こんなものに、憧れていたのか……俺達は……!

発言者:トシロー・カシマ
対象者:《伯爵》


グランドルート……親友の死を踏み越えて、銀の呪いから解き放たれ、過去の残影求めるトシローはついに
滅びを生み出す元凶真の吸血鬼(ヴァンパイア)――《伯爵》の元へと辿り着く

始祖の回帰のために設えられた、現実とは隔たった異空間。
そこには郷愁を呼び起こすかのような、幻想的な風景が広がり、
眼前に立つ伯爵の偉容は問答無用で、縛血者としての魂に屈服を命じるも……
殲滅の鴉を再び名乗り、煮え滾る憎悪と殺意に身を委ねると決めたトシローにとって、それらは最早どうでもよかった

────沈めよ“記号”、目障りだ」

――忌むべき過去を噛み締めつつ、トシローは彼の強大さによって隠されてきた真実に踏み込んでいく。

「己を表現する称号は、やがて己自身を塗り潰す。亡霊を装うあまり亡霊と成り果てる」

「それが、一夜に消える邪霊ならまだ良かろう。しかし名だたる天魔と成り果てれば、個我は身に纏う威光で掻き消されん」

一切の虚偽も許さぬと鋭く視線で射貫きながら、彼は告げる。


「故に、答えてみるがいい吸血鬼。おまえの名は、何だ?」

「《伯爵》などという代名詞ではない。吸血鬼(ヴァンパイア)という偶像でもない。
おまえ自身はいったい何処にいるというのだ───ッ!」


「知らぬ」


その溢れんばかりの気魄を籠めた問いかけに、淡々と、無表情に、変わらぬ姿で伯爵は答える。
――吸血鬼は疑問を抱いても澱まない。
淡々と、伯爵は語る。
――私には序章がない。見識のみが存在し、決めた覚えのない決断があった
――血と暴虐の吸血鬼。常闇を統べる不夜の王。それ故に知っているという奇怪な結論にしか行き着かない
――省かれている。起源や略歴の無いままに、気づけば玉座に腰掛けていた

だから……

「故に、教授してはくれんか?おまえは賢い。知識の多寡ではなく、
その視点こそが優れている。私に疑念を植え付けたあの男と同じだ」

「暴いてくれ、この無明に包まれた胸の内を。
照らしてくれ、その輝石たる異端を以って」


この上なく純粋な表情で、尋ねるのだった。自らの矛盾を修正できないと嘆きながら。


――言葉が詰まる。後ずさりしてしまったのは、恐怖ではなく嫌悪感から
《伯爵》という、あからさまな超人の疑問を前に催す吐き気が止まらない


活動する理想図という名の異形……まるで、子供の妄想だ。
絵本から気に入った登場人物(キャラクター)だけを鋏で切り抜き、空間へ糊付けしたかのような違和感。
まさに、吸血鬼伝承(ヴァンパイアファンタジー)そのもの。

だから現実的な経歴を指摘されただけで、これなのだ。
奴の精神に齟齬が刻まれ、理路整然とはいかぬために思考は永遠に空回る。
どうか解答(アンサー)を入力してくれ――そう、生きるべき指針を他に求めている
超越者(・・・)たる、夜の魔人たるこの男が


「は、はは……ハハハ、ハハハハハハハハハ――ッ!」


故にトシローは、笑った。生涯最高の侮蔑と……己自身の不甲斐なさに。


「何がおかしい?」


ははっ、く――愛想が、尽いただけだ。成るほど、これはつまらない(・・・・・)


笑いと嫌悪で腹が捩れそうだ。目の前の偶像と、そして己自身を軽蔑したくて仕方がない。


「こんなものに、憧れていたのか……俺達は……!」


無敵で絶対の超越者。そのような吸血鬼幻想を突き詰めれば、これほどまでに空虚になってしまうと分かった。


「頭で夢想しただけの理想像。現実ではこんなにも脆くなるのか……
く、矛盾だらけだ!ははははは!」

「躬行実践を目指した俺やおまえは、何なのだ───
ははっ。嗤ってしまう、これでは馬鹿のようではないか……!」

そうだ、これこそが理想像(・・・・・・・・)。まさに真の吸血鬼(ヴァンパイア)
夜の住人(ブラインド)には絶対の強者としてありながら……現実には欠片の居場所も無い、空想の産物
究極の怪物を生み出すにはどうすればいいか?
生まれたての脆弱な期間を厭うならば、どうすればいい?
答えはこれだ……最初から、そう生まれればいい(・・・・・・・・・)

過去?理由?そんなものは無い。何故ならそれは弱みであり、吸血鬼という偶像を形作るには不要な略歴だから。
ある日突然、何の前触れもなく、いつの間にか吸血鬼(アイドル)は存在していればいい。
ステージ上の花形は、用も足さなければ汗もかかない。
熱狂的な信者にとって見ればそれらの生理現象は不要なのだ。ひたすらに美麗であるために。


「完成形で誕生すれば、残りの人生などただの遊戯だ。
万事泰平、全て事も無く、ただ成すがままに───なんという、出来合いの設定」


全ての真実を知り、類稀な異能と智謀を宿した、幻想という名の記号。
現実的な疑問や困難には一切遭遇せず、また交わりもしない遠くの誰か(・・・・・)
戦場に、暗闇の向こうに、銀幕の中にこそ存在する。

だからこそ街角にも、隣家にも、職場にも――実在すべき空間の何処にも存在する事が出来ない。
誰もが憧れる、最強無敵の吸血鬼(りそうぞう)


「……もういい、たくさんだ」


「おまえは、俺とあいつの願望でもあった。
こう生きて、そう死にたかったという渇望を叶えられる器に等しい」

《伯爵》のような存在であったならば、愛の喪失も武門の誉れも得られたであろう……。
当然だ、誕生──いや、“発生”した瞬間から全ては約束されているのだから。


「全てが容易いだけの力量を有し、先を見通す慧眼を持ち、
森羅万象を理解する賢智を誇る───十分だとも、これでようやく決別できる」

──それこそが、この生に対する最大の否定要素(アンチテーゼ)なのだ。
惑い嘆き、今も願う己自身になれず……人と魔の境で揺れる己への。


「俺もまた、吸血鬼(おまえ)に惑わされた。
故にその総身切り刻ませてもらおう。さすれば────」

現実を、愛せるように成れるかもしれない。
焦がれた、こう生きたかったという未練へ絶縁状を叩きつけられるかもしれないから。


そして、トシローは明確な隔意と共に、愛刀の切っ先を吸血鬼へと向けるのであった――




  • 完成された存在…伯爵はネイムレスやカグツチと同じ被造物属性なんだな -- 名無しさん (2020-02-29 21:43:36)
  • カグツチは創造者の思想の遥か遠くをぶっ飛んでいったけどな -- 名無しさん (2020-03-01 10:12:40)
  • ↑なるほどその様は伯爵から来たのか。只の完璧なだけの、尽くすだけの存在が人の心に目覚め超人的精神&戦闘力を得るという。 -- 名無しさん (2020-03-02 19:16:26)
  • ここのラインこんなものに憧れてた奴多すぎないか? -- 名無しさん (2020-05-17 21:22:30)
  • 中二病なんてそんなもんよ -- 名無しさん (2020-05-17 21:28:09)
  • 間違いなくそれで救われるものもあるから -- 名無しさん (2021-11-26 12:05:03)
  • 言うほど救われてるかな… -- 名無しさん (2024-03-02 01:18:51)
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最終更新:2024年03月02日 01:18