ジュンルート、空母の甲板上で開始された
凌駕と
ジュンの闘い。
その戦火を遠くに、いち早く大切な仲間達の元へと助太刀に駆け付けたいと願う礼は、しかし―――
「よう、随分久しぶりだな。戦友」
眼前に立つ、生え抜きの戦鬼……イヴァン・ストリゴイの放つ戦意の烈しさに、それが容易ならざる事を内心で噛み締めていた。
「あちらさんはとっくに始めたみたいだな。数日ぶりの再会だが、積もる話が有るわけでもなく、土産話も求めちゃいない。そういうことを出来る状況でもねえしよ。
────と、なればだ。闘ることなんざこっきり一つ。俺らはそれぞれ、胸を張って俺らの闘いをすればいい」
そうだろう、と。傲岸不遜に言いを重ねるその姿。戸惑い、逡巡、欠片も在らず。断言するには十分だった。
鉄の爪を不吉に掻き鳴らしながら、友愛と戦意を融合させてイヴァンは礼を見つめる。
――その姿に呆れからではなく、困惑を乗せて。礼は、目の前の男に対し本心からの疑問を投げかけていた。
「君はそれでいいのか、イヴァン。今あの場で行われている戦闘がどういう意図を持っているか。察しがついているんだろう?
このままでは紛れもなく、使い切られてお終いだ。廃棄されるしかない袋小路。
問答無用の行き詰まりだよ、なのにどうして何の行動も起こさない?」
どう足掻いても
刻鋼人機である限り、やがては
オルフィレウスの手によって
単なる道具に堕するだけ。
替えの存在する歯車扱い。そんな生涯でよいのかと、敵味方以前に人間という生命として───
「その立ち位置でいいと、本当にそう思っているのか」
「ああ。それがどうしたよ」
返ってきたのは、正気を疑う狂気じみた正気の言葉。別段怯えているわけでも、自棄になっているわけでもない。
言葉の意味と、自らに訪れる未来に対し予想を重ねていた上で、何の事はないと断言したのだ。
それどころか――何故そんなつまらぬことを訊ねるのだと、イヴァンは小首を傾げてみせる。
「人生ってのは万事不足の連続だ。極限状況が続く戦場じゃあ、まともな上官の下で戦えることすら稀だろうよ。
どれだけ最善を選択しようと、理不尽と厄介事がダース単位で押し寄せやがる。
一から十まで不平不満を口にしてたら皆目キリがねえのさ。完璧でなくば総没で?予想と違う展開だったと?
喚くだけ喚き散らし、解決策を出さない方が……ああ、よっぽど餓鬼だぜ。救えねえ」
「そこそこの按配で、自分の気持ちに落とし所を見つけながら、現実の面倒臭さと程よく付き合いやっていく。
それが、“大人”ってもんだろうが」
だから、この程度の理不尽など慣れっこなのだと軍人は不幸を鼻で笑い飛ばす。
自分は愉快な実験体。いずれ必ず弄ばれ、死後まで研究し尽くされる。
明かされた真実は、なるほど確かに、これは不幸極まる内容だが───
「分かるか緋文字礼。俺は軍属で、実働部隊で、そしてお前の敵なのさ」
選んだ立場の違いと、そこに至るまでの経緯。
嫌だからと大声で叫び、こちらが正しい選択だからと厚顔無恥に方向転換することなど一切御免なのだろう。
「その手の不運は後回しだぜ。任務を遂行した後にでも、ゆっくりじっくり考えるさ。
自分の往くべき道ぐらい、自分の意思で決めてやらァな」
責任と義務、そして権利の所在をイヴァンは説く。
今まで得てきた肩書にも、そして戦ってきた歴史にも。重さがあり誇りがあり、そして責任があるのだから。
もはやそれは、単純な“正誤”という範疇を超えている問題だった。
間違っているかどうかなどでは測れない。選んできたのだから選び、そして殉ずるという不退転の生き方。
……いや、本人からすればこれは覚悟ですらないのだろう。
勇んで殺してきたのだから、因果応報など見慣れている。だから当然覚悟は出来ていた。
当たり前の理屈である分それは何より難しいが、この男にとっては今更過ぎる常識なのだろう……
「ああ、参った……本当に、エリザベータを選べばよかったとも」
だからこそ―――礼は苦笑する。これだから極めて質が悪いのだと。
その苦々しい呟きの内容は、
しかし絶対に現実では選べないものだった。
美汐では絶対にこの男には敵わない。洞察とこのやり取りを通じてよりそれは実感を増していた。
死闘になればなるほど、血を流せば流すほど、イヴァンは更なる力を発揮するだろう。
修羅場を生き抜き過ぎたがために、限界点が近づくほど激しく戦鬼は猛り踊る。
まさに後天的な戦闘種族だ。良くも悪くも、根が真っ当な側に属する美汐では分が悪い。一発逆転の瞬間を必ず手繰り寄せられ敗北する。
「それでも、この配置に感謝するよ。君を相手にするのが僕でよかった。
────これ以上誰も、その冷たい鋼に奪わせない」
そのために、ここでお前の命を奪うのだと……冷徹な笑みを浮かべながら、緋文字礼は自分と相手に向けて嗤った。
――そう、礼自身もここに至って理解し始めていた。自分の無我に潜むモノが何なのか。
潜在意識下に抑圧された昏獣の獰猛さ。そこに宿る邪悪を知っているがために、イヴァンとも相対できると信じられていた。
「たまんねぇな……これだから病み付きになるんだ、闘争ってもんはよォ」
「心も体も震えると? 生憎だが、付き合っていられないな」
―――対峙するイヴァンの口端が、この先の展開に向けて悦に歪む。
最初の狩りで逃がした獲物が、より魅力的になって現れた。狩人は神など欠片も信じぬまま自らの幸運に感謝する。
命を奪う行為に高潔も卑俗もない。あるのはただ、互いに吹き付けるこの殺意と昂揚の坩堝だけだから。
- 所詮末端の戦闘員だからなぁ、イヴァンさん -- 名無しさん (2020-07-23 04:17:57)
- これを全うできるのがよくいる任務とか命令無視する戦闘狂キャラとの違いだよなって思う -- 名無しさん (2020-07-23 08:50:08)
- 「自分で選んだ結果なんだから理想通りでなくても文句言わず、妥協して折り合いつけて上手いことやっていくのが大人だぜ」、と言い分をまとめるとどちらかと言えば味方陣営の昼行燈なおっさん(本気出すとめっちゃ強い)とかが言いそうなことだしな。理想の中だけで突っ走ってる本気おじさんとかとはむしろ対極にいると言える。 -- 名無しさん (2020-07-23 12:28:01)
- イヴァンさんが大好きな英雄とシルヴァリオに来れば戦い放題なんだけどなぁ。帝国軍も商国も聖教国もゴリゴリに覚悟決まってる奴いっぱいいるし -- 名無しさん (2020-07-23 12:32:10)
- 帝国軍のモブ兵士に感涙してそう -- 名無しさん (2020-07-23 12:36:47)
- 一応、命令の隙を突いて色々やるから、ただの唯々諾々と従うだけって訳ではないのがまた -- 名無しさん (2020-07-23 13:01:17)
- 腑抜けた上官の下についたら、命令を無視したり上官殺したりするのではなく、かといってただ従順に従うのでもなく、命令と規則の隙間をついて動いて上官を更生させてきた、という凄い人なのだ。漫画とかで出てきたらきっとめっちゃ人気出る。 -- 名無しさん (2020-07-23 13:04:10)
- この考えって気を付けないと、だから理想通りでなくとも予想外問題発生しても周りに迷惑かけても何もしなくていいんだ、ってなりかねない。そこをバランス取るのが優秀な軍人ってことなんだろうな -- 名無しさん (2020-08-14 12:57:46)
- ↑この人は問題発生したりしたら命令をこなしながら、その上で規則なりの隙間ついて問題に対処してきた人だから説得力が違うんだよね -- 名無しさん (2020-09-08 14:18:04)
- 光狂いどもはイヴァンさんの含蓄ありすぎる言葉聞いて真人間になればいい…あ、オーバードライブさんは免除で良いです。 -- 名無しさん (2021-09-27 14:19:48)
- 別に現状打破を諦めろって話じゃないからな。言われた仕事はこなすし、規則は守った上でどうするか考えろって話で -- 名無しさん (2021-09-28 01:29:45)
- 光狂いどもは基本規則や常識は障子紙よろしくぶち抜いていくからなぁ… -- 名無しさん (2021-09-28 04:19:41)
最終更新:2025年09月13日 21:32