「……おまえの勝ちで、いい」
「だが……俺にはまだ、やることがある……ッ」
死闘の涯て、傷つき倒れ込んだ角鹿の躰はあと数時間の命。だが瞳は諦めず足掻き続ける事を望んでいた。
その傍らで傷を修復しつつあるブライアンは、宿敵のそんな姿を静かに見つめていたが……
「そうか……このまま終われないんだったな、お互いに……」
何かを決心したかのような、静かな声。
枯れた瞳に浮かんだのは、遠くを見るような光。
ブライアンの声に、血走った目に渇望を滾らせる角鹿。
「……あの化け物の細胞を寄生させ、傷を修復させるのさ」
「ただし、今以上の地獄が待っているぞ……おまけに、至門から邪法の処置を施されている俺とは違う。
そのまま無事でいられるはずはないだろうな。妖蛆に脳を喰われ、自我を失い、肉体さえも奴らと同化され造り変えられる。
………もう人間ではいられなくなる、ということだ」
「それで構わん……やってくれ」
その悪魔の提案に絶句しながらも――躊躇なく角鹿は応じた。
ブライアンは問うた。
「人間をやめてあの蛆虫の化物に成り果てても、か?そうまでして得た明日に、どんな意味がある?」
「明日など、必要あるものか……そんなものは、端から捨てている」
「俺はただ──あいつを取り戻したいだけだ」
それに対し、角鹿は朦朧とする意識の中で、己の内に湧き上がる想いを吐き出す。
この街で出会い……血と硝煙の中を共に駆け抜け……そして、昨晩無惨に切り刻まれ、連れ去られたキャロルの姿を思い起こす。
「あいつは、俺の道具で……俺の武器だ……
だから、俺の……俺だけの意志で使い潰すと……決めたんだ」
掠れた声は、あくまで非情な“道具”の所有者としての意地を告げていたが。
その胸中に滾る熱は、それだけが理由ではないことを彼自身に訴えていた。
かつて
地獄の中で守りたいと願いながらも、
絶望の中で最期の瞬間を迎えさせてしまった名も顔も知らぬ娘。
そして時が経ち……今、この絶望的な状況の中、もしキャロルを死の手から取り戻すことができたなら―――
重なる過去と現在、浮かんだ考えに角鹿は自嘲する。
過去は過去、死者は死者。たとえキャロルを助け出せたとしても、“彼女”が救われる訳ではない。
何処まで行っても意味のない自己満足の重ね合わせ。過去の犯した罪に贖えるものはない。
その愚については認めよう。だが───
「俺は……そうしたい。キャロルを……俺の手に、取り戻したい」
自己満足であろうが、何だろうが、関係ない。
半身を捥がれたように感じるこの魂の苦痛が、欠けたものを取り戻したいと願うこの感情こそが真実だと。
そうすると決めて、やり遂げる。自分の人生は、いつもその繰り返しでしかなかったのだから。
- 「こう生きて、そう死ぬために」を少し思い出した。あれが何もかも壊れきる絶望から始まる物語の中で描かれたならこんなダークな熱さになるんだろうか。昏式さんやっぱいいなぁ -- 名無しさん (2020-09-01 01:55:17)
- 俺はトシローさんの「俺は……この娘を救うという建前の元、その運命とやらにただ意趣返しを……一矢報いる復讐戦を挑みたいだけなのかもしれん」を思い出した。 -- 名無しさん (2020-09-07 23:35:11)
最終更新:2021年05月06日 22:34