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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

ハートビート・ハードネステンデイズ

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dangerousss_shanghai

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 銅鑼の音が響く。
 花火が上がり、爆竹が弾ける。
 赤と金で彩られた獅子舞。
 太鼓を抱えて歩く者がいる。
 笛を鳴らして跳ねる者がいる。

 人ごみの中をパレードが進む。

 どこからか二胡の音が聞こえる。
 掲げられた旗には魔の文字が染め抜かれている。
 飾られた提灯には福の文字が浮かび上がっている。
 ぐねぐねと踊りながら玩龍灯が進む。

 昼夜を問わない百年節は既に始まっている。
 伝統に彩られた変面師の隊列をネオン光が妖しく照らす。
 どこか不穏な混沌の中の、それは確かに歓喜と熱狂の祝祭だった。

 解決屋。マフィア。観光客。魔幇。
 群衆の中の一人一人が殺気立ち、浮かれてもいた。
 吹き抜ける冷たい風も、一帯に漂う甘く熱い空気を飛ばし切りはしない。

 清王朝のダイヤ。

 それを手に入れるのは自分だと信じている者たち。
 それが魔幇の头目の下に帰るのだと、諦めながらも安堵する者たち。

 演じる役割に違いはあれど、それぞれが欠かすことのできない魔都上海の一欠片。

 この物語もその断片。
 一人の騎士が歩んだ日々。
 十日間の夜の物語だ。

<第一夜>

 旧フランス租界。

 そう呼ばれる一帯のとある廃墟から、一人の騎士が旅立った。
 そこに居続けても不毛な戦いが続くだけ。
 しかしどこに行けば平穏を手に入れることができるのか。
 当てのない道行き。

 武を楽しむ狐。一心同体の復讐者。
 それはまだ彼らと出会う前、始まりの夜のことだった。

 「綺麗だね」

 ロハは何の気なしにそう口にした。
 路覇タッカー、本名 露波タッカー。
 ストライプのシャツとサスペンダー。
 男装という程でもない、中性的な印象の少女。

「ロハさんはああいったものを美しいと思われますか?」

 もう一人の少女には尾が生えていた。
 鋼線を捩じり束ねたような、その先端が筆先のように広がっている。
 パレードや乱痴気騒ぎを楽しむ仮装とは無関係の、魔人として備わった異形である。
 肩より上で短く切られた髪。
 カジュアルな服装と、シックな手袋。
 黒い革手袋は彼女の生業に耐えうる実用品でありながら、美的なこだわりも感じさせる代物だ。

「なにを美しいと思うのかは人それぞれ。さらに言うなら、一人の人間が『美しい』と言葉を口にする時、常に同じ印象を受けているわけではありませんよね」

 ネイルアーティスト、倒萩はそういったものに一家言あるらしかった。

「芸能とは芸術と技能であり、芸術とは技芸と学術です。両者の境界は曖昧ですし、双方にまたがる物も存在します。遥か昔に作られた作品その物の美しさを感じるアートもありますし、芸術家が作品を制作する時間を鑑賞者と共有するアートもあります。作品、製作者、技術。それぞれに向けられる視線は異なるものではありますが、それぞれの要素は完全に切り離される物でもありません。製作者の意図が鑑賞者に完全に伝わるということは非常に稀有ですが、しかし全く鑑賞者に影響を与えないということもないのではないでしょうか」

 話が長くなりそうだ。ロハはそう思いながらも止めはしない。
 急いでどこかに行く必要はない。
『堪輿万国全覧御宇基図』を用いて無人の安全地帯に潜む方針ではあるが、その前段階として追手を撒く必要がある。
 匂い、足跡、目撃情報。移動の痕跡を消し去る最も簡単な方法は雑踏に紛れることだ。

 上海では倒萩の異形も目立つものではない。
 今はただの観光客らしく道端で足を止めることが無難。
 曲がりなりにもエージェントとして教育を受けたロハと、より多くの場数を踏んできた倒萩の、それが共通の見解だった。

 無論、仮に追いつかれてしまったとすれば。
 相応の対処をする必要があり、それができるというのも前提ではあるが。

「貴君、少しよろしいか」

 倒萩に向けられた、その奇妙な音声を耳にした瞬間、身を守る構えができたのは上出来だと言っていいだろう。
 先手を打って攻撃をする、ということを実行しなかったのも正解だった。

 人の声にしては非生物的な、楽器に例えるに気味の悪い、しかし確かに言葉として意味を持った声。
 声の主は奇妙な色彩の鎧の騎士。
 なんらかの仮装だろうか。
 例えば。

「クラム・ハードシェル?」

 呟いたロハに騎士が向き直る。
 上海で過ごした日々の中、ロハはその怪談を聞いたことがあった。

 財宝の守り人の居場所を示す地図を作れと、そう言われたことがある。
 その時はそんなことができる能力ではない、と突っぱねた。

 その怪談に語られる通りの姿である。
 本物か、成りきりか。
 あるいは魔人の自己顕示欲がそういった格好をさせたものか。

 敵意は感じ取れないものの、危険がないと言い切ることはとてもできない。

「然り。ソレガシの名はクラム・ハードシェル」

 騎士は簡潔にそう名乗り、再び倒萩に視線を向ける。
 バイザーの隙間から覗く暗闇は、視線と呼ぶにはあまりにも空虚ではあるが。

「通りがかりに偶然貴君の言葉が耳に入った。興味深い話だ。貴君に聞きたいのだが、芸術や芸能とは異なる、人の手に寄らないものの美しさについてはどう思われるか。なぜ、それを目にして美しいと思うのだろうか」

「人の手に寄らないもの、というと自然物でしょうか。カワセミの羽根、牡丹の花、雄大な泰山などというような」

 倒萩が話に付き合う姿勢を見せたことでロハは安堵し、また気を引き締める。 
 倒萩から見ても戦うべきではないらしい。しかし倒萩が会話をするのなら、注意を向けられていない自分が相手を観察するべきだろう、と。

「その場合、製作者の意図というものがありません。それらを美しいと感じるのはそれらを見る側の感覚によって生じる事象ですね」

「感覚というと、心か」

「心、感性、価値観。そういったものは人生に深く刻まれた記憶と共に養われる物です。そして心を打つ、琴線に触れるなにかとの出会いが再び心に影響を与える。そういったことの繰り返しです。それまでは価値を感じられなかったものをある瞬間から素晴らしいと思えたり、その逆も起こり得るでしょう」

「移り変わるものなのだな。そう考えれば心とは恐ろしいものだ」

「恐ろしい。それもまた深く刻まれる感情ですね」

 倒萩はそれを肯定的に捉えているらしかった。
 常と変わらぬ声。
 優しく囁くようで、弱々しくはなく。
 理性的でいながら、冷たくはない。

 その声の響きは美しく、快い。
 口に出しはしないが、ロハはそう感じている。

「なるほど。参考になった。礼が必要か」

 騎士は何事か考え込んでいた様子だったが、やがて会話を打ち切るようにそう言った。

 彼は腰に括りつけた小汚い何かに手を伸ばした。

「これで謝礼になるだろうか」

「いえ、これは。お気持ちだけで十分です。受け取れません」

 中身を取り出すでもなく、丸ごと騎士が差し出そうとしたそれは、古びた財布らしかった。
 赤黒い物がこびりついている。
 どこが出どころかわかったものではない。
 受け取れば不要なトラブルの元にもなりそうな、そんな物だ。

「そうか」

 礼にかこつけて処分したかったというわけでもないのか、騎士はあっさりと引き下がった。

「では、気持ちを。ソレガシのような者とまともに話してくれたこと。改めて感謝する」

 まじめくさってそう言った。
 実際、倒萩もロハも言葉以上の礼を受け取るようなことはしていない。

「では、ソレガシはこれにて」

「ああ、クラムさん。私からも一つ尋ねてよろしいでしょうか」

「なにか」

「クラムさんにはこのパレードが美しいと思えないのですね?」

「ああ、それもわかるか」

「海を見に行ってはいかがでしょうか」

「海を」

「クラムさんにはそれが似つかわしいように思えます」

「なるほど。重ね重ね、感謝する。ソレガシからももう一つ。貴君らの名を伺いたい」

「倒萩と申します。こちらはロハさん」

「倒萩殿、ロハ殿。ソレガシにとっては価値のある出会いだった。では、こう言うべきかはわからぬのだが――ご武運を」

 それきり。

 ぐわん、ぐわん、と足音を鳴らし。
 今度こそ騎士は人ごみへと消えて行った。

 言葉を交わした倒萩やロハから見てもどうにも現実感の薄い姿だった。

 道行く人々は彼をただの仮装と思うのだろうか。
 それとも見間違い、幻覚だと笑うだろうか。

「ご武運か。戦うように見えたのかな」

「案外、単に彼自身が騎士だからかもしれませんよ」

 穏便な邂逅だった。

 お互いの事情に踏み込むようなことがあれば、そうはならなかっただろうか。
 ロハが依頼料を支払うためにダイヤを求めているとか。
 クラムが清王朝のダイヤではないが金にはなる、ただのダイヤを持っているとか。
 どちらもそのようなことを口にはしなかった。

 この夜はとても穏やかな夜だった。

<第二夜>

 その日、一人の騎士は海の見える埠頭へと向かった。
 不意の出会いから戦いが始まった日だ。
 海へと落ち、下水へと流れ、そして上海蟹ランドへ。
 陽が落ちて、星明りの下で戦いを終えた後、疲れを知らず眠ることもない彼は一人上海を彷徨っていた。
 星の綺麗な夜のことだった。

 星期四(もくようび)でもなく星期五(きんようび)でもない。なんということもない日の夜だ。
 日付が変わるにはまだ猶予があり、夕食を食べるには遅すぎる。そんな時間ではあるけれど。
 贫民窟(スラム)のガキが裏のゴミ捨て場を縄張りにでもしていそうな、なにもない、特徴のないカレー屋は、まだ調理場の火を落としてはいなかった。

 店内のカウンターには風変わりな客が仲良く並んで座っている。

「明日歩さん、僕たちこの店に入って良かったんでしょうか?」

「当たり前じゃない。うんことカレーは切っても切れない関係だもの。むしろ挨拶周りにうんこを配り歩くべきなのよ」

「いや絶対ダメでしょ!?」

 斎藤和夫とキュアアースホールこと茶山明日歩である。
 別にこの二人は言うほど仲良くなかった。ただのボケとツッコミである。

「あー、二人とも、声の大きさと内容は気をつけた方がいーよ」

「お店や他のお客さんに迷惑になるプ」

 年長者らしくたしなめるのは元暴食の魔法少女キュアイーターことギャラハッド・ソネット。
 便乗して常識人ぶっているのはうんこの妖精シニョ~である。

「すみませんギャラハッド先輩。ブリキュアの先輩に会うのは初めてで興奮を抑えきれません。記念にサインをもらっていいでしょうか? 先輩のお仲間の方にも」

「私なんかのサインでよければいくらでも」

 ギャラハッドはそう言いながらも差し出されたシニョ~にサインペンを走らせる。

「お仲間つってもオイラは魔法少女じゃないぜ。こいつも少女じゃなくてオカマだしな」

 その隣に座るダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)も気前よくサインした。
 茶色と黄色の毛並みに油性ペンの黒文字がほのかに光を反射した。

「迷惑というならば、食事を摂らないソレガシが席を一つ埋めるのも迷惑であろうか」

「まー今は空いてるし大丈夫じゃない?」

「そういうものか」

 クラム・ハードシェルはカレーを食べることもなくその一団の端に加わっていた。
 本来、彼一人であればカレー屋に立ち入ることはなかったであろう。
 無論、店に入った目的はカレーではない。

 通りがかったところ、ガラスの壁越しに彼は決して看過できないものを見た。

 全身がダイヤモンドでできた人間。
 ダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)と彼が見る貴婦人は全くの別物だ。
 しかしこのような人物が実在するということを彼が無視することはできなかった。

 クラム・ハードシェルは衝動的に入店し、その一団に話しかけた。

 異様な集団であったが幻覚ではなかった。

 では、もしかしたら。

 彼が知る貴婦人も、あるいは全くの幻想ではなく、元となった存在がいた。そういう可能性もあるのだろうか。

 その小さな可能性に気づき、彼は身を震わせた。

 ギャラハッドはその様子を気づかわし気に見ていたが、彼にもまたそれ以上に捨て置けないことがあった。

「それにしてもダイさんはいつ帰ったんですか? 謎の光の中に消えちゃったからびっくりしたんですよ。ダイさんなら大丈夫だろうとは思ってましたけど」

「おー、オイラそれを説明しようと思ってたんだった。ちょっと長くてややこしい話になるけど聞いてくれよな」

 かくかくしかじか。

「はー、時を司る『何か』と接触してブリリアントな力を得たんですか。それでダイさん自身はもう何日も前から上海に戻っていたと」
「ブリブリなんですね。憧れます」

 あまりにも荒唐無稽な話にギャラハッドも半信半疑だ。

「過去のオイラと顔を合わせても混乱させるだろうからな。身を隠してたわけだ。でもそうは思わないオイラもいるみたいでよー」

「えっ他にもダイさんがいるんです?」

「ああ。どうも今の上海は複数の歴史が重なってる状態になってるみたいだぜ。オイラとは違うジュエル星人生を歩んだオイラとは別の考え方をするオイラが何人かいるんだ」

「ダイさんは海圻のプロローグにも登場しているわね。ボスNPC一覧の中にはダイヤネキとかソウ・スーケモンドもいるけどこっちは別人かしら」

 明日歩はスマホでダンゲロスSS上海wikiを確認した。

「このSSも最後まで読んだけどその辺のキャラは登場しないわ。遭遇する心配はなさそうです」

「おっそいつはいい知らせだな。オイラ時間関連のことがちょっとわかるようにはなったけど自分の未来がわかるわけじゃないからな」

「それ僕達が見ていいやつなの!?」

 和夫は第一回戦の鬱憤を晴らすようにツッコミを入れた。

「見ちゃいけないページがあればGKが閲覧不可にしてるわよ。イチャモンをつけるやつがいたら私が返り討ちにするわ」

「返り討ちってまさか」

「必殺、プープダイナ「ダメダメダメ!」

「なによ。中途半端なところで止めるから金魚の糞みたいに垂れ下がっちゃったじゃない」

 ステッキから出かかった物がキレの悪い感じに残っていた。

「今出す必要なかったでしょ!?」

「必殺、プープダイナ「だからダメですって!」

「イチャモンをつけたら返り討ちにするって言ったじゃない。ほら、また中途半端なところで止めるから和夫みたいになっちゃったわ」 

「イチャモンじゃないですよ! あと僕のこと金魚の糞って思ってるんですか!?」

「二人共、そのくらいで……」

 ギャラハッドは店を追い出されないかヒヤヒヤしている。というか色々賠償する必要があるのではないか。
 カレー代はおごるつもりだったがその他のことは勘弁してい欲しい。
 wiki云々につては半信半疑なのでスルーだ。

「ギャル曽根も他人事じゃないぞ。オイラはともかく清王朝のダイヤも複数現れたみてーだ。ギャル曽根の先祖が言っていた通りにデマだった歴史と別の由来を持ったダイヤが実在した歴史が混ざってる。実際にダイヤを手に入れたやつもいるって話だ。それでも戦いを止めるのかよ」

「えっ? そりゃー止めますよ。先祖のやらかしの責任を取るって考えでいたけれど、そうでなくても上海全土を巻き込んだ争いなんて馬鹿馬鹿しいでしょ」

「そのつもりなら覚悟を試すために戦ってやる……ってわけにもいかねーんだよな。ブリリアントな力と一緒にドラゴンタイプが付いちまったからフェアリーと契約していたお前たちにはだいぶ不利なんだわ。ま、普通に応援してるぜ」

「ああ、ダイさんはチンチンマンの依頼がありますもんね。結局別行動か」

「そうそう、カレーを食うためにもちゃんと仕事をしないとな。と、オイラの話はそれくらいだな。そろそろカレーを食うのに集中させてもらうぜ」

 そうしてダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)はようやくカレーに手を付け始めた。
 こうなっては人から呼びかけられても気が付かない。

「確かに食べている」

 クラム・ハードシェルはその姿をまじまじと見つめた。

「アンタ、ダイさんに用事があるんだっけ?」

「……ソレガシはとある貴婦人を守るために戦う者。こちらの御仁は少しだけあの方に似ているのだ」

「ここで言ってるやつね」

 明日歩はギャラハッドとクラムにスマホを向けた。
 画面に映るのはwikiではない。
 動画だ。
 撮影者は慌てていたらしく映像のブレがひどい。
 夕刻に撮影したのだろう。橙色の光が差してはいるが、暗さも相まって非常に見づらいものだ。

『人々よ。ソレガシの行いを通して我が貴婦人の絶美を知るがよい。これなる騎士を遣わした者はいかなる氷肌玉骨であろうかと』

 それはまさにこの日、クラム・ハードシェルが上海蟹ランドに現れた瞬間だった。
 逃げる最中の観光客が咄嗟に記録したらしかった。
 映像はそこで途切れ、その後の戦いは映っていなかったが。

「貴婦人を守る、か。一緒に行動しているわけではないの?」

「誰にも触れられぬ所におわすのだ。余人がお目にかかることもない。ソレガシとて次に拝謁する機会がいつかはわからぬ」

 悲しさ、寂しさ、不安。
 騎士の発する奇妙な声にそのような感情が滲んでいた。

「アンタもいろいろありそうね。まあカレー食べて元気だしな……って食べないって言ってたか。ダイエット中?」

「ソレガシは人ではない。そもそも食事は不要だ」

「ふーん。それもなんだか味気ないね。貴婦人て人もアンタと同じ?」

「物を食べないという点は同じだが。貴君らが人間同士であるような、同族と言える存在であるかはわからぬ」

 クラムも貴婦人も幻覚である。
 だが貴婦人が言葉を発するということはない。心があると思われない。
 その点に関してはクラムこそが異質なのだが。

 クラムの視線の先でダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)は一心不乱にカレーを食べ続けている。
 茶山とシニョ~も食事に集中していた。
 和夫も気まずそうにしながら食べていた。

「ひひふふほほはいは」

 いや茶山は集中していない。
 食べながら話しかけてきた。
 口からいろいろ飛んでいる。

「飲み込んでから喋りなよ」

「すみません。先輩、カレーが美味しいです」

「カレーの感想言ってたの!?」

 飲み込んで喋り始めればそれはそれでうるさい二人だ。

「クラムさん、あなたは確かに人間ではないし、同族もいない。生まれついてのミソッカスなのかもしれない。でもね、これを見て」

 再びスマホの画面を向けた。映っているのは映像ではなく、なんらかの文字列だった。

「『食い物は命を繋ぐのだろう』未来のあなたの言葉よ」

「あの、それも見せていいやつですか?」

 ダンゲロスSS上海第二回戦、ハルシネーション・ハンドシェイクの一節である。

「あなた自身が食事を摂らなくても、食事とうんこには意味があることを知っている。少なくともあなたは人間のことを知っているし、人間に合わせた振る舞いができる。あなたより変態な魔人はいくらでもいるし、心は私たち人間に近いわ」

「ソレガシが貴君らに近いと?」

「そうよ」

「それは、嫌だな……」

「ふふっ」

 クラム・ハードシェルの声には確かに感情が籠っている。
 ギャラハッドはそれがなんだかおかしくて、つい笑ってしまっていた。

「いい感じに収まりそうだしここらでスッキリしましょうか」

 茶山も穏やかな笑みを浮かべてステッキを構えた。
 和夫は焦った様子で椅子から腰を浮かせた。

「いやちょっと待っ」

「必殺、プープダイナマイトォォ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああ!!」

 なんだか非現実的な、魔法のような夜だった。


 客の去ったカレー屋で一人の人間が後始末をしていた。
 店主ではない。
 なにもない女は掃除屋を無感動に見つめている。
 あるいは、わずかな憐憫が込められていただろうか。

「四天王の一人が汚れ仕事カ」

 その男は言葉を返さない。
 その口からは旋律が流れる。

Hey diddle,diddle…♪

 その男が汚物に触れる。影に触れる。
 姿が消え、次の瞬間には男の姿だけが戻る。 

 やがて掃除を終えた男は店を立ち去った。
 言葉を交わすことは、ない。

 The cat and the fiddle…♪

 そんな、歌の響く夜。

<第三夜>

 クラム・ハードシェルにとっては平穏な日だった。
 槌唄塔也にとってはどうだったろう。

 トラブルを解決するために奔走する。
 いつも通りではあるが平穏とは程遠い。

 浅村育美の保護という案件を抱えた状態ながらも、新たな騒ぎは手加減抜きに次から次へとやってくる。

 とはいえ塔也もその道のプロだ。
 ただ受け身で日々を過ごしているわけではない。
 トラブルを未然に防ぐために先手を打つこともある。
 この日の業務もそうだった。

 つい先日から彼に一目ぼれをして常軌を逸した執着を見せている李可昕。
 ほどほどに善良ではあるがなにかとドタバタ騒ぎを起こす腐れ縁の紅火顔。

 トラブルバスターズ槌歌が育美を保護した件をいずれ嗅ぎ付けるであろうし、そうなれば確実に一悶着起こすであろう二人。
 先んじて接触し、なだめすかし、手出ししないよう釘を刺して置く必要があった。

 説得には塔也が単身で当たった。
 育美の存在は可昕に余計な刺激を与えるだろうし、火顔は教育に悪いオッサンなので会わせたくない。

 それからもう一つ、昨日雇用したばかりの蘇絲織と雷雅忠。
 事務所の守りを任せられる戦力が増えたので育美と四六時中同行する必要がなくなったのだ。

 厄介者たちにどうにか話をつけた帰り道。
 結局馬鹿騒ぎに巻き込まれたせいですっかり日が暮れてしまっていた。

 育美はもう夕飯を食べて眠っただろうか、そんなことを考える自分がいかにも保護者らしくておかしかった。

 さて、あまり帰りが遅くなると七歌の機嫌が悪くなる。
 寄り道せずに戻らなければ。
 そう考えた矢先のことだ。

「おっと、こいつは……」

 行く先の夜道に奇妙な人影が浮かび上がった。

 夜行人間、もとい夜光人間。
 怪しげな光を放つ騎士の姿。

 日本出身ではあるが上海には随分馴染んだ塔也である。
 クラム・ハードシェル、そう呼ばれる騎士の怪談は耳にしたことがある。それらしい者が昨日上海蟹ランドに現れたとも。
 とはいえ実物を目にしたのは初めてだ。
 遠目に後ろ姿を見ただけで本物かどうか判別はできない。

 本物だとしたら、これもトラブルの元だろうか。

(宝を探す相手に決闘を挑む、だったか? ダイヤの情報を求めてる俺を襲いに来たってわけじゃないよな。……逆にこっちから接触するか? いや、あちらさんが守ってる宝とやらが清王朝のダイヤって確証もない。触らぬ神に祟りなしだな)

 抜き身の剣をぶら下げて歩くその騎士を、行きかう人々はあからさまに避けている。
 塔也だってハンマーを持ち歩いているし、今の上海には武装した人間は少なくない。
 それでも中世の騎士を思わせるその姿は、薄汚れてはいるが現代的な街並みの中でどうにも浮いているように見えた。 

 自分も無闇に手を出すまい。
 そう決めはしたが、帰るにはこの道を通らねばならない。
 追いつかない程度に歩く速さを遅くする。
 脇道があれば遠回りしたっていい。
 早くどこかへ消えてくれ、そう思いながらも後をつけるような形になってしまっている。

 それからしばらく。
 騎士の姿はまだ視界から消えない。

 考えてみれば、行く先に後ろ姿が現れたということは、あちらの歩みが遅いのだろう。
 改めて観察してみれば、迷いなく進んでいるようで、どこか所在なさげにも見えた。

 行き場のない孤児の心細さ。力を持て余した若者の頼りなさ。日頃から目にするそれらとは少し違う。
 しかし全く共通点がないというわけでもない。
 どこか寂しさを感じる背中だった。

「はあ、さっさと帰らにゃなんだが……」

 ため息一つ。
 塔也はくしゃくしゃの髪を片手でわしゃわしゃと搔きむしった。


 話を聞けばクラム・ハードシェルも上海を巻き込む混乱に難儀しているそうだった。

 清王朝のダイヤなど全く縁がないにもかかわらず、ダイヤ探しをする者たちのせいで住処を離れることになった。
 どこかの誰かがダイヤを手に入れたという話はあるものの、それで騒動が収まるという様子もない。
 それどころか清王朝のダイヤらしき物が複数あるという話も出てきた。
 なんの因果か出歩く先で戦いに巻き込まれることもあるのだという。

 敵は斬ればいい、彼はそのような危なっかしい価値観を持っている様子ではある。
 一方で、戦いは躊躇わないというだけで好んでいるわけでもない。
 つまるところ、この騎士はただ静かに過ごせる場所を求めているのだ。

 金も食べ物も必要ない。
 しかし今の上海では廃墟に隠れ潜むことも難しい。
 そういう話である。

 そして、廃墟かと思えば人がいたということもある。
 孤児や浮浪者が雨風をしのいでいるというのはざらだ。
 もっと馬鹿馬鹿しい話もある。

「日が沈むより前、魔幇博物館という場所に立ち寄った。外観を見て無人かと思ったのだが」

「爺さんが一人いたろ」

 魔幇四天王、『魔幇博士』目艮竟。
 そのような肩書を持っている好々爺。

 塔也も噂を聞くだけで面識はない。
 しかし、耳に入る情報からはどうやら幹部らしからぬ境遇にあることが察せられた。

 魔幇が上海の発展に寄与したというプロパガンダを広めているとか、実際は客が寄り付かないし本人も外に出ないから大した影響力はないとか。
 最古参の一人ではあるが閑職に追いやられているようにも思える。
 博物館の経営にも組織からの支援があるのか不明だ。名目上は市立ということになっているが、

「それでどうなったんだ? 魔幇の中でも荒事からは距離を置いてる印象だが」

「少し話をした。ソレガシがあの場所を宿としても構わぬと言ってはいたが」

「そうしないのか」

 魔幇博物館は魔人武器工房通りの外れにある。
 今こうして話しながら歩いている向きとは逆方向だ。

「あの御仁の目的がわからぬ。裏はないようにも思うが、だとしてもそれを頼ってもいいものか」

「いいんじゃないのか」

 思うに、この騎士は人と交流した経験がほとんどないのではないか。塔也はそう当たりをつけた。
 おそらくは宝を狙うわかりやすい敵と戦うばかりで、そうでない人の疑い方も頼り方も知らないのだろう。

「別に軽い気持ちで頼っても。向こうも大して考えずに言い出したのかもしれないし、一回試してみて不都合があったらやめればいい。ちょっと居座るくらいでそんな取り返しのつかないことにはならんだろ」

「そんなものか」

「相手を信じられるか、一緒にいてうまくいくか、一人で考えてもわからないだろ。俺も行き場のないやつに俺のとこに来ないかってよく声をかけるんだが。別に駄目だった時も試したこと自体は悪いことじゃなかった」

 今日のところは、行く当てがないならうちに来ないか、とは言えない。
 クラムの抱えた問題は生活の方便がないという話とは性質が異なる。
 仕事や仲間を求めているわけではないのだ。

 街のネオンがじりじりと明滅し、極彩色の反射光が騎士の体表で揺らぐ。

 そうこうする内に分かれ道に差し掛かった。
 事務所に繋がるのは細い脇道の方だ。
 クラムがまっすぐ歩くのなら、ここまでだ。

「これ、持ってけよ。今のアンタには必要ないだろうが、この先ずっとそうかはわからないだろ」

 塔也は一枚の小さな紙きれを差し出した。
 トラブルバスターズ槌歌上海支所の連絡先が書かれた名刺だ。
 クラムは受け取ったそれをしげしげと眺めた。

「あー、ちなみに電話ってわかるか?」

「知識はある」

 所持してはいないということである。

「貴君が言うように必要となれば、誰ぞに借りるとしよう」

 騎士の声にはわかりにくいが冗談めかした笑いが含まれているようだった。

 この時はまだ、ほんの少し言葉を交わしただけではあるが、二人はこうして知り合った。
 仲間だとか敵だとかいうほどの濃さはなくとも、繋がりが思いがけない何かを引き寄せることがある。
 塔也はそれをよく知っていた。
 上海では敵も味方も簡単に増える。また一人妙な知り合いが増えただけだ。よくあることである。

 だから、塔也にとってはいつも通りの日だった。
 クラム・ハードシェルにとっては、いつでも連絡を取れる者と出会った初めての夜だった。

「それじゃあまあ、元気でな」

「貴君も、息災を祈る」

 そうして塔也はハンマーを片手に脇道へ。
 数歩進んでから振り返る。
 現実離れした騎士が踵を返したのが見えた。

 鼻歌を歌いながら、塔也は今度こそ事務所へ向かう。
 一人夜道を歩くのは久しぶりのことだ。
 孤独になり切れない夜だった。

<そして、第六夜>

 魔幇博物館に留まって二日間。
 眠りを必要としないクラム・ハードシェルは昼も夜もなく考え込んでいた。
 目艮竟の人柄とその目的、そしてクラム・ハードシェルはどのように関わるべきか。

 この老人が信用できない人物であることはすぐにわかった。
 上海と魔幇について真偽不明の歴史を語る。
 同じ話を何度も繰り返す。
 悪意はないらしいのだが、要するに耄碌しているのである。

 そして、それはクラム・ハードシェルが目艮竟を見限る理由にはならなかった。
 老人の認識している世界は現実と異なるものではあるのだろう。
 それはクラム・ハードシェルが貴婦人を第一に考えているのと同じことだ。

 この老人の味方をするのなら、むしろ自分しかいないのだとも思う。

 しかし、クラム・ハードシェルに自身とは無関係の事柄にかまけている余裕があるのだろうか。

 時間的な余裕はある。
 クラム・ハードシェルの目的は貴婦人を守ることだ。実際には彼が貴婦人の幻覚を見る鍵となっているダイヤを守ることだ。
 清王朝のダイヤや魔幇に関わる理由は、彼の側にはない。
 この百年節の間になにがしかの決着をつけなければならないということはない。

 いや、余裕がなかったとして、自身の都合で目艮竟の手を取らないことは騎士道に悖りはしないか。

 騎士道。
 それも自身が唱えるのは不思議な言葉だ。

 クラム・ハードシェルがはっきりとした自意識を持った時から、騎士道というものが人間の価値観に照らせば善に分類されるということは理解していた。
 そういう知識が備わっていた。
 それだけだ。

 クラム・ハードシェルは騎士道という概念のごく一部に共感している。

 騎士というものは、心の中だけで貴婦人を愛するのだという。

 時代や地域によっても変わるのだろうが、今、上海にいるクラム・ハードシェルはそうしている。

 神への信仰とか、祖国への愛とか、戦士としての修練だとか、そういうことに関する記憶はまるでない。
 気が付いた時には騎士の鎧の姿でそこに自身がいた。
 中身のない、見た目だけの騎士だ。

 ただ、いつかどこかで貴婦人を目にした。
 今の彼の記憶と人格はその時の衝撃から地続きになっている。
 その時から全てのことを記憶しているということもなく、彼自身は記憶さえ疑ってはいるのだが。

 彼の騎士らしい振る舞いは貴婦人のためのものだ。
 幻覚であることはわかっているが、それは彼が貴婦人に対して礼節をわきまえない理由にはならない。
 貴婦人が彼に与えた感銘はただ美しさによるもの、外見そのものだった。
 彼にその姿が見える限り、彼がその姿を見たことを覚えている限り、彼が貴婦人を愛することにおいて、互いの存在そのものが空虚であることは一切問題にならない。
 少なくとも彼の認識ではそうなのだ。
 その態度は人間が絵画に描かれた人物に思いを馳せることにも近しいのかもしれない。

 騎士道に話を戻す。
 彼が貴婦人の姿、清王朝の様式に合わせた礼を取らないのは、彼の形状が西洋の騎士として定まっていたからである。
 外見は重要だ。
 装いはその人物の属性を表し、属性により求められる振る舞いは変化する。
 自身にそぐわない形式の礼を尽くすことは不完全だと彼は認識している。
 彼は騎士道というものを知識でしか理解していない。
 そしてその他の選択肢は与えられていなかった。

 はっきり言ってしまえば、クラム・ハードシェルは騎士道というものに対して悪感情を持っているわけではないが、軽視しているという誹りは免れない。
 彼は騎士道に身を捧げるというつもりはない。
 貴婦人に身を捧げる形式として騎士道を採用しているだけだ。

 それから。
 ごく最近、上海蟹ランドの地下に通る下水道で気づいたことがあった。

 世界には敵ではない者がいる。

 かつて旧フランス租界の廃墟で戦った賊とは違う人々。
 廃墟の窓から覗いた街の中にも暮らしていはずの人々。

 彼らに貴婦人の、真実の美というものの素晴らしさを伝える。
 そのつもりがあれば、そういうこともできる。

 貴婦人が望んだことではない。
 貴婦人がなにかを望むということはない。
 クラム・ハードシェル自身の平穏に過ごしたいという望みとも違えている。

 それは世界に対して彼が成しえる善行であり、貴婦人を実在させていない世界への抵抗である。

 騎士道という在り方はその新たな試みの上でも都合が良いものではあった。

 彼らが貴婦人の姿を見ることはない。
 ただクラム・ハードシェルが語ることによってのみその存在を知る。
 クラム・ハードシェルが人々にとって良い騎士であるならば、貴婦人の名も善きものとして胸に刻まれるはずだ。
 その美を直接見ることはなくとも、その美には一人の騎士を動かす偉大な力があるのだと。

 だから、上海蟹ランドでは下水道で出会ったスパイク、彼が守ろうとする恋辻メーメー、居合わせただけの入場客、そういう人々のために戦うことができた。

 目艮竟に協力するというのは、違う。
 騎士道という指針とは整合しない。

 老人の語る歴史、本来の魔幇が上海の人々を助けるためのものだったという話が真実だという証拠はない。
 魔幇をその本来の姿に立ち返らせるという目的が実現する可能性もどれだけあるかわからない。

 だが、それでも良いと言えば良い。

 貴婦人のために素晴らしさを世に伝えるというのも、クラム・ハードシェルの個人的な感情による行動でしかない。
 目艮竟に協力したいと考えることも、それと変わりない。
 クラム・ハードシェルは目艮竟の妄言を否定したくはなかった。
 幻覚でしかない貴婦人のために行動する彼からの、現実とは異なる理想のために戦おうという目艮竟への、一種の共感があった。

 結局のところ、クラム・ハードシェルは自身の心の声にだけ従っている。
 自分自身に心があるということを、クラム・ハードシェルは事実として認めている。
 共に幻覚でしかない自身と貴婦人との大きな差異である。

 心そのものが悪だとは思わない。
 だが、自身に心があるということを自覚する度、彼は貴婦人が遠い存在であることを感じずにはいられなかった。

 それだけが嫌だった。


 クラム・ハードシェルと目艮竟、張三と林希美、そして果成いっぽ。

 その日の邂逅と戦いの結果は最悪のものではなかったのだと思う。

 張三を味方に引き込むことはできず、果成いっぽは何も語らぬまま姿を消した。
 過酷な戦いではあったが死者は出ず、目艮竟の脳髄に巣食っていた『蟲』だけが潰えた。

 その夜のことである。

 魔幇博物館の閉館時間はとうに過ぎている。
 目艮竟は隣接する小さな住居に引っ込んでいた。
 外見上に目立つ負傷はないものの大事を取って休んでおり、今はベッドの上で上体を起こしていた。

「失敗しましたなあ」

「して、諦めるのか」

「いえ、しかし筋道を考え直さなくてはなりません。もうしばらく協力して頂けますかな?」

 鎧の騎士は頷いた。

 受け答えがはっきりしていることに安心してもいた。
 クラム・ハードシェルは特段医療の心得があるわけではない。
 目艮竟自身が行動を続けるつもりなら止める気もない。

「組織を内から正すのに張三めの力を借りるつもりでしたが、もう当てにはできません。『麒麟の涙』も我々が手に入れることは難しい」

『麒麟の涙』。即ち清王朝のダイヤ。この国における王権の証明。
 目艮竟が言うには「手に入れれば王になれる」のではなく「理想の王が君臨した際に現れる」という順序のはずなのだという。
 今、上海で大勢が争い求めている物は過去の王と共に現れた、その記念碑のような物でしかないと。
 奇妙な力を備えてはいても、持っているだけで上海の支配者になるような物ではないのだと。

 一方で、この老人の言葉はいまいち信用が置けず、上海に住む人々の方が『清王朝のダイヤ』という宝物に価値を認めているのも確かだ。
 持ち主が定まれば上海に多大な影響力を持つとは考えられる。
 その欠片が上海に散らばっている。
 一つの欠片をなんらかの手段で修復するか、複数の欠片を手に入れ統合するか。
 そのような動きが起きている。

「欠片を持つにも資質がいるのだったか」

「ええ、資格がなければ『麒麟の涙』は勝手に消え失せます。つい最近まで今の組織が所持していたからには無理に捕まえておく手段もあったのでしょうが。それも既に破られたわけですから」

 その辺りのことについても目艮竟はあまり知らぬ様子である。
 もっとずっと以前に失われているのだと考えていたらしい。
 魔幇の头目(ボス)が持っているという噂だけがあり誰も実物を見ることがなかった。
 それらしい物が上海に現れたとあって最も驚いたのは目艮竟であったのかもしれない。

「完全な『麒麟の涙』の持ち主になり得る者を探し協力を仰ぎましょう。残念ながらあの林希美以外の、ということにはなりますが」 

 彼女は張三と行動を共にし、魔幇を解体するために動いている。
 目艮竟の見立てでは彼女の欠片が完全な物に育つ可能性は低くない。
 いつか再び戦うことになるのか。あるいは他に対処のしようがあるか。
 先行きに不安材料は多い。

「クラム殿には欠片の持ち主たちに接触して頂きたい。どこの誰がということになると儂も知らぬのですが」

「騒ぎのある所に手あたり次第、というわけか」

「ええ。その人物が完全な『麒麟の涙』を手に入れ得るか。力を得て悪用せぬか。見極めていただきたい」

「見込みがある時は?」

「当初の予定とは変わりますが」

 目艮竟は一度そこで言葉を切った。
 分厚い眼鏡の奥、やがて見開いた眼には狂気か正気もわからない光が宿っていた。

「その方を新たな魔幇の首領に据える。そういうつもりで動きます」

 クラム・ハードシェルは再び頷いた。
 目艮竟は笑って付け足した。

「この百年節が終わるまでを区切りとしましょう」

 それまでに望む結末が得られなければ、この老人はそこで諦めるのであろうか。
 クラム・ハードシェルは今度は頷きはしなかった。

 まだ夜は明けない。

<第七日>

「なるほど。『麒麟の涙』ね……」

 事前にある程度の情報は得ていたものの、槌唄塔也はどのような態度を取るべきか決めあぐねていた。
 クラム・ハードシェルという騎士について、ここ最近の目撃情報は二件あった。
 上海蟹ランドでは人々を逃がすために海賊に立ち向かったらしいが、昨日は魔幇四天王の一人――というか目艮竟――と組んで張三と交戦したのだという。

 製鉄所の社員でありながら解決屋としても活動を行う張三とは知らない仲ではない。
 直接会った印象を電話で尋ねれば「頑固そうなやつ」、「会って話す分には問題ないだろう」とのことだった。

 塔也自身も先日の夜の出会いに悪印象があるわけではない。
 だから、今朝、その騎士から会って話をしたいと連絡を受けた際、それを受け入れはしたのだが。

「そうだ。その欠片を持つ者に新たな魔幇の首領になってもらいたい」

「変な話になったなあ!」

 塔也は頭を抱えた。癖の強い髪の感触がふわふわと手に帰る。
 ただでさえ最近妙な夢を見て寝不足なのだ。詳しく口に出したくないバンドを組んだりとか、そういう悪夢を。

「後継者探しが魔幇の総意っていうわけじゃないんだよな」

「目艮竟殿が一人でやっていることだな。ソレガシは良いことと思った故に協力している」

「目艮竟以外の魔幇は敵なんだな?」

「そうだ」

 話を聞く限り騎士と老人の企みが成功するかどうかは相当に怪しい。
 新たな首領を擁立するのが困難というだけでなく、首領一人が変わったとところで組織の全てが改心するということもないだろう。
 結局のところ、統制を失った魔幇が割れるというだけではないだろうか。

「ソレガシが言うのもなんだが正気の者が乗る話ではない。だが幾つかの点では協力する余地があるのではないか」

「というと?」

「ソレガシたちは『麒麟の涙』を手にする者が善良であるなら誰でも良いのだ。今の持ち主が好ましい人物なら欠片を奪う必要はない。当人が望まないなら新首領となることを強制するつもりもない」

「実質ただの護衛として動くってことか」

 騎士は頷き、続けた。

「逆に今の魔幇が『麒麟の涙』を手に入れようとしているならば妨害をする必要がある。状況次第ではあるが魔幇と敵対関係にある者たちとは共闘できるはずだ」

「なるほどね」

 どうしたものか。『トラブルバスターズ槌歌』は今のところ魔幇と決定的な敵対関係にあるわけではない。
 だが『清海』を始め幾つかの顔なじみは事を構えようとしている気配があった。

 魔幇は巨大な組織だ。『清海』や『破幇同盟』、その他の勢力も単体では分の悪い戦いになるだろう。
 彼らが倒れれば上海の勢力図は大きく変わる。
 魔幇の支配圏が広がれば『トラブルバスターズ槌歌』も今の立ち位置を保てる保証はない。

 塔也は再び自身の頭を掻いた。

「ま、こうなったら覚悟を決めるか。実は『清海』ってところから連絡があったんだがな――」

 互いに要注意対象としているものの、表向き『トラブルバスターズ槌歌』は魔幇に対しても中立を保ったままだ。
 悟られぬよう魔幇に敵対する者同士を仲介し戦力を糾合する。

 今、俺たちがやるべき仕事だよな――。

 そう内心で独り言ち、塔也は騎士に向き直った。


「情報を整理させてくれ」

「おう、わかりにくいところあったか?」

 険しい表情の海圻にダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)はあまりにも軽い調子で応じた。

 この日、塔也の呼びかけに即応し、会合場所――開けた空き地に現れた者はそう多くはない。
『清海』からは海圻と護衛対象の金剛シグリ。魔幇と敵対し事務所さえ襲撃を受けた今、他のメンバーは上海の各所にそれぞれ潜伏している。
 メンバー同士は華甲を通じて情報を共有しているが、ここ数日直接顔を合わせてはいない。

 個人で活動している解決屋としてギャラハッド・ソネットとダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)。
 ギャラハッドはダイヤに関する騒動を止めるために動いていた。なにが真実か不透明な状況の中、黒幕をぶっ倒すという明確な指針を得たのはつい先日のことである。共闘できる者は多い方がいい。

 ダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)はチンチンマンの依頼で清王朝のダイヤを探していた。
 彼女の主観では、現代でチンチンマンに依頼を受けた後、謎の光に攫われ時を司る『何か』と接触、ブリリアントな力を得て過去の世界に移動、その後は過去の自分自身と出会わないよう隠れ住んでいた。
 そのままチンチンマンからの依頼を念頭において行動しているが、清王朝のダイヤについてある種の真実を知った今、チンチンマンにどのダイヤ(・・・・・)を渡すべきか決めかねている。
 とりあえず、自身の平穏な上海生活のために今の魔幇をどうにかすることには賛成なのだが。

「まずは今の上海の状況について、『複数の歴史が重なってる状態』というのをもう少し詳しく聞きたいですよ。ダイさんこの前カレー屋でもちらっと言ってましたけど」

「そのまんま言葉通りの意味だぞ。並行世界とか歴史の分岐点とか異聞帯(ロストベルト)ってあるだろ。そういうのが近づいてそれぞれの歴史を認識できるようになったり物理的な影響を与えたりしてるんだよな。お前たちも実感してるんじゃないのか? 『昨日起こった出来事を思い出そうとすると何通りもの記憶が思い浮かぶ』とかさ。上海全土を震撼させる異色のロックバンド『UNKO』を結成したとかさ」

「ちょっと待てよ!? ただの悪夢じゃなくて並行世界の俺が実際にやったことなのか!?」

 塔也は狼狽した。海圻とシグリとギャラハッドは「そういうことやる可能性がある人なんだ……」とちょっと引いた。

「並行世界は何が起こっても不思議じゃないぜ。歴史の根幹から違うことだってあるんだからよー。で、『清王朝のダイヤモンド』についても複数の歴史の真実が混ざっちまってる。『清王朝のダイヤは存在しない』、『王権証器(レガリア)である麒麟の涙』、『万能の願望機』、その他諸々がな。歴史に対する影響力が大きいせいか情報として認識されてるだけじゃなく物理的に顕現してる物も複数ある。ダイヤを欲しがってるやつにとってはダブルチャンスどころじゃないぜ」

「しかしよくわかったな。『清海』にも時間関連、未来予測の能力者はいるが、そちらはダイヤモンドを中心にした力のせいで未来が見えなくなったと言っていた」

「ふーん。オイラはブリリアントな力のおかげで複数の時間の流れが認識できるようになったんだけど、ダイヤが中心ていうのはわからねーな。オイラの知る限り時間関連に特化した清王朝のダイヤはないはずだぜ。『万能の願望機』なら干渉もできるだろうが、あれは資格のあるやつが明確に願わないと何もしねーし」

「原因は謎ってことか……」

 塔也と海圻は「時間関連のダイヤってダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)自身がそうなんじゃないのかよ」と思わないでもなかったが確かな証拠があるわけでもないので口を噤んだ。

「上海天子のせいだぞ、多分」

 唐突に子供の声が割りこんだ。
 果成いっぽという名のガキだ。
 上海大賽を勝ち抜いている見た目にそぐわぬ実力者。
 しかし素性は不明。

 連れて来たのはクラム・ハードシェルだが、彼は「来る途中見かけたので声をかけた」としか説明していない。
 話し合いに参加するでもなく、塔也が連れてきた蘇絲織と雷雅忠と共に浅村育美の相手をしていたのだが。

「だ、駄目ですよ……まじめな話し合いをしてるんですから。こっちで遊んでましょう……」

 いっぽを窘めるのは大戦持A子である。
 彼女もクラムが連れて来たのだが、いっぽが捕まえてきただけで騎士との面識はないのだという。
 塔也の方が詳しいくらいである。それでもダイヤの警備に失敗した魔幇のお尋ね者リストに載っている、という程度の情報しかないのだが。

「いや、いっぽ殿の言葉は聞く価値がある。ダイ殿と並んで一連の騒動の初めからソレガシ達とは別の立場にいた人物だ」

「別の立場ね。まずはそれを教えてくれれば少しは信用できるんだが」

 表情のない兜がやや俯き、躊躇う素振りを見せた。説明をしていなかったのはあえてのことだったらしい。

「俺は魔幇の首領だ」

 いっぽ自身がごく気軽な調子でそう言った。
 塔也たちはそれが冗談か聞き間違いか判断がつかなかった。

「目艮竟殿が言うには名ばかりの首領ということだ。実際に魔幇を取り仕切る头目(ボス)は別にいる。いっぽ殿は何年も前から自我が摩耗して使い物にならず上海を徘徊していたそうだが」

「今はちょっとだけ正気だぞ。ちょっとだけな」

 嘘でも冗談でもない。
 そう思わせる凄みがあった。

「……味方ではあるんだよな?」

 塔也の引きつった頬を汗が伝う。

「今はな。俺がいつまで正気かは俺にもわからないよ。だから今の内に話しておきたい。『魔幇』と『上海天子』と『魔幇マン』について」

 またよくわからない名前が出てきた。
 塔也と海圻は顔を見合わせて天を仰いだ。


 魔幇とは魔人たちの幇である。
 それだけの意味しかない言葉である。
 今は百年前に立ち上げられた一つの組織を指してそう呼んでいるが、元来固有名詞ではない。

 上海の長い歴史の中で魔幇と呼ばれる組織は幾度も結成され、それぞれの理由で姿を消してきた。
 上海の歴史は魔幇と共にあったのだ。

 上海天子という人物がどのような人間だったのか、それを知る者はもはや一人も残っていない。

 ずっと昔の魔幇に関わっていたのかもしれないし、百年前、今の魔幇の創立メンバーの一人であったのかもしれない。
 あるいは、今の魔幇ができたのと同時期に、たまたま彼も同盟の別組織を率いていた、そう考えることもできるだろうか。
 断言できることはなにもない。

 だが、長い支配の歴史の中で、その正体に迫った者もいた。その能力を突き止めた者もいた。

 上海天子の能力は自身に関する噂を事実にするというものだ。

 魔幇とは上海を支配するチャイナマフィアの上部組織である。
 魔幇の首領は上海で最も強い。
 魔幇の首領は上海で最も恐ろしい。
 魔幇の全貌を知るのは首領のみ。
 魔幇の首領の素性を知る者はいない。

 そして、魔幇の首領とは上海天子のことである。

 そのはずだった。

 それらの噂とは別に、客観的な事実を、偉業を打ち立てた物がいた。

『元』魔人統合自治区崑崙山統率。 
『元』上海魔人解放軍隊長。
『元』上海魔人自治区統括府総合代表。

 上海で最も強く恐ろしい戦いぶりを示した者。
 張兄弟が旗を振った魔人たちの幇。その中枢近くにいた一人。

 その時既に本来の上海天子の人格が摩耗し、その顔を知る者は誰一人残っていなかった。
 そのせいだろうか。
 上海天子の能力は実に奇妙な挙動を見せた。

 魔幇の首領とは、上海天子とは、果成いっぽのことである。

 そういうことになった。

 あるいは。上海天子がずっと過去の人物であったのなら。
 上海に魔幇が現れるたび、その首領に憑りつく意識体であったのかもしれない。
 果成いっぽの意識の中に魔幇首領としての人格が現れていた。
 本来の人格はほとんど失われたかのように思われた。

 果成いっぽが魔都上海を支配するの真の支配者として振舞わなかったのは、実務を行う头目(ボス)が別にいたからだろうか。
 魔幇を離れ、上海を徘徊する都市伝説めいた存在となったのは「魔幇の首領の素性を知る者はいない」という噂のせいだろうか。
 ここ最近は彼女自身すら自分を見失っていた。
 昔馴染みたちも子供の頃の彼女のことをどれだけはっきりと思い起こすことができたのか。定かではない。

 そして。

「魔幇の全貌を知るのは首領のみ」

 事実である。

 依然として、上海市民の半数以上はこの噂を信じている。
 事実として、無秩序に膨れ上がった魔幇の各部門の末端に至るまで把握しきっている者はいない。

 ただ首領である果成いっぽの脳内に情報が流れ込んでいるだけだ。

 そして、ダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)が上海に現れた。
 彼女もまた魔幇の全貌を知りはしない。
 だが魔幇の全貌というものがあまりにも広い範囲を示すことを知っている。
 数多の並行世界、それぞれの歴史の中にそれぞれの魔幇が存在するのだ。

 それを彼女が認識した瞬間、上海天子の能力は平行世界の魔幇の情報を取得した。
 そうでなけらばならないからだ。
 そして、それは無限に等しい情報である。
 それを把握できる者は物理的に存在しえない。

 だが、現実を越えて実現するのが魔人能力である。
 上海天子の能力は「魔幇の全貌を知るのは首領のみ」という噂を事実とする。
 そのために世界の側が改変された。

 無限の情報が無限ではなくなる。
 魔幇首領に扱える情報量へのスケールダウン。
 即ち、全並行世界の統合である。


「ずいぶんデカい話になったな」

「おれちょっとついていけてないかも……」

 そう声に出したのは海圻とシグリだが、他の者も似たような感想を持っていた。

「まあ、なんだ。説明ありがとう。しかし俺たちはそれに対してどうすりゃいいんだ? そもそも話がずれ始めてないか? ここに集まったメンバーの目的は『清王朝のダイヤ』に関する騒動を止める、魔幇を倒す、上海に平和を取り戻す。そんなところだろ。並行世界云々てのは俺たちの目的とは微妙にずれてるし、できることもないんじゃないのか?」

「でも、現状は気が気ではないですわ」

 ぼやく塔也に蘇絲織が声をかけた。

「重なった歴史というものには私も心当たりがあります。トラブルバスターズ槌歌にお世話になっている身ですが、清海に処遇を任せた別の記憶もあるのです。それにほら」

 差し出された彼女の手の中には、輝く一欠片。シグリの手の中に入り込んだ物と同質のそれ。

「身に覚えのない記憶の中にあった物が、現にこうして存在していますの」

「身に覚えのないって、それは地下大放水路であんたが……というか摘出できたのか?」

「海圻、何を言ってるんだ? いや、そういうことか。並行世界の統一。これは、やばいぞ」

「……なるほどな」

 海圻と塔也が同時に大きく息を吐いた。

 今ここにいる人々が、上海中の人々が同じ過去を通ってきたという保証がないのだ。
 この事実を人々が認識すれば、間違いなく今の比ではない混乱が上海に起きる。

 今騒ぎが起こっていないのは人々がそれに気づいていないから。
 周囲の人間と話が合わなくとも一度や二度なら何かの思い違いと考える。
 また、百年節の間は様々な騒動が各所で起こり細々としたことを考える余裕もないのだろう。

 百年節が終わってしまえば。
 次に訪れるのは、より大きく、そして十日の期限もない混沌だ。

「新しい首領が必要だぞ。俺にはコントロールできないが上海天子の能力をオフにすればいいんだから」

「ちなみに、コントロールできない理由は?」

「精神力だ。そうしようとすると俺じゃない人格が前に出てくる」

「……上海天子の元の人格は摩耗してるんじゃないのか? 生存本能で邪魔するのか?」

「いや、上海天子はもう能力しか残ってない。出てくるのはもう一つの人格、魔幇マンだ」

 まだなにかあるのか。
 常識人たちは再び天を仰いだ。


 魔幇マン。

 そう呼ばれた者がいる世界があった。

 いや、どの世界にもその名を呼ぶ者はいなかっただろうか。

 あるいは子供たちの空想である全く別の存在に、たまたま同じ名を与えられたこともあったのかもしれないが。

 魔幇という魔人たちの集まりによる魔人能力と清王朝のダイヤの神秘力の相互作用から生まれた意識体。
 その存在を知った者はことごとく殲滅されている。

 本来は実体を持たない存在である。
 魔幇の首領が代替わりをする際にのみ実体を得る。
 首領を倒す者がいれば、それをさらに上回る力を振るって魔幇を存続させる。
 魔幇に属する者はみな、無意識にその影響を受ける傀儡である。

 であれば。

 かつて理想と共に立ち上げられたはずの魔幇がいつしかその理想を失ったのも、魔幇マンのせいだろうか。

 それとも。

 魔幇が恐ろしい魔人の集まりであると人々が思っていたからこそ、そのような魔幇マンが生まれたのだろうか。

 順序はわからぬ。

 ただ一つ言えること。
 魔幇マンは魔幇の首領を上回る力を持つ。
 だがそのような存在が魔幇の首領でないことを上海天子の能力は許さない。

 つまり。

 果成いっぽ。
 上海天子。
 魔幇マン。

 三つの存在が今、一人の人間の中に押し込められている。


「三位一体だな」

 クラムは十字を切った。

「うん。だから俺が魔幇首領を辞めようとすれば邪魔するし、辞めたら辞めたで魔幇マンの実体が出てくるはずだぞ」

「魔幇マンの意識に打ち勝って、上海天子の能力をコントロールできる、新たな魔幇の首領が必要ってことか……。話だけでも相当だぞ」

「だがすべきことははっきりしている。少なくとも魔幇マンは倒さねばならぬ。貴君らは魔幇の新生ではなく壊滅を求めているのだとしても、その戦いの折には協力できるのではないか」

 クラムが周囲を見回す。
 集めった面々はみな言葉に困ったという顔をしていた。
 クラムとそれ以外ではやはり思惑に大きな差がある。
 一時的な共闘の可能性はある。
 しかし、仲間として結びつく材料はほとんどない。

「新しい首領っておれも候補なのかな? 欠片も持ってるし……」

「自分自身がやりたいことじゃないならそんな重荷を背負う必要はない」

 不安げなシグリを励ますように、そしてその場の全員の顔を見回して海圻が言った。

「妙案というものはないが、それぞれ大事にするべきことがあるはずだろう。協調はあくまでも可能な範囲でだ」

「そうだよね」

 賛同するような、少年の声。

「新しい首領候補が見つかるのを待つ必要、ぼくたちにはないよね?」

 突如現れたカムパネルラが、手にしたナイフで果成いっぽの首を掻き切った。

<第四夜>

 数日前のことだ。

 暗い夜の中の出来事だ。

 時計の針が頂点を回る頃。

 魔都上海は昼も夜もなく騒がしい。

 昼間と比べて人通りが少なくなるということはあっても、本当に人の気配が消えたというわけでもない、とある薄暗い路地裏で。

 自分が誰かもわからないまま『怪人』を追い詰めるガキがいた。

 いとも容易く行われる爆発を、誰も止められはしなかった。

 落書きが描かれた壁が崩れたとか、それに巻き込まれた者がいたとか。

 瓦礫を受けてほんの少し、両手にスプレー缶を握れなくなる程度の怪我をしたとか。

 誰も気に留めてはいなかったけれど。

 一人だけ。

 別に死んだわけでもないし、敵討ちなんて柄でもないけれど。

 一人だけ、どん底にいる男のために、少しイラついたクソガキがいた。

<第七日-上海決戦->

「いっぽちゃん!」

 真っ先に声を上げたのはA子。
 声を上げるより先に駆け寄ろうとしたのは蘇絲織と浅村育美。
 即死でなければ能力で命を繋げられる。

「ちっ!」

 塔也はカムパネルラの足元にブロックを同時生成。
 はるか上空に押し上げ引き離す。

「ははっ」

 カムパネルラは笑って姿を消し、次の瞬間には再びいっぽの目の前へ。
 現れた瞬間。
 いっぽ(ガキ)の拳がカムパネルラ(クソガキ)を消し飛ばした。

 カムパネルラは帰ってこない。

 果成いっぽの首からは血が噴き出し続けている。

「ふふふ」

 いっぽはこともなげに笑う。

「この体はね。もっと大きく育っているのを縮めているだけなんだ。血肉の量には余裕があるんだよ」

 程なくして出血が治まった。

「大丈夫なんだよね?」

 シグリの声が震えている。
 海圻、ギャラハッド、塔也、クラム、雷雅忠は無言で構えた。

 いっぽの声は穏やかだ。
 それは穏やか過ぎるほどで、根本的に生命というものの気配を感じさせない、そういう違和感があった。

「お前が、そうか」

 尋ねたのは誰の声だったか。
 尋ねられたのは誰だというのか。
 明白だ。

「はい。僕、魔幇マンです」

 魔幇マンは果成いっぽの顔で笑ってみせた。


 決戦は否応なく始まった。

 クラムは軽い体と怪力の踏み込みで地を跳ねるように。
 ギャラハッドは口から吐く火炎の反動で。
 海圻は気で強化した力と武術の歩法を合わせ。

 それぞれの最速で三人が魔幇マンに迫る。

 その隙間を縫うように。
 塔也が呼び出し弾いたブロック。
 シグリが伸ばす金剛の糸。
 雅忠の雷鞭。
 ダイのレーザー。

 全て。

「ふふふ」

 全てが。
 何事もないように。

 いなされる?
 受け止める?

 そうではない。

 迎え撃たれる。

 真っ先に消し飛んだのは塔也のブロック。
 姿を消したままのカムパネルラの存在がそれぞれの脳裏によぎる。

 あの拳を受けてはいけない。

「あっぶない!」

 軌道を変えたシグリの糸が体ごと向かった三人を絡めとって止めた。
 その場で待つ魔幇マンの拳は届かない。

「ぐっ!?」

 悲鳴を上げた雅忠の手に鞭はない。指も幾つか欠けている。
 鞭が触れると思った瞬間に手放したが巻き込まれたのだ。

 一方で。
 雷で作られた鞭は触れるだけでも命を奪いうるはずだ。
 ダイのレーザーも触れられることなく相手を焼くはずだ。
 しかし。
 魔幇マンは無傷。

「ふふふ」

 次元が違う。
 戦闘が成立しない程に。

 当然だ。
 いっぽの話によれば魔幇マンは上海天子の能力さえ備えている。

 魔幇の首領は上海で最も強い。

 それは概念的に保証された絶対の真実だ。
 正体不明。上海最強。打倒不可能。
 そのような存在なのだ。

「グギュグバァッ!!!」

 ときのほうこう。
 時間が歪むほどの巨大な力を打ち出すとされるそれは、ダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)の、この場で魔幇マンに立ち向かう者たちの、最も強力な攻撃であったが。

 魔幇マンは受け止めた。
 効果がない。

 目の前が真っ暗になりそうだ。

<いつかの夜に>

 それが何日目の夜のことだったか、数える必要があるだろうか。
 それは夢の中のことだったのかもしれないし、幻覚だったのかもしれない。
 あるいは無数の並行世界の一つで起こった出来事を、あたかも自分自身が体験したように思い違いをしただけだろうか。

 奇妙な記憶がある。

 クラム・ハードシェルは眠ることがない。

 人々が寝静まる夜も彼が意識を手放すことはない。

 奇妙な夜だった。

 百年節の中で、彼が街中を夜通し歩くのは珍しいことではない。
 だが、他の人々の姿が見えないのだ。
 夜に起きて昼に寝るような連中。時間を忘れて浮かれ騒ぐ連中がいない。
 周囲の建物も明かりを消している。
 その静けさは騎士にとって好ましいものでもあるが、不自然で異様だと思える。

 ぐわん。ぐわん。があん。があん。

 がらんどうの足音が孤独に響く。

 幻覚であるはずのこの身が、見る人のいない街でも変わらずにある。
 そんなことを再確認する。

「そこの光ってる人、ちょっと聞きたいんだけど」

 唐突にそう声をかけてきた者がいた。

「⊕アンタ、見るからに騎士だよな? 誰かに仕えてたりする? そんでもって同僚に殭屍がいたりしない?」

 顔色のひどく悪い、額に札を貼った若い女。
 殭屍。

 やはり今、この街に生きた人間はいないのだな。
 クラム・ハードシェルはぼんやりとそんなことを考えた。
 それから、問いへの答えを考える。
 自分の置かれた状況を改めて思い返す。

「確かにソレガシは騎士である。だがソレガシに主君がいるかはわからぬ。ソレガシには確かな記憶がないのだ。正直に言えば主君がいるか考えたこともなかったが、最初からいなかったかと問われればそれも確かな証拠はない。同僚というのもそうだ。今のソレガシにはわからぬよ」

 それから、聞かれてもいないがもう一つ付け加える。
 それなくしてクラム・ハードシェルはないのだから。

「ソレガシはとある貴婦人を守るために存在している。そういうことに決めたのだ」

「ふうん。記憶がない。そうなのか」

 殭屍はふうん、と繰り返し唸った。
 顔色は変わらず、札が顔に被さって表情は読み取り難い。
 だが、なにか彼女なりに感慨がある答えのようだった。

「いやあ、実は私も記憶がないんだよ。だけど主人を守るっていう命令だけはちゃんと生きてる。まずはご主人様と再会しないといけないんだけどさ。アンタはその貴婦人とは一緒にいないの?」

「うむ。もう一度お姿を見る当てはあるのだが、平穏に過ごせる場所を見つけるのが先決だ。この頃街が騒がしい故、それも難しいのだが」

「お互い大変だな。私たちちょっと似てるかもな」

「そうだな。ソレガシも貴君が主人を見つけることを祈っておこう」

「神様にか? やっぱり騎士って宗教やってる?」

「いや。ソレガシ個人は特になにも信じておらぬ。ただ望み、祈るだけだ」

「望み、祈るだけね」

 殭屍はよくわかったという風に頷いた。

「私もそうしておくよ。私は主人に再会できるし、あんたは貴婦人を守り切れる。難しくても可能性はゼロじゃない。そう思わないとやってられないもんな」

 そして、互いに軽く頭を下げて。
 騎士と殭屍は再び夜の闇に消えて行った。

 ⊕クラム・ハードシェルは貴婦人を守り切れる。
 ⊕女陰黄泉は主人と再会できる。
 絶対にそうなるというわけではないが、それは有り得ることなのだ。

<第七日-夜が訪れる前に星は光る->

「ふふふ」

 魔幇マンは穏やかに笑った。
 自身の行動に可笑しさを感じていた。
 違和感ではなく、密やかな笑い。

 本来、彼女の力をもってすれば敵対者の殲滅は一瞬で完了する。
 今、そうしてはいない。

 戦いの形になるように振舞っている。

 意識体として魔幇を見ていた時とは違う。果成いっぽの身体と同化した影響だろうか。
 上海大賽を勝ち抜き、上海にはびこる『怪人』を打倒してきた彼女。

 戦いは、楽しい。
 これは遊びだ。

 魔幇マンは最強。

 事実上、敵対者に勝利の可能性はない。
 そうではなく、0.001%にも満たない、わずかな可能性があるように見せる。

 最強故の、それは余裕だ。


「カムパネルラめ、余計なことをしてくれたな……」

 海圻は低い声で毒づいた。
 何の備えもないまま黒幕との戦いが始まってしまった。
 もっとも魔幇マンに対して多少の準備をする猶予があったところでまともな戦いになったかは不明だ。

「スマン。あいつに話を聞かせてたのは俺だ。協調できなくても戦力にはなると思ってな。共通の敵のことは情報共有しようと思ってたんだが」

 塔也の声は固い。その手に握る通信機がカムパネルラの相棒に繋がっているのだろう。

「どうする? そっちはここで降りるか」

 通信機からの返事はなく。
 どこか遠くから響く銃声。

 魔幇マンの肌の上で鉛玉が潰れた。
 先ほどはナイフで裂けた肌が、今は傷一つない。

「ふふふ。果成いっぽは強い魔人の範疇を出なかったけれど。今の僕にはね」

 防いだのではなく効果がない。
 そのように思える。

「槌唄さん、奴に通用する攻撃が思いつくか?」

「まずはあいつの周りを囲みたい」

 それだけ聞いて海圻とクラムは躊躇わず駆けだした。
 接近戦で死ににくいのは自身だという自負がある。
 二人は魔幇マンの周囲を円を描くように走る。その足元からブロックが生成される。

 唯一空いた頭上から。

「必殺、プープダイナマイトォォ!!」

「まあ、こっそり呼んでたのは一人じゃなかったわけだ」

 でも呼んでよかったのかなあ、塔也はぼやき顔をしかめた。

「臭くて汚いのは好きじゃない。量も多いけれど、僕を潰せるほどの重さじゃないよ」

 魔幇マンは腕を一振り。
 突風が濁流を押し返し――

「ファイアー!」

――ギャラハッドの炎が加わり排泄物の山は火薬庫へと変ずる。

「メタンガスを大量に含むうんこは火気に触れれば大爆発を起こす。故にプープダイナマイトよ」

 茶山はポーズを決めた。

 魔幇マンは爆風によってブロックに囲まれた空間の底に押し付けられたままだ。
 笑みは消えない。

「酸欠を狙ったのかな? この程度の囲みなら、ね」

 そっとブロックに手を添える。

 組み上げたブロックの外側ではシグリの糸が巻き付いて補強している。
 気を察知した海圻が魔幇マンの触れたブロックを押しこもうとし、クラムもそれに追随する。
 しかし。

「全然ダメだ!」

 一瞬の拮抗すらもなく。
 ブロックはあっさりと崩壊した。

 シグリの糸が二人を絡めとり、引き寄せ、崩落に巻き込まれることはなかったが。

「だったら直接焼くよ!」

 再び火を噴くギャラハッドもそれが有効打になるとは思っていない。
 広い範囲に広がる炎は目くらましだ。

「ふふふ」

 魔幇マンは笑う。
 炎の中の影。
 赤い光を照り返す、七色の怪光。

 クラム・ハードシェル。

 魔幇マンは肉体を得た故に、物理的に破壊が不可能な剣は、通用し得るか。

 否。

 剣の刃が肌に届くことすらない。
 いとも容易く指に挟まれ、静止した。

「しょうがないなあ、君たちは」

 子供のような腕が振るわれ、騎士は瓦礫の山に叩きこまれた。

 彼の性質を考えれば復帰は可能だろうが、一時的にでも前衛が減るのは辛い。
 海圻は唇を噛んだ。
 その目には強い意志が宿っていた。

「アーモンドさん。ブリリアントな力っていうのは何ができるんだ?」

「ん? 時間移動とか分岐した歴史の観測とかだな。上海天子のせいで妙な力場ができてるからそれを利用すればもう少し変わったこともできるか」

「重なってる歴史の中で特定の歴史の影響を濃くすることは?」

「……いいぜ。どんなのが良い?」

 シグリの耳にその答えは聞こえなかった。
 心臓がうるさい。
 ただ、海圻が覚悟を決めたことはわかった。

 海圻はおれが守る。 

 決意を言葉に変えようとしても、カラカラの喉からは声が出ない。

「危ない役目はプロに任せておきな。海圻、時間を稼げばいいか?」

「そーそー、後ろから援護してくれれば十分助かるよ」

 ポン、と肩を叩かれた。

 塔也とギャラハッドはこんな時でも笑顔を浮かべている。
 強いて表情を作っているのだとシグリにもわかる。

「必殺、プープダイナマイトォォ!!」

「他にないのかそれは!」

 まるで常と変わらぬ茶山。
 距離を取りブロックを殴り飛ばす塔也。

 華々しさとは無縁の道を、ギャラハッドは怯むことなく歩き進む。
 名にし負う騎士のように。

「ファイアータックル!」

 ゆったりとした歩行から、火炎放射を利用した瞬時の加速。
 緩急をつけた破調の攻撃。

「そろそろ、一人目」

 いとも容易く薙ぎ払われる。
 ギャラハッドの体が消し飛んだ。

 ただ殴り飛ばされたのとは違う。
 塵も残さず消滅した。

「え?」

 シグリは自身の体から力が抜けるのを他人事のように感じた。
 言葉を交わし、共に戦った人の、明確な死。
 それを受け止められるかは精神の強さや覚悟ではなく、今までどんな経験をしてきたかにも左右される。

 海圻と共に戦い死者を出さずにこの数日を潜り抜けたからこそシグリには酷だった。

 無言のまま、塔也が進み出る。

 魔幇マンは笑う。

「ああ、糸は付け替えられるんだったね」

 視線は遠く。塔也、茶山その背後のシグリよりも、さらに後ろ。
 蘇絲織と育美、A子に庇われるようにギャラハッドの体が蘇っていた。

「一番前に出る者に糸を繋げておくのはわかるよ。でも、一度に一人しか守れないし、先に蘇絲織を殺してしまえば意味は無い」

「させると思うか?」

 ブロックを打ち込み続ける塔也に対し、魔幇マンは困ったように笑う。

「それは僕次第でしょう?」

「もう一度言うぜ。させると思うか?」

 効き目のないブロックを再度打つため、塔也がハンマーを振りかぶる。
 魔幇マンは明後日の方を向いた。

 炎。

 それが来たのはすぐにわかった。
 熱と空気の動き。隠しようもない。

 だがギャラハッドではない。
 蘇生はしたが距離が遠い。

 故に予想外。

「炎の解決屋はギャラハッドだけじゃないんだぜ……!」

 振り払われた炎の先に一人の男が立っている。

「誰かな?」

 魔幇マンは困惑した。

「元祖炎の解決屋! 俺が紅火顔だ!」

「うん、誰かな?」

 声がデカく、汗臭く、デリカシーがないオッサンが立っている。
 ギャラハッドと似通った火炎放射能力を持つ。
 槌唄塔也とは繋がりがあったのだろう。それはわかる。

「茶山明日歩といい、一体どこから?」

「最初からずっと一緒にいたさ。いつも通りのやり方でな」

 倉森七歌の魔人能力、深く昏き森(ダーケストフォレスト)
 七音/七音の一組の言葉を咄嗟に考えるのは難易度が高く、使用頻度の高い定型句も存在する。

 われらのすがた ひとにみえざる

 隠れ潜む効果を及ぼすこの言葉は浅村育美を保護して以降、何度か使う機会があった。

 火顔の背後で七歌は不敵に笑ってみせた。

「槌唄()也と倉森七()、トラブルバスターズ槌歌(・・)はワンマンチームじゃないのよ。解決屋の紹介もやってるからよろしくね」

「もう引っ込んでてくれ! これで援軍も打ち止めだしな……時間稼ぎは十分か」

「おう、慣れないことして疲れたが上手くいったぜ」

 ダイはその場に座り込んだ。

 海圻は大きく息は吐き、吸う。
 その周囲で大気が渦巻く。

「あと一つ、準備がいる。欠片をくれ」

 鋭い眼光が絲織を射抜く。
 小さな光が宙を舞う。
 清王朝のダイヤモンド、その一欠片が海圻の手に渡った。

「ええと、じゃあおれと海圻で!」

「いや」

 海圻はシグリに向き合った。

 今までの海圻とは何かが違う。
 上海の人々を守る『清海』の一員としての海圻。
 強敵との手合わせに心を躍らせる武芸者としての海圻。

 そうではない、まだ自分の知らない海圻がいる。

 シグリは敏感にそれを感じ取る。

「お前の欠片も俺が貰う。育美たちのところまで下がっていろ」

「そんな、おれだってこの力を使いこなせるように時間がかかったのに! 海圻が欠片を持ってもどんな力になるかわからないし! それにおれたち友達だろ!」

「友達だからだろ!」

 シグリは息をのむ。

「アーモンドさんに引き寄せて貰った並行世界は俺がこれを使える世界だ。完全なダイヤには足りないがせめてここにある欠片を一まとめにしないと力が足りない。頼む」

「……わかった。欠片は渡す。でも、ここで応援させてよ。海圻が魔幇マンを倒せるって、下がらなくても安全だって信じてるから」

 目の前の海圻はどこか遠い世界の海圻が重なっている。
 それでも、海圻は海圻だ。
 シグリにはそれもはっきりとわかった。

「あ、でも欠片を渡すってどうするの?」

「それは俺の力で引っこ抜く」

 そう言って笑う海圻は、やはりいつも通りだ。

「地に満ちよ、地を従わせよ。繁栄の理のもと、支配の理の吸収を。金剛よ、四霊よ、我が身に来れ――」

 ダイ・アーモンドの言葉を思い出す。

 お前たちも実感してるんじゃないのか? 『昨日起こった出来事を思い出そうとすると何通りもの記憶が思い浮かぶ』とかさ。 

 心当たりはあった。

 一度だけ、清王朝のダイヤモンドを見たことがある。

 その記憶があるのに、いつ、どこで見たのかは思い出せない。
 それが並行世界から流れ込んだ記憶かと思えば納得がいった。
 どこかの世界で全ての欠片が集まる場面に立ち会ったのかと。

 そうではないと考え直した。
 その時がいつかは思い出せないが、過去のことだという感覚がある。

 一連の騒動が始まる前に、ダイヤが盗まれる前に、完全な清王朝のダイヤを見たことがある人物。
 即ち、清王朝のダイヤの持ち主。
 それが俺だった世界がある。

 魔幇の首領が俺だった世界があるんじゃないのか。

「無慈勁―――『麒麟落涙』!」

 練り上げた気が全身を巡る。体の外、世界にさえも。
 地を流れる気に足を乗せ、瞬時に相手の懐へ。

 重心を落とし、踏み込む体重移動の運動量すべて乗せた一撃。

 気の激流が相手の身体を破壊しながら細部まで浸透する。

 それも、ただの技術なら効かないのだろうが。

 魔幇の首領は上海で最も強い。

 魔幇マンの強さを支えるその文言、今の俺にも当てはまるはずだろ。

魔拳(モーパンチ)

 魔幇マンの声から感情が消えた。

 海圻の掌と魔幇マンの拳がぶつかり合う。

 拮抗。

 いや。

 わずかに、だが確実に、海圻が押し負けている。
 取り込んだダイヤが不完全であったからか。
 魔幇の首領ではない海圻の存在が色濃く残っているからか。

 力が足りない。
 そう思われた。

「並行世界っていうのが無限にあるとして、いろいろ、身に覚えのない記憶っていうのが、わたしにもあるんですけど……。多分、ここにいる『わたし』は『わたし』の中でも駄目な方で」

 その光景を見ていたA子が。
 見ていただけのA子がぽつりぽつりと話し出した。

「わたしじゃない『わたし』は結構すごいんですよ……カジノで大勝ちしてダイヤも持ってたり、いっぽちゃんを助けるために戦ったり、すっごく怖い人に立ち向かったり」

 体も声も震えている。

精神道奇襲術(マインドコマンド)も使えるし、どこかに行ったドーとも再会できたし、でも、それも、『わたし』だっていうなら……!」

 震えたまま、立ち上がり、睨む。

「何もできないまま、何もしないまま、後悔したくない……!」

 海圻の体を得体のしれない力が後押しした。

精神道奇襲術(マインドコマンド)』【応援】
精神道奇襲術(マインドコマンド)』【激励】
精神道奇襲術(マインドコマンド)』【信頼】

 わずかな力だ。

 押し込まれるまでの時間が伸びただけ。

 本当にそうだろうか?




 ぐわん。ぐわん。があん。があん。

 音が響いた。

「ソレガシにもまた、別世界の自分というものがあるのだろう」

 守るべきものがあるなら、彼は来る。
 助けを求める子供が、声を上げることすらできなくても。

「つい先日、ソレガシの知らぬ名で呼ばれたことがある」

 子供たちが好き勝手に話し、膨れ上がった理想があった。

「海圻殿が首領だった世界があるように、ソレガシがそうである世界もあるのだろう」

 ぐわん。ぐわん。があん。があん。

 鋼鉄で作られた空洞の響き。
 足音を立てて彼は来る。

「銃弾や炎はただ受けて、ソレガシの剣は技巧で防いだ。そうしなければならぬと貴君もわかっていたのだろう」

 空の騎士。
 騎士の殻。
 ダイヤの守り人。
 貴婦人の護り。
 蜃気楼鬼貝故事。
 ただの幻覚。
 クラム・ハードシェル。

 それだけではない。
 遠い世界で呼ばれたまたの名は。

「ソレガシもまた魔幇マン(ひとびとがみたゆめ)なのだ」

 千変万化(へいこうせかい)の煌めきを重ね、騎士は来る。

 二度目は少し楽だったな、ダイ・アーモンド(ブリリアントのすがた)は座り込んだまま呟いた。

 魔幇マンは、海圻との拮抗を受け流す形に変化させようと――
――背後からの衝撃。

 本来は、鯨を蚊が刺すよりも無意味。
 だが、互角に近い海圻と押し合う今は。

「援軍は打ち止めのはずだろう!?」

「ぼくが消えたままのわけないでしょ?」

 金髪のクソガキが嘲笑う。

 魔幇マンの表情に怒りが満ちる。
 遊びは終わりだ。

 本当の全力を出してしまえば――
――足元が崩れる。

「ええ、予定外の援軍といいますか。依頼を受けたわけでもないですし、ただの通りすがりで状況もわかっていないのですけれど」

 その少女には異形の尻尾が生えている。
 魔幇マンの立つ大地はその一瞬で完全な液状と化していた。

「クラムさんの味方をしようかと。噂では色々と言われているようですが、直接話したことがあるんです。彼は『美しさ』の価値を知っていますから」

「通りすがりっていうか、普通に探してたよね。头目(ボス)との決戦の前に一度会いたいって」

 少し離れた場所で、地図を持つ少女が呆れたように呟く。
 そういうことができるのは美点だと思っているけれど、顔には出さず。

「そんな馬鹿な、せめて、お前だけでも――!」

 ぬかるみに踏み入り、騎士は来る。
 すぐ傍に立つ海圻と視線を交わすことはない。

「絲織殿。糸は海圻殿に付けたままで」

魔拳(モーパンチ)!」

 人間からは程遠い、奇妙な声の残響が耳に残る。

 煌めく剣は、剣だけが、果成いっぽの体に深々と突き刺さっている。
 治療はまだ間に合うだろうか。

 鎧は、騎士の姿はそこにはない。

 人々は空を見上げた。

 まだ夜にもなっていないのに。
 上海の空には星が一つ、七色に輝いた。

<昼も夜もなく波が寄せては返す場所で>

 ざあ、ざあ、ざあ、ざあ。
 波の音が規則正しく繰り返す。

 今がいつで、ここがどこか。
 考えることに意味はあるだろうか。

 どうせ幻覚なのだろうし。

 星の海のようでもあり。
 上海の砂浜のようでもあり。

 そう、貝殻の砕けた白い砂の上だろう。

 波の音に混ざり、金属音が響く。

 二人の騎士が踊るように。

 右下に構えた剣を、左上に。遠心力を活かして振り抜く。
――受け止めず、下がって躱す。

 自身の頭上で円を描き、帰った剣を再び右から左へ。
――やはりこれも、下がって躱す。

 空振りした剣を体に引き付け、踏み込みと共に真っすぐ突き出す。
――斜めに振り下ろす剣で受ける。

 正統派の剣技の応酬。
 規則正しく繰り返す。

「もうやめよう」

 騎士が言った。

 お互いに有効打はない。
 剣が当たったところで傷つくこともない。

「君には資格があるんだよ」

 言葉だけでなく、騎士は剣を降ろした。

「海圻では駄目だった。並行世界の影を引き込んだだけで、魔幇の首領ではない彼自身が強く残っていた」

 もう一人の騎士もまた剣を降ろした。
 鏡に映したような二人の騎士が立っている。

「君は違う。魔人武器工房通りの戦いで、既に果成いっぽの拳を受け止めていた。そして今、果成いっぽを打倒した剣も君の物だ」

 穏やかな声だった。

「君が新しい魔幇の首領だ。目艮竟の願いも叶うだろう。魔幇の全てが君の思うままになる」

「ソレガシ自身の空洞の中には貴君が入るというわけだ」

 壊れた機械のような、恐ろしい声が答える。

「ふふふ」

 騎士は笑う。

「だって、君は僕だろう?」

「普通の人間の歴史は生まれた後に分岐する。君は逆だね。君には無数の由来がある」

「蜃気楼鬼貝故事、金剛石生物生成術、鎧の銀騎士、パルルード卿、貴婦人、子供たちの妄想」

「並行世界ごとに君の正体はばらばらだ。それがみんな、貴婦人を守る騎士に収束する」

「でも、今ここにいる君が選んだのは僕だ」

「僕たち魔幇マンが上海から消えることはない」

「ふふふ」

 騎士が笑う。

 騎士が笑う。

「ふふふ。ソレガシが選んだか」

「そうだろう。ダイの力で君が魔幇マンである並行世界を重ね合わせた」

「その必要はなかった。この世界のソレガシ自身が果成いっぽの拳を受け止めた。その時点で次の首領として今の首領と並び立つ資格があった。貴君が今言ったことだ」

「では、ダイはどんな世界を」

「それも今、貴君が言ったな。【金剛石生物生成術】と。あの狐殿が言い出した時は出まかせがよく思いつくものだと感心したが」

「君自身が清王朝のダイヤという話か。それがなんになる」

「実はな。ダイ殿が力を使うのはこれからなのだ。そう打ち合わせた。確認だが、魔幇マンが存在する条件は上海に清王朝のダイヤがあることで間違いないな」

「……」

「次の瞬間には、この世界にある清王朝のダイヤはソレガシだけになる。正確には、他のダイヤは偽物だったことになる、ということだったか」

「……ふふふ」

 騎士が笑う。

「やられたね。でも大丈夫。僕は君でもあるのだから。僕だけでは存在を保てなくとも、クラム・ハードシェルという側面がこの世界に僕を繋ぎ止めてくれる」

「ふふふ」

 騎士が笑う。

「なにがおかしい」

「ソレガシの名はクラム・ハードシェル。貴婦人を守る騎士であり、貴婦人の美を知らしめる者。ただの幻覚に過ぎずとも、真実の美に胸打たれた者。それ以外のなにかになる気はない。怪談の騎士の正体など、伝え残す必要はあるまいよ」

「正気か、貴様」

「いいや。ただ、知っているのだ。ソレガシも、貴婦人もただの幻覚だと知っている。その消し方も最初から知っている」

 そして。

 騎士はもういない。

 そして。

 そして?

 続けるべき言葉があるだろうか。
 貝の死骸が白砂に埋もれ、寄せては返す波を被る。

 それがなんだというのだろう。
 その先などというものはない。


 第三宇宙速度で彼方に消えていくものがある。

 目にもとまらぬ速さのそれを、衛星だけが見送った。

 彼は瞬く間に小さくなる青い星を見た。

「美しいな」

 まるで長い旅が始まるようでもあった。
 現実には、一つの短い旅が終わったのだ。

 壊れることも眠ることもない彼は、第七の日に安息を迎えた。



⊕ところで、神様っているのだろうか? いないとは言い切れないんじゃないか?

<そして、三日の後に>

 百年節が始まり、十日目の夜。
 セレモニーが予定されていたその日。

 祭りは既に終わっている。

「で? 結局、『複数の歴史が重なってる状態』じゃなくなった後、この世界に残った清王朝のダイヤが?」

「だーかーら。私の先祖が残したデマだったんだって。もう諦めなよチンチンマン」

「じゃあ、あれはなんなのよ?」

 怪しくも優しげな女が展示室の一角を指差した。

 上海市立魔幇博物館。
 今日から展示が始まった一粒の宝石がある。

「ただのダイヤだよ。綺麗なだけのね」

「数十億円の価値は!?」

「ないって。普通のダイヤなりの値段だよ。いろいろ企んでたみたいだけど、もう馬鹿なことはやめなよ」

「せめて魔幇が残っていれば……」

「あー、あれは私も驚いたけど……」

 上海の半分は魔人で出来ている。「魔人たちの問題は、魔人たちで解決する」。その古い掟に従って、大きな戦いが行われた。

「本当に大変だったんだから。ネイルアーティストが『五爪の龍』の爪を貰うとか言い出して。私たちも疲れてるのに头目(ボス)との対決に駆り出されるし。まあ、主力になったのは私らよりよっぽどヤバイ連中だったけど」

「はあ……」

 女は大きくため息を吐く。
 視界の端でダイヤが輝く。
 ただ美しいだけのダイヤ。
 魔都上海になんの力も及ぼさない、ただ美しいだけの物ではあるが。

 ほんの少し、険しい顔から力が抜けた。

「で、その馬鹿どもはどうなったわけ?」

「んー……」


 例えば、上海のどこかにある礼拝堂で。

「チッ。結局無駄骨かよ。そもそも願いを叶えるダイヤがないだと? クソッたれめ」

「……おいクソ女。まだ願いを叶えたいのかよ」

「ああん? てめえには関係ねえよ」

「……お前が生きてて良かったって言ってるんだよ。ハレルヤ・ハレルヤってな」

「喧嘩売ってんのか、クソ野郎」

「だったらどうしたクソ女」

「クソじゃなくてうんこよ」

「ちょ、ダメですって割り込んじゃ」

「プププ~」

「……てめえら全員表に出やがれ!」


 例えば、上海のどこかの街角で。

「さて、今度の仕事は人探しか」

「平和な仕事ね。これからはこういう仕事が増えるのかしら」

「私は主人が見つかればなんでもいいんだけど」

「……魔幇はなくなっても魔人が消えたわけじゃないし、魔人が絡むなら平和になりようがなくないか?」

「そう思うからそうなるんだろ」

「そうそう、口に出したことって結構実現するのよね」

「お前らはそうだろうな! 絶対何事もなくすまねえだろ!」

「怪我はしてほしくないですけど、怪我しても大丈夫です!」

「⊕しかし仲のいい親子だな」


 例えば、祖国へ繋がる空港で。

「うわー! やっと日本に帰れる! 向こうに付いたらメールするからね!」

「いや、あの連絡先は仕事用だからな」

「ええ!? じゃあこれっきりなの!?」

「……こっちがプライベート用の連絡先だ」

「……うん! 絶対連絡するよ!」

「私たちも私用の連絡先を交換しましょうか?」

「いや、そんなことしなくてもまた会う気がする」

「ちなみに、それはあなたにとって嬉しいことですか?」

「……一緒にいる時は大変な目にあってばかりだったけど」

「今まで本当にありがとう!」


 例えば、屋台街の一角で。

「で、お前さんは日本に帰らなくていいのかい?」

「正直、帰るって感覚もないんだよね。それより早く餃子の作り方を教えてよ」

「ま、そうだな。どこでも生きていくなら生計を立てる方法がなきゃ話にならん……少し安心したぜ。荒事からは離れるんだな」

「自由に生きられるなら、そういうのもいいかなって」

「そうかそうか、っと。お客さんか。いらっしゃい……」

「今度から隣で麻婆豆腐屋を始めるんだぞ! 今日は挨拶だけな!」

「へへへ、わたしも家に帰りづらくって。もうちょっとこっちで働きながら修行しようかなあとか、考えてたりして……」


 例えば、観客のいない闘技場で。

「いまや魔幇もなく。宝を守る役目もなく。何者でもない儂に用向きか」

「ふっ。己はただの武道馬鹿よ。たとえ『上海覇者』であろうがなかろうが、機会を見逃す理由もない」


「ま、それぞれ元気に、好き勝手やってるでしょ。私はしばらくのんびりするけどね。博物館の警備の仕事を受けてみたけど、ここは平和そうだし。アルバイトの学芸員もいるしね」

「アルバイトって……資格がいる仕事ではないの?」

「ここじゃ館長がルールだから。ホント随分元気になったよ。あの爺さんも」

 腰の曲がった老人と子供のように小さな女が展示室中を動き回っている。
 雇ったばかりの新人に展示物について解説をしているのだ。

「儂も魔幇のない上海で生きることになるとは思っていなかったが……これも時代の流れですのう」

「私も元魔幇のお爺さんと働くことになるとは思っていませんでした……時間の流れって本当に不思議」

 その女は元々教養があったのか、随分と物覚えがいい。
 しかしさすがに疲れたのだろうか。
 時折、どこか心ここにあらずというような様子になることがあった。
 まるで、目に見えない誰かと話しているような。

「そういえば、ダイさんが言ってたんですけどね。クラム・ハードシェルは自身の能力を解除するって言ってたけど、上海天子の能力はどうしただろうかって」

「自分に関する噂を実現するってやつ? そもそもそれをオフにするって話だったんでしょ?」

「そうなんだけど。能力を完璧にコントロールできるなら無害な噂だけを選んで実現することもできたんじゃないかって」

「噂ねえ。なんだっけ。ダイヤを守る騎士とかなんとか」

「いやいや、それは古い都市伝説。今上海に広がってる噂だと、あいつが守ってる物はね……」


『スパイク? またあの人の所に行ってたの? あんまり迷惑かけちゃだめだよ』

『メーメー、大丈夫だよ。あの人はいつも笑っているもの。それに本当に綺麗なんだよ。僕たちにも見えるようになって良かった! 本当にすごいよ。僕に哺乳類の感性はよくわからないけど、それでも本当に美しいって思う。クラムの言ってた通りだった!』 


 さて、この物語を始める際に読者の皆様に伝えていたことがある。

 これは一人の騎士が至上の宝を手に入れるまでの物語だ、と。

 嘘である。

 思うに、至上の宝という物があるとすれば、それは誰か一人の手に収まるような物ではないのだろう。

 さらに言わせてもらえば。
 仮に、一人の騎士が大切な物を手に入れたとして。
 そこまで(・・・・)で、物語が終るものだろうか。

 空を見よ。
 七色の星はまだそこに留まっているか。

 上海を見よ。
 七色に輝くビルが聳える夜景の中に。
 七色の衣服や花を扱う店がひしめく狭い路地に。
 七色の乱痴気騒ぎを起こす魔人どもの群れに紛れて。

 もう一つ、七色に輝く人影がありはしないか。

 そうだとも。
 私たちが語り続けるのなら、君たちが覚えていてくれるのなら。
 騎士の物語は終わらない。

 ただ一時幕が下り、穏やかな時を手に入れたのだ。




 ダンゲロスSS上海

 ハートビート・ハードネステンデイズ

 劇 終
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