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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

迷途in上海

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dangerousss_shanghai

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「B 僕は無意味でも何でも死なんぞを予想する必要はないと思うが。
 A しかしそれでは好んで欺罔に生きているようなものじゃないか。」

(芥川龍之介「青年と死と」)


「ご心配なさらずとも結構ですよ」

制服の男が優しげに話しかける。
机を挟んで対面している女性は体を細かに振るわせている。
室内は暖房が効いているが、彼女の顔色は青白い。

「し、しかし。私は一体どうすれば……」

視線が定まらず、声も震えて取り乱す。
深刻な様子の彼女の目の前に、湯気を立てる茶が置かれた。

「ええ、ですから心配は御無用。全て私共にお任せ下さい」
「こう言う時には私から説明するのが普通だと思っていた。
 どのような辱めを受けたのか、詳細に口述しろと迫られるものかと……」
「お辛いでしょう。貴女がこれ以上傷付くことになるならば、質問を重ねるのは酷というものだ」

深刻な様子の女性、女陰黄泉は今気が付いたかのように茶碗を手に取り、熱い液体を口に含む。

「……美味しい」

男の心遣いがようやく実感として伝わり始めた。
表情はそれまでに比べると柔らかくなり、身体中の震えは止まっていた。

「警察というものは、もっと厳しいものだと思っていた。市民を思いやる温かい心を持っているのだな」
「警察……? ハハハ、何か勘違いをしてらっしゃるようだ。ほら、ここをよく見て」

男は身につけた制服の胸ポケットを指差す。
女陰黄泉は対峙する相手のことを、この時初めて正視した。
何らかの模様か、装飾。
大きな釦?

(チクビ)

「服の上から縫い付けられた、◉……?」
「絵ですよ、絵。素肌に描いてあるんです。今は勤務中なので制服の絵」
「……失礼だがご職業をお聞きしても?」
「上海の門衛、まあ詰まるところ魔幇から割り振られた下っ端の仕事です。
 街の治安維持と不審者の取り締まり、上海の平和は我々に懸かっているのです!」

机の下は幸いながら確認できない。
朗らかな不審者と同室で話し込むことになった女陰黄泉だが、彼からは害意を感じるようなことはなかった。
仕事に真摯で人柄のいい、少し特殊な趣味を持った人なのだろうと受け止める余裕が今の彼女には残っている。

「警察は普段一体何を……」
「彼らも彼らの仕事はしていますよ、ですが魔人の犯罪は立件が難しいことも多いですからね。
 既存の法では防ぎきれない侵害、まさに本件もそうでしたが、そういった案件を減らすためには、時に法に根差さない柔軟な正義が必要となるわけです」

門衛の誇りは本物だ。
偽りの制服もおろしたてのように輝いて見える。
女陰黄泉は男を見る目を改めた。

「これを今言うべきかどうか分からないが、私はこれまで魔幇というものはならず者達の群れだと考えていた。
 だが……」
「おっと、何も善なる人々の集まりだと、そのように考える必要はありませんよ。
 実際色々な人がいますし、私からすれば吐き気を催すようなクソ野郎が次々と出世しているのは事実です。
 でもね。良いことがしたい、この街でしか守られないものを守りたい、そう考える人もいる。
 私達の活動と志を知っていただけるだけでも、報われた気持になりますね」

「ところで話は変わりますが実は私、プライベートではアニメや漫画のキャラクターに扮していてですね。時たま無性に悲しくなるのですよ。
 私がなりきっているキャラクターは現実に存在しません。
 彼らと実際に会うことなどできないのだと考えると、ただ一人、不完全な似姿である私だけが現実の世界に取り残されたような、そんな気持ちになる夜があるのです」

雑居ビル四階に入った事務所を女陰黄泉はたった一人で後にした。
染みついた嫌な記憶など、できる限り早く忘れようと彼女は決心する。
僵尸としての肉体は本能にのみ従って動く。
直感には迷いがなく、途中で理性に従って修正を加えていけば、大きく間違えるということはない。
しかし直情傾向から来る判断の速さは、蜘蛛のように巣で待ち構える捕食者に対しては優秀な(エサ)となるだけだ。
少しでも過去の記憶を思い出し、人間性を涵養しなくてはならない。
それが結局は真の主人を発見する手掛かりにも繋がるだろうし、危機を遠ざける手段にもなる。

………

夜遅くまで続いた嬌態の疲労は目を覚ましても残っていた。
隣で目を覚ました自称""主人""は、今日一日は宿でゆっくりするべきだと提案した。
寝台で横になったまま、動画配信された映画を鑑賞することにしよう、と。
""主人""のタブレットを覗き込んだ女陰黄泉は『チェンジリング』というタイトルに惹かれた。
詳細もあらすじも覚えていないが、同じ監督が撮影した『ミリオンダラー・ベイビー』に心を動かされた生前の記憶がある。

物語が始まった。
シングルマザーの主人公は息子が行方不明になったため、警察に捜索願を出す。
警察は無事に息子を発見したと報告し、男児を一人連れてきた。
「ママ」と主人公に呼びかける男児は、息子ではなかった。
帰ってきた子供が別人だったと訴えても、周囲に聞く耳を持つ人はいない。
警察や知人は主人公がおかしくなったものとして扱うようになり……

救いが全く無いとは言わないが、通して薄暗く悲しみと理不尽に満ちていた。
画面を見つめ続けて感動したのは確かだ。
しかし、それとは別に女陰黄泉の奥深い部分が揺さぶられた。

「目が疲れたし寝直すか。ほら、隣に来いよ」

""主人""の目に何かいやらしいものを感じた。
真っ白な服を穢す染みのように、疑いが斑となる。

""主人""を発見した時、周囲には他の僵尸がいた。
僵尸でないのは、""主人""だけだった。
たったそれだけの理由で、自分は目の前の人間が主人であると確信したのだろうか。

どこか太極図を彷彿とさせる格好をしていたのが、道士を連想させたからだろうか。
白黒二色に固めたコーディネートなど他にも見てきたし、その時はスルーしたはずなのに?

そもそも全身太極図ファッションの道士など現実にいるのだろうか。

「ご主人様、僵尸の弱点についてはご存知ですよね」
「そりゃ勿論な」

""主人""の口から出たのは、女陰黄泉の身体部位だった。
もち米にも、呪符にも、桃木剣についても言及しない。

「なんだ、おねだりか?」

指をクネクネと動かす""主人""に抱きつく振りをした。
すかさずチョークスリーパーで意識を落とす。

⊕この人は主人のフリをした偽物
残念ながら、騙されていたようだ。

宿を出て警官の制服を着て巡回していた男に事情を説明した。
大勢の男達が雪崩れ込み、偽主人と別室に宿泊していた僵尸集団を運び出して行った。

その後改めて事務所で制服の男に事情を説明し、詐欺師の集団を魔幇の手に引き渡すことが正式に決まった。
窓口を担当していた男の話を信じるならば、奴らが女陰黄泉へ接近するようなことは二度とないだろう
記憶喪失を良いことに吹っかけてくるような相手には、今後気をつけなくてはなるまい。

しかし、魔幇門衛が最後に呟いた言葉は一体どういう意味があったのだろうか。

僵尸の格好をしたコスプレイヤーだと思われて仲間意識を持たれた?
確かに女陰黄泉に対して何らかのシンパシーを覚えたような口調ではあったが、彼が口にしたのは二次元のキャラクターに対する隔絶と孤絶だ。

女陰黄泉に開いた穴は、今もどこかに実在するはずの主人を見失った不甲斐なさと、焦り、困惑だ。
非実在人物と出会えない哀しみとイコールで結ばれるというのは、何か違う気がする。

考えてみれば彼は心根の善い人ではあったが変態でもあった。
ものの捉え方も特殊だったのかもしれず、あまり深く考える必要はない。
次こそは本当の主人を発見しよう。

女陰黄泉は行き交う人混みへと紛れ込んだ。

ーーー

お酒を嗜むのは久方ぶりです。

どうも、死神(シニガミチャン)です。

本日は私の師匠(?)である下山アンドロメダさんをお迎えした記念に、上海の観光スポットを巡りました。

彼女が遠い星から地球を訪ねてきたのはずっと昔のことではありますが、アダムスキー型円盤から降り立ったのはなんと今回が初めてだったそうです。

とても背が高く黒い翼を隠さず歩く師匠はとても目立ちますが、上海は寛容です。

私も翼と尻尾が隠しきれないことはありますが、ここに住まう人々は物珍しげな目で見てくるようなことはありません。
むしろ、私と同じ観光客の方が……

余計な話は止しましょう。
私は師匠の下山さんと、仕事もせずに遊び倒してやりました。
天国に行くという目標は捨てていません。
なので、借りているお金は今でも絶対に返すつもりです。
歓迎と感謝を師匠に伝えるため、そして一瞬でも天国と地獄のことを忘れられた喜び、そのための祝杯でした。

師匠の言う天狗道、Bルートなる道とは一体何なのでしょう。
私は最初に生まれてから今年で五十年になりますが、長い間十四歳の姿を保ち続けています。
返済が滞るか、何らかの形で二度目の死を迎えるか、全ての借金を返済するか。
このどれかを満たさない限りは十四歳として生き続けるというのが、私にかけられた呪い、そして祝福でした。

下山さん、いいえ、下山師匠は更に新たな道を私に示したのです。
借金を返す必要はなく、二度と死ぬこともない、天狗の道です。
十四歳として振る舞い続けてきた私ですから、同じ地球人の中では現状維持に長けているのは事実です。

ですが、遺伝的素養、文化的素養、生来の気質、そういったものが天狗にして堕天使にしてアルクトゥールス星人の師匠とは決定的に異なります。
象とアリに流れる時間が異なるように、師匠が徒歩で歩き通せる道というのはきっと私にとって、宇宙の端から端を歩くにも等しいのです。
師匠は私が疲れたならば伴走してくれる方です。
望むならば私を掴み上げて、どこまでも一緒に飛んでいってくれるでしょう。
それでも、天狗道というものに終わりがないのだとしたら。
私は足下を見ることもできず、高所を永遠に移動するだけの存在と成り果てることは間違いありません。

天国での生というものもまた、死後の永遠として言い表されることはあります。
しかし、個人の善意にぶら下がり続けることで保証される安逸に比べれば幾分か気楽であることでしょう。
師匠は先日、大好きだったはずのお爺さんと大喧嘩をしました。
もしも仮に私が師匠と仲違いするようなことがあれば……

暗いことを考えるのは止めです。
観光地としての上海の素晴らしさを語り、師匠の愉快さをこれでもかとアピールしましょう。
それと、お酒。
死神(シニガミチャン)としての身分証を使えば買えないことはありません。
購入する時に奇異な目を向けられるのは、翼や尻尾の比ではないのですが、本日訪れた奇勝ではそんなことを気にする必要もなかったのです。

大破した円盤の主要部品をトランクケースに収納した師匠を連れて、私達が最初に訪ねたのは魔幇博物館でした。
到着前に予想していたのは上海の歴史や文化を学べる洗練された学術的施設だったのですが、実際にはアミューズメント施設という趣です。
入場券を購入して門を抜けた直後、最初に私達を出迎えるのはモーパンザウルスの化石!
モーパンザウルスは巨大な肉食恐竜で、大絶滅前の生態系の最終捕食者としてユーラシア大陸東南部に生息していたそうです。
大絶滅によって食べるものが無くなった彼らは数を減らし、やがて一部の人間の祖先となりました。
今も上海に住む魔人の一部にその遺伝子を残しており、魔幇の大幹部と呼ばれるような強力な魔人はその末裔であるそうです。

はい、絶対に嘘ですね。
師匠はこの展示に目を輝かせていましたが。
パンモナイトという軟体生物は頭足類に近かったものが貝へと進化し、今も上海を彷徨っているというパネルの説明も都市伝説が過ぎて失笑ものでした。
楚国が秦王朝から鹵獲したアダマンタイト砲、仙人修行に用いられた粘菌カプセル、時代不明の蜃の貝塚、他にも色々……

言ってみれば博物館ではなく見世物小屋に近い施設だったのですが、師匠はご満悦。
自称天狗なので、河童のミイラが置いてあるタイプのスポットとは馴染みが深いのかもしれません。
博物館を出た私達はバスを乗り継ぎ、上海チーカワランドへと向かいました。

チーカワランドについてご存知でしょうか。
酒池肉林という殷の故事に倣ったように、酒の泉と肴のなる木で占められた、童話に出てくるような不思議な場所です。
間欠泉として湧き出していた温泉が魔人能力で酒に変わったと説明がありましたが、想像以上に広域の自然環境が飲食物の自然発生するパワースポットに変化していたことには驚かされます。

「この貝ヒモがレギュレーターハンドルだったら良かったのになあ……」

アルコール度数0%の天然ブドウジュースで酔っ払った師匠は、母星の食材について考えている様子でした。
私は久しぶりにお酒を飲みました。
五十年も生きてきたのです、味の良し悪しも多少は分かります。
上等な白酒を飲み放題、美味しいお菓子や肴を取り放題。
ある程度自分のことを知っている方と一緒にお酒を飲むのは、実のところ初めてで、それが何よりも嬉しくて飲み過ぎてしまいました。

宿へ帰るためのバスで車内放送が流れました。

「本日、上海で発生した殺傷事件は観測されているだけでも千件を超えています。
 観光客の皆様はくれぐれも安全に注意してください」

車窓からアスファルトに倒れている人が見えました。
眠っているのではなく、頭から血を流しています。
皆が気にせずに横を通り過ぎます。
私の乗ったバスからもすぐにその姿が見えなくなります。

身体のふらつきは残っているのに、楽しいお酒は抜けてしまいました。
私はいずれ天国に行かなくてはいけません。
現世が地獄になる様子を見逃し続けてもいいのでしょうか。
地上が地獄に変わるならば、天国も地獄に変わるのでしょうか。

《天狗道は地獄にはならないよ、その点に関しては約束しよう》

心の声が漏れていたようです。
師匠は隣の席で眠っているようでしたが、夢の中で話しかけてくれたのかもしれません。

目的のバス停に到着したので、師匠を担いで降車します。

足元に気を付けながら宿に向かう私でしたが、こめかみに冷たいものが突きつけられました。
目つきの鋭い男の人が、私の頭に拳銃を向けています。
今の私が死亡した場合、黒もっことの契約が今も有効に働いているならば地獄行き、師匠が妨害してくれているならば天狗道行き、でしょうか。

3. 下山アンドロメダは無害ゆえに無敵であり、決して誰もがきみを殺せない

師匠はこのような誓いを立てて下さいました。
これは、銃弾からも守って下さるということだったのでしょうか。
当の本人は酔っ払って眠っています。
銃に驚いた私が落としてしまったので、アスファルトに直寝ですが起きる様子はありません。

「悪いな嬢ちゃん、人質になってくれ」

男の人は私を抱きすくめ、背後に回り込みます。
昨晩の師匠よりもずっと乱暴です。
私は他の魔人よりも腕力や脚力では優れていますし、翼と尻尾も持っています。
男の人の油断を突くことができれば、倒すこともできるでしょう。
しかし至近距離での銃とは恐ろしいもので、その時の私には反抗しようという発想そのものが浮かばなかったのです。

『古物商の程(チェン)であるな』

暗くなった辻向こうから声が聞こえました。
小さな地鳴りも、同時に近づいてきます。

『安全を売るなどと息巻いて、安物の模造拳銃を押し売りに近い形で売り付けている。
 アコギな商売は流れに乗っているのに、さらにその上我が黄金を掠め取ろうというのか』

人影が見えました。
とても大きく、金色に輝いています。

『貴様のような不道徳者に慈悲は必要ない。疾く滅するべし』

青い美しい二つの瞳が、こちらを見据えていました。
三メートル以上の大きさはあるでしょう、金色の彫像です。

「うるせえ、こっちには人質が……ガボァ!!」

悲鳴と同時に私を押さえつける腕の力が弱まりました。
振り向くと、男の人は姿を消しています。
そこには赤い模様のついた透明な結晶が残されていました。

「うう、今何時? アークトゥルス星人の血中アルコール度数は常にany%だからね。酔ってる人とテレパシーするだけでも常人の数百倍は効率よく場良いできるってワケさ……」
師匠がナメクジのように私の所に這ってきました。
金色の像は私達のことをじっと見つめ、やがて背中を向けて歩いていきます。

「師匠、これからは私もお酒を控えます。もう一件、回りたい所があるので寄っても良いですか?」
「ほっほっほ……師匠がグデングデンのグーテンベルゲンなのにその提案、天狗道では八百点満点の弟子メントシップと言わざるを得ないね……
 飲酒飛行は犯罪だが今回は飲んでないので見逃してもらおう。
 さて、どこに行きたい我が弟子よ」

私は去っていく金色の像を追跡することにしました。
アークトゥルス星人がナントカ王朝のダイヤモンドであるのと同様、あの黄金像もまたそういった存在だったのでしょうか。
今見た様子では私たちで倒して換金する望みはあひません。
それでも、チラと見えたあの苛烈な制裁はこの世が地獄になるか、ならずに済むかを賭けるに十分なものではあったと思います。

私達は翼を広げ、上海の夜空へ飛び立ちました。

ーーー

時刻は深夜
上海蟹ランド
蟹天空塔最上階
会長室

両腕をハサミに変えた老爺が床に這いつくばっている。

「な、何奴か。魔幇蟹部門の頭で大幹部の俺に対するこの仕打ち、命の一つや二つで贖えると思うたか!?」

老爺の名は蟹導烙。
上海の食品流通と宣伝活動を統括する、蟹部門の支配者である。

「ああ、こんなに大きな爪を剥ぐのは初体験です。
 なんだか緊張してきました……」
「緊張する要素そこ? それにハサミは爪としてカウントしていいの?」
「一度茹でた方が良いのでしょうか。それとも、叩き割って中身を取り出した方が……」

老爺の背後で声をひそめて少女達が囁き合う。
ネイルアーティストの倒萩と、路覇タッカー。

天空塔会長室に侵入しようとする場合、通常であれば厳重なセキュリティをすり抜ける必要がある。
監視カメラによる個人識別システム、配下の目視による巡回、クリ、ハチ、馬糞、臼。
透明化や変装による偽装は看破され、武力による突入は数の力で圧殺される。

ロハ、倒萩はいかにして標的の喉元に至ったのか。
その秘密は会長室の地下にあった。
魔幇蟹部門大幹部、蟹導烙は部下や敵対者を蟹に貪り食わせることを趣味にしている。
自分の機嫌を損なう者があれば部屋に呼びつけ、床を装着で開閉させ、犠牲者が巨大水槽に落ちていく様子を見て愉しんでいたのだ。

二人は巨大水槽から会長室へと直接侵入した。
水槽に飼われたカニは会長に対しては従順だが、同じカニ仲間も空腹になれば共食いするほど獰猛な存在だ。
いわんや人間をや。
蟹導烙本人の部屋が厳重に外から守られているように、カニ達も脱出に配慮した水槽で飼育されている。
万が一落ちても襲われることがない部屋の主が住む、会長室だけが人の通れる唯一の直通路だ。

壁に掴まる場所はない。
会長室は天空塔の最上階、水槽の底から見上げれば雲の上にあるも同然である。
獰猛な生物の巣に入り込むというただのそれだけでも、本来ならば自殺行為なのだ。

しかし前漢の暗殺者には、家の主人が眠る二階に接近するため、厠の出口に繋がっていた豚舎から屋内へ侵入した事例もある。
古くの例に倣い彼女達は実際にやり遂げた。

上記した通りカニが逃走しないように水槽の設備は作り込まれている。
水や空気の配管、掃除のための通路は清潔で危険は少ない。
ロハはまず水槽に入るまでの経路を提案した。
倒萩は襲いかかるカニを無力化し、壁をただひたすらに登る道を作るだけでよかった。
万全の守備が尽くされていたはずの城は、たった二人の魔人能力により一晩の内に落ちた。

蟹導烙の腕が人間のものに戻る。
剥き方について考え込んでいた倒萩は、見慣れた形の手を見て残念そうな様子を見せた。

「俺のことを殺す気はないようだな。誰の私兵だ、金ならばある。雇い主を吐くならば、そいつの提案した十倍の額を支払ってやる、どうだ」
「とても、魅力的な提案ですね。もっとも私は芸術家。
 お金で動いているつもりはないのです」

老爺の無骨な人差し指が掴まれ、ザラザラとした石に伸びた爪の先が押し当てられた。
押し付ける力は強まり、爪先が歪に曲がり潰れる。
ヒビが入り捲れ上がり爪甲は白く血色を失った後紫となりグラグラと不安定になる。
一思いに剥ぎ取ると、小さな泡のように湧く血が濡れた肉の表面に球を作る。

「あああっ……!! 許さぬ、許さぬぞ……!! 
 貴様らはすり身にしてカニカマの原料にしてくれよう!!」
「怒りは痛みを抑えてくれる。流石に裏社会で長く生きてきたあなたは、そのことをよくご存知なのでしょう。
 ですが、私の制作はそのような逃避を排除する所から始まります。
 怒りとは、折り畳まれた記憶の癖で思考を描くキャンパスの皺。
 過去の体験を通じた行動様式のパターン化と自動化が、あなたを現在から過去へと逃避させ思考を放棄させる。
 ですが、私の声と言葉があなたを今この時にまで引き戻し、怒りの上からこの時間を塗り潰すのです。
 まずは右手の人差し指でしたが、残るは十九枚、まだまだ夜は長いですよ」

蟹導烙の魔人能力『カーシニゼーション』は触れたものをカニに変えて強化し、操作下に置く。
手を床に押さえつけられていたとしても、床そのものをカニの大群に変えて敵にけしかけることができる。
本来ならば。
今回、生まれたカニはすぐさま泥に変わりまともに動くことはない。
同じ物体変造の能力としてはゼロ距離で発動する『搔撫』の方が速い。
ならばと彼は自身をカニに変えて逃げようとしたのが冒頭だったが、胸部の鰓を固められては命に関わる。
この手も断念する他なかった。

本来であれば蟹導烙には上海蟹ランド全域を一体の巨大カニか、あるいは小ガニの大群に変化させる奥義も存在する。
しかし室外との接続は泥に阻まれていて上手くいかなかった。
最後に残された手はこの拷問者本人をカニに変えることだ。
彼は人差し指の痛みに耐えながらも、機を待った。

自称芸術家の小娘は厄介なことに手袋をしていた。
まずは手袋の一部を子ガニへと変える必要がある。
子ガニに命じて手袋を切り裂けば、中身を露出させることができる。
肌さえ見せればこちらのもの、指を握り込めば此奴はカニとなり、拘束は緩まるはずだ。

迷いながらも老爺の左手中指を掴んだ倒萩、その手袋がザワザワと蠢き崩れ落ちた。

「油断したな! これで終わりだ!!」

蟹導烙が掴んだ指は冷たく、硬い物だった。
見下ろす少女の目が円な黒球となって飛び出すことも、口から泡を吹くこともない。
彼女の指先から、小さな生き物がポロリと落ちる。
即座にそれは踏み潰され、床に広がる泥の一部となった。

「ええ、油断していました。いけませんね、こんなことでは」

老爺の手は緩い泥に漬けられ、直接の接触は今度こそ阻まれた。
彼の希望は、今度こそ潰えたのである。


ーーー

「徐為……爬・巳・狸・魔都から得られた情報によれば、破幇のために倒すべき魔幇幹部は上海蟹ランドと上海市立魔幇博物館にいる」

張三は林希美、ロハ、倒萩の三名へと説明する。

災害が過ぎ去った後のように壊れ切った上海咖喱乐园は、たった一日で嘘のように綺麗に修復された。
『飢鬼』を代表する身体強化魔人が瓦礫を撤去、『堪輿万国全覧御宇基図』の設計図に沿って『搔撫』『鉄杵』などの物体変化能力で普請を行うことで、平屋建ての建物は短時間の内に新しく生まれ変わったのだ。

「魔人能力を活用した互助組織としての魔幇も、こういった活動で信用を得たものだ」と張三は懐かしむ。

ロハは張三から説明を受け、戸籍を偽造することは諦めた。
この施設が六部殺しの村に成り下がったのは、上海を仕切る権力が適切な富の分配と悪行への処罰を怠ったためである、と張三は指摘する。
徐為やカリーに天誅を下しても、上海咖喱乐园は別の幹部が自らの私欲を満たすために何度でも搾取構造を築き上げようとするはずだ。

同様の状況が、上海全土に拡大している。
革命に近い形であっても権力基盤を安定させること。
乱世に幕を引き、上海市民が真っ当な暮らしをするためにはそれ以外に方法がない。

破幇の主張、上海の新生にロハは乗った。
彼女を誘拐した者達は現在ロハが宝の地図を持っている噂程度の嫌がらせしかして来ないが、いずれは日本の家族や友人にまで手出しをするかもしれない。
ただ自分が帰るだけでは防ぐことができない。
ケチな国際犯罪者達と対等にやり合うためには、後ろ盾となる力が必要だ。
それも、現在の搾取構造に頼った不安定な魔幇ではいけない。
人に寄り添い、不正義、不平等と闘うことのできる大きな組織が必要だ。

張三は続けた。
「上海蟹ランド、ここの首魁である蟹導烙は魔幇幹部としては特に厄介な奴でな。
 無機物有機物を問わず奴に忠実な生物に変え、敵対者を攻撃させる。
 それどころか、奴は他人の身体の一部を『蟲』と呼ばれる寄生生物に変える。
 宿主の命を質にすることで本人や関係者の意思を捻じ曲げるから、迂闊に手出しすれば余計な犠牲が出る」

「私がやりましょう。
 私の真髄は先制での奇襲にあります。
 ロハさんと一緒ならば、大抵の場所で通用すると思いますよ」

倒萩も破幇への協力には積極的だった。
報復に対する報復が敵からの攻撃を抑制するのは、十分な脅威を伝えられる相手にしか成り立たない。

ネイルアーティストの名前は国内ならばまだしも、国際的な攻撃にも通用するものではない。

破幇同盟二人の突破力は脅威的だが、無限に兵力を生産する蟹導烙の喉元に刃を届かせることは難しい。
ロハと倒萩は蟹導烙への攻撃を請け負った。

徐為は食材や業者に関する目利きを、カリーはレシピの開発と調理技術を、貧民街の住人へと引き継いでいる。
魔都に新しい風が吹き始めた。

ーーー

人々を襲うパンダやイルカ、飢えた犬。
大きな音を立てて獣を追い払う魔幇構成員。
女陰黄泉は主人を探す中でその様子を目撃した。

「こんなもんだ」

野犬の尻に突き込まれた拳が引き出されると、獰猛な爪や瞳、嘴が体の繋がった犬と取っ組み合いを始める。
陰陽魚のように絡み合いもつれ合う獣達はやがて互いに血を流して力を失った。
数匹の犬やパンダが凄惨な形の最期を迎えると、残された獣達はやがて人の脅威に気がつく。
パンダ、イルカ、飢えた犬はすごすごと山へと帰っていった。

「無事かい、美しいレディー」

両手が獣の血に塗れた男が、女陰黄泉に話しかける。

「獣が恐ろしくはないのか」
「魔幇には街を守る責任がある。
 それに魔人の戦闘力は、本来人に向けるよりもこういった形で使うべきではないだろうか」
「立派なことを言うものだな」
「レディー、君も俺と同類の香りがする。
 君は*によく似ている」
「花に似ていると言われるのは初めてだ」
「*は花を指している訳ではないが……まあ、そういうことにしておこう」

女陰黄泉は獣害の現場を去る。
警察に扮した門衛の同様、何か引っ掛かる話をされた気がする。

「お母さん」

探索中、彼女に声をかける子供の声があった。
失われた記憶が疼く。
子供は顔を確認して頭を下げると駆け去っていった。

⚫︎

黒くて深い穴が女陰黄泉の足下に広がっていく。
黒い、穴。

ーーー

この先プロットを文章に直しきれなかったので展開のダイジェストになります、大変申し訳ない

ロハ、倒萩は蟹導烙が所有していた血赤色のサンゴを主材料にした大きな宝玉を持ち、ある場所へ向かった。
その宝玉は本来、魔幇が吸収した宗教組織『魔幣』で大事にされていた秘宝だった。
宗教組織の首領『首羅』が実権を魔幇に譲った際、秘宝や人員は全て魔幇の管理下に入ったのである。
『首羅』はただ一人、魔幇の傘下には入らず魔幣本来の本拠地に今も暮らしていると言う。
元戦闘員だったカリー・魔幣から大体の場所を聞き出し、二人は秘宝変換に向かった。

「それで、何故魔幇に渡した秘宝をお前達が持っている」

マントに身を隠した『首羅』はロハと倒萩を訝しむ。

「今の魔幇は見ての通りダメなので、一旦立て直そうと思っています。その際に魔幣の力も借りたくて」
というように弁解するロハ。

「お前達は余所者だろう。話に聞く破幇同盟も、果たして本当に上海を良い街に変えるつもりがあるのかどうか。結局は大都市を支配したという結果が欲しいだけのハイエナではないのか」
「たしかに名声は欲しいけど、まずは人々の暮らしを守りたいと思っています」
「魔幇も初めはそう言ったな」

『貴様達を試してやる』
黄金像、幸太子登場。
古くからの上海を知る幸太子と『首羅』は、お互いにとって数少ない話し相手だった。

「上海を知れ。堕落した魔幇の初志を知れ。それでも同じセリフを履き続けるならば、話を聞いてやってもいい」

「諦めるか、膝を折るか。貴様達が腑抜けに過ぎないと分かったならば、口が過ぎた咎で我らが裁く。
 そうだな、現在追われている秘宝についてその真価を調べて伝えに来い。『首羅』はこの建物の最奥に待機していよう』

黄金像に追われながら建造物内の石碑や宝物を見て上海の歴史を学ぶロハ、倒萩。
途中で黄金像を追ってきた天狗師弟に合流。

ーーー

上海は中国王朝の中心となった華北とは異なる、江南の影響を多く受ける地域である。
南方からそう離れていない臨安は十三世紀ごろから国の首都以上に栄えていたし、上海そのものも市鎮と呼ばれる自治形態を作り、余剰生産物だけで商売をする他地域よりも発達した商流を見せた。
明や清の王朝は他所の権力に巻き取られないよう、また地方が力を持ち過ぎないように外国との貿易には制限をかけていたが、数少ない貿易港も臨安、杭州に存在していたため周辺の繁栄は大変なもの、江南、長江下流域は様々な地域から人が押し寄せる場所だった。
アヘン戦争、アロー戦争、日清戦争……度重なる戦争に巻き込まれ、上海は新たな窓口として貿易港を開き、外国人滞在地として租界を開く。
清王朝の支配が弱まり、魔幣など様々な宗教組織が暴動を引き起こしたために本来ならば外国人専用に作られた租界に中国人も避難を始めた。
上海という都市は様々な人の集まりによって栄えたが、そこには大きな格差が生まれて行った。
魔幇は生活基盤のない貧民、身寄りのない流民、国籍を問わない難民を吸収していく。
魔人能力を生活の資源とし、外国や中国王朝の権力に対するカウンターとしても扱った魔幇は国際的にも無視できる勢力ではなかった。
しかし、異なるルーツのものが集まったことや戦火への脅威などは組織内でも摩擦を生み出す。
そこで開催されたのが上海大賽だった。
様々なルーツの持ち主達が代表を立て、力によって優劣を競う。
魔幇首領は華があり、力があり、マイクパフォーマンスも上手かった。
その人の存在が上海住民にただ一つの権力が座すという事実を認めさせ、ルーツの異なる者同士が同化することなく共存する文化を築く礎となった。
首領を殴りに来たかったら大会に出場しろ、という手っ取り早い話に皆が夢中になり、負けた者は復讐を企てる前にその魅力に絡め取られた。
『首羅』も首領に敗北し、自身が握っていた実権と秘宝を手放したのだ。

しかしある時から首領は欠場することが増え、大会は単なる武術大会以上の意味を失っていく。
喧嘩においてはNo.2の長庚も、暗殺未遂事件に巻き込まれて組織を去る。
既に上海は魔幇の街であったため、他の組織によって大会が荒らされることはなかったが、その意義は気付けば見失われていた。

ーーー

女陰黄泉は思い出した。
彼女は我が子を失った母親だった。
父親に逃げられた子を産もうと周囲を説得したが、結果として死産。
自分だけでもこの世に生まれたことを祝福しようと決めていたのに、絶望は大きかった。
結局彼女は我が子を悼むことも弔うこともできず、邪道に走って子供を蘇生しようと試みる。
付け焼き刃の道術で子供が蘇ることはない。
道士の不在を嘆いた彼女は心を壊し、自らが道士に作られた僵尸だといつしか信じるようになった。

その女は死を生む穴。
生を育む太陽とは真逆、太陰を股座に持つ。
女陰
黄泉
⚫︎
大陰府

死の国に通じ、現世の理を否定する

ーーー

黄金像を倒しながら進むロハ倒萩と天狗師弟。
施設最奥で対面したのは女陰黄泉に取り憑いた『首羅』だった。
『首羅』は既に死んでいた。
この施設は上海に死んだ人々を弔うための陵墓だったのだ。
決戦が始まる。

なんやかんややってBルート×2勝利

下山師匠提案
「死者や歴史を顧みるため、ここに新たな宗教を立ち上げよう」

彼女は大死神を名乗り、弟子に小死神を名乗るように伝える。
ジャイアントパンダ&レッサーパンダ同様の命名法
死神の死因はヘイハイズではなかった。
ヘイハイズは戸籍の無い生者の呼称だから、堕胎されて悪霊にはならない。
黒もっこは地獄と天国の実在を示す何か、ということに道中気づいたようなエピソードがどこかに入る。

女陰黄泉が正しく子を悼むため、彼女は第一の信徒となって黒もっこ解明のために尽くすように決める。
そして、上海の歴史を背負い、新たな正義を行う新しい拠点として。
『大死神天狗教』は道中協力関係にあったロハ、倒萩と手を組み、上海の健全化に挑むのである。

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