コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

黒く染まってゆく純粋

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雨が降っていた。乃亜が用意した箱庭の島で、局所的に数百メートルの規模にのみ水が微細な粒となって、大地を濡らしていく。


「理解できんな」


豪雨の中で、銀髪の少年ゼオンがマントを靡かせながら、髪と同じく白銀の眼光を滾らせる。
彼の真横にはクレーターのような巨大な大穴が空いていた。
それは干上がった湖である。山稜の中にあった黒の湖は、その内に蓄えた全ての水分を天高く打ち上げたのだ。


「貴様ほどの実力者が、そこまで引け腰になるとは、解せん」


ポタポタと大地を水が打つ音が響く。
ゼオンは額に張り付く濡れた髪をうっとおしそうに、頭を振って払う。


「僕だって万全じゃない。こう見えて、全盛期からは程遠いんだよ。
 それを差し引いても、孫悟飯と悟空と戦うのは避けたいけどね」


それも同じく、白銀の輝きだった。
甲冑を纏った少女は銀の長い絹のような髪をかき上げる。
水に打たれてしなやかさを失いながら、美髪は艶めかしさを増していく。
背後には西洋風の巨城が聳え立ち、それが紅蓮の炎を上げて大炎上していた。
ホグワーツ魔法魔術学校。乃亜がコピーした精細な複製は、見るも無残な灰燼へと変容していく。

「……そうか? 俺からすれば、てめえは随分と力を持て余しているように思えるがな。
 試してみたいとは考えないのか、その力がどこまで通じるか」

「別に……。
 僕の目的は優勝し、願いを叶えることだけだ。今すぐに、君が僕の願いを叶えてくれるというのなら、靴でも舐めようか?」

「ほざきやがる。思ってもない事を口にしやがって」

金色の瞳が煌びやかに光彩を放つ。
少女、メリュジーヌのその目がゼオンには気に入らなかった。
何処かの、間抜けを想起させるその眼光が忌々しい。すぐにでも消し去ってやりたい。


「さて、じゃれ合いもこの辺で良いかい?
 話はさっきも言ったように、孫悟空を殺すまで君と協力体制を築きたい」
昂る殺気を全身で受けながら、身震いもせずメリュジーヌは子供を宥めるような声で言う。
そう、この程度はじゃれ合いだった。
二人を取り囲む山々も波のように連なった丘も灰色の山肌が生み出す断崖も、魔術の学び舎を覆い隠すかのような霧の帳すらも。
ほんの数分前まで、確かにあったそれらは全て焼却され、いまや大地がすすり泣く涙の如く降り注ぐ雨と、燃え盛るホグワーツしか残されていない。
地形すら呆気なく、更地へと変えた二人の少年少女の激戦の跡が容赦なく広がり、その中央で彼らはようやく会話を始めたのだった。

「悟空の肉親である孫悟飯は、奇病で暴走状態……放置すれば自死する……だったな?」

「その通り。
 だが、思いのほか毒が効きすぎているようでね。僕も遠目で見た程度だが、病状は芳しくない。
 悟空と潰し合う前に、首を掻いて死んでしまいそうなんだ」

メリュジーヌの話は、要約すれば優勝を目指すうえで目障りな孫悟空ともう一人の参加者の排除。
実力という意味で障害となる悟空と、首輪を外す算段を整えた誰(ネモ)かが組んでおり、殺し合いの破綻を目論んでいる。
優勝を狙うマーダーとしては、目の上のタンコブであることは明白だ。

「君が一戦交えた絶望王と、悪魔の少女……そしてシュライバーだったかな? 彼らを殺すのに僕が協力してもいい」

メリュジーヌからの譲渡として、悟空以外の参加者の排除にも意欲を見せていた。

「……てめえと手を組むのも悪くねえが、一度悟空という男を見させて貰う。
 その男の強さを測らせろ。その上で、改めて返事をしようか」

悪い話ではなかった。
ゼオンも既に一度、格下と侮ったエリス、イリヤ、ニケ……そして取るに足らないゴミ。
前者の三人ならばともかく、あの虫けらにすら不覚を取った事は、ゼオンの頭を冷やすには十分な醜態だ。
輝いて、空に浮かぶニケの下でふんぞり返り、腕を組み増上慢な表情を晒したあのゴミは必ず消してやる。
だが、今も傍にいるであろうあの三人は、腹正しくはあるが、地力はゼオンでも認めざるを得ない。
例え乃亜の借り物を利用していたとしてもだ。

徒党を組まれるのは厄介、それに対抗するには同じく数の力をこちらも利用するのが最も手っ取り早い。

「連中が首輪の解析を進めているという話も、本当かどうか分かったものじゃねえからな」

「見るのは良いけど、どうするつもり?」

呆れたように嘆息してからメリュジーヌは口を開く。
ゼオンを説得するために、少なくない負担を強いて自らの実力を示したのだ。
それが、この更地でありこの程度の規模の力では、孫悟空には届かないとゼオンへと分かりやすく伝えたつもりだった。
それなのに、まだ納得がいかないのか?
メリュジーヌは冷血な表情を、僅かに苛立ちで曇らせる。

「正面から会いに行くさ……俺は今のところ、クソマジシャンしか殺していねえからな。
 奴等が正義の味方を気取るのなら、マーダーを殺しただけの俺を一方的に排除はしないだろ」

ゼオンは意図せずとはいえ、その手に掛けたのはマーダーしかいない。
ポイント制などその時は予想もしていなかった為に、ジャックに殺害を任せていたからこその偶然だが、それを利用しない手はない。
自らを対主催と偽り、悟空とネモへ接触する。それがゼオンの考えであった。

「そう上手くいくかな?」
「俺の顔を知っている風使いの女と帽子のガキは、てめえが追い払ってくれた。
 絶望王の小間使いはジャックが皆殺しにし、先程やり合った連中もカルデアからは離れた場所にいる。
 俺がマーダーと知る連中は多くない」
「君が虐めたマレウス……ルサルカは? もし悟空達に取り入っていれば」
「あの雌猫が、先に襲ったとでも話せばいい。奴が悪辣なのはてめえも知っているだろ。
 連中が賢ければ、俺の言う事も信憑性が増すさ」

もっとも、あの馬鹿女に騙されているようなら、どのみち先は永くないがなと付け加える。

「ルサルカを信じきり、仮に俺を追い出す位なら、放っておいてもあの女が集団を崩壊させるだろ」

いずれにしろ。ゼオンが欲していたのは情報であった。
メリュジーヌと組むか、ここで対立し消すか。その判断材料が不足している。

「てめえが納得できないというのなら、ここで続きを始めるのも面白いかもな」
「そうなれば、死ぬのは君だと思うよ。僕も加減をしてあげる義理がない」
「試してみるか? 本体のドラゴンならばまだしも……分身如きが、デカい口を叩きやがって」

竜族に近い魔力、だが不完全で歪。
ゼオンの想像だが、何かのドラゴンが体の一部を切り離した分身に近い存在ではないか?
髪の毛を使い魔に変える能力を体得しているゼオン故に行き付いた憶測だった。

「……なるほど、頭は悪くないみたいだ」

シャルティアほど見積もりが甘い訳ではないらしい。
あの先の挑発も、むしろメリュジーヌの正体を見破りその実力を理解していることの証左。
口調こそ辛辣だが、はっきりと先の戦闘を参考にメリュジーヌの力を認めている。
分身の身で、自身に勝るとも劣らぬ力を発揮しているのだと。
悟空に対しても、顔を合わせればその脅威を正しく理解できるだろう。

「安心しな。俺も借りを返さなきゃならんゴミ共が腐るほど居る」

ゼオンの胸で、千年リングが妖しく光る。
メリュジーヌにはその悪光が、ゼオンから正気を奪っているようにしか思えなかった。

「この殺し合いを潰すような真似はしねえ……奴等には、地獄すら生温い苦痛を味合わせて消してやる」

深い憎悪がこもった声に偽りはない。

「いいよ。今回は君の好きにさせてあげよう」

必要な情報さえ渡せば、判断を誤る事はない。
その為に、悟空との邂逅を要求するというのであれば、従ってもいい。

悟空達と出会い寝返るという可能性も一瞬考慮したが、怒りに呑まれたゼオンにそのような思考はないだろう。

メリュジーヌは構えを解いて、戦意がない事と要求を呑むという意思を示す。

ゼオンは再び銀の瞳を輝かせ、笑みを浮かべた。


■■■■■■


「俺の名はゼオンという……沙都子という参加者から、ここの事を聞いたんだ。
 是非、協力したいと思っている」

きな臭い。
リルトット・ランパードの嗅覚は、めざとくゼオンの胡散臭さを嗅ぎ分けた。

「あの赤ビッチの言う通りなら、こいつはマーダーなんだろ」

「そいつは勘違いだな。先に、奴の方から襲ってきたのさ。
 少々やり過ぎてしまったが、それは謝ろう。すまなかったなと伝えてくれ。
 だが、いいのか? そんなのを連れて……随分と重要なことをしているようだが」

ゼオンは一切悪びれる様子もなく、言葉だけの謝罪を告げた。
ルサルカという女も大概な人でなしというのは、リルも実感している。
体内に取り込んだ燃料、あれは魂だ。
どういった術式かは知らないが、滅却師の力が外部の霊子を取り込み集めるものであるように、ルサルカの力は魂に限定されるが他者の命を奪い去りその身に蓄積する。
少なくない数だ。ルサルカが異能を行使し世の摂理を捻じ曲げ、身勝手な自分の渇望を顕わす、その消費に堪えうる備蓄した魂の数、100以上は確実。
殺人の数で今更動じる感性は、リルも持ち合わせていないが、あんな血生臭い術式を保持して正気でいられるのは、やはりどうしようもない人でなしでしかありえない。
ゼオンの言うように、先にルサルカが襲ったというのも、無駄に信憑性を帯びる。

「悪いな、ゼオン……おめえの気持ちは嬉しいけどよ。一旦帰ってくれ」

リルの横に立つ孫悟空も、同じ見解だった。
ルサルカやシュライバーの力は、人間を食らったもの……完全体を目論んだセルに近い。
しかし、現状は協力体制を維持している。悟空は善人ではあるが正義には固執しない。
目的と正義の優先順位が入れ替わる事はない。ルサルカと一戦交えて、確執のあるゼオンを受け入れる気はない。

「……ならば。何をしようとしているか、そいつを教えてもらえないか?」

強い。

悟空という男は、ゼオンが一目で格上と認めざるを得ない実力者だった。
本人はあっけからんとしているが、その実、体に積み重ねた修練の跡は悍ましいほど。
戦いの場数も桁違いに踏んでいる。迂闊に手を出せば、痛い目を見るのはこっちだ。
横にいるリルという女も手練れのようだが、悟空と比較すればまるで大人と子供である。

(あのドラゴン女が言うことは正しかったようだな……だが)

もう一つの、首輪解析に関してはまだ正否を確認できていない。
特に誰が、外そうとしているのかを知りたい。

「俺も少なくないリスクを抱えて、命懸けでここまで来たんだ。
 受け入れてもらえないのなら構わないが……せめてリターンは欲しい」

言っていることも一理ある。
このゼオンが本当に対主催であるのなら、こちらの事情でまだ危険な殺し合いの最中へと送り返さねばならない。

『ネモ……どうすりゃいい? こいつを追い出しちまうの、ちょっと可哀想な気もするけどよー』

悟空はキャプテンのネモが寝ている間に、プロフェッサーのみ限定で念話を開通することに成功していた。

『駄目よ。悟空君、ゼオンは凶悪なんだから』

それはルサルカの助力によるもの。

『おめえが先に悪さしたんじゃねえんか?』
『失礼ね。私はここでは被害者しかやってないわ』

ネモが首輪の解析をしている間、プロフェッサーに対しパスが通じているように契約を誤認させて、ついでにルサルカも念話に参加できるように調整したらしい。
プロフェッサーも感心して、ルサルカの魔術の腕を称賛しており、悟空には良く分からなかったが。

『……できれば、首輪の解析のことを広められたくはありませんねー』

とにかく、いざという時はプロフェッサーの頭脳を借りられるのは、難しいことを考えずに済み悟空にとっても有難かった。

『仲間にしちまうか? こいつ強そうだしよ』

『正直、ここに来るきっかけになった沙都子氏が信用できないんですよねー』

念話で悟空と通じながら、プロフェッサーは懸念を口にしていく。
やはり気になったのは、メリュジーヌの気を感じなかったという悟空の証言。
ありえない。あの竜という生命力あふれる上位種に、悟空がまるで気を察知しないなどありえるだろうか?
さらに、悟空が気を感知できなかったものはもう一人いる。
それはネモと合流後、最初に交戦した天使の少女カオスだ。
悟空はカオスが天使という種族であり、メリュジーヌも同じような種族で、人間とは異なる別種の気は探れないかも、と考えていたが。
ネモはカオスが、宗教や伝承に伝わる天使と同義ではないことを見抜いている。
サイボーグや悟空の言う人造人間に近い同種の存在だ。ゆえに、気がなかったのではないか?

こうして、カオスと悟空が遭遇したメリュジーヌに、奇妙な共通点が見出せるのだ。

だがそれ以外に、カオスとメリュジーヌを繋げられる接点はない。
実際に悟空が見たその少女騎士の容姿は、メリュジーヌそのものなのだから。
カオスに変身能力があることを知らないネモ達では、結局の所疑惑止まりでしかなく、ドラゴンは通常の気の探知には引っ掛からないと言い張られれば、否定できない。

『シカマル氏も襲われたといっていましたからねー』
『そっかぁ……そういやオラは会ってないけど、デパートで会った奴等が沙都子に悪さされたって話してたんだっけな』

何よりの決め手は、シカマルの証言だ。
残念だが現段階では、沙都子はマーダーの容疑から外せず、ゼオンも同様だ。
丁重にお引き取り願う他ない。

「カルデアという場所につけば、話を聞けると思ってここへ来たんでな。
 他に……探さなきゃならねえ、奴もいたっていうのに……」

含みのある声でゼオンは続ける。
リルは果たしてそれが、何の感情を抱いて吐露した言葉なのか判断に悩んだ。
ただ異様なまでに、悔しさを滲ませているのは分かる。

「おめえ……」

一瞬、悟空が同情的な表情を浮かべ、それをゼオンが捉える。
この手のやり方はゼオンの性に合わず気に入らないが、相手が相手だ。手段は選ばない。
それに嘘も言っていない。真っ先に探して、消さねばならないガッシュを後回しにしている悔しさは、本物だ。
ただ憎しみをカモフラージュするために、悔しいという感情で覆っているに過ぎない。

「絆されてんじゃねえよ」

リルが肘で悟空の脇を小突く。
戦闘では無類の強さを誇るが、腹芸は不得意なのが危なっかしい。
念のために、リルが悟空とゼオンの会話に立ち会っていなければ、今頃言い包められていたのではないかと、呆れてしまった。

「……分かってるって」

同情もあるが、悟空も危ない橋を渡れないのは自覚している。
ゼオンも下手に招き入れれば、厄介だ。少なくとも制限されている悟空がそう考える程度には、高い実力がある。
悟空が同じ年の頃に比べれば、ゼオンは遥かに強い。非常に鍛え上げられた強者であるだろう。
ここで戦ったとしても、負ける気はないが、カルデアとそこで眠るネモを無傷で守り切れる自信はない。

(なるほど、これは厄介だ)

何処かに頭脳となる人物がいる。
姿を見せないが、悟空に的確な指示と知恵を授けている者がいる。
ここまでのやり取りで、ゼオンが収集した情報を元に出した結論だった。
力づくでは悟空に適わず、策を巡らせてもその何者かに阻まれる。
想像より厄介だ。ともなれば、メリュジーヌと手を組めるのは僥倖なのかもしれない。

「すまねえ……ここは帰ってくれ」

頭を深々と下げて、悟空はこれ以上の会話は無駄だと暗に伝えた。
口調こそは穏やかで、悟空なりに丁寧で真摯であったが、非常に固い決意を伺わせる。
潮時だなとゼオンは思った。
これ以上は、何も引き出せない。メリュジーヌと方針を決めるのに時間を使った方が有意義でもある。


(だが)


脅威の度合いは理解した。


すべき優先事項も、ゼオンの脳内に的確に並び変わる。

目下の目的は、メリュジーヌと組んだ孫悟空とカルデア一派の排除。

(貴様の実力……見せてもらおうか)

手を出すべきではない。
それを理解しながら、しかしゼオンは握った五指を開く。
勝ち目のない格上ではあるが、同時にその力を知りたいという欲がゼオンを支配したのだ。
ゼオンと歳はそう変わらない外見だが、内に刻み込んだ研鑽は、強靭な肉体を築き上げるのに貢献している。
単に肉体の比較だけで、既に竜族にすら差し迫っている。たかだか人間がだ。

(オレがバオウを超える力を手に入れる為に、貴様の力の根源を知る必要がある)

だからこそだ。
その手段が邪神であろうとも、この男のような鍛錬の末に手にしたものであろうとも、ゼオンは選り好みなどしない。貪欲に手を伸ばす。

この選択のリスクを知りながら、悟空という男の力の一端を見ないという選択は選べない。

人の身で、メリュジーヌすら畏怖させたその力の秘密を、暴いてやる。

戦意を開放し、ゼオンの雷牙が悟空を襲う。


「なんとかしろ────────」


その寸前。


「貴様の息子の不始末は、貴様がつけろォォォォ!!!!!」


けたたましい叫び声にゼオンは眦を動かした。


「なんとかしろォ!!! 孫悟空ぅぅぅぅッッ!!!!!」


木霊する絶叫は、紛れもなくゼオンの眼前の男の名を指していた。
叫んでいるのだ。悟空を呼び出し助けを求めるかのように。


「………………ご、悟飯……?」


悟空がこぼした声を、ゼオンもそしてリルも聞き逃さなかった。



■■■■■■



「助けて! 悟空お爺ちゃん!!」

しおが、悟空へと助けを求めて叫んでいる。


「孫悟空ぅぅぅぅぅ!!!!!!!」


血まみれの少年が、声を張り上げ同じく悟空を呼ぶ。
誰だこいつは?

二人が襲われていることは分かった。相手が誰であれ、カルデアに危害を及ぼすのであれば、悟空は容赦しない。
それなのに、悟空は拳を握ることすらできずに、固唾を呑んで佇む。

「…………お父さん?」

どちらが悪者か、悟空には分からなかったのだ。
何故なら、しお達を襲っているのは悟飯だ。あの心優しい自分の息子なのだ。
しおは弱いとはいえ、殺し合いに意欲的であり、血まみれの少年も誰だか分からない。
襲われた悟飯にやり返されて、手に負えないから悟空に縋っていることも考えられる。

「あ、あの……龍亞、て言うんだけど……ネモと会えたなら、オレのこと聞いてないかな」

もう一人、緑髪を後ろに結んだ男の子がいて、悟空と目が合い気まずそうに自己紹介をする。

『龍亞氏ですね……シカマル氏と同じく、モチキノデパートで会った対主催です』

プロフェッサーから更新された情報をもとに、その特徴も一致していた。

『しお氏と無惨氏と違い。彼だけは、信じていいかと』

ネモからのお墨付きである以上、この少年は信じられるはずであり、だからこそ悟空を混迷させる。
悟飯から……対主催を襲ったのではないかと、ありえない推測が生じる。

「どうなってんだ……悟飯、何があった」

「お父さん……騙されているんだ」

「オラ、何が何だか……騙されてるって、オラがしおにってことか?」

「全員にですよ。ネモとかいうやつに騙されているんだ」

きょとんとして、悟空は意味を咀嚼するのに数秒を要した。
最初、しおがマーダーであることを知って、諍いが起きたのかと考えてもみたのだが、悟飯はまるで自分と悟空以外の全員がマーダーのような言い方だ。
会ったこともないネモの事すら、何の根拠があるのか騙していると断言している。

「もしも、藤木って奴に何か言われたんなら、マーダーはあいつの方だぞ」

あるいは、藤木に遭遇してネモの悪評を吹き込まれたのかもしれない。
モチノキデパートにいた無惨、しお、龍亞のことも聞かされていたのなら、悟飯が誤解するも無理からぬことだった。
ゆっくりと誤解を解こう。悟空は一歩、悟飯に近付いた。

「……誰ですか」

だが予想に反して、悟飯は藤木の名に反応しない。

「落ち着け、ネモは悪い奴じゃねえ……しおにも、ここまでしなくても大丈夫だ。
 そこの無惨ちゅうのも、オラは良く知らねえけど、殺し合いがやりたい訳じゃないみたいだしさ」

「お父さん、そこから離れてください」

老いた父親の介護をする息子のような、慈しみと倦厭を乗せた声色だった。
この時、悟空は初めて致命的な齟齬が生じていることに気付く。
マーダーに騙されているとか、そういう次元の話ではないもっと深刻な根深い問題だ。
だが、何が食い違っているか……そこを擦り合わせたいのに、悟飯が全く応じてくれないのだ。

「僕が、お父さんを守ります……それしかもう方法はないんですよ」

「な……なに、言ってんだ……」

守る……? 守る?

悟空はおろか、その場に居合わせる羽目になったゼオンもリルも、無惨、しお。
悟空を通じて、状況を把握するカルデア内のプロフェッサー、梨沙、ルサルカすら唖然としたに違いない。
僅かでも悟空と接していれば、その強大さを理解できるはずなのだ。
ましてや、息子の悟飯は誰よりも悟空の強さを知っているというのに。

「お父さんが生き残って、ドラゴンボールで全員を生き返らせるんです」

「いっ!!?」

そして、悟飯の掲げるゴールを口にした時、悟空はすべてを理解した。

間違いなく。
襲ったのが悟飯で、襲われたのは無惨達なのだと。
この場にいる全てが、この見解で一致した瞬間だった。

(ドラゴンボールの話で首輪が反応しねえってことは、ここにマーダーは……いや、分からねえ。ネモもそれで見分けるのはやめとけって話してたな。
 そ……そんなことより、悟飯のことだ。あ……あいつ、ど……どうしちまったんだ……)

「僕がここにいる奴らも乃亜も全員やっつけます。
 だけど、僕はもう永くない。だからお父さんには、のび太さんを生き返らせてほしい……いや、ジュジュさんもケルベロスも……みんなを」

「ちょ……ちょちょ、ちょっとタンマッ!!!」

頭がおかしい。

自分の息子に言っていい言葉ではないが、悟空の心の声は完全に悟飯からは正気が失われているようにしか見えない。

『な……なんかよ、悟飯の様子が変だ。ネモ、お前なんか分かんねえか?』

『……カメラ越しによるナースの診断ですが、まず首のリンパに異常があるのは間違いないですー』

カルデアの監視カメラを通して、プロフェッサー達は外部の状況も把握している。

『悟空氏もお気づきかと思いますが、掻いたような跡と血が滲んでいますので、激しい掻痒感があるのではないかと』

『そ……そう……? なんだ?』

『とても、痒いという意味です。
 首の皮と肉を毟ってしまうほどに……これが、悟飯氏の乱心と関係あるかは断定できませんが……
 もしかしたら、言動も含めて何かの症状である可能性は否定できませんね』

『な……なんかの病気なんか……』

『頭部外傷に伴う障害で、人格が変わるというのは有名ですし、
 自然界には宿主を操って、捕食したりする寄生虫もいます。
 様々な異世界が巻き込まれたこの世界で、人の精神を汚染する作用を持った別世界の寄生虫やウィルス細菌が、持ち込まれた事は否定できません。
 聖杯戦争でも、呼び出した英霊から理性を奪い狂化させ、使役する手法もありますね。
 外的な要因で、悟飯氏の人格に異常が生じている可能性は、魔術と科学の両面から見ても非常に高いと思います。
 もっとも、彼のここまでの動向が分かりませんから、正確なことはなんとも……しっかり診断できれば別ですが』

『ば……バビディの魔術みてえなのに、掛かっちまったかもしれねえのか』

『……少なくとも、私が会った時は温厚だけど、キレたら一気に爆発するタイプだったわ』

『スーパーサイヤ人は気性が荒くなっちまうんだ……でもよ、そういうキレ方とも違う気がすっぞ』

『ここまでの話から察するに、誰かに騙されて、疑心暗鬼になっているようですが……』


「誰と話しているんです────」


凍り付いたかのように、悟空は背筋を冷やした。
念話が全て、悟飯に筒抜けだったのだ。

(どういうことよ……セキュリティは強めにしたのに)

納得いかないのはルサルカだ。
乃亜の傍受も想定して、幾重にも防壁を張った念話をあっさりと盗聴するなど、信じられない。


「ルサルカ?……あいつは、僕を見捨てて逃げた奴だ。こんなところにいるのか?
 それに……悪いやつの気もする。人間じゃないやつがいるのか……なんなんだ、この声……」


ルサルカどころか、吸血鬼に覚醒した梨沙の存在すら言い当てている。
カルデア内で、プロフェッサーとルサルカは顔を合わせた。

(…………感受性が高まっている?)

強烈な被害妄想と幻覚、並びに感知能力が増幅されている。
なまじ気を操る術を得ていたが為に、そちらの索敵能力も促進されているのだろう。
念話についても同じように、今の悟飯は敏感なアンテナで常に電波をキャッチしている。

「そうか……お父さん……お父さんの頭にも、蛆がいるのかッ!!!」

「う……うじィ!!?」

「そいつが、こんな幻聴を聞かせているんだ!! 僕もたまに変な声が聞こえて……首から蛆が出るんだ!!
 クッソォ!!! お父さんまで……く、お父さん負けないで、僕の話を聞いて!!!」

雛見沢症候群は症状が悪化することで、特に雛見沢では常人では感知できない霊体の羽入の声を聞くことができる。
無論、正気ではない時に幻聴のように聞こえる声で、さらに病状が悪化してしまうのだが。


「え……? あ、……ぁ、うあああああああああああああああああああああああッッ!!!!?」


悟飯もその例に漏れない。
念話という概念を知らず、幻聴にしか聞こえない声に、摩耗しきった正気はさらに擦り減っていく。

「あ、ッ……ひ、ィッ……ぁ、ぁ…………うぎぉッ……ぁ……は、はっ……ァ……。
 ああああああッッ、また蛆が、蛆が……蛆がああああああああああああああああああああ!!!」

急に騒ぎ出すと、首を掻きむしり出す。

「お……おい……」

虫に刺された箇所を掻くというような、そんなかわいい規模ではない。
真っ赤に染まった首筋を、さらに引き裂いて血がにじんでいく。
爪の中に赤黒い皮と肉が爪垢と混じっていた。
何度も、こんな行為を繰り返してきているのだ。

「…………な、なんだ……どうなってんだ……」

百戦錬磨の戦士たる悟空ですらも、こんなことは初めてだ。
操られ正気を失った仲間と戦ったこともある。
余程の事でなければ、悟空は動じない。だが、その悟空ですら完全に許容量をパンクしていた。

カメラで様子を見ているカルデア内のプロフェッサー達も。
この場にいるリルと無惨達とゼオンですら。

首を掻いて苦しんでいる悟飯を、制止することもせず、壮絶な光景に圧倒されていた。

「や……やめろッ!!」

ようやく我に返り、絞り出した声は悟空らしからぬ動揺が込められている。

「わ……ワケわかんねえ、こと言ってるけどよ……」

不味い。
プロフェッサーとルサルカは、即座に悟空に声を飛ばそうとする。
精神に異常をきたした相手に否定は逆効果だ。

「う……蛆なんか、ど……何処にもいねえだろ?」

悟空がそのような知識を知っているはずもなく。
しかし、悟飯が傍受し様子がおかしくなった手前、迂闊な念話は逆効果になるために、助言もできない。


「やめろ────孫悟空!!」


次いで動いたのはゼオンだった。

この場の状況に、彼も全てを呑み込めた訳ではなかった。

ただ、分かるのだ。あの悟飯の抱く感情が。
ゼオンは決して認めないが。

「お……おめえ、さっきから変だぞ!! ネモに見てもらえ、頭の病気みてえだからよ!!!」

信じられる父親に、見捨てられるかのような絶望に浸食される表情

「違う……違うんです!! そいつが僕に薬を盛った奴かもしれないんだ!!!」

悟空の声を聞き、瞳孔を開いて唖然とする悟飯の姿は……まるで。

「だって変だ。なんでシュライバーは僕が病気だって教えるんだ?
 あいつ、わざわざ海馬コーポレーションまで来て……く……黒幕がいるんだ!!!
 お父さんの頭の中に蛆を仕込んで、騙して……僕に、おかしな毒を飲ませるように指示して……シュライバーもそいつの仲間かもしれない……」

「だから……ネモに……」

親に子の声が届かないことへの絶念を、ゼオンは誰よりもよく知っている。

「この口下手がッ……!!」

「り……リル?」

舌打ちをして、リルは苛立ちながら会話に割り込む。

「少し黙ってろ」

最も不味いのは、悟飯の主張の否定だ。どれだけ支離滅裂であっても、否定するのだけは不味い。

「分かった。お前の言う通り、ネモは怪しい。だから離れたとこで────」


一旦会話を合わせて、カルデアから離れ、対処法をネモとルサルカが思いつくまでの時間を稼ぐ。
もしここで、二人の戦闘が始まれば、首輪の解析が全ておじゃんだ。



「お父さんは僕より、そんな奴を信用するのかッッ!!!!」


だが、リルの声は最後まで紡がれることはなかった。


「ジガディラス・ウル────────────」


消すしかない。

ゼオンの判断は素早い。

悟飯と悟空で潰しあい共倒れするのであれば理想だが、そう上手くはいかないだろう。
不運なことに、こんな場面に立ち会ったばかりに、巻き込まれてしまった。
メリュジーヌの言うことを信じれば、無差別に暴れまわり、殺戮の対象はゼオンとて例外ではなく。
高まる気の増幅は、ゼオンを以てして無視できないもの。
悟空を殺すべく、発狂させたらしい悟飯を消すことは本末転倒だが、この場面で、悟飯の暴走を許せばゼオンの生存も致命的なものとなる。
先の悟空への力試しとは、危険度の次元が異なっているのを肌で実感していた。
一度、あれの狂気が爆発すれば、目に付くすべてを屍に変えるまで悟飯は止まらない。
悟空の対応は後回しにして、ここは確実な生還を優先する。


「な、ッ────────────────!!!?」


全魔力を注ぎ込んだ雷の収束、それが解き放たれる前に悟飯が肉薄していた。
伸ばしたゼオンの右腕と水平に、悟飯腕が翳され、掌に圧縮された青の光芒がゼオンを呑み込んだ。


「ぜ……ゼオンッッ!!!?」


一瞬だった。


左手だけを残したまま、光の放流にゼオンは姿を消したのだ。


「悟飯ッ!!」


ゼオンの気が消えた。

制限により、気の感知は著しく低下しているが、間違いなく肉体と共にゼオンの気は消失しているであろうと悟空は察した。
恐らくは死んでしまった。殺されたのだ。
目の前の、息子に……悟空が最も信頼し望みをおいた、あの悟飯に。


「リルッ!! おめえはしお達を頼むッ!!!」


地べたに無感情に転がった子供の幼い紅葉のような手を見て、悟空は自身の戦闘力をコントロールする。
非戦闘時に抑えていた気を引き上げて、かつて敵対したフリーザやセルを前にした時のように眼光を輝かせる。

ゼオンがマーダーかは分からない。ルサルカを襲ったという話も、当のルサルカの態度を考えると悟空達と合流する前はマーダー側だったかもしれず、結論は安易に出せない。
ただ一つだけ言えるのは、悟飯は何も知らなかったということだ。
何も知らず、何も関係のない他者をあっさりと殺してみせた。


「……そうか、グルなんだな」


そして、笑っているのだ。

詰まっていた問題を解いて、すっきりしたかのような晴れやかな顔をしていた。

「お父さんは……僕を殺す気だったのか」

まただ。理屈の通らない瞑想した推理を、得意げに披露してくる。

「セルに殺されたのは僕のせいだから……お父さんは、僕に復讐するつもりで殺し合いを開いたんだな!!」

瞼が糸で吊り上げられたように眉へ寄せられ、眼球を露出させて悟飯は狂った微笑を見せる。

「子供の姿なのも、生きているのを隠していたからだ!! 殺し合いの準備をする為に! 
 お母さんも……知っていたのか? お父さんと……一緒に……? ぴ……ピッコロさんも、クリリンさんも……みんな、知ってたんじゃないか……」

笑ったかと思えば、今度は混乱しパニックになったように頭を抱える。


「…………お前は何も悪くねえ」


表情が絶え間なく変容し続ける悟飯へ。
ほんの僅かな時、戦士ではなく父親としての表情を覗かせ、悟空は穏やかに言う。


「か……痒いッ……蛆が、ァッ……う、ぐッ……あがああああああああああああ!!!」


しかし、その声は狂気の慟哭に掻き消され。
頭髪から両手は滑っていき、首元へ爪を立てて皮を引き裂く。

「痒いぃぃぃッッ!!!」

鉄の首輪が、掻くのに邪魔そうだった。


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