―――彼女は、大切なことを見落としていた。
☆
「ッ!!」
殺意が膨れ上がり、モクバの背筋を尋常でない量の寒気が襲う。
咄嗟だった。反射的だった。
咄嗟だった。反射的だった。
「翻弄するエルフの剣士ッ!!」
モクバがカードを構え、エルフの剣士を呼び出すのとほぼ同時に。
急接近した悟飯がモクバめがけて拳を振り上げる。
急接近した悟飯がモクバめがけて拳を振り上げる。
エルフの剣士は悟飯の拳に剣を滑り込ませモクバへの攻撃を防ぐ。
本来ならば容易く剣諸共モクバが破壊されていたであろう圧力も、翻弄するエルフの剣士の効果でノーダメージに変換できる。
が、しかし、止まったのは一瞬。
即座に悟飯の拳の重さに耐えきれず、諸共押し出されていく。
エルフの剣士の効果では己の身を破壊するほどのダメージは防げても、その威力と勢いを殺すことはできなかった。
本来ならば容易く剣諸共モクバが破壊されていたであろう圧力も、翻弄するエルフの剣士の効果でノーダメージに変換できる。
が、しかし、止まったのは一瞬。
即座に悟飯の拳の重さに耐えきれず、諸共押し出されていく。
エルフの剣士の効果では己の身を破壊するほどのダメージは防げても、その威力と勢いを殺すことはできなかった。
拳が剣を滑り、モクバの顔面を捉えんとしたまさにその瞬間。
ドロテアの魂砕きが間に割って入り防ぐ。
ドロテアの魂砕きが間に割って入り防ぐ。
「――――ッ!!」
その拳の重さにドロテアは歯を食いしばり形相を歪める。
ドロテアの怪力は無双を誇る。単純な腕力だけを見ればこの会場の中でも上位に食い込めるだろう。
しかし、その腕力ですらまともに防げない。
片手であるのを考慮してもなお、その力の差はイヤという程に理解させられる。
ドロテアでは、どう足掻いても悟飯の拳を殺しきることはできない。
ドロテアの怪力は無双を誇る。単純な腕力だけを見ればこの会場の中でも上位に食い込めるだろう。
しかし、その腕力ですらまともに防げない。
片手であるのを考慮してもなお、その力の差はイヤという程に理解させられる。
ドロテアでは、どう足掻いても悟飯の拳を殺しきることはできない。
(マズイマズイマズイマズイッ!!!)
ドロテアの額から冷や汗が吹き出る。
彼女は決して己の生を諦めない。
どれだけ意地汚くとも最後まで己の生を求め続ける。
しかし、そんな彼女だからこそわかる。
彼女は決して己の生を諦めない。
どれだけ意地汚くとも最後まで己の生を求め続ける。
しかし、そんな彼女だからこそわかる。
己とモクバを足しても到底かなわない猛獣、それを操る北条沙都子に取り巻き共。
どうにか逃げ出したところで執行人・メリュジーヌが控えているのは容易に窺い知れる。
現状は詰みだ。
どう足掻いても。奇跡や魔法が起ころうとも。
数分後には自分とモクバは大地に肉片を撒き散らして生を終えている。
どうにか逃げ出したところで執行人・メリュジーヌが控えているのは容易に窺い知れる。
現状は詰みだ。
どう足掻いても。奇跡や魔法が起ころうとも。
数分後には自分とモクバは大地に肉片を撒き散らして生を終えている。
説得不可能。
交渉不可能。
打倒、当然不可能。
交渉不可能。
打倒、当然不可能。
翻弄するエルフの剣士頼みの立ち回りではたちまちに限界が訪れるのは目に見えている。
モクバを囮に逃げたところで、果たしてモクバがどれだけ抵抗できるかもわかったもんじゃない。
現状は二人だからターゲットが分散しているだけで、どちらか1人になればたちまちにその首は落とされるだろう。
モクバを囮に逃げたところで、果たしてモクバがどれだけ抵抗できるかもわかったもんじゃない。
現状は二人だからターゲットが分散しているだけで、どちらか1人になればたちまちにその首は落とされるだろう。
(イヤじゃ!妾はこんなところで終わりとうない!!)
最初のメリュジーヌたちからの襲撃の時はイヤに頭が冴えたというのに、いまは現実逃避染みた泣き言しか思い浮かばない。
焦燥と恐怖に支配され、ロクに思考が纏まらないのはモクバも一緒だ。
焦燥と恐怖に支配され、ロクに思考が纏まらないのはモクバも一緒だ。
翻弄するエルフの剣士を出せたのも運が良かっただけであり、ここからこの圧倒的殺意に歯向かうだけの策を用意している訳でもない。
いまできるのが、このカード頼りの時間稼ぎしかなかっただけだ。
いまできるのが、このカード頼りの時間稼ぎしかなかっただけだ。
(こんな時、兄サマなら―――!!)
兄ならば、青眼の白竜を信じ続けただろうが、生憎と頼みの綱のカードもいまは使えない。
情報戦が無意味になった以上、こちらの手持ちはエルフの剣士と片手落ちのドロテア、不完全なアドラメレクのみ。
どうにもできない。サレンダーすら許されない最低最悪の展開だ。
情報戦が無意味になった以上、こちらの手持ちはエルフの剣士と片手落ちのドロテア、不完全なアドラメレクのみ。
どうにもできない。サレンダーすら許されない最低最悪の展開だ。
だが。
この僅かに稼げた時間が彼らに希望をもたらす。
「やめて、悟飯くん!!」
悟飯の背後から飛びつき、羽交い絞めにする影が一つ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
荒ぶる悟飯を止めるべく、変身した彼女だ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
荒ぶる悟飯を止めるべく、変身した彼女だ。
メリュジーヌから齎された情報は、恐らく正しい。
目の前の二人、特にドロテアは計算高く冷酷な手段も問わない性質の人間であるのは窺い知れる。
だが。だからといって。
目の前で起こされようとしている殺人を看過することはできない。
これまでに相手にしてきたシャルティアやシュライバーのように問答無用の残虐超人相手でないのならなおさらだ。
目の前の二人、特にドロテアは計算高く冷酷な手段も問わない性質の人間であるのは窺い知れる。
だが。だからといって。
目の前で起こされようとしている殺人を看過することはできない。
これまでに相手にしてきたシャルティアやシュライバーのように問答無用の残虐超人相手でないのならなおさらだ。
イリヤは知っている。
悟飯が決して無差別に暴れたい少年などではないことを。
この暴走も、彼の身体を蝕む病気のせいであり、決して本意ではないことを。
悟飯が決して無差別に暴れたい少年などではないことを。
この暴走も、彼の身体を蝕む病気のせいであり、決して本意ではないことを。
(な...なにかわからんがチャンスじゃ!)
「貴方たちも攻撃しないでッ!!」
「貴方たちも攻撃しないでッ!!」
突然の乱入に呆気に取られていたドロテアが反撃に出ようとするも、それを察したイリヤは制する。
いまの悟飯は触れれば起爆する爆弾そのもの。
ただでさえ敵視している者から反撃を受ければますますその火勢は加速していくのは目に見えてわかる。
いまの悟飯は触れれば起爆する爆弾そのもの。
ただでさえ敵視している者から反撃を受ければますますその火勢は加速していくのは目に見えてわかる。
「悟飯くん、落ち着いて!確かにこの人たちは怪しいかもしれない。私も疑ってるし、メリュジーヌさんが教えてくれたことも本当だと思う。けど、少なくとも、悟飯くんの病気を仕込んだ人たちじゃないことはわかるでしょ!?この人たちを殺したところで悟飯くんが治るわけじゃない!」
イリヤの言葉は正しい。
客観的に見れば、ドロテアとモクバはメリュジーヌの証言通りのことをしてきたのだと察することができる。
だが、だからといって悟飯を苦しめる雛見沢症候群(仮)の元凶となるわけでもない。
いや、そもそも悟飯とドロテア達はここで初めて出会ったのだからなるはずがない。
だから正しい。
客観的に見れば、ドロテアとモクバはメリュジーヌの証言通りのことをしてきたのだと察することができる。
だが、だからといって悟飯を苦しめる雛見沢症候群(仮)の元凶となるわけでもない。
いや、そもそも悟飯とドロテア達はここで初めて出会ったのだからなるはずがない。
だから正しい。
だが正しさだけで全てがまかり通るわけではない。
時に感情というものは正しさという垣根を容易く踏み越えてしまう。
時に感情というものは正しさという垣根を容易く踏み越えてしまう。
「ひとまずもう一度話を聞いて」
「うるさい!!!」
「うるさい!!!」
悟飯の怒号と共に気が発され、飛びついていたイリヤが小さな悲鳴と共に吹き飛ばされる。
「お、お前の言うことなんて聞いてやるもんか!お前だってこいつらの同類のくせに!!」
「え...?」
「え...?」
怒りの形相と共に向けられる罵倒にイリヤは困惑の色を浮かべる。
自分はここまで一度だって殺し合いに乗るような行動をしていない。
確かに成果を残したとは言い難いが、それでも仲間を見捨てるような真似はしていない。
なのに、悟飯は自分をドロテア達と同類だと吐き捨てた。
意味が解らない。イリヤの胸中はそんな想いに占められる。
自分はここまで一度だって殺し合いに乗るような行動をしていない。
確かに成果を残したとは言い難いが、それでも仲間を見捨てるような真似はしていない。
なのに、悟飯は自分をドロテア達と同類だと吐き捨てた。
意味が解らない。イリヤの胸中はそんな想いに占められる。
「僕が気づかないとでも思っていたのか...!マンションで僕をおかしいとのけ者にしておいて、のび太さんを一人で向かわせて見張っていたじゃないか!!どうせ彼を傷つけたらそれを口実に僕を追い出すつもりだったんだろ!!」
「え...ちが、あれはのび太さんが...」
「じゃあなんで止めなかった!!僕をおかしいって言ったのはお前たちのくせに!!ほんとは、彼の事なんてどうでもいいからそうしたんだろ!!お前たちもこいつらと同じだ!!」
「え...ちが、あれはのび太さんが...」
「じゃあなんで止めなかった!!僕をおかしいって言ったのはお前たちのくせに!!ほんとは、彼の事なんてどうでもいいからそうしたんだろ!!お前たちもこいつらと同じだ!!」
反論を許さないといわんばかりにすさまじい剣幕で捲し立てる悟飯に、イリヤは気押されなにも言い返せなくなる。
あの時はイリヤたちも悟飯がのび太に危害を加える可能性が無いかを心配していた。
のび太が意地でも一人で話すと譲らなかったからこそ、悟飯をいつでも抑え込めるように見張っていたのだ。
悟飯の言とはまるで違う。しかし、その真意を話すことすら阻まれてしまう。
あの時はイリヤたちも悟飯がのび太に危害を加える可能性が無いかを心配していた。
のび太が意地でも一人で話すと譲らなかったからこそ、悟飯をいつでも抑え込めるように見張っていたのだ。
悟飯の言とはまるで違う。しかし、その真意を話すことすら阻まれてしまう。
「これ以上邪魔されるのもうんざりだ...!!」
悟飯の殺意が掌と共にイリヤに向けられる。
ぞわり、と粟立つ肌の感覚に従い、サファイアステッキを横に構えいつでも攻撃を防げるように備える。
そして、今まさに光線が放たれるその瞬間。
ぞわり、と粟立つ肌の感覚に従い、サファイアステッキを横に構えいつでも攻撃を防げるように備える。
そして、今まさに光線が放たれるその瞬間。
(いまじゃっ!!)
動いたのはドロテア。
イリヤに気が向いた隙を突き、一足飛びで一気に距離を詰める。
イリヤに集中していた悟飯は反応が遅れ、背後を許してしまう。
ドロテアは動く片腕で背中を掴み、首筋に牙を突き立てる。
ドロテアは動く片腕で背中を掴み、首筋に牙を突き立てる。
帝具・血液徴収アブソデック。
吸血により、相手の生気を吸い取り己の糧とする吸血道具。
「うぐっ!?」
アブゾデックの吸血が始まり、悟飯の身体から血と共に力が抜け始める。
(もはやこやつは用済みじゃ!このまま吸い殺して北条沙都子とガキを殺す!その後妾に従わない連中も皆殺す!)
アブゾデックの吸血はまさに一発逆転の最終手段。
如何な生物といえど血と生気を抜かれて生きていられる者はいない。
格下のドロテアが唯一使える有効打―――当然、リスクは高い。
如何な生物といえど血と生気を抜かれて生きていられる者はいない。
格下のドロテアが唯一使える有効打―――当然、リスクは高い。
孫悟飯に接近するという難所は越えたものの、悟飯の血はいままさに雛見沢症候群に犯されている真っ只中。
その血を身に取り込もうというのだから、当然、感染のリスクはかなり高い。
感染すれば、悟飯の立場がドロテアに変わるだけで、発症のカウントダウンを待つほかはない。
その血を身に取り込もうというのだから、当然、感染のリスクはかなり高い。
感染すれば、悟飯の立場がドロテアに変わるだけで、発症のカウントダウンを待つほかはない。
そんなリスクよりも、いまの生を取る。
ドロテアの頭の中はそのことでいっぱいだ。
そもそも、疑心暗鬼に陥ろうとも、最初から誰にも信頼を寄せていない自分ならばさしたる問題でもないとの打算も込めているが。
ドロテアの頭の中はそのことでいっぱいだ。
そもそも、疑心暗鬼に陥ろうとも、最初から誰にも信頼を寄せていない自分ならばさしたる問題でもないとの打算も込めているが。
(むうっ!?)
ドロテアの目が見開かれる。
己の喉元に流れてくる悟飯の血は濃厚且つ美味なるモノであった。
サイヤ人という異星人の血であるが故か、ドロテアの好みにかなり寄っていた。
僅かな量で力が漲り、折れていたはずの腕に活力が戻っていく。かつてない高揚感に溢れる。
これならば勝てる!
ドロテアはカラカラになった悟飯と全快どころかより肌艶を保てるようになった己の姿を脳裏に浮かべる。数十秒後にはその像も実現するだろう。
相手が、その数十秒を許してくれるなら、だが。
己の喉元に流れてくる悟飯の血は濃厚且つ美味なるモノであった。
サイヤ人という異星人の血であるが故か、ドロテアの好みにかなり寄っていた。
僅かな量で力が漲り、折れていたはずの腕に活力が戻っていく。かつてない高揚感に溢れる。
これならば勝てる!
ドロテアはカラカラになった悟飯と全快どころかより肌艶を保てるようになった己の姿を脳裏に浮かべる。数十秒後にはその像も実現するだろう。
相手が、その数十秒を許してくれるなら、だが。
「―――あああああああああああッッ!!」
雄叫びと共に悟飯は飛び上がり、20mほどの高さまで上昇する。
(なあっ!?)
ドロテアが驚愕に目を見開くのも束の間、悟飯は一気に降下し、高速で地面へと向かう。
このまま叩きつけられればひとたまりもない。
ドロテアは咄嗟に牙を離し、宙に身を投げ出され、受け身を取ることで己にかかる衝撃を減らす。
対する悟飯はそのまま地面に激突し、砂塵を巻きあがらせる。
このまま叩きつけられればひとたまりもない。
ドロテアは咄嗟に牙を離し、宙に身を投げ出され、受け身を取ることで己にかかる衝撃を減らす。
対する悟飯はそのまま地面に激突し、砂塵を巻きあがらせる。
馬鹿め、自爆しおった―――そんな余韻に浸る間もなく、己を射抜く殺気にドロテアの背筋は凍り付いた。
悟飯は砂塵を突っ切り、ドロテアへと高速で距離を詰め、その顔を目掛けて右足を振り抜く。
ドロテアはその蹴りに対して両腕で防御をするも、その威力にたちまち弾かれ、無防備な身体を晒す。
孫悟飯の前ではその隙は致命的に他ならない。
ドロテアが体勢を立て直す間もなく、左拳がドロテアの胸部を打ち抜く。
悟飯は砂塵を突っ切り、ドロテアへと高速で距離を詰め、その顔を目掛けて右足を振り抜く。
ドロテアはその蹴りに対して両腕で防御をするも、その威力にたちまち弾かれ、無防備な身体を晒す。
孫悟飯の前ではその隙は致命的に他ならない。
ドロテアが体勢を立て直す間もなく、左拳がドロテアの胸部を打ち抜く。
激痛と共にこみあげる空気と血塊が喉から溢れ、唾と共に撒き散らされながら後方の大木へと衝突し、その身体が地に落ちると共に木がへし折れ倒れていく。
ズン、と鈍く大きな音を立てる大木と地面に痙攣して倒れ伏すドロテアの姿に、イリヤとモクバは言外に理解させられていた。
次にこうなるのは、自分だと。
次にこうなるのは、自分だと。
「クソッ、ドロテアのやつ逸りやがって...!」
「も...もうやめて悟飯くん!こんなの絶対おかしいよ!!」
「も...もうやめて悟飯くん!こんなの絶対おかしいよ!!」
悲痛な声をあげるイリヤに応えることもなく、悟飯は倒れ伏すドロテアを見下ろし、その頭蓋を踏みつぶさんと足をあげる。
「くっ...ごめん悟飯くん!砲射(フォイア)!!」
言葉では止められないと諦めたイリヤは、サファイアを振り悟飯へと光弾を斉射するが、悟飯はそれを片手で弾き飛ばす。
イリヤもそんなことではイチイチ驚かない。そうされるのは承知の上で放っただけの光弾なのだから。
イリヤもそんなことではイチイチ驚かない。そうされるのは承知の上で放っただけの光弾なのだから。
青筋を立てて睨みつけてくる悟飯に慄きつつも、イリヤは負けじとカードを掲げる。
(これで注目はこっちに移った...!)
「夢幻召喚(インストール)!」
「夢幻召喚(インストール)!」
セイバーのカードを掲げ、イリヤは己の姿を魔法少女衣装からセイバーのものへと変化させる。
だが、これは悟飯を倒すためのものではない。
あくまでも彼を抑えるための力である。
だが、これは悟飯を倒すためのものではない。
あくまでも彼を抑えるための力である。
「邪魔、ばかりしてぇッ...!」
「モクバくん、悟飯くんを抑えるための力を貸して!」
「助けられたんだから当然だぜぃ!それに、これ以上沙都子の奴に良いようにされてたまるかってんだ!!」
「モクバくん、悟飯くんを抑えるための力を貸して!」
「助けられたんだから当然だぜぃ!それに、これ以上沙都子の奴に良いようにされてたまるかってんだ!!」
イリヤの要請にモクバは二つ返事で返す。
もとより、あの魔女に惑わされた少年を殺すつもりはない。悪いのは沙都子であって、悟飯ではないからだ。
加えて、イリヤは自分たちの疑いを晴らせていないにも関わらず、無償でリスクを冒してまで助けてくれたのだ。
協力しない選択肢などあるはずもない。そもそも協力しないと悟飯に勝てるはずもないのだから。
もとより、あの魔女に惑わされた少年を殺すつもりはない。悪いのは沙都子であって、悟飯ではないからだ。
加えて、イリヤは自分たちの疑いを晴らせていないにも関わらず、無償でリスクを冒してまで助けてくれたのだ。
協力しない選択肢などあるはずもない。そもそも協力しないと悟飯に勝てるはずもないのだから。
「や...やっぱりお前は....う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
絶叫を上げ、さらに身体から放出される気を高めていく悟飯。
「だ...駄目だ...!」
そんな彼の姿にのび太の動悸が警鐘のように打ち鳴らされていく。
のび太は、この混沌極まる戦場でなにが正しいのか、なにもわかっていない。
それでもただ一つだけ確かなことはある。
このままじゃ、絶対にダメだ。
のび太は、この混沌極まる戦場でなにが正しいのか、なにもわかっていない。
それでもただ一つだけ確かなことはある。
このままじゃ、絶対にダメだ。
「駄目だ、悟飯くん!!!!」
手を伸ばし、喉がはち切れんほどに叫びながら駆けだす。
背後から沙都子や美柑たちが止める声が聞こえるが、しかし止まらない。
背後から沙都子や美柑たちが止める声が聞こえるが、しかし止まらない。
止めなくちゃ。止めなくちゃ。
このままじゃ、悟飯くんが―――
このままじゃ、悟飯くんが―――
そんな少年の想いを嘲笑うかのように、処刑執行人と成った彼は、新たに加わった罪人へと鎌を振り下ろした。
☆
(首尾はまずまず、といったところですわね)
イリヤとモクバへと猛攻をしかける悟飯を見ながら、沙都子は内心で成果を噛み締める。
魔女裁判の判決は下りた。
見たところ、いまの悟飯は症候群のレベル4あたりだろう。
このままいけば、少なくともイリヤとモクバ、ドロテアは確実に始末してくれるはずだ。
戦闘力のあるイリヤとドロテアさえ消えれば、あとに残るは一般人三人と何の役にも立たぬ小動物のみ。
暴走状態と化している悟飯にも、雛見沢症候群を発症した大石蔵人を唆したように耳障りのいいことを嘯きコントロールすればこちらへの被害は避けられる。
魔女裁判の判決は下りた。
見たところ、いまの悟飯は症候群のレベル4あたりだろう。
このままいけば、少なくともイリヤとモクバ、ドロテアは確実に始末してくれるはずだ。
戦闘力のあるイリヤとドロテアさえ消えれば、あとに残るは一般人三人と何の役にも立たぬ小動物のみ。
暴走状態と化している悟飯にも、雛見沢症候群を発症した大石蔵人を唆したように耳障りのいいことを嘯きコントロールすればこちらへの被害は避けられる。
展開上は、沙都子にとって好ましいことこの上ない。
だが、避けられぬ懸念点もある。
だが、避けられぬ懸念点もある。
(乃亜...まったく、いい加減なルールを追加してくれましたわね)
乃亜の追加した、殺人者へのドミノルール。
一見、マーダー側に有利に思えるこの条件も、悟飯が関わってくると途端に悪手となってくる。
このまま悟飯がイリヤとモクバとドロテア、ついでに先ほどから、なんど突き飛ばされようとも悟飯に縋りつこうとするのび太を殺せば彼の得点は400。間違いなく、次の放送までの上位ランカーに食い込むだろう。
一見、マーダー側に有利に思えるこの条件も、悟飯が関わってくると途端に悪手となってくる。
このまま悟飯がイリヤとモクバとドロテア、ついでに先ほどから、なんど突き飛ばされようとも悟飯に縋りつこうとするのび太を殺せば彼の得点は400。間違いなく、次の放送までの上位ランカーに食い込むだろう。
そうなれば、確実に雛見沢症候群を治せという流れになるし、達成してしまえばたちまちに己の犯した罪に気づき、下手を打てば矛先はこちらにまで向かってくる。
それを避けるためにキルスコアを横取りしようものなら、どう取り繕おうとも、悟飯は自分を排除しにかかるだろう。
それまでに悟飯を悟空やシュライバーのような強者にぶつけて共倒れさせなければならない。
だが、ここでスコアを400も稼いでしまえば、なるべく身体に負担をかけないよう、動かずに籠城するだろう。
タイムリミットは刻一刻と近づいている。
だが、ここでスコアを400も稼いでしまえば、なるべく身体に負担をかけないよう、動かずに籠城するだろう。
タイムリミットは刻一刻と近づいている。
圧倒的な暴を振るいながらもなかなかモクバ達を仕留め切れない悟飯にもどかしさを感じつつも、沙都子は次なる策を仕込む。
「美柑さん、乾さん、ケルベロスさん。このままではのび太さんたちが危ないですわ。私は少なくとものび太さんだけでも説得してみせますから、皆さまはメリュジーヌさんのもとへ」
「え、で、でも」
「いいから早く!時は一刻を争いますわ!このままではイリヤさんまでも死んでしまうかもしれませんわ!」
「え、で、でも」
「いいから早く!時は一刻を争いますわ!このままではイリヤさんまでも死んでしまうかもしれませんわ!」
切羽詰まったように声を荒げ、美柑と紗寿叶の思考力を奪い急かす。
「い、いくわよ美柑ちゃん!ケルベロス!このままここにいても私たちにはなにもできないわ!だ...だったら、その、メリュジーヌさんに助けを求めた方がいいわ!」
紗寿叶は沙都子に釣られるように声をあげ、ケルベロスを掴み上げ、美柑の腕を引いていく。
後ろ髪を引かれるように戦場を振り返る美柑だが、唇を噛み締めるだけで、結局、流されるように紗寿叶に連れられて行く。
後ろ髪を引かれるように戦場を振り返る美柑だが、唇を噛み締めるだけで、結局、流されるように紗寿叶に連れられて行く。
二人と一匹が遠ざかり、メリュジーヌの待つD-6エリアまで向かうために海馬コーポレーションの角を曲がったところで、沙都子は傍らに佇むカオスにそっと耳打ちをする。
「カオスさん。彼女たちが海馬コーポレーションから離れて少ししたら、彼女たちを始末してきてくれますか。メリュジーヌさんのもとへ辿り着くその前に」
「それがおねぇちゃんのためになるの?」
「ええ。メリュジーヌさんの為にも、私の為にも」
「うん、わかった。わたし頑張るね!」
「それがおねぇちゃんのためになるの?」
「ええ。メリュジーヌさんの為にも、私の為にも」
「うん、わかった。わたし頑張るね!」
沙都子の頼みを快諾すると、カオスはとてとてと戦場を去っていく。
沙都子の計画はこうだ。
悟飯がああなった以上、もう大勢での行動はできない。ならば、ここで一掃してしまう。
まず、悟飯がイリヤとモクバのドミノを手に入れるのを妨害するのは諦める。
代わりに自分はあそこで虫の息のドロテアとのび太、そしてカオスは美柑と紗寿叶のドミノを手に入れる。
これで三人は同率200点。ここから更に首輪を手に入れられればカオスか自分は300点になれる。
あとは他の参加者が200点以上を稼いでくれるのを期待するしかないが、少なくとも、これで悟飯がトップランカーになり雛見沢症候群を治せる確率は低くなる。
悟飯を強者にぶつけられなかった時の保険だ。
沙都子の計画はこうだ。
悟飯がああなった以上、もう大勢での行動はできない。ならば、ここで一掃してしまう。
まず、悟飯がイリヤとモクバのドミノを手に入れるのを妨害するのは諦める。
代わりに自分はあそこで虫の息のドロテアとのび太、そしてカオスは美柑と紗寿叶のドミノを手に入れる。
これで三人は同率200点。ここから更に首輪を手に入れられればカオスか自分は300点になれる。
あとは他の参加者が200点以上を稼いでくれるのを期待するしかないが、少なくとも、これで悟飯がトップランカーになり雛見沢症候群を治せる確率は低くなる。
悟飯を強者にぶつけられなかった時の保険だ。
もちろん、悟飯に自分たちが殺したことは悟らせない。
その為に一旦、二人をここから引き離したのだ。
カオスの殺害現場はここからはどう見ても見れないし、のび太も自分が宥めて会社の中で殺せば現場を見られない。
ドロテアに関しては、生死を確認するふりをして、ナイフを一突きしてやればキルスコアは自分のものにできる。
その為に一旦、二人をここから引き離したのだ。
カオスの殺害現場はここからはどう見ても見れないし、のび太も自分が宥めて会社の中で殺せば現場を見られない。
ドロテアに関しては、生死を確認するふりをして、ナイフを一突きしてやればキルスコアは自分のものにできる。
100%の成功率ではないが、悟飯の症状の治療を防げると思えば安いリスクだ。
いま、イリヤもモクバも悟飯ものび太も、目の前の戦いに必死だ。
カオスがいなくなったことなど気にかける暇もないだろう。
いま、イリヤもモクバも悟飯ものび太も、目の前の戦いに必死だ。
カオスがいなくなったことなど気にかける暇もないだろう。
好機はいま。
沙都子が早速のび太の下へと歩み寄ろうとしたまさにその時だった。
沙都子が早速のび太の下へと歩み寄ろうとしたまさにその時だった。
「おねぇちゃん」
沙都子の背後に、いつの間にかカオスが立っていた。
もう済んだのか、そう思い振り返った沙都子だが、カオスの戸惑いの表情に沙都子は眉をひそめる。
もう済んだのか、そう思い振り返った沙都子だが、カオスの戸惑いの表情に沙都子は眉をひそめる。
「どーしよう....あのひとたち、メリュ子おねえちゃんのとこじゃなくて、おうちの方に入っちゃった」
「...なんですって?」
「...なんですって?」
☆
なにかがおかしい。
暴威と殺意が奔流し衝突する中、彼女―――乾紗寿叶は漠然と思う。
それはこの騒動の中でも、初対面のモクバ達はもちろん、沙都子・カオス・メリュジーヌの組と悟飯・イリヤ・のび太・美柑の組、そのどれにも深く関わっていなかった、比較的に第三者に近い立ち位置だからこそ抱けた疑問だ。
この戦いはドロテアとモクバ、北条沙都子とメリュジーヌ。どちらがシロでどちらがクロかで始まったはずだ。
それがどうして、シロであるはずのイリヤが断罪される咎人を庇い、シロ同士で戦う羽目になっているのか。
彼女個人としては、イリヤに対してさほど好印象は抱いていない。だが自らリスクを引き受け、無意味な殺戮を止めようとする者をどうして疑えようか。
それに、先んじて吹き飛ばされ、沈黙したドロテアはともかく、そのイリヤにすぐに同意し協力しているモクバも同様だ。
思い返せば、モクバはキウルを見殺しにしたという糾弾については否定しなかった。
沙都子に『見捨てたキウルの名に誓って私たちが悪いと言えるか』という詰めに対しては、ひたすら苦しそうな表情を浮かべていた。
隠していた悪事を明かされたなら、下手でも誤魔化そうとするのが心情というやつではないだろうか。
あるいは、ドロテアのように肯定したうえで堂々と理由を話そうとするか。
思い返せば、モクバはキウルを見殺しにしたという糾弾については否定しなかった。
沙都子に『見捨てたキウルの名に誓って私たちが悪いと言えるか』という詰めに対しては、ひたすら苦しそうな表情を浮かべていた。
隠していた悪事を明かされたなら、下手でも誤魔化そうとするのが心情というやつではないだろうか。
あるいは、ドロテアのように肯定したうえで堂々と理由を話そうとするか。
なんにせよ、その行為について後悔が無ければあんな反応は見せないだろう。
つまり本意ではなかった。なにかやむにやまれぬ事情があったはずだ。
つまり本意ではなかった。なにかやむにやまれぬ事情があったはずだ。
それに、さっき悟飯に暴言を吐いた時。
ドロテアは明らかな自分本位であったのに対して、モクバは悟飯をマーダーだったんだなと非難した。
すぐに取り繕ったことから、おそらく焦りから咄嗟に出た言葉だったのだろうが、だとすればマーダーがマーダーに憤るのもおかしな話だ。
ドロテアはともかく、モクバは本当は対主催側の人間ではないのか。
もう一度話を聞いて、それで改めて事情を聞いて話を整理するべきではないのか。
そんな漠然とした疑念が紗寿叶の胸中に浮かんでくる。
少なくとも。
こんな、対主催同士で潰し合っていいことなんて何一つない。
それこそ、シュライバーや、盾にされてしまったキウルという子を殺したという張本人に対抗するべきだ。
(あれ...)
浮かぶ新たな疑問。
モクバとドロテアがキウルという子を見殺しにしたのは事実だろう。
モクバとドロテアがキウルという子を見殺しにしたのは事実だろう。
(じゃあ、キウルって子を殺したのは、だれなの?)
疑問。疑問。
一つの疑問が浮かぶと同時に連鎖的に新たな疑問が生じ始める。
一つの疑問が浮かぶと同時に連鎖的に新たな疑問が生じ始める。
メリュジーヌは、あの二人が首輪欲しさに永沢を殺し、キウルを見殺しにしたと言った。
じゃあ、なんでキウルを殺したという人物には触れなかった?
じゃあ、なんでキウルを殺したという人物には触れなかった?
近づいてきているとはいえ、腕を折られた暗躍者と、直接害してくる人間、どちらが脅威かといえば後者だ。
いくら時間が少なく、名前がわからなくても、特徴を教えることくらいはできたはずだ。
そもそも、キウルをあの二人が見殺しにしたのなら、それは同行していたメリュジーヌも同罪になるのではないか?
いくら時間が少なく、名前がわからなくても、特徴を教えることくらいはできたはずだ。
そもそも、キウルをあの二人が見殺しにしたのなら、それは同行していたメリュジーヌも同罪になるのではないか?
そもそも。
なんでメリュジーヌは永沢が首輪欲しさに殺されたことを知っていたのか。
直接見ていなければわかるはずもない。
二人が隠れて永沢を殺していたところをメリュジーヌが偶然見つけたというなら、既にその時点で二人はマーダー側。
対主催側であるメリュジーヌが彼らに同行する理由が無い。
なんでメリュジーヌは永沢が首輪欲しさに殺されたことを知っていたのか。
直接見ていなければわかるはずもない。
二人が隠れて永沢を殺していたところをメリュジーヌが偶然見つけたというなら、既にその時点で二人はマーダー側。
対主催側であるメリュジーヌが彼らに同行する理由が無い。
キウルを見殺しにした事実。
永沢を殺した事実。
永沢を殺した事実。
どちらも、片方だけでも知っていればメリュジーヌが彼らについてまわることは決してないはずだ。
噛み合わない。
二人の罪状が確かだからこそ、証言が噛み合わない。
二人の罪状が確かだからこそ、証言が噛み合わない。
(キウルくんが見殺しにされている最中に永沢くんを首輪欲しさに殺したってこと?)
ありえなくはない。ありえなくはないが―――そんなことをするのはハッキリ言って現実的ではない。
メリュジーヌという存在が見ている限り、よほど錯乱でもしていなければそんな行動は起こさないだろう。
そもそも、メリュジーヌもまた彼らに襲われたと言っているのだ。
となると、キウルを見捨てなければいけないような状況で、永沢とメリュジーヌという戦力を自ら切り捨てたことになるが、ますます現実性を失っていく。
メリュジーヌという存在が見ている限り、よほど錯乱でもしていなければそんな行動は起こさないだろう。
そもそも、メリュジーヌもまた彼らに襲われたと言っているのだ。
となると、キウルを見捨てなければいけないような状況で、永沢とメリュジーヌという戦力を自ら切り捨てたことになるが、ますます現実性を失っていく。
どう足掻いても、メリュジーヌがこの二つの罪を知っているという事実がノイズとなる。
(ねえ、これってもしかして...)
紗寿叶の鼓動がドクドクと脈打ちだす。
抱いていた感情が疑念から困惑へ。そして恐怖へと変貌していく。
抱いていた感情が疑念から困惑へ。そして恐怖へと変貌していく。
だって。メリュジーヌがこれら二つを知れた理由として。
(メリュジーヌさんが、キウルくんを殺したんじゃないの?)
メリュジーヌが何も知らずにドロテア達に同行していたのではなく。
最初から敵対していたからこそ、全てを知ることができたと考えるのが一番現実的であったからだ。
最初から敵対していたからこそ、全てを知ることができたと考えるのが一番現実的であったからだ。
そして。
対主催側であるメリュジーヌがなぜ『マーダーではないと言うから油断していたところを襲われた』と誤魔化していたのかは。
彼らがマーダー側であったのを知りつつ接触したのと、自分がキウルを殺したことを知られたくなかったから。
対主催側であるメリュジーヌがなぜ『マーダーではないと言うから油断していたところを襲われた』と誤魔化していたのかは。
彼らがマーダー側であったのを知りつつ接触したのと、自分がキウルを殺したことを知られたくなかったから。
ではなぜ知られたくなかったか。
単純な話、メリュジーヌもまた、マーダー側の人間だったからではないのか?
だからこそ、後ろ暗い背景を持つドロテアとモクバにその罪を被ってもらおうと画策し、虚構を織り交ぜた。
単純な話、メリュジーヌもまた、マーダー側の人間だったからではないのか?
だからこそ、後ろ暗い背景を持つドロテアとモクバにその罪を被ってもらおうと画策し、虚構を織り交ぜた。
だとすれば。
(沙都子ちゃんも、メリュジーヌと組んでるんじゃないの?)
浮かんだ疑念は、自然ともう一人の魔女へと集約していく。
そしてそれとほぼ同じタイミングで沙都子は声をあげた。
ここは任せてメリュジーヌと合流しろと。
ここは任せてメリュジーヌと合流しろと。
悪寒が、心臓まで突き抜ける。
たぶん、自分の憶測は間違いじゃない。
きっと、この指示に従えば、自分たちはメリュジーヌに殺される。
きっと、この指示に従えば、自分たちはメリュジーヌに殺される。
だが、証拠がない。自分一人が声を荒げれば、すぐに口を塞がれて終わりだ。
それにこの考えが正しいと共有できる相手も欲しい。
それにこの考えが正しいと共有できる相手も欲しい。
だから、紗寿叶は美柑たちを連れてメリュジーヌのもとへ向かうふりをして、沙都子たちから見られないよう別口から海馬コーポレーションの中に入った。
「ちょ、ちょっと、紗寿叶さん!?」
「なにしとんのや、早くメリュジーヌとかいうののところにいかんと」
「聞いて二人とも!」
「なにしとんのや、早くメリュジーヌとかいうののところにいかんと」
「聞いて二人とも!」
見当違いの方向に手を引かれ困惑する二人に紗寿叶は語気を荒らげ、近くの部屋に入るなり、抱いた疑念を語り出す。
「これから私が言うことにおかしな点があったらすぐに言って!私一人が納得してるだけだと、たぶんみんな殺される!!」
「え...え...!?」
「急に言われてもなんのことやら」
「モクバくんたちがキウルや永沢って子を死なせたのは事実だと思う。でも、一番信用できないのはメリュジーヌさんよ!」
「え...え...!?」
「急に言われてもなんのことやら」
「モクバくんたちがキウルや永沢って子を死なせたのは事実だと思う。でも、一番信用できないのはメリュジーヌさんよ!」
紗寿叶は先の疑念について語る。
彼女の証言したモクバ達の罪は真実であるが、彼女が対主催として接触したという点については嘘であり、彼女はマーダー側としてモクバ達を襲った。そして、そのメリュジーヌと組んでいる沙都子とカオスもまた怪しいと。
彼女の証言したモクバ達の罪は真実であるが、彼女が対主催として接触したという点については嘘であり、彼女はマーダー側としてモクバ達を襲った。そして、そのメリュジーヌと組んでいる沙都子とカオスもまた怪しいと。
「たぶん、私一人が言ってもさっきみたいに沙都子ちゃんに言いくるめられて終わりだと思う。だから、教えて!私の考えにどこかおかしいところがあるかどうか!!」
事態は一刻を争う。
こうしている間にも、イリヤたちは悟飯と無意味な争いを繰り広げている。
マーダーは北条沙都子とメリュジーヌである―――この説に説得力を持たせることができれば、沙都子に対して詰め寄ってもはぐらかされずに済むはずだ。
こうしている間にも、イリヤたちは悟飯と無意味な争いを繰り広げている。
マーダーは北条沙都子とメリュジーヌである―――この説に説得力を持たせることができれば、沙都子に対して詰め寄ってもはぐらかされずに済むはずだ。
「お、おかしいところって言われても...」
美柑とケルベロスは互いに顔を見合わせる。
確かに、紗寿叶の疑念にはなにも不自然な点は無いと思う。
だが、それは彼女たちには知りようがないことだからであって、それを確たる証拠にはできない。
理論上はおかしな点であっても、時に事実は思いもよらぬ出来事で進んでいることもあるのだから。
確かに、紗寿叶の疑念にはなにも不自然な点は無いと思う。
だが、それは彼女たちには知りようがないことだからであって、それを確たる証拠にはできない。
理論上はおかしな点であっても、時に事実は思いもよらぬ出来事で進んでいることもあるのだから。
だが、紗寿叶の焦りがわからないわけではないし、なによりも彼女の言うことは筋が通っている。
信じたい。信じたいのだが、それは同時に沙都子への裏切りにもなる。
美柑としては、自分に優しくしてくれた沙都子を疑いたくないし、ケルベロスとしてもこれ以上仲間を疑うような真似はしたくなかった。
(ああもう、なんで早く答えないのよ!)
紗寿叶は、自分の考えが間違っていないという確信がある。
だが、それをどう証明したらいいのかわからない。
その苛立ちが、美柑とケルベロスに向けられる。
だが、それをどう証明したらいいのかわからない。
その苛立ちが、美柑とケルベロスに向けられる。
「あなたたち、ここまであなたたちを護ってきたのは誰!?沙都子ちゃん?違うでしょ!悟飯くんやイリヤちゃんじゃないの!?」
紗寿叶はいまにも胸倉に掴みかかりそうな勢いで詰め寄る。
「ぁ...わたし、は」
「私が違うっていうなら違うって言えばいいじゃない!なにをそんなに怯えてるのよ!?」
「紗寿叶!!」
「私が違うっていうなら違うって言えばいいじゃない!なにをそんなに怯えてるのよ!?」
「紗寿叶!!」
ケルベロスがその小さな身体で二人の間に割って入り、紗寿叶を制する。
「お前は自分の正しさを押し付けたいのか真実を確かめたいのかどっちなんや!?ウチらでモめてどうすんねん!?」
ケルベロスの言葉に紗寿叶はハッと我に返り、改めて美柑の顔を見る。
彼女は今にも泣き出しそうなほどに震え、怯えていた。
彼女は今にも泣き出しそうなほどに震え、怯えていた。
(いけない。完全に頭に血が上ってた)
己の言動を振り返る。
突然、年上の女の子に根拠のない持論を持ち掛けられ、自分が正しいかどうかを求められて。
そのうえ、まるで非があるように詰められれば小学生が萎縮しなにも言えなくなるのも当然だ。
それに、こんな高圧的に詰めよる者を信じて今後の命運をわけるような選択肢を託すなど、自分がその立場であればできるはずもない。
突然、年上の女の子に根拠のない持論を持ち掛けられ、自分が正しいかどうかを求められて。
そのうえ、まるで非があるように詰められれば小学生が萎縮しなにも言えなくなるのも当然だ。
それに、こんな高圧的に詰めよる者を信じて今後の命運をわけるような選択肢を託すなど、自分がその立場であればできるはずもない。
(ダメだ、私じゃ説得なんてできるはずもない。こんな時日番谷くんがいてくれたら...!)
日番谷は死神というだけあって、死線を潜り抜けてきたお陰かいつだって冷静でいてくれる。
きっと、彼がここにいてくれれば、この話ももっとスムーズに進められただろう。
きっと、彼がここにいてくれれば、この話ももっとスムーズに進められただろう。
(日番谷くん、あなたはいまどこに―――)
「乾!どこだ乾!?」
声が響く。
美柑でもケルベロスでもない、凛とした少年の声が。
美柑でもケルベロスでもない、凛とした少年の声が。
その声が耳に届いた瞬間、紗寿叶の心が陽を浴びた向日葵のように踊り出す。
「日番谷くん!?」
待ち望んでいた声を聞くなり、紗寿叶は部屋から出てその姿を確かめる。
廊下に出れば、そこにいたのは白い髪と小柄な体躯に白の羽織と黒の装束を身に纏った少年。
間違いない。間違えるはずもない。
日番谷冬獅郎本人だ。
間違いない。間違えるはずもない。
日番谷冬獅郎本人だ。
「乾!無事だったか」
開口一番、こちらを気遣ってくれる日番谷に紗寿叶は安堵の息を漏らす。
どこに行っていたのだとか、そういった疑念よりも先に、彼がここにいてくれるという安心感に包まれる。
どこに行っていたのだとか、そういった疑念よりも先に、彼がここにいてくれるという安心感に包まれる。
「聞いて日番谷くん!その、メリュジーヌさんと沙都子ちゃんのことなんだけど」
そう切り出して、違和感を覚える。
(あれ、日番谷くん。なんでこっちに来てるの?)
紗寿叶の知る範囲ではあるが、日番谷は冷静に物事を見られる人間だ。
何処に行っていたかは知らないが、正面玄関で戦闘が行われているのは見ての通りだ。
日番谷の性格なら、姿の見えない自分たちを探すよりも、まずは悟飯とイリヤたちの戦いの仲裁に入ろうとするのではないか?
何処に行っていたかは知らないが、正面玄関で戦闘が行われているのは見ての通りだ。
日番谷の性格なら、姿の見えない自分たちを探すよりも、まずは悟飯とイリヤたちの戦いの仲裁に入ろうとするのではないか?
そんな微かに抱いた違和感。
だがその答えを知る間もなく。
だがその答えを知る間もなく。
ドスリ。
日番谷冬獅郎の腕は、紗寿叶の腹部を呆気なく貫いた。
☆
最悪の展開だ。
日番谷の脳裏を占めるのはその言葉だった。
日番谷の脳裏を占めるのはその言葉だった。
メリュジーヌ(日番谷は本名を知らない)との戦いの後、日番谷は疲弊しきったその身体に鞭を打ち海馬コーポレーションへと向かっていた。
氷輪丸が使えないいま、戦いでどれだけ貢献できるかはわからない。
氷輪丸が使えないいま、戦いでどれだけ貢献できるかはわからない。
しかしそれでも、確かに襲撃者の共犯者がいることを伝えねば、海馬コーポレーションに残された面々の運命がどうなるかは火を見るよりも明らか。
せめて自分が辿り着くまでは何事も起きないでくれ。
そんな彼の想いをせせら笑うかのように鳴り響く乃亜の放送。
そんな彼の想いをせせら笑うかのように鳴り響く乃亜の放送。
その内容に、日番谷は更に焦燥を増す。
新たに付け加えられた殺人者のキルスコアと首輪によるドミノポイント。
この報酬に一番利益を受けられるのは、孫悟飯だ。
彼の性格を考慮するだけなら、きっと甘言に乗ることはないと信じられるかもしれない。
短い付き合いながらも、彼が善良な人間であるのは窺い知れた。
この報酬に一番利益を受けられるのは、孫悟飯だ。
彼の性格を考慮するだけなら、きっと甘言に乗ることはないと信じられるかもしれない。
短い付き合いながらも、彼が善良な人間であるのは窺い知れた。
だが、今の彼の事情となっては別だ。
彼は詳細不明の病に侵されている。
しかも、シュライバーの話が真実であれば、進行に伴い疑心暗鬼を誘発させる類のものらしい。
しかも、シュライバーの話が真実であれば、進行に伴い疑心暗鬼を誘発させる類のものらしい。
もしも、孫悟飯の病が進行し疑心暗鬼にかられれば、海馬コーポレーションに残る六人を殺し己の身体の回復に当てる可能性は非常に高くなる。
なおのこと、惨劇が起きる前に一刻も早く辿り着かなければならない。
その一心で足を進め、遠巻きに海馬コーポレーションが見えてきた辺りまで辿り着いた日番谷の前に現れたのは、金髪の少女。
露出の多い服にも構わずその肌を曝け出すその姿はまさに痴女。
間違いない。美柑たちから教えられた情報と一致する。
露出の多い服にも構わずその肌を曝け出すその姿はまさに痴女。
間違いない。美柑たちから教えられた情報と一致する。
彼女は金色の闇。それも、この殺し合いの中でも確かな実力者だ。
(こっちは先を急いでるってのに...!)
本当に最悪だ。
こっちは僅かでも疲労を許されない現状だというのに、遭遇したのが実力者のマーダー。
戦いは避けられないのに、今使えるのはシン・フェイウルクの瓶という使いどころが限られる道具だけ。
こっちは僅かでも疲労を許されない現状だというのに、遭遇したのが実力者のマーダー。
戦いは避けられないのに、今使えるのはシン・フェイウルクの瓶という使いどころが限られる道具だけ。
本来のコンディションならば瞬歩で撒くこともできるが、いまはそれも敵わない。
選択肢は最初から一つしかない。
制御不能ではあるが、シン・フェイウルクの瓶を使っての無軌道な高速移動で逃げ切る。
氷輪丸ですらあのザマだったのだ。身体が壊れるかもしれないが、それでも辿り着くことすらできず此処で散るよりはマシだ。
制御不能ではあるが、シン・フェイウルクの瓶を使っての無軌道な高速移動で逃げ切る。
氷輪丸ですらあのザマだったのだ。身体が壊れるかもしれないが、それでも辿り着くことすらできず此処で散るよりはマシだ。
闇が此方に向けて攻撃を仕掛けるその前に、日番谷はシン・フェイウルクを発動しようとする。
「結城美柑を知りませんか」
だが、向けられたのは敵意や殺意ではなく。探し人を求める幼気な声色で。
その覇気の無さに、日番谷は発動しようとしたシン・フィエウルクを止める。
その覇気の無さに、日番谷は発動しようとしたシン・フィエウルクを止める。
「なに...?」
「彼女は私の友達...いえ、彼女からしたら、もうそんな風には思ってくれないかもしれませんね。ただ、許されるなら、とにかくもう一度彼女に会いたい...もし知っていたら、お願いします」
「彼女は私の友達...いえ、彼女からしたら、もうそんな風には思ってくれないかもしれませんね。ただ、許されるなら、とにかくもう一度彼女に会いたい...もし知っていたら、お願いします」
しおらしく頭を下げる彼女に日番谷はますます混乱する。
(どういうことだ...?こいつは殺し合いに乗ったんじゃねえのか?)
美柑たちからは、殺し合いに乗ってしまったが、説得したい相手だと聞いていた。
無論、日番谷はその方針に賛同していたが、それができるのは美柑たちがいなければ不可能だと思っていた。
だから、出会うなり戦闘も説得もせずに撒くことを選んだのだが...
無論、日番谷はその方針に賛同していたが、それができるのは美柑たちがいなければ不可能だと思っていた。
だから、出会うなり戦闘も説得もせずに撒くことを選んだのだが...
(いや、迂闊には信用できねえ)
そもそも、闇と戦闘に至って経緯としては、のび太が彼女に騙されて美柑たちのもとへと連れてきたことから始まったという。
ならば、今回も形を変えて日番谷を経由して美柑たちを一網打尽にしようとしているのかもしれない。
ならば、今回も形を変えて日番谷を経由して美柑たちを一網打尽にしようとしているのかもしれない。
「お前はそいつに会ってどうするつもりだ。ほんの数時間前に襲われたって聞いたが」
「...知ってるんですね。ええ。私は彼女たちと戦いました。こんな殺し合いではどう死ぬかなんてわからない。だったら、せめてえっちぃ気分で気持ちよく死なせてあげたいと思い...」
「正気か?」
「でも、わからなくなったんです。彼女にえっちぃことを求められても、全然嬉しくなくて。じゃあなんでって考えても、なにもわからなくて。えっちぃことが本当に素敵なことなのか。私が本当に求めていたものは。私が彼女にしてあげたかったことは。なにもかも...見失ってしまったんです」
「...知ってるんですね。ええ。私は彼女たちと戦いました。こんな殺し合いではどう死ぬかなんてわからない。だったら、せめてえっちぃ気分で気持ちよく死なせてあげたいと思い...」
「正気か?」
「でも、わからなくなったんです。彼女にえっちぃことを求められても、全然嬉しくなくて。じゃあなんでって考えても、なにもわからなくて。えっちぃことが本当に素敵なことなのか。私が本当に求めていたものは。私が彼女にしてあげたかったことは。なにもかも...見失ってしまったんです」
(...わけがわからねえ)
闇の語る『えっちぃ』ことへの知識や経験が不足している日番谷にとって、闇の言っていることは意味不明のひとことであった。
だが、少なくとも今は殺し合いに乗っていないようには思える。
もし美柑の居場所を知りたいなら、疲弊しきっている自分など捕まえて拷問なりなんなりして聞き出そうとするはずなのだから。
どうやら、美柑たちの手を借りることもなく闇を味方に引き入れることができそうだ―――なんて、楽観的な思考にはならない。
だが、少なくとも今は殺し合いに乗っていないようには思える。
もし美柑の居場所を知りたいなら、疲弊しきっている自分など捕まえて拷問なりなんなりして聞き出そうとするはずなのだから。
どうやら、美柑たちの手を借りることもなく闇を味方に引き入れることができそうだ―――なんて、楽観的な思考にはならない。
闇が殺し合いに乗るのを止めたのが本当だとしても、既に闇との戦いで犠牲者が出ている以上、このまま引き入れれば間違いなく不和不満が生まれる。
被害を受けた張本人たちがあずかり知らぬところで心変わりしました、なんて展開はそう易々と受け入れられるはずもない。
特に悟飯はそうだ。
ただでさえ精神不安定になる病に侵されていることで精神的にも追い詰められている彼の前に闇を置けば、たちまちに爆発してしまうだろう。
被害を受けた張本人たちがあずかり知らぬところで心変わりしました、なんて展開はそう易々と受け入れられるはずもない。
特に悟飯はそうだ。
ただでさえ精神不安定になる病に侵されていることで精神的にも追い詰められている彼の前に闇を置けば、たちまちに爆発してしまうだろう。
(だが、こいつを味方に引き入れられれば現状はかなりマシになる)
現状、あのチームの中でまともに戦えるのは日番谷とイリヤ、カオスと悟飯の四人のみ。
その中でも病気の悟飯と子供のカオス、刀の壊れた自分はハッキリいって安定した戦力とは言えず、実質的にはイリヤが一人で全てをカバーする羽目になる。
だがここに悟飯ともまともにやり合える闇が加われば守りは盤石。他の対主催達との合流や首輪の解析など手をまわせる範囲が広がるのは非常に有難いものだ。
その中でも病気の悟飯と子供のカオス、刀の壊れた自分はハッキリいって安定した戦力とは言えず、実質的にはイリヤが一人で全てをカバーする羽目になる。
だがここに悟飯ともまともにやり合える闇が加われば守りは盤石。他の対主催達との合流や首輪の解析など手をまわせる範囲が広がるのは非常に有難いものだ。
(なにか決定的な証拠が欲しい。こいつを味方に入れても構わないというなにかが)
険しい顔をして己を見定める日番谷の視線に闇は、その意味を察し、己の指から指輪を取ると、それを日番谷に差し出す。
「...帝具ブラックマリン。これを差し上げます」
「なに?」
「これを使うと触れたことのある水を自由に操れます。こんなふうに」
「なに?」
「これを使うと触れたことのある水を自由に操れます。こんなふうに」
再び指輪をはめ直すと、闇のデイバックから水の塊が浮き出し、日番谷の周囲にふよふよと漂い始める。
「使い方次第では武器にもなります。...お詫びとして受け取っていただきたいです」
「...!!」
「...!!」
思いもよらない拾い物に、日番谷は目を見開く。
水を操作する武器は水分を凍てつかせる氷輪丸との相性が良い。
それになにより、氷輪丸が使えない現状ではかなり有難い。
水を操作する武器は水分を凍てつかせる氷輪丸との相性が良い。
それになにより、氷輪丸が使えない現状ではかなり有難い。
だが、これを手に取るということは、闇を彼らの前へと連れていくということ。
そのリスクを犯してもなおこの申し出を受けるべきか否か。
そのリスクを犯してもなおこの申し出を受けるべきか否か。
思考を逡巡させる日番谷。
だが、彼の返答を待つこともなく。
海馬コーポレーションの方角から、轟音が響くのだった。