられていた。
★☆★
時刻は夕方。もう数時間もすれば犠牲者多数となった枕投げ大会が始まるその直前の出来事。
砂浜で昼寝をしていたら夕方になっていたスリーピースピネルは、ただボーッとそこに佇んでいた。
砂浜で昼寝をしていたら夕方になっていたスリーピースピネルは、ただボーッとそこに佇んでいた。
「スリーピースピネル」
かけられた声に反応して振り返る。そこにいたのは、同期で同路線、つまりスプリントを走っているウマ娘、トリノソラネだった。
しかし、スリーピースピネルは彼女の顔に見覚えがあるというだけで親しいわけではないし、それどころか名前を覚えてもいない。何故なら、トリノソラネはオープン戦を勝ちスリーピースピネルと同じレースを何度が走ってはいるものの、芳しい成績を残せてはいないからである。
スリーピースピネルのトレーナーが彼女を注意すべき相手としてスリーピースピネルへ情報を渡したこともなく、共通の友人がいるわけでもない。おまけに所属しているチームも異なる。スリーピースピネルの記憶に残る理由がなかった。
しかし逆に、トリノソラネの記憶にはスリーピースピネルの存在が強く刻まれている。嫉妬と敵愾心を以てして。
しかし、スリーピースピネルは彼女の顔に見覚えがあるというだけで親しいわけではないし、それどころか名前を覚えてもいない。何故なら、トリノソラネはオープン戦を勝ちスリーピースピネルと同じレースを何度が走ってはいるものの、芳しい成績を残せてはいないからである。
スリーピースピネルのトレーナーが彼女を注意すべき相手としてスリーピースピネルへ情報を渡したこともなく、共通の友人がいるわけでもない。おまけに所属しているチームも異なる。スリーピースピネルの記憶に残る理由がなかった。
しかし逆に、トリノソラネの記憶にはスリーピースピネルの存在が強く刻まれている。嫉妬と敵愾心を以てして。
「貴重な夏合宿中に丸一日昼寝とは余裕だな」
「……やる気が出なかったからトレーナーに相談した上で慰安とした。トレーナーが問題ないと判断した上での休養なのだから、レースに支障は出ない」
「GⅠレースに勝ったからって随分と傲慢だな。やる気がないなら帰ったらどうだ?」
「それこそあなたに言われる筋合いはない」
にべもなくバッサリと切り捨てるスリーピースピネル。しかし、トリノソラネは更に食ってかかる。
「ムカつくんだよ! ロクにトレーニングもしないくせにGⅠに勝てるからあたしらを内心見下してるんだろ!!」
トリノソラネからの被害妄想めいた憶測から発せられる糾弾を聞いて、スリーピースピネルは一気に対応する気が失せた。
明確な理由はない本能的なものだが、彼女の判断はさして間違いではない。感情で話している相手に対して論理的に対応しても無意味だ。相手は怒りたくて怒っているのだから。
負の感情をしまい込むことは大きなストレスになる。嘆きでも怒りでも、それを発散することで少しでも楽になろうとする心の防衛本能。
過度のストレスは判断力を低下させる。善良な人間でも攻撃的になりうる。『仕方ないのだ』と、攻撃を受けてそう割り切れる者はそういないが、スリーピースピネルは本能的にそれを受け流せる稀有な精神力があった。
ツキノミフネのときは同じチームであり、接する頻度も多いのでしっかりと反論したが、トリノソラネはそうではない。わざわざ交流しなくともいい相手だ。だから、スリーピースピネルはトリノソラネを無視してその場から立ち去ろうとした。
明確な理由はない本能的なものだが、彼女の判断はさして間違いではない。感情で話している相手に対して論理的に対応しても無意味だ。相手は怒りたくて怒っているのだから。
負の感情をしまい込むことは大きなストレスになる。嘆きでも怒りでも、それを発散することで少しでも楽になろうとする心の防衛本能。
過度のストレスは判断力を低下させる。善良な人間でも攻撃的になりうる。『仕方ないのだ』と、攻撃を受けてそう割り切れる者はそういないが、スリーピースピネルは本能的にそれを受け流せる稀有な精神力があった。
ツキノミフネのときは同じチームであり、接する頻度も多いのでしっかりと反論したが、トリノソラネはそうではない。わざわざ交流しなくともいい相手だ。だから、スリーピースピネルはトリノソラネを無視してその場から立ち去ろうとした。
しかし、トリノソラネには不運なことに、あるいは幸運なことに、スリーピースピネルはトレーナーから言われたことを思い出した。
『攻撃を受けて気にしないメンタルがあるのは結構なことだが、お前が貶されることを不快に思うのはお前だけじゃない。最初は陰口やお前がひとりのときに直接言ってくる程度でも、無抵抗でいると調子に乗って周りに誰かいるときでも攻撃してくるようなやつもいるし、物理的な被害に発展することもある。最初のひとあてで舐められないように叩き潰すことも時には重要だって覚えとけ』
優秀なトレーナーが人格面まで清廉であるとは限らない。
かつて担当したライスシャワーを批判した記者をその場で吊し上げ廃刊に追い込んだ挙げ句、後日逆恨みした記者による刑事事件にまで発展したことがあるトレーナーの過激なアドバイスを思い出したスリーピースピネルは、迷いなくそれを実践した。
かつて担当したライスシャワーを批判した記者をその場で吊し上げ廃刊に追い込んだ挙げ句、後日逆恨みした記者による刑事事件にまで発展したことがあるトレーナーの過激なアドバイスを思い出したスリーピースピネルは、迷いなくそれを実践した。
「過剰なトレーニングは体を壊す。私はトレーナーの指示の下、必要十分な量のトレーニングを行っているだけ。それに、私があなたを見下しているという意見はあなたの被害妄想でしかない」
「それがバカにしてるって言ってんだよ!! あたしらが死ぬ気で努力してやっと縮めたタイムを、あんたは昼寝の片手間で縮められるってことじゃねえか!! 才能のあるやつは努力の質も違うってのか!?」
「努力の質が悪いと言うなら、それは努力の仕方が間違っているから。自分の才能にあった方向性で正しく行わない努力は徒労と同義。トレーニングメニューに関するトレーナーとのすり合わせが不十分なだけで、そこに才能は関係ない」
「ッ!! そうやってっ!! 全部わかってますみたいな悟った顔で説教すんじゃねえよ!! 何様のつもりだ!! あたしらのことなんか眼中にないクセに!!」
「それがなに?」
トリノソラネの気勢が削がれる。眼中にないという言葉を真っ向から肯定されると思っていなかったのだろう。ことここに至って、本当に眼中にないと思っていなかった、などということはないだろうが、肯定されるとなると話は別だ。
ここまで攻撃的な振る舞いをしているのにも関わらず、そのことがスリーピースピネルになんの影響も、不快や嫌悪さえ与えていないということなのだから。
ここまで攻撃的な振る舞いをしているのにも関わらず、そのことがスリーピースピネルになんの影響も、不快や嫌悪さえ与えていないということなのだから。
「確かに私はあなたの名前も知らないし今まで存在を気にしたこともなかった。でもだからこそ、あなたを蔑視したことも嘲笑したこともないはず。私はあなたに害を与えたことがないのに、なんでそんなに私を敵視する?」
「ふ、ふざけんなっ!! 調子に乗りやがってっ……雨の日しか勝てないクセに!!」
「確かに私は雨の日にしか勝ったことがない。でも、それがなに? 雨の日には勝ってる。GⅠも」
トリノソラネがスリーピースピネルを敵視する理由はふたつ。ひとつは単純な嫉妬。それを正直に口にすることはただでさえ傷ついているプライドが許さなかった。
だからふたつめ。ただそこにいるだけで、自分が惨めに感じるほどの余裕。泰然とした柳のような態度。それを崩してやろうと。怒らせてやろうと。それなのに。
スリーピースピネルは揺らがない。ただ、トリノソラネ自身だけが汚泥に塗れていく。
だからふたつめ。ただそこにいるだけで、自分が惨めに感じるほどの余裕。泰然とした柳のような態度。それを崩してやろうと。怒らせてやろうと。それなのに。
スリーピースピネルは揺らがない。ただ、トリノソラネ自身だけが汚泥に塗れていく。
「……もういい? 言いたいことは言った?」
「ッッ!! お、お前みたいなのがいるから!! 才能を振りかざして、やりたい放題やって!! レースに大した思い入れもないのに!! あたしらのほうが何倍もレースに勝ちたくてやってるのに!!」
「矛盾してる。勝ちたいなら私にやる気がないのは好都合のはず。勝ちたいのは本当だろうけど、ここで持ち出すのは私を責める建前でしかない。そういう盤外戦術と言われればそれまでだけど、迷惑。それに才能は武器。振り回すのは当たり前。あと、私は確かにレースそのものにそれほど執着はないけど、楽しむためにレースに出て、勝つための努力をしてる。誰かのために走るわけでもない限り、レースへの動機なんて究極的には自己満足で、そこに優劣はない。そんなに勝ちたいなら私に絡んでないで、自分に必要なトレーニングをするべき」
苦し紛れの責任転嫁も躊躇いなく切り捨て、二の句も告げなくなったトリノソラネの反応をじっと待つ。たっぷり5分待って、黙ったままのトリノソラネを置いてその場を去ろうとしたスリーピースピネルの耳に、か細く縋るようなトリノソラネの声が聞こえた。
「……勝てる奴に勝てないあたしの気持ちなんかわからないよ……」
「……それがわかってるなら尚更私に言わないで。私はあなたの気持ちに興味ないし、興味ない負の感情なんて聞かされても不快なだけ。愚痴ならトレーナーやカウンセラーの人に聞いてもらって」
言いきって、スリーピースピネルは今度こそその場を離れた。
あまりにも容赦なく反論をぶつけてしまったが、これでよかったのだとスリーピースピネルは頭の中で反復した。もしあのまま放置していれば、周りに人がいるときに同じことをやって来たかもしれない。
そうなれば場の雰囲気が悪くなって多くの参加者に被害が出る。だから、これでよかったのだ。
あまりにも容赦なく反論をぶつけてしまったが、これでよかったのだとスリーピースピネルは頭の中で反復した。もしあのまま放置していれば、周りに人がいるときに同じことをやって来たかもしれない。
そうなれば場の雰囲気が悪くなって多くの参加者に被害が出る。だから、これでよかったのだ。
スリーピースピネルは表情が少なく、割り切った考えをするから薄情に思われることも少なくない。しかし、理性で割り切りながらも感情が追いつかないことだってある。
追い込まれていた相手を崖底に突き落としたような後味の悪さが、スリーピースピネルの心の底に渦巻いていた。
追い込まれていた相手を崖底に突き落としたような後味の悪さが、スリーピースピネルの心の底に渦巻いていた。
著:スリーピースピネルの人