雪山とコーラは、あの井戸の中を調査する機材を揃えるため、商店街をぶらついた
それは端から見ればデートのようにも見えたが、期待していたのはコーラだけだったろう
ザイル、そしてカンテラを購入し、シラガの家へ戻ろうとした二人だったが、商店街の一郭で、主婦が二人眉を寄せて立ち話をしている光景を目にする
聞き流す事もできるが、雪山は聞き耳を立ててその会話を盗んだ
「また・・・行方が・・・半年で3人も・・・」
「若い子ばっかり・・・警察 ・・ ・怠慢・・・」
その言葉の端々から彼女は事件の報道を思い出す
それはここ半年の間に、3人の女性が行方不明になっているというものだ
タブロイド紙が報じた信憑性の薄いもので、警察の見解も家出か蒸発かそんなところだろう、と重く受け止めていなかった

一方ワッフルとロベルトは出窓の前にいる
「なんだか盗賊っぽい考え方だけどねぇ・・・ 。まあこんな時には役に立つんだよ」
そうぼやいてワッフルは中を覗いた
ロベルトも背伸びをしてそれに習う
うまい具合にカーテンが半開きだ
鍵のかけかたが甘い事に目を付けるや否や、ワッフルは窓を叩く
目論見通り、かちゃりと音と立てて窓の内鍵は開いた
彼らはくんずほぐれつ中に侵入していく
「カレンダーとか、日にちのわかる物だったな。探して見るぜ」
ロベルトは先に立ち上がった

今は夜だ
マンプックの食料品店はすでに看板をしまっている
もくせいは隠れ場所から頑として出てこない
リードは付かず離れずとい った感じで、店の裏手にそれとなく視線を向けているようだ
「・・・ふう。長い間の警備というのも、楽じゃありませんねぇ」
もくせいの苦労を知ってか知らずか、リードは息をつく
それから彼女は、マンプックの家の勝手口が開き、クフックが緊張した面もちで出てくるのをゆっくりと見ていた
今日の売れ残りを処分するためなのか、木箱やタルの間をいったりきたりしている
それから暫くして・・・
隠れ場所の暑さにやや参ってしまっていたのか、もくせいは大きな物音ではっと気付いた
すぐ近くのタルを、誰かが漁っている!

ワッフルはシナナの部屋が綺麗に整理整頓されている事に気が付く
誰かにあらされた形跡はない
そしてシナナのものと思われる机の上に、上質な封筒が置かれているのを見つけた
封は開けられている
タンスを開 けて慌てて閉めてるロベルト
「・・・見てない・・・ うん、見てない・・・」
ワッフルは彼に構わず封筒を見せた
「ん、ちょっと待ってほしいんだよ。なんだか見るからに怪しいものがあるよ。
これはもしかして、あのお金持ちの家からかもしれないんだよ」
宛名を見ると【キンマン伯爵家】と書かれていた
中身には、シナナを奉公人として採用する事が書かれているようだ
多分、面接か何かに行ったんだろう
都合の良い日に、屋敷に来るようにと書き添えられている
ただし手ぶらで、と

もくせいは様子を見ている
そいつはタルやら木箱やらをごそごそし、食べられそうなものをかき集めているようだ
「今日はこれくらいでいいかな ・・・」
少年の声だ
彼はしばらくゴソゴソしていたが、やがて満足した様子で ひょこひょことその場を立ち去ろうとしている
リードが気づいた
何やらずだ袋を担いで、ゴミ 捨 て場から立ち去る小さい人影を見たのだ
彼女はもくせいのところまでひっそりと戻って目配せすると、一緒に少年を尾行し始めた
もくせいは近く、リードは遠くで気配を消して目を細める

コーラはいつの間にか逸れてしまったらしい
雪山は仕方なく、一人でシラガ老人のところへ戻った
「お前さん、一人でこの中へ戻ろうっていうのかい?
ここらにゃ、ロープを結べるようなものはないし・・・私じゃ、君の体は支えられんよ。
いや、君が重たいとかじゃなくてな?」
老人シラガはそう言う
「井戸の深さが10m以内なら飛んで入ることもできるんですけどね〜」
雪山は忠告に従い、コーラを起こしに戻ることにした
すると、途中でガイストという青年に出会う
彼も冒険者であり、雪山とも面識があるらしい
「こんにちわ〜ガイストさん、コーラ君見ませんでした?」
雪山はそう訊ねる
「コーラ君ですか?見てませんねえ、また置いてけぼりにしちゃったんですか〜」
「そうなんですよ〜。一回いなくなるとなかなか見つからないんですよね〜」
どうやらこれは日常茶飯事の出来事のようだ
雪山は話を続けた
「センス・デンジャーで安全って出たから面白くは無いかもですけど、今幽霊退治なんて受けてたりしますよ〜。良かったらご一緒します〜?」
ガイストは興味津々といった様子で答えた
「幽霊退治ですか、なかなか面白そうですね〜。いいですねーノッテきましたよ!早速行きましょう!」
意気投合した二人は、三たび例の井戸へ歩いていってしまった

「お、おまえら、おねえちゃんを連れ戻しにきたのか!」
「お願い!この子は関係ないの!見逃してあげて!」
もくせいとリードが尾行した先にあるボロ屋で悲鳴が上がった
それは中にいた少年と女性が発したものだ
「落ち着いてください。物取りではありませんし、強盗でもございませ ん。
ちょっと、お話を聞かせていただきに参りました」
困惑している二人を、リードがたしなめる
「は、話・・・?こんなとこに、何の話があるっていうんだ!」
少年はいきり立ってそう叫んだ
「わたくし冒険者でご ざいまして、変態店主の居る偉ぶった店・・・失礼。
そこに雇われまして、ごみあさりをしないように説得に参 ったのです」
腰に下げたブロードソードを床に置き、彼女は敵意がないことを示す
少年は警戒し、女性も少し覚えているようだったが、やがて緊張の糸が切れたようにへなへなとその場に座り込んだ
「え・・・それだけ?」
少年は信じられないという面持ちでそう言う
「そりゃ、悪い事をしたと思ってるよ。でも仕方ないんだ 。俺もねえちゃんもハラが減って・・・」
その言葉を聞いたリードはもったいぶった口調で小屋の中を見回した
「しかし参上してみれば、なにやらそれだけではない様子ではございませんか。
そこの娘さんを取り戻すなという言葉、合わせてわたくしが考えるに」
ここで一旦、呼吸を挟む
「ずいぶんと厄介な事件をお抱えのようでございますわね
どうです、この際わたくしどもにはなして みてはいかがでしょう」
「分からないんです。私は、オッキーナの人間ではありません。
ナントゥという町の者で・・・ある日いきなり、 男たちに誘拐されて、気付いた時には、地下牢のような・・・
それから・・・ひどい仕打ちを、何度も・・・」
女性の頬を涙が伝う
そこでもくせいは眉を吊り上げた
「・・・ナントゥって言ったらここから南東に行った・・・
あの事件は確か・・・」

シナナのアパートから誰にも気づかれずに無事抜け出し、ロベルトとワッフルはキンマン伯爵家へと向かった
歩いて二十分ほどの距離だ、そう時間もかからず瀟洒な屋敷が姿を見せる
その屋敷の門扉は堅く閉ざされており、 門扉を警護する兵士が二名ここから確認できた
「どうもこんにちわ。ちょっと良いですか?」
かちりと頭の中で音が聞こえると、ロベルト・カーロンはにこやかに兵士に近寄っていく
「何の用だ」
しかし小柄ながら屈強な体つきの彼に、警戒を緩めず兵士は睨みつけた
「私、ロベルト・カーロンという者ですが、ここはキンマン伯爵の屋敷でよろしいですかな?
キンマン伯爵の屋敷の近くで人と待ち合わせしているのですが」
相変わらずロベルトは笑みを絶やさずもう一度問いかけた
「ここはキンマン様のお屋敷だ。しかし待ち合わせは認めん。立ち去れ」
兵士は面倒な奴だと認識したのだろう
先ほど以上に不快感を露わにしてそう言い返した
「んーそれは困りましたね。素晴しい屋敷の近くで待ち合わせしたらさぞや楽しいと思ったのですが・・・
しかし、職務に忠実な事はいい事ですよ。このロベルトカーロン、感心しました」
ロベルトは困ったように顔を歪ませたが、また笑顔で言った
「口の減らないドワーフだ。というかお前、色々と分かってないだろ?」
その態度を見た兵士は指を摺り合わせ、意味ありげな視線を彼に向ける
ロベルトは右手に金貨をちらつかせた
「いやいや、これでもこのロベルト・カーロン、各地を旅して回った身。
いろいろ知ってるつもりですけどどうでしょう?握手でもしませんか?」
「いや、俺はドワーフはいい奴だと思ってたんだ」
兵士は顔を緩ませて握手を交わす
「はっはっは、このロベルト・カーロン、旅をして きた時は長いですからなぁ。
最近、この家に来た奉公 人が居ますよね?
その方の知り合いが後ろにいる 彼女でしてね。
彼女は手紙を受け取って飛んできたとの事なんですが、奉公人の方はどこにいるんでしょう?
奉公人・・・なら、屋敷の中に居ると思うのですが。
確か・・・名前は・・・シナナ、と言いましたかな」
ドワーフの紳士は意味ありげに、口端を釣り上げた

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最終更新:2008年05月08日 23:28