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第十三章 夢紡ぎのフィナリア
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dannocomachi
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冬の足音が、街の風に混ざって聞こえるようになってきたある放課後。
みたらしっぽは、窓際の席に寄りかかるようにして、自分の手帳を見つめていた。
みたらしっぽは、窓際の席に寄りかかるようにして、自分の手帳を見つめていた。
「……12月22日……」
呟いた言葉は、やがて彼の頭の中で意味を持ち始める。
その日は、チョコチップの誕生日だった。
その日は、チョコチップの誕生日だった。
(もうすぐ、なんだな……)
思い返せば、出会ってから多くの時間を共に過ごしてきた。
戦いの中でも、日常のささやかなひとときでも。
チョコチップはいつも、みたらしっぽの隣にいて、彼を優しく包んでくれていた。
戦いの中でも、日常のささやかなひとときでも。
チョコチップはいつも、みたらしっぽの隣にいて、彼を優しく包んでくれていた。
だけど――だからこそ、何を贈ればいいのかが、わからなかった。
(何をあげたら、喜んでくれるだろう……)
迷いながら、彼の足は自然と、同じ学年の1年生の教室へと向かっていた。
──カタン。
「えっと……フィナシェ、少し、いいかな……?」
扉を開けて顔を出すと、クラスメイトたちがざわつきの中でちらりとこちらを見た。
その中で、ふわりとおさげを揺らした少女が、席から立ち上がる。
その中で、ふわりとおさげを揺らした少女が、席から立ち上がる。
「……あら? みたらしっぽ先輩、私に?」
その視線に思わずたじろぎ、少しだけ頬をかく。
「うん、ちょっと……相談があって」
「ふふっ、さてはチョコちゃんのことだね?」
「……わかるんだ」
「うん。だって、先輩、わかりやすいもん」
にこりと笑うフィナンシェに、みたらしっぽはうっすらと顔を赤くする。
どう話せばいいのか、どう距離をとればいいのか、いまいち掴みきれない。
普段はチョコチップを介して、軽く挨拶するくらいの関係だったからだ。
どう話せばいいのか、どう距離をとればいいのか、いまいち掴みきれない。
普段はチョコチップを介して、軽く挨拶するくらいの関係だったからだ。
「……それで、なんだけどさ。誕生日のプレゼントに悩んでて。何をあげたらいいか、ぜんぜんわからなくて」
「なるほどね。ここではなんだし、放課後ゆっくりお話ししましょ?」
「そうだね。そうしよう。」
「じゃあ、ペットショップ付き合ってもらってもいい?。駅前に新しくできたペットショップなんだけど、うちのクリームの首輪を探したくて...。」
「楽しそうだね。いいよ、付き合うよ。」
──午後、柔らかな陽射しの残る街を歩きながら、ふたりはペットショップへと入っていく。
明るく清潔な店内には、棚いっぱいに首輪やおもちゃ、キャリーバッグが並び、壁際の奥には子犬と子猫たちが眠っている小さな展示スペースがあった。
明るく清潔な店内には、棚いっぱいに首輪やおもちゃ、キャリーバッグが並び、壁際の奥には子犬と子猫たちが眠っている小さな展示スペースがあった。
「……へぇ、こんなにあるんだな」
「うちのクリーム、最近ちょっと首輪噛む癖があってね。あ、これ見て。リボン付きのやつ可愛くない?」
「これ、似合いそうだな。子猫だったよね。」
「そうそう、すごく甘えん坊なツンデレ。……ねぇ、先輩?」
「ん?」
「……チョコちゃんにも、あんな風に首輪つけてあげたら?」
「なっ……! い、いやいや……それは違うだろ……!」
にやにやと笑うフィナンシェに動揺しながらも、みたらしっぽは誤魔化すように視線を逸らした。
そしてそのとき――彼の目が、不意に“あるもの”をとらえた。
そしてそのとき――彼の目が、不意に“あるもの”をとらえた。
「……かわいいな……」
みたらしっぽは、思わず呟いていた。
ガラス越しに見つめ返してくるその子犬は、ふわふわとした淡いゴールドの毛並みを持ち、まるで陽だまりを抱いたような温かさを感じさせた。
瞳も、まんまるで――不思議なほど、まっすぐだった。
ガラス越しに見つめ返してくるその子犬は、ふわふわとした淡いゴールドの毛並みを持ち、まるで陽だまりを抱いたような温かさを感じさせた。
瞳も、まんまるで――不思議なほど、まっすぐだった。
「さっきからずっと、先輩のこと見てるね」
隣からフィナンシェが覗き込む。
「この子、すっごく人懐っこいね。まだ数ヶ月くらいじゃないかな。あ、女の子らしいよ?」
「そっか……」
手を伸ばしかけたが、ガラスがあって触れられない。
その代わりに、小さな前脚をぴたっとガラスに当ててきた。
その代わりに、小さな前脚をぴたっとガラスに当ててきた。
「……」
内心、何かが少しずつ、動き始めていた。
こんなふうに――無言で心を掴まれるなんて、思ってもみなかった。
こんなふうに――無言で心を掴まれるなんて、思ってもみなかった。
「……飼う、って考えたこと……なかったけど」
「飼いたい、って思った?」
フィナンシェの問いに、みたらしっぽは少しだけ目を伏せた。
「……うん。思った。でも……飼うって、簡単じゃないし……ちゃんと育てられるか、自信ないっていうか……」
「……うん、わかるよ。命だもんね。クリームだって、私、最初めちゃくちゃビビってたし」
「フィナンシェも?」
「もちろん。最初の一週間、ずっと“ごはんの量これで合ってるの?”とか“爪切りって本当にしていいの?”とか……。今でも不安なことあるけど、一緒にいる時間がね、答えくれるんだ」
彼女の声は、思っていたよりずっと優しくて、温かかった。
「だから、先輩もさ……無理に決めなくてもいいと思う。でも、こうして“気になった”って気持ちは、大事にした方がいいよ」
「……うん」
再び、ガラスの向こうの子犬と目が合った。
彼女はぴょこんと跳ねるように座り直して、尻尾をふりふりと振っていた。
彼女はぴょこんと跳ねるように座り直して、尻尾をふりふりと振っていた。
(……この子……)
名前もない、まだどこにも行き場のない命。
それでも、みたらしっぽの心には、確かに何かが宿った気がした。
それでも、みたらしっぽの心には、確かに何かが宿った気がした。
(……もう少し、ちゃんと考えてみよう)
──しばらくして、ふたりは店を出た。
駅までの道を並んで歩きながら、イルミネーションの準備が進む街の雰囲気に、小さな冬の気配を感じる。
駅までの道を並んで歩きながら、イルミネーションの準備が進む街の雰囲気に、小さな冬の気配を感じる。
「ねぇ、プレゼントの方は……何か思いついた?」
フィナンシェの問いに、みたらしっぽは軽く首を振った。
「……まだ。ヒントはもらえた気がするけど、答えには、なってないかも」
「うん。たぶん、それでいいと思うよ。チョコちゃんのこと、ちゃんと考えてるの伝わるもん」
「……そう、かな」
「ふふっ、私が保証するよ」
歩きながら、みたらしっぽは小さく息を吐いた。
フィナンシェとこうして話すのも、ずいぶん緊張していたけれど――少しずつ、その距離も縮まりつつあるのを感じていた。
フィナンシェとこうして話すのも、ずいぶん緊張していたけれど――少しずつ、その距離も縮まりつつあるのを感じていた。
「今日はありがとう、フィナンシェ。助かった」
「どういたしまして。……また困ったら、呼んで。」
そう言って笑うフィナンシェは、いつもチョコチップの隣にいる明るい少女そのもので――
だけど、今は少し違って見えた。
だけど、今は少し違って見えた。
──別れ際、空を見上げると、薄い雲の向こうに夕焼けが染まりはじめていた。
日が沈む前に駅のホームで軽く手を振り合い、ふたりはそれぞれの帰路につく。
夜の部屋は暖房のぬくもりと、ほんのりと紅茶の香りが残っていた。
フィナンシェはパジャマ姿で、ベッドの上に仰向けになりながら、今日の出来事を思い出していた。
フィナンシェはパジャマ姿で、ベッドの上に仰向けになりながら、今日の出来事を思い出していた。
(……先輩、ほんとにあの子のこと、気になってたなぁ)
ガラス越しに、小さなゴールドのトイプードルに語りかけるようにしゃがみ込むみたらしっぽの姿。
手をどうにか届かせようと、何度も角度を変えてみたり、ついには少し照れたような声で話しかけたりしていた。
手をどうにか届かせようと、何度も角度を変えてみたり、ついには少し照れたような声で話しかけたりしていた。
(……動物って、言葉が通じたらいいのにね)
ふと、そう思った。
隣にいたクリームは、こたつの中からひょいと顔を出して、彼女の顔を見て「にゃあ」と小さく鳴いた。
「ふふ……クリーム。今日もいい子だったね」
優しくなでると、クリームは喉を鳴らしてうっとりと目を細めた。
けれどその仕草の裏にある“気持ち”は、やっぱり言葉ではわからない。
けれどその仕草の裏にある“気持ち”は、やっぱり言葉ではわからない。
(でも、わかったらいいなぁ……もっとちゃんと、あなたとおしゃべりできたら)
そんな、ふとした願いが胸に浮かぶ。
そのままフィナンシェは、小さく欠伸をひとつ。
そのままフィナンシェは、小さく欠伸をひとつ。
「……おやすみ、クリーム」
目を閉じると、すぐに静かな眠りへと誘われていった。
──目を開けたとき、そこはもう、見慣れた部屋ではなかった。
白い霧が足元に漂い、どこまでも澄んだ空が広がる、幻想的な土地。
地面はほんのりと光を帯び、まるで星の道を歩いているような感覚すら覚える。
地面はほんのりと光を帯び、まるで星の道を歩いているような感覚すら覚える。
(えっ……ここ、どこ? 私……夢?)
戸惑いながらも歩いていると、小さな足音が背後から近づいてくる。
振り向くと、そこには――金色の髪に猫耳を生やした少女が立っていた。
振り向くと、そこには――金色の髪に猫耳を生やした少女が立っていた。
少女はフィナンシェをじっと見つめたあと、すうっと近づいてきて、何の前触れもなく――
くん、くん、と彼女の肩元に鼻を近づけて、においをかいだ。
「えっ……ちょ、ちょっと!?」
困惑しながら一歩下がるフィナンシェ。
しかし、少女のまとう仕草、佇まい、そしてその鳴きそうな目の形――どこかで見たことがある。
しかし、少女のまとう仕草、佇まい、そしてその鳴きそうな目の形――どこかで見たことがある。
(まさか……この子……)
少女は、ゆっくりと口を開いた。
「フィナンシェ……言ってたでしょ」
「“言葉でおしゃべりしたい”って」
「“言葉でおしゃべりしたい”って」
その声は、驚くほど落ち着いていて、やわらかく、どこか眠たげ。
けれどフィナンシェには、はっきりとわかった。
けれどフィナンシェには、はっきりとわかった。
(クリーム……?)
目の前にいる少女が、いつも自分の膝に丸まっている――愛しい相棒だということに。
だが――なぜ少女の姿なのか。
なぜ言葉が通じるのか。
ここはどこで、どうして自分がこんな場所にいるのか。
なぜ言葉が通じるのか。
ここはどこで、どうして自分がこんな場所にいるのか。
数え切れない疑問が頭を駆け巡る。
けれど、少女――クリームは、静かにフィナンシェの手を取った。
けれど、少女――クリームは、静かにフィナンシェの手を取った。
「ここはね、“気持ち”がそのまま形になるところだよ」
その言葉に、胸の奥にしまっていた“願い”が、そっと反響するような感覚を覚えた。
(ここは……夢……それとも……?)