『魔の山』(まのやま、原題:Der Zauberberg)は、ドイツの作家トーマス・マン(Thomas Mann、1875–1955)が1912年から1924年にかけて執筆し、1924年に完成・出版した長編教養小説である。
概要
20世紀ドイツ文学の最高峰の一つであり、ノーベル文学賞(1929年)受賞の基盤となった作品でもある。第一次世界大戦前後のヨーロッパの知的・精神的危機を、スイスの高地サナトリウムという閉鎖空間に凝縮して描いた一大叙事詩だ。物語は1907年頃、主人公の若きドイツ人技師ハンス・カストルプが、結核療養中の従兄ヨーアヒムを見舞うためにダボスのサナトリウム「ベルクホーフ」を訪れるところから始まる。わずか3週間の予定が、自身も軽い結核と診断され、7年にわたる長期滞在へと変わる。山の上では時間の感覚が歪み、平地(日常世界)の因習や進歩が無意味に感じられる「魔の山」の世界で、ハンスはさまざまな思想家や患者たちと出会う。イタリア人の人文主義者セテムブリーニは理性・自由・進歩を説き、オーストリア人のユダヤ人学者ナフタは非合理・テロリズム・絶対主義を主張し、激しい論争を繰り広げる。ロシア人の美女クラウディア・ショーシャへの恋、ペーペルコルンという生の体現者との出会い、雪山での死の幻視など、ハンスは生と死、理性と情熱、ヨーロッパの二つの魂の間で揺れ動く。最終的に第一次世界大戦が勃発し、ハンスは平地へ下り、戦場に消えていく暗示的な結末を迎える。トーマス・マンの筆致は、病と死をめぐる哲学的考察、時間の相対性、文明の危機を克明に描きながらも、ユーモアと皮肉を交え、教養小説の形式を極限まで押し広げた。『ファウスト』以来のドイツ的精神史を総括するようなスケールを持ち、読者を「魔の山」の住人として巻き込む。