ダンゲロスSS上海
万事屋上海紀行・二日目 王道蛇道男々道(上)
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Side:日ノ御子神楽
私が三年ぶりの自由を手にした翌日――
私を救い出してくれた『万事屋』こと白髪黒羽さんと共に、私はトラブルバスターズ槌歌の事務所にまだ身を寄せていた。
本来の主である槌唄塔也さんらは、情報収集と事件への対応の為に事務所を離れている。
本来なら宿を取っていたらしいのだが、なにぶん治安の問題で移動が困難という事情があった。
そのため、塔也さんのご厚意に甘える形で一晩を過ごさせてもらったのだった。
私を救い出してくれた『万事屋』こと白髪黒羽さんと共に、私はトラブルバスターズ槌歌の事務所にまだ身を寄せていた。
本来の主である槌唄塔也さんらは、情報収集と事件への対応の為に事務所を離れている。
本来なら宿を取っていたらしいのだが、なにぶん治安の問題で移動が困難という事情があった。
そのため、塔也さんのご厚意に甘える形で一晩を過ごさせてもらったのだった。
黒羽さん……と名前で呼ぶと非常に嫌そうな顔をするのだが、モノローグの中で呼ぶくらいバチは当たらないだろう。
ともあれ、黒羽さんは私を無事に日本に帰すために色々動いてくれていたようだが――
ともあれ、黒羽さんは私を無事に日本に帰すために色々動いてくれていたようだが――
結論から言えば、私たちはまだ上海に留まらざるを得なかった。
「空路も海路も、どころか陸路も壊滅だな。
魔幇の連中、ダイヤを上海の外に出すまいと必死だねえ、こりゃ」
魔幇の連中、ダイヤを上海の外に出すまいと必死だねえ、こりゃ」
――日本に帰る便はおろか、上海から外に出る交通手段がことごとく潰されていた。
空港はストライキで封鎖、船も荒天を理由に全便欠航。
なお、上海および東シナ海の天気予報は今日も雲一つない晴天である。
上海から他の街へ行く幹線道路も、百年節の混雑による規制が入っている。
もちろん建前であろうことは、私にもわかる。
空港はストライキで封鎖、船も荒天を理由に全便欠航。
なお、上海および東シナ海の天気予報は今日も雲一つない晴天である。
上海から他の街へ行く幹線道路も、百年節の混雑による規制が入っている。
もちろん建前であろうことは、私にもわかる。
「ま、アタシもダイヤが欲しいトコだったし、まだ帰る気はねーんだけどな。
……悪いね、もうしばらく付き合ってもらうことになるけど」
……悪いね、もうしばらく付き合ってもらうことになるけど」
「いえ、お気になさらないでください……
三年間も攫われてたんですから、一日二日遅れたところで誤差ですよ」
三年間も攫われてたんですから、一日二日遅れたところで誤差ですよ」
「かはは、言うねえ。……ま、どっちみち魔幇も何とかしねえとアタシも帰れねえしな」
そう言いながら、黒羽さんが掌の上で透明な石の欠片をころころと転がす。
――上海を支配するマフィア『魔幇』が秘蔵していたお宝『清王朝のダイヤモンド』、その一部と思しき宝石。
昨日、地下の放水路で見つかった時限爆弾にセットされていたものだ。
――上海を支配するマフィア『魔幇』が秘蔵していたお宝『清王朝のダイヤモンド』、その一部と思しき宝石。
昨日、地下の放水路で見つかった時限爆弾にセットされていたものだ。
欠片の処遇については解決屋の皆で侃々諤々 の話し合いが行われた結果、黒羽さんが所有することになった。要約するとこういう理屈らしい。
「赤ジャケのとこには欠片を既に取り込んでるシグりんがいるし、
つっちーのとこはダイヤを直せる育美ちゃんがいるから魔幇も優先して狙ってくんだろ。
万に一つ負けたときのことを考えたら、キーパーソンと欠片をダブルで攫われるよりは
分散して持ってたほうがいいだろ、ってことでアタシが持っとくさ」
つっちーのとこはダイヤを直せる育美ちゃんがいるから魔幇も優先して狙ってくんだろ。
万に一つ負けたときのことを考えたら、キーパーソンと欠片をダブルで攫われるよりは
分散して持ってたほうがいいだろ、ってことでアタシが持っとくさ」
なお、実際はもちろん海圻さん、塔也さんらも異論反論を並べていたのだが……
最終的に、情報を随時共有するということで折れてくれた格好となった。
最終的に、情報を随時共有するということで折れてくれた格好となった。
「……で、今『本体』のダイヤを持ってるってーのが……コイツか」
黒羽さんがスマホを弄り、SNSを開く。
――豪華なカジノと思しき施設で、大立ち回りを演じる巨漢の姿を収めたショートムービーが流れていた。
――豪華なカジノと思しき施設で、大立ち回りを演じる巨漢の姿を収めたショートムービーが流れていた。
昨日お世話になった海圻さんや塔也さんと同じく、上海で活動する『解決屋』の一人らしい。
動画は続けて、格闘技場での試合の様子を映し出していた。
「なんだか……怖い人ですね」
「まー、どの画像も映像も眉間にシワ寄せてるわ怒鳴ってるわ他人をブン殴ってるわだかんな。
怖いっつーか、怒りっぱなしっつーか。そのうちゴーストタイプ付く追加進化とかしそうだよな」
怖いっつーか、怒りっぱなしっつーか。そのうちゴーストタイプ付く追加進化とかしそうだよな」
……黒羽さんは、私よりも随分と肝が据わっているらしい。
スマホの画面越しからでも伝わる威圧感にすくみあがる私とは対照的に、その後も炎嵐さんの情報を
あれやこれやと検索し続け、そのたびにカラカラと笑い転げていた。
スマホの画面越しからでも伝わる威圧感にすくみあがる私とは対照的に、その後も炎嵐さんの情報を
あれやこれやと検索し続け、そのたびにカラカラと笑い転げていた。
それ以外にも、上海で起きた事件を一通り調べ上げ――気づけば日が沈む頃合となっていた。
「よし、今から……は流石に遅ぇし、明日会いにいってみっか。
解決屋だったら事務所行きゃ会えるだろうし、こんだけの腕ならダイヤをブン獲られてもねーだろ」
解決屋だったら事務所行きゃ会えるだろうし、こんだけの腕ならダイヤをブン獲られてもねーだろ」
「会えるは会えるでしょうけど……どうするんですか、そのあと。
協力を持ち掛けるにしても、気難しそうな方ですし……」
協力を持ち掛けるにしても、気難しそうな方ですし……」
「? いや、ブン殴ってダイヤを奪いに行くつもりだけど?」
……この人、しれっと悪党しか言わない返答をしなかったか?
「な、何を言い出すんですか!?
多分そういう安直な生活態度の人がどうなるか、さっき散々動画も画像も見たでしょう!?」
多分そういう安直な生活態度の人がどうなるか、さっき散々動画も画像も見たでしょう!?」
「やー、でも『ダイヤちょうだい♡』って言って『はいよろこんで』ってくれるようなタマじゃねーだろ。それに……
正々堂々真正面から不意討つ、ってのが面白そうじゃん?」
正々堂々真正面から不意討つ、ってのが面白そうじゃん?」
……そう語る黒羽さんの顔は、とびっきりの笑顔だった。
こうして、私が助け出されてから二日目の夜は過ぎていった――
こうして、私が助け出されてから二日目の夜は過ぎていった――
万事屋上海紀行・二日目 終幕?
~~
……いやいやいや、待ってください。
二日目、下調べだけで終わってるんですが???
二日目、下調べだけで終わってるんですが???
「そりゃーそうだろ、毎日毎日ドンパチやってたら流石に身が持たねえだろが」
そ、それはそうなんですが……
「漫画とかでもあるじゃん、たまーにリアルタイムサスペンス風味にして話数カウントを
『第〇日』とか『Day.〇〇』とかにしてるやつ。で、人気出て話数延びてくると
回想シーンだけの回とか一戦闘がずいーっと伸びて一日一話のペースが守れなくなるのもあるあるだろ」
『第〇日』とか『Day.〇〇』とかにしてるやつ。で、人気出て話数延びてくると
回想シーンだけの回とか一戦闘がずいーっと伸びて一日一話のペースが守れなくなるのもあるあるだろ」
確かに、そんなメタな部分に対してツッコミながら読んでたらキリはないですが。
「まー、こんな細かいコト気にする奴がいたらアタシが直々に小一時間ばかし説教しに行ってやるさ」
かはは、と豪快に笑ってますけど……ちょっと待ってください。
明日行くってことは、今日もひょっとしてここに泊まる気ですか?
明日行くってことは、今日もひょっとしてここに泊まる気ですか?
「? そうだけど? あー、ベッドは神楽ちゃんに使わせるように引き続き言っとくから」
……そうじゃなくて。昨日もお世話になってるのに、もう一泊って。
しかも昨日さんざん協定がどうのって話をしておきながら、今日丸一日外にすら出てないですよ?
しかも昨日さんざん協定がどうのって話をしておきながら、今日丸一日外にすら出てないですよ?
「その分ダイヤの本体に迫る予定だからチャラにしてもらおうぜ、かはは」
……助けてもらったことを後悔し始める日がこんなにも早く来るとは思わなかった……
果たして無事に明日を過ごせるんだろうか、私。
果たして無事に明日を過ごせるんだろうか、私。
1.ヤサイマシ☆ニンニクアブラオオメ
Side:ギャラハッド・ソネット
七宝老街――上海の郊外にありながら、地下鉄で気軽に迎える水郷地帯。
細い路地が朝から夜遅くまで賑わう屋台で埋め尽くされる、屈指の屋台街でもある。
細い路地が朝から夜遅くまで賑わう屋台で埋め尽くされる、屈指の屋台街でもある。
とはいえ、まだ夜も明けていないこの時間帯となると屋台は殆ど出ていない。
出ていても朝の開店に合わせた仕込み中で、食事にありつくにはまだ数刻を待たねばならない。
出ていても朝の開店に合わせた仕込み中で、食事にありつくにはまだ数刻を待たねばならない。
だが、私はその時間を待つことができなかった。
そこで私が飛び込んだのが、七宝老街でもひときわ異彩を放つ新興の拉麺店『拉麺魔郎』だった。
上海ではまだ認知度の低い、日本式の『二郎系』と呼ばれる拉麺。
極太の麺に味の濃い豚骨醤油スープ、そしてその上に盛られる大量の茹でキャベツとモヤシと分厚い叉焼、そして生のニンニクと茹で崩した背脂。
一杯で一日の摂取カロリーを超えるとも言われるハイボリュームな一品は、中毒者を次々と生んでいるという。
拉麺店ながら二十四時間営業という業態もまた物珍しく、屋台が開いていない未明だというのに店内の椅子は客でひしめいていた。
とはいえ行列まではできておらず、思いのほか早く食事にありつけそうだった。
そこで私が飛び込んだのが、七宝老街でもひときわ異彩を放つ新興の拉麺店『拉麺魔郎』だった。
上海ではまだ認知度の低い、日本式の『二郎系』と呼ばれる拉麺。
極太の麺に味の濃い豚骨醤油スープ、そしてその上に盛られる大量の茹でキャベツとモヤシと分厚い叉焼、そして生のニンニクと茹で崩した背脂。
一杯で一日の摂取カロリーを超えるとも言われるハイボリュームな一品は、中毒者を次々と生んでいるという。
拉麺店ながら二十四時間営業という業態もまた物珍しく、屋台が開いていない未明だというのに店内の椅子は客でひしめいていた。
とはいえ行列まではできておらず、思いのほか早く食事にありつけそうだった。
店の入り口に構えられた券売機で食券を購入する。
金を入れて『大豚』と書かれたボタンを押し、食券を手にする。
間を置かずに席に通され、店員が私の食券を確かめると同時に、怪訝な表情を見せる。
客商売としては不適切だとは思うが、無理もないだろう。
女性に間違われることもある細めの体格の私が、通常の拉麺の二倍以上の容量を誇る品を食べきることなど想像もつくまい。
金を入れて『大豚』と書かれたボタンを押し、食券を手にする。
間を置かずに席に通され、店員が私の食券を確かめると同時に、怪訝な表情を見せる。
客商売としては不適切だとは思うが、無理もないだろう。
女性に間違われることもある細めの体格の私が、通常の拉麺の二倍以上の容量を誇る品を食べきることなど想像もつくまい。
「お客さん、麵の量お間違いないですか?」
「ええ、大丈夫です。麺はカタメでお願いします」
「ええ、大丈夫です。麺はカタメでお願いします」
注文を聞き届け、店員が厨房に麺の茹で量を伝える。
茹で上がるまでには時間がかかるが、呑気に待つ余裕はない。
数分ののち、厨房でせわしなく動く巨漢の店主が、こちらに目線を送る。
茹で上がるまでには時間がかかるが、呑気に待つ余裕はない。
数分ののち、厨房でせわしなく動く巨漢の店主が、こちらに目線を送る。
「大豚の方、ニンニク入れますか?」
「ヤサイマシマシアブラ、ニンニクは抜きで」
「ヤサイマシマシアブラ、ニンニクは抜きで」
トッピングを尋ねる質問に、私は冷静に返す。
下調べの結果、この店でのコールはそこまで厳密でなくてよいとのことだったので、念のためニンニク抜きを伝える。
真骨頂の味を楽しむためニンニクは入れたいところだったが、人に会う予定がある以上
気を遣うべきだろう。……それが、場合によっては荒事になる相手だとしても。
日もまだ昇らぬ早朝にこのようなカロリーの権化を食そうというのも、理由の半分は
この後待ち受けるであろう戦いに備えての補充という意味合いが強い。
だが、今はその考えを頭の片隅に追いやる。
食事をするときは食べることに集中する、それが大事だ。
下調べの結果、この店でのコールはそこまで厳密でなくてよいとのことだったので、念のためニンニク抜きを伝える。
真骨頂の味を楽しむためニンニクは入れたいところだったが、人に会う予定がある以上
気を遣うべきだろう。……それが、場合によっては荒事になる相手だとしても。
日もまだ昇らぬ早朝にこのようなカロリーの権化を食そうというのも、理由の半分は
この後待ち受けるであろう戦いに備えての補充という意味合いが強い。
だが、今はその考えを頭の片隅に追いやる。
食事をするときは食べることに集中する、それが大事だ。
「あいよ、大豚ヤサイマシマシアブラ、一丁!」
目の前に運ばれてきた丼には、麺を覆い隠すようにうず高く積まれたキャベツとモヤシの山。
その山麓には巨大な肉片の壁が添えられ、山頂にはてらてらと輝く背脂が鎮座する。
その山麓には巨大な肉片の壁が添えられ、山頂にはてらてらと輝く背脂が鎮座する。
「……いただきます」
箸を手に取り、まずは叉焼を一枚、側のキャベツとモヤシを巻き込みながら食す。
分厚さに反した口どけで肉がほどけ、火が入りながらもシャキシャキとした食感を保つヤサイと絡み合う。
本丸の麺もこの勢いで……とがっつきたくなる衝動をこらえて、ヤサイの山に洞穴を穿つ。
分厚さに反した口どけで肉がほどけ、火が入りながらもシャキシャキとした食感を保つヤサイと絡み合う。
本丸の麺もこの勢いで……とがっつきたくなる衝動をこらえて、ヤサイの山に洞穴を穿つ。
その目的は――天地返し。
濃厚スープに沈む麺を上へ、ヤサイの山を下へと位置を変える一種のテクニックである。
こうすることで麺が過剰にスープを吸い込むことを抑えながら、ヤサイにもスープを纏わせることができる。
露出した太く縮れた麺を箸で豪快に掴み、一気に啜り込む。
噛むと麺の弾力が歯を押し返そうとするが、さらに力を入れると僅かに残る芯ごとぷつりと麺が切れる。
その感触の心地良さに、二度三度と咀嚼しながら喉の奥、胃袋へと麺を流し込む。
麺の次は再び叉焼とヤサイを口に放り込み、そしてまた麺。
味の濃さと背脂の油分で口が重くなりそうなところに、ヤサイを一口。
麺、ヤサイ、叉焼、麺、麺、ヤサイ、叉焼、ヤサイ、麺、麺……パターンを変えるごとに味わいもまた変化する。
濃厚スープに沈む麺を上へ、ヤサイの山を下へと位置を変える一種のテクニックである。
こうすることで麺が過剰にスープを吸い込むことを抑えながら、ヤサイにもスープを纏わせることができる。
露出した太く縮れた麺を箸で豪快に掴み、一気に啜り込む。
噛むと麺の弾力が歯を押し返そうとするが、さらに力を入れると僅かに残る芯ごとぷつりと麺が切れる。
その感触の心地良さに、二度三度と咀嚼しながら喉の奥、胃袋へと麺を流し込む。
麺の次は再び叉焼とヤサイを口に放り込み、そしてまた麺。
味の濃さと背脂の油分で口が重くなりそうなところに、ヤサイを一口。
麺、ヤサイ、叉焼、麺、麺、ヤサイ、叉焼、ヤサイ、麺、麺……パターンを変えるごとに味わいもまた変化する。
――商品提供から十三分。
次の来店者の麺が茹で上がるタイミングで、私は注文の品を完食した。
次の来店者の麺が茹で上がるタイミングで、私は注文の品を完食した。
店主が商品を提供する手を動かしながら、私の方を見て一言。
「……いい食べっぷりネ、お客さん」
向けられたサムズアップと笑顔に、私も笑顔で礼を返す。
「ごちそうさま、また来ます」
『二郎系』に長居は無用。荷物をまとめ、机を卓上の布巾でさっと拭いて片付ける。
入れ違いで席に通される客に会釈しながら、店を後にした。
さすがに膨れて重く感じるおなかを軽くさすりながら、目的地へと向かう。
入れ違いで席に通される客に会釈しながら、店を後にした。
さすがに膨れて重く感じるおなかを軽くさすりながら、目的地へと向かう。
「……早々に腹ごなしする羽目にならなきゃいいんだけどね」
なにしろ今から会うのは――
懇意の情報屋・珍朕萬 から教えてもらった、『清王朝のダイヤモンド』の現在の所持者だ。
今、最も上海中の人間が否応なしに注目する『解決屋』にして武の達人――『红虎』こと、劉炎嵐。
懇意の情報屋・
今、最も上海中の人間が否応なしに注目する『解決屋』にして武の達人――『红虎』こと、劉炎嵐。
つい先日、カジノに誘き出されながらも刺客をことごとく捻じ伏せた様子が収められた映像は
既にネットの海に拡散している。もちろん、私も閲覧済みだ。
そのうえで、私の能力――摂取カロリーを燃焼させて炎を噴く『ファイアーボイス』では
勝てる算段が今のところ見つからなかった。
というのも、炎嵐の能力は怒りに応じて体温を異常上昇させる『THE・炎怒』――
炎熱という広い括りで言えば、同系統の魔人能力者ということになる。
――つまり、私の炎が通じない可能性が高い。
既にネットの海に拡散している。もちろん、私も閲覧済みだ。
そのうえで、私の能力――摂取カロリーを燃焼させて炎を噴く『ファイアーボイス』では
勝てる算段が今のところ見つからなかった。
というのも、炎嵐の能力は怒りに応じて体温を異常上昇させる『THE・炎怒』――
炎熱という広い括りで言えば、同系統の魔人能力者ということになる。
――つまり、私の炎が通じない可能性が高い。
そこで、なるべく話し合いで解決したいと考えた私は――
彼の助手である、上海の電脳網を掌握する情報屋・電梟 を介してアポイントを取った。
早朝という、人に面会するにはいささか常識はずれな時間ではあるが……彼の現状を考えると
日中や夜ではダイヤを狙う襲撃者が後を絶たない上に、解決屋としての仕事が入る可能性も高い。
そのため、向こうからの指定で夜明け頃に炎嵐の事務所へと向かうこととなった。
彼の助手である、上海の電脳網を掌握する情報屋・
早朝という、人に面会するにはいささか常識はずれな時間ではあるが……彼の現状を考えると
日中や夜ではダイヤを狙う襲撃者が後を絶たない上に、解決屋としての仕事が入る可能性も高い。
そのため、向こうからの指定で夜明け頃に炎嵐の事務所へと向かうこととなった。
屋台街からそう遠くない、入り組んだ弄堂を進んだ先にお目当ての事務所――
『炎嵐』と書かれた看板を掲げる簡素な建物が見えてくる。
『炎嵐』と書かれた看板を掲げる簡素な建物が見えてくる。
「……虎の尾を踏まなきゃいいんだけど」
红虎の怒りに触れれば、ダイヤの話を切り出すどころではない。
覚悟を決め、私は呼び鈴を鳴らした。
覚悟を決め、私は呼び鈴を鳴らした。
2.妄想ダイヤモンド
Side:ギャラハッド・ソネット
「入ってまーす」
……女性の声の返答。電梟だろうか?……いや、にしても『入ってます』はないだろ???
呆気に取られていると、ガチャリと乱暴に玄関のドアが開き――
既に堪忍袋が暖まっていそうな美丈夫が、こちらを睨みつけた。
……劉炎嵐、その人に間違いない。
呆気に取られていると、ガチャリと乱暴に玄関のドアが開き――
既に堪忍袋が暖まっていそうな美丈夫が、こちらを睨みつけた。
……劉炎嵐、その人に間違いない。
「……テメエがギャラハッド・ソネットか。入ってくれ」
苦虫を必死で嚙み殺しているような表情を浮かべながら、炎嵐の手招きに従い事務所に入る。
――そこには、先客が二名いた。
一人は、日本人と思しき大人しそうな少女。
もう一人は――左右を白黒両極端に染め上げた、奇抜なファッションの女性だった。
一人は、日本人と思しき大人しそうな少女。
もう一人は――左右を白黒両極端に染め上げた、奇抜なファッションの女性だった。
「あいにく先客がいるが無視してくれ。特にそこの白黒の女……白髪黒羽はな」
「ええー、そりゃないぜベニトラ。アタシだって用事があるから来たのにさー。
あとアタシを名前で呼ぶなっての。『万事屋』って呼べよ」
「ええー、そりゃないぜベニトラ。アタシだって用事があるから来たのにさー。
あとアタシを名前で呼ぶなっての。『万事屋』って呼べよ」
炎嵐の口ぶりに――白髪黒羽と呼ばれた女性が口を尖らせながら文句を垂れる。
……声からして、さっきふざけた返答をしたのはこの人だな?
なるほど、無視しろと言われるわけだ。
……声からして、さっきふざけた返答をしたのはこの人だな?
なるほど、無視しろと言われるわけだ。
「あ、ええと。日ノ御子神楽と申します」
「あー、えっと。ギャラハッド・ソネットです」
「あー、えっと。ギャラハッド・ソネットです」
『万事屋』の隣に座る少女が、私に頭を下げる。
「すいません、先約があったのに無理矢理押し掛ける格好になってしまって……」
「気にすんな、嬢ちゃんは悪かねぇ。悪いのはそこの白黒女だ」
「名前で呼ぶなっつったが白黒女も大概だぞベニトラ」
「红虎 だ。……テメェ、俺をわざと怒らせる気か?」
「気にすんな、嬢ちゃんは悪かねぇ。悪いのはそこの白黒女だ」
「名前で呼ぶなっつったが白黒女も大概だぞベニトラ」
「
炎嵐の周囲の空気が熱を帯びる――待て待て、あんたの事務所だろここ!?
それに神楽ちゃんだっけか、彼女はどう見ても荒事向きじゃねえし……
それに神楽ちゃんだっけか、彼女はどう見ても荒事向きじゃねえし……
「す、ストップストップ! いいから本題に……ああでも、あんまり部外者に……」
「万事屋さん!それ以上からかったら私たち本気で消し炭にされちゃいますから!」
「万事屋さん!それ以上からかったら私たち本気で消し炭にされちゃいますから!」
神楽ちゃんと私が、一触即発ムードの二人の間に割って入る。
……何で来て早々、こんな気苦労を背負いこむんだ……?
……何で来て早々、こんな気苦労を背負いこむんだ……?
「……これ以上ふざけたら今度こそ本気で怒るぞ、万事屋」
「かはは、悪ぃ悪ぃ。あー、ギャラちんだっけ? 話ってのは……コレ絡みかい?」
「かはは、悪ぃ悪ぃ。あー、ギャラちんだっけ? 話ってのは……コレ絡みかい?」
仲裁で気疲れする私に、悪いと微塵も思ってなさそうな万事屋が小さく輝く宝石の欠片を見せびらかす。
――まさか『清王朝のダイヤ』? でも、持っているのは……
――まさか『清王朝のダイヤ』? でも、持っているのは……
「まーね、アタシが持ってんのはどうも欠片ってコトらしいんだよな。
本物っつーか本体っつーか……そっちは红虎、アンタから見せたほうが早いだろ」
本物っつーか本体っつーか……そっちは红虎、アンタから見せたほうが早いだろ」
促されるように、炎嵐が掌から輝く靄を生む――
数瞬後、そこには万事屋のものよりも遥かに大きく、強く輝く宝石が現れた。
『清王朝のダイヤなど存在しない』と分かっているはずの私でさえ、本物だと思わされるほどの存在感を放っている。
数瞬後、そこには万事屋のものよりも遥かに大きく、強く輝く宝石が現れた。
『清王朝のダイヤなど存在しない』と分かっているはずの私でさえ、本物だと思わされるほどの存在感を放っている。
「……そんな。だって、『清王朝のダイヤ』は――存在しない、はずなのに」
「……電梟からも聞いてるが、説明してもらおうか。
不本意だが、万事屋……テメェも大人しく聞いとけ」
「へーへー」
「……ありがとうございます。実は私の先祖の話になるんですが――」
不本意だが、万事屋……テメェも大人しく聞いとけ」
「へーへー」
「……ありがとうございます。実は私の先祖の話になるんですが――」
炎嵐に促されて、私は話を切り出した。
私が清王朝のとある宦官の子孫であること、その宦官が反乱者を炙り出し、ふるい落とすために
流布したのが『清王朝のダイヤ』の伝説であること、故にその話がデタラメであること。
そして、現在の混乱の責任を取るためにダイヤを追っていることも。
私が清王朝のとある宦官の子孫であること、その宦官が反乱者を炙り出し、ふるい落とすために
流布したのが『清王朝のダイヤ』の伝説であること、故にその話がデタラメであること。
そして、現在の混乱の責任を取るためにダイヤを追っていることも。
話を聞き終え、炎嵐がまず当然の疑問を口にする。
「……言い分はわかったが、テメェも見ただろ。コレが『清王朝のダイヤ』じゃねえってんなら、何なんだ?」
「それは……わかりません」
「それは……わかりません」
そう、ダイヤの存在が嘘であると先祖代々言い伝えられてきた私でさえ危うく納得しかけた程だ――
そもそも、靄になったり宝石になったりするようなものがただの石ころであるはずもない。
だとすれば、コレの正体は何なのか。
私からすれば、存在しているだけで不要な争いと騒動を巻き起こす代物であることに変わりはないのだが……
私にも正体がわからない以上、炎嵐を納得させるような説明もできない。
そもそも、靄になったり宝石になったりするようなものがただの石ころであるはずもない。
だとすれば、コレの正体は何なのか。
私からすれば、存在しているだけで不要な争いと騒動を巻き起こす代物であることに変わりはないのだが……
私にも正体がわからない以上、炎嵐を納得させるような説明もできない。
「ふーん。存在しないはずのダイヤが『ある』理由ねえ。
――仮説でいいなら、一つ思いついたことがあるぜ」
――仮説でいいなら、一つ思いついたことがあるぜ」
そんな私の困惑を知ってか知らずか、万事屋が口を開いた。
Side:白髪黒羽
「仮説だと?」
お。ベニトラも気になる? んじゃ、話しますか。
……みんなは、第二次世界大戦中にドイツ軍の捕虜になったフランス兵の何人かが
架空の少女と同居生活を始めた……って話は知ってる?
……みんなは、第二次世界大戦中にドイツ軍の捕虜になったフランス兵の何人かが
架空の少女と同居生活を始めた……って話は知ってる?
「か、架空の少女と……ですか?」
「ええと、く……万事屋さん、何を言い出すんです?」
「……知らんが、それが何だ」
「ええと、く……万事屋さん、何を言い出すんです?」
「……知らんが、それが何だ」
……まー、そういう反応になるわな。
要はロールプレイさ、挨拶とか礼儀とかを忘れないために、小さな同居人に恥じない振る舞いを
心がけることで、精神の平静を保とうってことだったらしいんだわ。
喧嘩したら少女のいる方に向いて謝るとか、彼女の誕生日を祝うとかな。
要はロールプレイさ、挨拶とか礼儀とかを忘れないために、小さな同居人に恥じない振る舞いを
心がけることで、精神の平静を保とうってことだったらしいんだわ。
喧嘩したら少女のいる方に向いて謝るとか、彼女の誕生日を祝うとかな。
「そこを掘り下げて聞きたいんじゃねえよ」
「えっと、その話がダイヤとどう結びつくんです?」
「えっと、その話がダイヤとどう結びつくんです?」
で、だ。話が飛ぶけど、魔人能力ってそもそも何なのか知ってる?
「……あ、確か学校で習いましたよ。
確か『自己の認識を他者に強制する能力』……でしたっけ」
確か『自己の認識を他者に強制する能力』……でしたっけ」
そーそー。ザッツライト神楽ちゃん。
……じゃあ、複数人が同じ『認識』を持ったら、そいつらは同じ魔人能力を持つってことにならねーか?
……じゃあ、複数人が同じ『認識』を持ったら、そいつらは同じ魔人能力を持つってことにならねーか?
「それは……ケースバイケースじゃないですか?
『空は青い』みたいな常識だったらそもそも魔人能力ですら…… ん?」
「……まさか」
「……なるほどな」
『空は青い』みたいな常識だったらそもそも魔人能力ですら…… ん?」
「……まさか」
「……なるほどな」
……お。皆ピンと来たみてーだな。
つまり、だ。『清王朝のダイヤ』は――信じた連中全員の『認識』の賜物ってことだ。
……魔人能力、っつーよりは共同幻想って感じだが。
幻想 が現実 になる、できる、そうなるのがアタシらだろ?
……魔人能力、っつーよりは共同幻想って感じだが。
「いやいやいや、いくらなんでもそんなこと――」
『あり得ない』なんてことはあり得ない、アタシが好きな台詞の一つだぜ。
その『あり得ない』を世界サマに押し返し押し付け押し通す。繰り返しになるが、それが『魔人』だ。
だから、理屈の上では『ダイヤは存在しない』と考える奴が多数派になるか、あるいは
『ダイヤなんてない!』って認識を他の連中に叩き込める奴がいれば自然と消えるってことになりそーだな。
問題は、ソレが今の上海で罷り通る理屈か?……ってことになっけど。
少なくとも目の前にダイヤを信じてる奴がここに一人いるし、ベニトラの奴は現物持ってるときた。
それに欠片も複数散らばってるし、もちろんニセモノだって出回ってる……
で、それらを見た・聞いた・手に入れた連中がダイヤの存在を確信すればするほどに――
コイツの存在は確固たるものになっていく、って寸法だ。
その『あり得ない』を世界サマに押し返し押し付け押し通す。繰り返しになるが、それが『魔人』だ。
だから、理屈の上では『ダイヤは存在しない』と考える奴が多数派になるか、あるいは
『ダイヤなんてない!』って認識を他の連中に叩き込める奴がいれば自然と消えるってことになりそーだな。
問題は、ソレが今の上海で罷り通る理屈か?……ってことになっけど。
少なくとも目の前にダイヤを信じてる奴がここに一人いるし、ベニトラの奴は現物持ってるときた。
それに欠片も複数散らばってるし、もちろんニセモノだって出回ってる……
で、それらを見た・聞いた・手に入れた連中がダイヤの存在を確信すればするほどに――
コイツの存在は確固たるものになっていく、って寸法だ。
「……そんな……」
あらら。露骨にしょげてやんのギャラちん。
……あと、これも推論の域を出ねーから気を悪くしないでほしいんだけど。
ひょっとしたら、アンタのご先祖もこうなることを予測してたって線はねえか?
……あと、これも推論の域を出ねーから気を悪くしないでほしいんだけど。
ひょっとしたら、アンタのご先祖もこうなることを予測してたって線はねえか?
「……どういうことですか」
皆が念じれば虚構の宝玉が現実となる――その可能性を忘れてたり思ってなかったりじゃなく。
最初から計算に入っていた可能性はねえか、ってことだ。
そのうえで、いらん禍根を残さないように、自分の子孫には『ダイヤは虚構である』と言い含めてきた――
あるいはどこかでそのカラクリの部分の口伝が抜け落ちた、とかな。
……つっても、数百年前の出来事だかんな。アタシにできるのは勝手な想像でしかねえ。
妄想、と言われてもしゃーないさ。
最初から計算に入っていた可能性はねえか、ってことだ。
そのうえで、いらん禍根を残さないように、自分の子孫には『ダイヤは虚構である』と言い含めてきた――
あるいはどこかでそのカラクリの部分の口伝が抜け落ちた、とかな。
……つっても、数百年前の出来事だかんな。アタシにできるのは勝手な想像でしかねえ。
妄想、と言われてもしゃーないさ。
で、だ。ギャラちんはどうしたい?
「……どうしたい、とは」
ダイヤだよダイヤ。……さっき見た通り、本物はベニトラが持ってる。
ただ……アタシもお願いしたけど、ベニトラの奴は譲る気はまーったくなさそうでな。
美女がキャワいくお願いしてるってのに、そっけねえんだぜコイツ。
ただ……アタシもお願いしたけど、ベニトラの奴は譲る気はまーったくなさそうでな。
美女がキャワいくお願いしてるってのに、そっけねえんだぜコイツ。
「……自分で自分を美女だとか抜かす奴に可愛げなんかあるか。
それに、俺が惚れてる女は一人だけだ、他の女にホイホイと鼻の下なんざ伸ばさねぇよ」
それに、俺が惚れてる女は一人だけだ、他の女にホイホイと鼻の下なんざ伸ばさねぇよ」
遠回しにノロケんじゃねえよ……っと、話を戻すか。
……まずは、ダイヤを否定し続けるのか、どうするかってトコかな。
アタシがぐちゃぐちゃ適当を並べて迷わせてるようなもんだし、それはすまないと思ってる。
ただ……アタシから見ても今のアンタは、ブレ始めてる。
先祖がどうとかじゃなく、まずは今生きている自分がどうするか……ってところからさ。
……まずは、ダイヤを否定し続けるのか、どうするかってトコかな。
アタシがぐちゃぐちゃ適当を並べて迷わせてるようなもんだし、それはすまないと思ってる。
ただ……アタシから見ても今のアンタは、ブレ始めてる。
先祖がどうとかじゃなく、まずは今生きている自分がどうするか……ってところからさ。
「……私、は……」
ギャラちんは随分悩んでいる様子だった――
その返事をアタシらが聞く前に、事務所のドアが乱暴に開かれた。
そこにいたのは、息を切らせた中年の男性……おそらくこの街の住人だった。
その返事をアタシらが聞く前に、事務所のドアが乱暴に開かれた。
そこにいたのは、息を切らせた中年の男性……おそらくこの街の住人だった。
「た、大変だ炎嵐! へ、蛇が……! 蛇が、屋台街に!」
切羽詰まった様子で、とぎれとぎれに話す様子からして――事件だな、こりゃ。
手伝うぜ、ベニトラ……
手伝うぜ、ベニトラ……
と、気軽に声をかける前に炎嵐が事務所を飛び出していっちまった。
……しゃーない、追うぞ、ギャラちん、神楽ちゃん。
……しゃーない、追うぞ、ギャラちん、神楽ちゃん。
3.蛇神
Side:死神
夜明けの迫る屋台の一角――わたしの今日の仕事場。
早起きなのか夜更かしなのか、通りの観光客の姿が途切れることはめったにない。
とはいえ、人の影はまだまだまばらだ。
早起きなのか夜更かしなのか、通りの観光客の姿が途切れることはめったにない。
とはいえ、人の影はまだまだまばらだ。
「バターいかがですかー、できたてのバターありますよー」
宣伝文句を声に出しながら、わたしはボウルの中の生クリームを泡立て器で必死にかき混ぜる。
ハンドミキサーという文明の利器の存在を知らない人間が未だにいることに吃驚したけれど、
そもそもハンドミキサーを知っている程度に常識がある人であれば、上海の屋台でバターを単品で売ろうなどと考えるはずがないだろう。
ハンドミキサーという文明の利器の存在を知らない人間が未だにいることに吃驚したけれど、
そもそもハンドミキサーを知っている程度に常識がある人であれば、上海の屋台でバターを単品で売ろうなどと考えるはずがないだろう。
元金利子込みで11桁という破格の借金を抱える身としては仕事を選べないのも事実だけれども……
話の概要を聞いた時点で「やめます」と回れ右するべきだったかも、と少し後悔する。
とはいえわたしも『解決屋』の端くれである以上、一度引き受けた仕事を簡単に袖にすれば信用問題になってしまう……
板挟みの挙句、わたしは売れる保証の何一つないバター売りをしているのだった。
話の概要を聞いた時点で「やめます」と回れ右するべきだったかも、と少し後悔する。
とはいえわたしも『解決屋』の端くれである以上、一度引き受けた仕事を簡単に袖にすれば信用問題になってしまう……
板挟みの挙句、わたしは売れる保証の何一つないバター売りをしているのだった。
……先日の『鞍馬山』での一件以来、ふとした拍子に考え込んでしまう。
清王朝のダイヤ。名前のない何か。SUBJECT_L14。
『未命名』にすることで一つの区切りはついたけども、それは外から見ての話だ。
いまだに、わたしの中では――区切りきれていない部分がある。
清王朝のダイヤ。名前のない何か。SUBJECT_L14。
『未命名』にすることで一つの区切りはついたけども、それは外から見ての話だ。
いまだに、わたしの中では――区切りきれていない部分がある。
ボウルにぶちまけた生クリームをかき混ぜてバターを一から手作りするという工程が、余計に考える時間を与えてくれる。
白い液体が重みを増して、もったりと泡立ったクリームになり――
更にかき混ぜていくと、だんだんとクリームが固くなり、やがてバターへと生まれ変わる。
白い液体が重みを増して、もったりと泡立ったクリームになり――
更にかき混ぜていくと、だんだんとクリームが固くなり、やがてバターへと生まれ変わる。
そうしてできたバターが、既にバットにてんこ盛りになっている。
バターの真の賞味期限は30分だ、とどこかで聞いたような話を思い出す――
そういう意味で言えば、ここに積まれたバターはとっくに賞味期限が過ぎている。
せめて饅頭なり焼菓子なりが近場で売っていれば、便乗商法もできようものだが。
近隣にはそのようなお店がない――そもそも、まだ開いている店自体が少ないときた。
バターの真の賞味期限は30分だ、とどこかで聞いたような話を思い出す――
そういう意味で言えば、ここに積まれたバターはとっくに賞味期限が過ぎている。
せめて饅頭なり焼菓子なりが近場で売っていれば、便乗商法もできようものだが。
近隣にはそのようなお店がない――そもそも、まだ開いている店自体が少ないときた。
「……ふう」
流石にこれ以上バターを生産しても不毛だろう、とわたしはひとまず手を止める。
むやみに声掛けをしたところで、積み上げた乳脂肪分は減るあてがない。
むやみに声掛けをしたところで、積み上げた乳脂肪分は減るあてがない。
狭い路地の屋台街を行く人の姿は、先程よりは増え始めてきた。
朝食にありつこうとする人、逆に夜勤を終えての〆の食事を求める人が入り交じり始める。
朝食にありつこうとする人、逆に夜勤を終えての〆の食事を求める人が入り交じり始める。
そして、ちらほらと――黒い影も、一緒に。
来歴不明の隣人のように、あるものは絡みつき、あるものは乗っかり、あるものは追いかける。
清王朝のダイヤの噂が広まるにつれ、少しずつ見かける数も頻度も増えている。
来歴不明の隣人のように、あるものは絡みつき、あるものは乗っかり、あるものは追いかける。
清王朝のダイヤの噂が広まるにつれ、少しずつ見かける数も頻度も増えている。
不意に、ボウルの中でまだ固まり切らない白い液体に目を落とす。
……白と黒のマーブル模様が一瞬だけ網膜に焼き付き、白一色に戻る。
影送りのように、二度三度と繰り返し――四度目のときだった。
……白と黒のマーブル模様が一瞬だけ網膜に焼き付き、白一色に戻る。
影送りのように、二度三度と繰り返し――四度目のときだった。
よく見慣れたはずの影が、一段とくっきりとした姿をしていた。
――いや、違う。あれは、生きている。
――いや、違う。あれは、生きている。
黒い、蛇だ。それも、一匹ではない。
観光客と思しき若い女性が、キャッと小さな悲鳴を上げて後ずさる。
斜向かいで屋台を組んでいたおじさんが、ダンダンと足を踏み鳴らして追い払おうとする。
スーツを着た男性は、気づいているのかいないのか無視してそばを通り過ぎる。
斜向かいで屋台を組んでいたおじさんが、ダンダンと足を踏み鳴らして追い払おうとする。
スーツを着た男性は、気づいているのかいないのか無視してそばを通り過ぎる。
やがて、悲鳴が大きくなる。
「おい、誰か来てくれ! 客が噛まれた!」
「うわあっ!近づくな!」「毒蛇だ!逃げろ!」
「うわあっ!近づくな!」「毒蛇だ!逃げろ!」
蛇の数は見る間に増え続け――先程わたしが数えた人の数よりも多くなっていく。
……明らかに、異常事態だろう。
……明らかに、異常事態だろう。
わたしの足元にも、一匹の蛇が這い寄ってくる。
ちろちろと舌を出す様子は、毒蛇と知らなければ愛らしく見えなくもない。
だが、可愛げに気を取られている場合ではない。
ちろちろと舌を出す様子は、毒蛇と知らなければ愛らしく見えなくもない。
だが、可愛げに気を取られている場合ではない。
「……ごめんね」
わたしの細い足首を目掛けて飛びかかった蛇をよけ、その頭を踏みつける。
頭を踏まれた蛇は、一度、二度ほど尻尾をばたつかせたが、やがて動かなくなった。
……荷重はさほどかけていないので殺してはいない、とは思う。
『死神』を名乗りながら甘いかもしれないが……
頭を踏まれた蛇は、一度、二度ほど尻尾をばたつかせたが、やがて動かなくなった。
……荷重はさほどかけていないので殺してはいない、とは思う。
『死神』を名乗りながら甘いかもしれないが……
ともあれ、さすがにこの事態は放置できない。
わたしは意を決して、通りに出る。
わたしは意を決して、通りに出る。
……黒蛇の群れが、道を埋め尽くし始めていた。
ところどころに、逃げ遅れたであろう人々がうずくまり、毒と噛み傷に苦しむ姿が見える。
無為無策に歩けば、たちまち蛇に噛まれておしまいだろう。
ところどころに、逃げ遅れたであろう人々がうずくまり、毒と噛み傷に苦しむ姿が見える。
無為無策に歩けば、たちまち蛇に噛まれておしまいだろう。
……そして、ものの見事にわたしは無為無策だった。どうしよう。
Side:???
屋台街の一角に、ぽっかりと空いた広い空き地がある。
ここにはかつて、一件の料理店があった。
だが、ある日――店主が嬲り殺しにされ、店も壊された。
犯人はどこかのマフィア崩れだ、店員に恨みがある者の犯行だ、いや魔幇の不興を買ったのだと
様々な噂が流れたが――結局のところ、今なお真実は定かではない。
当然、そのような曰くが付いた土地を買い取ってまで店を新たに出そうという
酔狂な者が現れることもなく――事件以来、ここは放置されたままになっていた。
その店で下働きをしていた男も、ほどなくして姿を消した。
ここにはかつて、一件の料理店があった。
だが、ある日――店主が嬲り殺しにされ、店も壊された。
犯人はどこかのマフィア崩れだ、店員に恨みがある者の犯行だ、いや魔幇の不興を買ったのだと
様々な噂が流れたが――結局のところ、今なお真実は定かではない。
当然、そのような曰くが付いた土地を買い取ってまで店を新たに出そうという
酔狂な者が現れることもなく――事件以来、ここは放置されたままになっていた。
その店で下働きをしていた男も、ほどなくして姿を消した。
――今、その場所に一人の悪人がいる。
薄気味の悪い、恐ろしい魔人だ。
薄気味の悪い、恐ろしい魔人だ。
彼はなにかを恐れている。
そして誰かを待っている。
そして誰かを待っている。
悪人の名は灰蛇絡 という。
4.Snake Stick
Side:日ノ御子神楽
血相を変えて事務所を飛び出した炎嵐さんを追いかけるように、黒羽さんとギャラハッドさん、そして私も続く。
……炎嵐さんの怒気が熱に変換され漏れ出ているせいか、まわりに陽炎が立っている。
一番後ろの私ですら汗ばむほどだ、黒羽さんとギャラハッドさんに至っては汗が顔から流れ落ちているレベルになっている。
……炎嵐さんの怒気が熱に変換され漏れ出ているせいか、まわりに陽炎が立っている。
一番後ろの私ですら汗ばむほどだ、黒羽さんとギャラハッドさんに至っては汗が顔から流れ落ちているレベルになっている。
「……おいベニトラ、どうしちまったんだ!いきなりヒートアップしやがって、ちゃんと説明しろ!」
黒羽さんが必死に呼びかけるものの、炎嵐さんは答えない。
むしろ、呼びかけるほどに熱量が上がっていくようにも見える。
それでもしつこく声をかけ続ける黒羽さんに、炎嵐さんは憤怒を隠さずに答えた。
むしろ、呼びかけるほどに熱量が上がっていくようにも見える。
それでもしつこく声をかけ続ける黒羽さんに、炎嵐さんは憤怒を隠さずに答えた。
「……テメェらには関係ねえ、引っ込んでろ!」
びくり、と思わず萎縮する程の怒気に、思わず足がすくんでしまう。
だが、黒羽さんとギャラハッドさんは譲らない。
だが、黒羽さんとギャラハッドさんは譲らない。
「あなたほどじゃないですが、私も『解決屋』です! 手くらい貸させてください!」
「アタシだって『万事屋』やってんだ、放っとけるか!」
「アタシだって『万事屋』やってんだ、放っとけるか!」
食い下がる二人の熱意に折れたのか……ち、と舌打ちをしつつも炎嵐さんが答える。
「……勝手にしろ。だが手出しはすんじゃねえ、奴とは俺がカタをつける」
奴……炎嵐さんは犯人に心当たりがあるらしい。
……その表情は相変わらず怒っているが、どこか悲しそうにも見える。
……その表情は相変わらず怒っているが、どこか悲しそうにも見える。
そうこうしているうちに、現場の屋台街、その入口へと到着する――
そこは、端的に言って地獄だった。
そこは、端的に言って地獄だった。
大勢の黒蛇がまるで大河のように蠢き、屋台が並ぶ通りを埋め尽くしている。
……正直なところ、あまりにも気持ちが悪いので卒倒しそうになる。
……正直なところ、あまりにも気持ちが悪いので卒倒しそうになる。
「な……なんだよ、この蛇の量!」
ギャラハッドさんが唖然として周りを見回す。
見れば、蛇だけではなく、人の姿も多くあった。
見れば、蛇だけではなく、人の姿も多くあった。
屋台の屋根に上り、這い上がる蛇をやりすごそうとする男性。
蛇に巻き付かれ、必死に振り解こうとするおばさん。
顔を青ざめさせてうずくまる子供に、必死に呼びかけるお母さん。
……皆、蛇に襲われてパニックを起こしている。
蛇に巻き付かれ、必死に振り解こうとするおばさん。
顔を青ざめさせてうずくまる子供に、必死に呼びかけるお母さん。
……皆、蛇に襲われてパニックを起こしている。
「……どいてろ」
ズン ズン ズン――
炎嵐さんが蛇の濁流目掛けて歩を進める。
蛇たちは新たな獲物がやってきたと言わんばかりに首の向きを一斉に揃え、飛びかかる。
だが――
炎嵐さんが蛇の濁流目掛けて歩を進める。
蛇たちは新たな獲物がやってきたと言わんばかりに首の向きを一斉に揃え、飛びかかる。
だが――
「……オラアァァァッ!」
炎嵐さんの拳が熱波を纏い、蛇の群れを吹き飛ばす。
あまりの熱量に、波の先頭にいた蛇は焼け焦げ、力なく地面に横たわる。
周囲には、生き物が焼ける匂いが煙と共に立ち込めた。
あまりの熱量に、波の先頭にいた蛇は焼け焦げ、力なく地面に横たわる。
周囲には、生き物が焼ける匂いが煙と共に立ち込めた。
「悪ぃが、今の俺は加減してやれねぇぞ……蛇ども」
熱に惹かれてか、黒蛇が次々と炎嵐さん目掛けて飛び込んでは、焼けていく。
仲間が失われていくのを察して蛇たちも戦意を喪失したのか、次第に波が退いてきた。
仲間が失われていくのを察して蛇たちも戦意を喪失したのか、次第に波が退いてきた。
「……おい、大丈夫か!?」
蛇の波が後退したのを見計らい、黒羽さんが倒れた人のところに駆けつける。
足首に蛇の噛み痕があるのが見えた。まさか――毒蛇?
足首に蛇の噛み痕があるのが見えた。まさか――毒蛇?
「クソッ! 電話がつながらない……!」
ギャラハッドさんがスマホを取り出して、救急を呼ぼうとしたが……通じない。
屋台街で助けられた人々も、次々に電話をかけるものの、誰も繋がっていないようだ。
屋台街で助けられた人々も、次々に電話をかけるものの、誰も繋がっていないようだ。
「……通信妨害か。だからあのオヤジさんも走って呼びに来たわけか」
黒羽さんがぼそりと呟いた。
……こうしている間にも、蛇に噛まれた人々が苦しんでいる。
蛇の毒の強さがどのくらいかわからないが、少なくともこのまま放置すれば――
今倒れている人々のほとんどは、助からないだろう。
……こうしている間にも、蛇に噛まれた人々が苦しんでいる。
蛇の毒の強さがどのくらいかわからないが、少なくともこのまま放置すれば――
今倒れている人々のほとんどは、助からないだろう。
私にできることといえば――そうだ。
「く……万事屋さん、私の能力で『死亡禁止』にすれば、救急が来るまでなんとかできるんじゃないでしょうか!」
私の能力――『罰天令 』は様々なことを禁止する能力だ。
とはいえ、既に回り始めた毒を解毒するような使い方は……思いつかない。
だが『死亡禁止』なら、最悪の結果だけは回避できる。
そう考えての提案だった……のだが。
とはいえ、既に回り始めた毒を解毒するような使い方は……思いつかない。
だが『死亡禁止』なら、最悪の結果だけは回避できる。
そう考えての提案だった……のだが。
黒羽さんの表情は、どこか苦々しいものだった。
「…… ……そうだな、頼むわ」
普段のノリの良さは鳴りを潜め、重々しい口調になる。
……人命がかかっているからだろう、とそのときの私は深く考えなかった。
それよりも、一刻も早く毒に侵された人々に『応急処置』を施すのに必死だった。
黒羽さんも倒れた人々に触れて回る――おそらく痛みを和らげるようなイメージを与えているのだろう。
ギャラハッドさんも、倒れた人や無事な人を一か所に集め、誘導を始める。
その傍らではもう一人、栗色の髪の女の子がせわしなく動き回っている……ん?
……人命がかかっているからだろう、とそのときの私は深く考えなかった。
それよりも、一刻も早く毒に侵された人々に『応急処置』を施すのに必死だった。
黒羽さんも倒れた人々に触れて回る――おそらく痛みを和らげるようなイメージを与えているのだろう。
ギャラハッドさんも、倒れた人や無事な人を一か所に集め、誘導を始める。
その傍らではもう一人、栗色の髪の女の子がせわしなく動き回っている……ん?
「……や、誰だいお嬢ちゃん」
黒羽さんが女の子に気づき、声をかけると……女の子はぺこりと一礼して応じる。
エプロン姿ということは、屋台の店員さんだろうか……と思っていたのだが。
エプロン姿ということは、屋台の店員さんだろうか……と思っていたのだが。
「……ああ、すみません。こんな恰好ですがわたしも『解決屋』なので、お手伝いを……と思いまして。
申し遅れました、わたしは『死神』と申します」
申し遅れました、わたしは『死神』と申します」
死神、と名乗った少女は……私よりも年下に見えた。
炎嵐さんやギャラハッドさんと同じ『解決屋』には、一見思えないけれど……
なぜか、その言葉には説得力があるような気がした。
炎嵐さんやギャラハッドさんと同じ『解決屋』には、一見思えないけれど……
なぜか、その言葉には説得力があるような気がした。
「『死神』ねえ。……アタシは白髪黒羽、『万事屋』だ。こっちは日ノ御子神楽ちゃん」
「あ、どうも。日ノ御子神楽……ええと、万事屋さんに護衛されてます」
「私はギャラハッド・ソネット。よろしくね、死神ちゃん」
「あ、どうも。日ノ御子神楽……ええと、万事屋さんに護衛されてます」
「私はギャラハッド・ソネット。よろしくね、死神ちゃん」
挨拶を交わしたところで、ふと気づく。
――炎嵐さんがいない。
――炎嵐さんがいない。
「ベニトラなら、元凶を追っかけてるところだろうな。
……蛇が近づかねえよう、アタシの『おまじない』も済んでるしアタシらも追うか」
……蛇が近づかねえよう、アタシの『おまじない』も済んでるしアタシらも追うか」
ふと腕時計を見れば、時間にして十分も経っていない。
今からなら、追いつけるかもしれない――
今からなら、追いつけるかもしれない――
「でも、炎嵐さんが自分でカタをつけるとか言ってましたけど……いいんですか?」
「別に来るなとは言われてないし、来られたくねえなら
アタシをあの場でブチのめしてねえアイツが悪い。そうだろ?」
アタシをあの場でブチのめしてねえアイツが悪い。そうだろ?」
ええ……
黒羽さんの言動に、時折蛮族じみた発想が混じるのってなぜなんでしょう。
黒羽さんの言動に、時折蛮族じみた発想が混じるのってなぜなんでしょう。
こうして、私たちは炎嵐さんの後を追って――屋台街の奥へと向かう。
……焼け焦げた蛇の亡骸が、彼の通った道をくっきりと示している。
生き残った蛇も、もはや戦意を喪失して逃げ惑っていた。
……焼け焦げた蛇の亡骸が、彼の通った道をくっきりと示している。
生き残った蛇も、もはや戦意を喪失して逃げ惑っていた。
「あ、そうだ。みなさん、できたてのバターいりませんか?」
死神ちゃんが、バターが山盛りになったボウルを抱えながら尋ねた。
……ええと、なぜバターだけなんですか?
……ええと、なぜバターだけなんですか?
「いらねえ。 ……つーか、多分溶けるぞそれ」
「わ、私は後でもらおうかな……朝から動き回ってるから、カロリーも欲しいしさ」
「わ、私は後でもらおうかな……朝から動き回ってるから、カロリーも欲しいしさ」
……少し緊迫感の薄れる一幕もあったものの、私たちは炎嵐さんの元に辿り着いた。
そこにいたのは―― ざんばらの髪を振り乱す、不気味な男性だった。
その周りには、大量の黒蛇が渦を巻くように蠢いていた。
そこにいたのは―― ざんばらの髪を振り乱す、不気味な男性だった。
その周りには、大量の黒蛇が渦を巻くように蠢いていた。
5.Black or Red?
Side:劉炎嵐・灰蛇絡
「……やっぱり、テメエだったか」
「……待ってたよ、红虎」
ざんばら髪の痩せた男性が、蛇の群れの中心――瓦礫の丘に腰かけて、こちらを見下ろしている。
灰蛇絡 ―― かつて、炎嵐がぶちのめした、どこかのマフィアの下っ端である。
男は、红虎を待っていた。
彼を呼ぶために――この阿鼻叫喚を引き起こした。
彼を呼ぶために――この阿鼻叫喚を引き起こした。
魔人能力『堕落蛇道』――自らの切り落とした髪を黒い毒蛇に変える、おぞましい能力である。
ズン ズン ズン
「一度だけ許す。……そう言ったのを、忘れたわけじゃあねえよな」
ギリ ギリ ギリ
「忘れてないさ……忘れられるものか」
ミチ ミチ ミチ
「なら、なぜだ。 なぜ、こんな馬鹿な真似をした!」
「お前には……多分わからないよ、红虎。
人から奪うことでしか生きていけないと気づいた、その絶望は」
人から奪うことでしか生きていけないと気づいた、その絶望は」
向けられる怒気と熱量に物怖じすることなく、淡々と蛇絡が答える。
自らが引き起こした災禍に対して、何の感情も乗せていない声音。
自らが引き起こした災禍に対して、何の感情も乗せていない声音。
「……そうか」
一瞬だけ、炎嵐の熱が引き――
次の瞬間、大気が歪んだ。
「……っ……」
蛇絡は、押し寄せる熱波を遮るべく黒蛇の群れを操る。
炎嵐の足元から、ぞぞぞと黒蛇が集い――生きた壁を作り上げた。
炎嵐の足元から、ぞぞぞと黒蛇が集い――生きた壁を作り上げた。
「……阿呆が。テメェで生んだ命を、盾にするたぁ何考えてんだ!!」
炎嵐は溢れる怒気を隠しもせず、生きた壁へと正拳突きを繰り出す。
拳の加速が生んだ衝撃波と怒りが生んだ熱波が重なり合って、蛇の壁をいともたやすく砕いた。
红虎の拳を受けて、怒りの爆心地にいて生きていられる小動物はまずいない――
黒蛇たちは红虎のたった一撃で、その数を大きく減らしてしまった。
拳の加速が生んだ衝撃波と怒りが生んだ熱波が重なり合って、蛇の壁をいともたやすく砕いた。
红虎の拳を受けて、怒りの爆心地にいて生きていられる小動物はまずいない――
黒蛇たちは红虎のたった一撃で、その数を大きく減らしてしまった。
「……能力で生んだ仮初の命だ、気にしたりしないさ」
だが、蛇絡が散切り髪の中でも伸びている部分に短刀を当て、ざっと切るやいなや――
はらり、ばさりと落ちた髪束の一本一本が毒蛇に転じていく。
はらり、ばさりと落ちた髪束の一本一本が毒蛇に転じていく。
「……俺は正しく生きられなかった。今更蛇が何匹死のうが――心も痛みやしない」
その目に、虚無感と悪意の影を宿しながら――
蛇絡は、眼下に控える黒蛇数千匹の群体を、一匹余さず炎嵐に差し向けた。
蛇絡は、眼下に控える黒蛇数千匹の群体を、一匹余さず炎嵐に差し向けた。
炎嵐が『THE・炎怒』で体温を更に上げていく。
先の熱波の時点で摂氏四桁に達した体温がさらに上がり、木製の瓦礫の破片が発火点に達する。
先の熱波の時点で摂氏四桁に達した体温がさらに上がり、木製の瓦礫の破片が発火点に達する。
黒蛇が圧倒的な熱量に焼かれ、先頭から順々に焼け焦げて絶命し、炭化し、灰になっていく。
それでも、圧倒的な頭数に物を言わせて――ついに、炎嵐の足元に一匹の黒蛇が噛みつく。
噛みついた瞬間に蛇は焦げ、消し炭になったが――牙からの毒は、红虎の血流に乗った。
それでも、圧倒的な頭数に物を言わせて――ついに、炎嵐の足元に一匹の黒蛇が噛みつく。
噛みついた瞬間に蛇は焦げ、消し炭になったが――牙からの毒は、红虎の血流に乗った。
「……毒の味はどうだい、红虎」
蛇絡の肌が赤く染まり、残った髪がちりちりと縮れ始める。
炎嵐の熱が、蛇の群れ越しに蛇絡を焼き始めた。
だが、黒蛇の猛毒もまた炎嵐を苛み始める――
炎嵐の熱が、蛇の群れ越しに蛇絡を焼き始めた。
だが、黒蛇の猛毒もまた炎嵐を苛み始める――
「……効かねえなあ!!」
叫び声と共に、更に一段階怒りのギアが上がる。
千度を超える熱量に、蛋白毒である蛇毒はたやすく分解されてしまっていた。
千度を超える熱量に、蛋白毒である蛇毒はたやすく分解されてしまっていた。
「……な」
蛇絡は呆然として、過熱する红虎が迫るのを目撃する。
「おーい、ベニトラ…… ……っ」
空き地の入り口付近に、新たな人影が見えた。
白黒に分かれた奇妙な風体の女、茶髪褐色の……女性に、日本人と思しき少女。
そしてエプロンをつけた、もっと幼く見える少女。
白黒に分かれた奇妙な風体の女、茶髪褐色の……女性に、日本人と思しき少女。
そしてエプロンをつけた、もっと幼く見える少女。
彼女らに蛇を差し向けようとしたが――気付けば、蛇は殆ど焼けて生き残っていない。
僅かに生き残ったものも、既に怯え切って蛇絡の指示に従わずに逃げ惑っている。
僅かに生き残ったものも、既に怯え切って蛇絡の指示に従わずに逃げ惑っている。
駆け付けた者たちは、红虎の剣幕と高熱に怯んでか近づいてくる様子はない。
ズン ズン ズン
红虎が迫ってくる。一歩、二歩。
ギリ ギリ ギリ
歯を食いしばり、軋る音が響く。……あのときも、そうだった。
ミチ ミチ ミチ
拳が直に届く距離まで、红虎が迫る。
それだけで肌が煮え、髪が焦げる。
それだけで肌が煮え、髪が焦げる。
――ああ、これこそ が。
俺が、最期に望んだものに間違いない。
俺が、最期に望んだものに間違いない。
「……言い残すことは、あるか」
红虎が、拳を引き絞り……蛇絡に向ける。
「……いいや」
俺が憧れ、手を伸ばし、終ぞ掴めなかったもの。
太陽に向かって翔び、墜ちていった古の英雄のように。
――しょせん、俺は堕落するしかなかったのだと言わんばかりの、諦めの表情だった。
太陽に向かって翔び、墜ちていった古の英雄のように。
――しょせん、俺は堕落するしかなかったのだと言わんばかりの、諦めの表情だった。
ひゅん、と拳が放たれる音がした。
数瞬後に自らの体が黒蛇たちのように焦げる様を、蛇絡は夢想した。
数瞬後に自らの体が黒蛇たちのように焦げる様を、蛇絡は夢想した。
――だが、その瞬間は訪れなかった。
恐る恐る目を開くと――
恐る恐る目を開くと――
後ろにいたはずの、白黒模様の女が、黒い右手で红虎の拳を受け止めていた。
肉が焦げ、骨が焼け、血が煮える音がここまで聞こえてくる。
肉が焦げ、骨が焼け、血が煮える音がここまで聞こえてくる。
蛇絡に向けられるはずの、红虎の激昂は――白黒の乱入者に矛先が向いた。
「……何の真似だ、万事屋!!」
「……出過ぎた真似だよ、红虎!」
6.ただ、それだけの理由で
Side:白髪黒羽
……熱っつぅ!!
って、いつものノリなら叫んでるトコなんだが……そうも言ってらんねえな。
って、いつものノリなら叫んでるトコなんだが……そうも言ってらんねえな。
ベニトラ……红虎のただでさえ重い、しかも熱々の拳を受け止めたせいで
アタシの右手は完全にイカレちまってる……安いもんか、手の一つくれえなら。
アタシの右手は完全にイカレちまってる……安いもんか、手の一つくれえなら。
「そこをどけ、邪魔をするんじゃねえ!!」
邪魔ってのは――こいつを殺す邪魔か?
完全にプッツンしてる红虎に、アタシはなるべく冷たく返す。
燃えるハートでクールに戦う、それがアタシの流儀だかんな。
燃えるハートでクールに戦う、それがアタシの流儀だかんな。
「コイツが何をしたか、テメェも見たはずだ!
……俺はコイツを一度見逃した、その結果がこれだ!」
……俺はコイツを一度見逃した、その結果がこれだ!」
だから今度はちゃんと殺す、ってか? ……ふざけんな。
「ふざけているのはテメェだろうが! なぜ庇う!」
……あの蛇野郎が、助けを求める目をしてた。それだけだ。
ぐだぐだ自分語りする暇も趣味もねーけど、アタシにも覚えがあんのさ。
あーいう目をしながら、怯えきっちまった挙句に道を踏み外す奴ってのをさ。
あーいう目をしながら、怯えきっちまった挙句に道を踏み外す奴ってのをさ。
ここに着いた時点で、アンタがコイツをブチ殺してたらアタシも『仕方ねえ』って飲み込んだだろうけど。
アタシは気づいちまったし、手が届くところにいた。だから手を伸ばした、そんだけだ。
アタシは気づいちまったし、手が届くところにいた。だから手を伸ばした、そんだけだ。
「無関係のお前が、出しゃばってくるんじゃねえ!」
……無関係だからこそ! 何も知らねえからこそ! アタシが思うようにやるんだよ!!
コイツの目は、救いを求めてた! だったら助ける、それがアタシだ!
コイツの目は、救いを求めてた! だったら助ける、それがアタシだ!
それに、テメエのこともだ!
お前がそこまで怒ってんのは、コイツにだけじゃねえ……
コイツが道を踏み外した原因の連中にも……そして何より、テメエ自身にも腹立ててんだろ?
お前がそこまで怒ってんのは、コイツにだけじゃねえ……
コイツが道を踏み外した原因の連中にも……そして何より、テメエ自身にも腹立ててんだろ?
「そこまでわかっているなら、尚更首を突っ込むんじゃあねえ……!
俺が助けてやれなかったから 、奴が助けを求められなかったから !
だから、こうなっちまったんだろうが!!」
だから、こうなっちまったんだろうが!!」
そうだな。だからコイツは、お前に殺されたがってた 。
蛇をたくさん生み出す能力で、テメエの本気に勝てるわけがねえんだ。焼き尽くされるのがオチなんだからな。
……そんなこと、コイツ自身が一番わかってたはずだ。
蛇をたくさん生み出す能力で、テメエの本気に勝てるわけがねえんだ。焼き尽くされるのがオチなんだからな。
……そんなこと、コイツ自身が一番わかってたはずだ。
死にたがってる奴を介錯して終わらせてやる、それが悪いとは言わねえよ。
だがな――それは『红虎』のやり方じゃねえだろ!
だがな――それは『红虎』のやり方じゃねえだろ!
「……! ふざけるな……ふざけるな!!!!
お前に!俺の何がわかる!?」
お前に!俺の何がわかる!?」
わかんねえよ!!! わかんねえから口も手も出すんだろうが!!
テメエのことだ、安直に殺してオシマイ、なんて考えてねえことぐらい短い付き合いのアタシでもわかる!
どんだけ悩んで決断したか、わかんねえなりに想像はできるさ!
だが――それでもアタシが納得できねえ!!だから止める!
今この場でアンタを止められるのはただ一人――アタシだ!
どんだけ悩んで決断したか、わかんねえなりに想像はできるさ!
だが――それでもアタシが納得できねえ!!だから止める!
今この場でアンタを止められるのはただ一人――アタシだ!
……アタシとしたことが、随分熱くなっちまったようだ。
カッカカッカする红虎の前にいるだけで全身火傷しそうに熱いってのもあったんだろうけどな。
カッカカッカする红虎の前にいるだけで全身火傷しそうに熱いってのもあったんだろうけどな。
――だから、アタシの足首に走る痛みに気づくのに遅れちまった。
蛇野郎の黒蛇が一匹、がぶりと噛みついてやがる。
蛇野郎の黒蛇が一匹、がぶりと噛みついてやがる。
「……蛇絡ォ、テメェっ!!!!」
红虎がアタシの足首にかぶりついた蛇を蹴り飛ばし、怒号を蛇野郎に飛ばす。
蛇野郎の表情は――卑屈な笑みと困惑、そして悲しみがぐちゃぐちゃに混じっていた。
多分、アタシを毒蛇で襲って红虎のブチ切れにダメ押しをしたかったんだろうな。
蛇野郎の表情は――卑屈な笑みと困惑、そして悲しみがぐちゃぐちゃに混じっていた。
多分、アタシを毒蛇で襲って红虎のブチ切れにダメ押しをしたかったんだろうな。
……だが、そうはさせてやらねえよ。
これだけの騒ぎを起こした始末、死に逃げなんざさせてやらねえ。
……それに、アタシがしゃしゃり出た時点でこれはアタシの喧嘩だ。
テメエは黙って見てろ、蛇野郎。
これだけの騒ぎを起こした始末、死に逃げなんざさせてやらねえ。
……それに、アタシがしゃしゃり出た時点でこれはアタシの喧嘩だ。
テメエは黙って見てろ、蛇野郎。
……ギャラちん、悪ぃ。そこの蛇野郎が神楽ちゃんと死神ちゃんに
これ以上ヘンなマネしねーよう、目ぇ光らせといてくんな。
あと神楽ちゃん、念のためだ。『死亡禁止』を蛇野郎にくっつけとけ。
最悪、自分の蛇で毒死とか首絞めとかやりかねねえから。
これ以上ヘンなマネしねーよう、目ぇ光らせといてくんな。
あと神楽ちゃん、念のためだ。『死亡禁止』を蛇野郎にくっつけとけ。
最悪、自分の蛇で毒死とか首絞めとかやりかねねえから。
「は、はい……」
「ちょっと待て万事屋、なんで私がお前の言うことを――」
「ちょっと待て万事屋、なんで私がお前の言うことを――」
……頼む。ダイヤの獲り合いなら、後で生き残った方が受けて立ってやっから。
その方が、お前さんの勝率も上がるだろうしな。
その方が、お前さんの勝率も上がるだろうしな。
「……勝手に勝負の順番を決めるな、万事屋――いや。白髪黒羽!」
……いーじゃん、红虎。
どのみちアンタとギャラちん、そしてアタシはダイヤについて相容れねえんだ。
どこかでやり合わなきゃいけねえんだ、それがたまたま今だって話だよ。
テメエも、アタシを名前で呼んだってのは――そういうことだろう?
どのみちアンタとギャラちん、そしてアタシはダイヤについて相容れねえんだ。
どこかでやり合わなきゃいけねえんだ、それがたまたま今だって話だよ。
テメエも、アタシを名前で呼んだってのは――そういうことだろう?
「……そうか。なら、もう容赦はしねえ」
オーケイ。――そんじゃあ、いっちょ戦 ろうか。
红虎に軽く促し、アタシらは蛇野郎と皆から離れ――戦闘態勢に入った。
7.Remain
Side:死神
……これは、どういう状況なのか。
先程からの蛇騒ぎの原因は――ここで呆けている青年らしい。
たまたまついてきただけのわたしには、彼と『红虎』に因縁があることと
『万事屋さん』がその因縁を無視して絡んだこと……くらいしか把握できないでいた。
私の横にいる神楽さんとギャラハッドさんも同じだったようで、明らかに困惑と不安の表情を浮かべている。
二人が文字通り熱を帯びていくのを、わたしも含めて皆が傍観していた。
たまたまついてきただけのわたしには、彼と『红虎』に因縁があることと
『万事屋さん』がその因縁を無視して絡んだこと……くらいしか把握できないでいた。
私の横にいる神楽さんとギャラハッドさんも同じだったようで、明らかに困惑と不安の表情を浮かべている。
二人が文字通り熱を帯びていくのを、わたしも含めて皆が傍観していた。
そんな中、蛇騒ぎの主犯――蛇絡と呼ばれた青年が、ぽろぽろと涙を零し始めた。
「なんでだよ。……なんで、死なせてくれねえんだ。終わらせてくれねえんだ……」
「……死んでも、終われるとは限りませんよ」
「……死んでも、終われるとは限りませんよ」
蛇絡さんのつぶやきに、思わず答えてしまう。……わたしが、そうだから。
少し迷って、普段は隠している翼と尻尾を晒す。
驚きの大きさは、神楽ちゃん、ギャラハッドさん、蛇絡さんの順。
少し迷って、普段は隠している翼と尻尾を晒す。
驚きの大きさは、神楽ちゃん、ギャラハッドさん、蛇絡さんの順。
「……わたしは、一度死にました。ですが、魂を縛られて借金漬けにされてしまいまして。
借金を完済しないことには、天国に行けません」
借金を完済しないことには、天国に行けません」
普段なら、わたしの身の上話などすることはない。
見た目の年齢も相まって、子供の妄言と流されるのがオチだ。
でも……この人たちになら、聞かせてもいいような気がした。
見た目の年齢も相まって、子供の妄言と流されるのがオチだ。
でも……この人たちになら、聞かせてもいいような気がした。
「……天国になんか行けねえよ、俺は……奪うことしかできねえ、から……」
わたしの言葉を受けてか、蛇絡さんがぽつぽつと言葉を漏らす。
一度、炎嵐さんにぶちのめされて正しく生きようとしたこと。
この場所で心優しい主に出会えたこと――そして、理不尽に奪われたこと。
その果てに、自分が子供の食べ物まで奪い、貪ったこと。
一度、炎嵐さんにぶちのめされて正しく生きようとしたこと。
この場所で心優しい主に出会えたこと――そして、理不尽に奪われたこと。
その果てに、自分が子供の食べ物まで奪い、貪ったこと。
「……その罪悪感、というか後悔というか……少し、わかる気がします」
蛇絡さんの言葉に反応したのは、意外にも神楽ちゃんだった。
「……私、おとといまで……悪い人たちに捕まって、操られて。
かすかにしか覚えてませんが……たくさんの人を『始末』したんです」
かすかにしか覚えてませんが……たくさんの人を『始末』したんです」
蛇絡さんの境遇への共感と、自分の暗部を反芻したせいだろうか。
神楽ちゃんの表情は、ひときわ沈んで見える。
神楽ちゃんの表情は、ひときわ沈んで見える。
「私のせいじゃない、と万事屋さんは言ってくれましたけど……
それでなかったことには、できませんから」
それでなかったことには、できませんから」
思わぬ相手から思わぬ話が出てきたからか、蛇絡さんも目を丸くしていた。
わたしも、その話を聞いて納得できたことが一つある。
わたしも、その話を聞いて納得できたことが一つある。
――彼女には見えていないであろう、彼女の側に付き纏う黒い影。
甲冑のような、近未来的な鎧のようなソレは、彼女の罪悪感を反映した姿なのだろう。
甲冑のような、近未来的な鎧のようなソレは、彼女の罪悪感を反映した姿なのだろう。
「……あー、三人とも。いったん暗い話はやめにしない?
先祖のこととかダイヤのことで悩んでる私が霞むくらい、壮絶じゃんかみんな」
先祖のこととかダイヤのことで悩んでる私が霞むくらい、壮絶じゃんかみんな」
空気に耐えきれなかったのか、ギャラハッドさんがパンと手を打つ。
そして、戦いを繰り広げる二人のほうを一瞥して呟く。
そして、戦いを繰り広げる二人のほうを一瞥して呟く。
「……それよりもわかんないのは……万事屋だよ。
どうして、こんな命の張り方するんだよ」
どうして、こんな命の張り方するんだよ」
ギャラハッドさんの呟きは、万事屋さんに……というよりは、自分に向けて言っているようだった。
先程漏らしたキーワードから察するに、彼は……使命感で動くタイプに思える。
そういう意味では確かに、万事屋さんの行動は、彼には理解しがたいものに映るだろう。
先程漏らしたキーワードから察するに、彼は……使命感で動くタイプに思える。
そういう意味では確かに、万事屋さんの行動は、彼には理解しがたいものに映るだろう。
「……きっと、黒羽さ……万事屋さんは、人間が好きすぎるんじゃないかな、って」
神楽さんが、おずおずと言葉を紡ぐ。
「人間が好きだけど、自分が好かれることに頓着していない……だから迷惑もかけるし、周囲も巻き込むし振り回す。
でも、だからこそ……自分の手の届く範囲で、人が死ぬことを見過ごせない、んじゃないかな……
……私の勝手な想像、ですけどね」
でも、だからこそ……自分の手の届く範囲で、人が死ぬことを見過ごせない、んじゃないかな……
……私の勝手な想像、ですけどね」
その返答を、ギャラハッドさんは懸命に咀嚼しようとしたようだったけれど――
呑み込むのを躊躇しているような、拒むような表情を浮かべるにとどまった。
呑み込むのを躊躇しているような、拒むような表情を浮かべるにとどまった。
……そして、私たちが悩んだり落ち込んだり考えたりしている間に。
二人の衝突は、幕切れが近づいていた。
二人の衝突は、幕切れが近づいていた。
8.紅焔
【Side:白髪黒羽
戦闘の火蓋を切ってすぐ、アタシは生きている左手で白い銃を抜き打つ。狙いは腕。
红虎は体温を上げて銃弾を溶かそうと考えたようだが――甘ぇよ。
红虎は体温を上げて銃弾を溶かそうと考えたようだが――甘ぇよ。
「……!くっ……」
タングステン――融点、摂氏3422度。
テメエでも本気の本気でブチ切れねえと融かすのは無理だろ。
……撃たれたのは久しぶりじゃねえか?
テメエでも本気の本気でブチ切れねえと融かすのは無理だろ。
……撃たれたのは久しぶりじゃねえか?
「いい気になるなよ……この程度で俺をやれると思うな、白髪黒羽ぁッ!」
ああ、アタシも思ってねえよ。蜂の巣にすんのはこっからだからな。
右手はめちゃめちゃ痛むが動きはする――二丁拳銃、ジュークンドーでお相手するぜ。
右手はめちゃめちゃ痛むが動きはする――二丁拳銃、ジュークンドーでお相手するぜ。
銃口を向け、撃鉄 に指をかける。
銃弾は――撃たない。銃を見せ、意識させるだけでいい。
【撃たれる】イメージを付与した、アタシの愛銃が幻の火を噴く。
銃弾は――撃たない。銃を見せ、意識させるだけでいい。
【撃たれる】イメージを付与した、アタシの愛銃が幻の火を噴く。
だが――銃撃の幻痛は红虎の進撃を止めるにはまだ足りていない。
「小賢しいマネを! するんじゃねえ!」
悪いね、筋肉ダルマのアンタと力比べはできねえからな。
知恵と悪知恵でテメエを止めるんだよ、こっちは。
知恵と悪知恵でテメエを止めるんだよ、こっちは。
【撃たれる】、【撃たれる】、実弾、【撃たれる】――
弾がそれほど大口径でもねえから、実弾で撃たれたところでさほどダメージは通らない。
だが――弾に触れた、見たって事実が重要なのさ。
弾がそれほど大口径でもねえから、実弾で撃たれたところでさほどダメージは通らない。
だが――弾に触れた、見たって事実が重要なのさ。
熱を撒き散らしながら、アタシの目前まで迫る红虎の拳が――【凍りつく】。
銃弾に付与した、红虎の熱に反するイメージが奴の拳を止める。
その間隙を縫って、銃の発射の反動で後ろに跳ぶ。
銃弾に付与した、红虎の熱に反するイメージが奴の拳を止める。
その間隙を縫って、銃の発射の反動で後ろに跳ぶ。
「……オラアァァァッ!」
だが、そこは上海随一の武闘家――劉炎嵐、流石と言うべきだな。
更に一歩踏み込んで、アタシの鳩尾にキツい一発をぶち込む。
内臓まで灼けそうな衝撃が、容赦なくアタシの肋骨を砕く――!
更に一歩踏み込んで、アタシの鳩尾にキツい一発をぶち込む。
内臓まで灼けそうな衝撃が、容赦なくアタシの肋骨を砕く――!
吹き飛ばされながらも、アタシは銃撃の手を止めない。
想像 と実像 、二種の弾丸を撃ち込む。
屋台に背中から突っ込む衝撃を感じながら、実像の弾丸からの二の矢の想像――【焼かれる】を放つ。
屋台に背中から突っ込む衝撃を感じながら、実像の弾丸からの二の矢の想像――【焼かれる】を放つ。
「……っ!」
高熱を自ら発する红虎のことだ、おそらく炎による攻撃を受けた経験はほぼないだろう。
だからこそ、身体が【焼かれる】感覚は奴にとって未知の、しかし大きなダメージになると踏んだ。
――読みは間違ってはいなかったようだ。惜しむらくは……想定よりもピンピンしてやがるってことか。
だからこそ、身体が【焼かれる】感覚は奴にとって未知の、しかし大きなダメージになると踏んだ。
――読みは間違ってはいなかったようだ。惜しむらくは……想定よりもピンピンしてやがるってことか。
軋む身体を起こし、二歩三歩と歩いて红虎に向き直る。
奴の怒りもボルテージMAX、こちらも残弾と体力があと僅か。
……ここらで決めるとしよう。
奴の怒りもボルテージMAX、こちらも残弾と体力があと僅か。
……ここらで決めるとしよう。
……殺す気で行く。恨むんじゃねえぜ、红虎。
――両銃に【一斉射撃 】のイメージを込め、虚実全弾を撃ち尽くす。
ズン ズン ズン
――红虎の体に、弾痕が次々刻まれる。
持っている銃が過熱 し始める。
持っている銃が
ギリ ギリ ギリ
――红虎の歩みと熱、そして怒りは止まらない。
両手の銃が、熱のせいで暴発し破裂する。
両手の銃が、熱のせいで暴発し破裂する。
ミチ ミチ ミチ
――红虎の筋肉が軋む音が聞こえる距離に、奴がいる。
振りかぶった獄熱の拳が、弧を描いてアタシの胸元へと吸い込まれ――
振りかぶった獄熱の拳が、弧を描いてアタシの胸元へと吸い込まれ――
その拳が、文字通りアタシの身体を突き抜けた。
】
9.まほろば
Side:日ノ御子神楽
――黒羽さんっ!!
思わず、呼ぶなと言われていた名前を大声で呼んでしまったけれど――
そんなことを気にしている余裕は、私にはなかった。
――目の前の光景は、私にとってあまりにもショッキングすぎるものだったから。
そんなことを気にしている余裕は、私にはなかった。
――目の前の光景は、私にとってあまりにもショッキングすぎるものだったから。
『万事屋』の胴体を貫くように、『红虎』の紅く灼けた拳が突き刺さっている。
劉さんが拳を引くと共に、支えを失った黒羽さんの身体が前に崩れ落ちる。
人の肉の焼ける厭な匂いと共に、血と臓物が零れ落ちていく。
人の肉の焼ける厭な匂いと共に、血と臓物が零れ落ちていく。
でも、私だけは知っている。知ってしまっている。
白髪黒羽はまだ死なない ということを。
そして――死なないだけ ということを。
そして――
――『死亡禁止』。
良かれと思って付与した、うなじに光る赤い×印。
だが――この惨状を見れば、それがどれだけ浅はかな考えだったかわかる。
良かれと思って付与した、うなじに光る赤い×印。
だが――この惨状を見れば、それがどれだけ浅はかな考えだったかわかる。
死ぬことを禁止しても、苦痛や負傷までは防げない。
つまり、それだけ長く苦しみを与え続けることになる。
黒羽さんが、蛇に襲われた人々に『死亡禁止』を使うのを躊躇した理由が、やっとわかった。
つまり、それだけ長く苦しみを与え続けることになる。
黒羽さんが、蛇に襲われた人々に『死亡禁止』を使うのを躊躇した理由が、やっとわかった。
私の考えがもう少し及んでいれば――黒羽さんに『負傷禁止』も併せて付与していただろう。
けれど、もう遅い。
蛇の牙や締め付けで怪我をした人たちと同様に、すでに負った怪我やダメージを『禁止』することはできない。
あんな致命傷を負ってしまえば――私にはもう、何もできない。
けれど、もう遅い。
蛇の牙や締め付けで怪我をした人たちと同様に、すでに負った怪我やダメージを『禁止』することはできない。
あんな致命傷を負ってしまえば――私にはもう、何もできない。
おそらく、塔也さんらに連絡がつけば育美ちゃんの力で治せはするだろう。
だが、あんな状態の人間の姿を――私よりも幼い少女に、見せていいわけがない。
だが、あんな状態の人間の姿を――私よりも幼い少女に、見せていいわけがない。
「……ふざけんな……!」
炎嵐さんが、絞り出すように口を開く。
本気で黒羽さんを殺すつもりはなかったはずだ。
本気で戦えば――こういった結末に着地することも、わかっていたはずだ。
本気で黒羽さんを殺すつもりはなかったはずだ。
本気で戦えば――こういった結末に着地することも、わかっていたはずだ。
そして、黒羽さんも――わかっていた、はずなのだ。
男女差を持ち出すまでもなく、戦闘力の差は火を見るよりも明らかだった。
それでも、黒羽さんは黙っていられなかった。
目の前で人が死ぬことに、耐えられなかった。
だからこそ――自分の命を賭してでも、止めようとした。
男女差を持ち出すまでもなく、戦闘力の差は火を見るよりも明らかだった。
それでも、黒羽さんは黙っていられなかった。
目の前で人が死ぬことに、耐えられなかった。
だからこそ――自分の命を賭してでも、止めようとした。
惨たらしい姿になった黒羽さんの姿と、堪えるように震える炎嵐さんを見ることに耐えきれず
目を逸らすと――私の周りの人たちも、この結末に言葉を失っている。
ギャラハッドさんは目を伏せ、一言だけ「……わかんねえ」と呟いた。
死神ちゃんは、じっと倒れ伏した黒羽さんの方を見つめていた。
蛇絡さんは、驚愕した様子で炎嵐さんの方を見て、声を絞り出した。
目を逸らすと――私の周りの人たちも、この結末に言葉を失っている。
ギャラハッドさんは目を伏せ、一言だけ「……わかんねえ」と呟いた。
死神ちゃんは、じっと倒れ伏した黒羽さんの方を見つめていた。
蛇絡さんは、驚愕した様子で炎嵐さんの方を見て、声を絞り出した。
「な、何でだ―― ありえない……
红虎、どうしてお前が倒れるんだ !」
――えっ?
慌てて私は視線をもう一度、決着を迎えた二人のほうに戻す。
同じように、ギャラハッドさんも目を見開く。
死神さんは――表情を変えていない。
同じように、ギャラハッドさんも目を見開く。
死神さんは――表情を変えていない。
そこには――
がくりと膝をつく炎嵐さんと、したり顔で立つ黒羽さんの姿があった。
黒羽さんが満身創痍であることは変わらなかったが――胴体に、穴は空いていない。
暴発し砕け散ったはずの銃も、変わらず手元に構えている。
炎嵐さんも、銃創は一つもない――しかし、あちこちに痣が見える。
がくりと膝をつく炎嵐さんと、したり顔で立つ黒羽さんの姿があった。
黒羽さんが満身創痍であることは変わらなかったが――胴体に、穴は空いていない。
暴発し砕け散ったはずの銃も、変わらず手元に構えている。
炎嵐さんも、銃創は一つもない――しかし、あちこちに痣が見える。
「……かはは、やっぱ上海大賽優勝候補だけあるな。
アタシの見込んだ通り――いや、それ以上の腕だわ」
アタシの見込んだ通り――いや、それ以上の腕だわ」
「……そうか、テメェ……今の今まで――!」
炎嵐さんの深い歯軋りの音が、ここまで聞こえてくる。
「俺達に――ずっと!自分自身の【想像 】を植え付けてやがったのか!」
「ご名答。アンタが必死に対面して対戦してたのは、想像上のアタシってこった。
存在しないアタシをボコってる間に、こっちはテメエのガラ空きの横っ面に攻撃を叩き込めばいい――
流石に銃弾ブチ込むのは気が引けたんで、コツコツ殴る蹴るをさせてもらってな。
……もっとも完璧完全完封勝利、とはいかなかったがね。
アタシの【想像】を超えて、アタシにしっかり攻撃を叩き込んでくれんだもんな」
存在しないアタシをボコってる間に、こっちはテメエのガラ空きの横っ面に攻撃を叩き込めばいい――
流石に銃弾ブチ込むのは気が引けたんで、コツコツ殴る蹴るをさせてもらってな。
……もっとも完璧完全完封勝利、とはいかなかったがね。
アタシの【想像】を超えて、アタシにしっかり攻撃を叩き込んでくれんだもんな」
――なるほど、そういうことか。
朝からずっと同行していた私と炎嵐さん、ギャラハッドさんには黒羽さんのイメージが共有されていた。
蛇絡さんと死神さんは先程出会ったばかりだからイメージが見えていない――
だから本来の結果である、炎嵐さんが膝をつく場面が見えていたというわけだ。
朝からずっと同行していた私と炎嵐さん、ギャラハッドさんには黒羽さんのイメージが共有されていた。
蛇絡さんと死神さんは先程出会ったばかりだからイメージが見えていない――
だから本来の結果である、炎嵐さんが膝をつく場面が見えていたというわけだ。
「で。頭、冷えたか?」
黒羽さんが劉さんの元に歩み寄り、火傷でぼろぼろの右手を差し出す。
「……これで、勝ったつもりか?」
「うんにゃ。本当ならここまでにアンタをぶちのめせた予定だけど、そーはいかなかったしな。
それに――もう流石に、そこの蛇にーちゃんを殺そうとか思ってねーだろ?
アンタが人体を貫く感覚を気にも留めねえ冷血漢だったら、アタシはここで手を止めねえよ」
それに――もう流石に、そこの蛇にーちゃんを殺そうとか思ってねーだろ?
アンタが人体を貫く感覚を気にも留めねえ冷血漢だったら、アタシはここで手を止めねえよ」
黒羽さんの清々しい笑顔に、劉さんの怒気が少し落ち着いたように見えた。
その笑顔を、蛇絡さんの方にも向ける。
その笑顔を、蛇絡さんの方にも向ける。
「……悪ぃな、蛇野郎。や……蛇絡っつったっけ?
そーゆーことだからさ、死のうとかもう思うなよ。足掻け、藻掻け、そんで生きろ」
そーゆーことだからさ、死のうとかもう思うなよ。足掻け、藻掻け、そんで生きろ」
その言葉を聞いた蛇絡さんの目から、涙が溢れ始める。
……涙の理由は、私が決めることではないのだろう。
……涙の理由は、私が決めることではないのだろう。
そして、炎嵐さんは少し考える様に間を置いて――黒羽さんの手を取る。
「……ああクソ、それを俺の負け、って言ってんだよ」
黒羽さんが炎嵐さんの体を起こし、固く握手する。
丸く収まりそうでほっと胸をなでおろした、次の瞬間――
丸く収まりそうでほっと胸をなでおろした、次の瞬間――
空から、巨大な尻が二人目掛けて落下してきた。
……は?