誇ってくれよ、トシロー。いい気分だったと言ってくれ。俺は、そんなおまえからこそ……この字を勝ち取りたい。……誇りたいんだよ、頼むよ



これまで各ルートで露となっていたアイザックの“三本指”への執着心
しかし……グランド√において、怪物との殺戮劇の果て、瀕死の体の彼が譲れぬ信念を叫んだ後、友に語りかける言葉は……それまで見せたことのない、切々とした想いの吐露であった
そしてその傷に塗れ弱り切った姿は、友の擦り切れてしまった過去の痛みを疼かせる



本編より
「そうさ、だから……誇ってくれよ、トシロー。
いい気分だったと言ってくれ。三本指(トライフィンガー)だった時間を、肯定してくれ。

あの瞬間のおまえこそが、純然たる本質ってやつだろう?
俺は、そんなおまえからこそ、この(あざな)を勝ち取りたい。誇りたいんだよ、頼むよ……!」


「……矛盾しているな、アイザック。自分は嫌だと言いながら……俺にだけ、過去を認めろと言うのか?」
命の意味を、撒き散らす死に見出していた……あの時を」


「そうだとも、ダークヒーロー……俺の焦がれたおまえは、無敵だった。
少年時代からそうなのさ、負けて特訓するヒーローが滑稽に見えて仕方がない……ダサく見える。
『後で強くなるくらいなら、最初から負けるなよ』ってな……当時は貴重品だった冒険小説を、顰めっ面のまま読んでたわけさ」


「……随分と可愛げのない子供だ」
「はは、そっちもだろ?」


違いない……そう笑いあった。


武門の生まれとして恥じないように、主君が誇りに思えるような(もののふ)に成りたい。
愛した女を守り抜き、子を導ける立派な(おのこ)と成りたい。
それ以外の未来など、想像もしていなかった。たとえできていたとしても……絶対に受け入れられなかった
我が生涯は全てが恥となり、今もかつてもこれからも、積み重ねていく余暇でしかないとは。

苦笑して、愛刀に視線を落とす。刃に宿していたはずの想いは、今や遠い昔過ぎて思い出せない。
……少年の日々、俺はこの無骨な刃さえあれば全てを守り通せると思っていただろうか?


「ああ――何時からだろうな。過去の思い出が、耐え難い傷となったのは……」

「決まってる。ほんの少しでも、人生外れてしまった時からさ……」


+ ...
愛しているから、信じているから殺し合う……
不思議に思われることが多いが、これは当然の帰結なんだと俺は思う……

愛情と憎悪は相殺なんてしない……どちらも最初から両立可能な感情なんだよ。
共存できる想いなだけに、摩耗しないまま混じり合う……


そして――最後の激突の直前、男達は真っ直ぐに、たった一つの生き方を貫けなかった胸の内をさらけ出す。


「人の心も、世の中も、全て等しく魔女(サバト)の釜さ……良いも悪いも、ぐちゃぐちゃだ」

「俺に共感する者もいるだろう……おまえに心酔する者もいるだろう……
そして、どっちでもいいと思うやつもいる……勝手に夢でも何でも見てやがれ、ってな」

「俺が悪者で、おまえが善人。世界は白と黒で出来ていて――ああ、それぐらい簡単ならよかった……」


「そうだな。きっと、誰もがそう願うだろう―――」

一つの思いに執着すれば、狭量な価値観だと嘲笑われる。
周囲に合わせて柔軟に適応すれば、八方美人と蔑まれる。
厳とした自分を貫けば、他者の言葉は否定の刃へと姿を変える。
ならば世渡りを極めれば、自我が希薄だと冷笑される。

どの道も、何か(・・)でいるのを許さない。唯一の目標を認めない。
だから自分自身の持ち物を得たならば、それがいったい何であれ傷つくのは避けられないのだ。
薔薇も人類も変わらない。有刺鉄線のような茨の森が、現実そのものを縛り付けている故に……



「ああ、何故───

「まったく、どうして───



『俺達は、傷だらけにしか、生きられないのか』



泣き声のような呟きと共に、華やかさも奇跡もなく二つの刃は交差し……その結末を晒す。




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最終更新:2025年01月19日 21:32