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Someday I want to run away

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「うあああッ!!」

ニケの手の感覚が痺れるように鈍くなり、鈍痛が腕にまで広がっていく。
数十発以上の弾丸をただの細身の剣一つで、全てを捌き斬り落としていたのだ。
それもただのマシンガンならばいざ知らず、悪魔というこの世の摂理を凌駕した怪物を滅ぼす為にカスタムされた魔銃。
担い手も地獄への回数券と呼ばれる、鼠を獅子へと変える超人薬を摂取し疑似超人として覚醒した厄種グレーテル。
人間を超えた速射力と、悪魔すら蜂の巣へと変える貫通力。
細長い鉄一つで、未だに生を繋ぎ止めているニケの体を操るアヌビス神の技量が、神懸かり的と言っても良いだろう。

『なあ。ニケよ、一つ冴えた作戦を思い付いた』
「マジ? 流石、お前は出来る子だって俺は信じてたよ」
『お前、一発でも良いから攻撃受けてみる気ないか?』
「死ぬわ!」

遠回しに死ねという宣告。
仮面の力を借り、命という代価を払い勇者としての魔法以外にも力は付与された。
だが、この魔弾の暴風雨の中を何の防御もなしに浴びれば、死ぬのは火を見るよりも明らか。
仮面の力で得た身体機能と再生力を加味しても、それすら数の暴力で圧殺されてしまう。

『普段なら、この俺がお前の体を使ってやってこんな苦戦するはずがねえんだ。
 きっと乃亜とかいう奴のハンデだ。
 俺の能力は学習だ。本領発揮できりゃあ、豚島だろうがあのナルトとかいう暴走狐だろうが、絶~~~~~~対に! 負けん!』

アヌビス神の真価は無限の学習能力。
一度技を受け見切りさえすれば、アヌビス神はあらゆる技を動きを特性を見抜き、二度目は絶対に同じ手を食わない。
その力が適用されれば、ニケがここまで苦戦を強いられる事などなかった。
魔神王だろうがグレーテルだろうが暴走したナルトだろうが、数度の攻防で学習し上回ったアヌビス神が凌駕して然るべきだ。
あのゼオンという少年は、魔力(スタンドパワー)を喰らう大剣が最悪の相性過ぎて、学習能力が全く発揮できなかったから例外として。
アヌビス神の辞書に苦戦という文字は存在し得ない。

『つまりだ。使い手が直接攻撃を受けにゃ、俺の学習能力は効果を発揮できんって事だ。
 おお、勇者よ……。今こそ勇気を出す時が来たのだ』
「攻撃に当たるって……髪の毛の先っぽ切れるぐらいでも大丈夫?」
『いんや、腹にドデカいのを一発』
「アホか!! 真っ二つにされて、テケテケにされるわ!!」
『ニ/ケ、安心しろ。上半身だけでも俺は絶~~~~~~~~~~~~対に負けないからよぉ。
 それにドラゴンボールとかいうので、後から生やしゃあいいじゃん。
 駄目でも、俺は生涯貴様を忘れることはない。天晴だぜ?』
「なんも天晴じゃないんだよ」

「クスクスクス、良い事聞いちゃった。
 ねえ、ワンちゃん? ニケ君の後はわたしと組まない? こう見えて、わたしタフなの」

『そりゃ良いな、嬢ちゃん。
 俺もいい加減ぶった斬りまくりたくってよ。早く、このポンコツ勇者をやっつけてくれ』

「ちくしょぉ! というか、お前の作戦全部丸聞こえじゃねえか!」

ニケの叫びが響き、銃声は咆哮のようにボリュームを増す。
既に全身が真っ赤に血に染まり、まるで温かなシャワーを浴びているかのようだった。
こんな軽口のやり取りをしてはいるが、現状はニケにとってかなり危篤だ。
急所への着弾を避けているが、仮面抜きであれば既に失血死しているだけの大量出血。
これ以上、防戦に徹したとしてもいずれ血が足りず、仮面の治癒力ですらカバーしきれないのは明白だった。

(だからって悪戯に飛び込めば、今度はあの変な足の攻撃が待ってる)

ダメージ覚悟で弾丸の嵐を飛び込み、グレーテルへ肉薄したとして。
脚部から放たれる真空の刃に対処しなくてはならない。
恐らく、学習が不十分なアヌビス神では、真っ向から防ぐことは不可能。

「ええい、ままよ! 風の剣!!」

首輪の上に巻かれたマフラーが撓った。マフラーは剣の姿へと変容し、刀身が消える。
ニケの手に刀身の存在しない柄だけの剣が握られ、次の瞬間グレーテルへと突風が吹き荒れる。
魔銃の弾丸は強風に呑まれ弾かれた。



────走刃脚(ブレードランナー)!!


マフラーを再び剣に変える。その剣は風よりも軽く、かつては最速であったADSLよりも素早くなっていた。
アヌビス神の技量と、仮面の力を上乗せしたことで、”阿部寛のホームページ”と同等の速度を有すまでに。
太古の黄金義足が駆る高速の斬撃、触れたものを無慈悲に両断する必殺の一斬。
だが、あらゆる存在には弱点が存在する。
完全無欠の力はない。
風の王から授かりし恩寵は万物の見切り。
それが不可視の斬撃であろうと風は弱所を見つけ出し、真空の刃を切り裂いた。

(よし! いけるぞ!!)

「ッッ!!」

同時に剣を振りかぶったニケは風の剣を自身の足元へ当てる。
強烈な爆風がジェットのように推進し、ニケは遥か上空へと押し上げられる。
グレーテルが頭上を見上げると。
そこには剣を振り上げ、上空から今度は下降する方角へと風による推進を受け、驀進するニケの姿が見えた。
二丁拳銃による連射も、風の盾の前に往なされる。
見えない風の幕が、導線のように魔弾の軌道を誘導し、がらんどうの虚空へと吸い込まれていく。

「うおおおおおおお!!」

互いの距離が1メートル以内にまで狭まる。伸ばした手が頬に触れるだけの、愛した者同士が接吻を行うような密着した距離。
ニケの風の剣が大振りだが、風すら追い抜く絶速で振り抜かれる。

「ッッ? なんだぁ!?」

風の剣が翻然と気紛れを起こしたかのように、グレーテルへ向かった太刀筋を変え、真横の何もない空間へと払われる。
元から、安定した発動が叶わない剣だが、ニケはこれを自分はその設定がすっ飛ばされたアニメ三期から参戦してると言い張る事で、さり気なく欠点を改善していた。
それにこんな死ぬか生きるかの土壇場で、急にやる気をなくすような、そこまで駄目駄目な魔法でもなかった。

(あのマントみたいな奴のせいか!?)

グレーテルは闘牛士が牛をあしらうかの如く、軽快にマントを翻し回す。
ニケの太刀筋はその動きに反発し、全くあらぬ方角へ剣戟が往なされ続けた。
グレーテルの踵が持ち上がった。
────あの斬撃が来る。瞬時に悪寒を覚えたニケは後退した。

「中々の筋が良いわ」

持ち上げられた踵は再び、片足と水平に揃えられ、ニケが構えた地の剣ごと紅蓮のカーテンが覆う。

「後は場数かしら」
「ッ、く────!!」

ランドセルから飛び出した管に繋がれた放射器。
帝具、煉獄招致ルビカンテ。
一度引火すれば水ですら消化できない。絶対燃焼の猛火。
火を両断したとて、その性質を帳消しにはできない。
弐太刀分の間合い、ニケの真正面より酸素を燃焼し炎は一直線に燃え広がる。
ニケの矮躯に引火し、全身を燃やし尽くす。
紅の光輝の中で小さな人影のシルエットが苦しみに蠢き、悶え藻掻く。
悲鳴を上げる声帯すら焼かれ、内臓すら燃焼しているのだろう。

「うーん、あまり趣味じゃないわね」

火力に文句の付けようはない。完璧だったが、完璧すぎる故につまらない。
人体を切り刻む感触も、断末魔もなく。消し炭が一つ残されるというのは、グレーテルにとって味気なかった。
もっと、あの子で遊びたかったのに。
一燃必焼の帝具はあまりにも呆気なく、ある世界と一人の少女にとっての勇者をこの世から焼き消した。
壊れた玩具を後にしたような、楽しい時間を終えて冷めた表情のまま。
グレーテルは轟々と燃える人体の焚火を後にする。

「殺し屋さんが、ターゲットの安否確認を疎かにするなんて、ちっと甘くねえか」

翻した踵が、再び翻る。
小ぶりな火の丘が収束していた。
人体燃焼を業とする紅蓮の業火が、一振りの剣を鍛え上げる。
火の王より齎された火炎を支配し剣と成す光の奥義。

「火の剣!!」

「────ッ!!」

弐太刀分空いた間合いをニケは電光石火の如く踏破する。
振り上げたひらりマントが、ニケに翳される前に先に火の剣がグレーテルへ到来した。

「動か……!?」

グレーテルの片腕を鞭のように何かが巻き付く。ひらりマントを手にした腕が稼働を阻害され、腰より上へ持ち上がらない。
小さなニケを催した人形が先っぽに生えた剣のような、しかし切れ味は全くない得体の知れない物体。
それがニケの背後から伸びていた。

「感謝するぜ、ゴチンコ!」

その発生源はニケの腰の下、臀部の割れ目にすっぽり嵌った剣の柄からだった。
光魔法キラキラの一振り、ニケ自身の剣は伸縮自在にニケの思うがままに変形する。
そして勇者ニケとしての剣技の基盤を築き上げた、師・ゴチンコの剣技。
闇魔法の担い手、魔界のプリンスをも下した究極奥義。
ニケは続けて、もう二度と使わないと思ったのにと内心で愚痴った。

「って────ッ!!?」

グレーテルはニケの剣に拘束されていない。もう片方の腕で、何かを振り上げる動作をした。
目には見えない、まるでパントマイムのように何もない筈の手の中に、何かが握られている。
それは恐らく、布状の物だったとニケは推察する。それを自身に覆いかぶせるようにして、眼前にいた筈のグレーテルが消失したのだ。
伸ばしていたニケの剣が振り払われる。唯一のグレーテルの手掛かりが、この瞬間断絶された。
束の間の静寂が却って不気味だった。
グレーテルは逃げていない。
息を収め、気配を殺し、身を潜め、獲物を前に牙を研ぎ悍ましい嗜虐心を堪えて、猛獣の眼光を何処かで煌めかせている。
目の前か背後か左右のどちらかか、冷汗三斗の思いでニケは剣の柄をより強く握る。
砂と海しかない。見晴らしのいい浜辺が、暗闇の密林で野獣の群れに囲まれているかのようだ。

ドサッ

「ッ、の────!!」

背後で響く物音に誘われるようにニケは振り向く。

「知恵比べはわたしの勝ちね」

軽やかで乾いた、プラスチックと砂の擦れ合う音。
そこには、スマホが一台砂の中に放り出されていた。
張り詰め過ぎた緊張感が一気に途切れ、ニケは先程前に自分が向き合っていた前方であった場所からの声に、反応する。
本能的に火の剣を掲げ、瞠目して。
視界の端の空間が、カーテンがそよ風に吹かれたように揺れる。
ぺろんと、光を透かし反射を行わない魔法のマントが捲れ、その下から真空の刃が吹き出す。
ザンという音と共に、ニケの腹から真っ二つに胴体が別れを告げた。

「いいや、俺の勝ちだ」

砂上に落ちるニケの上半身。首の上に生えた目は、元から光を宿していない。
切り裂かれた腹部からは、内臓どころか血すら流れない。
それは、血も肉も持たぬ冷たい人形。
ニケの頭上に急に生えたかのように、設置された身代わり。
何故、切る前に気付けなかった。
グレーテルが己が失態を悔いるより早く、ニケが素早く肉薄する。
既に場所は特定した。
悲惨にもテケテケの仲間入りをした人形の下半身を投げ捨て得物を握る。

「おおおおおォォォ!!!」

激しい轟音と共にニケが抱えた丸太の中段突きが直撃した。
グレーテルが羽織った透明マントが剥がれ、丸太の先はグレーテルの鳩尾へと減り込んでいる。
目を見開き、口から空気と唾液を吐いて項垂れるグレーテル。

「…………やっぱ、ニケ君は良い人ね」

上体を前のめりに、丸太に持たれるようにしてグレーテルはそれを羽交い絞めにする。
そのまま腹筋の力を頼りに、倒れた状態を直立へと反り上げる。
ニケは手放す間もなく、呆気なく縦になった丸太の先へ振り上げられ、空中へ放り出された。

「く、ゥッ!!?」

「言ったでしょう。わたし……鉄(タフ)だって」

確実に鳩尾に入った一撃が硬すぎた。
人体の強度ではなく、硬質なそれは鉄の類。
グレーテルが口にしたスパスパの実は、全身を高硬度の刃物へと変容させる。

『だから、お前……俺を使えって!』

アヌビス神の能力は学習だけではない。物質を透過し、剣としては埒外の斬る物を選択する能力もある。
グレーテルの体が鉄であることを知らなくとも、触れた瞬間に透過能力で内部を貫通させ、生命維持に支障を来すように臓器を傷め付けるだけで決着は着いたのだ。

「分かってたわ」

「ッ……風の────!!」

マフラーが風に変わる寸前、空へと駆け上げる雷がニケを貫く。

「ぐあッ……!」

ニケ自身は仮面の力によって、人を殺めるに足る高圧電流であろうとも数度程度なら耐えきれる。
だが、その激痛はニケにとっても初めて感じたもの。
握り締めたマフラーは咄嗟に痛みと痺れで、手元から離れる。

「ニケ君は絶対にリングを回せない子だもの」

「あれ……は……マ、ヤ……の」

真下で待ち構えるグレーテルの手には、見覚えのある一振りの剣が紫電を散らす。
そうだ。おじゃる丸をあの人形は見捨てたと、先程グレーテルは口にしていた。
そう遠くない場面で水銀燈もグレーテルかクロに殺され、その時にあの戦雷の聖剣を手にしたのだろう。

「貴方みたいな子、何人か居たのよ」

ニケを見つめながら、その瞳はもっと遠く、もう戻れない戻りたくもない過去を見るように。
それは孤児院に居た頃か、変態共に飼われ手を染めだした頃か、ロアナプラに流れ着くまでに転々とした何処かに居た頃か。
血だまりの中に積み重ねた屍、グレーテル達が今を生きる為に繋ぎ重ねた魂のリレー。
円環を回し、世界を循環させて動かして。そして、だからまだグレーテルは生きることができる。
今回もまた同じように。
右の膝を内側に曲げ、上空で身動きの出来ないニケへ蹴り上げるように。


────カッコいいポーズ!


ニケが照明のように輝き光がグレーテルを照らし出すが、カッコいいポーズの効果は魔族に類する者にしか効果はない。
吸血鬼とも揶揄されたシリアルキラーであったとしても、それがただの人間である以上、グレーテルにはただの眩しい照明灯と変わらない。

「もっとだ、もっと輝けぇぇぇ!!!」

死に抗う反逆者(トリズナー)のように喉が潰れる程に叫ぶ。
仮面から充填される魔力を輝きに変換し、カッコいいポーズはより輝度を増す。

「ッ……ぐ」

グレーテルはあまりの眩しさに、目線を腕で遮ってしまう。
人も魔も共通して、目という器官に光という情報を受け取る。
輝きを更により輝かせれば、目が受け取れる光量の許容値を超えて、逃れようとする生理現象を誘発する。
斬撃が蹴り上げられる寸前、ニケはカッコいいポーズのまま真横へスライド移動し、ポーズを解除して背中から砂の中に落っこちた。

「うふふ……悪知恵が良く働くのね」

目元を拭って、チカチカする視界の中でモゾモゾと動くニケを、捉える。

「貴方、勇者と言うより悪党に向いてるわよ」

烏合の衆だったロアナプラの荒くれ者共よりは、機転が効く。
自分が弱いのを自覚して。
笑みさえ浮かべながら仕掛けを施し、真実を言うようにブラフを流して油断や隙を突いて、豊富な手札を適切に切って勝利を手繰り寄せる。
グレーテルが兄様と二人っきりで様々な獲物を狩って追っ手を撒き、時には返り討ちにしていたように。

「貴方と遊ぶの、結構楽しかったわ」

二丁拳銃を連射し、グレーテルは柔らかい表情のまま薄く笑う。
痛む背中を摩る間もなく、ニケは猛ダッシュで走る。

「あい……つ……ッ」

風を切る音、弓矢という原始的な武装からは考えられない直速度で、ミサイルのように打ち込まれニケは爆風に呑まれる。
そして、ニケは真横へ飛ぶ。

「く、そっ……!!」

ニケは何度か砂の中を転がっていく。
銃弾で擦れて血だらけの全身を砂の粒が覆い、傷口に沁みた。
1秒前にいたであろう場所は、もくもくと黒煙が上がりクレーターのような大穴が空いていた。

「早かったわね、クロ」

赤い概要、褐色の肌、薄桃色の頭髪。
ニケの知るクロエ・フォン・アインツベルンの外見だった。
クロは弓を打ち起こし、引き分けにまで移行してニケに追撃を狙い打とうと照準を定める。
最初に出会った頃の剣を投げていたのとは違う。
あの時は、こんな爆発など引き起こさなかった。
殺傷力の差から、確実にこの場でニケを殺そうとしているのを感じ取る。

「イリヤと……ディオは……!?」

まさか、クロに二人纏めて殺されたのか。連れていたナルトとエリスは?
過った最悪をニケは考えないように思考を切り変える。
仲間達の安否を確認するには、この場を生きて切り抜けるしかない。

『良いなあ。モテモテじゃあねえか?』

「突っ込んでる場合じゃないのに、突っ込ませたくなるのやめろ!!」

わざと皮肉を浴びせるアヌビス神にニケは叫びながら抗議する。
グレーテルが足を舞わせ、クロが胸廓を広く開けて矢を放とうとする。
左右に飛び込む斬撃と爆矢に、ニケは地の剣を召喚し構えた。
クロの矢は、グレーテルの斬撃より到達が速い。
先に矢を切り裂き、砂に変え起爆をキャンセル。そして振り被った勢いに乗せ、土の剣を斬撃に撃ち付ける。
タイミングは一瞬だ。


「なーんだ、外れか」


緊迫した空気は一瞬で瓦解し、より高濃度の殺意と重圧に三人は凍り付いた。


■■■■



クロが選んだのは、グレーテルとの合流だった。
飛ばされたのは1エリア先。本気で走れば、すぐにイリヤとディオに追い付ける。
だが、ディオが使役する人形が抱えた二人が目覚めた時が厄介だ。
グレーテルの策が瓦解した以上、数の劣勢を覆せる手段がない。
先に大した実力のないニケをグレーテルと二人掛かりで仕留め、その後にどうするか決めても遅くはない筈だ。そう判断した。

(こい……つ…………)

しかし、その選択は大失敗だったかもしれないと、クロは後悔し始めていた。

「ちぇ、ナルト君じゃないのか」

ナルトという名前、そして特徴的なクロの軍服。
外見の特徴も、全てがニケが聞いたマーダーと一致する。

「ウォルフガング・シュライバー。
 ああ、別に覚える必要はない。君達にもう次はないからね」

ナルトとエリス、そしてセリムという少年が死闘を演じ、一人を犠牲にして漸く逃げ延びる事が叶った怪物。
ニケからすれば、ナルトもエリスも十分強い。
ナルトの影分身による数の圧倒的暴力も、エリスの卓越した剣技も。
真面目に戦えば、ニケに勝ち目はないと思わせる程だ。
それに、その場に居合わせていたセリムという少年は、ナルトとエリスが一緒に組んで戦っても勝てないと言わしめる程の実力者だったとも言う。

「全く、面倒なハンデだよ」

退屈そうにシュライバーが吐き捨てた。
ゼオンとの交戦後、体力の回復を待ちながら想起していたのはナルトやリンリンのような、まだ片していない因縁だった。
いずれ、ゼオンやガッシュには仕返しに行く。創造が戻れば、悟空にもお礼参りに行く。
とにかくやる事が多いが、先にナルトとエリスを屠る事をシュライバーは優先した。
理由は簡単で、居場所が推察可能だったからだ。


『やいテメー!降伏するなら今の内だぞ!
 お前が相手にしてんのは、未来の火影だ!!』


ナルトが言っていた火影というワード、そして地図上にある火影岩という施設。
無関係とは考え辛い。
狩りそびれた獲物共を、手始めに始末してやる。その決断は行動と直結し、即座にシュライバーは火影岩へ駆け抜けた。
だが、シュライバーの神速を以てして、地縛神の精力奪取からの回復を待つ時間は長く、到着した頃に戦いは終わっていた。
しかし、雲一つない晴天の空に、顕微鏡で除いた微生物のように遥か上空に打ち上げられた小粒の参加者達が居るではないか。
方角を割り出し、シュライバーは追跡する。
もっとも制限により、常に全速を出せば疲労という枷が強いられる為に、白騎士としては恥じなくてはならない遅れが生じてしまい。
落下地点近辺のエリア中を探し回り、浜辺からの騒音を聞きつけ、シュライバーは嬉々として飛び込んだ。

「ナルト君も近くに居るのかな? ま、君達の首でも振り回して探し回れば、向こうから来てくれるか。
 ねえ、お友達だろ君?」

隻眼の視線がニケに向けられる。
見つめられただけで、ニケは喉を鳴らし全身が強張った。
ゼオンの時に、何とか部下になって見逃して貰おうと駄目元で試したが、今回ばかりはそんな発想すら湧かない。
安易に動けば、即座に殺される。

「ああ……俺、友達多いもん」

喉が震えて声が出にくいのを、声帯を周りの筋肉で補強するようなイメージで力を込めて、ニケは強がりとも取れるような声を絞り出す。
シュライバーの言っていることは、殆ど頭に入っていない。
時間稼ぎだった。
何とかする策を思い付くのに、一秒でも時間が欲しい。

「あっ、無い頭を必死に使う必要はないよ。君は何も知らなそうだし」

とにかく、会話を引き延ばす事に知能を総動員して言葉を選んでいたニケに。
シュライバーは欠伸をしてから、右の人差し指を上向けに、内側に二回折り曲げる。
おいでというジェスチャーだ。

「気を遣わせて、済まないね。
 僕は待っててあげるから、君達は好きに攻撃すると良い」

それは先手はニケ達に譲るという意味であり、彼我の差を正しく理解し絶対に己の敗北は有り得ないという、驕りとも取れる確信。
だが、ニケにはそれが慢心ではなく、一つの真実であるのを直感していた。

この瞬間、勇者、聖杯、そして世界の歪みが生んだ厄種。
三者の思考が完全一致する。
舐められていようと、コケにされていようと。
この機を逃せば、自分達に勝ち目はない。

白黒の短剣が二対、引き合うように宙を舞う。縦横無尽に逃げ場などないように。
横薙ぎから、シュライバーの胴体へ不可視の刃が奔る。
シュライバーの目線は短剣達に向いている。
そして、その眼前にニケが肉薄する。
ニケの剣で巻き付け回収しておいたマフラーを再び手に取り、ニケが持つ最軽にして最速の剣が吹き募る。
禽困覆車と云わんばかりに、力の劣る弱者たちが強者を打破する為。
異口同音を口にするかのように、即席の連携を非の打ち所がない完璧なタイミングで、僅かな目配せのみで成し遂げたのだ。

「ふふっ……」

そう完璧だった。殺意も覚悟も技量も。
この時のみは、ニケですら生存本能に従って加減を考えもせず、切羽詰まっていた。
誰も抜からず、精神的な甘さから来る躊躇もない。
真っ先に、この乱入者が亡き者になるであろう事を疑う者はいない。
しかし、シュライバーだけは一笑に付す。

「嘘でしょ!」

シュライバーの背後で走刃脚が砂塵を巻き上げ、短剣の五月雨が降り落ち、風の剣が真向斬りに下ろされる。
瞬きすらせず、クロは最後までシュライバーを視界に捕捉し続けていた。
その矮躯を裂いて、亡き者にするまで緊張を一切解かずに。
それでも尚、消えた。
場面が飛んだ動画のように、クロはシュライバーが駆けた姿を捉えきれなかった。
白の暴風雨に抜き去られるまで気付きすらしなかった。


「あ……阿部寛のホームページより速いのかよ、あいつ!!」

「滅茶苦茶速いのは分かるけど……分かるけれども!」


周囲の索敵を疎かにはしないものの。
突っ込み欲に耐え切れず、クロは咄嗟に叫ぶ。
ニケは、やっぱこいつギャグ(こっち)側なとこあるよなと一瞥した。


「それは、ヴァルキュリアの聖遺物だ」


声の先、そこにはグレーテルの正面に重なるようにシュライバーの背が見えた。

「ゲホッ……!?」

脚を振り切ったグレーテルの鳩尾に違和感が生じる。視線を下げると、そこには剣が減り込んでいた。
それは、グランシャリオの鍵剣。鎧を解放せずに、剣のまま突きを放ったまでの事。
それだけであれば鉄の体に傷が付く事はない。
だが、グレーテルは演技ではなく、本当に胃液を逆流させ口から吐き出してしまった。
鉄の肉体と言えど、強度及び性質が同質になっただけであり、人体には変わりない。
内臓もあれば、当然鉄が歪むだけの衝撃を受ければ相応にダメージも受ける。
元の能力者であるミスター1も鉄を切り裂く大剣豪に破れ、その内には赤い血が流れているのを自ら証明していた。
シュライバーの行ったのは至極単純。
鉄すら砕く程の膂力で、剣を棍棒代わりに強烈に殴打した。ただそれだけだ。
搦手を必要としない。確たる力量による強行突破。
四皇幹部の大剣豪並みの技巧は発揮されない為に、裂かれこそしないが、打撲による鈍痛は鉄の体の痛覚を刺激した。

「君如きが触れるな」

グレーテルは構えた二丁拳銃の引き金に指を掛けるが。
両腕の隙間から、鍵剣がブローのように顎に吸い込まれる。
顔が持ち上げられ、グレーテルの重心は背中へ傾く。
顎から広がる衝撃に脳が揺らされ、グレーテルの眼光が虚ろに濁った。
シュライバーは背中を下に倒れるグレーテルの脇へ、テニスで言うスマッシュのような振りで、鍵剣を薙ぎ払う。
真横へ折曲がるように、グレーテルは血を吐いて宙を舞って砂浜に打ち付けられる。
手放した戦雷の聖剣は、担い手を鞍替えしたようにシュライバーの眼前で突き刺さる。
そして、シュライバーの手にはいつの間にか、グレーテルの二丁拳銃が握られていた。

「へえ……良い銃じゃないか」

感嘆するように。
この時のみは狂犬としての在り方は鳴りを潜め、シュライバーは芸術品を愛でるように穏やかな声色で言葉を紡ぐ。
だが、猛獣が人の皮を被ったように見せたのはほんの一瞬。
頬まで裂けたような笑みで、白い犬歯を曝け出す。

「さあ、踊れ」

エボニーが哭く、アイボリーが吼える。
人が人を狩る惨劇の根源となる事を自ら呪い嘆くように。

「ああああああああああああああ────ッ!!!?」

グレーテルの全身を鉛の牙が食い千切る。
右肩を左肩を腿を腹を胸を、鉄壁の肉体を鉛玉はいとも簡単に。
まだ、シュライバー本人の膂力でダメージが入るのは、グレーテルも納得は出来た。
しかしこの銃は違う。悪魔的なカスタムだが、鉄をあっさりと貫くような威力はなかった。


「くくく……うふふ…………あははは………」


魔銃達の怨念の叫びを演奏にして、シュライバーの歓声がけたたましく響き渡る。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


この理由も至極簡単だ。
エボニー&アイボリーは魔力及び使用者の体力を消費し、弾へと錬成する無限の弾倉を持つ。
グレーテルもそこまでは把握していて、体力切れにならぬように立ち回る事に務めていた。
だが、それだけではない。この銃の真価は、込めた魔力に比例した高火力を魔弾に付与する。
通常の銃では耐え切れぬ、高濃度のエネルギーにも耐えうる耐久性である。
闇の世界を生き抜き、勘と知略と残虐さに優れるグレーテルとて、ほぼ未知の概念である魔力の込め方など知る由もない。
反して、シュライバーの中には18万以上の魂、更にこの島で取り込んだ5名の犠牲者と1体の賢者の石(ホムンクルス)。
禍々しくも高純度のエネルギーを豊潤に蓄えたシュライバーにとって、自らの魔力を惜しみなく注ぎ込めば、その分だけ威力へと変換し得るこの二丁拳銃は喉から手が出る程の上物。
そして、それに耐えうるだけの耐久力。
最高級の武具と最上級の担い手が揃い。最悪にして災厄の殺戮者が、ここに完成した。

(らんど……せる…………)

この場を切り抜けられるひらりマントは、吹き飛ばされる時に手放してしまった。
背のランドセルも銃撃の勢いに乗せられ遥か後方へ。
穴だらけになった革製の表面から、様々な物品が散乱して砂浜に散らばる。

「止めろォ!!」

銃弾という操り糸で、血だらけの舞踏を踊らされていたグレーテルに。
怖れよりも哀れみと善意が勝り、シュライバーへ飛び掛かったのは小さな勇者だった。
スタンドも仮面も光魔法も、全ての集められるだけをかき集めた最短最速の一斬を見舞う。
鍛錬を踏み倒し、熟達した剣技の達人として覚醒させるアヌビス神。
肉体の破損を代価に、異能と強固な肉体を与えるアクルカ。
質量の制約をほぼ受けない風の剣。
速度、威力、伴った神秘。全てが最上の一撃。

だが、銃声が消失し、風の剣の先にある筈の魔人も居ない。

ニケは視界の端に煌めく銀の刃を知覚する。
背後に回ったシュライバーが、グランシャリオの鍵剣を横薙ぎに払う。
銃の腕前に対し、アヌビス神から見れば剣はカスみたいな技量だった。
振り回し慣れていない素人よりはマシというもの。
アヌビス神が憑りついたニケの方が遥かに、剣の腕前は上位にある。
しかし、それは互いが同じ土俵に立っていて初めて成り立つ道理。
如何に拙いお粗末な剣技だろうと、出力元の格が違えば勝負にならない。
武道を極めた通常の人間より、鍛えることを知らない飢えた野獣の方が遥かに強い。

「ご、ぐ────ッ!」

大振りな一文字切り。
水平にニケの胴体は別れる。

「つまらない小細工が、僕に通じると思うなァ!!」

人形の下、腰を落として機を伺うニケへ怒声を飛ばし、シュライバーの魔手がニケの額を掴む。
万力のように頭を片手でホールドし空中へ持ち上げ、そして銃声を奏でる。

「ぐ、うおおおおおおおおおお!!」

風の剣を前面に展開し疾風の盾とする。
シュライバーは感心したように口笛を吹き、僅かの間だけ笑みを消した後。
戦雷の聖剣を逆手に携え。シュライバーは嬉々として再びトリガーを引く。
銃口に火が付き、吹き出した弾丸は紫電を纏う。弾速は急速に激化し、速度上昇に伴い貫通力も倍増した。
マレット島を舞台に繰り広げられた悪魔狩りと魔帝の激闘。
悪魔狩りが駆る雷魔剣アラストルの魔力にも耐え、エボニー&アイボリーは雷の光弾を撃ち放っていた。
同じ道理が、この島でも成り立つ。戦雷の聖剣に秘められた魔力を弾丸へ装填し射出する。
雷の性質と銃弾の性能を兼ね合わせた、混合魔弾の完成だ。

『ぬがああああああああ!!!!』

風の結界を貫通し、尚も火勢は消えず決河の勢いでニケを撃ち付ける。
引き抜いたアヌビス神で、魔弾を弾き落とす。
アクルカとスタンドの力すら加算し、音速に差し迫るスピードで剣を振り回す。
口の中にしょっぱい塩味が広がった。
着実に代償は支払われているのだと、ニケは思い知らされる。
鉛と鋼が打ち合う金属音と、それを更に上書きするような筒音が轟く。

『ひ、ひぃ────ッ!! こ……壊れる~~~ッッ!!!』

数百以上の魔弾を捌き、真っ先にアヌビス神が悲鳴を上げる。
自身の耐久度の限界を超えている。このまま打ち合い続ければ、アヌビス神は木っ端微塵に粉砕される。
例え圧し折られようと、アヌビス神が消失することはない。
下部の刀身が粉々になろうと、上部のみが残っていればアヌビス神のヴィジョンは消えない。
しかし、剣として完全に用を為さない程に、全体が粉々に砕け散れば話は変わる。
ニケを覆う弾幕は。
スタンドを宿したとはいえ、ただの剣で受け切れるものではなく。
技量で受け流すのにも限界があった。

終わった。

自己強制証明の制約は強固かつ絶対。
ニケに協力するというルールは遵守しなくてはならない。
それは、今死に掛けているニケをアヌビス神はそうならないように、その身を晒して庇う事であり。
アヌビス神自身よりも、ニケの命を優先しなくてはならないということ。

「ぐ、ォ!?」

『あ?』

不意にアヌビス神の刀身が透ける。
物体を通り抜ける透過の能力。
アヌビス神の意思では発動できない。ニケがニケ自身の意思で、あえて使用したとしかアヌビス神には考えられなかった。
魔弾は剣への物理的な干渉を避けて、その後ろにあるニケへ全弾が注がれる。
ニケの手の中にあるアヌビス神は、人体に鉛玉が侵入し蹂躙する生々しい音が手に取るように聞こえた。

「か……こいい……ぽ、ず……」

今わの際のような声色でニケは声を絞り出し、全身がミンチに変わる寸前に空中でポーズを取る。
閃光が雷の魔弾に触れ、そして蒸発するように消えた。
ほぼ勘に近かったが、あの銃弾はニケが今まで戦ったモンスターや闇魔法に近い。
直近で黒魔術に傾倒したリーゼロッテの魔術を見たのも、ニケの勘を後押しする。
信仰によって聖遺物へ昇華した戦雷の聖剣といえど、今の駆り手は黒円卓きっての獰悪さを秘めるシュライバー。
カッコいいポーズの浄化効果は抜群に発揮された。
体内を犯す雷の牙も、向かい来る魔弾の包囲網も全てが光によって浄化し消え去る。
夜の室内を灯りが隅々まで照らすように、地上にも輝きは到来するが。
シュライバーは既に、その場から消え去った。
次の瞬間、ニケへ向かい砲弾のような人影が投擲される。

「ぐ……!? あいつ!」

それはニケと同じく血だらけに染まったグレーテルだ。
空中でポーズをとるニケに直撃し、浮遊を保てなくなったまま二人は落下する。
当然、シュライバーがそれを黙って見ている理由はない。
光が途切れたのを良い事に、銃の照射を二人に合わせる。
地面との激突まで、2秒半といったところか。まとめて、己の轍に変えるには十分だった。

「君だけ、少しはマシってとこだね」

爆炎が吹いて粉塵が巻き上がる。火煙を裂いて、剣と槍が投擲される。
二振りの武具が次々に起爆し爆音が連鎖して轟く。
爆破の射程距離外でシュライバーのトーテンコープの眼帯、その下の十字架が吹かれて揺れた。
聖遺物の複製、そこに秘めた神秘を蒸散させ爆弾代わりに使う。
聖遺物の使徒からしてみれば、贅沢極まりない。
粉塵の向こう、クロの人影を捉えシュライバーは矛先を変える。
爪先で地面を二度叩き、直後に暴風を引き起こす。

「なんて、出鱈目────」

クロには分かる。これは余波だ。
シュライバーが走っただけで引き起こされた衝撃波。
理屈は分かる。大型トラックが横切った時、風圧が発生するのと同じ。
それを生身のまま、音速を過ぎた絶速の規模で起こしている。
クロへ向かう厄災の暴風が疾駆した。

「くァ……!!?」

「────ハハッ!!」

クロの背後で一直線に砂浜が抉れる。コンマ数秒の差で、クロの回避が間に合わなければ挽肉になっていたことだろう。
シュライバーは蜻蛉返りし、クロは複数の大剣を投影し前面に展開。
玉響の時を置いて、シュライバーが突貫し全てが砕け散る。
剣の次はクロだ。
ほんの僅か、シュライバーの射線が遮られたその間にクロは転移を行使する。

────偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)。

シュライバーの背後、弓矢をつがえたクロが弦を手放す。

「なるほど、転移……器用じゃないか」

シュライバーは身を屈め、あっさりと矢を避けて更に前進する。

────熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)。

銃口と目線が合った瞬間、クロは前方に紫の花弁を模した四枚の盾が噴出した。
数百の射撃、最も表面に浮き出た盾が消失する。その更に一枚下層の盾に罅が刻まれる。

硬い盾だ。ガッシュとやり合う前にさくらが披露したあの結界には遠く及ばないが、雷撃を纏わせた銃撃でも貫通に時間が掛かる。
射撃を撃ち止め、シュライバーは一息で数メートル以上を飛び上がり、虚空を蹴って下方へ推進する。
鍵剣を鈍器のように正面から真向斬りに振り被り、二枚目の花弁が消し飛び三枚目も砕け散った。

────偽・射殺す百頭(フェイク/ナインライブス)。

狂戦士の岩剣を投影、クロを丸ごと覆う岩塊をそのまま盾のように突き押し突進。
アイアスの盾を完全放棄し、シュライバーに砕かれた後、岩剣にも衝撃が奔る。
鍵剣の薙ぎ払いに、岩剣の巨体が浮かぶ。
切っ先を引き摺った先程の突進から一転して、宙に打ち上げられた。

「ッ────!!」

刹那、シュライバーの頭上を刀剣が取り囲み、その全てが降り注ぐ。
一斉に武具が輝き、壊れた幻想による同時爆破が発生。

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

岩剣から離れた個所。シュライバーの眼帯、隻眼であればハンデとして存在する死角へ回り込んだクロ。
けたたましく笑い叫び、響いてくるのはその背後。
後頭部に付けられた銃口から、チャリっと乾いた甲高い音が響き。
クロは迷わず、転移を行使。
シュライバーはぐるんっと勢いよく体躯を軸に振り返り、クロが出現した箇所へ銃弾を叩き込む。

(ヤバい、ヤバい……!)

熾天覆う七つの円環を展開して、銃弾を凌ぐ。
投擲、飛び道具に対して無敵という性質を持つこの楯は、投影した贋作であろうとも強固な防御性能を持つ。
だが、その防御を永久的に持続できるかは別だ。
クロの持つ魔力は自生可能になったとはいえ有限かつ、生存維持に魔力を必要とする生物としては半端な存在。
今、シュライバーを相手に息をして、血も流さず戦いを繰り広げていられるのは後先を考えず、魔力を盛大に投機しているからに過ぎない。
僅かでも温存を鑑みれば、一瞬で殺される。それだけの彼我の差があり、クロが全力であるのに対しシュライバーはまだ力を残している。

「ぐ、ごッ……!?」

射撃を止め、全身を砲弾に突進するシュライバーに熾天覆う七つの円環は砕け散る。
前面に板のように大きな刀身の刀剣を並べ盾代わりに。紫の花弁が飛散し、破片が消失するのを待たずして、それらが蹴り砕かれる。
クロの唇が、白の銃口に触れた。
硝煙の香りを、口から取り入れる羽目になるとは思わなかった。
口内に捻じ込まれ、鉛の唾液が挿入される寸前に再びクロは転移を行使。
移動した先、シュライバーの隻眼が的確にその座標を睨み付けていた。
爆ぜるシュライバー。クロの目と鼻の先にまで既に迫る。
投影した双剣を交差させ、振り被る。

「ッ!? こいつ……!」

足でブレーキを掛けてシュライバーは大きく翻りバク宙を行い、僅かな滞空時間の最中に数十発クロへと見舞う。
二振りの剣で弾きながらクロは後退し、自身を覆えるだけの大剣を投影して射線を防ぐ、
これの繰り返しだった。
攻めに転じようと、速さで覆される。
守りに入れば次から次へと武具を投影する為に、魔力を悪戯に消化する。
倒しきれず、守れば守るだけ消耗し続ける。

(魔力が……どう……すれば……)

魔力が擦り減る。それはクロにとっての残された時間。
取り込んだローザミスティカの自生速度すら上回るシュライバーの苛烈な猛攻。
その中で命を繋ぐには、先の寿命を前借りするしかない。

(勝て……ない─────)

あのシャルティアという女も悟飯も怪物だったが、この狂乱の白騎士は更に一線を画す。
一切の隙がなかった。
クロの持ち得る全ての手札が通じない。
鉄火場の綱渡りを悉く成功させてきたグレーテルですら、碌に通用せずに撃破された。
消化され、命が尽きていくのを感じながら、クロは武具の投影を続ける。
無意味な抵抗と分かっていながら、価値の見えない延命行為でしかないと知りながら。



「っと、逃がさないよ」



シュライバーが背後を一瞥し、一気に後退した。
クロは唖然とした後、一気に膝から崩れ肩で息をする。


「────────ッ!」


シュライバーの先、血だまりに転がっていたニケの手に握られていたのは次元方陣シャンバラ。
グレーテルのランドセルから散らばった中から、ニケが最優先で手にした帝具。
使い手を転移させる移動術。10メートルという短距離内ではあるが、クロの転移と組み合わせ連続使用すれば、シュライバーから逃れる事も叶うかもしれない。
穴だらけの体を這うように、しかし迅速に気取られないように気配を殺し、念願の帝具を手にする。
だが、シュライバーの勘はその上を行く。
敗北主義者の臆病風を鋭敏に嗅ぎ取り、獰猛な笑みを浮かべ疾走した。

「ぐ……ぎッ……!」

手に弾丸が直撃し、シャンバラが衝撃に乗せられ吹き飛ばされる。1メートルほど先、すぐに飛び掛かれば再回収は可能だ。
アクルカで強靭になった肉体により、手も血が滲むだけで稼働に問題ない。
しかし、それが間に合わない事をニケは理解していた。
死の狂風が吹き荒れ、ニケがシャンバラに手を届かせる前に。
グランシャリオの鍵剣が目と鼻の先にまで迫っていた。

「いけ!!」

鞭のように縦横無尽に撓り、カーテンを引っ掛ける棒のように伸縮自在に。
先っぽにニケの人形が生えた剣がシュライバーを追う。
鍵剣で薙ぎ払えば良いものを、シュライバーは丁寧に飛び退きそれを避けた。
てっきり、すぐに斬り伏せられるとばかりニケは思っていた。
理由も理屈も知らないが、とにかく回避を優先してくれた事だけは僥倖。

「使え! グレーテル!!」

ニケが叫んだのは、厄災の名。
シャンバラを使えと、その名を呼んで訴える。
元より、あれは二人しか使えない代物。水銀燈に置き去りにされた経験から、ニケはそれを知っていた。
だから、ニケがシャンバラを手にしたのは自分ではなく、自分以外の二人を逃がす為。
このほんの僅かの時間。
恐らく、もう一度は起らない好機を無駄にするな。
グレーテルの肩がびくりと動く。
一人だけ何の防御手段もなく、銃弾に晒され重傷を負っていたが、まがりなりにも鉄の強度と地獄への回数券の再生力によって、相応に体力も回復させていたのだろう。
震える膝で、血だまりの中から赤の糸を引いて、そして希望へと手を伸ばす。


「残念」


グレーテルの指先、あとほんの数センチ先で軍靴がシャンバラを踏み潰した。

「ご……っ、ぶ……ああああああああ!!!」

見上げるグレーテルの顔面と、その下にある上半身に銃撃が吸い込まれる。


「逃がさないって、言っただろ?」


2秒間。連続射撃され、グレーテルはニケの足元まで吹き飛ぶ。
顔中が血だらけになり、普通ならば原形も留めず即死する有様だが。
鉄の肉体と、摂取していた地獄への回数券が死を遠ざけた。
目も鼻も口も無事で、まだ吐息も続いている。

「おい、グレーテル!!」

腕に抱き寄せ、ニケはグレーテルの顔を覗き込む。
しっかり、手当すれば助かる筈だ。まだ顔の輪郭もしっかりしている。
ディオと再合流して、あのスタンドがあれば。
この少女はまだ死んでいない。

「に……け……く、ん…………」
「大丈夫だ。俺の仲間────」

胸に熱い火傷をしたような感覚だった。
それでいて、冷たい血の通わない無機物が体内から生えたような嫌悪感。
ふと、下を見れば。
ニケの胸をグレーテルの腕が、ドリルのように螺旋状に回転し貫いていた。
コンクリートを抉るような高速回転した金属が人体を刺す。

「────────────ッッッ!!」

オーバーキルにも程があるダメージに、ニケは喉が破裂しそうな絶叫を吐き出した。

「な……おま………………して……」

絶叫に全ての魂を奪われたかのように、声はまともに言葉を構成できず音量も低い。
だが、ニケは呂律の回らない舌で疑問を吐く。
分からない。この危機迫る極限下でシュライバーではなく、ニケを殺す理由が何処にも見当たらない。
逃がそうとしたことに恩着せがましくする気はない。単に、理解が出来なかった。

「何やって……あいつ……なんで……」

それは遠目から見たクロにとってもだ。
真っ先に排すべきはシュライバーであり、ニケは後回しで良い。
何なら、共通の敵が現れた以上、貴重な戦力であるニケを落とすのは失策でもある。
それなのに、瀕死のグレーテルを表面上だけでも庇おうとするニケを殺した理由が浮かばない。
頭もキレて、勘も良いグレーテルらしからぬ愚行。
クロ一人では切り抜けられなかった窮地を、あの少女は涼しい顔で笑みすら浮かべて盤上をひっくり返した事もあった。
それと同一人物とは到底思えない。

「永遠に死なない(ネバーダイ)なの」

グレーテルだけは満面の笑みだった。
何も、何一つ事態は好転していない。
シュライバーすら、呆れたように退屈そうな目で「また、それか」と言いたたげに、見つめ続ける。
血が抜け落ちるのに目もくれず、安静にすべき銃創を広げるように立ち上がって。
クロがイリヤの中にいた頃に見たホラー映画のようだった。
吸血鬼かゾンビか、よく覚えていないが。
人間に射殺されたのに、その怪物は平気な顔で立ち上がり人間を襲うといった内容の。
違うのは、グレーテルの顔の血色はあまりにも酷かった事。
出血が酷く、麻薬ですら抑えきれない多量の失血で、膝が震えている。

「危なかったけれど……私はまた命を増やせたわ。うふ……ふふふ……」

立ったのは良いが重心が不安定で、風に吹かれるだけで倒れそうなほど弱弱しい。

「ぐ……れ……て……」

ニケは最初、人を殺してその分だけ生き残れる。
そんな力を持っているのかと思った。
それならば自分を狙ってきた理由もまだ分かる。自身の回復に必要だから。
でも、目の前に居るグレーテルにはそんな様子は一切ないのだ。
何も前と全く変わっていない。
瀕死は瀕死のまま、悲鳴を上げる肉体を無視して、酷使し苦痛に引き攣った顔を筋肉で矯正し笑みに変えているだけ。

これは妄想だ。
一切の現実がない。

グレーテルの脳内にだけ存在する狂った宗教。
誰も理解しないし、誰も理解できない。ただ二人だけの間に交わされた法則。

ニケは初めて、これが何なのか分からなくなった。
ナルトや我愛羅という少年に、惨い行いをしたあのガムテですら。
行いは認められないが、理由があるのだろうと推し量れた。
彼女はなんで、こんなことで死なないと断言するのか。その根拠も理由も皆目見当が付かない。
しょうもない一面もあれど、善性の側に立つ人間とっては。


「永遠に生きる者なし──"No onelives forever"──」


本場の人間であっても、違和感なく聞き取れるような流暢な発声だった。
シュライバーは取り込んだ人間の記憶を、ずば抜けた演算能力で解析している。
国名すら知らない島国で、日本語を話し藤井蓮達とそつなく会話を交わせたのも彼の中に語学に堪能な者か、日本人が居たのだろう。
記憶や言語を共有することは、シュライバーにとって造作もない事で。

「そういうことだよ────姉様?」

シュライバーが殺した人数は、18万5731とこの島で殺された6人を加えた数だ。
その6人のうち1人は、グレーテルにとって残された唯一の肉親。

「………………嘘、嘘だ。僕はここにいる。ここにいるんだ」

「違うよ姉様。僕はここに。
 フフフ……くくく……ふははは……君の家族は、僕の中に居るんだよ」

声も話し方も息遣いも訛りも。何もかもが、全てが兄様だった。

「違うわ。違うもの、そんなことはないの。
 だって……だって、兄様はいつだって一緒に……」

「Midnight with the stars and you────────姉様がよく、僕に歌ってくれたよね? 忘れちゃったの」

「え……」

聞かせたのは兄様と優しかったお兄さん、そしてクロ。
聞かれたとしても、殺し合いに呼ばれる前にあの船に居た3人。
海の真ん中。この眼帯の少年が聞けるはずもない。
後はこの島で殺したおじゃる丸くらいか。
これは、この歌は二人だけの思い出。二人だけで共通した掛け替えのない記憶。
途端に目の前の少年が、とても悍ましい物に見えてきた。
自分の中には何もない伽藍洞なのだと、虚しさと怖気が背筋を冷たくさせる。

「君の兄様にも言ってやったんだ。君らのそれは、根も葉もない妄想だってね。
 君ら如きが永遠を得ようだなんて、身の程を知れよ」

永遠という祝福は、黄金によってのみ齎される。
そう信じてやまない。
それ以外の永遠など、比べるまでもない紛い物。

「………………あ……」

グレーテルの中で、彼女を構成していた何かが爆ぜた。
糸が切れた人形のように、全身がぐらついて彼女は背中から倒れる。
元より立てる筈がなかった。
人を殺めなくても、人は生きていけるのだから。
それは裏を返せば人を殺しても、その命を血肉に変える事はできないということ。
ヘンゼルとグレーテルは吸血鬼ではない。人間だ。
人間は一人、その中の何処にも自分以外の人間はいない。

「…きれいだわ、そら」

血塗れの顔、赤だらけの視界の中で。
一つだけ染まらず。ずっと遠く手が届かないような先で、空は青々と広がっていた。
くすんだ曇り空ではなく。雲は光に当たって、真っ白で。
温かな太陽は、世界を明るく照らしていた。

「───どうし…」

横を一瞥して見れば。
日の光を反射して、華やかな光の粒子を水上で遊ばせた海があった。
ここではない何処かへ。無限に続いていそうな水平線上。
乃亜に連れ去られる前に、お兄さんにも話していたのに。
遊んでみたかった。
せっかく、近くにあったのに。
こんなにも傍に、奇麗な世界があったのに。どうして気付けなかったのだろう。


「アウフ・ヴィーダーゼーエン──さようなら──。
 喜びなよ。死にたくなかったんだろう? 
 君らは永遠だ。この僕の中で、君らは永遠に生きていくんだ」


信仰を否定され、在り方を嘲笑われ。
完全な敗北だった。
だって、適う訳がない。殺した数が桁違い過ぎる。
分かるのだ。今までにグレーテルが殺してきた数を、ロアナプラの荒くれ共の殺人数を全部足したって、あれには及ばない。
自分達の信じる在り方に従うのであれば、より多くを殺したシュライバーが生き残って然るべきだ。
そう、なってしまう。
悪意も殺意もなく。純粋に、最初は死にたくなかった。
そこから始まったグレーテル達にとっては皮肉が過ぎる結末。

「ハハハ……アハハハ、ハーハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

狂気の笑声が鳴り響く。
あんなに奇麗な物をようやく見れたのに。
いつの日か、いけると思っていた世界でもなく。
最期の終着点が、荒涼たる世界に取り込まれて終わりだなんて。
二丁の銃口がグレーテルの視線上に現れる。
見たかった空景は塗り替わり、紫電がバチバチと音を鳴らしていた。



「嬉しいよ姉様、僕らは永遠(ネバー・ダイ)……永遠(ネバー・ダイ)なんだ」


せせら笑うように、シュライバーは口真似を繰り返す。
掛け替えのない兄まで、奪われて。
少女には一切の救いも安らぎもないまま、奪われ続け全てを終える。
いや終わりすらない。
続くのだ永劫に。死後の安寧も約束されずに。


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