コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

悪鬼羅刹も手を叩く

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
海馬乃亜の二度目の放送の後。
灰原哀は、支給されたタブレットを無言で見つめていた。
画面が移すのは、無機質な参加者の名前の羅列。
そこに記された、江戸川コナンと、今しがた行われた放送で呼ばれた名前。
小嶋元太の名前が記載されていた。


(小嶋君が、生きている可能性は………)


若干18歳にして組織の科学者として抜擢された類稀なる頭脳で、灰原哀は考える。
海馬乃亜の死者の通達が、虚偽である可能性を思索する。
ふぅ、と息を吐く。
考えるまでも無い。分かっている。小嶋元太はもうこの世にいない。
これまで江戸川コナンを取り巻く事件の被害者たちや、姉である宮野明美の様に。
乃亜に集められた子供が全員ただの子供であれば、体格のいい元太は有利かもしれないが。
この場には大人どころか人智を超えた怪物が集っている。
そんな相手と、元太が出会ってしまったのなら、命を落とすしかなかっただろう。
元太は愚か、自分や江戸川コナンですら一時間後に生存しているか分からない。
この島はそう言った残酷で、弱肉強食の世界なのだから。


「……円谷君や吉田さんがいないだけ、マシだったと思うべきなのかしら」


何時もの冷静な灰原哀でいようと、心にもない台詞を言う。
何度経験したって慣れないし、嫌なものだ。
親しかった人間が死んでしまうというのは。
小嶋元太は、実年齢は離れていたけどそれでも友人で、仲間だった。


──母ちゃんが言ってたんだよ。米粒一つ残したら罰が当たるってな!


命を救われた事だってあった。
帝丹小学校に通う一年生、少年探偵団の一人、灰原哀の掛け替えない人物の一人だった。
もし生きて帰ったら、この場にいない二人の仲間に何と言えばいいのか。
尤も、自分だって生きて帰れるなんて分からないけれど。
もう一度、大きく息を吐いて思考を切り替える。


(恐らく、この催しは『組織』が仕組んだものではないハズ……
となると、先ずは何とかブラックを抑えつつ、工藤君との合流を目指すのがベターね……)


組織の力は強大だ。
世界各国の財政界や医療・軍事産業に至るまで、強い影響力を持つ。
二十歳にも満たない小娘が研究する新薬のプロジェクトに湯水のように予算をつぎ込めたのも、灰原哀が恐れる組織の力の象徴。
でも、そんな彼等であっても自分が出会った参加者…メリュジーヌや絶望王、ナチスの少年等を捕えて殺し合いさせるのは不可能だろう。
この三人は、例えジンが1000人いようと殲滅して余りある力の持ち主なのだから。
彼等の様な『超人』が出会った三人だけと言うのも考えにくい。
よって、灰原哀が知る組織主導の催しの可能性はありえない。
もしかすれば、協賛くらいはありえるかもしれないが。
とは言え、自分の知る組織の情報から海馬乃亜の目的や、殺し合いの経緯、脱出の方法を導くのは難しいだろう。
となれば、後は絶対的にこの殺し合いを良しとしないであろう江戸川コナンや、他の参加者と情報を集めて脱出を目指す他ない。
だから、先ずは手近なところから。そう思い、隣で同じく端末を覗き込む少年に声をかけた。


「どう?貴方は知り合いがいたかしら?」


声を掛けられた、顔中痣だらけの少年、ドラコ・マルフォイはぶっきらぼうに答える。


「マグル如きの質問に答えてやる義理はないよ。
お前は物を知らない様だから教えてやるが、僕は魔法使いだ。それも両親とも純血の」



差別意識を隠そうともしない、慇懃無礼な返答だった。
哀は特に怒る様子もなく、その一言からマルフォイという少年をプロファイルする。
意味を伝えられた訳ではないが、マグルとは類推するに彼の様な特別な力を持つ存在ではない、普通の人間の事を指すのだろう。
成程、彼が自称の通り魔法使いなら、自分を下に見るのも無理はないかもしれない。


「魔法使いな事に誇りに持っているのは結構だけど、そんな態度じゃ長生きできないわよ」
「………………………」


だが、この島に居るのはマルフォイの言う“マグル”だけではない。
少なくとも彼よりも遥かに強い魔人たちが跳梁跋扈する地だ。
例え魔法が使えたとしても、戦力的には哀と比べても誤差でしかない。
ブラックの様な常軌を逸した強さでない限り、他の参加者と助け合わなければならない立場だ。
それは恐らくマルフォイ自身理解しているだろう。
それでも父や母から受けた教育と、魔法使い族としての誇りはそう簡単に捨てられない。
環境とは、そういうものだ。


「せめて、名前だけでも教えて欲しいわね。これでも私、貴方の命の恩人よ?」


だがしかし、せめて名前だけでも教えてもらわなければ色々不便だ。
これまでの指摘とは違い、じっとマルフォイと視線を合わせて、名前を尋ねる。
暫く彼は意地を張るようにそっぽを向いていたが、やがて根負けした様子で。


「……マルフォイ。ドラコ・マルフォイ」
「ドラコ君ね。私は灰原哀。よろしく」


ここで二人は漸く、お互いの名前を知ったのだった。
とは言っても、流れる雰囲気は和気を感じられる物では無く。


「ブラックが起きたら今後の事を話し合っておきたいんだけど、行きたい場所はある?」
「それを聞いて何の意味がある」


完全にマルフォイは意固地になっていた。
それは、ただ単にマグルに対する差別意識だけではない。
この島にいる知り合いが、穢れた血と蔑視するハーマイオニー・グレンジャーだけだったのも関与していた。
ハリーポッターがいないのは置いておいても、何故クラップやゴイルなどのスリザリン生がいないのか。
穢れた血と殺し合いなど、屈辱窮まる上、あの女なら恨みのある自分を殺しにかかってもおかしくない。
そうでなくとも、仲良く協力などまず間違いなくできはしない。
親しい知り合いがいないのは本来喜ぶべき事であるのはマルフォイも理解していたが、それでも憤懣やるかたない思いは消えなかった。
そんな不満が、こうして灰原哀へと向けられていたのだった。


「僕らが何を決めた所で、どうせ決定をするのはそいつだろう」


マルフォイの視線の先には、すやすやと寝息を立てるブラックの姿があった。
これには哀も言い返すことはできない。
彼女にとっても、幾ら方針を立てた所でブラックが否やと言えばそれに従う他ないからだ。


「…ブラックは理屈や道理は理解してる男よ」


反論を唱える哀の声は、小さな物だった。
無理もない、彼女もまた、ブラックの事は何も知らないに等しい。
これまで行動を共にした時に垣間見た僅かな情報を頼りにしている。
これまでのブラックは刹那的な快楽主義者に見えて道理や理屈を理解している男だ。
だが同時に理解した上で、それらのしがらみを気まぐれに蹴っ飛ばす側面もある。
彼に対して、絶対はない。だが、それでも。



「彼が納得する筋道を立てれば、全てではないにせよ此方の意図に沿った方向に誘導する事は───」


哀の言葉に、俄かにマルフォイが慌てた様子を見せる。
本人が直ぐ傍にいる状況で、利用する算段のような物を言うべきではない。
哀もそれは理解していたが、構うことは無かった。
どうせ自分程度の考えはブラックに隠しきれるものではない。
ならば堂々としている方が彼の趣味にあっているはずだ。
そう自身の中で結論付けて、マルフォイを納得させる言葉を述べようとした。
その後は次に向かう施設の事に話を戻す。向かう場所も既に決まっていた。
乃亜の放送で告げられた、追加された施設。そこに向かう事を提案するつもりだった。
直近にある、人理保証機関カルデアと言う、特徴的な名前の施設に。
だが、彼女が言い終わる前に、口を挟むものがいた。


「おい、お前ら」


特徴的なハスキーボイス。聞き間違える事もない。
間違いなく、ブラックの物だった。
だが、その声色はこれまでの芝居がかったトーンではなく、冷たいもので。
まさか気分を害したのか、と哀は彼の寝ていた場所を慌てて確認した。


「舌とお別れしたくなけりゃ口を閉じろ」


反射的に口を閉じる。同時に、哀は全身に強い圧迫感を感じた。
みえない巨人の手に鷲掴みにされている様だった。
圧迫感が強い浮遊感に変わったのは次の瞬間の事。
傍らを一瞥すれば、マルフォイも同じ状況になっているのが見えた。
浮遊感は二秒かからず霧散し、どっ、と音を立てて二人は大地に落ちる。


「随分冷えたモーニングコールじゃねーか、おい」


視線を上に向け、見上げてみれば欠伸をしながらブラックはさっきまで哀たちがいた場所を眺めていた。
誘われるように其方の方を見てみれば、巨大な氷塊が突き刺さっていた。
ブラックが超能力を行使しなければ、哀とマルフォイの二人はあっけなく刺し貫かれていただろう。
そして、そんな氷塊の奥に。
一人の少女が佇んでいた。麗しい、寝物語に伝わる姫の様な容姿をした少女。
事実月の姫と呼ばれた少女の姿が、そこにはあった。


「……何故」


少女が、口を聞いた。
そこに籠められていた感情は、混じり気のない疑念だった。


「何故汝は、人間と馴れ合っている」


それは元リィーナ姫、現魔神王にとって当然の問いであった。
勇者ニケを殺す為に追跡していた道すがら。
勇者と同等なほど、強く惹かれる気配を感じ取った。
その気配は、強かった。
ただ強いだけでなく、ある種の共感(シンパシー)のような物も、同時に感じられた。
元より勇者は実力的には何時でも殺せる程度の強さだ。
気づけば彼女は足を気配の方へと向けていた。
そして彼女は、同胞(はらから)と相まみえた。


「何だ、そんなもん一々気にして。人間に嫌な思い出でもあるのか?」



緋色の瞳に金の髪の少年。
彼はクツクツと笑って、魔神王の問いを煙に巻く。
魔神王にとっては一言で言って、理解不能だった。
人間の中に潜伏し、扇動し、争いを煽るなら理解可能だ。
魔神王もまた、依り代たるリィーナ姫を隠れ蓑として、ロードスを戦乱の坩堝に叩き込んだのだから。
だが、近場で矮小な人間2匹の話を盗み聞けば、既にこの同胞は正体を明かしているという。
そして、今しがたも自分の攻撃から人間2匹を守った。
ブラックと、人間から呼ばれていた少年が守らなければ、氷塊は人間2匹を反応すら許さず潰していただろう。
人間を利用しているにしても、同胞かつ、人間二匹とは隔絶した強さを誇る自分の不興を買ってまで守る理由など………


「そうでもないぜ?荷物番ってのは結構馬鹿にできないもんだ。
少なくとも、身ぐるみはがされたお前は否定できないだろ?」
「…………」


思考を読んだかのようなブラックの言葉に、魔神王は押し黙ってしまう。
ブラックの指摘は、客観的に言って魔神王の痛い腹を突いていた。
勇者との戦闘の隙に、自動人形<ゴーレム>に荷物を持ち逃げされた彼にとっては。


「………些事はいい」


だが、支給品をすべて失ったとて、魔神王にとってそれは些末事でしかなかった。
ドラコン殺しという一級の獲物を失ったのは僅かに痛手ではあるものの、それぐらいだ。
身体能力、魔力、魂のへ直接攻撃以外に対する絶対的な耐性、変身能力。猛毒の瘴気。
どれをとっても、蒙昧な人間の子供を万の数並べたとておよびつく領域ではない。
例え無手であっても、優勝を目指すのに何の支障もない。魔神王にはその自負があった。
故に、ブラックの揶揄も一蹴した後、冷厳に命じる。


「我の軍門に下れ」


単刀直入に、魔神王は少年に告げた。
確信を持って言える。目の前の少年は、自分と同じ魔なる存在だ。
それは、間違いない。
上位悪魔<グレーター・デーモン>等目ではなく、魔神将でも彼と並べるには心もとない。
ともすれば、魔神王たる自分に匹敵するやもしれぬ超越者。
魔神王は人間を利用することはあっても協力するつもりは毛頭なかったものの。
目の前の少年は、少なくともこの場の人間を駆逐するまでは手を組んでもよかった。
単純に、戦力としても見る打算もあった。だが、それ以上に。


「我は人間どもに召喚され、数百年において魔界と物質界の狭間に虜囚となった。
だが…愚かな人間の王より解き放たれ、一国の姫の体を依り代に再起を果たした」
「………はぁ、それで?」


唐突に始まった自分語りに耳を傾けながら、ブラックが合いの手を打つ。
彼の反応の薄さを訝しく思いつつ、魔神王は続けた。


「我が受けた屈辱の日々を雪ぐには、人間どもの鏖殺をおいてあり得ぬ。
それに手を貸せ。汝の力があれば、より人間どもの悲痛に満ちた地獄を生み出せる」


これがもし吸血鬼や鬼種程度の魔族であれば、アーカードや無惨に行ったように即座に攻撃を仕掛け、しかる後に屈服か死を迫っていただろう。
とはいえ、不死王や始祖の鬼の再生力を前に千日手を悟り、提案は為されなかった訳だが。
しかして今魔神王が対峙するのは吸血鬼と同等以上の力で、人間の体を依り代とする…
恐らく吸血鬼よりもなお魔神王の近しい魔(デーモン)だ。
ならば、人間に味方した疑問の解消を兼ねて、ブラックに軍門に下ることを迫った。
己の中の魔神王(デーモン・ロード)としの矜持が、彼にそうさせた。



「………一つ聞いていいか?」


対するブラックの態度は、実に飄々としたもの。
背後の子供二人は、魔神王の殺気に体を引っ切り無しに震えさせ、怯えを見せているのに。
彼は臆する様子など全く見せず、魔神王に問い返した。
「お前は、人間を滅ぼしてどうしたいんだ?」と。
お前の最終的に目指す場所は何処にあると。彼はそう尋ねた。
尋ねられた魔神王は、僅かな沈黙の後、力強く答えを述べる。


「人を殺し、妖精を殺し、物質界を第二の魔界とする。
もう再度(にど)と屈辱を受けぬ……我等の新たな世界をこの手で築き上げるのだ」


魔神王は五指を広げ、ブラックの前へと翳し……そして何かを掴もうとするように閉じた。
人間の世界を、第二の魔界とする。
それが全ての魔神を率いる王としての、最後に至るべき地平。
種を背負うものとして、人類種の絶対的な厄災の具現として、そう宣言した。
それを聞いたブラックは、成程、立派だ。そう零したあと。



「でも悪いな、全く興味ねーわ。お前の話」



返した答えは、決裂だった。


「支配するのか滅ぼすのかは知らねーが、要は人間の今の位置にお前らが収まるだけだろ」


魔神王が目指す、人が駆逐され、魔神達が支配し、跳梁跋扈する世界。
それは魔神王にとって酷く退屈な世界に思えた。
配役を微妙に変えているだけで、筋書きは人の歴史と大差ない。
古来より人の営みを眺めてきた観測者であるブラックにとって、新鮮味のない景色と言えた。


「俺が見たいのは、その先の景色なんだ」


善悪を超越し、ブラックの手すら離れた混沌。
それが、彼が最後に至ろうとする終着点であった。
法も倫理も種も及ばぬ、生き残った者こそ善であり正義。
世界が文字通り転覆し、書き換わる瞬間。現世と異界(ビヨンド)の交差点。
その終焉と可能性の美こそ、彼を魅了してやまない大崩落なのだった。


「ま、それでもお前が俺を下に付けたいなら……分かるだろ?」

「お前が勝てば、協力でも人間の皆殺しでも、望むとおりに踊ってやるさ」


魔神王の提案を袖にしながらも、ブラックの表情は友人に向ける様な笑みだった。
それを見た魔神王は能面の様に感情を一切示さぬまま、ゆらりと両手を広げた。
ブラックの言は魔神王の提案を否定するものだったが、不思議と悪感情は無かった。
立場が逆であれば彼も提案を蹴っていただろう。
それを鑑みれば意味のない問答だったやもしれぬが……まだ目の前の不遜な青コートの少年を従える見込みが潰えたわけではない。


「───道理だな」


妖艶な笑みを浮かべ、全身に瘴気と魔力を滾らせて、魔神達の王は命じる。
自分が魔神<デーモン>達を従えていたのは血筋でも人望でもなく。
ただ純粋なる強さで従えていた。その威光を、今一度示す時だ。



「おい、お前ら」


戦意を露わにする魔神王を前にして。
ブラックは二人の従者を一瞥し、反論を許さないと言った様相で告げた。
離れておけ、と。


「今回は、お前らが傍にいたら邪魔だ」


語るブラックの視線は魔神王に向けられつつも、微妙な違和感を抱かせるものだった。
目の前の少女は、あのナチスの少年から自分達を守り抜いたブラックが、守り切れないと判断する様な相手なのか?
それに少女に向ける意識9とするなら、残りの1割は近場の周辺に向けている様な…
指摘しようかとも考えたが、今にも戦闘を始めんとしている黒髪の少女を見て断念する。
詳細な力の強弱は分からないが、目の前の彼女もまた、放送前に出会ったナチスの少年に勝るとも劣らぬ怪物である。
少なくとも自分達がいては邪魔なのは確かだ。それだけは確信が持てた。


「逃げるわよ!ドラコ君!」
「マグルなんぞに言われなくても、分かってるさ!」


二人の超常者の背後では、二人の子供が避難を始めていた。
蟻の上で象がタップダンスを始めようとしている様な物だ。逃げなければ命はない。
哀がローブの袖を引っ張り離れようとするのを、振り払いつつマルフォイは食って掛かる。
しかし口では威勢のいい言葉を吐きながら、体は迷うことなく全力で逃走を始めていた。
何で出会って早々戦いを始めようとしているんだこいつら、脳筋なのか?
そんな疑心が胸に浮かぶ物の、魔神王の威容を見れば口に出す勇気も即座に消え失せえる。


「……………」


逃げる二人の背に向けて、魔神王は無言で容赦なく氷の弾丸を連射する。
その瞳は、人が生ごみや害虫に向けるそれであった。
発射された氷は音の壁を超え、対物ライフルもかくやの威力と数で脆弱な人間二人に迫り。
その全てが、ブラックの念動力によって静止させられた。


「さっさと行け」


事も無げに二人を守ったブラックの表情は、ずっと変わらない。
見世物を見る観客の笑みだ。
その見世物が果たして傑作なのか、笑い見られる程度の駄作なのかは判断がつかないが。
やはり、この少年のは何を考えているのか良く分からない。
そう考えつつも、そんな彼に対して、静かに哀は一言だけ言葉を送った。


「かっこつけておいて、負けたりしないでね」


実に辛辣な物言いだったが、ブラックは笑みを深めるばかり。
お返しにちゃんと荷物番をしておけと告げて、道の曲がり角に消える二人を見送る。
そして、お荷物の二人が消えてから、改めて魔神王に向き直り、礼を言った。


「悪いな。待っててもらって」
「我は構わぬ。それよりも本当に良かったのか?あの人間二人を遠ざけて。
我に敗れた時の弁明としてはもう使えぬが」
「何だ。意外と冗談も言えるじゃねーか、おい」


言葉を重ねながら、大気が、大地が、震えるように揺れる。
少女と、少年。二人の存在に畏怖しているように。
魔神王の足元が凍てつき、凍結した地面は周辺をも飲み込もうと勢力を拡大させる。
だが、ブラックの前方十メートル程まで来た所で、見えない壁に阻まれた様に凍結が止まった。



「敗れる前に、その魂魄に刻んでおくがいい」


両手を、これから飛び立とうとしている鳥の様に広げて。
かつて月の姫と謳われた少女の肉体を得た凶星は、笑みを浮かべた。
見る者を凍り付かせる、昏く妖艶な笑み。
ブラックは紅い瞳を煌めかせ、それを見つめる。


「我は魔神王。全ての魔神(デーモン)の頂きに座する者だ」


その大仰な名乗りを聞いて。
少し考えた後、ブラックは青いコートをはためかせた。
そして、魔神王が行った名乗りに呼応するように、口ずさむ。
何時もの様に俺の名前を言ってみろ、とは言わず。自身の本当の名を。


「そうかい。俺は絶望王───お前らの──ま、友達になれるかはお前次第か」


その言葉が、開戦の合図となった。
凍結した冷気と、空間に瞬くスパークが、周辺を包み。
対峙した二人の王は、引かれあう様に激突した。



          ■     ■     ■



極寒の風が、無人の街並みを吹き抜けていく。
氷河期でも訪れたのかと錯覚しそうになる速度で大地と建物が凍てついていく。
凍土と化す街並みを、蒼い人の形をした疾風が駆け抜ける。
瞬きの間に数十メートルの距離を駆け抜け、不可視の力場が、襲い来る氷塊を砕く。


「ハハッ───」


氷河の最中で、絶望王は愉しげに笑った。
気温を示す電光掲示板が故障したかのように表示する気温を低下させていく。
それを尻目に、左右に付いた腕(かいな)を無造作に振るった。
振るわれる腕の動きに合わせて、周辺に会った民家が質量兵器に姿を変える。
コンクリートの躯体ごと引き抜かれた民家は、数十トンはあるその重量で以て敵対者に迫る。


「下らぬ」


最早人間に向ける重量ではないその殺意の弾丸を、相対する魔神王はそう評した。
絶望王が民家を土台から引き抜いたタイミングで対面するビルの外壁に手を突き、動じることなく殺意の砲弾を迎え撃った。
ヒュオオオという、豪雪地帯で耳にする、大気が凍る音が奏でられ、そして。
魔神王のビルの外壁を起点に生み出した氷柱は、民家を瞬時に凍らせた。
まるで衝突の衝撃すら凍らせたかとでも言う様に、氷柱は十メートルはある民家の飲み込んでいた。
灰原哀やドラコ・マルフォイがこの光景を目にすれば、眩暈すら覚えたかもしれない。


「怖い怖い」


だが、魔の王と相対する者もまた、遥か怪物。
少年のハスキーボイスが響くとほとんど同時に。
ミシリ、と魔神王の腕から音が鳴った。その後に、凄まじい衝撃がやって来た。
魔神王が自身が蹴り飛ばされたのだと認識したのは、衝撃がやってきてからだった。
少なく見積もっても数十メートルあった筈の距離を、敵手は一瞬の内にゼロとして。
そして、魔神王を蹴り飛ばしたのだ。民家を投擲する念動力に神速の如き移動速度。
瞬間移動(テレポート)というありふれた異能を発揮しただけで、ここまでの不条理を生む。
それが、絶望王と言う存在だった。



「…………」


常人ならば確実に挽肉に変わっている攻撃を受けてなお、魔神王は健在だった。
身を包む慣性が消失した時には既に肉体の修復を完了させ、大気中の水分を凍結させる。
彼の周囲に現れる氷の礫。その数は哀やマルフォイに撃った時とは桁違いの数だった。
数千を超え、数万。凍れる殺意が絶望王に向けて殺到する。


「またそれか。芸がねーな、おい」


キャッチボールで子供の投げたボールをキャッチする父親の様な。
そんな気の抜けた声と共に、氷の制御権が強引にもぎ取られる。
出力の高さだけではない。恐ろしいまでの精密動作性だ。
念動力の類はやろうと思えば魔神王にも行使できた、だがこの水準には到底及ばない。
異なる世界。中島から奪った記憶が鮮明に浮かび上がる。


「そうかな」
「うおっと!?」


静止した氷の弾丸が輝きを放つ。
次瞬、氷たちが次々に割れて、その中から閃光が弾けた。
鳥類や爬虫類が見せる卵の孵化さながらに、飛び出た閃光はその全てが矢となる。
<光の矢(エネルギーボルト)>という名の、初級呪文であった。
だが、それを数千数万の規模で放てるのは、ロードスにおいて魔神王以外にいないだろう。
無形の力そのものである光であれば、如何な絶望王の念動力でも止める事は不可能だ。


「いやー、少しビビった」


だが、たかが念動力一つ攻略されたとて、それで絶望王が動じる筈もない。
光の矢の初段が着弾する瞬間、彼の総身から蒼い炎が噴き出す。
噴き出された蒼き焔は一瞬で絶望王の周囲を焼き尽くし、光の矢を飲み込んでいく。


「まだだ」


光の矢は追撃の機転でしかない。
魔神王は前方に光の矢の弾幕を収束させ、炎の防御をそこに集中させる。
同時に、絶望王の背後五十メートルに氷塊と氷柱……否、氷山と氷槍を出現させる。


「<ハーベルシュプルング>」


つい先程勇者に発射した時よりも更に威力を強め。
数十トン……ともすれば数百トンはあるであろう氷山を、絶望王に向けて発射した。


「──ハハッ!やる気満々じゃねーか、おい!!」


絶望王の矮躯の百倍はある氷山を放たれて尚、健在。
念動力を操作し、笑う余裕すら彼にはあった。
氷が念動力によって破砕され、出力を上げた炎に飲み込まれる。ここまでは魔神王の想定内。
本命はこの後、作り上げた氷槍を、最高の硬度でぶつける!
もしかすれば死んでしまうかもしれないが、その時はやむなしだ。


「<グラオホルン>ッッ!!」


力強い言霊の調べと共に、放たれる氷槍。
その速度は音の壁を突破し、マッハ3を記録していた。
人間であれば、到底太刀打ちできない一撃。認識すら許されず串刺しになっている。
絶望王とて、ただでは済まないだろう。



「当たればな」


再び絶望王の両の手から蒼い炎が生み出され、彼を包む様に、覆い隠すように広がる。
着弾の刹那の、一瞬のこと。
そのコンマ一秒後にグラオホルンは絶望王がいた座標を正確に穿った。
だが、しかし、貫いたのは彼が放った青い炎のみ。
それを確認した瞬間に、魔神王は<逆感知(カウンターセンス)>の魔法を使用。
絶望王の所在を索敵する。2秒で結果は出た。魔神王の上空50メートルに彼はいた。


「さて、あの街じゃできなかった事をしてみるか」


ぱちんと、指を鳴らして。空間を閉じ、世界を灰色に染め上げる。
彩を失い、灰色になった風景の中で、唯一元の彩と同じ輝きを放つ物が一つ。
朝陽を背に、絶望王は悠然と両手を広げる。
その威容に、魔神王をして思わず見入った。
正確には絶望王でなく、彼の背後の朝日を注視していた。
絶望王の為そうとしている事を予見し、まさか、と言う言葉が口から洩れる。



────太陽光を、捻じ曲げる、だと………!



「焼き加減はどんなもんがいい?」


絶望の具現である少年は謡うように口ずさみ。
彼の手が振り下ろされるのと同時に、裁きの光が魔神王の上空で猛る。
大地を蹴り、全力で回避を試みるものの、天の光からは逃げられない。
太陽は誰に対しても、平等に降り注ぐものなのだから。
精密、緻密、綿密に練り上げられた裁きの炎が───魔王へと降り注いだ。


「はー、意外としんどいな。これ」


美しい肢体が真っ黒な炭の塊に変貌するのを眺めながら、絶望王は独り言ちた。
その頬には疲労を示す汗が一筋浮かんでいる。
疲れる割に、効果は今一つだったな。というのが今しがた行った攻撃の評価だ。
事実魔神王は既に焼かれた部位の再生を始め、べりべりと炭化した組織の下から瑞々しい少女の肌が現れようとしている。
如何な天の炎とて、魔神王の魂魄まで焼き尽くす事は叶わなかったのだ。
だが、流石に再生に手いっぱいになっている様子なのは確かだ。


「……こいつも試して見るかね」


そう言って何処からともなく現れる鍵剣が一つ。
王の宝物庫の鍵であるその宝剣を、絶望王は魔神王の再生の頃合いを見計らいつつ開帳しようとする。
物理的攻撃は効果が薄い様だが、ならこの蔵の中に入っている武具ならどうか。
何が入っているか絶望王も良く把握していないため数撃つ必要があるが、
掃いて捨てるほどある宝剣、魔剣の群れであればその内当たりを引き当てるだろう。
そう考え、宝物庫を開帳しようとした、その時の事だった。
絶望王の視界の端で、猛スピードで突っ込んでくる影が一つ。


「ふー……ここでか」



パーティの途中で飛び入り参加の客が来たホストの様に。
僅かな気だるさと喜色を顔に浮かべて、絶望王は念動力を発揮した。
彼が哀たちを逃がした理由が、この乱入者だ。
魔神王が現れ、問答を行っている時からその殺気は感じていた。
明らかに、此方を狙っている。それもかなりの実力者だ。
一対一ならば問題ない。
だが魔神王と戦いながらとなると、哀たちを巻き込まずに戦うのは厳しい相手と彼は見た。
乱入者は今迄好機を伺っていた様子だったが…絶望王が大技を放ち、消耗したと見られるこのタイミングを狙ってきた。
現れたのは、白銀の髪の少年。
それが殺意を籠めて、身の丈以上の大剣を此方に向けて振り下ろしている。


「よく来たな、兄弟」


中々いい奇襲だった。だが、気配の殺し方がまだ拙い。
恐らくは魔神王も気づきながら捨て置いたのだろう。
そんな事を考えながら、普段通りの軽口を叩いて。
絶望王は、敵意と殺意が籠められた大刀を念動力で止めようとする。その刹那。


「────!?」


違和感が生じる。
白銀の少年は強い。強いが自分の念動力ならばまず間違いなくその動きを止められる。
その見立てだった。だが、そんな絶望王の見立てに反して状況は進む。
大刀の動きを止める筈だった不可視の力場が、大刀に触れた瞬間消え去ったのだ。
まるで、刀が彼の念動力の力場を喰らったかのように。
結果、運動エネルギーは何の影響も受けず、そのまま絶望王に向かって突き進む。


(そうか、こいつ。この刀で───!)


防御されるのを見越しての攻撃だったのだ。
ニィ、と。鮫の様な歯を覗かせ、白銀の少年は笑みを浮かべた。
作戦の成功を悟った笑みだった。そして、短く一言、絶望王に告げる。



「力の強さに驕ったな」



嘲るようなその言葉が、絶望王の耳朶に吸い込まれるのと同時に。
鮮血が、空中に舞った。





          ■     ■     ■



伝わって来る戦いの余波だけで、気がどうにかなりそうだった。
闇の帝王やダンブルドアの様な化け物共を連れてくるなら、僕なんて必要ないじゃないか。
僕みたいなただの魔法使いは死ねと、そう言っている様な物じゃないか。
理不尽だ。理不尽に過ぎる。
理不尽に対する怒りが腹の奥で渦巻き、ドラコ・マルフォイはそれを抑える事ができなかった。


「おい!お前の持っている支給品に杖があっただろう!それを渡せ!!」


ランドセルの背負い紐に手をかけて、怒りを隠そうともしない形相で隣の女に命じる。
落ちついて。マグルの女であるハイバラアイはそう言ってマルフォイを宥めようとした。
だが彼の精神はエリスとの敗戦以降、メリュジーヌの襲撃、絶望王とシュライバーの来襲など休まる暇がなかった。
既に、彼の精神は限界を迎えつつあった。一言で言うなら、ヒステリー状態だ。
そのはけ口は、必然的に最も近く見下して良い対象へと向けられる。


「分かったから、落ち着いて。今の貴女は冷静じゃ───きゃっ!」


少女らしい叫び声を上げて、哀は大地に身体を投げ出す。
突き飛ばされたのだと理解したのは、軽く擦過傷が作られた自分の腕を見てからだった。


「……っ!お前がさっさと渡さないから悪いんだからな!」


マルフォイは擦りむき傷を作った少女を見てバツの悪そうな顔を浮かべる物の、
傍らに横たわるランドセルを目にすれば、すぐさまそれに飛びついた。
自分は一体何をやっているのか。
杖があった所で、メリュジーヌや絶望王たちに敵う筈もないのに。
行き場を失った恐怖心は、爆発的な攻撃性を生み出し、支離滅裂な行動を誘発するものだ。
涙が零れそうになるのを堪えて、必死にランドセルの中を探る。
兎に角、杖が欲しかった。杖があれば、少しは安心できる。
杖のない魔法使いの見習いなど、殆ど無力なマグルと変わらない。
そんな事、ブラック家の嫡子であるドラコ・マルフォイにあってはならないのだ。


「……!あった!!」


杖を引き抜いて、ようやく子供らしい笑みを浮かべる。
入っていた杖を最初に目にしたのは、偶然だった。
放送前に支給品の確認の為に哀はブラックの支給品を一通り取り出していたのだ。
それを目ざとくマルフォイは見逃していなかった。
この杖はブラックの支給品だが、奴は使っていなかったし、借りるだけ。
そう、借りるだけだ。
奴が戦っている間、これであのマグル女を護衛してやれば彼奴だって文句は無いだろう。
杖を手にした瞬間、ここまで散々足蹴にされてきた魔法使いとしての誇りが、戻って来た様な高揚感を覚えた。
それは実の所、杖があった所で何ができるのかという疑心を一切無視した逃避に近い物だったけれど。
でも、それでも今の彼を支えるのに必要な精神的防衛行為でもあった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー