目覚めて間もなく、サンディと名乗った“魔女”に容赦なく嬲られたキャロル。
語りかけられた言葉の意味も十分に理解できず、彼女の躰は去っていく“魔女”に続き現れた男達に引き摺られていく。
それは、屠殺場に連れていかれる家畜以下の扱いであり、向かう先のトラックのコンテナの闇からは血と臓物の腐敗臭が漂っていた。
キャロルは思った。このまま自分は死ぬのか、と。
生まれたばかりのこの胸に宿った、あの強く熱い想いの先に何があるのかも知らずに……
だが、彼女はコンテナの中のおぞましいモノ達の仲間入りを果たすことはついになかった。
襲撃者は周到に、しかし徹底的に狩りを続ける――その光景を見ていたキャロルと、襲撃者の男の目が合う。
“彼”の目はその肉の塊がまだ生きていると分かると、不快そうに眉を歪ませており……一方、キャロルは男に対し不思議な確信を得ていた。
この視線は私だけを疎み憎んでいるというわけではない。
この人は、自分を含めた世界の全てを憎んでいるのだと。
動けないままキャロルの躰は車内に運び込まれ、失血のためにその意識を失っていった……
そして、目覚めたキャロルは、襲撃者――角鹿彰護と対面する。
茫とした意識と視界が見上げた男の眼は、余りにも暗く、しかし不思議と濁ってはいなかった。
恐ろしくは、なかった。ただ、哀しいほどに深く、暗い瞳が在る。
何かを見て帰ってきた瞳だと───キャロルは何故か、そう思えた。
「……助けてくれたの?」
「目的のついでだ」
「……目的?」
問いかける“魔女”の少女を値踏みするような視線で見つめ、感情を抑えた口調で角鹿は答えを返す。
自分達が出会ったあの街、“邪法街”と呼ばれる犯罪者の楽園。その無法地帯を隠れ蓑として暗躍する“敵”の目論見を叩き潰すこと。
そしてその為の障害になるのが“敵”の側に立つ、サンディと名乗った“魔女”達の存在であるという。
……超常的な力を持つ“魔女”を倒せるのは同じ“魔女”しかいない。
そのまま、角鹿はキャロルに対し、おまえが“魔女”に襲われていたのは奴らと敵対しているからか?と訊ねる。
少女は返答に迷う。敵も、味方も、自分にはない。生まれたばかりであるかのように、立ち位置が曖昧であったから。
「違うのか?」
続けての問いに、キャロルは首を横に振った。───その上で、角鹿に向けて。
「でも……私に、あなたを手伝わせてほしい」
「私も“魔女”。私なら、あなたの役に立てる」
そう告げていた。誰の耳にも、唐突に思えるであろう言葉。
しかし、その言葉は、少女自身の内から自然と湧き出てきたものだった。
どうしてかは分からない。けれど、その選択は自分にとって自然なものだと思えるのだ。
とても、形さえ掴めないはずの己の心や感情に、よく馴染んでいるというのか。
見極めるように、昏い瞳の角鹿は同じ“魔女”を、俺の為に殺せるのかと問い、
その後も、じっと、同族の殺し方を覚えたと語るキャロルの瞳を捉え続けたが。
「いいだろう」
「ただし、おまえは俺の道具であり武器だ。使えないと判断すれば、その時点で即座に捨てる」
彼の視線には、敵意や疑念……そんな人間に向けるような感情は宿っておらず。
冷徹にその性能を利用するという判断だけが、静かに下されたのだった。
「それでいい」
それでも、少女は頷いた。目の前の彼の役に立つということが、自分にとってとても自然な状態であると思えて。
やはり理由を説明できない、微かな興奮と、戸惑いと、歓喜が胸を満たす。
『自分は、彼の道具』――それは、胸に空いた空洞をこれ以上なくぴったり埋めてくれる、そんな気がした。
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そして時間は流れ―― |
「さっきは、恋愛感情ないって言ってたわけだけど、今の話を聞く分に、 やっぱり特別な感情があるようにしか思えないわけよ、そのへんどうなの?」
二人の出会いから、これまでに至るまでの話を聞き、 芹佳は興味深そうに“魔女”の少女へ問う。
それに対し、上手く言葉を見つけられないのか……所在なげにキャロルは視線をさ迷わせて
「……けど、でも、やっぱり、良くわからない」
「いや、そこはスパッと決めちゃっていいと思うんだな。 角鹿さんをどう思ってるのか、ぐらいは。中学生の初恋じゃないんだからさ」
「結局のとこ、どこが良かったわけ?やっぱり助けてもらった時に、一目惚れとか?」
「わからない……」
「本当に、わからなくて……」
口ごもりながらの答に、納得のいっていない芹佳は詰め寄っていく。
「つまり、女というか異性として好きなのか、人間として好きなのかも不明ってこと?」
こくりと、頷くキャロルを前に、人間の少女は溜息を漏らす。
それでも、最後に彼女は、真っ直ぐな瞳で、嘘偽りなき言葉を付け加えた―――
「でも、これだけは言える。私は、彼のためなら、闘って死ねる」
『お前は俺の武器だ。敵の“魔女”を倒す為に使い潰す武器だ。だから、俺の命令の通りに動け』
――これまでの過酷な日々の中で、道具として、認められた事が嬉しかった。
――角鹿彰護という男に使い潰されて、いずれ死ぬ。
――その運命に悲しみを感じる心は湧いてはこない。
――選択肢がないのだから、きっと何が悲しいのかも分からないのだろう。……それでいいと思えたから。
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最終更新:2021年09月13日 22:59