コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

セイラム魔女裁判

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だれでも歓迎! 編集
──────紛れ込んだ、魔女は誰?







△▼△▼△▼△▼△▼△▼




縋るような視線で見つめてくる悟飯さんを宥めすかして。
再びトイレに籠ってようやく聞けたメリュジーヌさんの報告は。
私──北条沙都子にとって芳しいとは言えないモノだった。



「……そうですか。引き離すことはできたんですのね?それならまぁ、良しとしましょう」



メリュジーヌさんの話が確かならば、日番谷さんを殺す事はできなかったものの。
それでも少なくないダメージを与え、引き離すことに成功したらしい。
またしても殺しそびれた事は遺憾ではあるが、今更言っても仕方がない。
大事なのは、何時だって“これから”ですもの。


『もっと絡まれると思ってたよ』
「私はそんなに暇ではありませんわよ。もしご希望であれば吝かではありませんが。
それで?今メリュジーヌさんは何方に?怪我などはしていますの?」
『あぁ、それなりに反撃を受けた。奪った支給品である程度回復したけど…
それでもハッキリ言って、今すぐ其方に駆けつけられる状態じゃない』


強いだろうとは思っていましたが、まさか日番谷さんがここまでやるとは。
次に彼を襲う時は、カオスさんも加えて確実に殺さなければいけませんわね。
とは言え、彼の殺害に失敗して更に苦しくなった現状。
日番谷さんと再合流され彼に諸々を暴露されれば、いよいよ私の立場も危うくなる。
何せ悟飯さんは、私がメリュジーヌさんと一緒に居た事を知っていますもの。
現状は、不味い。非常にまずい。でも、此処が底ではなかった。
それを、続くメリュジーヌさんの報告で、私は思い知らされる事になる。


『………実はもう一つ、悪い知らせがある。今空から確認したんだけど──』
「今度は何ですの。と言うより今、飛べるなら此方に来れませんか?」
『飛び上がって滞空するくらいなら問題ないからね。
それで確認したら、僕が取り逃がした二人組が沙都子達のいる場所に向かってる』
「………っ」
『怪我をしている様子だから、まだ猶予はありそうだけど……』


報告は、頗る付きの最悪の物でした。
日番谷さんがいつ戻って来るか分からず、一刻も早く悟飯さんを懐柔する必要がある時に。
よりにもよって、メリュジーヌさんが襲った二人組が此方に向かってきているという。
咄嗟に移動するか考えて見ましたが、今この状況で大きくこの場を離れるのは無理。
いつ爆発するか分からない悟飯さんがいる上、日番谷さんが不在の現状では。
仲間がいなくなって直ぐに移動するなんて、彼らが受け入れる筈がない。
下手をすれば、移動するかしないかで揉めている間に二人組が来てしまう。


『確か……モクバとドロテアと言ったかな。特にドロテアは狡猾な相手だ。
仲間を殺して首輪を奪い、もう一人の仲間も平気で見捨てる様な女だよ。
君でも手を焼く相手かもしれないね』


───不味い。
不味い不味い不味い不味いまずいまずい……っ!
よりによってそんな厄介な相手を取り逃がすだなんて。
流石にメリュジーヌさんに激昂したくなる。だけど、今はそんな暇はない。


『今すぐ孫悟飯の近くから離れるのなら何とか迎えに行くけど。
その二人を取り逃がしたのは、僕の不手際だからね』



良く言いますわ。
これで私が素直に頼れば、見限る算段を立て始めるでしょうに。
とは言え、背に腹は変えられません。
悟飯さんがいつ末期症状を起こすか分からない現状、
メリュジーヌさんがわざわざ頭が回ると評価する相手とぶつかるのは避けたい。
リスクを避けるなら、今のうちにカオスさんと離脱するのが最善手。
全く、せめてやって来たのが日番谷さんの様な甘い相手なら────、



(──待って、仲間を殺して首輪を奪い……もう一人を囮にした……
それにドロテアという名前……どこかで聞いた事があるような……)



その時。
感じたのは微妙な、虫の知らせにも似た第六感。
この勘を見逃すべきではない。私の直感はそう言っていました。
必死に記憶を辿って、ドロテアと言う名前に聞き覚えがある事を思い出します。
そうだ、確かあれは逃げてきた写影さん達と出会った時……


───うん、それでまた隈取の砂を使う能力者に襲われて……
───黒いドレスのリーゼロッテや、金髪で童話のアリスみたいな恰好をしたドロテアって子にも襲われた。


そうだ、彼は私を疑っていたし、時間的余裕もほぼ無くロクに情報交換できませんでしたが。
危険人物に対する情報はちゃんと私に伝えていました。
恐らく“乗っている”可能性の高い私と潰しあって欲しいという打算があったのでしょう。
或いは、本当に彼なりの善意から来る注意喚起だったのかもしれませんが。
何にせよ彼から聞いたドロテアの話のお陰で、私の中で一つのひらめきが生まれました。


───彼女の方にも、後ろ暗い背景があるのなら……


ぼそりと、脳裏に浮かんだ考えに導かれる様に言葉を漏らす。
これは危うい賭けだ。ほんの一手誤れば、私のバトル・ロワイアルは此処で終わる。
でも少し考えてみれば、それはメリュジーヌさんと出会った時からそうだったかと思う。
負ければ命はない賭けでも、元より勝負から逃げるのは性に合わない。
梨花も、部活メンバーの皆さんも、私と立場が同じなら、間違いなく誰もが挑む事を選ぶ。
だから私も。きっとそれだけの話。
短く息を一つ吐いて、私は覚悟を決めた。


『…また、何か思いついたのかい?』
「えぇ、勝負を前にして尻尾を撒くような性格ではありませんもの、私。
大丈夫、貴方の手は煩わせません。私とカオスさんだけで何とかして見せましょう」


堂々と、苦境の中に在っても余裕を示す様に。
決して揺らがない姿勢を。私の中の絶対の意志を誇示する様に。
自信たっぷりに、メリュジーヌさんに私はそう告げた。
すると彼女は少しの間押し黙って。


『……正直、もっと血迷っているかと思ったよ。放送は君も聞いただろう?』
「えぇ、ではやはり梨花は………」
『あぁ、これが最後になるかもしれないから伝えておくけど、僕が殺した』


予期していた事ではあるけれど。でも、それでも。
メリュジーヌさんのその言葉を聞いて、こめかみの辺りに疼きの様な物を感じて。
でもそれは一瞬のことで。直ぐにそんな感傷めいた疼きは無視できるようになりました。
梨花の死自体は飽きるほど経験してきているのだから。


「───そうですか。他の有象無象に殺されるよりは、貴方で良かったのでしょう」
『────』



何というべきか迷った物の、選んだのはその一言。
今言うべきはきっと、これだけでいい。今は自分が生き残る事に集中しないといけない。
大勝負を控えたこの時に、恨み節なんて吐きたくは無かったから。
だから私は、きっぱりと突き付けるようにメリュジーヌさんへそう伝えた。
私の返答を聞くと再び彼女は押し黙り、呆れた様な、感心した様な声を上げる。



『…僕は、君の事は嫌いだけど、その何があってもブレない姿勢は評価してる』
「当たり前ですわ。言ったでしょう?
何があろうと揺るぎのない、絶対の意志こそ望む未来を引き寄せると」



むしろ私に言わせれば、メリュジーヌさんの方が感傷的に過ぎる。
そう指摘すると、再び通信機から帰って来るのは沈黙。
でも、その沈黙はさっきまでとは微妙に違ったモノのように感じられて。
少し考えてから、私は何か思う所がある様子の彼女に口火を切った。
一つ、真面目な話をします、と。
つい先程は、最強の看板を降ろしたらなどと言ったけれど───



「何を感傷的になっているのかは知りませんが、貴女の愛に間違いなどありません」



どういう経緯で彼女が事を仕損じたのかは知る由もありませんが。
今彼女が何を想い、何を考えているのかは声で予想が付きました。
自分は最強種だ、人間とは違うなどと言っていたけど。
その実彼女は情が深くて、とても人間臭い。
だから自分が踏み躙った者に対して感傷的になっているのでしょう。
ひょっとすれば、迷いが生じているのかも。
だけど、梨花を殺した以上それだけは許さない。それだけは認めない。
あの梨花を、奇跡を起こして百年の惨劇を終わらせた梨花の運命を?み込んだのだから。



「梨花も含めて、貴方の愛に勝る者などいなかった。
“そんな者いなかった”んですのよ、メリュジーヌさん」



彼女が誰にどんな思いを馳せて感傷に耽っているか知らない。けれど。
殺した参加者の最期に影響を受けて、自分を、自分の願いを卑下している様な事があれば。
更に、まさか梨花以外の有象無象にそんな思いを抱いたのだとしたら。
梨花がどこぞの馬の骨より下と言っている様な物ではありませんか。
それだけは、我慢ならない……!



「梨花を殺しておいて、自分が弱いかもなんて思うのは許しません。
貴方の愛が最も強かった。貴女の願いに比べれば殺した子供の悉くが取るに足りなかった。
自分の願いこそ最も尊(たっと)い物で、最も強い愛、貴方はそう断言する義務がある」



私の親友を、殺したのだから。
反感を買うかもしれないと考えながらも溢れた思いは、止める事はできませんでした。



「貴方は口癖の通り自分の愛こそ最強、そう言っていて下さい
それでこそ、私が最後に乗り越える障害足りえるのですから」
『…………………全く、その自信がどこから沸いてくるのか知りたくなってきたよ』



反感を買うかとも考えましたが、そこまで気分を害した様子はなく。
暫く黙ってから、一言憎まれ口のように毒づいて。
直後に冷厳とした声で彼女は続けました。
───あぁ、だけど。君の言う通りだ沙都子、と。



『僕の願いは…僕にとって何よりも優先されて何よりも尊ぶべきものだ。
君の親友も、サトシやキウルも強かった。それでも僕の願いには遠く及ばなかった。
──────僕の愛が、最も強い。今までも、そしてこれからも』



それでいい。変に卑下して惑われるよりは、不遜でいてくれた方がいい。
梨花が有象無象と一緒くたにされているのは気に食わないですが。
それは最後に私が勝てば、梨花の株も保たれる話。
そう考えていると、彼女は「これが最後になるかもしれないから、もう一つ」と言って。



『僕は君の事は嫌いだけど、人の身で僕を御せるのは君ぐらいだったと思ってる。
これから君の小賢しい企みが実を結ぶことを精々期待してる。僕の為にね』
「最後にするつもりは毛頭ありませんわね。合流したら言いたい事が山ほどありますもの。
さしあたって今は、今後は不甲斐ない戦いは控えて下さいましと言っておきましょう。
最強の看板をこれから掲げ続けるおつもりですものね?」
『本当に君は口が減らないな』



窮地の中で、私達は憎まれ口をたたき合う。
状況は、非常に苦しい。これから行う事は紛れもなく運否天賦。
だが、勝負から逃げる事は許されない。
焦燥と不安に身を焦がされながら、それでも私は笑みを形作って。
不敵な態度を保ち、最後に今後の目標と彼女に頼みたい仕事を伝える為、言葉を交わす。



「乃亜さんの通達、聞いていたでしょう。
次の放送のドミノ上位とやらは、私たちが獲ります」
『……あぁ、もっともその時には、君は生きているか分からないけどね』
「そのための努力を、これからするんですのよ。
メリュジーヌさんは其方にて待機で構いませんが、やってもらう事が───」



全く。
口が減らないのは、お互い様ではありませんか。
苦笑しながら私はメリュジーヌさんに指示を飛ばし終え、一旦通信を切った。
そのまますたすたと悟飯さんが待つ部屋へと歩きながら、もう一度通信機に語り掛ける。


「聞こえていましたか、カオスさん?」
『うん、しっかり聞いてたよ、沙都子おねぇちゃん』
「よろしい。ではカオスさんにも、これから行って欲しい事を────」


【一日目/日中/D-6】

【メリュジーヌ(妖精騎士ランスロット)@Fate/Grand Order】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)自暴自棄(極大)、イライラ、ルサルカに対する憎悪、鞘と甲冑に罅(修復中)、1~2時間飛行不可(カードの回復により滞空は可能)
[装備]:『今は知らず、無垢なる湖光』、M61ガトリングガン@ Fate/Grand Order(凍結、時間経過や魔力を流せば使えるかも)
[道具]:基本支給品×3、イヤリング型携帯電話@名探偵コナン、ブラック・マジシャン・ガール@ 遊戯王DM、
デザートイーグル@Dies irae、『治療の神ディアン・ケト』(三時間使用不可)@遊戯王DM、Zリング@ポケットモンスター(アニメ)
[思考・状況]基本方針:オーロラの為に、優勝する。
0:精々頑張るといい、沙都子。
1:孫悟飯と戦わなけばいけないかもね
2:沙都子の言葉に従う、今は優勝以外何も考えたくない。
3:最後の二人になれば沙都子を殺し、優勝する。
4:ルサルカは生きていれば殺す。
5:カオス…すまない。
6:絶望王に対して……。
7:竜に戻る必要があるかもしれない。方法を探す。
[備考]
※第二部六章『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』にて、幕間終了直後より参戦です。
※サーヴァントではない、本人として連れてこられています。
※『誰も知らぬ、無垢なる鼓動(ホロウハート・アルビオン)』は完全に制限されています。元の姿に戻る事は現状不可能です。






△▼△▼△▼△▼△▼△▼



首輪を、集めましょう。
のび太達に様子を報告すると言って出て行った沙都子は、すぐに戻ってきてそう言った。
その言葉の真意を測りかねて、悟飯は困惑した声をあげる。
だって、沙都子の言葉を鵜呑みにするなら。
それは殺し合いを強いている乃亜に従うという事で。



「大丈夫、確かに乃亜の言葉に踊らされてはいけません。
得点稼ぎに誰かを犠牲にするなど、絶対にあってはならない事です。
貴方のお父様も…孫悟空さんも、きっとそう言う筈ですわ」



沙都子のその発言に対する、悟飯の反応は想定通りの物だった。
孫悟空の名前を出した瞬間、彼はぶるぶると震えて。
「そうだ。それだけはいけない」だとか「自分の為に誰かを犠牲にするなんて」だとか。
「もし、お父さんが知ったらなんて思うか…」だとか、うわ言の様に呟いて。
そして、青褪めた顔でぶるぶると怯えるばかり。
正直な所、肝が冷える。いつこの青褪めた顔が激昂して襲ってくるか読めないのだから。
沙都子は心中で巨大な爆弾を前にしている様なプレッシャーを感じていた。
しかし、それでも彼女は臆さない。


「だから、首輪を集めるんです。他の方の首輪も融通してもらって、上位三人になる」


そうすれば、悟飯さんは助かるんです。
優しき天使の様な、あるいは聖女の如き笑顔で、沙都子は悟飯に断言した。
効果は覿面だった。
悟飯の縋るような視線が、沙都子へと向けられる。
その言葉は、焦燥と孤独感と絶望の淵に居た悟飯にとっての一縷の希望だった。
自信と冷静さに満ちた沙都子の立ち振る舞いは、今の彼には輝いて見えたのだ。


「………沙都子さんは、恐ろしくないんですか?
その、僕は、何時おかしくなってしまうか分からないのに…」


それだけに、不思議だった。
沙都子は、何故何時狂って襲い掛かるか分からない自分にここまで優しくするのか。
もしや、何か大丈夫と言う根拠があるのか?
それを知っているから、自分の近くにいる事ができるのか?
もしそうなら、何故それを知っている?まさか────、
疑心暗鬼は最早今の悟飯に止める事は出来ない。加速していく。
だが、彼が結論に至る前に、悟飯の頬が撫でられる。
柔らかくて、温かい。でもその手は小さく震えていた。


「最初に会った時言ったでしょう?私だって怖いと。
確かに悟飯さんの言う通り、怖くないと言えば嘘になりますわ」


でも。
穏やかな微笑と共に、沙都子は悟飯に囁く。


「それでも今の悟飯さんを見ていると、どうしても放って置けないんですわよねぇ………」


呆然とする悟飯に、沙都子は語った。
自分も、そういう時期がかつてあったと。
家の事情で住んでいた村で爪はじきされ、両親は死んでしまい。
唯一残った兄は自分のせいで病床に伏せ、引き取られた叔父からは虐待を受けた。
笑えて来る位の不幸をただじっと耐えていた過去の自分。
それと、今の悟飯がどうしても重なってしまうのだと彼女は言う。




「安心してください悟飯さん。そんな私でもずっと隣にいてくれた人の……
たった一人の親友のお陰で、今は住んでいる村が大好きになれたんです。だから」



その時親友が私にしてくれたことを、今度は貴方にもしてあげたいんです。
皆さんが悟飯さんを信じられないなら、私一人くらいは貴方の味方でありたい。
頬に手を添えたまま、真っすぐに悟飯を見つめて。
蕩ける様な声で、オヤシロ様は、目の前の儚く小さき人の子に言葉を届ける。



「だから────悟飯さんも、私を信じてくれますか?」



尋ねる声は、そう大きくはなく。
けれど圧倒的な質量を以て、聴覚から悟飯の脳を灼いたのだった。
沙都子さんの語ったことは、きっと嘘ではない。
悲惨すぎる幼少期も含めて全て本当だと思えるくらい、生々しく、真に迫る物だった。
味方でいてくれる、と言う言葉も本当の筈だ。
そう思ったからこそ、彼は反射的に尋ね返す。


「……僕の味方をしてくれても、何かの拍子に僕は貴女を殺してしまうかもしれない」


それだけは避けたいから、僕のことは放って置いてください。
本当に沙都子の身を案じるなら、そう言うべきなのに。
だが悟飯は言えなかった。極限状況の中で、孤独でいる事を彼は畏れたのだ。
故にこそ、尋ねてしまう。
僕は貴女を殺してしまうかもしれないけど、それでも貴方は味方でいてくれますか?と。
問いかけに対して、沙都子の返答は簡潔だった。



「えぇ、覚悟の上ですわ。でも、その代わり───悟飯さんも私を信じて下さい」
「……っ」



瞳を見れば分かる。沙都子の言葉はやはり、嘘や韜晦に依るものではない。
彼女は本当に覚悟をして今、悟飯の前に立っている。
それを理解してしまえば、もう駄目だった。疑う余地は無かった。
いや、嘘だったとしても騙されていたい、とすら今の疲弊しきった悟飯は考えており。
それ度程までに沙都子の言葉は、今の彼にとって救いとなっていたのだ。
返答は、揺らぐ余地なく決まっていた。



─────わ、わかり、ました。ぼ…僕も、沙都子さんを信じます……!



声は震えていたが、それでも確かな意志を感じさせる声色で、悟飯は宣言を発し。
それを聞き届けると沙都子は安心した顔で、一つ私と約束をしましょうと悟飯に迫った。
そして、え?と声をあげる少年に構わず、内容を語る。


「これから首輪を集める過程で、私たちは別行動を取る事もあるでしょう」
「………はい」


相槌を打つ悟飯の顔色に、陰りが差す。
出来る事なら、沙都子にはずっとそばにいて欲しい。そう思ったからだ。
だが、シュライバーの様なマーダーに襲われて、彼女と離れ離れになる可能性はある。
余り考えたくはないが自分が我を忘れて暴走した結果、落ち着くまで距離を置く可能性も。
その可能性を考えるだけの思考力は、まだ悟飯の中に残っていた。
雛見沢症候群の発症者は、精神状態によって大きく思考力に振れ幅がある。
沙都子の言葉の影響により、今の彼は平時に比較的近い思考力を取り戻していたのだ。
そのため、沙都子が約束を語る最中彼は口を挟むことなく耳を傾けていた。




「もし逸れた時は悟飯さんも首輪を集めて、放送前に教会の前で落ち合いましょう
その間に、私もカオスさんやメリュジーヌさんと首輪を集めておきますわ。
手分けした方が首輪もきっと多く集まって…悟飯さんが助かる可能性も高くなります」
「は、はい……で、でも…………」



悟飯は話自体には納得する姿勢を見せていたが。
だが、やはり表情は暗く、口ごもってしまう。
そんな彼の様子を見れば何を言いたいかは、沙都子には直ぐに予想が付く。
カオスと言うエンジェロイドを懐柔した時と同じだ。
悟飯が今最も望んでいるであろう答えを、彼女は述べた。



「怖がらなくても大丈夫です、悟飯さん。言ったでしょう?
例え貴方が自分を抑えきれず、離れている時誰かを手にかけてしまったとしても……
私は貴方の側に立ちます。誰が何と言おうと、決して貴方を独りに何かさせません」
「さ、沙都子さん………」



力強く述べられる言葉に、悟飯の涙腺が緩む。
沙都子さんはこの手で守りたいけれど、これまでのように失敗してしまうかもしれない。
内側から湧き上がる衝動に従って、誰かを殺めてしまうかもしれない。
それでも沙都子は、自分の側に立ってくれると言った。
こうして、何時おかしくなって襲い掛かって来るかもわからぬ自分の傍で。
恐怖を感じながらも、自分から目を逸らさずに。
ならば此方も応えなければ。己の中の凶暴な衝動と戦わなければ。
六時間耐えれば、きっと沙都子は自分を助けてくれるから。
それなら、耐えられる。耐えて見せる。
彼がそう考えたのも、無理からぬ話だっただろう。


「暫く待たせてしまうかもしれませんが、約束してくださいますか?」
「はい…はい…!ぼ、僕…が、頑張ります。首の痒さにだって、耐えて見せますから…!」
「その意気ですわ」


目尻に浮かんだ雫をごしごしと手の甲で拭いつつ、悟飯は目の前の少女と約束を交わす。
首の痒さにだって耐えて見せる──悟飯の決意を聞いて、沙都子は柔らかに微笑み。
そして、悟飯に身を寄せるとそっと軽い力で彼を抱き寄せた。
「さ、沙都子さん!?」と照れが混じった声を悟飯が挙げるのも気にせずに。



────まず、ここまでは計画通り。



そして、真横に顔の位置する悟飯から見えないのを良いことに、瞳を紅く煌めかせた。
沙都子にとっても、正念場だった。何しろ、今しがたの放送で通達された追加ルール
ドミノとかいう名前の特典。その上位者三人に報酬を得られるという追加ルールは。
沙都子の様なマーダーにとって福音であり、同時に絶体絶命の窮地に追い込まれる可能性のある爆弾だったからだ。


(乃亜さんにとっても悟飯さんが正気に返られたら不味いはず。
上位三人に入ったとしても、何だかんだ理由をつけて拒否するとは思いますが……)


そう、追加ルールの報酬は、微笑む相手を選ばない。
それだけに悟飯がもし報酬の権限を得てしまったなら。
折角ここまでお膳立てした、雛見沢症候群を治療されかねない。
開幕初期であれば悟飯が正気に戻っても次の機会を伺う余地もあったかもしれないが。
沙都子達の敵が増えた今は不味い。最悪の場合、四面楚歌の憂き目になる可能性がある。
絶対にその展開だけは回避するべく手を打たなければならなかった。
即ち、当初の予定よりも早く、自分に心酔させたうえで雛見沢症候群の進行を進めるのだ。




(最悪、次の放送を待たずに悟空さんとぶつけてしまうのも手ですわね)



非情に綱渡りの、危うい賭けである事は間違いない。
このまま行動しなければ、日番谷やドロテア等から自分が黒幕であったことが露見する。
悟飯すら敵に回る事があれば、正しく八方塞がりだ。
最悪の展開を避けるために、悟飯の症候群を最低でもL4へと移行させる必要がある。
だが、症状を進行させる事にもリスクが伴う。
悟飯が症候群の影響で殺しまわり、ドミノ保有数上位になれば症候群の治療を願うだろう。
流石に素直に治療に応じる程乃亜が愚鈍な糞馬鹿ではないと信じたいが、信用は置けない。
更に悟飯が末期症状になれば、悟空との対決前に喉を掻きむしり死んでしまう恐れもある。
死んでしまわずとも、悟空の対抗馬にならない程消耗させては意味が無い。
だからこそ、こうして心酔させる過程で人を殺さない様に刷り込んでいるのだが。
症候群の発症者にそれはどれほど意味がある物か。



(つくづくあの青コートや、シュライバーとか言う気狂いが余計な事をしなければ……!)



憤怒の形相で、爪を噛みたくなるのを我慢する。
シカマルや青コートやシュライバーさえいなければ、もう少し余裕を以て暗躍できた。
梨花から情報を聞いた銀髪はまだいい。いけ好かないが、疑心を抱くのには納得できる。
シカマルも切欠は勘に近いが、あそこは惚けるべきだった自分の判断ミスだ。
だがこいつら、根拠の全くない勘で自分の立ち回りをぶち壊しにしている。
此方が仕込みと言葉を尽くし地道に立ち回っているのに、勘で台無しにされては堪らない。
一言で言って椅子でぶん殴ってボコボコにしてやりたかった。


(……愚痴を吐いても仕方ありませんわね)


そう、今は愚痴を吐いている場合ではない。
ドロテアらが来るまでに、悟飯の心証を最大限高めておく必要があるためだ。
美柑達は悟飯に怯えており、イリヤはそんな美柑達を守らなければならない。
邪魔だった日番谷も消えたお陰で、こうして悟飯を言いくるめる時間ができたが。
それでもそろそろ────、



「ぼっ!僕も!僕も悟飯君のこと、信じるよ!」



入り口で聞き耳を立てていた、お邪魔虫の我慢が効かなくなる頃合いだろうから。
そう思いながら、転がる様に部屋の中に入って来る野比のび太を沙都子は見下ろした。
視線の先ののび太は、困惑した様子の悟飯に這いずる様に近寄って、強い語気で言う。


「僕も、悟飯君を絶対独りにしない!
君が暴れても、何とかなる様に沙都子さんと考えるから!」
「の、のび太、さん……………」


面白くない展開ですわね。
のび太に言われる悟飯の表情を読み取り、沙都子はその感想を抱いた。
悟飯の表情にある感情は未だ困惑、疑心、嫌悪、などが占めていたが。
その奥で、俄かに喜びや信頼の感情が芽吹きつつある。



「その、ドラえもんの道具に何でも病気を治せる薬とか…
そういう道具を見つければ、悟飯の君の頭の病気だって、きっと治せると思う!」
「あ……は、はい……………」
(二人の世界作ってるんじゃありません、殺しますわよ)



沙都子は、迅速に二人の関係に芽吹きつつある信頼の種を摘み取りにかかった。
腕を組み、冷めた表情でのび太に声を掛ける。
まぁ、のび太が何を話すかなど、大方予想がついていたが。


「……それで?のび太さん。此処に来たのは単に悟飯さんを励ましにきたんですか?」
「えっ、あっ!そ、そうだ。大変なんだよ二人とも、日番谷さんが………」


堰を切った様に、見張りに立っていた筈の日番谷がいない事を話すのび太。
それは沙都子にとって予想通りの内容だったが。
報告を受けて、驚いたふりをするのは忘れない。
その後少し考えた素振りを見せてから、沙都子は悟飯の手を取る。



「……悟飯さん、のび太さん、行きましょう。全員でこれからの事を話します」



芝居はまだ、幕が上がったばかり。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼




見張りに立ったはずの日番谷冬獅郎がいなくなった。
海馬コーポレーションの前に新しい戦闘痕はなく、怪しい音もしなかったにも拘らず、だ。
各々が、困惑した表情でどうするべきか顔を見合わせる。
戦闘痕が残っていないのは理解できる。
何故なら現状のkcビルのエントランス付近はクロエ達の手で吹き飛ばされたからだ。
カオスがデータを破棄した端末を除き、電子設備もクロエ達の手によって破壊されている。

それ故に、戦闘痕が増えていても判別がつかないだろう。
だが、襲撃を受けたのなら、物音ひとつしなかったのは明らかに異常だ。
日番谷ほどの実力者が音もなく殺されるとは思えない。
では、彼は何処に行ったのか?襲撃を受けたのか、それとも黙って立ち去ったのか?
立ち去ったのなら、何の為に?考えた所で、誰も答えは出なかった。
答えは出ないままに────北条沙都子は、これからの行動の指針について口火を切る。


「何処へ行ったのかも分からないのに、ここでじっとしていても仕方ありません。
これから病院に向かって何か薬が無いか探し、その後首輪を集めに行きましょう」


は?と二つの声が上がる。
沙都子が其方に視線を向けてみると声をあげたのはやはり想定通りの二人だった。
ケロベロスと紗寿叶が、沙都子の立てた方針に対して異議を唱えた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。日番谷君がいなくなったのに、何で!」
「せや!冬獅郎の坊主が帰って来るのを待つべきやろ!」


憔悴した様子で、紗寿叶が食って掛かる。
当然だ、彼女はこの場で最も長く日番谷と行動を共にした少女なのだから。
この場において最も信頼できる人間がいなくなったのに。
それなのに今すぐ行動しようと言われても納得できる筈が無かった。
それも、年下の少女に。


「いつ帰って来るかも分からない日番谷さんを待っていたら、
悟飯さんの病気が手遅れになるかもしれません。今行動するべきです」
「「………っ!」」


紗寿叶にとって年下である筈の当の少女は、年上に詰められても涼しい顔で反論を行った。
悟飯の為だと言われれば、紗寿叶達も反論しにくい。
自体が逼迫しているのは、悟飯もまた同じなのだから。
年上の少女にもクロウカードの守護獣にも一歩も引かない態度。
それを見て、悟飯は感じ入った様に小さく沙都子の名前を呼ぶ。
生憎、小さすぎて目の前の沙都子にすら耳に入らぬ呟きだったが。



「勿論、私だって日番谷さんを心配していない訳ではありません。
だから、このエントランスに書置きでも残していきましょう」
「書置き、って。そんな………」
「そんなもん、アテにならんやろ」


反応は、当然ながら渋い。
書置きなど残しても首輪を集める場所にアテがあり、そこに向かう旨が無いと意味が無い。
そう反論しても、やはり沙都子の反応は冷ややかだった。


「ではこうしましょう。
私とカオスさんと悟飯さんが出ますから。紗寿叶さん達は此処で待っていてください」
「ぼ、僕も」
「あぁ、のび太さんもここで日番谷さんを待っていてくださいまし」
「何で!」
「だってのび太さん、私より歩くの遅いんですもの。体力も無さそうですし。
いざと言う時にカオスさんに運んでいただくことを考えれば、私だけの方がいいでしょう」
「そ、そんな………」
「悟飯さんの為です」


にべもなく提案を拒まれ、のび太はがっくりと項垂れる。
しかし反論できる程彼は体力に自信が無く。
だから彼に代わり、ケロベロスが待ったをかけた。


「ちょっと待てや沙都子、それやとイリヤが一人でのび太達守らなあかんくなるやろ!」


日番谷がいなくなった今、この場における戦力は乏しい。
カオスと、悟飯と、イリヤの三人だけだ。
それなのにカオスと悟飯が抜ければ、イリヤ独りでのび太ら三人を守らなければならない。
流石にそれはイリヤにかかる負担が大きすぎる。
シュライバーの様な参加者が襲来した場合、きっと対応しきれない。
だから皆で一緒に此処で待とう。それがケロベロスの主張だった。
対する沙都子は視線だけイリヤに向け、貴方はどう考えているんですの?と発言を促す。


「私は…悟飯君も心配だし、ここで紗寿叶さん達と残っても………」


不味い流れだ。ケロベロスは敏感に嫌な予感を感じ取った。
イリヤが同調の意志を示してしまっては、沙都子の意見を覆せない。
悟飯の為に首輪を集めるのはいいとケロベロスも思っている。
乃亜に従うのも、それしか手が無い以上飲み込もう。
だが行動するならやはり、日番谷冬獅郎が帰ってくるまでは動くべきではないのだ。
何故なら。


「悟飯に毒を盛ったっちゅー奴も近くにおるかもしれへんのやろ?
そんな時にイリヤだけで何かあったらどうするねん!」


この時ケロベロスは、露骨に言葉を濁した。
彼もこの場に悟飯に毒を盛った獅子身中の虫がいるとは考えたくなかったから。
だからまるで外部犯の犯行であるように表現したのだ。
そんな守護獣の反論を聞いて、沙都子はこれ見よがしに嘆息し、尋ねる。




「ケロベロスさん。貴方は私たちよりあの気狂いの言葉を信じるおつもりですか?」
「えっ」
「悟飯さんの病気についてはまぁ、ある程度信憑性はあるのかもしれません。
けど、毒を盛った云々はあの気狂いが我々の不和を煽ろうとした嘘とは考えないんです?」
「そ、それは……」





沙都子の指摘に、ケロベロスははっと呆気にとられる。
ケロベロスだけではない、その場にいる一同全員がその可能性に思い至り、息を飲んだ。
寄生虫云々は悟飯本人が思い至る点がいくつかあり、少しは信憑性があるかもしれないが。
だが、その後のこの場にいる人間が毒を盛ったなど、何の根拠もない。
此方の不和を煽る愉快犯的な発言でない保証は何処にもないのだ。
何しろこの場にいる全員が、今のところ怪しい素振りを見せていないのだから。
シュライバーの此方の混乱と疑心暗鬼を狙った狂言と考える方が自然ですらある。



「け、けどそんなん、あのイカれが狙うとは思えんで!」
「逆に聞きますが、私達に懇切丁寧に教授して他にあの狂人の利益になる事がありますか。
まさかあの方が本気の親切心で教えてくれたとでも?
目的を抜きにしても、狂人の妄言を真に受けて疑心暗鬼になんて本末転倒。
そんな事をすれば、悟飯さんの精神に負担をかける事にしかならないと分かるでしょう!」



うぐぐ、とケロベロスは舌戦において年端もいかぬ筈の少女に明らかに押されていた。
守護獣として悠久を生きる彼から見たシュライバーは、そんな虚言を吐くとは思えない。
不和を煽って殺し合わせる位なら、自分が殺すと息巻く手合いだ。
だが…それを主張したとしても、ケロベロスの偏見で、論理的な物ではない。
それを見越した沙都子は、予めケロベロスが勘を根拠にすることを潰しにかかった。
そう何度も何度も根拠のない勘で地道な根回しを台無しにされるのは御免だった。



「貴方が不安に感じるのは分かります。けれど危機的な状況だからこそ……
私たちは今、悟飯さんを助けるために信じあわなければならないのではありませんか?」
「いや、分かっとる、それは分かっとる、けどな………」



こめかみの辺りを抑えながらケロベロスも一理あると考えてしまった。
だけどそれは、完全にシュライバーの発言を嘘とし、毒を盛った犯人がいない前提の話だ。
もしこの中に混じっている可能性を考えれば、とても同調できない。
だがそれを言ってしまえば、その瞬間この集団は終わる。
後に待ち受けるのは終わりのない疑心暗鬼と、悟飯の暴走だ。だから声高に主張できない。
反論しなければならないが、内部犯の事に触れず論理的な反論を行うのは不可能。
だからケロベロスは周囲を見渡した。
情けないが、何か、この中の誰かが助け船となってくれないかと考えたからだ。
そんな彼の期待は、残酷な形で裏切られる事となる。



「僕も……沙都子さんの言う通り、皆を信じたい、かな………」
「うん、私も………」
「此処にいるみんなの事は……疑いたくない」
(ア……アカン!イリヤ達が沙都子に賛同してしまっとるで!)



ケロベロスと瞳があった瞬間、各々は示し合わせた様にさっと目を逸らして。
そして、沙都子に同調する旨の発言を返してきた。
頭を抱えたくなるケロベロスだが、無理はないという思いも同時に抱く。
のび太やイリヤは、桜と同じ。人を信じる事によって困難を超えてきた子供達だ。
それも、他人(悟飯)を助けるためという大義名分があってなお、
シュライバーの言葉を鵜呑みにして犯人捜しに興じるのは難しい。


(桜がおっても、きっと沙都子側に立つんやろな………)


ダメだ。桜の事を想像すると、自分も反論しづらくなってきた。
これはいけない、状況は苦しいが、流されてはいけない予感があった。
今この状況は何か……胸の奥からこみ上げる様な気持ちの悪さがあった。
誰かの筋書きに沿って動かされている様な、黒い予感。
自分が沙都子の主張に流されたら、きっと取り返しのつかない事となる。
その危機感が、ケロベロスを突き動かしていた。




「…沙都子の言う事は一理ある、けど…悟飯の事だけ考えるのもちゃうやろ!?
冬獅郎の坊主や坊主を心配しとる紗寿叶の事も心配して、考えてやるべきやで……」
「私から言わせれば、ケロベロスさん達が悟飯さんを蔑ろにしすぎなんですのよ」



形勢の不利を悟って論点をずらした反論も、沙都子には一言で切って捨てられた。



「別に私だって日番谷さんが心配でない訳はありません。
ですから、首輪を集めるついでに日番谷さんの足取りを探るつもりです」



紗寿叶さん達が此処で日番谷さんを待って、私たちが日番谷さんを足で探す。
もしここから離れた場所で日番谷さんが負傷をして動けなくても、これなら助けられます。
これが現状できる最も賢明な選択ではないのですか、と沙都子は尋ねた。
だがその論理には穴がある。紗寿叶達が負うには大きすぎるリスクが横たわっている。



「そうかもしれんけど、それでも…イリヤの負担が大きすぎると、わいはおも」
「でしたら!!ケロベロスさんも残って皆さんを守ればいいでは御座いませんか。
何でしたっけ、確か何とかカードを守る力があるんでしたわよね?」



うぐぐ、とまたしてもケロベロスは痛い所を沙都子に突かれる。
ケロちゃんことケロベロスは、クロウカードの「地」と「火」を司る守護獣である。
人智を超えた力を有するクロウカードの守護獣は、戦闘能力なくして務まらない。
だがそれはケロベロスが魔力を潤沢に確保した、真の姿である時の話で。
現状は真の姿に戻るための魔力の源、地のカードも火のカードもこの場にはない。
故に今の彼は単なる戦力外の可愛いマスコット、ケロちゃんでしかない。
とてもではないが、シュライバーの様な参加者から美柑や紗寿叶は守れない。



「情けない話やけど…今のわいはゲロ弱や。クソザコや。
とてもやないけど………イリヤ達を守れるだけの力はない」



だから頼む沙都子、カオスと一緒に此処に残ってくれ!
前足をすり合わせ、非常に愛らしい所作でケロベロスは懇願を行う。
しかし、それを目にした沙都子の視線はやはり冷徹とさえ思えるほど冷ややかな物で。
守護獣の仕事は後ろからヤジを飛ばすの事なんですの?と言うのが彼女の感想だった。
流石にそれは口にしなかったが、その代わりとして彼女は無言で首を横に振る。
表情も立ち振る舞いも、決して覆らぬ明確な拒絶の意志を示していた。
だが、それを目にしてなおケロベロスは食い下がろうとする。
その時の事だった。



「ケロベロスさん、もういいわ。沙都子さんの言う通りよ」



彼よりも先に、最も日番谷の身を案じているであろう紗寿叶が先に音を上げた。
彼女はもう見たくなかった。ケロベロスが誰かと言い争う姿を。
魔法少女の相棒が、魔法のマスコットが、相棒でもない少女と言い争う姿を見ていたら。
紗寿叶が大事に今日まで抱いていた魔法少女への憧れが、深い虚に落ちていく様だった。
美遊によって既にガラガラと崩れているのに、これ以上の追い打ちはもう沢山。
これ以上、私の夢を、憧れを傷つけないで。その一心で。
ぎゅっと瞼を閉じ、両耳を両手で塞ぐ様に、紗寿叶は現状の維持を諦めた。



「何処に向かうかの書置きを残して、沙都子さん達と出発しましょう。
それなら、イリヤさんに負担をかけなくて済むもの……」




その発言は、嘘ではない。紛れもなく本心からイリヤを気遣った物だ。
だが全てでは無く、イリヤに自分の命運を託すことへの不安もあった。
僅かな時間接した所感では、少なくともイリヤに自分を害する意思はないと思う。
けれど彼女の親友であった美遊も、彼女の妹であるという話のクロも。
両者共に、この殺し合いに乗っているという。明らかに異常だ。
それを考えれば万に一つ、彼女が毒を盛った犯人かもしれない…そんな不安は消せず。
日番谷がいない時に、イリヤと残るのは可能な限り避けたい。
それ故に、沙都子の提案を了承する意思を示したのだった。


「ジュ、ジュジュ…………」


俯く紗寿叶を見て、ケロベロスもがっくりと肩を落とす。
もう駄目だ。理屈としては沙都子の方が正論だし、紗寿叶の方が折れてしまった。
紗寿叶がいいと言っている以上、これ以上自分が粘っても徒労でしか無いだろう。



(けど……何なんや?この変な胸騒ぎは)



嫌な予感を、ずっと感じている。
誰かが舗装したレールを、ずっと走らされている様な。
そのレールを敷いたのが誰かを考えると、真っ先に浮かぶのは沙都子だが。
だが彼女は今の所誰よりも冷静に、献身的に方針を用意しているようにも思える。


(特に悟飯に対しては……一番沙都子が真摯に気遣ってるやろな………)


ケロベロスも悟飯に対する対応は後ろめたい部分があった、美柑やのび太もそうだろう。
そのため、沙都子に対して方針は勇み足というか強引だと思うものの。
疑いを抱く事は心情的に憚られ、自分の直感を信じる事はできなかった。
結局、そのまま何かを言いかけるが、声をあげる事はできず。
一同を暫しの間、重苦しい沈黙の空気が包む。



「……決まりですわね。では私が書置きを用意しますから、皆さんは荷物を───」
(…………あれ?)



ケロベロスと紗寿叶が項垂れ、のび太が同行できる事実に仄かに安堵する中。
微妙な違和感に気が付いたのは美柑だった。
彼女の脳裏に、先ほどの沙都子とのび太のやり取りが蘇る。
確か沙都子はあの時………


───あぁ、のび太さんもここで日番谷さんを待っていてくださいまし。


こう言っていた。理由は美柑にとっても何となくわかる。
あまり連れ立って歩いても、進むスピードが遅くなるのは。
だから沙都子はのび太の動向を断ったのだと思ったが……今はあっさりと認めた。


(……何で?人数が増えたら、それだけ首輪を探すのは遅くなりそうだけど……)


イリヤと言う戦力が増えるから?でも、イリヤ一人増えても釣り合っていない気がする。
沙都子は頭がいいのは見て取れるが、意図がよく分からない。
どうしようか、何か考えあっての事だろうから、直接尋ねるべきか迷う。
だって、今声をあげたらまるで沙都子の決定に不服かのようだ。
下手をすれば、毒を盛った犯人と疑っていると取られるかもしれない。
沙都子はこの島で怯えていた自分に優しくしてくれた恩人。
疑いたくはないし、自分が疑っていると沙都子に思われるのも嫌だった。
だから迷う。迷ってしまう。声をあげられない。



(タイミングを見計らって、沙都子さんにこっそり聞いてみよう……)


後で聞く時間はあるだろうし。今は沙都子さん日番谷さんへの書置きで忙しそうだ。
邪魔しては悪い。美柑は、そう結論付けた。
時を同じくして、一同が集ったエントランスホールにノイズのような音が響く。




────沙都子、聞こえるかい?やっと通信が繋がったんだ。




未だ静まり返った空間、沙都子の立つ場所から、一つの通信が入る。
そして、その内容は。
美柑が抱いた疑問を、脳裏の彼方に追いやるのに十分な内容だった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼




折れた骨がじくじくと熱を持ち、痛む。
幾度とない錬金術を用いた改造手術のお陰で、妾の身体は非常に頑丈じゃ。
しかし、吸血を行わずに骨折が瞬時に治るほど、人外染みた再生力もまたなかった。
今も少しずつ修復してはいるが、アブソディックで吸血を行わぬ限り向こう二時間はかかるじゃろう。


「ドロテア……大丈夫か?」
「あぁ、上手く褐色たちはやり過ごしたし、モクバの会社で少し休みたいのう」
「お前年確か随分年誤魔化してたもんな。老体には堪えるのか?」
「抜かせガキが。骨が折れてもこたえない者なぞ……この島には一杯いそうじゃな」


ほんの軽口のつもりじゃったが、この島では軽口ですまぬ事に気が付き気分が重くなる。
何しろこの島ではエスデスですら命を落としかねん強者がひしめいている。
ブドーなどでは問題にもならず瞬殺じゃろう。そんな中で生き延びねばならん。
優勝は先ず望み薄、かといって脱出も現状では難しい。
今の妾たちはマーダーに襲われる度逃げ惑うばかりで、首輪を外す糸口すらつかめておらんのじゃから。



(じゃが、そんな中で乃亜が持ち掛けてきた報酬システム………)



殺害数と首輪を献上した数に応じてドミノを配り、上位者を優遇するシステム。
目的はマーダーへの優遇と、解除に使われてしまいそうな首輪の回収じゃろうな。
首輪がこの会場から物理的になくなってしまえば、最早解除は不可能。
案外其方の方が本命で、マーダーへの優遇の方がついでなのかもしれん。
此処からマーダー達はこぞって首輪を捧げ、対主催は更に苦境に立たされるじゃろう。
もっとも、妾の様な手段を択ばぬ者からすれば一概に悪い追加ルールとも言えんかった。
上位に入れば、優勝。ないし首輪解除まで自衛できる戦力が手に入るやもしれぬ。
それは妾の様な参加者にとって、乃亜からもたらされた一縷の希望。
何としても上位に入り、生き残るための糸口を掴みたい。



(可能であれば永沢の様な役立たずや黒服の様な弱いマーダーを三人程殺して……
そして首輪を5から10捧げれば、少なくとも同率三位には入れるじゃろうな)




しかしそれには問題がある。妾が現在連れているモクバじゃ。
マーダーを返り討ちにするならばこ奴も強くは否定できぬじゃろうが。
永沢の様な風見鶏や役に立たぬ対主催への間引きは、絶対に認めないじゃろう。
何しろ、純然たるマーダーの褐色すらギリギリまで説得しようとしていたのじゃから。


(優勝より脱出の方が現実的じゃから科学に強いモクバを切る訳にもいかん。
しかし……正直こ奴と組むメリットより行動の制約の方が多い気がしてきたのう)


とは言え、切る訳にはいかん以上は仕方ない。
写影と桃華がしぶとく生き残っている以上、妾の弁護人は必要ではあるしな。
もしこやつより科学に強く妾の性格に同調できる参加者と会えば切ってもいいんじゃが。
そこまで考えてはた、と気づく。それは他の参加者から見た妾も同じ事かもしれぬと。


(……迂闊に今、俊國の奴をアテにするのも危ないやもしれんのう)


ホテルで待ち合わせの約束をしている俊國も、こうなればアテにできるか怪しい。
ほんの僅かモクバと条件を交わしているのを目にしただけじゃが。
奴も妾やディオと同じ自分さえよければそれでよいと言う手合いじゃ。
首輪解除に何の進展も無い今、迂闊に再会すれば役立たずの烙印を押され。
妾の方が“切られる”側になるやもしれぬ。そんなのは御免じゃ。
ディオの奴も妾とは会いたがらんじゃろうな。妾が永沢を切ったのを見た訳じゃし。
実際妾も次奴に会えばキルスコアの肥やしと首輪を頂きたいと思っておるし。



(全く面倒じゃのう。殺しても丁度良い参加者と状況がやって来ない物か……)



今後の展望に頭を悩ませていると、傍らでモクバが「お」と声をあげる。
何を見つけたのかと意識を戻して見れば、城のように高く細長い建物が見えた。
その前にはモクバが従えるブルーアイズと同じ姿の銅像が立っている。
こ奴の会社に辿り着いたのだと、気づいたのはその時のことじゃった。



(何とか辿り着けたか)



後方を振り返り、褐色たちが追ってきていない事を確認する。
此処に至る途中で、妾たちは暫し前に戦った褐色と黒服を目撃していた。
だが、奴らは何処か消耗している様子で、此方には気づく様子は無く。
更にその近くでは、ディオが言っていた金髪の痴女らしき者も確認できた。
尤も心ここにあらずと言った様相で、妾が万全であれば奇襲を仕掛けていたじゃろう。
まだ報酬ルールの発表前で、妾も消耗していたのとモクバがいたから断念したが。



(報酬システムが発表された時は褐色や痴女を襲わなかった事を後悔したものじゃが…)



こうして無事に辿り着けたことを考えると、あながち悪い選択ではなかったかもしれん。
喜色を浮かべて海馬コーポレーションを指さすモクバを見ながら、そう思った。


「見ろよドロテア、人がいるぜ!」


指さす先には、まだあった事のない参加者が建物の前に居るのが見えた。
それも一人や二人ではない。まとまった人数がいる。
奴らは全員対主催じゃろう。マーダーで此処まで徒党を組んでおるのは考えにくい。
立ち振る舞いも殆どのガキ共が素人臭い。永沢の様に間引く対象じゃろうな。
それでも一人掘り出し物でありそうな参加者はいた。鍛え上げた肉体の、黒髪の子供が。
直感的に理解する。あれが北条沙都子の言っていた孫悟飯とやらか。




「おーい!」



周囲を確認してから、片手を振ってモクバが子供の集団に声を掛ける。
対主催と見られる、纏まった数の参加者に会えたからか嬉し気じゃった。
こ奴も普通の小僧らしい所もあるんじゃなと考えつつ、妾も少し安堵していた。
メリュジーヌ達に襲われてから暫く余裕が無かったが、漸く体勢を立て直せるやもしれん。
孫悟飯が推測の通りまともな戦力であれば、大いに利用させてもらいたいのう。
あと可能なら役に立ちそうにないガキは上手く間引いて得点を上げたい。
そんな皮算用をしながら、一同が待つ建物に近づいていく。
違和感に気づいたのは、お互いの距離が30を切ってからじゃった。



「俺達は殺し合いに乗ってない。お前らもそうなら────」



ちゃんと声が届く距離へと入り、両手が空なのをアピールしつつモクバは近づいていく。
そこで妾は気づいた。奴らがどんな表情をしているかに。
近づくまで建物の影が差し良く見えなかったが、奴らの表情は友好的な物ではなく。
何故か怯えや警戒が混じった表情で此方を眺めておった。
その事に気づいた時、妾の背中を悪寒が走る。



「───下がれモクバッ!!!」
「え?ドロテア、何言って───うわあああああああッ!」



───バシュウッ!
妾は咄嗟にモクバの首根っこを掴んで、後方へ引き戻す。
直後に眼前で異音と閃光が弾け、数秒前まで妾たちが立って居た場所が焼け焦げる。
何かエネルギーを伴った光弾が、此方に向かって飛んできた。
もし妾が間に合わなかったら、モクバは酷い事になったじゃろうな。
確信しながら、モクバの足元から光弾が飛んできた方へと視線を巡らせる。
すると目に入ったのは五指を広げ、敵意に満ちた表情で此方を見つめる───



「それ以上近づくな。人殺しめ」



頼りにしていた筈の、孫悟飯の姿じゃった。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼




緊迫した雰囲気が、周囲を包む。



「……何じゃそれは、一体全体何の話をしているか、妾たちには────」
「惚けたって無駄だッ!!!」



有無を言わせず。
びりびりと大気を震わせながら、悟飯は怒号を眼前の人殺し二人に浴びせた。
モクバは勿論、ドロテアですらその迫力に気圧されて、言葉を紡げなくなる。
その僅かな間に、悟飯は目の前の二人が人殺しであると断じた根拠を述べた。





「僕らは皆知ってるんだ。お前達が写影と桃華という人たちを襲い、
永沢と言う人を首輪目的で殺して、キウルと言う人を見殺しにしたのはッッ!!!」





─────は?
悟飯の怒りの追及を聞いた瞬間、ドロテアとモクバの思考が一瞬白く染まる。
それは、それぞれ違った理由で生まれた思考の空白だった。
ドロテアは今初めてあった筈の悟飯が、自分の犯した悪事を何故知っている?という困惑。
モクバの方はドロテアから聞かされた物とは違う、永沢殺害の真相を明かされた困惑。
その二種の困惑が、ほんの僅かな時間、彼らの表情に狼狽と言う反応で表れてしまう。



─────やっぱり………



小さな筈の、しかし嫌に周囲に響く声で。悟飯の後ろに立つ誰かが、その呟きを漏らした。
ドロテア達が狼狽したのはほんの一瞬で在るモノの。
何故か予め二人の一挙手一投足を窺っていた悟飯らに、その姿は確かに焼き付いた。
それを見て、ドロテアとモクバの二人は同時に直感する。不味い、と。



「お、落ち着いてくれ!誰に聞いたのか知らないけど、それは何かの間違───っ!?」



追及に対して、先に声をあげたのはモクバだった。
瞬時の判断、兎に角何か反論しなければと「それは何かの間違いだ」と言いかける。
だが、言い切る事は出来なかった。彼の良心が、それを阻んだ。
だって桃華と写影を襲ったのは予めドロテアから聞いていた。本当の事だ。
それに本意ではなかったとは言え、キウルを見捨てた事も…否定できなかった。
理性では否定しなければ不味い事になると分かっていたが。
実際に否定してしまうとキウルへの裏切りになるような、そんな負い目があったからだ。
そして、永沢殺害の真相。元々彼は永沢死亡を知った時、ドロテアを疑っていた。
結局ドロテアに言いくるめられ、その時は有耶無耶になってしまったが。
それ故に、今悟飯に突き付けられた事実は望まぬ答え合わせとなり。
都合の悪い事実を立て続けに突きつけられた動揺が、彼の舌の動きを極端に悪くした。




(馬鹿………!)



ドロテアはこの時初めて心の底からモクバを叱責したくなった。
今の取り繕い方では暗に認めた様な物だ。ここからシラを切るのは難しい。
そんなこと知らないし覚えがないと言っても、下手な言い逃れにしかならない。
とは言え同時に、やむを得ないかとも彼女は考える。
写影と桃華の襲撃やキウルを見捨てた事はまだいい。此方はモクバも認知している。
知っている分指摘された動揺も小さく、その後の自己弁護も上手く行えたはずだ。
だが、永沢殺害の真相を別のカバーストーリーに差し替えたのはドロテアの判断だ。
想定外の指摘を受ければモクバが動揺するのも必然で、身から出た錆でしかない。
とは言っても、このまま素直に認めるつもりもない。
警戒されてはいるが、見た所この場に居るのは全員尻の青い小僧共。
それならまだこの局面でも十分やり込められる自負がドロテアにはあった。



「……取り合えず落ち着いて、名前だけでも聞かせてくれんか?
あぁ、妾はドロテア。隣の小僧はモクバという」
「……孫悟飯」



敵意がない事をアピールしつつ、ドロテアはまず自分から名乗った。
すると未だ敵意を顔に張り付けているものの、少年は素直に名乗り返す。
その様子を見てドロテアは思った。やはりこいつ、力以外はただのガキじゃな、と。
であれば、そう怖くはない。五分と掛からず言いくるめてくれよう。
心中でほくそ笑み、老獪な錬金術師は囀り出す。



「確かに、永沢を殺めたのは事実、じゃがそれには訳があってのう───」



モクバに動くなと一言制してから、自分は心理的な距離すら縮めようとする様に。
即興でやむを得ぬ事情を頭の中で組み立てつつ、ドロテアは悟飯へと近づいていく。
当然、両手を広げ、武器など何も持っていない事を示すのも忘れない。
こうすれば、素直で甘ちゃんと見える小僧共は何もできないじゃろう。
勿論油断はせず、何時でも後方に飛びのける準備はしておくがな。
そんな考えの元、彼女は更に距離を詰めにかかる。
兎に角、懐にさえ入ってしまえば此方の物だ。物理的にも、精神的にも。
できればそうしたくはないが、話が決裂した場合、後ろの子供達は人質に使える。


(今の距離では、最悪いきなり吹き飛ばされかねんからな────)


懐に一度入れば手玉に取れるという自負。距離を取ったままでは危険だと言う危機感。
何方も、この状況において正しい見立て、正しい判断であった。
一度至近距離での会話にさえ持ち込めれば、彼女は早々に会話のペースを握れただろう。
その見立ては決して間違ってはいなかった───尤も、近づけたらの話だが。



「───ッ!?随分、警戒されておる様子じゃな……」



───バシュウッ!
何時でも飛びのけるように準備しておいた警戒が活きた。
脚部に力を籠め飛びのいた直後、再び放たれた光弾がドロテアの立っていた場所を灼いた。



「それ以上近づくな、次は外さない」




絶対に間合いには入れないと言う強い意志が見て取れる表情で。
尚も五指を広げ、悟飯は光弾を放つ姿勢を見せた。
その様子を見て、ドロテアはどうにも解せない感情を抱く。


「……妾たちと悟飯、お前があったのは今が初めてじゃろう。
良く事情も知らぬはずなのにどうしてそこまで警戒する?誰から話を聞いた」
「そうだ!ドロテアはロクでも無い奴だけど、殺し合いに乗ってないのは本当だぜぃ!」


余計な台詞は付いているが、この時のモクバの援護はドロテアはありがたいと感じた。
どうやら、永沢の事で揺さぶられても一応は自分の側に着く事にしたらしい。
であればモクバの存在は目の前の甘ちゃんたちを説得するには役に立つ。
事実、モクバの言葉を聞いて、悟飯の背後に立つ子供達は露骨に動揺していた。
疑っていい物か、迷っているのは一目で見て取れた。いいカモだ。
悟飯の背後を指さしながら、ドロテアはここぞとばかりに指摘を行う。



「どうやら、お主の後ろの者達は妾たちを疑いたくない様じゃが、どうする?」
「………ッ!?」



その指摘で、悟飯の瞳にも迷い、狼狽、不安、疑心の色が宿る。
掌をドロテアに向けながら何度も背後の仲間と、ドロテアへ視線を彷徨わせて。
とうとう彼の背後で白髪の少女が「悟飯君…」と明らかに止めたそうに名前を呼んだ。
その覚束ない様は、想像していたより手玉に取るのは楽そうだと、ドロテアの脳裏に楽観が過るほどの物だった。





「────メリュジーヌさんを襲った時もそうやって近づいたんですの?」




しかし、その瞬間。空気が、変わる。
抱いていた楽観が、悟飯の背後から新たに響いた新たな少女の声によって崩される。
そう大きくはないのに、不思議なほど良く通る声だった。
耳にした瞬間、意識は一気にそちらの方へと引き寄せられる。
ドロテアだけでなく、モクバも、悟飯も、他の者達も。
全員の視線が、その少女の元へと集う。



(そうか、“何方”がチクったのかと思っておったが、やはりか)



候補としては、最初からごく限られていた。
写影達の襲撃は兎も角、永沢殺害とキウルの顛末を知っているとすれば。
それは下手人であるメリュジーヌか、彼女と連なる────



「貴様以外におらんじゃろうな、北条沙都子」



現れた、雛見沢の新たなる百年の魔女を前にして。
同じく齢百年に届こうかと言う悪辣なる錬金術師は対峙する。
相対した瞬間、理解する。目の前の女は邪魔だ。
自分が生き残るためには消さねばならない、と。
確信と氷点下の殺意が渦を巻き、衝突は最早避けられず。

斯くして、惨劇(グランギニョル)は幕を開く。
演目は異端審問、裁判官は罪なき子供達。
何方かが魔女の烙印を下されるまで、閉廷の時は決して来ない。

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