ならば問おう。おまえの誇る現実とは、何だ?

発言者:《伯爵》
対象者:トシロー・カシマ


解き放たれた《吸血神承》を前に、トシローの肉体は急速に朽ち果てていく。展開前でさえ明確だった実力差は、ここに来て絶望的な隔たりを見せる。
それでも、と……弱体化し続けながら、積み上げた技と執念で剣士は一撃離脱を繰り返す。
一層鋭さを増す剣閃を難なく捌く、御伽噺の怪物はその様子を眺め――

「勇敢だな、英雄の気質だ」

「しかし、悲しいかな。地に足が着き過ぎている。理屈として正しいがために、算数の域を出ていない」

その評論は、事実であった。どれほど集中力を研ぎ澄ました剣技(人の業)が迫ろうとも、
超常の力の塊となった《伯爵》に近づくだけで、トシローの躰は襤褸同然となり、相性も戦術も関係なく蹂躙される。
それならばと怪物は、宿敵を見下ろすように「現状の打開策」を口にする……

「勇者とは常に狂人だ。狂ってみよ、天と地獄に轍を刻め。奇跡を掴むは、かような人種だ」

確かにトシローにとってそれは、全く馴染みの無い概念ではなかったが……


「断る! そのような理想論、妄執に縋る行動など……ッ!」

断じて否。悪魔のささやきを――気概を以て否定する。
己が勝てる可能性など、おまえにとって遊戯だった時間の中にしかなかった。
だが、それがどうした。元より勝てる戦いではないことなど、挑む前から知っている。


「足掻かせてもらおう、諦めなどはしない。俺は俺の流儀で、貴様の全てを否定するのだ……!」


「吸血鬼、などと……仄暗い、幻想への逃げ場所が


ある日突然現れた、子供の妄想じみた作り物が――


「俺達の現実を───舐めるなァッ!!」


譲れない精神を刃に籠め、苛烈な鋼の音が鳴る。


白刃の向こう、《伯爵》は決死の咆哮に対し疑問を投げかける。


「ならば問おう。おまえの誇る現実とは、何だ?」

縛血者(ブラインド)人性を説くことか?」

「思い知った虚構との距離を、噛み締めて受け入れることか?」

「それとも―――」

「無様に転がり、打つ手無く逃げ惑うその姿か?
肉体は焼滅寸前、生命は苗床の水だ。枯渇しながら灰となる、その未来さえもか?」


「ああ、そうさ───全てだ」


――末端から凍結(ていし)し始め、今にも燃え尽きそうな中で雄々しく言い放つ。
唯一この怪物に勝っているもの、精神的な気概……それだけは譲らぬとばかりに。


「俺にはある。今感じている憎悪と屈辱も、欠片も思い描けぬ未来の予想図も」

おまえにはない……過去も。

「やはり、おまえは幻想(ハリボテ)だよ、《伯爵》。まだこの期に及んで、この抵抗をその場限りの“状態”としか見れていない……」

「おまえのような、真の吸血鬼を前に立ち上がる。――それが、どれほど恐ろしいと思う」



「そうだ、俺は――おまえが、恐い」

どれほど許せぬ相手だろうと、憎しみしか湧かぬ敵手であろうと、これほどの異形を前に、怯えぬ者など居はしない。
それこそ、平然と挑む者の方が狂っている。――そう、これが人間としての反応なのだ。

「故に、どれほど逃げ出したいと思っているか……そして、同等に斃したいと思っているのか、おまえには判るまい」

「精神の機微も、積み重ねた過去も、全て単調な一色でしか思い描けない貴様にはな」

――恐怖を抑え込むだけの意思が、一朝一夕で培われたはずがないだろうに。
――無数の敗北が、抱えきれないほどの後悔が、美醜や善悪にとても分けきれない複雑な数多の想いが脚を支えている。


そんな……思いもよらぬ“人間”の答えに、《伯爵》の貌が初めて驚愕に歪む。
トシロー本人でさえ語り得ぬ、相反し入り混じる感情の坩堝。けして単色だけでは分てない心
それを突き付ける中、完全無欠だったはずの《伯爵》の居城たる異空間に……遂に無視できぬ大きな歪みが生じ始める




名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2023年06月26日 23:44