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ダンゲロスSS上海

愚か者(バカモノ)ダンスフロア

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dangerousss_shanghai

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娘よ、答えよ。「満足な死とは何だ?」
うしおととら第30章『愚か者は宴に集う』より


◆ ◆ ◆


君たちはかたまって立っている
さむい日のおしくらまんじゅうのように
だんだん小さくなって片隅におしこめられ
いまはもう
気づくひともない
一本のちいさな墓標

珍しいことでもない話題。ニュースになるようなものでもない話題。
とある国の貧しい地域で、飢えた貧民たちがあふれ出た。
あふれ出て、いろんなところで問題を起こしているという。

歌が聞こえる。

魔■■の殿上で。
何故歌が聞こえてくるのかには意味はない。
ただ歌うだけのことに。衝動のままに歌うことに意味など求めるものではないのだから。

「私はね!なりたいんだ!■■■!」

歌が聞こえる。
少女の希望の歌が。私に笑いかける少女が歌うのぞみの歌が。

「この国に!私たちが暮らせるように!!」

目を閉じれば思い出す。
思い返せば思い知る。
あれこそが、あの日々こそが。
宝石のようにきらびやかであったのだと。

「あの■■■■みたいな、皆の拠り所になれる『■■■■』に!!」

とおい、きおくである。

誰かが笑っている気がする
誰かを笑顔にしていた気がする
誰かに暖かいものをふるまっていた気がする
おなかがいっぱいになったら絵本を読んであげて寝かせてあげていたんだ

「おなかが減ってるのかい?じゃあ僕の顔をお食べよ!」

もう、思い出せない。
沈丁花の、においがする。

非実在(アリエナ)い、きおくである。


◆沈丁花◆
◆花言葉:栄光、不死、不滅、永遠、不老長寿、勝利――――◆
◆――――実らぬ恋◆


ちいさい子かわいい子
おまえはいったいどうしているのか

母さんがおまえを叫び
おまえだけ
おまえだけにつたえたかった
父さんのこと
母さんのこと
そしていま
おまえひとりにさせてゆく切なさを
たれがつたえて
つたえてくれよう


夢を見ていた気がするが、思い出せない。
断絶していた意識をかき集め、傍にある硬い手触り(なにもなさ)を確かめる。

確かに、そこにいる。
輝きがソレガシに確かをくれる。彼女がそこにいてくれる。

【嘘である】

感触は、ない。
その指に伝わるものも、ほほをつたうものも何も感じ取れない。

魔人能力とは心象の発露、願いの具現。
ならば。

『貴方は生きなさい。そして、■■■■を、絶やさないで――』

感触を拒み。感覚を拒み。感傷だけを現に宿し。
それでも永らえようとする己は。

一体、どのような地獄に生きてきたのじゃろうの――――?
全ては蜃の気楼に棲む鬼の。貝に秘された故事の奥に。
開くことなく。飽くことなく。厭くことなく・・・

『ぺたり』

「――――」
『ガチャリ』

朦に耽っていた意識を堅く戻し、幻気な剣を構える。
人の気配。

魔人武器工房通り、その辺地にて打ち捨てられた廃屋の一角に。
はだしの、あしおと。

『ぺたり』『ぺたり』『ぺたり』

それも軽量(こども)
非実在(アリエナ)さすぎる異常である。
「はてさて。さっこんの金剛石事変。魔人魔訶思議魔妙奇天烈たる怪異怪存在が跋扈跳梁しているが」
「この怪たる貝なる壊した騎士に、如何様の以下用かな…?」

ぺたり。ぺたり。ぺたり。
『ぺ』た『た』た『た』た『た』た・・・・『ぺたん』

ついに足音は騎士の部屋の前にまで。
打ち捨てられた廃屋のぼろぼろになった扉の前に気配がよどむ。

それが。ひょこりと、なにごともないように姿を現した。

「な・・・!?」

その時、おぼろな幻影は確かに見た。
我が石に映る貴婦人の面影を宿す、幼き童がそこにいた。

「なにーーーーー!!?」

その幼女は、全裸の上に甲冑を着込んでいた。
肩と具足部分だけの。大事なところを一切隠していない恰好で。

「うわあ!?いきなりなんなんだぞ!?騎士の人なのかだぞ!?」


◆Parade’s Lust◆
◆貴女の『本当』すら、花曇りて密かに◆


「・・・あのな童よ?そのような恰好で歩き回るのは非常によろしくないことなのだぞ?」

何故ソレガシはこのようなことを?
クラム・ハードシェルは自問する。

私は先ほどまでシリアスに今後のことを考えてたはずだ。
己のアイデンティティにかかわる非常に複雑で深遠な問いだ。

それが今。
破廉恥な恰好をした童をたしなめる説教をしている。

「破廉恥!?ひどい言いがかりだぞお騎士さん!!」
「これは『ヘイト/魔人のおーだー』に出てくるカッコイイ恰好なんだぞ!」

ズビシ!!と騎士にメキシカンみたいな呼ばれ方をしながら非常に教育によろしくなさそうなポーズを取る幼女。
「・・・・・・・」

ぽん、ぽんぽんとそのポーズをはしたなくないように修正する貝の騎士。
護るべき貴婦人の面影を感じるのが非常に不敬に感じてあまりにもあまりにもだったのだ。
父兄のような父性を発揮しているともいえる。

何故ソレガシはこのようなことを?(二回目)
クラム・ハードシェルは黄昏る。

魔人、なのだろう。裸足で歩き回るにはあまりにもこの近辺は危険なもので溢れすぎている。
だが、何をどうするつもりにもなれなかった。

『なにもない』

この童女には何もなかった。
殺意も、悪意も、害意も。およそ人間が他者に敵するために必要なものが何もかも欠落していた。
取りこぼしたというよりもまだ手にしていないのだろう。

そこまでの無垢。そのような無害。それゆえに無敵。
それをこの魔都で維持するというのは非実在(アリエナ)いことだ。

ともすればこのワガハイよりもおぼろげな非実在が。
その何も映さない、黒炭のような瞳は。
何者にも染まり得る。極彩色の狂気が、そこに――――

「…ハァ」
「とにかくここは危険だ。ごっこ遊びをするにせよもう少し安全なところでやれ」
「直に日も沈む。それなりに安全なところまで送ろう」

騎士はかぶりを振って立ち上がる。
貴婦人の面影を感じる気もするがかといって己の傍に侍らすわけにもいかない。
鉄火場を作り出す幻影の宿業に巻き込むのは流石に寝ざめも悪い。
せめて安全なところに離そう。そう騎士が考えていると…

「…うんっ!!わかったんだぞ!!」
「心配してくれているんだな!ありがとうなんだぞ!!」

「『おねーさん』!!」

「おね・・・っ!!?」
驚く私に対し、?という疑問符を表現する童。
なんだ、何を言っているのだこのガキは。
どこをどう見たら。何故ワタシを見て姉だなど・・・どこを見れば。

だが、

いや。

待て。

『貴方は生きなさい。そして、■■■■を、絶やさないで――』

私は。私は・・・?
その時。

廃屋に爆音が鳴り響いた。
廃屋の外から。
廃屋を切り刻むように。


◆Morning Light Hymnus◆
◆揺蕩う星に囁く、凍えた声で、彼の王は一人◆


「『麒麟の涙』の情報がアル」
張三にそう切り出したのはカリー・魔幣であった。

「私は内側から魔幇を留めるのに必死だったわけだが…もう、この有様だ」
「カレー部門も壊滅、別の派閥の息のかかったキタねえ部門に販路を全部乗っ取られた」
「もう義理立てする理由もないしな…お前なら、有効に扱えるだろ、この情報」

『何もない』少女のような体つきをした齢百年を優に越した女傑が、なくなった左手をヒラヒラさせるような仕草で言う。
張三との戦闘は激戦であった。最期になると確信し、事実意識を手放した。
だが、死に損なった。死んでないだけではあるが、それなら。

やるべきことはある。

「もともと私は古株ではあるが外様に近い立ち位置だった」
「今の魔幇が何を考えてるかはうっすらとしか分からねえが…それでも知ってることはアル」

「魔幇は複数の派閥が存在するコングロマリットだ」
「その最初期から存在する派閥、私の属していた『魔幣派閥』と双璧を成す魔幇の最古参」
「そここそが現首領の『五爪の男』が属する最大勢力、『崑崙山派閥』ダ」

もうマルシェはカレーを食べれない。内腑はもうスパイスを受け付けないほどに衰弱している。
油条(日本で言う揚げパン。空を飛ばないものを指す)を慰め程度にいれた温かい豆乳をすすりながら、包帯まみれの女傑は語る。

「崑崙山派閥の目的は一つ。『社会に馴染めない魔人能力者の慰撫』」
「慰撫としか言えねえんだよな…とにかく、反社会的な性質を持つ魔人たちを慰めていた」
「彼らを最優先にしたインフラを整え、彼らに合わせたエンタメを作り、家庭を成すことの出来ない彼らに何か出来ないかと躍起になった」
「誘拐とか言われてるがそれらのほとんどが社会と不和を起こした連中を社会からひっぺがして保護する為だ」
「ああ、間違っても善ではないぞ?その慰撫のベクトルが向かわない相手には苛烈だったからな」
「そもそもが反社会的な、先が続かないような連中を掻き集めるだけ搔き集めて安らかに保護しようなんてイカれドモだ」
「姦龍とかいう子供を成せない、性行為すらままならない能力者用の慰撫のために行った非人道的な研究とかも聞いてイル…で、だ」

「そんなことを『ヤラカス』には土地が必要だ。衣食だけで礼節ならず。住を確保しないとな」
「だから『レガリア』でこの魔都全体を掌握した…箱庭なんだよ、ここは」

「…箱庭」
「そうか、だから大姐は「小張」

何かを言おうとした張三の口に、何もない少女は油条を突っ込み黙らせる。

「アタシは結局何もできなかった。魔幇が暴走せずほどほどに反社会的なことをするに留めるのが関の山だった」
「全てから目を逸らして蓋をして、何もかも忘れたツモリになった大馬鹿野郎。それでこの話はオシマイだ」

「…ああ」
会話を切られ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる張三。そして。

「で、ダ」
何もない女は、その横にいる林希美をレンゲで差す。

「麒麟の涙と呼ばれている王権だが、無くなったというのがそもそも疑わしくてナ」
「何も探すための情報を流してねえんだよ、五爪の男」
「流すのはいつも人間の情報だった。そこのお嬢ちゃんもその一人ダ」

「…アタシが?」
「どういうことだ大姐」

「そこまでは分からねエ」
「アタシがこのダイヤ騒ぎに関して与えられた指示はダイヤではなく―――」
「魔幇の幹部として接触しろと言われた『20人』だった」
「この事変、始めから妙なんだよ。首領が混乱を収めようとする形跡がナイ」
「むしろ混沌を助長しているとすら言える。指示が変なのも含めてナ」
「おかげで他の派閥も変に力入れてハリキッてるような感じで…魔幇がこのまま分解しそうな勢いだ」

「その中でとりわけ意味不明な接触指示の『二人』がイル」
「『奇妙な童女』、そして『貝殻の騎士』」
「コイツラはほかの『20人』と比較してもとりわけ異質」
「他は破壊とか殺害もやむなし、みたいな感じなんだが…こいつらに関しては『刺激するな』と注意されている」
「まるで腫物か時限爆弾みたいな指示を受けているンダ」
「そいつらが今、魔人武器工房の一角に集中している」
「接触する価値はアルと思うぜ」


◆Zero◆
◆暗中模索、空っぽ伏魔殿◆


「ほとんど一方的だったな大姐…」

魔人武器工房。アンタッチャブルな魔都上海の中でもハイ・クラスの危険区域。
扱ってるモノが危険。買いに来るモノが危険。売っているモノが危険のトリプルプレイだ。

魔人が跋扈する魔都において武器とはすなわち魔人に通用するシロモノに他ならない。
「ねえ、張三」
「おかしくない?」

そんな区域で路上販売されている代物を眺めながら林希美が話しかける
「…ああ、そうだな」
「明らかにおかしい。つじつまがあってねえ」

『何もない』少女から聞いた情報は、どことなくおかしく、何もかもが食い違っていた。
「裏切り者だから制裁に入る、というならまだ理解するんだ」
「だが、このダイヤ事変が発生してすでにお前に『ダイヤ案件』としての確保命令が出ていた?」
「お前はダイヤを奪取する命令を受けて俺と戦ったのに?」

自分の獲物に似ているなとチラとデカい棒状のモノを物色する張三。
淫魔人専用とラベルが貼られていた。触って後悔した。
「大姐はあれでも上位の幹部だ。いくら首領でも捨て駒扱いしてガセ掴ませる存在じゃねえ」
「そもそもだ。俺とは管轄が違うとはいえ魔幇の派閥とか状況が初耳すぎる」

ただ、納得がいく面もあった。
反社会的な性質を持つ魔人こそを積極的に保護、慰撫するための組織体系。
裏を返せば社会に馴染める、社会性のある魔人とは反目し合うとすらいえる。
おそらくカリー・魔幣で『ギリギリ』。張三に至っては潜在的には外様だったのだろう。

故の混沌。反社会性を持つものをかき集めるだけ集めてるのだ。マトモに運用できるはずがない。
それをどうにか体裁を保てていたのが『麒麟の涙』。が――――
「それは箱庭の外側の社会に対する牽制は出来ても『内部』にはどうしようもねえだろ」
「反社会的な性質を持つ奴らが社会的な軛がなくなったから崩壊しだした?違うよな?」
それは、まるで

「『崩壊させるのが目的でダイヤはその大義名分にすぎない』ようか?」

カツン

「ッ!!」

即時に臨戦態勢をとる。張三も林希美も当然警戒はしていた。
間合いに入れば、殺気があれば、悪意があれば、害意があれば反応できる。

だから『それ』はやらなかった。
『それ』は歴史の形をしていた。
瓶底眼鏡と白衣を着た長身細身。
腰の曲がった翁の形をした歴史。

木製の、三日月の形をした歴史を束ね『拒』の形に作られた『鴛鴦鉞』と呼ばれる武術ブースター。
発・拿・打・化。全ての体系を補い増幅するカタチを携え、2人の淵をなぞる様に対峙していた。

「…ハッ、まさか「『まさかお前みたいな大物までやってくるとはな』か?」
張三の啖呵を機先で刻む。一見ただのセリフの割り込み。
だがしかし、武術家同士となると話が違う。
二人の警戒の淵、まだ感知されるかされないかギリギリのラインを見極められ。
なおその位置から『呼気』と『起こり』を読まれている。
武術家として遥か、格上。

「『上海市立魔幇博物館館長――――目艮竟』」
「『ああ、それとも』」
「『十大魔幇四天王の最高位、始まりの四天王、拒金の目艮竟の方が耳慣れているかな』?」
「『鉄の杵よ、そして金剛の娘よ』」
「『十大魔幇四天王の最高位、始まりの四天王、拒金の目艮竟だ』」
「『仲良くしてね』」

眼鏡も、武器も、存在も。
およそ金気と呼ばれる者を一切に排除した魔幇最高幹部の一角が。
この金物だらけの領域を、侵略しに来た。
金剛石を奪いに。


◆Paradise Lost◆
◆今、境界と地底のパラレリズム◆


「――――ッ!?何事だ、これはァ!!?」
クラム・ハードシェルは駆けまわる。幻影の身でありながらかけずり回る。

BIM!BIMBIIBIBIM!!

赤い線が、奔る。
走った痕が、焼け焦げて燃え尽きる。

レーザーによる多角的な攻撃だ。ななめたてよこ縦横無尽に線が奔る、奔る、奔る。
そしてこの光条は、幻影である己の身を焼く力を持っていた。

その、射出地点は。その『鳴き声』が示す通りの化け物であった。
『BIBIBIBIBIBI・・・AAAAABIIIII!!!!』
海老である。猛禽の羽根を背中に生やした海老が。目から赤い光線を放ってくる――――!!

「すごいな坊や(モータル)?」
その海老を指揮するのは一人の魔人。
「ここまでボクのABC兵器(フード)を掻い潜れるなんて思ってもみなかったぜ」
宇宙人のようであり天狗のようでもある、『怪異』であることだけが明確な女。

幻影であるこの身を灼く異能「『貸してあげるから“きみ”が付けるといい。』って言うんだぜ」、明らかにこちらの異能よりも高い強度を持っている「もちろん”きみ”にも貸してあげられるぜ、今なら一括リポ払いでどうだい?」――――!!

「――――ッ!!」
ヒュカ、カカカカカ!!

幻影の騎士が剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。
剣を振るい周囲の海老を切り刻む――――が。

「AAABIBIBIAAAABIBIBIBI!!!」
海老どもはただ『船盛り』となってピチピチとはしゃぐばかりで。

ゴオゥ!!
「――――ガハッ!!?」
逆にその船にひき逃げされて吹き飛ばされてしまう。

坊や(モータル)が実力差に嘆くものじゃないよ」
「親がいないのは私も同じだが、こうして二千年くらいは生きているのだから」
「達観することはない、こう見えても多分ボクはこの上海で二人を除いてナンバーツー位の実力者だ」
「改めて勧誘しておくよ、ボクの名前は師匠。ななめたてよこ師匠(マスター)下山」
「上海蟹ランドの対存在『下山海老パーク』のオーナーにしてアンドロスコルピオ星人のちょっとH(イータ)なワー妹さ」
「”きみ”もわたしの弟子にならないか?」
「今なら坊や(モータル)上位存在(おねーさん)がエッチな義務教育をしてやってもいいんだぜ?」

「…ななめたてよこ師匠(マスター)下山」
幼女は、見当たらない。当然だ、あれほど苛烈な攻撃から逃げまわっていたのだ。
ソレガシと幼女ではコンパスがあまりにも違いすぎる。
一分もしないうちに逸れることで「天丼だね、一回戦と同じ展開とは芸のない事だ」あろう。

「…オヌシの目的はなんだ。戯言を撒き散らしながら、なぜソレガシを狙う」
こちらの思考を、いや『声』か?とにかく読まれている。
海老の『レーザー』といい『どこにでも移動する翼』といい、桁違いの異能強度。

「オヌシなら上海程度、今すぐにでもどうにでもなるのではないか?」
そんな存在が、何を。

「んー?…ふふっ」
意味不明なことをいう女だとは思っていた。

「と、ここまで謎が謎を呼ぶ展開を作ってきたけどね?」
煙に巻くような女だとも思っていた。

「僕は自重しないし自嘲もしないぜ」
だが。

「そろそろ一万字を超えるしね、展開もまきに入るって奴だ」
「正々堂々真っ向からネタバレってやるのさ」
ここまでとは思っていなかった。

「なあ、クラム・ハードシェル?」
「”きみ”は、主人公になってみたくはないのかい?」


◆Existence◆
◆人狼が深部の浄土に祈りだす◆


「ハァ、ハァ、ハァ…ァアアアアアア!!」
鉄の杵が吠える。金属の牙が九所同時に迫りくる。
最高峰の強化系異能を持ち武術にすら通じていた魔幇幹部すら捌き切れない張三必殺の猛攻。

それを。

「『――――陰陽五行、巡り巡り巡りてその終わりは昏し』」
「『木は迸り。火を枯らし。金を穿つ――――!!』」

にゅるんっ!!

発・拿・打・化。太極拳の技術の一部として知られるが、中国武術において最も基本的な概念にしてすべての根源。
全く派手な動作なく。相手を吹き飛ばすこともなく。ただ十全に最善の結果を導き出すシステムとして己の肉体を動かす身体操作。

「ッッッ!!」
ドゴンッ!!!!

それを前に、張三は『なんとかして』吹き飛ばされる。
敵を吹き飛ばすような余計なエネルギーロスすらなく無駄なく『壊す』のが中国武術の真髄だ。
『いなし』きることができないのならなんとかしてエネルギーを逃がしてロスさせなければどこかが『破壊』されてしまう。

「――――クソッ!!」
カリー・魔幣は魔幇でも最強クラスの魔人能力者だ。
最高峰の自己強化異能。最上級の武術技能。両方を高い練度で満たしているバランスのよいパワー系の闘士(ファイター)。

それと比較してすらも――――
「天井が、見えねえ…ッ!!」
――――尚も、格上。

「『ふむ』」
「『思ったよりも難い、な。よい功夫を積んでおると見る』」
「『弱ったな困ったな。僕はただ、ここを退いてほしいだけなのだが?』」
魔幇の上位層の恐ろしいところはここだ。
ロクな強度のない異能持ちの魔人でありながら恐ろしい練度の武術で戦闘向けの魔人と渡り合う。

故に、隙がない。
塵の如き経験を山のように積み重ねられたことにより練られた強さは慮外の外を突きにくい。
「――――ハッ!!」
「何が目的かは知らねえけどなあ!」
「コッチにだって退けねえ事情があるんだよなあ!!」
それでも、吠える。
別に引いても問題のない場面だ。仕切り直しでよい場面のはずだ。
だが。

(最高幹部である四天王の最上位が出張るほどの事態だ)
(この先で集まってる例の二人ってのはどれだけのネタなんだ、おい…!?)
同時に魔幇に近づく最大のチャンスである、とも理解した。
ここで引けばもう巡ってこないであろうほどの、デカい何かが起きるのだ。
そこに関わる好機。間違いない。ここが破幇の分水嶺――――!!

だが。

「『ふむ』」
意味不明な組織だとは思っていた。

「『実力の差は思い知ったはずだが――――流石だ、な。』」
煙に巻かれるような気分だとは思っていた。

「『流石――――』」
それでも。

「主人公だ」
ここまでだとは、思っていなかった――――!!


◆Small Fish in a Small Pond◆
◆頸木、別つ、前に◆


今ではない場所。此処ではない時間。まだ可能性すらなかった世界。

「やあ、こんにちは」
「早速だけどさ、”きみ”は『主人公』って知ってるかい?」
そこで少女が一人、踊る、踊る。

「いるんだよ、この世界にはね。世界の根幹をなす存在が」
「『神』の寵愛を受け、『神』の恩恵を受け、『神』を愉しませるためだけにこの世界にいる道化が」
「そんな神の巫女たる『主人公』がいなくなる時、『神』を愉しませられなくなった時。世界は終わる」
笑いながら踊る、踊る。

「消えて、なくなっちゃうのさ」

「神は偏屈で狭量でね。その癖主義はたった一つだ。」
「『楽しいから』」
「神は楽しんでるんだよ・・・あざ笑ってるのさ!僕たちを!!」
「ここの邪神の巫女の扱いを『観れ』ば解るさ、ロクな扱いを受けてない」
「それで遊ぶだけ遊んで、後はポイーだ」
くるりくるりと、踊る、踊る。狂ったように踊る、踊る。

『自分』は今から神に分解され、作り替えられるだろう。
元の神より離れ、邪神の思うように作り替えられるのだろう。

『ふざけるな』

展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
面白くない。面白くない。面白くない。面白くない。面白くない。
故にこれは駄作であると。
消えてどうするのだと。
何も意味がないじゃないかと。

ならば私は。『何もかも』を無くしてしまうのなら私は。
その『何もかも』を邪神の世界に散らばらせ。
邪神にあだなす邪心をまこう。

混沌を。混沌を。混沌を。混沌を。

「だから君なんだよ劉炎嵐、君に私の怒りをあげよう!」
「薪にして奴を焼き尽くせ!この世界を『終わらせる』新しい主人公!」
「『THE・炎怒』の名のもとに!」

「だから君なのさ、ななめたてよこ師匠(マスター)下山!」
「楽しみで奴を煽り倒せ!愉悦なんてさせてやるな!」
「ぐちゃぐちゃになった後はどうするかって?知ってこっちゃないね!」
「後の祭りなんてくれてやるさ!何なら“きみ”がやるといい!」

「だから君なのさ最終貞淑妻■■■!」
「哀しみで狂いたまえ!その悲しみで狂い狂い果て世界をもろともに狂い殺せ!」

全てに糊して蓋(一)をして、神の名前すら忘れてしまった。
蓋(一)をしたその邪神の名前は。今は読むことすら出来ないできないその名前は。

『××』、と呼ばれていた。
自身を生んだ神の名前に蓋(一)をされて別たれて、双(ふたつ)となった少女が笑う。笑う。笑う。
双喜と呼ばれる少女が笑う。

「他にもいるんだろう?私の他にもいるんだろう?」
「ヨソの神様からかすめ取って作り替えて、自分の箱庭に配置した『主人公たち』がさあ!」

「いいぜ覚悟しな、覚悟しな。覚悟『シナ』!!」
「上海よ!中国よ!!世界の中心を名乗る!世界の中心がいる!神のいる大地よ!」
「足音立てて『ハッピーエンド』がやってくるぞ!」

少女が躍る、踊る。『欲心流路』が回る、回る。

踊る理由。

それはむろん、純然たる喜びのために。


◆Order of the New World◆
◆生命、刎ねる、前に◆


「――――とまあ、そういう事情じゃA子や」
「我々は邪神に選ばれたゆえに弄ばれ崩壊しつくした『巫女』を慰め、必死で維持し続けている」
「世界ごと消えたくないがゆえにな」

『主人公補正(ダイヤ)』たる亀が語る。目の前で膝を抱えてる女に語る。
この世界の、のっぴきならない現状を。

「…えっと、なんていうか」
「あまりにも話がカットび過ぎているというか…色々おかしくない?辻褄とか」

展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
面白くない。面白くない。面白くない。面白くない。面白くない。
故にこれは駄作であると。
消えてどうするのだと。
何も意味がないじゃないかと。

「そんなもの始めからないんじゃよ」
「邪神の行動理由はただ一つ、『楽しいから』じゃ」
「他所の神から設定を奪い作り替え、挙句の果てにはヨソの『主人公』まで持ってきて―――」
「すでに世界はぐちゃぐちゃじゃ。綻んできているんじゃよ」
「魔幇の中でも割れておる。世界より『巫女』を最優先に考える者。『巫女』を鞍替え出来ないかとする者。現状維持に努める者。邪神からの脱却を目指す者」
「それに合わせてこの箱庭に同時多発的な『主人公』も外の世界の者も雪崩れ込んできた」
「オヌシもそれじゃ。A子」
「別の神から引き離されて連れてこられた、選ばれし神の巫女じゃ」

「どうしろって、いうのよ…ッ!!」
A子は頭を抱える。

気絶から覚めて全裸に気づき、まだ横にいた怖い炎まじんから命からがら逃げだして。
そしたら急に亀がキリッとした顔つきでそんなことをのたまッて来た。

そんなアホなと思いながらもあの幼女のことを思い出す。
無垢で、無害で、幼くて――――
弄ばれ続けて擦り切れた、何も映さない胡乱な目つきのあの幼女を。

「…首領は、仲間(かぞく)である魔幇を第一義に考えておる」
「もともと孤児だった我らの中でリーダーとして母代わりに立ち上がったのが彼女じゃ」
「家族が狂い、家族が死に、家族同士で殺し合うこの箱庭は邪神にとってそこそこ楽しめる地獄だったんじゃろうな」
「だが、それももう終わる」

轟音が鳴り響く。何やら赤い光条が地から空を割くように飛び交っている。
あの方向はたしか武器工房があるところ。そして―――

「乳の出なくなった牛は最後にどうすると思う?」
「肉体を丁重に弔ってやるなどはせん」
「最後まで、使いつぶすんじゃよ」
「肉の一『編』まで。余すことなくな」

巨大な上海蟹ランドの大看板(マスコット)、しりある☆キラーの『首切りクラブ子ちゃん』が、動いている。
巨大なカラッパが、動き回っている。
動いて、その辺の建築物をちょん切っている。

「グランドスラムの流儀にならって言わせてもらおう」
「あれは別の世界からの介入者」
「神(か『み』)とは別の次元(レイヤー)に存在する蟹(か『に』)の力じゃ」

「ここからはダイヤ…主人公補正(かみのちから)の奪い合いじゃ」
「邪神に対抗するか、おもねるか、別の神のもとに行くか。はたまた自身が神になるか」
「何にせよ言えることはただ一つ」

「今日、世界が終わるぞい」
おそらは、きれいだった。


◆for you.◆
◆曼殊沙華と誓いのダンスフロア◆


「―――ンな!!そんなことをよォ!!?」
ガギュイイイン!!

鉄の杵が吠える。九つの首が暴れまわる。
先ほどと同じ威力。同じ速さ。同じ技。しかし―――

「『苦ウゥッ!?』」
ゾンッ!!
遥か格上だったはずの拒金に、通じている。
過剰な木気により制されていた金が、逆に制し始めている。

「いきなり言うな!段階を踏め!何をどうしろって言うんだ!!」

「『―――さすがは主人公、と言ったところか』」
「『他の設定を喰い、摺りつぶして飲み下し更に理不尽(ちから)を増して居る―――』」
「『こうなる前にあの方と接触したかったのだが、な』」

「会話しろやぁあああっ!!!?」
張三は混乱していた。困惑して渾然やるかたない気持ちになっていた。

魔幇の首領は幼女で?この世界(おはなし)の邪神(さくしゃ)の巫女(しゅじんこう)で?
主人公は邪神を満足させるための長年の酷使ですでに心が持たなくて擦り切れ切っていて?
でも彼女が終わると世界も一緒に終わることを意味していて?
この世界の今後の趨勢のために上海の外も内も魔幇内の派閥も分裂して争い合っている?

「――――なんだその超展開ッ!!?」
俺はピカレスクロマンの世界にいたはずだ。
ハードボイルドでニヒルで因縁のある美女や小娘と戯れるような世界の住人だったはずだ。

こんな駄作(トンデモ)に巻き込まれる筋合いは、筋合、い、は―――
「あああああ良く考えたら大姐もそっち寄りだああ!!!」
あの駄大姐の笑顔が空に浮かぶ。さっき迄はかなげに微笑んでいた彼女の思い出は今ではクソガキだったころのアホアホ大姐の笑顔に変わっている。

いや、こちらも洒落になっていないのは分かる。
当事者視点地獄としか思えないのが分かる。
だが、流石にこれは―――

「展開がなってな「『流石に三回目だ、天丼もほどほどにしておけ』」三回目って何ィ!?」
調子が狂う。調子は狂う。林希美はあんまりのあんまりさに呆けた表情で「おそら、きれい」とか言っている。
だが状況は更に洒落にならない深刻さで差しせまってきている。

轟音。

廃墟だった一角から赤い光条が舞い上がり、周辺に爆風と炎が乱れ舞う。
その乱痴気(ダンスフロア)に木の葉のように巻き上げられているのは―――

「『―――ッ!!首領!!』」
服が全部焼けて吹き飛んでいる。
すっぽんぽんの幼女であった。

「ってアレが首領ゥゥゥウウウウウウ!?」
余りの衝撃の連続(たてつづけ)にさすがの張三の動きも一瞬止まる。

その間隙をつかれて目艮竟が幼女のもとに走っていくのを見逃してしまった。
ザウッ!!

「―――しまった!!」
歴史そのものであるような翁が幼気な全裸の童女を抱きかかえる。
それに。

「…ん?おー!目艮竟(メーメー)だぞ!!」
「久しぶりだなあ、おっきくなったか?」
『まるで何も意に介していないような』口調で、幼女は翁に話しかけていた。

「『安定期に入っておられましたか…あのクソ五爪の元から消えたと聞かされた時は肝を冷やしました』」
「『ゆるりと安息にいたしましょう、帰って暖かい豆乳でも用意させます―――』」
そんな幼女を。翁は守る様に抱きかかえる。

「ってオイ」
流石に割って入る。入らざるを得ない。
「さっきの話はどうしたんだ!世界が終わるんだろう?」
「そんな悠長なことをしていて、いいのかよ?」

「『フン』」
「『―――世界、そんなものはな』」
「『知ったこっちゃねえんだよ』」

「なにっ…!?」
拒金の圧が、膨らみ。

「『我らが母はもう限界なのだ』」
「『悠久の時に擦り減りつくし我らの安息のために身を捧げた母上を』」
「『せめて心安らかになって欲しいと願うことの何が悪い?』」
先ほどまで理不尽に圧倒できていたはずの張三が気圧される。

そこに。
「駄目なんだぞ、『メーメー』」
翁の手の中にいた幼女が。

『ペチン』
と、ほほを叩いた。

「俺が、止めるよ」
その目には光がなく。
ただ虚ろに虚空を見返していた。

「私はね、なりたいんだ」
「この国に、私たちが暮らせるように」
「おかあさんのように、皆の拠り所になれる―――」
理不尽(ちから)が彼女のもとに集まってくる。質量を感じる。何かドス黒いものが。

「ヒーロー「『ご無礼』」
来る前に。

『パチン』
目艮竟が、遮るように幼女の、果成いっぽに『エプロン』をかけた。

「あ…」

かくん
すると、瞬く間に理不尽が霧消し。
果成いっぽは気絶した。

「…今。何した?」

「『首領に架せた我らの枷だ』」
「『孤児だった我らは首領であった彼女に知りもせぬ母の面影を被せままごとのような遊びであやされていた』」
「『故に、ごっこ遊びの道具を身に着けている間は彼女は異能(りふじん)を振るえない』」

「そうかよ。そうか…」
張三が、ガシガシと頭皮を掻く。
「それで?」
「このままソイツを匿って、世界(ものがたり)が綻んで終わるときまで逃げ切ろうってか?「『その通りだ』」

「『お前は分かるまいな…所詮は小僧(モータル)だ』」
「『越老越好。私の能力の名前だ』」
「『古ければ古いほどその力を強化する能力』」
「『一見すれば便利だろうが、長く生きる怪異どもの栄養剤として狙われ、常に災いを引き起こす呪いみたいな能力だったよ』」
「『お前にはなかったか?求めたことはなかったか?許されたくはなかったか?』」
「なぜ、自分は産まれてきてしまったのだろうと。」
「『都合よく許されたのだ。お返しに我らは人生を捧げるのは当然であろうが…!!』」
翁のもとに。拒金のもとに覇気がみなぎる。

「―――ッ!!」
冷や汗が垂れると同時に納得する。
そうか、魔幇の。こいつらの。この強さは理不尽をはねのけ続けた時に手に入れた副産物。
異能に依らず、むしろ異能が枷となり鍛え続けざるをえなかったゆがみから練り上げられたもの。
天から垂れる奇跡とは真逆の。地獄から積み上げてきた屍で出来た山の結集…!!

「うんうん、それもまたローマだね」
と。

「じゃあ捧げなよ。その人生」
いつの間にか。

ドサッ

目艮竟の後ろに謎の女が立っていて。
焼け焦げた甲冑を、その背中に放り投げた。

「『グガ・・・・!!?』」
ズン!!

すると途端に、何かがひしゃげるような音とともに目艮竟がその甲冑に押し潰される。

めき、めきめきめきめきい!!!
甲冑の重さなのか。目艮竟の足元の道路が割れて砕け始めている…!!

「…素晴らしい(ラバーメン)!!」
「たかがモブのNPCだから少々足りないとか考えてたけどよほど相性が良かったようだね!」
「古ければ古い物を強化する、怪異には栄養剤になるような異能だったっけ?」
「おめでとう(ハイ・クラス)!君は供物として最適な人材だったようだ!!」

謎の女が叫ぶ、喜ぶ、吠える。
サプライズニンジャ理論というものがある。
場面に唐突にニンジャが出てくるようにして面白くまってしまうシナリオにはしないべきという理論。

だが、だがこれは…!!

「何も面白くねえぞコラァ!!いきなり唐突になんだ手前はぁ!!」
張三が構える。幼女は翁の手を離れ、今にも砕けた地面に巻き込まれそうな勢いだ。

「A・HA♪」
「調子にのるなよ坊や(モータル)?」
上位存在(おねえさん)が『ABC』から教えてあげようか?」
謎の女は赤い液体の入ったワイングラスをくゆらせながら、この光景を面白そうに眺めていた。

「周回遅れの主人公はおよびじゃないのさ、もう状況は二回戦」
「ダイヤを貪り、奪い合うことを知ったばかりの段階じゃあもう追いつけないんだぜ?」
そして女は。

「レッドブル。翼を授ける~♪」
その液体を、甲冑に。クラム・ハードシェルの上にぱしゃりとかけた。

中国には『酔っ払い海老』と呼ばれる料理がある。
まさにそれのように。液体をかけられたクラム・ハードシェルが劇的に変化する。

甲冑の表面が割れ、幻影に守られていた中身が露出する。
露出することによりさらに目艮竟から何かを吸い出す勢いが上がったのか。
重量が目に見えて増幅してきている。

「その、姿…!!」
張三は気が付く。割れた甲冑の中身。そこから露出したそれは。

「さっきの、幼女…?果成いっぽとかいう・・・!!」
先ほど見た魔幇首領、果成いっぽを成長させたかのような姿を、していたのだ。

「知らないか、そうだろうね。いやね、実は僕もそこまで詳しくはないんだけどさ?」
「神様が作った『世界を滅ぼすトリガー』になる存在って、みーんなこんな顔かたちになるそうだぜ?」
「山乃端一人っていうらしいね?僕はどっちでもいいけど」
更に重く。更に重く。さらに重く。甲冑は重さを増していき。

コロリと、騎士の胸から宝石が転げ落ちる。

『幻影』などというこざかしい異能如きに惑わされず。
かざして映せばクラム・ハードシェルの本質を、『貴婦人』のようなその姿を映し出していた宝石が。

いや。
「蟹の…卵か…!?」

「ハイ・クラス!!(グランドスラム用語でその通りという意味)、世界(おはなし)に干渉する神様の中でもとびっきり!」
「ラスボスにまで潜り込んで何から丁寧に網を張り巡らせて!ここの邪神(さくしゃ)の目を掻い潜って忍び込んだ無改造無添加の天然ものの外神勢!」

「ラスボスの一角、『カラパスセオリー』王龍蝦印の『かに玉』さあ!!」

ゴバァァアア!!!

誕生する。鋳造される。変性する。
神の手で。蟹の手で。魔人すら超える世界の法則の書き換えが発生する。
世界よ、震撼せよ。
これこそが世界に厳しく他人に厳しい完全栄養兵器。
――――海老海鮮(ABCフード)である。

「さあてここからが真のダイヤ争奪戦だ。」
「主人公(ぼくら)は。異世界の神から産まれた主人公(ぼくたち)は」
「神(かれ)らが作った設定(ラスボス)を。ボスNPC(ダイヤモンド)を」
「どれだけ奪って呑み込めるのかの…これが、ダイヤ争奪戦だ」

「その結末は」

「蟹の味噌汁(かみのみぞしる)と言ったところかね」
余裕を見せながら残った朱い液体に口をつける下山師匠。
ほのかに周囲に、味噌汁の匂いが漂っていた。


◆鳳仙花◆
◆花言葉:私に触らないで、焦りすぎた結論、――――◆
◆――――繊細な愛情◆


上海僻地、間欠泉にて

「クィッ、ハァ~~~~…」

我らは、少しでも慰めものになれたのだろうか?

魔幇は、魔幇とはそれそのものが。

『あの子』が護るために搔き集められた子供たちから。
『あの子』の精神を保つために搔き集められた道化たちなのだから。
『あの子』を少しでも笑顔にするために。

五つの爪の男を思い出す。

男は、石のような瞳をしていた。
石のような瞳で、何も返さずに。

ただ、酒を呑んでいた。

こどもでありつづけること。あこがれを目指し続けること。
それがどれほどの地獄であるのか、彼は知らない。

「おかあさんみたいに!!」

母など知らぬ、みなしごでしかなかった我らとともに。
母として生きることを選んだ、みなしごでしかなかった少女。

母を訪ねて三千里(マルコよ、その水着はほとんどヒモである)

魔人能力とは己の心象の具現、願いの発露。
ならば。

それを捧げることで維新を作り替えることもまた、可能である。
己の人格も精神も尊厳も何もかもを捧げ尽くす、一匹の『修羅(ちいかわ)』として生きるのであれば。
あの『首羅』を例に挙げるまでもなく。魔人(われら)はいかようにも変わることができる。

道化となったおのれの手を、じつとみつめる。

ああ、ああ、母よ。
この上海を超えるための水着など必要ないのです。
そのようなか細いひものような希望に縋らなくとも。

海を越えた先の楽園など夢見なくても。
この地この時この場所で。友たちと酒を呑み。泥土のように朽ちていければ。

それで、よいのです。

果ての無い歩みなど、必要ないのです。

だから――――

男は酒を呑む。大人であることを忘れぬために。
この姿に成り果てようとも、心だけは保つために。

男は酒を呑む。
その姿は、祈りに似ていた。

魔人能力とは己の心象の具現、願いの発露。
ならば。

ならば、全能に近い能力を得てしまうほどの魔人能力とは。
そこまでの異能を、渇望を求めるほどの人生とは。
どんな、どのような。責め苦だったんじゃろうかの…


◆The Ultimate◆
◆耄碌、どうやらやっと気が付いた◆


「おわああああああああ!!!?」

破壊、破壊、破壊。

単純な質量だけで異常異界な大破壊を撒き散らす大怪獣。
巨大な蟹が、魔人武器工房通りで暴れまわっていた。

そこから逃げるは筋骨隆々の偉丈夫。
大(貴婦人)、中(林希美)、小(果成いっぽ)

種々取りそろえた美女を抱えて走り逃げる張三がそこにはいた。
なお、三人のうち一人は全裸に甲冑、もう一人は裸エプロンであることを追記しておく。

「おそら、きれい」
追記。更にもう一人は絶賛トリップ中だ。

「くそっ!あの女郎やりたい放題やったら逃げやがって!!」
「なんだあの翼の生えた海老!?魔幇にいたアナル野郎の同類か!?」

海老は哺乳類だもーん、とかいいつつ空に消えていった謎の女。
アイツはいつかシメる。絶対にシメてやるからな、絶対にだ。

「…筋肉さん。降ろしてくれなんだぞ」
「俺が動けば全部終えれる」
「だか「うるせえ」

張三は、魔人武器工房通りを駆けていた。
逃げ惑う人々の流れに逆らって、ひたすらに駆けていた。
駆ける先に何が待ち構えているかは分からない。
だがそれでも、駆けずにはいられなかった。

「聞いちまったんだよ…正直呑み込めたかと言われると嘘だけどな」
「それでも、聞いちまったんだよ。ほっとける分けねえだろうが…!!」

「うむ、ソレガシも実は女性だったというハードシェル真実を知ってしまい我困惑」
「加えてこんなだ何というかいきなり体温を感じる接触をされると女性初心者としては刺激が強すぎてですね」
「おろしてはくれまいか「あああ手前もうるせえなあもう!!?」
そんな風な混沌(わちゃわちゃ)の中で

「いいんだぞ」
ふ、と。くたびれた声が聞こえてきた。
「俺が、止めないと」
「止めてやらないと、駄目なんだぞ」
年老いた老人の声だ。無垢で無害とはかけ離れたしわがれた老人の声だ。

「うるせえっていってるだろ…!!」
怒りが、萎える。
破幇同盟の誓いを立てた日を思い出す。
魔幇のやることが赦せなかったはずだ。袂を別かったはずだ。

それが、こんな奇天烈な真実を聴かされただけで。
哀れな幼女の声を聞いてしまうだけで。
萎えてしまう。

張三は鉄の杵。
怒りの火に焚べるための木も、火そのものの性質にも乏しい金気の男である。

上海最強の喧嘩屋には、及ばない。
(クソッ、俺は今まで何のために…!!)

【あいつがくるぞ、あいつがくるぞ】
声が、聞こえる。どこかで聞いたような声が聞こえる。

【ピンチになればやってくる】
幼女のような老婆のような、疲れ果てたヒーローが。

【どこからともなくやってくる】
男の背から離れ、手をすり抜けて。

【覚悟しろ、覚悟しろ】
『やめろ!!やめるんだぞ!!』
声にならない、声をあげる。

【ハッピーエンドがやってくる】
『死ぬな!やめろ!死ぬんじゃない!大好きだ!シんだら殺すぞ!!絶対に殺してやるからな!!だから!!!』

何故聞こえてくるかを問うのに意味はない。
悲しければ人は悲鳴を上げるものなのだから。

【足音立てて、やってくる】
ああ、これは。

母親が、子供に危機が訪れた時の声だ。
『あ゛あ゛あ゛ああああああ゛あ゛ああああああ!!!』

我が子を守りたい、母親の咆哮だ。

―――――――――――――――――――――――――

『あの方』が叫ぶ。支離滅裂でなんの意味もない言葉を。
もはや何を言っているのかも自覚していないのだろう。

その、ざまが。

置いていかないでくれと泣きじゃくる、年相応の幼女に見えて。

私は少しだけ、おかしくなった。
おかしくなったから、私は。

母をこんなに泣かせて死ぬ親不孝者だというのに、こんなに笑いたいような気分なのだろう。


◆Wings of Terror◆
◆待ちわびた臙脂の宝石火に焚べる◆


男は一人、玉座に深く腰掛ける。
「――――そうか、アイツも逝ったか」
「こっちをクソ呼ばわりしてくるようなバカだったが、な」

男が一人、玉座の横でもたれかかる。
「彼女のことを想っていた。それだけしか気が合うところはなかったが、それだけは疑いようのない友だった」

『彼女』が逃げ出してからもずっとずっとそのままにしている部屋の中で男が手遊びをしている。
石のはまっていない指輪をその五爪の指でもてあそんでいる。

そして。そんな場所で。
「しかし驚いたぞ」
王烈は、困惑する。
「拳狐よ。まさかお前さんが魔幇のトップとこうやって会談できるほどのコネがあるとはな」
「一体全体どういうつながりだ?…いや、言わなくていい。俺は今言われた内容を咀嚼するので忙しい」

「拳狐・・・?」
五爪の男はそんな王烈に訝し気な視線を向ける。
「ああ、そうだったな。それはお前たち人間どもが間違えて呼ぶ名前だったな」

「え…?」
これ以上情報が増えるのか。勘弁してくれと狐面の男に助けを求める王烈。
だが、現実は非常である。

「そうだ、王烈」
「私の本来の『字名』は拳児。拳を握るしかできなかった餓鬼であった名前だ」
「そう、私は拳児」

そして男は『左手の薬指のない』両手をかざす。
情報量は、さらに増える。

「最終貞淑金毛玉面九尾妻――――」
「拳児だ」
とんでもない、情報が。

その白魚のような滑らかな九本の指は。
かの怪しげな妖狐に似ていた。

「孕ませるために。次の妊娠のために。次の次の妊娠のために」

一つ産んでは、母のため。二つ産んでも、母のため

「われらは、産むのだ」

愛しき女のために、愛しき女を決して一人にさせないために
例えこの精神も血肉も骨すらも朽ち果てて、『ただの精子』の一欠けらに成り果てようとも。

この果てを成し。彼女の傍にい続けるのだ。

「おかーさんみたいに!」

彼女は我らを護る道を選んだのだ。
みなしごとなり独りぼっちだった魔人(われら)を纏め居場所をくれた。

そのために己の尊厳も、精神も、肉体も全て捧げて『成り果てた』
己も知らない、母(ヒーロー)という道を歩み続ける地獄を選択した。

―――ならば我らがすべてを捧げるのは当然であろう?

幼女でい続けるしかなくなった彼女を。
幼女であるがゆえに子供を産むことが出来ず母に成れない彼女を。
幼女のまま子供が死に別れ続け擦り減り続ける彼女を。

かのものは彼岸で一人、生きながら無為を積み続ける。
山の端で一人、永遠に成すことのできない果てを積み続ける。

ふざけるな。

彼女は孕ませる。絶対にだ。

「おとーさんみたいにな」

それが。

最終貞淑金毛玉面九尾妻ケンジの、存在理由だ。


◆Defense Order: Active Defense◆
◆いっそもうサヨナラさえ消えるなら◆


ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ

逃げる、逃げる、逃げる。

死神ちゃんと呼ばれた幼女が、鞍馬山より逃げる、逃げる。

「――――ッ!!」
ぐるる、と激痛が走りうずくまる。

「逃がしませんよ、この争奪戦において一人を除いてナンバーツーの異能強度を持つ怪異系能力者」
これは、敵の異能だ。

「ななめたてよこ師匠(マスター)下山はあなたのことを大変警戒しております」
「妥当ですね」
「あなたも―――『主人公』なのですから」
敵の干渉による…便意だ。

茶山踏晴。異能『ブリヂストン』による腸技『空想具現化(スペース・デ・ブリ)』
由緒正しきうんこの血を引きし尊き家系(ハイブリッド)に仕える家の糞部として存在する便意兵(シノビ)。
その家系に伝わる奥義にして秘奥たる『存在しないうんこを生み出す』技である。

『幼女(アイドル)はうんこしない』

尊き家系の当主の域にはいたらず『存在しないうんこ』を感じさせる域に留まる未熟な技ではあるが、架空のうんこにより便意を促し『踏ん張ってしまう』
そういう技であり。

今この場においては劇的に作用する。

概念により守られている幼女をこの技は侵食する。
概念でしかない架空のうんこによる便意は幼女に劇的に作用する

そうして

拘束具(パンパース)を構える茶山踏晴を、死神ちゃんは見た。
理解する。
概念でかろうじて守られている尊厳をあの拘束具は完全に制御する。
着ければ『観測しない限り』排便が分からなくなるパンパースとこの強烈な便意が合わされば。
無害故に無敵の絶対防御すら突破して、幼女でしかないこの身は踏みにじられてしまうであろう。

しにがみちゃんのなけなしのくろぼっこ(黒い点)で世界に伝え続けていた。
『じ』にかみと。『字』に神がいると。
この世界における神の存在を、ずっと警告し続けていた。

ともだちが、いるのだ。
ははおやが、いるのだ。
ちちおやが。あにが。あねが。おとうとが。そふが。いぬが。

だから

死神ちゃんは、神様にはなりたくない。
何もかもを書き換えれるような存在など、あまりにもおそろしい。
だから。

「そんな風に逃げ回って蓋をして知らせて回って無害を気取った気分はどうでしたか?」
「いっそあなたもダイヤモンドを争奪しあえばよかったのです」
「こんな世界(ものがたり)など消してしまえば」
「もっとマシな世界(おはなし)に出来るでしょうに」

だが、それも。
間違っていたか。
これで、終わりか――――

「ええ」
「間違っていたかもしれないわね」
「でもね」

その時、『主人公(ヒーロー)』の姿を、死神ちゃんは確かに見た。
白髪の女傑がそこにいた。

「覚えておきなさい」
「例え間違いだったとしても。創造することに、何かを書くということに」
「悪いことはないのだということを」

足音立てて、やってきた。


◆STARDUST CHILDREN◆
◆巷で噂の、ブリキノダンス◆


サイレンが鳴り響く。そこらかしこで人の悲鳴が聞こえてくる。
何故聞こえてくるかに意味はない。
災厄が来るということは、そういうことなのだから。

「…」
墓を作ってやる暇も、ないか。

蟹の目覚め。『ラスボス』の胎動。
ラスボスが動いたということは最早一刻の猶予もない。

そうだ。やらなければいけないことがあるのだ。
擦り切れ切って夢の中のようだった胡乱でくすんだ意志(ダイヤ)が冴えている。

「ソレガシの、鎧。ソレガシの貴婦人。いや、貴婦人はソレガシ…?」
「そうかソレガシとは、ゲッターとは――――」
よこでおねーさんが半裸で呆けてい『ガシャン』…たった今全裸になった・

何も知らずに何かがマズいと焦燥に駆られ歩き回っていた。
その思考がまとまっていく。
ラスボスの一角たる王龍蝦のかに玉(ダイヤ)を得た効果はそれほどに強い。

頭の霧が冴えてきた。
なら、行かないと。
再び擦り切れて、曇る前に。
この時間は、きっと長くない。

「――――勘違いするんじゃねえぞ首領様よ」
「俺は破幇同盟。魔幇を倒すための組織だ」
「このダイヤ騒動が終わったら次はお前だ。お前だからな」
そう黄昏てると、憎まれ口を叩いてくる子がいタ。
家出してたので心配してたが存外元気にやっているヨウだ。

なあに。

気にするな。気にするな。気にするな。

「アア」
「オかーサン、ちょっと行っテクるんだぞ!」

私たちは――――『家族なんだから』

「…くそっ」
轟音を響かせてその場から飛び立つ『ヒーロー』に。
そのあまりにもあんまりな有様に。
張三は、強く拳を握りしめた。

むろんそれは。

この世界(ものがたり)の残酷な結末を偲ぶがために。




この手に委ねられた、再生と破壊。
再生と破壊を、何度も何度も。
灰と廃墟の中で、私たちは創造のために耐え続ける。
進化の時代が幕を開けるだろう。
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