俺は、笑っているのか

発言者:角鹿 彰護


引きずり出した記憶は、頭蓋の最も深い暗闇で血まみれの牙を軋らせていた。
それは憎悪、それは怨嗟、それは憤怒──そして、
かつて誰にも顧みられることなく葬り去られた、数多の死者達の黒い顔で出来ていた。
鍛え上げたこの腕は、もはや善なる人々を助けるために使われることは二度とない。
自分の意志で、歓喜のまま、己の前に立ちふさがる人間を殺戮するだけの下劣な凶器だ。


“魔女”狩りの拠点である廃工場を襲撃した彰護が、かつて警察官だった頃とは違う……
あらゆる残虐な、非道な行為を笑いながら実行できてしまうようになった己を振り返り感じた想い。


邪法街に逃げ込みながらも、“魔女”狩りの末端に加わる事でのし上がる機会を得た指名手配の殺人犯。
彼が管理する、捕らえた“魔女”を拷問し弱体化させる『一時保管所』の一つである廃工場。
姿の見えぬ影の支配者から破格の報酬を受け取り、自らの嗜虐嗜好を思う存分満たすことの出来る最高の仕事場……
だが――この夜現れた襲撃者の手で、すべては破滅させられるのだ

突然の粉塵爆発――爆風で十分な構えを保てぬ間に大型狩猟用刃物で、次々に断ち殺される部下達。
集団の笠を着て、一方的な暴力を奮う事に慣れ切った男たちは、現実に迫った生き死にの修羅場に対応できず恐慌を来すばかり。
数多の首が、腕が……血しぶきと共に地面に転がる。
その中でリーダーの男は、部下を刻んだ大柄な襲撃者の隙を見て反撃に移ろうと試みるも……
鍛え上げた角鹿の感覚は容易にその動きを読み、
理法に基づいた体捌きを以って、頚椎損傷・脳震盪・腹部強打による胃袋破裂……徹底的な人体破壊が遂行された


大量の血反吐を吐き出す男。だが、それでも即死はできなかった。
壮絶な苦悶に耐えられず、慈悲を求め男は加害者の顔を見上げた。
彼はその先にあった表情に、絶望する。


角鹿の顔には、紛れもない愉悦の表情が浮かんでいた。
この表情で相手を見る人間は、決して被害者に慈悲などかけはしない。
それを、男は知っていたから。かつて見た鏡の中に。


恐怖にかられて突っ込んで来る男の身体を角鹿は抱え込み、次瞬には……既に絞首の体勢が整っていた。
一秒ごとに絶息していく相手の悲鳴を聞きながら、彰護もまた己の顔面に張り付いた笑みの形を自覚する。


その醜悪さに感じるものは、何もない。
そして己の無感に理解する。──自分がどれだけ遠くまで来てしまったのかを。
今、この胸に詰まっているもの。それはただ、色の無い灰だった。
残骸ですらない、焼き尽くされた信念の果て。手に取ろうにも、ただ虚しくこぼれ落ちるだけのもの。


「……勝てるか、ならば」


彼の口からこぼれた呟きは、良心の嘆きなどではなく邪悪な喜びの発露。
低い含み笑いが独り闇に響く中、絞め上げた男は腕の中で眼球を半ば飛び出させて、既に絶命していた。
正義では斃し得ぬ何かを滅ぼす事……それが己に残された唯一無二の目的であるならば。
彰護は自らの実行した暴虐の余韻に、射精衝動すら覚えながら死体を放り捨てるのだった───




  • 主人公曇らせるの大好きすぎる... -- 名無しさん (2020-05-23 00:09:32)
  • このシーン、なんとなく紫電掌なアニサマーが思い浮かんだ -- 名無しさん (2020-05-23 22:39:08)
  • 昏式さん虚淵作品好きだからな -- 名無しさん (2020-05-23 23:45:17)
  • トシローさんにも似たセリフがあったかも -- 名無しさん (2020-05-24 00:25:03)
  • ↑ 台詞というか過去篇の対クラウス戦でプッツンした時とかかな -- 名無しさん (2020-06-03 22:53:32)
  • ↑4 アニサマー……(妹がミテル -- 名無しさん (2020-07-25 23:10:21)
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最終更新:2021年03月10日 23:04