「そうさ……俺達は、きっと駄目なんだ。“ただ生きている”事に耐えられない。
だらだらと惰眠を貪って、毎日が平穏ならそれでいいって考えの対極だよ」
「自分が斯くある何某かでないと、生きる意味を見出せないんだ」
これが、俺の価値だ
俺は、このために生きて、死ぬ
目標が欲しい。大義が欲しい。
理想を目指さなければ窒息してしまう
―――だから、俺は
思い描いた道を追わなければ、生きられない。
それが叶わないのならば、元より生きていたくなど──ない。
自然と口を衝いて出た言葉が、驚くほど容易くその後を繋ぐ。
思考などしていない。断じて、誓ってもいい。
俺はアイザックが次に言うであろうことなど予想もしていなかったのだ。
グランド√、思い焦がれた男と一対一で相見える瞬間を望み、満身創痍になりながらも、それを実現させたアイザック。
命の灯が刻一刻と消えゆく中での親友同士の会話……
トシローは、何故アイザックが完璧なる“吸血鬼”───
《伯爵》ではなく、自分などのような男に憧れたのか、その訳を問う。
それに対し、アイザックは
三本指としてのトシローの姿に強い“生の希求”を、現実から現実を超越した“無敵の幻想”を見たのだとする。
そして、彼はそんな
過去のトシローの姿と、日々を漫然と過ごしていた
過去の自分を対比した上で、
今の己にも今のトシローにも共通する、どうしようもなく覆せない
根源的な呪詛が在ることを指摘する。
それはトシローにとって、これまで対峙した
縛血者達が
指摘してきた、
“自分は違う”という彼の無意識の眼差しに潜んだ闇を痛烈に暴くものだったのである。
全か零。最後まで満足して死ぬか、一度でも傷を負って永遠に後悔して生きるか。
不器用で、愚かで、迷走を続けているかと思えば……一度目的が定まった途端に惜しみなく心血を注ぐ。
最高速と停止しかない、あまりに歪で──最低のろくでなしだ。
──そうだ、何故気づかなかったのだろう?
──過去を戒めてばかりで、何故俺は……自分が納得できた場合を想像しなかったと。
──美影を守り通し、同族殺しに身をやつすことなく生きていれば……
──いや、そもそも最初の一歩、彼女を夜の世界から守り通していれば想い悩むことはなかった。
それは即ち、失うことも奪われることもなければ満足できなかったということで。
「なんと……なんと傲慢なのだ、俺は───!」
奪われもせず、行動を起こす前から賢者であり、死すまで過ち一つなく生きなければ……トシロー・カシマは己自身を愛せない。
まさに理想像そのものの生涯。それを完遂せねば、嫌だったのだ。
美影を守れなかった瞬間から、幸福な時の思い出さえ傷となった。不甲斐ない己への罰となった。
縛血者もまた人であると知った瞬間から、三本指である自分は憎悪の対象となった。暴走した恥ずべき己への戒めとなった。
───失った過去が許せない。受け入れてやることなど、したくないから。
噛み締めた歯の隙間から、怒りの余りに血が滲んだ。
瞼の裏が熱い……視界が絶望と嫌悪にぼやけた。
俺が───俺こそが夢想家だった、存在しない絵空事だったのか。
最も愚かな現実の異物、当たり前の生涯を享受できない異端者。
痛みや喪失と共にある生を、欠片も飲み込めぬ愚か者。
否定しようもない自身の本質を抉り出され、絶望に震えるトシロー……。
そんな彼に対し、理想を追い求めその果てに、傷つき命を落とそうとするアイザックは、
「失敗してもいい。現実に挫け傷つきながらでも歩んでゆくのが、おまえの好きな “人間” だろう?」
そう優しく説き、
自分の代わりに生きて欲しいと願いを託した、
かに思えた───。
本編より
「ク、ク……要するにだ、理想型そのものになっていないと、嫌なんだよ。俺達は」
「未熟を甘えと感じてしまう。一度でも失敗すると、自分が愚図に思える……苛立って苦しくてたまらない」
「ま、一種の潔癖症みたいなもんさ。だから、過去が傷となり、毒へと変わる。判っていても止められない」
「映画の主人公みたく思い通りにいかなかった時から───無様な自分が、憎くて堪らなくなるんだ」
「だから、現実を見ているように見えてその実、一番夢見がちなのは……おまえなんだよ、トシロー」
「おまえが一番、こんな現実が大嫌いなんだ」
「誰より達観しているように見えて、誰より現実へ愛想を尽かしている。
現実はこの程度だからしょうがないって、事あるたびに自分自身に言い聞かせている」
「高望みするな……失うのは普通だ……なぁにこんなことはよくあることだともってな。
この痛みが普通なら、自分は間抜けなんかじゃなくなるから」
「……ずっと、頭の中に思い描いた自分の理想像に縛られている。それが判ったよ」
「違う、俺は………!」
「違わない、何も。俺と同じだ」
「愛情のために生きたい。忠誠のために逝きたい。
自分がこういう存在だって……揺れない定義が欲しいんだろう?」
「───俺もだよ」
塞がらない傷にまみれた肉体。それを見下ろして、アイザックは低く自嘲する。
無敵の吸血鬼などではない。伝説の三本指でもない。
単なる1人の縛血者である自分自身を顕わに、彼は蔑むように息を吐いた。
……こんな俺は、愛せないと。
「アイザック・フォレストの想い焦がれた三本指に成らないと……俺は、嫌なんだ」
「騎士道を掲げた騎士だって、人間だ。主君に反感の一つも覚える」
「永遠の愛を誓った夫婦だって、人間だ。刺激を求めて浮気の一回くらいはやってしまう」
「───ああ、大っ嫌いだろ? こういうの。
一本筋の通っていない上辺だけの忠誠、信念、愛情、そんなもんがありふれている世の中……全て」
「自分はこう生きて、こう死ぬ。
最初にガツンとそう決めて、後は徹頭徹尾その通りに生きてないと……我慢できないかい?」
「ははっ、堅い脳みそしてるわけだ……」
「……お互いに、だろう」
- トリニティの師匠も似たようなこと言ってたような -- 名無しさん (2017-12-27 20:19:13)
- 師匠のコメント欄でも新西暦のトシローさんって言われてるしな -- 名無しさん (2017-12-27 21:31:00)
- この思想を貫き通せれば光の奴隷、通せなければトシローさんや師匠みたいになる。どっちに進んでも駄目だなぁ -- 名無しさん (2017-12-27 21:58:38)
- ↑ 故に飽いていれば良い、飢えていれば良いってことか。lightの作品の根底には基本的に真人間賛歌なんだよね。ちゃんと現実を受け入れて行動しろ。理想を持つのは良いが、それを他人に無理強いしたり、駄々をこねるなってことか……。 -- 名無しさん (2017-12-28 01:24:57)
- アッシュにも刺さる言葉だよね。向いていないのに、「武」で大切な女の子を守ろうと足掻く。それは確かに美しい理想だが、それを完遂しようとすることは現実から乖離して行くことになる。故にアヤ√とミステル√では死亡。ちゃんと仲間全員に協力を求めたナギサ√は生還の可能性有り。意地を張るのを辞め、ナギサにプロポーズしたグランド√で無事生存する。 -- 名無しさん (2017-12-28 01:33:07)
- アッシュ君幼い頃だから強さ=武力と思うのも仕方がないっちゃないけどね。師匠という武力の塊見た後だろうし -- 名無しさん (2017-12-28 08:01:01)
- lightの作品って仏教思想の影響強いよね -- 名無しさん (2017-12-28 14:03:22)
- 執念の域まで達した現実を生きようとする意志を持つ凌駕がどのルートでも生存するのは当たり前なんだろうね。天秤を何が何でもプラス側にしようとするからこそ人間は理想を追い求めるのに対し、凌駕は世の中はプラマイゼロになるという常人にはある意味受け入れ難い現実を求めているんだもの。 -- 名無しさん (2017-12-28 16:14:01)
- この三本指が理想は、三本指の様に同属と戦う事で語ったり己を見つけたりする事なんじゃないのかな。 -- 名無しさん (2017-12-28 17:57:46)
- 理想を持つ前に現状を見なよってだけだよ。奴隷にまでならなきゃ光のがいいんだから。 -- 名無しさん (2017-12-28 19:45:16)
- ↑いや、別に奴隷レベルまで熱意を持つのは別にいいんだよ。熱意はあればあるだけいいし。ただ、「他人に迷惑かけんなよ」ってだけで。 -- 名無しさん (2017-12-28 21:24:05)
- ↑その、他人にとてつもない迷惑がかかるレベル、ってのが奴隷じゃなかったっけ? -- 名無しさん (2017-12-28 23:00:27)
- ↑それはヘリオスが肯定されたのを光の奴隷も間違ってないと認めたのか、光の奴隷からの脱却とみるかによるな。 -- 名無しさん (2017-12-28 23:04:33)
- というか、これみんなゔぁーみりの話しないのな。 -- 名無しさん (2017-12-28 23:04:59)
- 言葉だけ見ると、例えとして出てきたこの2つも、これがなかったらもっとエライことになってるんだろうけどなあ -- 名無しさん (2017-12-28 23:25:32)
- このセリフすごい好き、この後のそれでもそんな生き方をしたいというのもめちゃくちゃ共感できて好きだわ -- 名無しさん (2017-12-28 23:32:47)
- ブラザーがいってたように手に届かないものほど欲しくなり手を伸ばしてしまうものだけど実際にそれが手にはいる程現実は甘くない。それを自覚して折り合いをつけなきゃ行けないってことだな… -- 名無しさん (2017-12-29 00:59:22)
- ↑6というか、光の奴隷レベルの熱意を持ってるけど、それが「内側」に向いてる奴はどうなんだろう。「自分を高めることしか興味がなくて他人をガン無視して山とかで修行してる人」とかは他人に迷惑かけてないし、アリなんだろうか、高濱的には。ある意味、絆を否定してるというか、自己完結し過ぎてて、真人間からも遠い気がするが。 -- 名無しさん (2017-12-29 02:13:42)
- ↑ある意味だが、最初期の凌駕がそれ -- 名無しさん (2018-01-01 14:12:34)
- ↑そこまでは酷くなくとも、礼さんがいなければ結果としてそういうものとして終わってた可能性あるしなぁ……凌駕 -- 名無しさん (2018-01-02 21:20:10)
- ↑自己完結型の人間をどうこうするには、礼さんのようにカルチャーショックレベルの刺激を与えてくれる友人を持つか、絶対に相容れないレベルの排除しなければ気が済まない不倶戴天の外敵を持ってくるかのどちらかだろうしなぁ・・・・・・・・・。 -- 名無しさん (2018-01-02 23:27:38)
- ↑というか、後者はアレだな。波旬と覇吐の関係だな。もしくは阿片さんと四四八。 -- 名無しさん (2018-01-02 23:39:35)
- ↑5 光じゃね?そのありようは何らかのプラスを、縁があった奴には助言したりするだろうし。奴隷はその人のありようを盾にして周辺にえらそうにしたり、極論、自分が高い所に居れる内は体裁繕うけど、同じところまで来そうな奴は蹴落としつつ、引き続き自分の良いイメージを喧伝してそう。まあここまで来るとただの悪党かもしれんが。 -- 名無しさん (2018-01-07 22:21:01)
- ↑奴隷達は崇め奉ってそうだけど、本人は周囲を無視して修行とかしてそうだな、それ。本人はともかく周囲が何かしそうではあるな・・・・・・・。 -- 名無しさん (2018-01-07 22:28:01)
- ↑2 後者のどこが光属性なのか全く分からんのだが…普通に腐った闇じゃないのかそれ。ちょっと草加雅人を思い出したわ -- 名無しさん (2018-01-07 22:29:21)
- ↑8は周囲への影響を無視して自身のみを高める総統閣下みたいな感じか?例えば、周りに迷惑をかけるような行動を自分からはとらないけど、アペンドみたいに影響された眼鏡を咎めることもしないみたいな? -- 名無しさん (2018-01-07 22:34:18)
- シルヴァリオを先にやってたから、ゼファーさんの「100点で無ければダメ」主義の究極発展系、みたいに感じた。そしてトシローさんは普通に熱意も実行力も伴ってて、ゼファーさんみたいに開き直りの自己肯定も出来ないから迷走に拍車がかかってる感じ。 -- 名無しさん (2018-01-27 11:56:14)
- この生き方を突き詰めるとオルフィレウスみたいな他人と分かり合えずにひたすら孤独に突き進む道しかないんじゃなかろうか。もしもトシローさんが完璧に生きられていても、美影さんがそれについていけなかったら終わるし。 -- 名無しさん (2018-01-28 06:56:57)
- ↑6 本人が意図しないところにせよ周囲に影響を与えてるなら、それは「完全な自己完結」ではない気もするが。むしろ総統の同類。なんでも型月に繋げると嫌がられるけど、完全な自己完結っていうとあっちの農民みたいなじゃないかね。正真正銘、生涯に渡って誰とも戦わず、誰にも教えを残さず、誰かに技を披露することすらなく、外部に一切の影響を与えなかった。故に人類史上空前絶後の剣才とそれによって編まれた異形の剣技は、世界に何一つ残すことなく燕一匹だけを斬り落として消えた。 -- 名無しさん (2018-01-28 13:44:13)
- ↑2そこで美影さん育成計画が発動ですよ -- 名無しさん (2018-01-28 21:39:44)
- ※3 どこにもいけないんだよ。他がついてこれない人生はクソ。だからと言ってそれで他人を「諦める」のもクソ。こう生きてこう死ぬと決めた通りに生きるなんて絶対にできないから、そうありたいトシローは夢想家=ヴァンパイアなわけで -- 名無しさん (2018-03-28 23:20:14)
- それで他人に迷惑かけないならそれはそれで1つの生き方でいい気もするがね 愚行権というか好みは無理に変えるもんじゃないというか -- 名無しさん (2020-02-12 13:23:04)
- 他人に迷惑かけない生き方なんて存在しなくない?時には自分の行動で誰かに迷惑かけて時には自分の行動で誰かを笑顔にする それが人間ってもんでしょ -- 名無しさん (2020-08-14 14:14:28)
- アイザック人間時はどんな生涯だったんやろな…… -- 名無しさん (2020-08-14 15:09:11)
最終更新:2024年06月15日 21:22